少しでも望む未来へ   作:ノラン

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前作一章、超ざっくり説明。

テンがゲートの治療のためにクルシュ邸に入院する日と原作開始日が重なるため、彼は原作一章に参加できないことが確定したよ。その日から最低でも二日間は入院するから、二章に参加できるかも怪しいよ。

テンとの別れを惜しむレムへの対策として『屋敷に帰ったら言うことをなんでも一つだけ聞く権利』をテンが彼女に与えたよ。嫉妬したエミリアにも同じ権利を与えたよ。屋敷に帰ってきたテンは女の子二人のおもちゃにされるよ。

ハヤトが異世界召喚されて不安だらけなスバルを、なにがなんでも屋敷に連れ帰るつもりだよ。

  以上。さぁ、本編開始じゃあ!





一章 波乱の幕開け
厄災邂逅


 

 

 

 晴れた日だった。

 

 

地上から空を見上げる誰もが太陽を目にすることができるほどの快晴。普段は空の海を悠々と泳ぐ雲が珍しく一つもない空は生活を営む者たちの心に清々しさを与え、温かな陽光を浴びせている。

 

お洗濯日和な日差しを浴びると、自然と穏やかな気持ちになる者もいるだろう。眩しすぎず、暑すぎず、とても過ごしやすい気候だ。

 

そんな日には、外に出て日向ぼっこをするのもいいかもしれない。恋人がいるなら、手を繋いで散歩に出かけるのもいいかもしれない。

 

これほどまでにお天道様が穏やかなのだ、悲劇的な出来事が起こるわけがないだろう。地上を見下ろす神様がここまでにっこり笑顔ならば、問題など起こるわけないだろう。

 

故に、外の出て自分の心に刺激を与える。危険という言葉が似合わない世界を歩き回る。

 

普段から勉強ばかりであまり外に出たことのない少女もまた、今日という日はメイド一人と未来の騎士一人を背中に連れ、刺激を求めて王都に訪れているところだ。

 

どこを見よう。どこに行こう。どんなものがあるのだろう。どんな事があるのだろう。

 

生まれて初めて訪れた王都に目を光らせ、背を追いかける二人と共に晴れた空の下で小さい子どものように溌剌と動き回り————。

 

 

「ちょっと、白服のでっかい剣背負ったあんた!」

 

「なんだ?」

 

 

 そんな日に、物語は始まったのだ。

 

 

 

 

☆☆☆☆☆☆☆

 

 

 

 

舗装された街道の上を、その竜車は静かな音を立てながらゆっくりとした速度で進んでいく。時折対向竜車と道を譲り合いながら、車輪はからからと鳴りながら回り続ける。

 

その竜車の窓から流れる街並みを眺めるのは顔立ちに幼さが見える銀髪の少女だった。初めて見る景色が多いのだろうか、興奮した様子を抑えながらも目を光らせている。

 

窓の縁に手をかけ、子どものように目を期待に輝かせる銀髪の少女——名をエミリア。竜車に搭乗する彼女は初めての王都観光に胸が躍り、早く自由に歩き回れる瞬間が来てくれないものかと思っていたり。

 

外見年齢的には十八歳前後、精神年齢的には十歳前後な可愛らしい女の子。そんな子を微笑ましそうな目で見る視線が一つだけあった。

 

男らしさが全身から溢れ出る男だ。否、漢だ。短髪や大柄な体格、『格闘』の二文字を連想させる白の衣も相まってどこかの格闘家を思わせるがたいの良い青年だ。

 

腕を組み、背もたれに体重を乗せながらエミリアを見守る青年——名をカンザキ・ハヤト。彼女と同じく竜車に搭乗する彼は、やっと純粋に王都観光を楽しめるようになった少女の姿に安堵の吐息をしている。

 

 

 ——現在、テンと別れたエミリア一行はとある場所に向かって竜車を走らせているところであった。

 

 

メイザース領に魔女教徒が襲来し、レムやラムを守るために色々と頑張りすぎた結果としてゲートが歪んでしまったテン。

 

魔法が満足に扱えず騎士人生が大きく揺るがされた彼は、話し合いの末に大陸最高峰の治癒術師の力を借りることになり、今日から数日間、王都にあるクルシュ邸に滞在もとい入院するのだとか。

 

今さっき、そんなボロボロな彼をクルシュ邸からの従者——フェリックス・アーガイルとの待ち合わせ場所に置いてきたエミリア達である。その際にエミリアとテンの間で一悶着あったものの、事なき終えた。

 

結果、王都に来た目的の一つ——ソラノ・テンをクルシュ邸の従者との合流場所に送り届けることを達成した竜車は、もう一つの目的へと意識をシフトして今の状態に至る。

 

 その、とある場所とは、

 

 

「で? これからの動きは?」

 

「とりあえず、停竜所に地竜を竜車を預けるところからだと思う。その後は、みんなで一緒に観光しましょう!」

 

 

テンと別れた後の行動を問いかけたハヤトに溌剌とした声で言葉を返したのはエミリア。彼に視線を向けては両手を合わせ、「きっと、すごーく楽しいわ」と輝かしい笑みを顔いっぱいに浮かべる。

 

停竜所——地竜が引く竜車と地竜そのものを預けておく場所、と言ったところ。観光ともなればいつまでも竜車で移動しているわけにもいかず、ひとまず移動手段を竜から足に切り替えるらしい。

 

故郷で言うところの駐車場だろうか、なんてことをハヤトは考えながら「そうか」と一言。初めて聞いた単語を素直に受け入れる彼は変に突っかかることなく、目の前の笑顔に頬を緩ませた。

 

行き交う人を見てはしゃぎ、流れる街並みを見てはしゃぎ、初めて遊園地に来たような興奮度合いのエミリアは誰が見ても楽しそうだ。遊園地に来た子ども、その表現が最も適している。

 

彼女はテンと一緒に回れない事と、朝にあったちょっとした事件のせいで数分前まで拗ねていたのだが、その様子から察するに心配する必要もない。

 

彼女のご機嫌はテンが無事に整えてくれたようで、心の中で安心したハヤトである。お陰で、テンがエミリアの言うことを一つだけなんでも聞くという約束事が二人の間で結ばれたが。

 

 ともかく、

 

 

「なぁ、エミリア」

 

 

体を預けていた背もたれから離れ、少しだけ前屈みになるハヤト。

 

両膝に両肘を乗せる彼は「なに?」と小首を傾げてきたエミリアに「あのよ」と、声に真剣の二文字を僅かに宿すと、

 

 

「お前、ちゃんと徽章は持ってるよな?」

 

 

今日という日が原作開始日(運命の日)であるとテンから聞かされた彼は、唐突に脳裏に過ぎった不安を口に出した。始まりは、その徽章が奪われたことから始まるのだから。

 

まさかとは思うが、一応、念のため、確認。

 

これでもし無くなっていたら冗談抜きで笑えない。昨日、あれだけテンに「徽章は守れよ!」と言われておきながら守れなかったとなれば合わせる顔がない。

 

 そんな彼の懸念は、

 

 

「当たり前じゃない。ぜーーったいに無くさないように、ってテンにこっぴどく念押しされたもの」

 

 

懐から姿を現した物体に、晴れた。

 

白い手の平に乗せられたのは、中心に赤色の宝珠が嵌め込まれた三角形の紋章。表面に刻まれた絵が龍を彷彿とさせるそれは、徽章の他にない。

 

「ほっ」と一息。まだ事が起こっていないことを確認したハヤトは無意識に気が緩む。決して緩めていい状況ではないが、それでも自分がやらかしていない事実は彼に安堵の余裕を持たせ、

 

 

「なに? ハヤトは私が無くすと思ってるの?」

 

 

その態度が癪に触ったのだろう。むっとしたエミリアが睨むように目を細めていた。縁にかけていた手を膝の上に置く彼女はハヤトを一直線に見つめ、紫紺の瞳に不満の情が宿る。

 

ハヤトとしてはそう思う心は無い——わけでもないが。観光気分に浮かれて簡単に盗まれる予感がしてならないが。決して、そう思ったわけではない。そうならないために自分がいるのだ。

 

要は、エミリアの勘違い。「いや。そんなわけじゃなくてだな」とハヤトは否定の意を込めて手を横に振るが、「ハヤトも、そーゆーこと言うんだ」と言ったエミリアには伝わっていない。

 

 

「こんなに大事なもの、無くすわけないじゃない。私はそこまでドジっ子じゃないし、おっちょこちょいさんでもありません」

 

「だから違うって……悪かったよ。まぁ、ならいい。服の中に大事にしまっておけよな。落としたりしたら笑えねぇぞ」

 

「分かってるわよ」

 

 

撤回しても誤解は解けないことを悟ったハヤト。否定が虚しく散った彼が引き下がると、エミリアは大事そうに握りしめた徽章を再び懐の中へ。

 

白の印象が目立つミニスカートの標準服——原作一章から外出用として着用していたその服のどこにしまう場所があるのか、外から見ていてもよく分からなかった。

 

そんな服装のエミリアを見ていると「エミリア! その服装、肩出しすぎ! 俺の羽織を着なさい!」とテンが怒っていた記憶が不意に過るが、あまり注視すると今度はパックに怒られそうだから視線を窓の外へやったハヤトである。

 

肌を露出させることにそこまでの羞恥心を覚えないエミリアの感情の疎さが問題——否、テンが敏感すぎなだけ。胸元が開きすぎていると思わなくもないが、肩は別にいいだろう。

 

事実、テンに羽織を着せられたエミリアは「パックとアンネローゼに教えられたから気をつけてはいたんだけど……」と、やや不服そうな様子だった覚えがある。テンの羽織を着れた事に関しては満足そうではあったものの。

 

アンネローゼとは誰かという疑問はさておき。本人の反応からして、やはりテンが敏感なだけだ。この世界の服装としては特に珍しくないというのに、彼は良しとしない。変なところで真面目な男だ。

 

尤も、あまり口を出すと「テンは私のお兄ちゃんでもないのにがみがみ言ってこないで!」と嫌がられるから今回は見逃したようだった。

 

 

「ねぇねぇ、ハヤト」

 

「なんだ?」

 

 

少し過去の思い出に浸っていたハヤトの意識は、その声に呼び戻される。

 

晴れ晴れとした青空を眺めていた彼は肩の露出度が高い服装なエミリアに視線をやると、見えたのは雪のように白い頬をほんのりと紅くした少女。なにやら照れ臭そうに言葉を紡ごうとしていた。

 

 その顔が、恋する乙女の顔に変わっていることを彼女は知っているだろうか。

 

 

「テンって、どんな贈り物をされたら嬉しいと思う?」

 

 

 ーーまたアイツの話か

 

内心、そんなことを思いつつもハヤトは悩む素振り。表情に変化が見られたことを察した彼は「んー」と喉を低く唸らせる。

 

多分、無意識だろう。彼女は今、自分が顔色を変えていることを知らない。頬がほのかに紅いことなど知らない。知らないから、知らぬ間に表に浮かばせている。

 

聞かれた理由として妥当なのは、ハヤトがテンの親友だから。親友の意見を参考にしようとしたのだろう。似たような相談を過去にレムから受けたことがあった。あの時は確か、好きな女性のタイプを聞かれたはず。

 

タイプの次は贈り物、なら次は何を聞かれるのか。なんにしても、レムとエミリアの二人から慕われるテンをよく思わないハヤトからすれば面倒な質問。

 

 

「贈り物、ねぇ……。アイツは、基本的な物欲がそこまで()ぇやつだから、お前が贈りたいものを贈ればいいと思うぞ。強いて言えば……装飾品でも贈ったら喜ぶんじゃねぇか?」

 

 

それでも、ハヤトは真面目に答えた。

 

面倒ではあるけど、聞かれてしまったものは仕方ない。適当に返したら返したで余計に面倒な事になりそうな予感がするし、ここは定型的な文を口にして無難に凌ぐ。

 

そんな意図など知らないエミリア。親友の意見ならば間違えはないだろうと決めつける彼女は、割と模範的な回答をされたにも関わらず「うん、分かった!」と笑顔を弾けさせ、

 

 

「装飾品ね。うん……うんうん! そーする!」

 

「あ。あと、色で言うとアイツは青系統……特に、紺色が好きだぜ。どうせならその色に近いモンにしてやんな」

 

「分かった。ありがとう」

 

 

付け足された新情報に笑顔を重ねるエミリア。円周を囲うように紫と白の小さな宝石が交互に嵌められた腕輪——それが付けられた右手首を見る彼女は今、その表情の裏で何を考えているのだろうか。

 

その腕輪は、テンから贈られた大切な贈り物だとハヤトは聞かされている。人生で初めての贈り物だったと、とても嬉しそうに話してくれたのを彼は鮮明に覚えている。

 

 だって、その笑顔はあまりにも可愛かった。

 

 

「停竜所に竜車と地竜を預けた後になるけど。贈り物買うの、付き合ってくれる?」

 

「そんな暇があればな」

 

「観光に来たんだもの。あるに決まってるじゃない」

 

 

 今後の方針が決定。

 

生まれて初めて訪れた王都を大いに楽しみながら観光しつつ、テンへの贈り物を買う——そう決めたエミリアが手をぎゅっと握りしめてやる気を漲らせる。

 

正直なところ、そんな暇があるが本当に怪しいところではあるが、敢えて口にすることもないだろう。これから起こる問題の有無は自分の働き次第で変わるだろうし、()()()()がこの世界に来ない限りは何も始まらないのだから。

 

完全に観光気分で浮かれるエミリアを前にハヤトが拳を握る。警戒心を密かに高める彼は、横に立てかけた大剣を横目に「そうか」とだけしか言わなかった。

 

 

 

 

▲▽▲▽▲▽▲

 

 

 

 

エミリアが贈り物についてハヤトと話していれば時間はあっという間にすぎるものだ。話に夢中になっているのなら尚更、時間の流れは早く感じる。

 

二人がそうして楽しげに話していても御者台に座りながら地竜を操る少女——ラムが竜車を目的地へと順調に進ませ、贈り物の話が落ち着く頃には到着。

 

無事に目的地に着いた竜車と地竜を預け、三人は今しがた停竜所から出てきたところだ。移動手段を『竜』から変えて『足』にしたところだ。

 

 となれば、

 

 

「わぁ……! すごーく大きい建物! ねぇ、ハヤト、ラム! 入ってみましょうよ!」

 

 

観光気分が爆発したエミリアが解放。停竜所の出口をくぐるなり目についた建物の中へと一直線。視界に映る全てが初見のものばかりな彼女が勢いよく飛び出した。

 

彼女が目をつけた建物は博物館らしき建物だろうか。先程からずっと自分の足で歩き回りたい欲を我慢していたこともあってか、追いかける二人を置いていく勢いである。

 

 勿論、置いていかれる二人ではない。

 

 

「待て待てエミリア! 俺たちを置いて行くんじゃねぇ! 迷子になったらどうすんだ!」

 

「予想してなかったわけじゃなかったけど……。やっぱり首輪でつないでおくべきだったかしら」

 

「相変わらずお前の発想には驚かされるよ」

 

 

追いかけるハヤトが遠のくエミリアに静止の声を張り上げ、彼に並ぶラムが小さく舌打ち。この事態が脳裏に描かれなかったわけではないが、まさか停竜所を出た瞬間からとは思わなかった。

 

彼女が肌身離さず飾っている依代の中にはパックが居るから大丈夫ではあると思うが、見失うと面倒だと共通して思う二人は人混みを掻き分けつつも銀髪の背中を追う。

 

見失うことはない。絶対にない。先に駆け出されてしまったが決して追えない速さではない。加えて、いざとなったら人の頭の上を飛び越えてでもあのおてんば娘の足を止めてみせる気概。

 

 

「で。こっからの俺らの役目は?」

 

「エミリア様次第ね。どこに行くのかは分からないから、ラムたちの仕事は彼女が迷子にならないように見張ってるだけよ」

 

「迷子て……。まぁ、分かった。まかせろ」

 

 

みんなで一緒に観光しましょう——そう言っていた数分前のエミリアはどこへやら。好奇心が落ち着きを勝った彼女の楽しげな声と表情を前にしながらハヤトが問い、並走するラムがため息。

 

しばらくはこの状態が続くはずだ。ずっと屋敷で勉強漬けの毎日だった彼女からすれば王都は一種のテーマパークのような場所に思えて仕方ないだろう。

 

故に二人は、はしゃぎ回り、走り回り、興味が湧いたものに飛びつくエミリアを見張っていなければならない。重ねるが、迷子になられたりしたら本気で笑えないのだ。

 

もし見失ったらテンに激怒されそうだ——ハヤトが。彼は、何がなんでも徽章を奪われるなとテンに強く言い聞かせられている。それがなければ、今日は無事に終わるはずだからと。

 

 

「他に役目があるとすれば……そうね。暴漢が襲ってきたらよろしく頼むわ。可憐な美少女二人を守れる大義名分よ。泣いて喜びなさい」

 

「おうよ。任せとけ」

 

「ラムとしては、脳筋も暴漢と対して変わらないけど」

「どういうことだ、こら」

 

 

前方を見ながら余計な一言を付け加えるラムにハヤトが苦笑。互いに駆け足ながらにも軽口は絶えない様子からして、割と余裕があるように見える。

 

勿論、ハヤトはそのつもりだ。背中に大剣が納刀された鞘を背負う彼は、自分たちに敵対する存在がいれば容赦なく迎え撃つつもりでここにいる。

 

容赦なく氷柱をぶっ放す子と、容赦なく人を凍りつかせる猫と、容赦なく風刃をぶっ放す子と、容赦なく殴りかかる子の四人で編成されたパーティーに喧嘩を売るようなバカいればの話だが。

 

 

「二人とも、早くおいでよー! 次! 次の場所に行きましょう! 早く早く!」

 

 

心強い仲間を引き連れるエミリアが、追いかける二人に振り返って手招き。一応、自分を追う存在たちを気にかける心はあるのか、表情を明るく彩る彼女は立ち止まってくれた。

 

それも一時の話だろう。手招きする手とは反対の手が次なる建物を指差している。その様子から察するに、当分は今の状態が続くのだろうと振り回される二人は思えて、

 

 

「あの興奮状態が治るまでの辛抱だと信じたいわね。振り回されるのは勘弁してほしいわ。あぁ、テンテンに丸投げしてやりたい」

 

「因果応報ってやつだな。お前、過去にテン(アイツ)のこと王都で振り回したんだろ? 所持金ほとんど削られた、って聞いたぜ」

 

「振り回した? ラムがそんなことするはずないでしょう。人聞きの悪いことは言わないでちょうだい。所持金に関しては必要な犠牲だっただけ」

 

 

今、レムとエミリアに振り回され続けるテンの気持ちの一端が理解できたような気がしたラムとハヤト。側から見ていても大変だとは分かったが、実際に体験してみるとその大変さが身に染みている。

 

それも今だけだと信じたい二人。振り回され慣れていない彼らは心の中で苦労の予感を感じつつ、その場でぴょんぴょん跳ねるエミリアの下に向かっていった。

 

 

 

 

▲▽▲▽▲▽▲

 

 

 

 

エミリアの好奇心が全解放されてからの数十分間は本当に大変だった。元気が有り余る少女の足は一秒足りたりとも止まらず、あっちへ行ったりこっちへ行ったりと忙しい。

 

この広大な王都だ。初めて訪れた彼女の興味を惹きつける要素はいくら挙げても足らない程に多く、紫紺の瞳から興奮の輝きが陰ることは一切なく、気になったらとりあえず飛び込むの精神。

 

時折、付き添い二人を気にかけるように振り返る挙動を見せてはいるものの、好奇心に勝るものはない。追いかけている事を知るとすぐさま駆け出してしまう。

 

好奇心が心の中の九割を占め、残りの一割を二人の存在が占めた幼き少女エミリア。そんな彼女に振り回される二人の苦労は察するまでもなく。

 

 その振り回されっぷりをダイジェストで振り返ると、

 

 

「あの大きな銅像……誰のなんだろう!? すごーく大きい! 人の形してるけど、目覚えある?」

「大抵の場合、偉人とかだよな。こんな街中なんだし、相当偉い人だぜありゃ」

「いえ。あれはそこの店の店主よ。金に物を言わせて看板の代わりに作ったとかなんとか」

「なんでだよ!? 店のアピールにしては場所取りすぎ……あれ? エミリア? どこ行きやがった!?」

 

 

「噴水! すごーーく大きな噴水だわ! お屋敷にあるのよりもずっと大きい!」

「子どもが遊べるのか。いいねぇ。俺も昔はダチと水遊びとかしたもんだ。何人か、海に沈んだやつはいたが」

「意外だわ。テンテン以外に友人と呼べる人が昔にいたのね………待ってくださいエミリア様。一緒に遊ぼうとしないでください」

 

 

「あそこに飾られてるお菓子、とっても美味しそう! あそこのも! あっちにあるのも! ……わぁ!? なに今の!? 水! 水がお犬さんの口から出てきちゃったわ!」

「なんでこんなモンまで置いてあんだよ。……あ、ここおもちゃ売り場か。なるほど」

「寄りたいの?」

「いや、別に」

「エミリア様はお入りになられたけど」

「え? じゃあ、遠くにいるあの銀髪は誰だ?」

「…………いつの間に」

 

 

「また消えた!? おいラム! エミリアがまた消えたぞ! これで何度目だ!?」

「同時にエミリア様から目を離すからそうなるのよ! ったく、たった数秒、目を離しただけでいなくなるエミリア様もエミリア様だけど……いたわ! あの人混みの中!」

「マジかよ……。もう、あんな遠くに。つか、なんで向こう側にいやがる。どうやってこの竜車の流れを横断したんだよ」

 

 

と、ダイジェスト的に流しても二人の振り回され度合いがよく伝わるものとなった。流したものはその一端であり、これ以外にも色々と大変だった二人である。

 

その間、エミリアの徽章が奪われないかヒヤヒヤしたハヤトだが。今のところは大丈夫そう。数分前に確認したところ「持ってるわよ!」と、しっかり怒られた。

 

そうして勢いに任せて王都を探検し続けた結果、数十分の時間はかけたものの、幾分かは落ち着きを取り戻してきたエミリアだった。

 

数十分間という時間を数分程度に感じている彼女は、王都観光を大いに満喫し、

 

 

「んー! すごーく楽しかった。二人も楽しかった?」

 

「まぁな。いい運動だったぜ」

「そうですね。……振り回されるのはもう二度とやめてほしいものですけど」

 

「それは……ごめんなさい。反省します」

 

 

今、振り回したエミリアと振り回されたハヤトとラムの三人は喫茶店で購入した紅茶を片手に休憩中。持ち帰り用の容器を片手に一休み。

 

前者の一人ははしゃぎすぎて疲れたから、後者の二人は走りすぎて疲れたからだ。

 

喫茶店から少し離れた階段に三人揃って仲良く腰掛け、休憩のひととき。体力自慢なハヤトも流石に疲れたのか疲労気味であり、ラムも深く吐息している。

 

そんな二人の様子を見たからか、あるいは自分の興奮度合いを振り返ったか。二人に挟まれるエミリアは少しばかり萎縮し、肩をすくめていた。落ち着いた今ならば、少し度が過ぎていたと理解したらしい。

 

 

「いいって。気にすんな。楽しかったんならそれでいいよ。なんせ今日は観光するために来たんだしな。ただ、ちっとばかし落ち着いてほしい感はある」

 

 

そんなエミリアにハヤトは穏やかだ。楽しすぎて視野が狭まっていた己を咎める彼女の肩を、彼はポンと優しく叩いている。

 

確かに振り回されたのは疲れた。とても疲れた。もう二度と勘弁してほしいと言うラムの横顔に便乗してやりたい。

 

けど、エミリアが楽しそうだから許す。本当に楽しそうな笑みをずっと見せ続けてくれた彼女の純粋さに免じて見逃す。それ以上は何も言わないラムも同じくだ。

 

 

「んで。これからどうするんだ? また適当な場所でも巡るか?」

 

 

正面に行き交う竜車の群れを見ながら、ハヤトは紅茶を少量飲む。鼻を突き抜ける微糖の香りを味わい、彼は横に座るエミリアに耳を傾けた。

 

問いかけられたエミリア。彼女もまた同じように紅茶で喉を潤すと「ほぅ」と息を吐き、

 

 

「えっと……。巡りたい気持ちもあるけど、まずは贈り物から買いに行きたいかな」

 

「贈り物……。テンテンにですか?」

 

 

察しのいいラムの反応を受け、エミリアは「うん」と頷いた。紅茶が淹れられた容器を理由もなくにぎにぎし、唇を柔らかく綻ばせる。

 

御者台で地竜を操っていたラムはエミリアがテンに贈り物をする話は知らないはずなのだが、そこは流石と言うべきか。

 

エミリアが贈り物——この字面だけで見抜いてみせた。否、今の彼女が贈り物をする人といえば彼しか思い当たらないのもあるだろう。

 

 

「贈り物は何にするのか決まってるのか?」

 

「私と同じ腕輪にする。腕輪のお返しは腕輪にしたい」

 

「では、小休憩が済んだら繁華街に行かれますか?」

 

「うん。そーするわ」

 

 

左右からかけられる付き添い二人の言葉に端的に言葉を返し、エミリアは笑みを一つ。それから、どんな腕輪にしようか想像を膨らませ、渡したら彼がどんな反応を見てくれるのか妄想し始めた。

 

どうしよう。そうすると胸が高鳴ってしまう。彼のことを考えるとドキドキして仕方ない。これまでだって何度も考えてきたのに、最近になってから変に緊張する。

 

 どうしてなんだろう。

 

 

「そういや。ラムもアイツから腕輪とか贈られてなかったか?」

 

 

エミリアが自分の世界に潜り込んだところでハヤトがラムに視線をやる。ラムと自分の間に座る乙女がぼんやりした様子で空を眺め、「はぁ」と恋のため息を溢すのを横目にしながら彼は小首を傾げた。

 

そんな彼の視線の先にいるのは足を綺麗に揃えて座るラム。「そうね」と軽く頷く彼女は利き手とは反対の左手首に付けられたそれをハヤトに見せつけ、

 

 

「感謝の気持ち、と言っていたわ。下心満載な贈り物なんて本当は要らないのだけれど。テンテンがどうしても、と言って聞かなかったから」

 

「とか言っておいてちゃんとつけてるあたり、優しさを感じる」

 

「ラムが優しいのは当たり前でしょう。テンテンもよく分かってるわ。それに、万が一ラムの部屋で埃をかぶってるところでも見られたらテンテンの心が折れてしまうもの。気遣いよ」

 

「そうか。ま、好きにしろや」

 

 

そういうことにしておいてやろう。

 

自分が薔薇の髪飾りを贈ったベアトリスも似たような言い訳をしてきたのを不意に思い出し、ハヤトは口角を釣り上げる。深く追求すると殴られそうな予感に、彼は口を閉じた。

 

 と、

 

 

「きゃーー!」

 

 

唐突に、三人の耳に子どもの悲鳴が飛び込む。

 

喉が張り裂けてしまいそうなほどの声量は異常事態を知らせる警報であり、明らかな危機的状況を周囲の人間に本能的に悟らせるものだ。

 

鼓膜を殴りつけるそれにエミリアは考え事を強制的に中断され。ハヤトとラムは呑気に話していた会話の流れを一刀両断され。

 

一瞬にして意識のド真ん中に鎮座した声が飛んできた方向に視線をやる——その瞬間から、ハヤトはその場にいた誰よりも早く動き出していた。数秒遅れて残る二人が飛び出すも、彼の方がずっと早い。

 

 

「危ねぇ!」

 

 

叫び、ハヤトは竜車が行き交う車道に迷いなく飛び出す。轢かれればまず命は助からない危険な領域に躊躇なく飛び込み、その手を前方に伸ばした。

 

途端、現場を見ていることしかできない者たちが口々に悲鳴を叫ぶ。驚愕に慄く表情が目の前の悲劇的な光景に歪み、その場にいる全員の視線が一人の子どもとハヤトに引き寄せられる。

 

 ——彼が飛び出す先に、竜車に轢かれかける少年がいた。

 

 

「間に合えーー!」

 

 

何があって竜車が走る車道に飛び出した——そんなこと考える余裕などハヤトにはない。少年の危機に頭よりも先に心が動く彼は体が勝手に動いていた。

 

故に、動いた以上は意地でも助ける。恐怖に完全に萎縮してその場から動けない少年の体に手を伸ばし、軽々と持ち上げると踵で地を蹴り上げながら後方へと力任せに飛び跳ねた。

 

 そして——、

 

 

「あぐっ……」

 

 

少し力が乗り過ぎた結果として住宅の壁に背中から勢いよく激突したものの、無事に脱出。命が危険に晒される領域から逃れられた彼は危なげない様子で着地。

 

危機一髪。スプラッターな光景をその場の全員が見る未来を覆し、抱えた少年を優しく下ろす。それからハヤトは「大丈夫か?」と笑いかけ、

 

 

「怪我ねぇか?」

 

「あ……えと……はい」

 

 

状況が飲み込めない少年が、ポカンとした表情でハヤトを見ていた。しかしそれも数秒間であり、目の前の青年が自分のことを助けてくれた事を理解すると「ありがとうございます!」と頭を下げる。

 

ヒーローのような救出劇を見せたハヤトに周囲の者たちからの称賛と拍手が届く中、彼は「いや、お前が無事ならいい」と少年の頭に軽く手を添え、

 

 

「何があって飛び出したのかは知らないが、もう危険な真似すんなよ? いいな?」

 

「はい! あ、ありがとうございました!」

 

「おう。じゃあな」

 

 

手を振り、自分の命を救ってくれた恩人に元気よく笑うと少年は背を向けて走っていく。怖くて泣かれたらどうしようかと思ったけど、その心配もなかったらしい。

 

届いてきた称賛の声に「ありがとな」と軽く手を振り。「兄ちゃん、やるなぁ!」と声をかけてきた兵士らしき人に「まぁな」と親指を立ててグーサイン。

 

やはり、こうした声は悪い気がしない。決してこの声が欲しくて助けたわけじゃないが、かけられると形容し難い嬉しさが込み上げてくる。

 

 

「ハヤト!」

 

 

悲劇の回避を見届けた者たちが散っていき、ハヤト自身も子どもを助けられて一安心。ほっと一息ついていると、エミリアとラムが駆け寄ってきた。

 

彼女たちもハヤトと同じように駆け出したはずだが彼の方が動き出しが早く、結局は飛び出し損。多分、見ているだけだっただろうと勝手に想像したハヤトが「一足遅かったな」と自慢げに笑い、

 

 

「一体、誰が行き交う竜車を止めていたと思っているの? 思い込みも甚だしい。自分一人であの子の命を助けたと思ったら大間違えよ」

 

「突然だったからびっくりしたけど、助けられてよかった。流石、ハヤトね」

 

 

その笑みをラムの「ハッ!」という嘲笑が思い切り蹴散らし、エミリアの一仕事終えた安堵の表情が優しく崩す。

 

聞けば、ハヤトが飛び出した瞬間から二人は走る竜車を魔法で強引に止めていたのだとか。彼が少年を助けて帰ってくるまでの道、その安全確保に徹してくれていたのだとか。

 

なら、少年を轢きかけた竜車そのものを止めればよかったのではと思うが。自分を信じて任せてくれたのだろうとハヤトは解釈し、「おぉ、そうか。そりゃ、ありがとうな」と笑いながら自分の中で完結。

 

ともあれ、唐突に起こった事件は無事に解決し、

 

 

「ちょっと、白服のでっかい剣背負ったあんた!」

 

「なんだ?」

 

 

その瞬間は、突然に訪れた。

 

 

 

 

▲▽▲▽▲▽▲

 

 

 

 

 異世界召喚、というものをご存知だろうか。

 

 

あれだ。誰もが一度は憧れる夢物語だ。アニメの世界に飛ばされたり、本当の異世界に飛ばされたり。それは本当に多種多様なやつ。最近になって発展し始めたジャンル。

 

飛ばされた主人公は、ご都合主義やら何やらでハーレムやらチートやらやりたい放題するわけで。強い敵をバッタバッタと薙ぎ倒し、周りの人間にちやほやされ、可愛い女の子に好かれまくり。

 

それはそれは日本のような平和な国に住んで、平々凡々な日々を過ごす人間たちには憧れの的。どんな人間だって一度は思ったことだろう、その世界に行ってみたいと。

 

もちろん、ここにいる者——『ナツキ・スバル』もまたその中の一人であり、

 

 

「——まさか、実際に来ることになるとは思わなかった。いやこれ、どーすんだよ」

 

 

言った直後、事態の把握がついた口から「ははは」と乾いた笑いが溢れた。

 

 

 

 

▲▽▲▽▲▽▲

 

 

 

 

『菜月・昴』は平成日本生まれな、ゆとり世代と言われる世代の中で育ってきた人間だ。

 

自分について色々と語ることはある。歳が十七であるとか、小さい頃は無双してたとか、銀髪の美少女が好きだとか、全てを語ろうとすれば年齢分の時間を使うだろう。

 

故に、それらを全て割愛して現状だけを完結にまとめると『高校三年にして引きこもりである』ということ。実に完結でわかりやすい。見事に自分の情けなさが露出した。

 

ちょっとした理由で不登校。一日、また一日とずるずる引きずり、結果として完全なる引きこもりの完成。ネットの世界に逃げに逃げ続け、

 

 

「その結果がコレか。いや、普通に考えて意味分からねぇよ」

 

 

普通、そのような物語の始まりは召喚した美少女が目の前にいるのがお決まり。間違えて殺されたり、あなたの力が必要的な事を言われたりするのが当たり前。それから色々とやって召喚特典ゲットだぜ。

 

なのに今の自分の状況ときたら、テンプレとはかけ離れ過ぎて目も当てられない。召喚した美少女の姿もなく、聖剣も魔剣もスキルも異能もなく、挙げ句の果てには現在地すら不明。

 

否、もしかしたら自分が知らないだけで実は既に与えられている可能性がある。そうだ。そうに違いない。そうじゃないとあり得ない。だって自分は異世界召喚されたのだ。

 

コンビニから出て、空に浮かぶ月を見て、一言——次の瞬間には異世界召喚されたとかいう、召喚のされ方が雑すぎることに関しては目を瞑るとして。

 

 

「この世界が異世界ファンタジーとして、だ。文明はやっぱり中世風って感じだな。んで、世界観を壊すような機械的な物はなしと」

 

 

とりあえず歩きながら周囲を見渡し、スバルは己が飛ばされた世界の分析。召喚された直後は子々孫々まで語り継がれる慌て様だったが、今は割と落ち着けている。

 

伊達に異世界召喚やら転生の妄想はしてない。落ち着いていることが第一であると興奮する己に言い聞かせながら、視界に入る情報から世界観の分析。

 

 結果、分かったことは、

 

 

「亜人ありありで、恐らく戦争とか冒険もありあり。冒険者ギルドとかもどっかにあんだろうな。そんで? 車の代わりに馬車ときた。となれば、ジャンルは異世界ファンタジーで確定」

 

 

 異世界ファンタジー。

 

適当な道を歩く中で視界に映った光景から推測した世界観。剣と魔法に溢れた異世界の中の異世界。

 

馬よりも一回りも大きいトカゲのような生物が動かす馬車のような乗り物、街を見張っていると思われる兵士、更にはネコミミやイヌミミなどが生えた人ではない種族。

 

召喚された時点でなんとなくの見当はついていたが、それらを知ればスバルが納得するのも当たり前だ。その辺の知識に富んでいるスバルからすれば決定的な要素に違いない。

 

その知識によれば、スバルのように召喚された人間には特別なチカラが——、

 

 

「きゃーー!」

 

 

 特別なチカラが宿っている。

 

そう考えていた矢先、不意にスバルの耳に子どもの悲鳴が飛び込む。鼓膜を強くつんざくそれは、明らかに命の危険を周囲に知らせ、助けを求めるために発したものだ。

 

反射的に声の方向に振り返る——一人の青年が既に飛び出しているのが見えた。真っ白な服を着た、背中に身の丈ほどの大剣を背負った青年が、馬車が行き交う危険な車道に迷わず飛び出している。

 

勇敢な行動。その先には、馬車に轢かれそうな子どもがいた。あの青年は多分、子どもを助けるために危険な場所に身を投じたのだろう。

 

 つまり、

 

 

「コレはあれか!? 異世界召喚されて初の魔法解禁イベント!? ここで誰もが驚く俺TUEEな展開がくるのか!?」

 

 

 そういうことだ。

 

あの青年には悪いが、今回は自分のターン。

 

助けに入っているようだが、ここは自分が天才的な力を発揮して周りにちやほやされよう。どうせならあの青年も一緒に助けてしまおう。

 

異世界召喚されて何もかもが想像とは違ったけど、自分が望むような展開は今のところ全然起きてないけど、それら全部をこれで帳消し。

 

右腕を少年へと突き出すスバル。何をどうしてチカラを発揮するのか分からないから、とりあえず手から超常的なチカラが発揮されることを強く念じ、

 

 

「どわぁぁーー!」

 

 

その体勢のまま、突如として目の前で爆発した風圧によって大きく吹き飛ばされた。体全体を押し出す不可思議な力には抗えず、そのまま茂みの中へと背中から叩きつけられる。

 

一瞬の唖然タイム。自分の身に降りかかった意味不明な現象に呆気にとられ、その時間を過ぎるとスバルは吹き飛んだのは自分だけではないと知った。

 

スバルの近くにいた人の殆どが車道のど真ん中で予兆なく生じた暴風に殴られ、程度の差こそあれど吹き飛んでいる。壁に背中を強打したのか、痛がっている者もちらほら。

 

そのような意味だと、スバルは幸運だった。茂みが衝撃を吸収してくれたおかげで痛くない。

 

 

「いやいやいや! 痛くないとかそういうことじゃなくて! せっかくの魔法解禁イベントなんですけどぉぉーー! なんだよ今の! 何してくれちゃってんのぉ!」

 

 

暴れるように茂みから抜け出し、スバルはジャージについた葉っぱを払いながら声を荒げる。やっとそれらしいイベントが発生したのに、これでは台無しじゃないか。

 

この世界に来てからまだ十分と経っていないが、何一つとしてテンプレ通りに進まない現状に激怒。先程の意味不明な現象の正体を探ろうと爆発があった車道の中心を睨み、

 

 

「……なんだ、あれ」

 

 

視界に飛び込んだ光景に思わず困惑してしまったせいで、その熱も冷めてしまう。己の晴れ舞台を邪魔された感情よりも、車道に広がる光景の方に意識が引き寄せられた。

 

スバルが見たのは、地面から突き出たような物体。氷の塊と表現するべきか、暴風が生じる前まではなかったものだ。

 

走る馬車の足を止めるそれはまるで、道を塞いで通行止めしているような。尤も、数秒後には淡い光を発しながら消滅してしまう制限時間付きの通行止めではあったが。

 

 一体、それになんの意味があった。

 

 

「くそっ……。せめて魔法くらいやらせてくれてもいいじゃんか。異世界召喚ならもっと分かりやすいイベントとかないのかよ」

 

 

あの青年と少年を良い感じに助けられていたら、このモヤモヤした感情もなかっただろうに。今のところ本当の本当に何一つとして上手くいかず、スバルは舌打ち。

 

暴風の正体も、氷の塊の正体も分からず。馬車は何事もなかったかのように出発。周囲の人たちも誰かに拍手と称賛の声を贈ると去ってしまうし、イラつくスバルだけが置いてけぼりだ。

 

せめて、あの青年は誰だったのかと騒ぎがあった方向に視線をやり、

 

 

「ーーーあ」

 

 

 瞬間。

 

スバルはその青年を正しく認識し、青年が自分と同じく黒髪であることを知った。直線上にいる助けた子どもらしき少年の頭を撫でる青年が、やけに自分が見慣れた顔——日本人の顔であると感覚的に察した。

 

色々と興奮して、初めて見た時は見えなかったものがある。けど今、改めてあの青年をじっくり見たとき、スバルは運命的な出会いを感じ、無意識に走り出していた。

 

自分以外の黒髪をこの世界にきて一度も見ていなかったこともあるかもしれない。けど、それ以上にナツキ・スバルの本能が彼を逃してはいけないと悟っていたのだ。

 

 

 ーーあの男を、逃しちゃいけない

 

 

今、これを見逃せば自分はきっと後悔する。なんで後悔するのかは分からない。分からないのに、走り出す足は人混みを押し退けながら体を前へ前へと押し出して、

 

 

「ちょっと、白服のでっかい剣背負ったあんた!」

 

「なんだ?」

 

 

とうとう、スバルはその青年の前にたどり着く。

 

完全に勢いに任せて呼び止め、振り返る青年がスバルを見る。瞬間、スバルを見る双眼が驚愕に見開かれた。

 

息を呑み、表情が驚愕色に染め上げられる青年。その両サイドでは桃髪のメイドらしき少女が鬱陶しそうに目を細め、銀髪の妖精のような少女が困惑げに小首を傾げていて。

 

 

 ーーやばい

 

 

飛び出してしまったと後になってから気付き、スバルの心拍数は途端に跳ね上がる。

 

人と話すことはおろか人前に出ることすらここ数年間まともになかったものだから、コミュニケーショ力が著しく欠落したのが現状のスバル。

 

何を言えばいいのかと焦り。三人の視線を集めてしまったことに更に焦り。この機会を逃すことに更に更に焦り。

 

回らない頭をどうにかしてフル回転。鼓動の加速を感じるスバルは、とりあえず話のきっかけを作るために名乗らなければと思い、

 

 名乗った。

 

 

「アタシの名前は、ナツキ・スバル!」

 

 

 ——アタシ、と。

 

 

 






本編開始一発目から波乱の予感。

やっちまったよ。これ、もう引き返せないよ。

そして何気に、一章、ラム参戦。


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