ダンジョン都市で正義を騙るのは間違っているだろうか   作:kuku_kuku

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ヒロインさんと第二ヒロインさん(雄)が一瞬だけ牽制しあうハートフルラブコメ的な五話です。(嘘ではない)


第五夜 悪ノ証明

 

「──と、迷宮の59階層であった事と、そこから推測される事についてはこれで全てだ。まあ、既にニルスから聞いているだろうけどね」

 

 『豊穣の女主人』の店の奥にある一室。

 

 普段はあまり使われることがないその個室では、ロキ・ファミリア団長【勇者(ブレイバー)】フィン・ディムナが滔々と機密情報を語り続けていた。そんな彼の斜向かい、己の横では主神ロキが並べられた高級酒の瓶を次々と手酌で開け続けている。

 

 少し前に店に訪れるなり店主であるミアに話をつけて、到底酒場で使えるとは思えない金額の注文をした上で、専属の給仕として自分を指名した都市きっての有名人と有名神。

 意図が読めないそんな二人の顔見知りに対して、リュー・リオンはとりあえず黙って話を聞き続けることを選択した。

 

「それで、ここからはつい数日前に判明した事実になる。ダンジョンと地上を繋ぐバベル以外の経路と聞いて真っ先に思い浮かべるであろう、ロログ湖については問題なかった。封印は問題なく機能していたよ」

 

 オラリオ近郊の都市である港町メレン。その町にある巨大汽水湖ロログ湖の底は、かつてダンジョンと繋がっていた。ロキ・ファミリアは真っ先にダンジョンを本拠地とすると考えられる敵対戦力が使う経路として、その可能性を潰しにかかったようだ。

 

「もともと期待はしていなかったけど、実はメレンで成果があってね。君も既に噂を聞いているかも知れないが、一週間前にメレンで起きた騒動は他国、アマゾネス国家カーリー・ファミリアによるもので、同時期に起きた食人花によるメレンの襲撃は偶発的なもの──というのは当然隠蔽のためのギルドの嘘で、本当は闇派閥の協力者達が関わっていた。メレン側の協力者は三名。漁港を管理しているファミリアの主神ニョルズ、メレンの町長、そしてギルドの支部長だ。彼らは町を支える漁師達を湖のモンスターの脅威から守るために、モンスターを捕食する食人花を闇派閥から得る代わりに、密輸の手引をしていた。ああ、先に言っておくけど、純粋に私腹を肥やすために協力していたギルド支部長は既にギルドから正式に処分されているよ。残りの二名に関しては動機と影響力、今までの実績を加味して公式的にはお咎め無しだけどね。まあ僕も妥当だとは思うし、ニルスもそれについては《悪》ではないと判断している」

 

 メレンの町の三大権力者が揃って結託して闇派閥に協力していたとは、とリューは歯を軋ませる。やはり闇派閥の撃ち漏らしは何処にでも潜んでいる。

 

 だけどそれについては、犯人達の処遇まで含めて既に終わったと彼がそう判断しているのであれば、とやかく言うつもりはなかった。

 

「フィンの言ってる事はほんとやで。そこはニルスも納得済みや」

 

 図ったかのようにそう断言するロキに「わかりました」と小さく頷いて、リューはフィンへと向き直る。

 

「メレン側については理解しました。では、オラリオ側の協力者は?」

 

「君は話が早くていいね。さて、ここからが本題だ」

 

 にやりと黒い笑みを浮かべる【勇者(ブレイバー)】フィン・ディムナ。

 ロキ・ファミリアの団長である目の前の小人族の男が、決して綺麗事だけでロキ・ファミリアを今の地位へと押し上げた訳ではない事を知っているリューは思わず身構える。

 

 フィンは鷹揚とした動作でエールが入ったジョッキを持ち、喉に流し込んで、

 

「取引と行こうじゃ……うっ……」

 

 そして、次の瞬間に胃を押さえて苦い顔をし、大きく溜息を吐いた。

 

「……」

 

「失礼、胃薬を忘れていた」

 

「……その、【勇者(ブレイバー)】。大丈夫ですか?」

 

「ああ、ちょっとストレスで胃に穴が開いていてね……」

 

 ちょっとストレスで胃に穴が開いている?

 

 人類最高峰のLv.6のステイタスを持つ男の言葉とは到底思えず一瞬放心したリューを他所に、フィンは慣れた手つきで回復薬を飲み干し、続いてエールを流し込んでいた。隣ではロキが腹を抱えて笑っている。

 

「ああ、これじゃあ交渉も何もあったものじゃないな……もういいや。オラリオ側の闇派閥の協力者は、イシュタル・ファミリアだ。僕らは数日後には仕掛ける予定だし、君にも情報を渡す。だから【疾風】、そのためにもニルスを説得してくれ。と言うか止めてくれ」

 

「……」

 

 急に開き直ってオラリオの大派閥が闇派閥に関与しているという情報を垂れ流し始め、そして疲れが滲んだくたびれた笑みで「頼むよ」と言ってくるフィンに、リューはどう返したものかと悩みながら、とりあえず思い当たる節を口に出してみる。

 

「アーデさんとクラネルさん……ヘスティア・ファミリアの一件でしょうか?」

 

 ベル・クラネルが所属するヘスティア・ファミリアが中堅派閥アポロン・ファミリアと抗争状態となり、そしてファミリア同士の正式決闘、戦争遊戯(ウォーゲーム)を開催するまでに発展したという話は、今やオラリオを熱狂させる話題の一つだ。

 恋多き男神アポロンが懸想したベルを我が物とせんが為に始めた策略が事件の発端であり、実際に戦争遊戯(ウォーゲーム)におけるアポロン・ファミリアの要求はベルの身柄であるという話だ。

 

 ニルスが妹のように思っているリリルカ・アーデと、そして気にかけているベル・クラネルが所属しているファミリアの一大事である。

 ファミリア間の抗争に別ファミリアが横槍を入れるのは色々な意味でご法度であるが、聞く限りではアポロン・ファミリアに一方的な非がある現状、ニルスが動こうとする事自体は別に驚くことではなかった。

 

 フィンは「ああ、正にその件だよ」と頷く。

 

「僕の胃痛は、三日前のアポロン・ファミリアによるヘスティア・ファミリアの襲撃から始まった」

 

 悲痛な面持ちで胃の話を始めたフィンに、リューは思わず眉根を寄せる。隣ではロキが相変わらず腹を抱えて笑っている。何なんだこの状況は。

 

「あの馬鹿道化(ピエロ)は、うちの幹部という立場を全く考慮せずにとりあえずヘスティア・ファミリアを助けに行くなんて言い始めた。最大ファミリアが抗争に参加すれば、それこそ都市全体の抗争にも繋がりかねないのにね。それをちゃんと理解した上で完全に無視してこの僕を正論で丸め込もうとするあの馬鹿にアイズが触発されて『ニルスばっかり、ずるい……。私もベルを助ける』なんてゴネ始めて、天然二人の我儘にリヴェリアが耐えかねて、『何故二人共こうなったんだ。私の育て方が間違えていたのか? いや、私は間違えていない。よろしい、表に出ろ』なんて何時もの病気で発狂した。先ずはその時点で、僕の胃を癒やすために回復薬が一本必要になった」

 

 状況の説明なのかただの愚痴なのか分からないフィンの勢いに押され、思わずリューは「それは大変でしたね」とよく分からない相槌を打ってしまう。

 

「その場はどうにかリヴェリアの説得で二人が気を失った事で事なきを得た。代わりに拠点の訓練場が駄目になったけどね。まあ、それはいい。だけその翌日、ソーマ・ファミリアも一枚噛んでいるという情報が入って来てね」

 

「まさか、アーデさんの身に何かあったのですか?」

 

 不穏な単語に反射的に立ち上がりかけたリューを、溜息を吐くフィンが「もう終わった後だし、彼女は無事だ」と制する。

 

「不当にヘスティア・ファミリアが拘束していたリリルカ・アーデを奪還するという名目で、今日までソーマ・ファミリアが彼女を監禁していた。だけど神ヘスティアと協力者達の手によって、今はもうリリルカ・アーデは無事に救出された上に、改宗まで済ませて正式にヘスティア・ファミリアに入団している。大変だったのはその報せが届くまでソーマ・ファミリアを潰すと言って聞かないニルスを力ずくで監禁する事だったよ。ていうかあの屁理屈道化(ピエロ)、何で僕の言うことは全く聞かないくせに、ガレスの説得だけは聞くんだ」

 

「フィン、フィン。愚痴になっとるで」

 

 ぶつぶつと独り言を言いながら胃を擦るフィンと、吹き出しそうになるのを我慢しながら肩を震わせるロキ。

 そんな二人のやり取りを意識の片隅で聞きながら、リューはリリルカの身の安全と悲願であったソーマ・ファミリアからの脱退の報せに、心底安堵して胸を撫で下ろしていた。

 

 ああ、これで彼女は本当に救われたのだ。そして苦しみ続けていた彼も、これでようやく罪悪感から開放される。

 

 未だに恨み言を言っているフィンに意識を戻し、リューは「それで、私にアズライトを止めて欲しいというのは?」と尋ねる。

 

「フィンが帰って来んから、うちから説明しよか。まあ、そんなつまらん盤外戦も無事に終わって、何の憂いも無く戦争遊戯(ウォーゲーム)の準備が整いつつあるんやけど、今日、神会で正式に勝負形式が決まってな。参加者はヘスティア・ファミリアとアポロン・ファミリア所属の子供達のみ。そんで対戦内容は攻城戦や」

 

「攻城戦、ですか……」

 

「そうや、普通に考えれば全く勝負にならんやろうな。ドチビのとこにもリリって子と他の派閥の子らが後二人ほど改宗して入団したけど……って、そか、リューたんも面識あるんか。ファイたんとこの魔剣鍛冶師のクロッゾの子と、タケミカヅチんとこのミコトって女の子の二人やな。まあ、やけどドチビのとこは総勢四人で、対するアポロンのとこの子らは百人超え、戦力差に開きがあり過ぎる。やから流石にハンデとして都市外のファミリアに限ってのみ、助っ人が一人認められた。まあつまり、フィンの依頼──」

 

「ロキ、ありがとう。流石にそれは僕が言うべき事だ。【疾風】、君が都市外の冒険者として、ヘスティア・ファミリアに助太刀してくれないかい?」

 

 先程までのくたびれた様子から一点、真面目な顔でそう言って頭を下げてくるフィン。

 

 内容はともあれ経緯が全く理解できない。

 フィンの事は暗黒期を共に戦い抜いた過去に加え、ニルスの件もあって信頼している。だが、それとこれとは話が別だった。

 

「なぜ、それをロキ・ファミリアの団長である貴方が依頼するのですか?」

 

 故にそう問い掛けたリューに、フィンは──今度は胃を押さえて机に突っ伏して、死にそうな声で答えた。

 

「あの馬鹿が、うちを抜けてヘスティア・ファミリアに入るなんて言い始めたんだ……」

 

「なるほど、そういう事ですか。……アーデさんの事を考えると、確実に勝つためにアズライトならそうするでしょうね」

 

 リリルカ・アーデがやっと手に入れた安息の場所を、アポロン・ファミリアは奪おうとしているのだ。

 今の彼ならば救いを求める声が無くとも、彼女の為に立ち上がるだろう。

 

「数年前ならいざ知らず、もうニルスはうちの幹部だ。他所のファミリア同士の抗争に、うちの幹部が改宗までして参戦するのは都市全体の均衡を崩しかねないし、そもそも僕自身、彼を頼りにしている。だから団長として許可できない。だけどニルスとは平行線でね。だから他でもない君が助っ人として参戦して、その上で君から彼の力が不要だと伝えてくれれば、ニルスも納得せざるを得ないはずだ」

 

「うちはまあ、別にええんやけどな。ドチビのとこに行くってのは気に食わんが、あの子がやりたいようにやったらええ。そりゃまあ、最後までうちの子であってくれたら嬉しいけどな」

 

「ロキ、そうやってまた悪い意味で特別扱いを……」

 

「前から言っとるやろ。フィン達とあの子は違う。これは特別扱いでも何でもなくて、ただの区別や」

 

「……納得は出来ていないけど、僕はまだいい。だけどリヴェリアは別だ。さっきだって『改宗……だと? それはつまり、改宗という意味で、改宗するという事か? わ、私は断じて認めないぞ、まだお前は一人前になっていない。おおん? 何故私が泣かないといけない? 一度殴ればその節穴同然の目も単細胞生物以下の脳も治るだろう。よろしい説教だ』なんて、杖を振り回して盛大に壊れてたんだ。無責任な事を言うなら、先ずはアレをどうにかして欲しいね。僕の胃はもう限界だ」

 

「いや、アレは無理やろ。やからわざわざリューたんとこに一緒に来てやったんやろ」

 

 リューは己を含めたエルフという種族自体に嫌悪感を持っている。しかしそれでもハイエルフであり王族であり、そして冒険者としての先達であるリヴェリアには確かに敬意を持っているし、それだけでない感情も抱いている。

 

 そんな彼女の対応を面倒くさそうに押し付け合っているフィンとロキに小さく溜息を吐いて、普段は児童虐待が云々と憎まれ口ばかり叩いているがそれでも『母』として彼女を慕っているニルスと、そのニルスを確かに気にかけてくれているリヴェリアに、少し温かい気持ちになる。

 

 本当にいい家族だ。

 

 そして、正義を捨てたこの身であるが、それとは別にニルスとその家族のために自分が出来ることがあるのなら、どうして拒否する必要があるだろう。

 彼が妹のように思っているリリルカ・アーデを救うことにも繋がり、そしてシルの想い人であり自身も掛け替えのない友人と思っているベル・クラネルの助けにもなるのだ。

 

「わかりました。貴方達であれば、ギルドの要注意人物(ブラックリスト)に載っている私の正体を隠す算段もついているのでしょうし、既に準備を終えているのでしょう。であれば、戦争遊戯(ウォーゲーム)への参戦、私自身のために引き受けましょう」

 

「あー……何つーか話がまとまりかけてるところ、悪いな」

 

 が、そう宣言すると同時に、個室の入口から気不味そうな声がかけられる。

 

 視線を向ければ灰色の毛並みの狼人、ベート・ローガが頭を掻きながら気不味そうに佇んでいた。

 

「ローガさん、どうされたのですか?」

 

 稀ではあるがニルスと連れ立って酒場に来る彼の友人に問いかければ、彼は表現しにくい複雑な苦虫を潰したような顔で、

 

「……どうもこうも色々と状況が悪い方向に変わったんだよ。ああ、そういや先月は助かったぜ。あのクソザコナメクジの世話もな」

 

 と、舌打ち混じりではあるものの、礼を述べてきた。

 

「いえ、当然の事をしたまでです。礼であれば、罵倒を抑えた上でまたお店にお金を落としに来て下されば結構です」

 

「燃え滓野郎があんたとの時間を邪魔すんなって無駄にキレるから行かねえよ」

 

「……? 別に彼と一緒にという意味ではないのですが」

 

「それこそあいつがキレるだろうが」

 

 よく分からない事を言ってくるベートに首を傾げていると、小さく、しかしはっきりと咳払いの音が響く。

 

 リューとベートが視線を向けると、フィンが冷や汗を拭い、胃を抑えながら青褪めた顔で訪ねた。

 

「どうやれば今より悪い方向に状況が変わるんだい? アイズまで改宗するなんて言い始めたんじゃないだろうね?」

 

 そんな鬼気迫る様子のフィンに、ベートは答えた。

 

「あの燃え滓野郎の改宗の噂が漏れて、それを口実にフレイヤ・ファミリアが戦争遊戯(ウォーゲーム)のルールに干渉して来た。ロキ・ファミリアの横暴はよろしくねえんだとよ」

 

「カヒュッ……」

 

 人間が発する音とは思えない不思議なうめき声を出したフィンを、頭が痛そうに、そして哀れみを含んだ目で見つつ、ベートは続ける。

 

「両派閥に、それぞれロキ・ファミリアとフレイヤ・ファミリアから一名ずつ派遣するってルールが急遽追加されることになるらしいぜ。つーか、あの女神が動いてるせいで、実質確定らしい。うちからの派遣は当然あの燃え滓野郎で、向こうから出てくるのは──オッタルだ」

 

 

 

 その二日後、戦争遊戯(ウォーゲーム)の内容に改正が加えられ、正式に都市全体へと告知がされた。

 

 ヘスティア・ファミリア対アポロン・ファミリア。

 戦闘形式、攻城戦。

 決戦場所、オラリオ東南シュリーム古城跡地。

 勝利条件、敵大将の撃破。

 

 攻城側、ヘスティア・ファミリア。総勢四名。そして助っ人である都市外の冒険者一名。

 防衛側、アポロン・ファミリア。総勢、二百名。

 土壇場で三名の団員を増やしたヘスティア・ファミリアに対して、アポロン・ファミリアは大手ファミリアの干渉という噂を受けて、万全を期すために五十人以上の下級冒険者を加え入れその戦力差を更に広げていた。

 

 そして特別追加ルール──純粋な追加戦力としてのロキ・ファミリア幹部ニルス・アズライトと、そして彼と助っ人に対する攻撃権だけを持つカードとしてフレイヤ・ファミリア団長オッタルの参戦。

 

 こうして、当事者たち以外にとってはただでさえ久しぶりの極上の娯楽である戦争遊戯(ウォーゲーム)は、かつて純粋悪と恐れられた【業火】をLv.8に到達したばかりの都市最強の【英雄】が打ち倒すという、事実上の公開処刑という名の見世物まで追加され、大いに都市を湧かすことになった。

 

 

 

*    *    *

 

 

 

 白亜の巨塔『バベル』三十階大広間。

 神々専用の戦争遊戯(ウォーゲーム)の観戦場には男女幾多もの神々が集い、目の前に浮く千里眼の力を宿す『神の鏡』と、そして広間中央に設置された四人掛けの大きなソファーに目を釘付けにしている。

 

 中央のソファーに座るのは、抗争の当事者同士である女神ヘスティアと男神アポロンの二柱。そして特別ルールとして抗争に参加している二人の主神である女神フレイヤと女神ロキ。

 

 右には己の大切な眷族を奪おうとするにっくきアポロン。左には何かと何時も因縁をつけてくるロキ。そんな二柱に挟まれた状態で、何でこんな居心地の悪い席に座らなきゃならないんだと、己の長い黒髪をいじりながらヘスティアは陰鬱な気持ちになる。

 

「おーおー、盛り上がっとるなー」

 

 そんな自分とは対象的に、ロキは神々から向けられるニヤニヤとした好奇の視線と、鏡の向こうで遂に始まってしまった戦いを肴に、役得とばかりに特別に用意された神酒(ソーマ)を煽りながら笑っていた。

 

「ロキ、何で君はそうも楽しそうなんだい? 君だって当事者の一人だろうに」

 

「当事者って言ってもなあ。ドチビが負けても別にうちは痛くも痒くもないんやから、実質無関係やで? むしろタダ酒付きの特等席までついて来てラッキーやわ」

 

 首を傾げながらそんな事を平然と宣うロキに、ヘスティアはそんなはずがあるかと思わずロキを睨みつけた。

 

「いやいや、痛いし痒いだろう!? ボクはよく知らないが、何故か君のところのアズライト君とやらの公開処刑になるって話じゃないか? 彼は僕のベル君に良くしてくれた見込みある子なのに、君はそんないい子が、あんな善良な子が酷い目に合わされても平気なのかい?」

 

 ニルス・アズライト。ロキ・ファミリア所属の冒険者。

 

 人相は悪いが、ヘスティアの大切な最初の眷族であるベルを幾度か助けてくれた親切な子ども。

 つい先日眷族になってくれたサポーター君、リリルカが兄のように慕っている人物で、四年間ずっと彼女を影から支え続けていた人格者。

 そして今回の事件においてはリリとベルの力になりたいと、一時は改宗までしてくれようとしていた優しい子。

 

 そんな子が何故か何時の間にかルールが改正されていた戦争遊戯(ウォーゲーム)にて、都市最強の冒険者に嬲り者にされ見世物にされようとしている現状に、ヘスティアは素直に全く納得が行っていなかった。

 

 本気で怒って怒声をあげたヘスティアに、しかし次の瞬間には広間に集まっていた神々が大爆笑していた。

 

「【業火】さんがいい子とかどこの世界線?」「初代【千の魔法(サウザンド)】先生が善良とかもはや痛烈な皮肉なんだが」「【道化(ピエロ)】先輩、今回もネタ提供あざっす」

 

 巻き起こる笑いの渦にヘスティアは混乱する。何だっていうんだ、この状況は。

 

「あんなあ、ドチビ。うちは別にあの子が見世物にされるんも、自分から首突っ込んだ結果、フレイヤんとこの子に何もさせてもらえずに笑い者になるんも、今は別にそれでええんや。つーかドチビ、今の自分にうちの子を心配する余裕あんのかいな?」

 

「その通りだヘスティア。それだけ余裕ということは、ベル・クラネルとはもう別れを済ませて来たらしいね」

 

 ロキの指摘に便乗して、髪をかき上げながら薄笑いを浮かべるアポロン。そんな彼を無視してソファーから身を乗り出し、ヘスティアはアポロンの奥で機嫌が良さそうに鏡を見つめているフレイヤへと矛先を向ける。

 

「フレイヤ。ロキだけじゃなくて、君が何を考えてるのかだってボクはわからないよ。君はベル君の味方だと思ってたんだけどね! それが何でボク達に協力してくれるどころか、とんでもない子を送り込んで来るなんて事をしちゃってくれてるんだい?」

 

 こちらの会話になどまるで興味がなかったのか、何も聞いていなかったらしいフレイヤ。彼女は暫くきょとんとしてから、可笑しそうに彼女には似付かわしくない少女のような微笑を浮かべた。

 

「オッタルの参戦は、私の意志ではなくてあの子自身の我儘よ。私はあの子からおねだりをされて、少し協力してあげただけ。この機会を逃せば二度と本気の彼と戦えなくなるかもしれないって、あんな必死にお願いされてしまうと、ね?」

 

「ね? じゃ、あらへんわこの色ボケ、止めんかいな。先月レベルアップしてまうくらいにうちの子痛めつけとんのに、そんな理由で割って入ったんかいな。強なりすぎて頭おかしくなったんか?」

 

「先月の一件、口ではオッタルを《悪》と判じただなんて言っていたようだけれど、彼、本当は《悪》ではないと赦していたと聞いたわ。現にステイタスに制限を受けた状態だったらしいじゃない。だからオッタルはまだ納得出来ていないの。ランクアップにしても、過去のトラウマが払拭されて、八年前の【経験値(エクセリア)】が遡って加算されただけよ」

 

「おいおいおい、ちょっと待ってくれよ」

 

 よく分からないやり取りをするフレイヤとロキに、ヘスティアはついて行けず思わず口を挟む。

 

「何かい? オッタル君とやらは、アズライト君への個人的な感情で、ボク達の命運がかかったこの戦争遊戯(ウォーゲーム)に割って入ったとでも言うつもりかい? それにアズライト君の話も、悪だと判じるやら赦すやら、そんな神でも簡単に答えを出せない事を……君たちは自分の愛する子たちが、そんな安っぽい傲慢の権化とでも言うつもりなのかい?」

 

 頭を抱えて溜息を吐くヘスティアに、しかしフレイヤとロキは何でもない事のように答えた。

 

「ええ。ヘスティアには悪いと思っているけれど、オッタルは完全に私怨で動いているわ。ヘスティア・ファミリアにも、当然アポロン・ファミリアに対しても、今回の件では本当に全く何一つ興味を持っていないわよ」

 

「《悪》云々については、ニルスは答え出せるで?」

 

「はぁ?」

 

 二柱のそんな返答に、ヘスティアは何を言ってるんだと思わず間抜けな声を出した。

 

 そして鏡の向こうで、既に始まっている戦争遊戯(ウォーゲーム)に最初の動きがあった。

 

 

*    *    *

 

 

 古城の北側。たった一人、城壁を守るように静かに立つ猪の獣人、都市最強の冒険者【猛者(おうじゃ)】オッタル。

 フレイヤの言葉を信じるなら、彼の仕事は、Lv.2の冒険者たちが大半を占めるこの戦争遊戯(ウォーゲーム)に紛れ込んだLv.5の異物(ニルス)を排除することだけだ。そして、それこそが彼からしたら退屈であるはずのこの遊戯に参加した唯一の目的である。

 

 そんな彼の視線の先、戦場の北側、城砦正面の荒野を、全身をマントで覆った奇妙な格好の二人が静かに歩いてくる。

 

 一人はフード付きの緑のケープを身に着け、その上に更にマントを羽織って全身を隠している上に、顔の下半分すらも覆面で隠している華奢な女。

 一人はフードこそ被っていないが、全身をマントで覆い、同じく顔の下半分を覆面で隠した、燃え尽きた灰のようなくすんだ色の髪の男。

 

 リュー・リオンと、ニルス・アズライト。

 

 ヘスティア・ファミリアに助力してくれる、二人の協力者達だった。

 

「ちょ、マジか、これはひどい!」「【千の魔法(サウザンド)】先生、魔法使えなくなったからって物理的に武器持って来ちゃうとか!」「千の魔法、カッコ物理! 流石っすパイセン!」

 

 囃し立てる神々が見つめる鏡には、ニルス・アズライトの手元が映っている。

 そして彼のその手には熱によって赤黒く変色した膨大な数の細い鎖の束があり、それは彼の背後で金属同士がぶつかり合う嫌な音を立てながら引きずられている、数百にも及ぶ多種多様な武器に繋がっている。

 

 剣、槍、斧、杖。短剣細剣大剣短槍長槍、その他思いつく限りの様々な武器。

 

 オッタルとの距離にして50M。

 その距離まで到達したその瞬間、ニルスは大量の鎖の束を両手で掴んで、ゆっくりと頭上に掲げて回転を始める。

 

 回転の速度は徐々に早まり、耳障りな音を立てながら鎖に繋がれた膨大な数の武器が彼の頭上を旋回し始める。

 

 そして同時にリューも動きを見せた。

 勢い良く両腕を広げ、勢いでマントが宙が舞う。隠されていた両手に装備されていたのは二振りの『魔剣』。ヘスティア・ファミリアの奥の手である、オリジナルの魔法をも超える『クロッゾの魔剣』だった。

 

 ニルスはLv.5のステイタス、人類の域を超えた膂力をもって回転の勢いそのままに数百の武器を、リューは二振りの魔剣から巨大な炎塊と大蛇のような紫電を、オッタルと、そして城壁に向けて解き放つ。

 

 その効果は覿面だった。大剣を振り回し襲い来る武器を全て弾き落としたオッタルは全くの無傷であったが、高熱を発する百の武器が突き刺さり、その上から膨大な威力の魔法をぶつけられた城壁は大きく抉られ崩壊していた。

 

「は、はあああああっ!?」

 

 隣で馬鹿みたいにそんな叫び声を出すアポロンに、ヘスティアは内心で歓喜の声をあげる。

 

 作戦通りだった。これで、道が出来た。

 

 そして二人の協力者は、二手に別れて走り出す。

 

 リューは崩れた城壁から出てきた百にもなるアポロン・ファミリアの団員達を引き付けつつ、魔剣を振って殲滅を開始する。

 そしてニルスは、片手に持った奇妙な形をした黒い長槍に炎を灯し、オッタルへと向かって走り出す。

 

 オッタルの大剣とニルスの長槍がぶつかりあい、凄まじい音が鳴り響く。

 一合打ち合っただけで弾き飛ばされたニルスは、周囲に落ちていた先ほど投擲した膨大な数の武器を拾ったかと思えば炎を灯してオッタルへと投擲し、そしてあるいは両手の十指で出鱈目に持った幾本もの武器でオッタルへと打ちかかる。

 

『まだだ。先日よりはマシだが、その程度の力で勝てるとでも思っているのか。今でようやく八年前より多少強い程度……本気を出せ』

 

『レベルアップしても相変わらず共通語が伝わらない脳筋はそのままみたいですね……もう昔のスキルはなくなったって説明しただろうが!』

 

 鏡からはオッタルの感情を押し殺した声と、全く余裕のないニルスの舌打ち混じりの悪態が響く。

 

『せめてその脆弱な炎をどうにかしろ。昔はもっと、もっともっともっともっともっと……貴様の炎は強かったはずだ』

 

『だからそっちのスキルも今は無いって言ってんだろうが!』

 

『……ならば、戦場の命を喰らい炎へと変えろ。人の命は、掛け替えのない大切なものなのだろう? 無限の可能性に満ち溢れた素晴らしい命を犠牲にするなどという悪を成せば、俺一人程度を倒せない道理があるはずないのだろう? かつて自らを《悪》だと名乗ったお前は、そう言って闇派閥の仲間を殺し尽くし、圧倒的なレベル差を覆して俺を倒したはずだ!』

 

『……何であんたがそんな昔のこといちいち前部覚えてんだよ』

 

 徐々に怒りで声を荒げて行くオッタルは、ニルスが一撃ごとに繰り出す武器を全て打ち砕き、確実にニルスを追い込んで行く。

 ニルスは大きく地を蹴って後退し、そして地面に落ちる幾本もの武器に繋がる鎖を掴み振り回し、周囲のアポロン・ファミリアの冒険者たち諸共オッタルへと叩きつけるが、しかしオッタルには一撃たりとも届かない。

 

 徐々に強くなる炎と戦場を飛び交う幾多もの武器をオッタルは軽々と打払い、そしてニルスへと横薙ぎの一撃を叩き込んだ。

 一般人と何ら代わりのない動体視力を持つヘスティアの目では、一連の攻防が終わり、薙ぎ払い終わった大剣を構え直すオッタルと、そして吹き飛び荒野を転がるニルスの姿をようやくまともに捕らえることしか出来なかった。

 

 地を転がりながらも跳ねるように起き上がり、手に持った鎖ごと武器を引き寄せ、オッタルから逃げるようにニルスはアポロン・ファミリアの冒険者たちへと攻撃を加える。

 しかし数人を巻き込んだだけで彼の攻撃はオッタルの手によって遮られ、再び強大な一撃によってニルスは吹き飛ばされる。

 

 追撃しようとしたオッタルは、しかし飛んできたアポロン・ファミリアの冒険者を受け止め、強制的にその場へと縫い止められた。立場上は一応味方なのだから、無造作に打ち払う訳には行かなかったのだろう。

 

「あの覆面の冒険者、強くね?」「無差別テロするヒーロー括弧笑と魔剣ありとは言え、百対一でよくやるわ。さっすが本物は違う」「覆面の冒険者……一体何リオンなんだ……」

 

 魔剣を使い果たしてなお、自前の木刀でアポロン・ファミリアの冒険者を相手取り、そしてオッタルの侵攻までもを食い止めたリュー。

 獅子奮迅の活躍をする強く美しい彼女に、バベルの外の民衆はおろか神々さえも賞賛と応援の声を送る。

 

 オッタルの追撃の手が止まった隙間に、ニルスはマントの肩口に仕込んだ回復薬(ポーション)の瓶を噛み砕き、飲み干すと同時に腕へと垂れ流し、大剣によって受けた傷と腕の火傷の治療をする。そして再び鎖を振るい引き寄せた武器を、周囲へと投擲して強引に軌道を変える事で周囲の冒険者たちを薙ぎ払う。

 

 しかし数人のアポロン・ファミリアの冒険者を巻き込んだだけで、空を舞う武器はオッタルに容易く打ち砕かれ、そして再びオッタルの強烈な一撃によって、背後の城壁諸共、古城まで吹き飛ばされる。

 そしてふらつきながらも立ち上がったニルスは、オッタルから逃げるようにアポロン・ファミリアの冒険者が密集している荒野へと走り出した。

 

「あー、こりゃやっぱ話にならんな。無理ゲーやわ」

 

 鏡の向こうの彼を見ながら、ロキは額を押さえて「ちょっとは手加減せえっちゅうねん」と呆れたように溜息を吐いていた。

 

「はー、思ったより刺激なくてつまんね」「オッタルさんが強すぎてお話にならない件」「ロキさんロキさん、おたくのお子さん敵前逃亡されてるんですが、感想を一言」「いやいや今はチャージ中なだけだから。【道化(ピエロ)】さんなら最期に一花咲かせてくれるから」「ちょ、それ、【道化(ピエロ)】パイセン死んでるじゃん」

 

 そんなロキと、そして鏡の向こうで戦うニルスを嘲るように笑う神々。

 

 ヘスティアは堪らず手元の鏡でバベルの外の民衆達に向けてみるが、人間たちも似たりよったりの反応だった。

 むしろ茶化しているだけの神とは違い、オッタルの攻撃によってニルスが吹き飛ばされる度にかつての恨みを晴らすかのような盛大な歓声があがる始末。

 

 憎悪と呼べる程に暗くはなく、しかし親しみ故の悪態と言うには薄暗いその感情。

 まるで物語の主人公にして英雄であるオッタルが打ち倒すべき丁度いい敵がニルスであると言わんばかりの空気に、ヘスティアは拳を握り締めた。

 

 今、間違いなく、都市中どころか戦場で戦う戦士たちの好奇の視線までもが、オッタルに嬲られるニルスに集まっている。

 

 作戦通りだった。

 殆どの者が戦争遊戯(ウォーゲーム)における前哨戦として、この一方的な英雄譚の一幕に目を奪われている。

 そして英雄譚に興味がない変わり者さえも、百対一という絶望的な戦力差を覆し戦場で舞い戦う、美しい覆面の冒険者の姿に目を奪われている。

 

 その隙に、ヘスティア・ファミリアの策は既に成った。唯一の勝機が見えてきた。

 

 今はまだ誰も興味を持っていない古城の中で、アポロン・ファミリアの冒険者の一人に魔法で変身したリリが、城門を開けてヘスティア・ファミリアの団員達を本丸へと招き入れる準備が整いつつある。

 

 だが、そのためにニルスが見世物にされ笑われている事を許容してしまった己を、ヘスティアは許せなかった。

 

「ほんま、ドチビはええ子ちゃんやな。納得行っとらんようやから、特別に教えといたるわ」

 

「ロキ……?」

 

「今はええんや。あの子は昔、今こうして見世物にされて馬鹿にされて貶されても仕方ないことをした」

 

 ニルス共々笑われているロキは適当にヘラヘラと神々へと手を振り返しながら、隣のヘスティアにのみ聞こえるように小さく続ける。

 

「昔のあの子は【悪即是我】なんてスキルを持っとった。《悪》とは何であるかを識り、理解し、そんで成した悪の大きさによって能力を増大させるなんて巫山戯たスキルや。自分の心と記憶を燃やして火力を超強化する、廃人直行の危険な切札(スキル)もあった。他にも【ソムニウム】っちゅう、単体での攻撃力はゼロやけど、思い描いたもんは金属であれば武器でも硬貨でも壁でも、何でも作り出せる使い勝手だけでいうと多分世界一の【千の魔法(サウザンド)】なんで渾名される魔法まで持っとった。当時はLv.2やったけど、それであの子はLv.5の格上や、それこそ数人がかりやけど当時のオッタルにも勝ったし、闇派閥の武器の供給を一人で賄ったり、偽金作って資金源にもなったり、本当に無茶苦茶な存在で……ニルスさえおらんやったら、闇派閥の被害はもっと小さかったって断言できる程には色々やらかした。今でもあの子が生きてる事自体に納得いっとらん子らはぎょうさんおるし、あの子が原因で自分とこの子が死んでまった神もおる」

 

「は? あのアズライト君が? だって彼は、本当に……」

 

「そや。あの子は昔からただの優しい子やった。今言った悪行も、全部人質に捕られた妹の命を救うために、自分を殺しながらやった事や。【ソムニウム】なんていくらでも金儲けできる魔法持っときながら、本人は犯罪やからって自分のためには一切使わんで、闇派閥時代も残飯食って生き凌いで来た阿呆なんや。まあそれ以上に、自分が悪やって断じながらも世界よりも妹の命を選んだ、発現したスキルの名前通りの究極の純粋悪なんやけどな」

 

「な、だ、だけどロキ……それなら情状酌量の余地だってあるし、君程の勢力がある派閥が事情を説明したら、アズライト君の扱いだって……」

 

「やから別にええんやって。ギルドも大手の派閥もそんな事は知っとるから、正式にうちのファミリアに所属できとんのやし、それ以前にあの子は別に皆に褒められたくて正義の味方やっとるんやない。やから別にどんだけ見世物にされて馬鹿にされようが、笑われようが、ストレスの捌け口にされようが、うちがわざわざ出しゃばる程の事やあらへん」

 

 ヘラヘラと笑うロキに、ヘスティアは再度反論しようとして、そしてそれに気付いてやめた。

 酒をローテーブルに置いたロキの手の平には、爪の痕が深々と刻まれ、そして薄っすらと血が滲み出ている。

 

「ロキ、君は……」

 

「なんやその目は? 喧嘩売っとんのかいな、ドチビ。つーかそれより、ニルスの火見て何か違和感ないか?」

 

「火って、あのめちゃくちゃ熱そうな魔法がどうかしたのかい? 凄い魔法だとは思うけど……」

 

 ニルスが血に染まる度に徐々に白に近づき威力を増して行く炎を鏡越しに見ながら、ヘスティアは首を傾げる。

 とてつもない威力、火力の魔法であるが、唐突にロキはどうしたというのだ。

 

「ちゃうちゃう。魔法やのうて火そのものや。ドチビ、よう見てみーや」

 

「火って……ん? は? え、ちょ、あの火ってボ──」

 

「あー、やっぱそうなんか。わかったわかった、もうええで」

 

「は? いや、ロキ、あれ、え? えええ? 何で外界の子どもがあんなものを!?」

 

「子どもの可能性、神々(うちら)が検討もつかんような未知ってのは、そういうもんや。ドチビんとこの子かて、とっておき持っとんのやろ? 似たような……いや、まあ、あの兎君の成長速度の方がよっぽどおかしいやろうけど」

 

「ぐっ……!」

 

 痛いところを突かれて、ヘスティアは黙り込むしかなかった。

 ベル・クラネルのとっておきのレアスキル【憧憬一途】、何の縁なのか知らないが、よりにもよってロキの眷族である憧憬の相手(アイズ)への想いの丈によってより成長が早くなるという破格のスキルの存在は、絶対に知られてはならない。

 

「あら、そう言えば貴方も一応火を司っていたわね。火の神同士で秘密の会話なんて楽しそう。私も興味あるわ」

 

「うっさいわ色ボケ女神。だいたい自分はニルスのこと嫌っとるやろ、黙っとれ。なーにが興味があるじゃ」

 

 頭上を行き交うロキとフレイヤの声も、焦るヘスティアの内心も置き去りに、鏡の向こうではオッタルとニルスの戦いが佳境を迎えようとしていた。

 

 ニルスが持ち込んだ数百の武具は、最早一つを残して全てが使い物にならななくなっていた。

 少なくない数が出鱈目な投擲によって戦場の各所に散らばり、大半はオッタルによって破壊され、そして残った物も強くなり過ぎた炎に耐え切れず溶解している。

 

 そして唯一残された元は黒かった長大な刃渡りの槍には白い炎が灯り、陽炎を立ち昇らせていた。

 

 傷だらけのニルスと、無傷のオッタル。

 対象的な姿の両者は、戦場で足を止め、最後の一撃に向けて詠唱を開始する。

 

『【銀月の慈悲、黄金の原野。この身は戦の猛猪を拝命せし。駆け抜けよ、女神の神意を乗せて】』

 

『【炎よ、稲妻と成りて空を駆けろ】』

 

 オッタルは大剣を上段へと構え、腰を落とす。

 ニルスは両手に灯した炎を、紡いだ詠唱によってより一層輝きと重みを増した純白へと染め上げる。

 

『【ヒルディス・ヴィーニ】』

 

『【アグニ】』

 

 オッタルの剣が黄金色の光に、そしてニルスの槍が純白の光に包まれる。

 

 片や純粋な強化魔法によって破壊の力が収束された大剣。

 片や空を駆ける稲妻の形を以って顕現した炎が宿った槍。

 

 ニルスによって投擲され一条の光の軌跡と化した槍と、オッタルが振り下ろした大剣が凄まじい音を立てて衝突した。

 

 一瞬の輝きと、周囲を揺らす衝撃、そして轟音。

 

 神の鏡の向こう、閃光が収まった戦場では、衝突し合った膨大な力が凝縮された大剣と長槍が、完全に消失していた。

 

「もしかして、引き分け……?」

 

「いや、まだやで」「いいえ、まだよ」

 

 思わず呟いたヘスティアに答えたのは、ロキとフレイヤ。

 

 二柱の主神に応えるように、二人の冒険者が動き出す。

 

 両手に純白の炎を灯し、駆け出すニルス。

 背に装備した予備というには余りにも重々しく禍々しい黒色の大剣を抜き放ち、そのまま振り下ろすオッタル。

 

 ニルスは自らを両断する勢いで迫り来る強大な大剣を、しかし右手で掴み、そして同時に纏う膨大な熱量とその握力によって砕き握り潰した。

 

 そして残った左手の五指を、鉤爪の如くオッタルの胸の鎧へと突き立て抉り、そして炎を解き放った。

 

 再度響き渡る轟音と、白い閃光。

 

『この一撃が、今のお前の限界か……』

 

 ニルスの攻撃を真正面から食らったのはオッタル。しかし、結果としてその場に膝から崩れ落ちたのはニルスだった。

 オッタルの胸の鎧は崩壊し、戦闘衣(バトルクロス)も焼き切れ、黒く炭化し一部五指によって抉られた素肌が覗いているが、それでも【猛者(おうじゃ)】は悠然と立っていた。

 

 気を失っているのか無防備に地面へと倒れ込んだニルス。焼き切れ黒ずんだ外套から覗く彼の両腕は完全に炭化しており、肩口はおろか胸元までもが焼け爛れ変色している。

 

『お前と戦うことはもう無いだろう。昔のお前は既にあの日、死んていたのだな。……残念だ』

 

 そう言ってオッタルは倒れたニルスに背を向け、戦争遊戯(ウォーゲーム)になどもう興味はないとばかりに戦場を立ち去った。

 

 こうして、戦争遊戯(ウォーゲーム)における前哨戦、かつての純粋悪である【道化】を【英雄】が圧倒的な力でもって討ち滅ぼすという英雄譚の一幕は、あっけなく幕を閉じたのだった。

 

 

 

*    *    *

 

 

 一人の謎の妖精(エルフ)が繰り広げた、百の軍勢を相手取っての美しさすら感じさせる舞いのような戦い。

 都市最強の英雄によって魅せられた、勇ましく雄々しき、千の武器と業火を操る道化の討伐劇。

 

 そんな滅多に見ることが叶わないとっておきの、ともすれば本戦を全て喰いかねない豪華絢爛な前哨戦に対して、しかし戦争遊戯(ウォーゲーム)本戦も負けず劣らず大いに盛り上がり、ヘスティア・ファミリアの勇姿は都市中で興奮と共に幾度と語られる事になる結末を迎えた。

 

 協力者達の手によって戦力が削られたとは言え、まだ百の戦力を抱えるアポロン・ファミリアに対して、策略と無謀とも呼べる勇気を以って対等に渡り合うヘスティア・ファミリア。

 そして彼らは最終的には両派閥の団長同士の一騎打ちへと持ち込み、Lv.2のベル・クラネルがLv.3の敵大将を討ち果たすという大逆転劇を繰り広げ、その手に勝利をもぎ取ってみせた。

 

 こうして戦争遊戯(ウォーゲーム)は終わりを迎え、前哨戦を制した都市最強の冒険者オッタルには憧憬と感嘆、本戦を制したベル・クラネル率いるヘスティア・ファミリアへは賞賛と期待の叫喚が都市全体から捧げられたのだった。

 

 

 

*    *    *

 

 

【登場人物:過去】

ニルス・アズライト

年齢:13歳

所属:闇派閥(イヴィルス)

種族:ヒューマン

通り名:【業火】【千の魔法】【純粋悪】

 

Lv.2 最終ステイタス

 力:S999 耐久:S999 器用:S999 敏捷:S999 魔力:S999

 炎熱:E

 

《魔法》

 【アグニ】

  ・自傷型儀式魔法

  ・自身の肉体を代償に火を灯す

  ・痛みを熱に、傷を炎に変換する

 【ソムニウム】

  ・創造魔法

  ・その火は鉄を鍛え、想像を具現化する

 

《スキル》

 【悪即是我】

  ・悪の根源を識り体現する権利を得る

  ・成した悪の大きさに応じて全能力超補正

  ・成した悪の大きさに応じて苦痛を受ける

 

 【焼心灰燼】

  ・己の心諸共全てを焼き尽くす業火

  ・焚べた心と記憶に応じて火力超増強

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