東京グールを見て、ホライゾンの一巻を読んで、パラロスのwikiを見てたら何故かできてた。

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何も考えずに作ったので鋭いツッコミは出来ればやめてください(震え


Dies irae ~Septem peccata mortalia~

 崩れていく日常の中。僕は何を求めたか。

 そう、唯、僕は願っていた。

 嗚呼、愛しき日常よ、崩れ落ちよ。

 其処で僕は識った。自らの真実を。

 自壊と嫉妬。

 二重苦によって構成された醜い内面を。

 目の前に迫る絶望。人の形をしている絶望。見えぬ、不可視の刃が物臭で車好きだった父の、料理が上手く、何時も笑顔の絶えない母の、勉強が嫌いで、最近彼氏が出来た妹の首を刈り取った。

 次は自分なのだと悟ると、刃が酷く愛おしく見えた。

 嗚呼、斬り裂いてくれ。引き裂いてくれ、斬首してくれ。

 僕の日常(げんそう) を、全て、壊してくれ。

 この日常(あくむ)に終わりをくれ。

 この価値の無い色褪せた、灰色の世界に終わりをくれ。

 悲しいはず事も、嬉しい事も、驚くはずの事も。全て識っている。嫌だ。こんな現実は、嫌だ。

 だけど、そうだけど。

 終わりたい筈なのに。

 まだ、まだ終わりたくない。

 その筈なのに、何かが壊れてしまえと楽になれと囁きかけてくる。

 止めろ。黙れ。喋るな――。

 耳を塞ぐ暇はない。目の前に刃がある。刹那に満たない時をえて、それは僕の首を斬首するだろう。

 嗚呼。それなら、もう、聞かずに済む。

 壊れてしまえる――――。

 諦めが僕を支配しようとしたその時。

 

 『ソレデイイノカ?』

 

 何時も自分に問い掛け、何もかもを、識りたくも無いことすらも告げてくる声が、今もまた自分に問い掛けてきた。

 良いに決まっている。あの刃はこの日常(ゆめ)を終わらせてくれるんだ。

 これがどれだけ嬉しいか貴様には解る筈がない。

 

 『ソウカ』

 

 納得したような声がした。

 しかし、声は喜色満面といった風の声を上げる。それが僕の絶望であることを識っていて、そして、それが僕にとっての始まりになる言葉を紡いだ。

 

 『ダガ、キサマのオワリはマダコナイ』

 

 声に掛かっていた鬱陶しいノイズが消えていく。僕とソレの距離が近づいているということを示すように、声はけたたましく、猥雑で、淫乱で、狂気的に微笑った。

 何をワケの解らない事を――。

 疑問など声は聞かない。ソレはひたすらに自らの言葉を伝えてくるだけだからだ。

 問い掛け、受け取り、問う。それだけの機能しか声は持ち得ない。その筈だった。

 そう、今は違った。

 

 『ヨロこベ、今、此処ガ貴様ノハジマリだ』

 

 ノイズが、剥がれ落ちていく。

 そう。その声は、自分がよく識っている声だった。

 誰よりも識っていて、誰よりもよく聞いた声だった。

 

 『ソノ(■■)を思イ出セ」

 

 刃が目の前で、静止する。走馬灯? いいや違う。そんなのじゃない。

 ルームミラーが視界に映る。同時に、ルームミラーに映る自分の顔を見た。

 目を見開き、口を三日月状にして引き裂くように嗤う。自分の醜悪極まりない笑みを見た。

 だが。

 それが己の真実だと、僕は、識っている。識ってしまっていた。

 

 『ソシテ、(■■)ヲ、魂に刻メ」

 

 ノイズの欠片が、堕ちていく。床に転がり、砕けてしまう。

 日常が崩れ落ち、世界が再構築されていく。

 その時、視界が、クリアになった。

 迫る刃が動き出す。

 だが、そんなものはもう関係無かった。

 迫る刃が、首の直前で止まった。そのまま、刃が押し戻されていく。

 何かが、刃を、ギロチンの刃を侵食し、押し返していく。

 父親が何時も手入れしていて、気に入っていた車の屋根を突き破り、僕――――いや、俺は立ち上がる。

 そして、嗤う。

 目の前に居たのは、少女。不可視のギロチンを振り回す理性無き、一人の少女。

 その背後から、その女とは比べ物にならない化物が迫ってくるのを感じた。

 だが、逃げない。

 今、逃げてはならない。

 そう直感した。

 そんな彼の前へ、二体の化物が現れた。

 

 「ねえ、ベイ」

 

 赤髪の少女が隣の白髪の男へ訊く。

 

 「アレなに?」

 

 赤髪の少女が指差してくる。

 何を言っている。僕は人間だろう。貴様らとは違う。人間だ。見れば、すぐに分かるだろ。

 

 「さあなァ、ツァラトゥストラ以外は聞いていないが……」

 

 何が、何をほざいている。こいつらは何だ。目を細めて、観察をしてみる。

 軍服か、何かしらの制服。腕に嵌めている腕章は赤地に卍。ナチス、ドイツ?

 

 「お前はツァラトゥストラの小間使いを追え、俺は此れの相手をする」

 

 白髮の男は舌舐りをして、面白そうに口元を歪め、隣の赤髪の少女へ言う。

 

 「あーもう。はいはい、わーかりました」

 

 諦めた様に、赤髪の少女は首を振って、今も硬直する少女の方へ向いた。と、それと同時に少女は背中を向け、逃走し始めた。その後を赤髪の少女は追っていく。直ぐに遠ざかり、先の方から誰かの絶叫と何かが破壊される轟音が聞こえた。

 

 「待たせたな――で、お前は何だ?」

 

 白髮の男。チンピラめいた口調。だが、今居た誰よりも危険な雰囲気を纏った男がそう問い掛けてきた。

 

 「何、って、俺は」

 

 問の意図を理解出来ず俺は、極普通の答えを返していた。

 

 「人間だ、人間。名前は――――」

 

 「そういうことを聞いてんじゃねえよ。あの糞野郎はツァラトゥストラ以外に此処

で戦う相手は言っていなかった。つまり敵はツァラトゥストラ以外居ないわけだ」

 

 なのに、そう、なのにだ。そんな風に前置きして、白髮の男は訝しげ問う。

 

 「どうして、お前みたいなのが居る?」

 

 「人を、まるで人じゃないかのように言いやがってッ」

 

 苛立ちが募る。普通ならこの男の威圧感だけで動けず、口も効けないはずなのに。

 

 「ざけんな、お前らみたいな化物と一緒にすんなッ!」

 

 俺は苛立ちのままにそんな言葉を吐いていた。

 

 「お前、自分がどんな状況なのか把握してないのか?」

 

 愉快そうに男は嗤う。

 

 「とりあえずだ。お前、自分の躰見てみろよ」

 

 その言葉と同時に、俺の中で何かが強烈に反応した。まるで警告の様にけたたまし

く鳴り、光る。

 だが、目は躰へと向かっていく。抗えない何かが躰を動かす。相反する意思が躰の中でぶつかり合い、反発しあう。

 

 「――嘘だろ」

 

 「自分の目で見たことだ、信じろよ」

 

 見開かれた双眸が捉えたのは、傷口から噴き出る血煙混ざりの漆黒の霧。それは呪詛。触れたものを全て呑み、侵し、溶かし、喰らう破滅の呪詛。それを理解してしまう。理解とは程遠い存在であるはずなのに、まるで自分の躰の一部かの様に理解してしまった。

 

 「なんだこれ、何なんだよこれ!!」

 

 噴き出るソレに、俺は動揺を隠せない。

 その時、何かが削れていく様な、側が剥げ落ち、内に秘められた何かが顕になっていくような感覚が脳髄を満たした。

 嗚呼、そうだ。これは、そうだ。

 目の前の男を見ている内に理解していく。

 剥げ落ちていくのは、削れているのは、俺の人間性だ。

 動揺もそう続かず、収まっていく。酷く早く思考が冷たく冷静に、クリアになっていく。おかしい。普通の人間がこんな出来事にあって冷静でいられる筈がない。例え、俺の現実が灰色でも。既知に満たされていようと。

 

 「おいおい、なんだよ其の目――あン?」

 

 訝しげに此方を見つめていた男は其処で何かに思い至ったかのような声を上げ、急に哄笑を上げ始めた。

 まるで酷く可笑しく滑稽なものを見た童の様に。

 

 「カッハッハッハッハッハ!!、お前、まさか!!」

 

 そんな俺の様子を見て、何かを見出したのか嬉しげに、同類でも見つけたかのように嗤う。

 

 「化物か、真性の化物かッ!」

 

 腹を抱えて、愉しそうに男は笑い声を上げる。

 

 「いいじゃねえか、ああ、最高だ」

 

 「何ガ、最高ダ」

 

 最高? 何をほざく。貴様は、何を訳の解らない事を――――。

 

 「ほら、お前、そんだけ訳の解らないもん垂れ流して、どう足掻いても死んでる場面で死んでいなくて、」

 

 まだ、

 

 「自分は人間だと、普通の人間だとほざくか? 化物じゃないと囀るのか?」

 

 饒舌に、男は言葉を作る。だが俺は募ってくる何か、認めてはいけない感覚を押さえ込もうとするので一杯一杯だった。 

 だが。

 その拮抗も此処までだった。

 内で、俺の内でそれが爆発する。きっかけなど些細なこと。俺の理性が負けただけ。

 俺が、弱かっただけ。

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 疾走る。

 現世に存在する聖槍十三騎士団の中では最強であろう黒円卓第四位ヴィルヘルム・エーレンブルグ=カズィクル・ベイへと、青年は疾走する。

 その疾さは聖遺物の使徒に勝ると劣らない。一歩踏み出せば、道路の舗装は砕け散る。一瞬の内に、青年はヴィルヘルムの眼前に迫っていた。

 やはりそこは流石というべきだろう。ヴィルヘルムは最初から視界に青年の姿を捉えている。正確に、しっかりと。今まで築き上げてきた経験値と獣的な勘を用い、彼はその手に杭を創り出し、大気を撃ち抜く様に、いいや、実際、大気を穿ち拔いていた。

 

 その刹那に起こった数合の攻防はやはり全てに置いて勝るヴィルヘルムに軍配が上がるのは当然の帰結だろう。

 

 しかし。 

 

 ヴィルヘルムの顔が顰められる。

 奇妙だった。攻撃は当たっている。確かに杭と蹴りがこの青年にダメージを与えている。

 なのに、傷は一向に増えない。出来ると同時に再生しているのか、それとも他に何かあるのか。

 ふと自らの天敵の姿を思い出し、ヴィルヘルムは苛立ち混じりに舌を打つ。その苛立ちを込め、青年へと彼は杭を乱射した。

 全て直撃、青年は人のものではない絶叫を上げ、盛大に鮮血を、黒霧を噴き上げながら後方へと吹き飛んだ。四方へ青年の手足がバラけ飛んでいく。

 だが、吹き飛びながら青年の躰は再生していく。千切れ飛んだ筈の手足は生え変わり、腹から零れ落ちた臓物も、臓物が零れ落ちる大穴も修復されてしまう。しかも、突き刺さった杭を取り込みながら傷が再生されていた。そして、青年は二本の足で着地する。まるで獣ように手をぶらりと前に垂らした彼は、真っ赤な双眸でヴィルヘルムを見据える。

 なんだァこいつは。そう疑問に思うも、ヴィルヘルムは凄まじい速度で接近し、容赦なく杭を叩き込む――が、回避される。どうやら、少しずつ疾くなってきているらしい。慣れてきたのか、元々出せた速度を出し渋っていたのか。彼はそんな事の理由など欠片も考えていなかった。

 唯。

 さっきよりも面白くなったと思っていた。

 そんな時、青年の背中から何かが黒霧と共に噴き出た。何か冒涜的で鮮やかな色合い、その表面は蠢き、常に変化し続ける《翼》。 

 

 「ハッハァッ!! 面白いもん持ってるじゃねえか!」

 

 笑みと共にヴィルヘルムは叫ぶ。思いもよらない敵、思い通りに事が進まないという事が常の彼にとっては酷く嬉しい誤算。此処最近、まともに殺り合える敵と出会うこともなく、ツァラトゥストラの覚醒を待っていた彼は酷くフラストレーションが溜まっていた。そのせいか、今の彼は此処最近で最もテンションが高かった。

 青年が大きく広げた《翼》から、弾丸にとてもよく似たものが放たれる。勿論、一つではなく無数で、だ。

 それは大気を削り取り、道を砕き、転がる自動車を破壊する。威力は普通なら十二分だろう。そう、それは自動車やら街灯、人や動物を破壊するならという条件がつく。

 

 「温いぞッ!! そんなもんかよォッ?!」

 

 嗤いながら、ヴィルヘルムは平然と弾丸の雨を突き進む。

 聖遺物の使徒。つまり、永劫破壊(エイヴィヒカイト)を持つ魔人達の展開する霊的装甲を破壊するには至らない。そも、傷の一つすらつける事は叶わなかったのだ。霊的装甲を貫き、ダメージを与えるというのなら、同種の存在、聖遺物の使徒による攻撃、もしは現代兵器で言うところの最高火力、例えるならば核ミサイルなどを用意するしか無い。

 しかも相手は現世に存在する黒円卓メンバーの中でも最強格の男だ。その身に張り巡らす霊的装甲の強度はそれこそ核を、地上全てが灰に還り、地球が止まるまで雨霰と降らす事でもしなければ突破出来ないだろう。

 青年は、弾丸を放ちながらヴィルヘルムを迎え撃つ。無駄だと解っているかどうかは識らないが、青年は放つのを止めない。

 蹴りと杭と。接近戦であろうとヴィルヘルムの優位はやはり変わらない。だが、青年の躰に刻まれる傷は増えない。ヴィルヘルムの特性上。こういう再生などの能力は阻害対象に入るはずがなのだが、何の意味も無していないのか。再生速度は増していくばかりだった。

 それを前にしたヴィルヘルムはまた苛立ちを募らせていた。

 非常に柔く、手応えに欠ける上、折角、付けた傷は一瞬で再生されてしまう。其処で一々気に入らないあいつを思い出してしまう。それに、欲しいのはサンドバックではないのだ。折角の溜まり溜まったフラストレーションを開放する場だと思っていたのに、全く話にならない。期待外れだ。此方に伍する存在を望むのは流石に贅沢だと彼も解っている。 だが、敵が欲しい。戦争は、殺し合いは一人では出来ないから。

 故に、このイレギュラーに少しの望みを掛けていた。ツァラトゥストラはあの糞野郎の代わりであるからかなりの敵にはなるだろう。 だが、奴は一人だ。

 自分達は十三人居るのだ。一人ではどう考えても足りない。

 だからだ。それ故だ。

 

 「もうちっときばれやッ!!」

 

 何処か懇願している様な声色の叫びと共に、杭を全身から創造し、乱射した。四方八方に飛び交う高速の杭を回避する事など、青年には出来なかった。躰には乱雑に杭が突き刺さり、《翼》は穿たれ、ボロ布の如き無残な様を晒した。突き刺さり、穿った杭は容赦なく青年の生命力を根こそぎ奪われていく。先までの再生力がまるで機能せず、生命力が奪われていくのは、ヴィルヘルムの特性が青年の再生能力に勝ったからだ。

 追撃が来る、そう予感がした。だが、回避は出来ない。

 直後、顎を蹴り上げられた。其処で顔の下半分が消失した。白目を剥き、青年の躰が浮遊する。

 次に胸と腹に拳と杭が何発か叩き込まれた。突き刺さった杭が貫通し、後ろへと抜けていき、内蔵の殆どがミンチに成り果て、同時に両手両足が衝撃に耐えられず引き千切れ、飛んだ。

 猛撃を受けた青年の躰は、出鱈目な軌道を描きながら後方へと吹き飛び、直後、重力に引っ張られ、地面に叩き付けられた――――。

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 痛い。痛い。痛い。

 唯、全身が痛かった。痛みの無い部分など無く、激痛が全身を支配していた。

 痛いとしか表現できない。それ以外の言葉では言い表せない。

 嗚呼、世界が遠のいていく、灰色の剥がれたノイズ無き世界が遠のいていく。

 嫌だ。そうだ。嫌なんだよ。

 望んだものが目の前にあるのに、手に入らないなんて、そんなの絶対に。

 俺は手を伸ばそうとした。零れ落ちていくソレを落とさぬように。その手で掬い上げる為に。

 そこで漸く気づく。

 ――――嗚呼、そうか。腕、無いのか。

 連鎖的に気づく。

 なんだ。足も無いのか、と。

 ぼんやりと霞む視界の中、俺は呟いた。

 此処で終わりたくない。

 死神の足音を聞いた。現実と幻想の境で確かに聞いた。軍靴が硬い舗装を踏み歩く音を。死神が嗤い、纒ったローブを引き摺りながら迫る音を。

 囚われない為に、踏み潰されないために。

 

 『さア、叫べ』

 

 声を聞いた。誰よりも聞き慣れ、誰も識らない、誰とも分かり合えない誰かの声を聞いた。

 そして、俺は、其の言葉を思い出す。

 己の中に広がる欲望の海の中へ腕を入れ、掻き分け、引き摺り出す。

 それは全て、俺の渇望の為。

 此処で、死なない為。

 停滞した灰色の世界を斬り裂いたギロチンに追い付く為。

 この身を満たす嫉妬があのギロチンを欲する為。

 あの刃に斬首されたいという自壊衝動に駆られる為。

 その為に。

 欲望の海へと意識を接続させろ。

 ノイズを引き破り、仄暗い深淵へと意識の手を伸ばすのだ。

 方法は解っている。つい、さっき程、思い出した、たった一つの魔法の言葉を紡ぐだけ。

 世界が晴れていく。視界に迫る軍靴が映った。死神の足音が目の前で止まった。

 そう、今この時だ。

 誰よりも識らず、誰よりも理解している誰か―――ー自分自身の声がその時、重なった。

 

 

「『ア■セ■――■が■■』」

 

 

 理解不能。此の世の言葉では再現不能の言葉を用いて、彼は生まれ変わる。

 ■■■(嘗て)の残滓が、■■■()、新生の産声を上げた。

 

 

 ***

 

 

 

 

 その時、世界の何処か。最も深く、最も浅く、最も遠く、最も近い場所に座する誰かが、その未知に口元を綻ばせた。

 

 

 

 

 ***

 

 

 「嗚呼、そうだ。それを待っていたんだ」

 

 自然とヴィルヘルムは口元を緩ませていた。しかし、宿る剣呑さ、殺意は変わらない。むしろ、増大している。溢れ出る鬼気は常人なら触れるだけで意識を奪われるだろうと推測出来るほどに濃密。

 

 「おっせえんだよッ!! 一々勿体ぶって出し渋ってんじゃねえよ!! 殺すぞッ!」

 

 白亜の吸血鬼は破顔し、絶叫の様な歓喜の声を上げる。待ち侘びた展開に昂ぶり続けるテンションに彼は酔い痴れる。

 青年の姿は、人から掛け離れていた。

 其の目は爛々と輝く鮮烈な赤に、目を背けたくなるほどに黒々とした黒眼。背には先も開いていた蠢き変化し続ける《翼》。蝶の様な、鳥の様な、兎も角生物的で、色合いは鮮やかな紫や青の中に走る赤いラインが特徴的であった。更に彼の躰には《尾》と四本の何か鱗のついた蛇の如き《触手》、両腕に巻き付いた《槍》の様なものが追加されていた、《翼》とは違う色、赫に統一されており、ドクンドクンと脈動している。見た限り、それぞれかなり性質が違うのだろう。少なくとも、此処まで種類があるのだから、その可能性は大きい。

 向かい合う白亜の吸血鬼と何とも識れぬ化物。

 衝突までの時間はほんの数秒も掛からなかった。

 吹き荒れる弾丸と杭の激突。今度は、拮抗していた。弾丸が杭を喰らう。杭が弾丸を打ち砕く。

 しかし、絶対数ではやはりヴィルヘルムに青年は劣る。仕方のない事だろう。なんせ青年はたった今羽化したばかりの蝶と同じで、能力を出し切れていない。躰も乾いておらず、新生した翼の使い方も覚束なくて普通だろう。

 だが、青年は闘い続ける。逃げることなど、最初から選択肢に入れていないかのように。

 撃ち合いながら、互いに接近した。超至近距離。技術もへったくれもない連撃を、青年は《触手》を使い、叩き込んでいく。一撃は重く鋭く、強烈。

 

 「ハッハァ!!」

 

 嗤い、ヴィルヘルムは《触手》を弾き、払い、お返しとばかりに躰から杭を生やし、青年へと放つ

 青年は杭に《翼》の弾丸をもって対抗する。が、遅い。殆ど相殺しきれず、杭は彼が防御に使った《槍》に突き刺さり、生命力を奪いに掛かってくる。だが青年の特性とヴィルヘルムの特性が拮抗したのか、そうはならなかった。《槍》は突き刺さった杭を呑み込み、赫く煌めいた。

 先に比べればかなりの進歩であろうがヴィルヘルムに蓄積されたダメージは酷く少ない。永劫破壊(エイヴィヒカイト)の位階で言うならば形成位階である青年の攻撃は、その上にある創造位階のヴィルヘルムに通じる筈がないのだ。永劫破壊(エイヴィヒカイト)というものにおいて位階の差が絶対であるからこそ起こりえる事だ。

 つまり、青年がヴィルヘルムに勝つには現段階では、創造位階に当たるものへと至るしかない。

 だが、形成にこれ程早く至る事が出来たのですら異例だ。その上にある創造となると不可能の領域だろう。

 しかし、不可能を可能にしなければ、此処で死ぬだけだ。

 故に。

 青年は一つの賭けに出る。

 今のままでは負けると識っているから、勝つために分の悪い賭けに出た。

 意識を、己に広がる欲望の海の深淵、其処から繋がる場所へ、■■(ア■■)へと更に手を伸ばしていく。

 自らの(■■)を呼び起こすのだ。

 さっき理解した、あのギロチンに呼び起こされた(■■)を今此処で全て曝け出させる。

 今、まだ、壊れる訳に行かない――――。

 そう思う彼は、ヴィルヘルムの猛攻を前にして足掻く。

 (■ン)を理解しようとする彼に向けて、此の世界は圧力を掛けてくる。

 ミシリと音をたてて、彼が纏う《槍》や《尾》に亀裂が入った。躰のあちらこちらが軋みと共に悲鳴を上げる。

 拒まれているのだ。■■■(かつて)の遺物は此の世界に現在満ちている法則に適さないから。

 その圧力は自壊の呪となって、内から蝕んでいく。

 しかし、青年は諦めない。(シ■)を掴み取るために。此処で壊れ果てないために。

 ――――見つけた。

 確信と共に、彼は意識の深奥から繋がる、■■(アビ■)の中で、自壊の呪を跳ね除け、自らの■ン(つ■)を掴み取った。

 始まる。

 その時、ヴィルヘルムは確信した。

 空気が激変する。重圧が青年から放たれる。

 ヴィルヘルムは青年が自らと同じステージに上がってきたということを確信する。

 だから。

 彼もその青年に誠意を見せる。

 戦士として、騎士として。

 よくもまあ、ほんの僅かな時間で此処まで至れたものだと。

 感心し、敬意を払い。

 

 「本当に此処へ来て良かった」

 

 ヴィルヘルムは、喜びを口にする。

 嗚呼、本当にお前には感謝している。お前は此の平穏に埋もれた劣等何かとは違うんだな。此の世に存在する有象無象共とは違うんだな。

 「見せてやるよ、此れが俺の感謝だ」

 聖槍十三騎士団黒円卓第四位ヴィルヘルム・エーレンブルグ=カズィクル・ベイの全身全霊が今、此処で開放される。 

 其れを前にし、青年の中の何かが嗤う。

 嗤う。嗤う。嗤う。好物の臭いを嗅ぎつけた何かが嗤う。

 

 「gliァッ」

 

 青年は頭に走る酷い不協和音を伴ったノイズと嗤い声に侵されていた。脳が軋む。世界が歪む。彼は己が此の世界から剥離していく感覚に身悶えする。

 そして、彼は堕ち果てる。

 もう、後戻りなど出来ない。

 

 『サあ、今コそ、己ノ(シン)ヲ叫べ』

 

 声のノイズが剥がれ落ちている。言葉の端々に、文字に付随していたノイズが綺麗さっぱり消え失せていた。

 嗚呼、そうだ。

 其処で彼は理解する。

 此れは自分の声であって、自分じゃない。

 青年は気付いてしまう。気付かなければ良かったと後に後悔するであろう事実に。気付いてしまう。

 しかし、それはいずれ識ること。

 識るのが早くなっただけの事。

 そう、此れは。

 悪魔の囁きだ。

 地獄(アビス)で嗤う、罪を冠する悪魔の囁きだ。

 滅びたはずの、消えてしまったはずの悪魔の嗤い声。

 それに。

 気付いた所で、其れがどうしたと言うのだ。

 まだ、壊れる訳にはいかないから。

 今度こそ。先の出来損ないではなく、本当の、正真正銘の己の(シン)を此処に。

 再び、叫ぶ。

 始まりの言葉を。未知に亀裂を入れるかもしれない、其の可能性を秘めた言の葉を。

 

 

 「アクセス――我がシン」

 

 

 青年の内側から、其の罪が溢れ出た。

 嫉妬する。目の前の白亜の美しき夜の不死鳥を。

 嫉妬する。あの赤毛の美しき魔性の如き魅力を纏う少女を。

 嫉妬する。あのギロチンを携えた平凡を捨てさせられた少女を。

 嫉妬する。あのギロチンの本来の持ち主を。この世界に満ちる既知を断ち切る事の出来るその者を。

 纏う《槍》が、《尾》が、《触手》が、《翼》が蠢き出し、其の姿を変えてゆく。

 此れは新たな形を得ようとしているのではない、此れは嘗てへと回帰しようとしているのだ。

 

 

 「『此の地上()に我を支配できるものは居ない』」

 

 

 紡がれる言葉は魂の出力。刻まれた(シン)そのものにして、地獄(アビス)で嗤う悪魔の言葉だ。

 青年が身に纏う其れ等が、うねり、とぐろを巻く。

 

 

 「『我は戦きを識らぬもの』」

 

 

 言葉に宿っているのは(シン)其のもの。故に触れた大気を全て侵し、喰らってしまう。

 

 

 「『何故か、汝らが問うならば答えよう!』」

 

 

 彼は、自然と嗤っていた。解らない。何故、嗤っているのか。

 そう、それは。

 目の前で、自らの渇望を叫ぶ白亜の吸血鬼、其れの中にある咎が愛おしくて堪らなかったから。

 其れだけの事だった。

 

 

 「『我は汝の咎を嗤い、其の咎を喰らいしもの』」

 

 

 空で蠢いていた《槍》が、《尾》が、《触手》が、《翼》が彼の躰に張り付いていき、覆っていく。まるで其れは鎧の様。他者を拒む、鉄壁を体現していた。

 

 

 「『我は汝らの敵、されど汝らの寵愛者也』」

 

 

 青年に人の姿は殆ど残されていなかった。人としての記号は二足歩行であることくらいだった。その相は獣。何にも例えられぬ、獣の面は嘲笑を浮かべていた。

 

 

 「『しかし畏れよ、咎を抱きしもの達よ』」

 

 

 抱き締めさせてくれ、愛子らよ。

 其の身に抱く咎を、我が愛しき敵対者よ。

 そう言い、獣は嗤う。

 

 

 「『我は獣。七つの頭と三百の眼を持つもの。其の眼は汝らを見下ろし、見下す為にあり、七つの顎門(アギト)は汝らを貪る為にあるのだから』」  

 

 

 白亜の吸血鬼が生み出す紅い夜が、世界を塗りつぶしていく。

 全てを吸い滅ぼす薔薇の夜が展開されていく。此れは覇道の創造。ヴィルヘルムの抱く渇望が空を、大地を塗り替え、侵し尽くす固有空間。。

 だが、獣は畏れない。そも、そんな感情等、彼には存在しないから。

 

 

 

 「『されば、其の咎を貪り尽くせ、大罪ノ獣(レヴィアタン)』」

 

 

 

 「『創造(Briah )――死森の薔薇騎士 (Der Rosenkavalier

Schwarzwald)』」

 

 

 薔薇の夜が完成し、白亜の吸血鬼が其の本領を発揮する。

 其れと同時に、青年は其の身に獣の相を纒っていた。

 赫い獣。無数の目を持ち、全てを嘲笑う百相の獣。其れは二本の足で立ち、巨大な鉤爪を両手に生やしていた。

 交わす言葉は無く、赫い百相の獣と白亜の吸血鬼は激突した。

 

  

 

 




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