ダンジョン都市で正義を騙るのは間違っているだろうか   作:kuku_kuku

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「妖精の清水」とは果たして水なのか酒なのか・・・。誰か教えて・・・。


第八夜 「妖精の森風ブロシェット」と「贅沢者の妖精清水」

 

 『豊穣の女主人』の店の奥にある一室。

 

 先日ロキ・ファミリアの主神と団長が大量の酒と回復薬(ポーション)を飲み干していたその一室で、本日リュー・リオンの向かいのソファに腰掛けているのは同ファミリアの副団長であるリヴェリア・リヨス・アールヴとアイズ・ヴァレンシュタインの二人。

 

「──これがあの日、私達側で起きた事だ。そして最終的な結論として、ロキ・ファミリアは十日後に予定している都市の破壊者(エニュオ)一派の壊滅作戦に限り、異端児(ゼノス)達と共闘する事になった。公式的なファミリアとしての異端児(ゼノス)の存在そのものに対する姿勢は、静観を貫くことになるがな」

 

 席に着くなり前置き無く語り始めたリヴェリアはそう締めくくって、顔にかかる深緑の髪を払い、ようやく小さく一息を吐いて水を口に含んだ。

 

 リューはそんな彼女のグラスに水差しを傾けつつ、たった今語られたあの日の出来事を反芻する。

 

 三日前のあの日、異端児(ゼノス)達の命運を賭けた騒動と都市の破壊者(エニュオ)一派との戦いは、リューが想定すらしていなかった結末を迎えた。

 

 先程の話を聞く限り、ロキ・ファミリアにとっては望外の戦果と同時に、大きな代償を支払う結果となったようだ。

 

 ロキ・ファミリはあの日、外部に流出した人造迷宮(クノッソス)の鍵という餌に釣られて誘き出された闇派閥(イヴィルス)残党から、計画通り鍵を奪取した。更にその鍵を使いリヴェリア率いる部隊が人造迷宮(クノッソス)へ電撃侵攻し、部分的ではあるものの迷宮内部のマッピングと新たな鍵の奪取までもを成し遂げたという。

 

 そして彼女たちは人造迷宮(クノッソス)内部での戦いの最中、地上より逃げおおせた異端児(ゼノス)達との会合を果たし、紆余曲折を経てなし崩し的ではあるものの異端児(ゼノス)達と一時的な協力関係を結ぶまでに至った。

 

 あの日の大暴露が支配的な要因ではあるが、それとは別に敵の最高戦力である赤髪の怪人達との戦いにおいて、命を賭してロキ・ファミリアの団員を守った異端児(ゼノス)の覚悟があったからこその結果だったという。

 

 異端児(ゼノス)を隣人として受け入れると決めていたリューにとっては、彼らの存在に対してロキ・ファミリアが排除ではなくむしろ内情としては好意的な姿勢を取るというだけでも大きな救いだった。

 

「さて、次はそちらの番だ」

 

 リューが顛末を含め納得したのを見計らい、リヴェリアはそう切り出す。

 

「あの阿呆は宣言通り今朝まで意識を失っていて、起きてからは発狂したフィンに瀕死間際まで訓練の名を借りた暴力を振るわれ、その後は館の庭に吊るされている。故にまだあの日の全容を本人から聞けていなくてな」

 

「え……もしかしてニルス、気絶してて今日は来ない? ……それはとても困る」

 

「いや、私が折檻する際に……もとい、今は意識を取り戻している。まだ罰として吊るしているだけだ」

 

 何故か冷や汗を吹き出すアイズと、彼女に不思議そうに首を傾げながら不穏な言葉を見え隠れさせるリヴェリア。

 おそらく瀕死間際のニルスの意識を強引に取り戻させ、再度リヴェリアが意識を失う寸前まで折檻したのだろうが、その事には触れない。何時ものことだ。

 

 そっと視線を逸らしていると「今日は昔のように閉店後に来る手筈になっていると聞いているが?」とリヴェリアに尋ねられ、リューは頷く。

 

「はい。意識を失う前に、暫くは表を歩けないだろうからと」

 

 ──皆が怖がるから、俺は店に行けない。

 

 五年前、再会したばかりの頃、彼はそう言っていた。

 時が経ち、闇派閥(イヴィルス)の【純粋悪】ではなくロキ・ファミリアの【正義の味方(ヒーロー)】として認められる前までは、彼がこの店を訪れるのは何時も決まって客がいなくなってからだった。

 

 見事な迄にあの頃に逆戻りだなどと考えてしまい、胸が締め付けられる。

 

 先日の事件を契機にその痛みの意味をもう理解してしまったが、それでも無理やり痛みに気づかないふりをして、リューは最初のリヴェリアの質問に答えるために口を開いた。

 

「あの日、私は黒いミノタウロスの異端児(ゼノス)と行動を共にしていました」

 

「あの、ベルと戦った?」

 

 アイズの問い掛けに頷く。

 

「はい。彼、アステリオスと私は異端児(ゼノス)達の帰還作戦における、万が一の際の予備戦力として動いていました。ただそれは、クラネルさん達には伝えていませんでしたが、もし全力のロキ・ファミリアと敵対しなければならなくなった際の保険の意味合いが強く、実際には不確定要素であった闇派閥(イヴィルス)残党、ヴァレッタ・クレーデの対処を主な目的としていました」

 

 Lv.6を上回る実力を持っていた彼は異端児(ゼノス)ではある一方で、他の者達とは異なり独自の目的に従い動いていた。

 幾度も剣と言葉を交わし、信頼できる武人と確信した相手から語られた彼の目的、夢の話。彼が再戦を夢見続ける憧憬の好敵手がベル・クラネルであると直感したリューは、アステリオスに取引を持ちかけていた。

 

 つまり、異端児(ゼノス)達が無事に逃げおおせた暁に彼の憧憬の相手と引き合わせる対価とし、その力を貸してくれ、と。

 

「ふむ……的確な判断だな。お前達が歓楽街の宮殿地下でヴァレッタを抑えていなければ、この結末はなかっただろう。お前を含む異端児(ゼノス)側の鍵の確保ではなく、私達ロキ・ファミリアが敵からの新たな鍵の確保を優先させると決めたのは、不確定要素をあの馬鹿道化(ピエロ)が受け持つと請け負ったからだったが、奴は見事に仕事を放棄したからな……!」

 

 怜悧に瞳を細め頷いていたリヴェリアは、しかしニルスについて触れる際に瞬時に青筋を浮かべ今にも叫び出しそうな程声を震わせていた。

 水を一気に飲み干してどうにか落ち着いた様子の彼女は、「それで」と何事もなかったかのように口を開く。

 

「お前達は、どうやってヴァレッタの居場所を突き止めた? まだ仕事を放棄する前のニルスが見つけられなかった相手だ。ニルスの(スキル)がまだ生きている事すらを警戒して完全に足跡を消していた用心深い相手が、そう簡単に見つかるとは思えないが」

 

「いえ、突き止めてはいません。接触は相手からでしたので。私達は誘いに乗って元イシュタル・ファミリアの拠点に赴いただけです」

 

「……え、リューが狙われたの?」

 

 淡々と返したリューを不思議そうに見つめるのは、一心不乱にジャガ丸くんと呼ばれる軽食を食べ続けていたアイズだった。

 食事を頼むのは報告が終わってからだとリヴェリアに言い含めれたアイズは、何故か自前で用意していたジャガ丸くんを鞄から取り出し何事もなかったかのように食べているが、リヴェリアはそれには特に何も触れない。相変わらず彼女達の基準はよく分からない。

 

「あくまでも狙いはアズライトで、彼を誘き寄せるための手段として私の身柄を狙っていたに過ぎません。差し向けられた暗殺者集団(セクメト・ファミリア)に脅迫……誘導される形で宮殿の地下へと潜る事になったのですが、今思えば浅はかな行動でした。アステリオスの協力があったとは言え、例の不治の呪道具(カースウェポン)と、多くの暗殺者達の呪詛(カース)、ヴァレッタ自身のステイタス弱体化の結界魔法、仕掛けられていた三重の罠に私達は苦戦を強いられました」

 

「なるほど、あの阿呆が串刺しにして丸焼き寸前で捉えたという、広場に潜伏していた五人の暗殺者達の役割はお前に対する人質だったのか。しかし、フィンに執着しているとばかり思っていたが、狙いはニルスだったか……」

 

「……はい。ヴァレッタは、アズライトが正義を名乗っている事が気に食わなかったようです。かつてフェリスを人質としてアズライトの人生を歪めたように、今度はそれに私を使おうとしていました。が、愚かにも程がある。私を使えば本当にアズライトを御せるなどと、そんな見当違いの思い込みに縋っていたのですから」

 

「思い込み……? 実際そうだし、それにニルスがそうなれば、ロキ・ファミリアもたぶん崩壊してた。知らなかった……そんなに危ない状態だったんだ」

 

 不思議そうに首を傾げながら「よかった」と安堵の息を漏らすアイズに、リューは苦笑する。

 その隣ではリヴェリアが、アイズの気侭な発言に何時ものように眉間に皺を寄せて難しい顔で額を押さえていた。

 

「アイズは相変わらず独特な考え方をしますね。リヴェリア様が困っていますよ?」

 

「私はどちらかと言うと……いや、何でもない。それで、歓楽街の地下で戦闘していたというミノタウロスが、何故ダイタロス通りの広場に現れることになった?」

 

 リヴェリアの溜め息と共に投げ掛けられた質問に、リューは懐から眼晶(オルクス)と呼ばれる水晶球を取り出して机の上に乗せた。

 

異端児(ゼノス)達と協力関係になったのであれば既に把握済みかもしれませんが、これは神ウラノスの協力者である魔術師(メイジ)が作った、対となる水晶を持つ相手と遠隔で会話することが出来る破格の魔道具(マジックアイテム)です」

 

「ああ、既に作成者本人から聞いている。考え方によっては、今回の騒動の一番の成果だろうな」

 

 そう小さく笑うリヴェリアに、リューは頷き同意を示す。

 

「説明は不要なようですね。あの日、ヴァレッタ達との戦闘中、私はこの魔道具(マジックアイテム)越しにヘスティア・ファミリアのリリルカ・アーデから、犠牲になろうとしているアズライトを助けてくれと、そう連絡を受けました」

 

「リリルカ……そういう事か……。彼女にも、後日謝礼が必要だな」

 

 ようやく全てに納得できたと言わんばかりに苦笑しながら天井を仰ぎ見るリヴェリアに、リューはもう不要と思いつつも事の顛末を一気に語った。

 

「リリの話を聞いて、アズライトが何をしようとしているのかは分かりました。アズライトが異端児(ゼノス)の存在を明るみに出すという選択をしてしまった以上、この先どう世界が変わるか想像できない。ですから、アステリオスとの契約を守る最後の機会になるかもしれないとも思いました。それに、彼の戦闘力は圧倒的でしたが、絡め手を前提とする相手には向いていませんでした。それらを踏まえて、私はアステリオスに彼の好敵手が広場にいる事を伝え、そしてそこで暴れているアズライトをその場から引き離すように依頼しました。その後は二人もご存知のように、アステリオスからの情報で歓楽街に救援に来たアズライトはヴァレッタを含む敵を撃退し、その後にその場で意識を失い、そして一方のアステリオスはクラネルさんと再戦を果たした。これが私が知る、あの日の全てです」

 

「リュー、大丈夫だった……? ニルスが来るまで、一人だったんだよね? 酷いこと、されなかった?」

 

 心配そうにそう尋ねて来るアイズ。先日の醜態を思い出してしまった事に加えて、アイズにこうして心配される程に彼女と差がついてしまった現状に少し気持ちが沈んでしまう。

 

「心配させてしまい申し訳ありません。戦闘で痛手は負いましたが、まあ、すぐにアズライトが助けてくれましたので何も──」

 

「何も無くなんてないです!!」

 

 リューの言葉を遮り個室に響き渡ったのは、シルの怒声だった。

 扉が乱暴に開かれると同時に「私、怒ってます!」と言わんばかりの様子で部屋に入ってくるなり、若葉色の店の制服に身を包んだシルはリューに抱きつき何もない空間に向かって威嚇する。

 

「あの人、もうちょっと早くリューを助けに来れなかったんでしょうか? それは私だって、ベルさんのために頑張ってくれたのは分かってますよ! でも、でも……ニルスさんはリューを助けないと駄目じゃないですか!? そうですよね、リヴェリア様。アイズさんだってそう思いますよね? あの人がもうちょっと早く来てさえいれば、リューの柔肌に傷がつくこともなかったんですよ! ほんとにもう」

 

「シ、シル……首が絞まっています! そ、それに、そこはかとなく誤解を招くような発言はしないで下さい! と言うより、何故シルがそのことを……?」

 

 荒れ狂うシルをどうにか宥めようとして、そして冷静に考えれば秘匿すべき闇派閥(イヴィルス)の事を知っているかのように怒り狂うシルに、リューは嫌な汗がじわりと浮かんだ。

 

「リューってば傷だらけで帰って来たのに何も教えてくれないから、ベルさんに聞いたの。誰かと戦っていたリューを、ニルスさんが助けてくれたんだって。ベルさんも、ファミリアの人からの又聞きだからよくわからないって言ってたけど」

 

「そういう事でしたか……。ですがシル、幾らあなたと言えど、来客中のこの部屋に無断で──」

 

 心を鬼にしながら瞳を眇め、リヴェリアとアイズの前で失礼を働く彼女を咎めようとすれば、しかしシルはするりとリューの首に回していた手を解いて出口へと向かって行ってしまった。

 

「ミアお母さんから伝言です。私はそれを伝えに来ただけなので、ちゃんとお仕事中なんです。こほん──大事な話が終わったのなら、早く表のカウンターで真っ当な客と店員に戻りな! とのことです!」

 

 

 

 

*    *    *

 

 

 

 

「『【未完の新人(リトル・ルーキー)】、奇跡の生還!』『冒険者と怪物の熱き戦い。新たな英雄の登場か?』『怪物(モンスター)のお手柄? 本性を現した【道化(ピエロ)】を撃退!』『新たな異常種、異端児(ゼノス)の出現。ダンジョンで陰ながら冒険者たちを救助』『ダンジョンで異端児(ゼノス)が冒険者の前に現れることは決して無い。出会うモンスターは迷いなく討伐されたし』……まったく、好き放題だな、ギルドめ」

 

 何時もの最奥の角の席で、カウンターの上に広げた幾つもの巻物を見ながら、リヴェリアは頭が痛そうにエールのジョッキを呷る。

 しばらくは街に出回っている数種類の情報紙に目を通す事にかかりきりになるであろう彼女は、無意識に近い状態で五回目の「もう一杯」という言葉を繰返し、空になったジョッキをカウンターを挟んでリューへと手渡してくる。

 

 呟かれるように読み上げられたニルスの記事に胸が苦しくなるのを無視して、リヴェリアへと波々とエールを注いだジョッキを渡し、彼女の横のアイズへと視線をやる。

 リヴェリアの隣でちびちびと舐めるように一杯目のエールを飲むアイズは、ベル・クラネルを讃える記事を見ながら顔を綻ばせていた。

 

「クラネルさんへの悪評は、例の一戦で払拭されたようですね。私は見ることが出来ませんでしたが、オラリオの世論を決定づける程に魅せられる戦いだったと聞きました」

 

「うん……強かった。ベルも、あのモンスターも。私もあの二人の戦いに、心が奪われた」

 

「アイズは、平気ですか? あなたに、異端児(ゼノス)達の存在は辛いでしょう……」

 

「……怪物(モンスター)を殺すことは、私の誓いだから、まだ答えは出せてない。だけど、ベルはあの戦いを乗り越えて、今も強くなろうとしてる。だから私も先に進もうって、今はそう思える、かな。今朝ベルと話して、そう思えるようになった」

 

「そうですか。よかった。……強いですね、あなたもクラネルさんも」

 

 未だに前に進めていない自分とは大違いだと、アイズとベルの姿を眩しく思う。

 アイズとリヴェリアの前にサラダが盛られたボウルを出し、リューは水を少しだけ口に含む。

 

 そしてサラダをもぐもぐと可愛らしく喰み始めたアイズが「だから、今日から【猛者】と訓練してる。明日も頑張らないと」と何気なく続けた言葉に、思わすむせ返りそうになった。

 ぎりぎりで失態を免れたリューとは対象的に、リヴェリア盛大に咳き込みながら手に持った情報紙を思わず引き裂いていた。

 

「アイズ! お、お前、修行を始めたというのは、まさかフレイヤ・ファミリアの拠点に乗り込んだのか……!?」

 

「あ」

 

「あ、じゃないだろう! ばれてしまったみたいな顔をするな! お前は何を考えているんだ!?」

 

 怒鳴り取り乱すリヴェリアに、アイズは大量の冷や汗を吹き出しながらわたわたと狼狽える。何も言葉を続けることが出来ないアイズの頭を勢い良く叩き、リヴェリアは大きく溜め息を吐いた。

 

「アイズ、何故お前まで……。お前たちは何か? どちらか一人が何かやらかせば、もう一方もやらかさないと気がすまないのか? クソ、奴らに借りを作れば何をふっかけられるか!! ああああああああ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛、頭が痛い! もう一杯だ!」

 

 発狂して口汚く叫ぶリヴェリアに同情する事しか出来ず、とりあえずリューはそれで彼女の気が済むのならと黙してエールのジョッキを二つ渡した。案の定、ジョッキは二つとも数秒後には空になっていた。

 

 今はもうリューも人の事をとやかく言えないが、酒浸りのハイエルフ(王族)の落ちぶれた姿なぞ到底同胞(エルフ)には見せられない。殺されてしまう。

 

 アルコールで僅かばかりに怒りが収まった間際を見計らい、追加の拳骨を恐れるアイズが「だ、大丈夫……のはず。ファミリアの借りじゃなくて、私個人の借りだって、ちゃんと約束したから……」と泣きそうな瞳で言い訳を始める。

 

「そ、それに、【猛者】は、今日ニルスの様子を見て来て、それを報告したら少しだけ借りも少なくしてくれるって約束してくれた……」

 

「そんなはずがあるか! 何故オッタルがニルスを近況を知りたがる!! 適当な言い訳をするな!」

 

「な、何で……!? 本当なのに何で叩くの! リヴェリアのバカ!!」

 

「私は馬鹿じゃない! 大馬鹿はお前だ、このド天然娘!」

 

 突如始まった結構本気の親子喧嘩に流石にオロオロしていると、厨房の奥からミアが歩み寄ってきて、リヴェリアの前にパスタの大皿を叩きつけるように置く。

 

「娘の言うことも信じてやれないのかい? 相変わらず高潔と傲慢を履き違えてるようだね。これだからエルフって奴は」

 

「ああん!? 貴様に私の気持ちが分かるのか!? 息子がまた都市中から憎悪を向けられるような事をしでかしたかと思えば、娘は敵対派閥に道場破り紛いの突貫だぞ!?」

 

「ま、まあ、同情はするが……とりあえずこれでも飲んで落ち着きな」

 

 想像以上の剣幕だったのか、あのミアすらもが一瞬たじろぎ、とっておきと言っていたドワーフの火酒を棚から出してグラスに注ぎ、リヴェリアの前へと置いた。

 反射的に止めようとしたが、既に遅かった。リヴェリアは一気にそれを飲み干して、荒々しく息を吐く。おいたわしや。

 

「適当に飲ませて吐き出させときな」

 

 そしてミアは火を付けるだけ付けて、厨房の奥へと消えて行った。

 

「はあ、もうアイズの件はいい。フィンに任せる。最悪、戦争になったらそれはそれだ。もうどうでもいい。フィンとガレスがどうにかする」

 

 火酒が相当効いているのか、リヴェリアは支離滅裂にかなり危険な事を呟き始める。

 

「だが、問題はあの馬鹿息子だ。本当に大馬鹿だ。もういっそのこと一回死ね。あんなどうしようもない騒動を起こしてどう収集を着けるつもりだったのかと思えば、それはその場にフィンがいたから大丈夫だと? 阿呆か? フィンはどうせ胃を潰して使い物にならなかったに決まっている。例の黒い猛牛(ミノタウロス)の乱入がなければ、その場で殺されでもしないと誰も納得しなかったぞ。彼はもはや恩人だ。いや、それを言うならリュー、お前が大恩人か。私はもう、お前に一生頭が上がらない」

 

 そして、最終的にはリューに深々と頭を下げた。

 

「いえ……そもそも私は、今回の騒動の原因の一つです。ロキ・ファミリアを裏切ってすらいます。断罪されど、感謝されるような事は何もありません」

 

「だが、お前の機転のお陰で、フィンがニルスを殺すという最悪の手段を取る必要はなくなった」

 

「それを言うなら、元を辿ればリリルカの機転です。あの子が私に連絡をくれなければ、ああはなりませんでした」

 

「ああ、彼女にも感謝が必要だな。どうだろう、うちには世間一般では超優良物件と名高い【勇者(ブレイバー)】という小癪な小人族の小僧がいる。もしも彼女が迷惑でなければ、礼にあれを贈ろうと思うのだが」

 

「……リヴェリア、それは危険。四年前にフィンがニルスの妹にお見合いを申し込むって言って、ニルス、それですごく怒ってた……」

 

「ああ、そういえばそうか。幼女趣味の中年など気持ち悪いだけだ」

 

 思わず同情してしまう程に罪なき【勇者(ブレイバー)】が傷付けられているのを聞きながら、リューは少しだけ救われた気持ちになる。

 

 変わらずニルスを息子として大事に想ってくれるリヴェリアの存在は、リューにとっては救いだった。

 アイズも下手をすれば彼女の生きる理由すら揺るがしかねない事件があったというのに、彼を変わらず家族として想ってくれている。

 

 主神であるロキや彼の友人であるベート・ローガを始め、他にもロキ・ファミリアには多くの彼の味方がいる。

 

 今回も彼を救ったリリルカだって、今はまた彼の義妹としてニルスを支えてくれている。

 

 もう五年前のあの頃のように、彼は独りではないのだ。

 

 そのことが、リューにはとても嬉しかった。

 

「──リュー、聞いているのか?」

 

「はい?」

 

 少しだけ温かい気持ちになり物思いに耽っていたリューは、リヴェリアのそんな言葉で我に返る。

 

「律儀に奴を待ってまだ酒も飲んでいないだろうに、どうした? まだ本調子ではなかったか?」

 

「申し訳ありません、少しだけアズライトの事を考えていました。彼がリヴェリア様やアイズ達のような良い家族(ファミリア)に恵まれ、本当によかったと。それで、どうされましたか?」

 

 心配そうに覗き込んで来るリヴェリアに率直に謝罪すれば、彼女は「あ、ああ、そうか……」と少し吃りながら続けた。

 

「リリルカ・アーデと言えば、少し前にその界隈では本物の神酒(ソーマ)よりも美味な酒があると少し噂になっていたな、という話だ」

 

「本物よりも、ですか?」

 

 すぐには何のことか分からず鸚鵡返しで問い掛けたリューに、リヴェリアは続ける。

 

「む、知らないか? リリルカ・アーデがソーマ・ファミリアを脱退する際に、主神から失敗作ではない神酒(ソーマ)の誘惑に抗えたら脱退を認めるという条件を出され、結果として見事にその誘惑を跳ね除けて『こんなものより何倍も美味しいお酒を知っている』と泣きながら啖呵を切ったという噂の事なのだが。その酒が実はこの店で飲めると、ある筋から聞いてな」

 

 かなり酒が回ってきているのか、何時もはあまり酔った様子を表に出さないリヴェリアが、その顔を赤らめながらも鋭い真剣な眼差しで語るその謎の迫力に、思わずアイズが「おお」と感嘆の声を漏らす。

 

「……リヴェリア、何かかっこいい」

 

「まあな。私は詳しいんだ」

 

「おお……!」

 

 盛り上がる二人を見ながら、リューの記憶はようやく繋がった。

 そして盛大な尾ひれがついている噂に思わず苦笑してしまう。

 

「その噂の品であれば、確かにこの店でお出し出来ます。が、神酒(ソーマ)より美味というのは、言葉通りの意味ではありませんよ」

 

「ほう、やはりあるのか……! 是非味あわせてくれ!」

 

 余程飲んでみたかったのか勢い良く食いついてくるリヴェリアに、リューはどうしたものかと迷う。

 だが、ただ言葉で説明するよりも、実際に飲んでもらってから種明かしをした方が良いだろうと、リューは棚からリヴェリアとアイズのために新しい二つのグラスを取り出す。

 

 そして何の工夫もなく以前のレシピ通りにそのまま作り、カウンターにグラスを二つ置いた。

 眼を輝かせながら「ほう、これが」と唸る期待が大きすぎるリヴェリアに、少し申し訳なく思いながら二人がジョッキを手に取り口に運ぶのを眺める。

 

 そして、

 

「うむ、美味い! 流石神酒(ソーマ)を上回る酒だ!」

 

「……え、これ、ただの水っぽいエール……?」

 

 リヴェリアとアイズが同時に発した正反対の感想に、リューは完全に硬直した。美味い? え、何が?

 

「ふ、アイズにはまだ酒の味は早いか」

 

 そして隣に座るアイズの肩をそっと叩くリヴェリアの様子に、リューはどうしたらいいのか分からずに本気で泣きそうになった。

 

 

 

 

*    *    *

 

 

 

 

「自慢ではないが、実は私の息子はあれで結構ファミリアの女性団員からの人気が高い。当然娘は言わずもがな、団員どころか街中で大人気だ。私は非常に鼻が高い」

 

「三文で矛盾してますよ、酔っぱらいのクソババア」

 

 深夜過ぎ。客が一人もいなくなったはずの『豊穣の女主人』の扉を潜ってみれば、怪しい呂律で脳が死んだような戯言をほざくリヴェリアにリオンさんが絡まれていた。リヴェリアの隣では、アイズがカウンターに突っ伏して眠りこけている。

 

 あからさまに安堵した様子で俺を見てくるリオンさんに、少し複雑な気持ちになった。

 

 何ならつい先日ヴァレッタに追い詰められていた時よりも深刻に見えなくもないリオンさんの切羽詰まった様子に思わず溜め息が出る。身内の醜態は何と言うか辛い。

 

「私は酔っ払ってなどいない。今日は神酒(ソーマ)を超える酒に出会えたのだからな。何杯でも飲める素晴らしい酒だ」

 

 お前も飲んでみろと強引に手渡されたグラスに少しだけ口を付けて、再度大きく溜め息を吐く。

 

「ただの水じゃねえか。ついに味覚が死んだのかよ……」 

 

「ふっ。普段どれだけ良い酒をリューに飲ませてもらっているか知らないが、お前までこの味がわからんとはな。まあいい、私とアイズはそろそろ帰らせてもらう」

 

 眠りこけるアイズを背負い始めたリヴェリアに流石に心配になる。エルフの王族でロキ・ファミリア副団長で都市最強の一角という危険物の塊であるこの酔っぱらいを、深夜とは言えオラリオに解き放ってしまうのはあまりにも危険だ。

 

「母の身を案じてくれるとは、相変わらず口は悪いが立派に育ってくれたな。私は嬉しいぞ」

 

「どっちかと言うと母以外の身を案じてるんですけどね」

 

「? 良く分からないが、この後はロキやフィンとガレスと合流する予定だ。案ずるな」

 

 神様がいるなら凄惨な事案は発生するだろうが致命的な事故には繋がらない。それにガレスさんがいるなら何も心配はないだろう。

 

「ああ、忘れるところだった。アイズから幾つか聞いておいてくれと頼まれていたんだ。何だったか……先ずは、体調はどうか?」

 

「は? まあ、もう回復してますけど……」

 

「食欲はあるか?」

 

「……普段通りだと思います」

 

「眠れているか?」

 

「あの……これ、何なんですか?」

 

「私が知るか。まあ、問題なさそうだな。リュー、馬鹿息子をよろしく頼むぞ」

 

 最初から最後まで頭が狂ったような事を言い続けて、リヴェリアはふらつきながら店の外へと出て行った。

 

 これだから酔っ払いは。

 

 ようやく一息吐いて、改めてリオンさんに向かい合って頭を下げる。

 

「身内が失礼をしてしまい申し訳ありませんでした。それに、俺もまたこんな遅い時間に来てしまって……」

 

 どちらかと言うと、後者の方が色々な意味で心苦しかった。

 

 もう愛想を尽かされても仕方がないと諦めつつも若干の恐怖を覚えながら頭を上げれば、リオンさんは何時もと変わらない冷たい無表情ではあったものの、少しだけ柔らかな声色で言ってくれた。

 

「いらっしゃいませ、冒険者さん。お待ちしていました」

 

「……ありがとうございます、店員さん。今日もお邪魔させていただきますね」

 

 

 

*    *    *

 

 

 

 

「これではどちらが店員なのか分かりませんね」

 

 眼の前で静かにパチパチと音を立てて燃える小さな火を見つめていると、隣の席に座ったリオンさんが少しだけ楽しげにそう苦笑をもらした。

 

 カウンターの上には小ぶりの五徳と網。五徳には串を打たれた魚が立て掛けられ、そして網の上には同じく串に刺さった色とりどりの野菜と山菜が並んでいる。

 

 今日のオススメの一品、『妖精の森風(アルヴの)ブロシェット』。

 

 瑞々しく色鮮やかな見た目からして食欲をそそられる多種多様な串は、俺の魔法で生み出された小さな火によって炙られ、今やとても芳ばしい香りを放ち始めていた。

 

「こんな時間まで待たせてしまったんですから、せめてこのくらいはさせて下さい」

 

「先程も言いましたが、明日は休暇ですので気にする必要はありません。ですが、ありがとうございます」

 

 困った人だと苦笑気味に小さく溜め息を吐きながら、リオンさんは無色透明な酒と氷が浮かんだグラスを手渡してくれた。

 お礼を言って程よく冷やされたそれを一口頂くと、初めは檸檬の果汁を溶かしただけの水に思えたが、少しだけ感じる炭酸と蒸留酒の酒精がより一層その水自体の口当たりの良さを引き立てていた。仄かな酸味がとても食事に合いそうなお酒だ。

 

「私の故郷では『贅沢者の妖精清水』と呼ばれていた、希少な炭酸を含む妖精(アルヴ)の清水をただの適当な蒸留酒の割水として扱う、一部の物好き(酒好き)なエルフにのみ好まれていた背徳的な飲み方です。今回は流石に炭酸入りの清水は手に入りませんでしたが、オラリオではアンドロメダが作ったソーダを溶かせば簡単に炭酸水が作れますのでそれで代用しました。アルヴの森から仕入れた森の恵みと共に味わうなら、お酒もそれに合わせるべきだと思いまして。冒険者さんには少し酒精が足りないかもしれませんが」

 

「いえ、お互いに病み上がりの身ですし、お気遣いありがとうございます。あ、店員さん。この魚、もう食べ頃ですよ」

 

 お礼とばかりにリオンさんに魚の串を手渡し、俺も自分の焼き魚に齧り付く。

 

「……魚は普通ですね」「とても美味しいです」

 

 同時に呟いた感想は真逆のものだった。きょとんと不思議そうに俺を見るリオンさんに、俺は苦笑混じりに返す。

 

「何時も店員さんが焼いてくれる魚と比べると、至って普通だなと。やっぱり焼き魚だけでも店員さんに作って貰えばよかったです」

 

「あまりそのような世辞は好きではありません。こと火加減だけに限っては、あなたにはミアお母さんですら敵わないでしょう。私のとは比べるまでもありません」

 

 少しだけ不貞腐れたようにリオンさんはそう言った。そんな彼女の様子が何時もより幼く見えて、思わず吹き出してしまう。

 

「嘘じゃないですよ。神様に証明してもらってもいいです。五年前にはじめて作ってもらったあの時から、店員さんの焼き魚は俺の好物なんですから」 

 

「……嘘です。からかわないでください。私があの日冒険者さんに出せたものは料理とは呼べない、ただの消し炭でした。まあ、フェリスとの思い出の品だと冒険者さんを期待させておきながら、あのようなものしか出せなかったのですから、皮肉を言われても仕方ありませんが」

 

「誠心誠意紛うことなき本心なんですけどね。まあ、信じてもらえないようなので、感謝だけ伝えておきます。何時もありがとうございます」

 

「あなたは、ずるいヒューマンだ……」

 

 エルフ特有の尖った耳の先を僅かに赤く染めて、俺から顔を逸らすリオンさん。相変わらず拗ねているような口調だが、どうやらちゃんと嘘じゃないと伝わっているようで珍しくもリオンさんは照れていた。

 

 あれからずっと上手に作れるようにと練習してくれて、今や本当に味においても好物になった焼き魚への思いを語りたくもあったが、照れているリオンさんという貴重な光景を堪能したいという邪な思いが強くなりつつあったので止めておいた。またの機会にしておこう。

 

「そう言えばあの日繋がりで思い出しましたけど、最初、こうして横に座るかどうかでちょっと揉めましたよね」

 

 適当に思いついたことを口に出せば、リオンさんは気を紛らわすようにグラスに口をつけてから俺へと向き直った。

 

「確か冒険者さんが、不快になるから視線に入るカウンターに立つなと仰っしゃられたのでしたか」

 

「俺の記憶だと店員さんが、不快だからカウンターを挟んだ距離でないと嫌だと駄々を捏ねてたはずですけど」

 

 不思議である。なぜここまで認識に齟齬があるのだろう。

 が、確かに売り言葉に買い言葉でそんなことを言ったような記憶があるような気がしないでもない。

 

 改めて思い返してみれば、あの頃はお互いに色々と複雑な感情を持て余していたこともあり、大半の時間を沈黙か言い争いに費やしていた。そう考えると、今日のような距離感で穏やかに語り合っていることが少し不思議に思えてくる。

 

「……」「……」

 

 どうやら同じようなことを考えていたようで、ふとリオンさんと視線が合う。そしてお互いにどちらともなく苦笑して、グラスを煽ってむず痒さを誤魔化した。

 

「冒険者さん」

 

 空になったグラスに酒を注いでくれたリオンさんが、静かにそう切り出す。

 

「改めて、先日は助けてくださりありがとうございました。あなたの助けがなければ、私は死んでいたでしょう」

 

「いえ、とんでもないです、元はと言えば俺のせいですから……。店員さんには迷惑かけてしまって本当に申し訳ありませんでした。言い訳にしかなりませんが、ヴァレッタが俺に執着してたことも、店員さんを逆恨みをしてることも想定外でした……」

 

 俺が戦場に到着した時には、リオンさんはヴァレッタに捉えられ甚振られていた。

 今思い出しても殺意を抑えきれない。

 

 あの日は完全に怒りに呑まれ問答無用で徹底的にヴァレッタを焼き殺そうとしたが、改めて記憶を辿るとヴァレッタは焼け死ぬ間際に逃げ出すまで、何か凄まじいことを言っていたような気がする。

 

「あのゴミ、そう言えば俺の故郷に行って来たとか、俺の小さい時の事がどうとか言ってましたっけ?」

 

 オラリオから逃げ延びた後、俺の生まれ故郷に行って俺のことを調べて来たとか、俺について知らないことはもうないとか、そんな感じのことを言っていた気がする。本当にどういうことだ。

 

「……その件ですが、謝罪しなければならないことがあります」  

 

 背筋に走る寒気に身震いしていると、リオンさんが言い難そうにそう呟く。

 

「私がヴァレッタに捉えられてから冒険者さんが来てくださるまでの間、私はヴァレッタから冒険者さんの過去を聞いてしまいました」

 

「はい……?」

 

 リオンさん曰く、ヴァレッタは俺の過去を語りながら『あいつの過去も本質も知らないお前があいつを語るな』『あのガキが正義の味方だなんてお前が誑かしたんだろう』『お前でもフィンの野郎でもない。あのガキをわかって使ってやれるのは私だけだ』などと興奮して一方的にまくし立てながらリオンさんに暴力を振るったという。何とも複雑そうにそう語ったリオンさんは、居た堪れなくなったのか無言になってしまった。俺も何と言っていいのか分からない。

 

「何というか、元上司みたいな奴が本当に申し訳ありませんでした……」

 

「いえ……私の方こそ申し訳ありません……」

 

「店員さんが謝る必要なんてないですよ。それに、別に知られて困るようなことは……なくはないですが、まあ、そうですよね。俺が父親とか他にも何人も殺して、というか、一族をほぼ滅ぼして妹と故郷から逃げて来た話とかも聞いたんですよね?」

 

 あの日のことに関しては後悔したことも間違えたと思ったことも一度もないが、それでもリオンさんに知られるのは少しだけ嫌だった。思わず溜息を吐いてしまった俺に、リオンさんは更に気まずそうに顔を伏せて続ける。

 

「……はい。ですがその件は、既にあの夜にフェリスから聞いていました」

 

「ん……?」

 

「いえ、違うのです。確かにあの夜は、その話を聞いてもあの【業火】であれば何ら不思議はないと思いはしました」

 

 唖然としただけで俺は何も言っていないのに、リオンさんが慌てて言い訳を始めた。

 

「ですが、今であればフェリスの説明にも納得はできます。いえ、あまり理解はできていないのですが、フェリスはあなたはただ狂気的に火が好きなだけの害のない変人なだけで、害悪的に狂っていたのは貴方以外の一族の方なので滅ぼされて当然だったと言っていましたが、言葉通り何らかの事情があったのでしょう。冒険者さんが正常とは思いませんが、それでも冒険者さんの本質は歪んでいないと今はそう思っていますので」

 

「あんた、俺を一体どういう目で見てん……いや、まあ、そうか……。店員さんからしたら、俺が自分の家族焼き殺してたって別に違和感ないですよね……」

 

 さり気なく失礼な事を言うリオンさんに反射的に言い返しかけたが、よくよく考えなくとも俺は言い訳の余地が皆無な程にはオラリオで悪逆の限りを尽くしている。リオンさんが変に気を遣って言い訳までしてくれていた事実に逆に居た堪れない気持ちになった。

 

 というか、え? 俺は妹から火が好きなだけの変人と思われていたのか? 何だそれ、怖い……。

 

 過去の記憶が焼き切れていることをこんなに怖いと思ったのは今日が初めてである。

 

 現実逃避気味に程よく火が通った野菜の串をリオンさんに手渡せば、彼女は頬にかかる髪を払ってから小さく齧りつく。そして少しだけ頬を綻ばせながらも、何故か冷たく張り詰めたような目で俺を見てきた。

 

「ところで冒険者さん。先程リヴェリア様からアリシアという名のロキ・ファミリア所属のエルフと仲が良いと聞きましたが、今後はその彼女の側を離れないほうが良いでしょう。ヴァレッタが狙ってくるとすれば、次はその彼女になるはずです」

 

 また何か意味が分からない事を言い始めたリオンさんのグラスに酒を注ぎながら、何を言いたいのだと冷めた視線を送っていると、彼女は少し複雑そうな顔をしながらも俺の視線に「言いたいことはわかっている」と言わんばかりに頷きながら続ける。

 

「アリシアというエルフは口では貴方に厳しく接しているが、何かと世話を焼いてくれる善良な人物だと聞きました。冒険者さんが過去の想い人を大切にする気持ちもわかりますが、そろそろ未来に目を向けても良い頃でしょう。今のはリヴェリア様の言葉ですが、私も──な、何をするのです!」

 

 反射的に隣にあったポンコツエルフの頭を叩き大きく溜息を吐く。頭を抑えて少し涙ぐむリオンさんの抗議の声は無視して、俺は先日までと違い今や明確にその理由を自覚してしまった怒りを噛み殺すようにして彼女に問いかけた。あれだけ大きな切欠があれば、自分の想いにくらいは嫌でも気付いてしまう。俺はどこぞのポンコツ鈍感エルフとは違い、むしろそういった方面の話にはどちらかというと鋭い方だ。

 

「店員さんにもクソババアにも色々と言いたいことはありますが、いったん後回しにしましょう。確認ですが、俺の恋人だか想い人だかがアリシアだから、ヴァレッタが狙うなら次はアリシアだろうってことであっていますか?」

 

「……はい。先日はある意味幸運なことにヴァレッタの勘違いで狙われたのは私で済みましたが、愚かな事に私自身がそれを否定してしまいました。ですので、次はその彼女に矛先が向いてしまうでしょう。ただ、貴方の義妹という意味ではリリも危ういかもしれません」

 

 私の考えが足りませんでした、と本気で後悔しているように呟くリオンさんに俺は再度溜大きく息を吐いた。あの酔っぱらいのクソババア、これ、絶対に確信犯だろう。帰ったらとりあえず跡が残らない程度に炙ってやろう。

 

 俺はリオンさんから瓶を奪い取り手酌で自身のグラスに酒を注ぎ、野菜の串に一気に齧り付きつつグラスの酒と共に飲み干す。焼いただけではあるが口の中でいっぱいに広がる野菜自体の濃厚な甘味と、さっぱりとした酸味と酒精に引き立てられるように確かに香る爽やかで透き通った妖精《アルヴ》の清水の透明な味が混ざり合い大変美味である。

 

 そして手渡した酒瓶からこちらも手酌でグラスに酒を注ごうとする彼女に、「店員さん」と呼びかけた。

 

「リリについては対策を考えます。なので店員さん、これからしばらく店を休んで、とりあえず先ずは十日後の作戦決行まで俺と一緒に暮らしませんか?」

 

「はい……?」

 

 今度はリオンさんが意味がわからないと言った様子で首を傾げる番だった。まあ、そうだろう。このポンコツエルフが分かるはずもない。

 

「場所は、そうですね、店員さんがロキ・ファミリアの館に来てくれてもいいですし、もしご希望でしたら俺がリオンさんの部屋にお世話になってもいいですし、何なら今も一応そのまま確保している昔の仮拠点、俺と店員さんが復讐の時に使っていたあの部屋でもいいです」

 

 処理が追いついていないリオンさんを無視して、俺はとりあえず思いつくままに候補を列挙しながら今後の計画を絞り込んでいく。

 

「まあ、場所が敵に割れていないから昔の拠点が良いですかね。あれから万が一の時の備えとして、この店と黄昏の館を繋ぐ避難経路も確保してありますし」

 

「……す、少し待ちなさい、アズライト。な、何の話をしているのですか?」

 

「だから、ヴァレッタは別に勘違いしてる訳じゃないって話ですよ。俺の大切な人を狙ってたのならそれはリオンさんで間違いないですし、これは想像ですけどどうせ店員さんが天然と鈍感を存分に発揮して『アズライトの想い人が私だと? 勘違いも甚だしい』なんて無意識に煽り散らしたんでしょうから、あのヴァレッタならより一層店員さんに執着するはずです」

 

「…………。 ……え? え?」

 

 未だにリオンさんの手の中で傾けられたままの瓶からドバドバと注がれる酒は、当然の如くグラスから既に溢れかえっていた。もったいない。

 

 完全に停止してしまったリオンさんの手からとりあえず瓶を取り上げて、そのままグラスを彼女の両手に持たせて「いったん飲んだら落ち着くかもしれませんよ」と苦笑すれば、彼女は壊れたようにこくこくと頷きながら反射的にグラスに口を付けようとする。

 

「ところでリオンさん。順番が前後しましたが、愛してますよ」

 

「……!?」

 

 が、グラスはそのまま瞬時に顔を真っ赤にしながら硬直したリオンさんの手から滑り落ちた。

 俺はそのグラスが落ちる前に掴み取って自分で中身を飲み干した後、グラスを落としたまま空中でわなわなと震えているリオンさんの両手を握った。

 

「あ、分かりきっているので返事は不要ですよ。ただ、ヴァレッタへの対策のための一緒に暮らす提案については、割り切って了承してください。リオンさんの命にも、この店の安全にも関わる話ですので」

 

「えっ……はい……え……?」

 

「了承と受け取りましたが、問題ありませんね? ミアさんには明日、俺からも謝罪込みで事情を話しておきます」

 

 リオンさんはまだ色々と飲み込めていないようで、口をパクパクとさせながらただただ顔を真っ赤にして瞳を泳がし困惑し続けていた。

 

 そんなリオンさんに苦笑しながら、俺はふと所々焼け焦げてしまっている昔の記憶を思い出した。

 

 つい先程、あの刃物狂いの一族の話をしたせいだろう。あの頭のおかしい一族と共にあった過去の中で、今はもう焼き切れてしまった妹との思い出の記憶を除けば唯一の良い思い出である、地下で鎖に繋がれた火の神様との語らいの記憶だ。

 

『寄る辺も呪縛もなき持たざる子よ。真実の刃の創造にも、その担い手への到達にも惹かれぬ一族の異端児よ。教えてごらん。君はどうしてこの地獄で生き続けることが出来るんだい? 君は、地獄に何を見ているんだい? ──君は、何になりたいんだい?』

 

『……俺は、武器を作ることはそんなに好きじゃない。人や怪物を斬り殺すことだって、楽しいと思ったこともない。だけど、それでも、少しだけ■の近くに在れる鍛冶場や戦場を、たぶん、地獄とは思っていない程度には嫌いじゃないんだと思う。……うん、そうだ。だからたぶん俺は、■■みたいに、■■と■■■■みたいに、■■■■のようになりたいんだと思う。それとフェリスや神様が生きていること以外に、俺には他に欲しいものなんて何もない。俺はただ、あの■■■■のように在れれば、他には何も要らない』

 

 凶器を作って何かを斬り殺すことだけに心血を注いでいた頭のおかしい一族に、俺は馴染むことができなかった。だけど、あの場所には神様もフェリスもいた。それに今はもう思い出せないけど、父親を焼き殺す時に火に焚べて全て燃え尽きてしまったけど、過去の俺には何か生涯を賭してでも成し遂げたい夢があった。だから俺は、あの気持ちの悪い故郷で生きていけていた。

 

『もう想いの全てを焚べてしまった君に残されたものは、フェリスの存在だけだろう。だけど悲しまないでおくれ。純粋にボクとフェリスに焦がれてくれた子よ。世界を知りなさい。君の心を捧げられる誰かを見つけなさい。君の在り方を決めるのは、きっとそれからでも遅くはないよ』

 

 神様。別れの時に貴方からもらった言葉に、当時の俺がどう答えたかはもう覚えていないし、大切な妹も、五年前の俺の想いすらも焼けて消えてしまったけど、それでも今の俺は確かな想いを見つけることができたと思います。それはきっと貴方も喜んでくれることだと、今は素直にそう思えます。

 

 未だに顔を真っ赤に染めて何も言うことができないリオンさんを見ていると、自然と自分の表情が穏やかになるのを自覚した。

 

 免疫がないため今は初心な少女のように可愛らしく顔を染めている彼女だが、この後冷静になれば《悪》である俺を受け入れるなど言語道断とばかりに切り捨てるだろう。むしろ嫌悪感から物理的に切り捨てられる可能性すらあるだろう。

 

 そもそもリオンさんと初めて殺し合って言葉を交わし合ったあの日にした大切な約束を、俺はまだちゃんと覚えている。俺達の最期は最初から決まっているし、俺もそれを望んでいる。そしてそれこそが、俺が《正義》を詐称し続ける意義なのだ。

 

 今でも明瞭に思い出すことが出来る、あの夜の大切な記憶──確かにあの夜に其処にあって、俺達を救った唯一無二の《正義》の姿。

 

『断罪が欲しいのなら私がくれてやる。だが、ただ貴様が楽になるために利用されるつもりはない。生きることが貴様にとっての地獄になるのなら、それこそが私の望みだ。もう要らないというのなら、その命、私が使ってやる。その命を以って借りを返したいと言うのならば、フェリスの人生を弄んだ闇派閥を私と共に滅ぼせ。この世の全ての悪を殺し尽くし、何もかもなくなった後だ。その後に、私が最後の悪となった貴様を殺してやる』

 

 妹を失って生きる意味を失ない、託された願いを叶える意味も分からずただ死を望んでいた俺は、リオンさんによって結果的に生かされて救われた。この世の全ての悪を憎み殺し尽くした果てに、それでも妹を始めとした多くの人に手を差し伸べずにはいられずに救い続けた彼女の姿にこそ、俺は救われたんだ。

 

 だけどそのリオンさんは今も尚、【純粋悪】である俺なんかを生かして利用してまで決行したあの復讐によって、今は亡き大切な家族や友人達と共に掲げた《正義》を、否、その人達を裏切ってしまったと後悔して涙を流し続けている。

 

 だからこそ俺は、彼女自身が否定する彼女の《間違えた正義》を詐称して代行する。彼女の《間違えた正義》に救われた人間として、闇派閥に関わる全ての悪を滅ぼし尽くし、そして死に征くはずだった誰かを救ったその後に、最後にして唯一の闇派閥の【純粋悪】として約束通り彼女に殺されるその時まで、《正義》を詐称し続ける。そうして、彼女のあの時の行いの全てが全て決して間違いだけじゃなかったんだと、彼女はあの復讐の日々の中でも確かに《正義》として在ったのだと、彼女が成した《正義》が巡ったからこそ闇派閥の完全壊滅が成し遂げられて死に征く筈だった多くの人々が救われたのだと、今は亡き大切な人達に顔向け出来ないなんてそんな悲しい思い違いをする必要なんてないのだと、絶対に証明してみせる。

 

 正義を詐称しているだけの《悪》である俺と本物の《正義》である彼女の関係は、当然交わるはずがない。そもそも悪である俺が正義である彼女に想いを寄せること自体が間違えている。

 

 だけど、それでもこの想いに気付くことができてよかったと、今は素直にそう思えた。《正義》を詐称する目的自体に以前と違いはないが、その理由が増えたというか、改めて明確になったと言うべきなのだろう。

 

 穏やかな気持ちのまま、決心を新たにリオンさんに宣言する。

 

「あえて言うまでもないと思いますが、リオンさんを愛しているのは本心ですが、だからと言ってリオンさんに何かを求めている訳ではありませんよ。あの時の約束もちゃんと覚えていますから、安心してください」

 

 顔を真っ赤に染めて慌てふためめいていたリオンさんは、しかし俺の補足に瞬時にその表情をいつもの怜悧なそれへと変える。流石冷静になるのが早い。

 俺はそんな彼女に向かって、苦笑気味に続けた。

 

「俺はこれからもちゃんと生きて、詐称しているとは《正義》を全うして約束を守ります。悪を全て殺し尽くしたら……いえ、それは流石にもう言葉の綾と分かっていますが、少なくとも闇派閥を完全に壊滅させて、救われるべき人達がちゃんと救われるような世界になったら、俺は闇派閥の最後の一人として、リオンさんの仲間の仇として、リオンさんに殺してもらうつもりですから、安心してください」

 

「……っ! 違う……違うんです、もう貴方が死ぬ必要はありません……。貴方はかつての闇派閥の【純粋悪】ではなく、ロキ・ファミリアの【正義の味方】として認められています。それに……それに、私も──」

 

「何時も通りこの話題は平行線ですね」

 

 感情を殺し切った冷徹な表情で、しかし何処か何時もよりも取り乱したように否定するリオンさんの言葉を、俺は途中で短く遮った。

 この話題になると何時も平行線だ。かつて復讐で自暴自棄になっていた頃とは違い、やはりリオンさんは本質的に甘い。

 

「誰が何と言おうと俺は闇派閥に所属していた《悪》ですから、俺だけが悠々自適と生きていていいなんて事はそれこそ《正義》に反します。ついでに言うと今は【正義の味方(ヒーロー)】じゃなくて【道化(ピエロ)】ですしね。あ、あと、もしもリオンさんが俺に多少情が湧いていて今更殺し難いと思ってくれてるのでしたら、ちゃんと自決するのでその点も安心してくださいね。ああ、それに、借金もちゃんと全額返済しますよ。だから大丈夫です」

 

 正義に反する云々も本心ではあるが、それより何より、俺が生きていたら何時までもリオンさんは闇派閥への憎しみを忘れることが出来ないだろう。それだけは絶対に許容できない。借金返済は、まあ、死ねば不要になる装備やらを売ればどうにかなるだろう。もし足りなければベートに日頃の慰謝料として払わすことも十分に可能なはずだ。問題はない。

 

「……。あなたは、本当にずるいヒューマンだ……」

 

 俺の手厚いフォローにようやく納得してくれた様子のリオンさんはそうやって頷いて、何時ものように少しだけ微笑んでくれた。何故か少しだけ悲しそうに見えたが、まあ、気のせいだろう。

 

 

 

 

*    *    *

 

 

 

 

【とうじょうじんぶつ】

ニルス・アズライト

・実の妹から頭のおかしい親族一同を上回る変人と思われていた哀れな冒険者さん

・かつて大切な妹を救うために、生きる意味であった夢と想いを焚べて火を燃やし、実の父親を含む一族を焼き殺した少年

・昔の上司のストーカー事件を切欠に純情鈍感ポンコツヒロインさんのことを愛していると気付いた、自称そういった事には鋭い方の常識人。

 

リュー・リオン

・仇敵との一連の騒動を切欠に失言&暴言標準装備型主人公のことを愛していると気付いた、純情鈍感ポンコツヒロイン

・本日のオススメ料理は「妖精の森風(アルヴの)ブロシェット」、選んだお酒は「贅沢者の妖精清水」

・間違えた憧れを抱いてしまった少年を正そうとして来た、かつて正義を掲げていた冒険者さん。かつて名乗った正義の残滓が少年にとっての呪いになっていることが、ひどく悲しい。最近乱高下する温度差で病みかけの模様。

 

リヴェリア・リヨス・アールヴ

・第八話のカウンター席への飛入り客

・そろそろ義理の娘がもう一人できそうだとワクワクしている。なお、義理の息子が嬉々として死のうとしているのは完全に盲点。

・一番好きなお酒は結局ただの水だった。でもアル中。

 

ベル・クラネル

・話題にされた人その1

・冒険をした冒険者。冒険者として皆から認められた。

・主人公とヒロインさんのせいで拗らせたスキルを発現済み

 

オッタル

・話題にされた人その2

・病みかけのストーカー

 

ヴァレッタ・グレーデ

・話題にされた人その3

・病んでいるストーカー

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