少しでも望む未来へ   作:ノラン

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スバルちゃんの口調と、一章の印象から受けた『軽薄で馴れ馴れしくて謙虚さに欠ける奴』という人間をどう表現したら良いのか分からず、難産。

うざい奴ってなんだ?って書きながらずっと考えてました。

ここから少しずつ自分の中でイメージを固めていくので、違和感があっても許してくれると助かります。





登場! ナツキ・スバルちゃん!

 

 

竜車に轢かれかけた少年を助けて一安心。自分と同様に飛び出したエミリアとラムの二人とも合流し、三人は少年が無事であったことに安堵を共有。

 

唐突に起こった事ではあったが、気持ちを切り替えて今からエミリアのお買い物に付き合おう。

 

 そう、思っていたときだった。

 

 

「ちょっと、白服のでっかい剣背負ったあんた!」

 

 

不意に、ハヤトの背中に声がかけられる。

 

少女とは言えないが、かといって大人の女性とも言えない声帯だった。声帯一つで人の年齢を見抜けるほど聴覚に長けていないが、強いて言うなら女子高生の明るい声。

 

もしや、今さっき助けた少年のお姉ちゃんかもしれない。弟を助けてくれたお礼を言いに来た礼儀正しい子かもしれない。

 

そんなことを考えながらハヤトは「なんだ?」と、お礼を受け入れる姿勢を作りながら声に釣られるがままに振り返り、

 

 

「ーーーー」

 

 

 瞬間、時が止まった。

 

振り返った瞬間、彼の全てが止まる。正確には、生命活動を安定させる機能以外の全てが止まる。動き続けていた様々な針がピタリと停止し、以降から時を刻むことを困難とした。

 

何事にもどっしり構えるスタイルのハヤト。どんなことがあろうとも基本的に焦らない彼は動揺とは縁がない気丈夫な男なはずだが、ものの見事に静止画となった。動揺する余裕すらない。

 

誰かになにをされたわけでもないのに止まってしまったのは、目の前にいる存在が齎す衝撃があまりにも凄まじく、彼の許容値を軽々しく越えていたからだろう。

 

 

 ——女の子だった。

 

 

振り返り、視界に飛び込んできたのはボーイッシュな黒髪短髪女子。

 

やや細身ではあるものの適度な運動はしていると分かる一般的な体型の童顔。高身長でもなく低身長でもない身長はエミリアと同じか、それよりも少し高いか。

 

どこからどう見ても『普通』という言葉が似合いそうな少女——ただ自分を見つめる三白眼だけは、普通とは少しばかりズレていると言えなくもない。

 

その姿に、ハヤトは心当たりのある人物がいた。目の前にいる少女とひどく重なる少年を彼は知っている。否、観ている。画面の中で何度も観ている。

 

しかし、目の前の少女がその少年ではないことを決定づける『もの』がある事実に、ハヤトは時を停止せざるを得ない。少年と重なるだけで、同一人物ではないと感覚的に理解してしまった。

 

 その『もの』とは、

 

 

 ——胸元に、二つの膨らみがあった。

 

 

決して見ようとして見たわけではない。視界に入れたときに自然と見えてしまっただけだ。自分がよく知るジャージ姿の内側から存在を静かに主張する、二つの小山が。

 

男性に無いもので、女性に有るもの。

 

その二つが、目の前の少女は自分が期待していた少年ではないことを無音で告げている。けれど、どうしてもその少女が脳裏に過ぎって過る少年と重なって仕方なくて。

 

では、この子は誰なのかと思い——。

 

 

「アタシの名前は、ナツキ・スバル!」

 

 

 意味不明であった。

 

 

 

 

▲▽▲▽▲▽▲

 

 

 

 

カンザキ・ハヤト、ナツキ・スバルの邂逅。

 

それは、この世界の主人公と主人公が偶然ながらに運命的な出会いを果たした瞬間であり、物語の歯車が回り出した瞬間である。

 

この二人が出会うことは、それほどまでに大きなものを齎すのだ。誰に齎すのか、何を齎すのか、詳細までは曖昧なものの、今この瞬間に二人が顔を合わせていることには何かしらの意味があった。

 

尤も、その瞬間はスバルがハヤトを含む三人に対して突然に名を名乗るという。中々に不思議なものではあったものの。

 

 

「………は?」

 

 

いきなり現れては自己紹介——本当に意味不明な状況の処理を最も早く終えたのはラム。ハヤト以上に気丈夫な彼女は顔も名前も知らなかった女、スバルを見ながら小首を傾げている。

 

状況を飲み込めてもなお、理解はできていないらしい。なにがどうなってハヤトが呼び止められたのかどう考えても分からず、鬱陶しげに細められた双眼は訝しげだった。

 

 

「えっと……ハヤトのお友達?」

 

 

エミリアも似たような反応を見せていた。

 

ハヤトと同じく、この世界では珍しい黒髪黒目であったことから自分たちの知らない友人なのかと思い、奇怪な目を向けながら小首を傾げる。

 

含まれた意味合いはともかく、二人揃って全く同じ反応。美少女二人に可愛らしく首を傾げられたスバルが同性ながらに「うわ、めっちゃ可愛い」と思う中、しかしハヤトは今だに静止画。

 

目の前の存在が異常すぎて久々に時が止まりっぱなし。驚愕に見開いた目が瞬きする以外には、綺麗なアホ面を晒していた。

 

 全然、全く、飲み込めない。

 

 

「あーー、えっと……。お友達ってわけじゃないけど、ちょっと知り合いに似てたというかなんというか、もしかしたらアタシと同族かもって思ってさ」

 

 

渾身の自己紹介が大きく空振ったが、話のきっかけはどうにか掴めたスバル。彼女は緊張する心を誤魔化すような笑みを一つ。

 

目的の人物——銀髪美少女にハヤトと呼ばれた男が固まり続けるのを正面に、速る鼓動を宥めつつ適当な理由をつけて話を繋げた。

 

ここからどう話を続けていこうか何も決まっていない現状に心臓がドキドキすぎる。というか、ハヤトと呼ばれた男が男らしくてカッコいいのに加えて左右の桃髪と銀髪の少女二人が美少女すぎる。

 

もし、自分が男なら確実に惚れていた。もちろん、銀髪の方。

 

 

「同族……? ハヤトとあなたが? 確かにハヤトと同じ黒髪だし黒目だけど……」

 

「いや、見た目とかの問題じゃなくて。ほら、一目見た瞬間からシンパシー感じちゃった的な? アタシの本能がこの男とアタシは同族だ!って叫びまくってるわけよ。今現在、スバルセンサーにビリビリきちゃってるわけよ」

 

「ごめん。ちょっと何言ってるのかわかんない」

 

 

エミリアに凝視されたスバルが緊張からくる早口で勢いに任せて捲し立て、ちゃんと聞いてもよく分からない発言に彼女の傾げた首の角度が更に増す。困惑に困惑を重ねられ、様々な疑問が生じた。

 

当の本人は、今まで見てきた女の子の中で飛び抜けて可愛いと心の底から思える子に、じっと見つめられて緊張絶頂中。元から緊張状態な事も踏まえると、その緊張の度合いは考えるまでもない。

 

そのやりとりをどう捉えたか。細められていた目が鋭く尖るラムが「なるほどね」と、エミリアの手を掴みながら一歩後退。

 

釣られるエミリアが「わっ」と小さく声を溢しながら一歩後退。あからさまな距離の取り方にスバルは気持ち悪がられたかと思い、

 

 

「ラム達の知らない間に知らない女を引っ掛けていたのね。あれだけ優柔不断な男が嫌いだとかラムに語っておいて、好みの女を見つけたら見境なく手を出すとか、死ねばいいのに。二度とラム達に近づかないでちょうだい」

 

「なんかすごい勘違いされちゃってる!?」

 

 

全く予期していなかった方向からの被弾。話しかけた方ではなく話しかけられた方が被害に遭うという、ハヤトからすれば迷惑な話にスバルは思わず声を荒げる。

 

仮にこれで、両サイドの美少女がハヤトと呼ばれた男の女だったら笑えない冗談。異世界召喚直後に「この女、誰よ!」で修羅場エンドとか、どんな昼ドラだ。

 

桃髪のメイドが思ったよりも毒舌であることはさておくスバル。彼女は「違う違う。全然、そんなのじゃないから!」と慌てた様子で両手をぶんぶん横に振り、

 

 

「この男と出会ったのは今日が初めて! 顔を合わせたのだって今が初めてだから! 別に、君たち二人の男を奪っちゃおうとか、考えてないから! アタシは彼氏いない歴=年齢だから!」

 

「ラムとエミリア様が脳筋の女……? どこをどう見たら、解釈したら、その馬鹿げた考えが浮かぶのかしら。勘違いも大概にしなさい。貞操無しの阿婆擦れ女」

 

「初対面のアタシを貞操無し阿婆擦れ女扱い!? ちょっと君、辛辣すぎやしませんか!?」

 

 

一体、桃髪のメイド——自身のことをラムと呼んだ彼女の中でどんな解釈が行われたのか。赤色の瞳の温度が絶対零度まで下がり、ゴミを見るような目でスバルを見ていた。

 

ラムの中で自分という女の評価が既に地の底まで急降下してる件について、物申したいスバルである。目の前にいる先程からずっとアホ面の男をカッコいいと思わなくもないが、自分はそんな女ではない。

 

 ともかく、

 

 

「アタシがこの男……君たちがハヤトって呼んだ男に話しかけたのは、ちょっと聞きたいことがあったから。そんで、聞きたいことってのは——」

 

「ごめん。ちょっといい?」

 

 

咳払いし、ラムによって荒れた場を整えたスバル。開始から忙しすぎて疲れそうな気がしてくる彼女が話を進めようと声を落ち着かせ、それを遮ったのはエミリアだった。

 

「うん?」とスバルが反応するのを横目に、エミリアが向かうのは話の中心であるハヤト。ずっと硬直したまま、一言も声を発さない彼を不審がっている。

 

ハヤトがこうなるのも珍しい。そんな思いを抱きながらエミリアは「ハヤト?」と肩を軽く叩き、

 

 

「ぼーっとしてるけど、大丈夫? ………ハヤト? ねぇ、ハヤト。ハーヤートー」

 

 

声をかけられ、肩を叩かれても微動だにしないハヤト。「おーい!」と肩を揺さぶるエミリアが心の中に沈んだ意識を引き戻そうと奮闘。しかしあまり効果は見られなかった。

 

彼は、目の前にいるスバルのことをずっと見つめながら静止画と化している。驚愕に見開かれた双眼が緩む気配はなく、呼吸すらも停止しているのではなかろうか。

 

まさか、自分に見惚れている——なんてことを考えるスバルの心が一度だけ跳ね、

 

 

「うげぇー!」

 

 

跳ねた心を表すような勢いでハヤトが真横に蹴り飛ばされる。

 

今の状態ではまともに反応もできず、体つきの良い肉体が受け身も取れず地に伏せ、横顔強打。予兆も予感もなく、ラムが一直線に伸びる脇腹に回し蹴りを捩じ込んだのだ。

 

エミリアの反対側から入れたり、通行人がいない方に蹴り飛ばすあたり、他者への配慮はできているようだが当人への配慮はゼロ。

 

突然の行動。意識を向けるにしては乱暴すぎる打撃にスバルは「うぇぇ!?」と目をかっ開いて驚き、

 

 

「黙ってないでなんとか言いなさい、脳筋。あなたが話さないと話が進まないの。それともなに? この貞操なしの阿婆擦れ女に惚れでもした?」

 

「そんなんじゃねぇよ」

 

「ベアトリス様が泣くわよ」

 

「だからそんなんじゃねぇって。なんでアイツの話が出てくんだよ」

 

 

その反応完全に無視したハヤトとラムが、身内にしか伝わらないやりとりを短く交わした。事実、聞いたスバルは、ベアトリスという女の子がハヤトの彼女であると勝手に完結している。

 

目眩を振り払うようなハヤト。「(いて)ぇな、この野郎」とボヤきながら小さく頭を振る彼は、服についた砂埃を手早く払うと身軽に立ち上がり、

 

 

「悪かったな。ちっとばかし状況が飲み込めなくてよ。だが、もう平気だ。今ので目ぇ覚めた。ありがとよ。助かったぜ」

 

「そう。ならいいわ。とっととこの女と話をつけてちょうだい。ラム達には用事があるもの」

 

「そーだよ。早くテンの贈り物を買いに行かなくちゃいけないんだから」

 

「へいへい」

 

 

左右からの声に適当に応じ、ハヤトは疲れたような吐息。出会っただけで心を強く掻き乱された彼は、そうしてようやく目の前のスバルちゃん(異常事態)と正面から向き合った。

 

そんな彼の様子にスバルも一息。ハヤトの女扱いされたときはどうなることかと思ったが、彼の口から否定されたのなら変に心配することもないだろう。

 

修羅場エンドは回避。一安心だ。

 

 

「いや、それ以前に蹴られたことに疑念を抱こうか!? あと、アタシの第一印象が貞操なしの阿婆擦れ女で確定してる件について!」

 

「あのよ、ちょっと聞きたいことがあんだが」

 

「無視すんなよ! 君、蹴られた本人だよね!?」

 

 

何事もなかったように話を進めようとするハヤトにスバルは全く追いつけていない。

 

蹴られたハヤトも、蹴ったラムも、銀髪の美少女——エミリアも呼ばれた子も、三人が先程の出来事を過去のものにしている中、彼女だけが完全に置いてけぼりだ。

 

そこまで平然とされると、もしやコレが三人の普通なのではと思ってしまう。否、普通なわけがない。そんなことがあってたまるか。

 

色々と驚かされっぱなしのスバル。異世界召喚されたことを含めてそろそろキャパオーバーしそうな彼女の声をハヤトは「んなこたぁ、どうだっていい」と一蹴りし、

 

 

「お前……今、ナツキ・スバル、って言ったよな?」

 

 

疑うような声色で、信じ難いものを前にしたような目で、確認するように尋ねた。眉間に皺が寄る彼は僅かに前のめり、スバルの顔をまじまじと覗き込んでいる。

 

途端、距離感の近さにたじろぐスバルの背筋がピンと一直線に伸びた。近くで見るとより男らしい顔つきだと理解できてしまい、脳裏に波動拳をぶっ放す格闘家が過ぎったせいで変に緊張。

 

なぜ自分がナツキ・スバルだと確認するのか。その意味をスバルは数秒間だけ考え、結果として目の前の男が自分を呼んだのではと変な方向に想像を含まらせ、

 

 

「そ、そうだけど……。もしかして、君がアタシをここに呼んだ張本人だったりします?」

 

「そういうわけじゃないが」

 

「なんだよ。違うのか」

 

 

膨らんだ想像が音を立てて弾け飛び、がくりと肩を落とす。それもそうだ。テンプレだとラムやエミリアのようは美少女が召喚した張本人なのだから。ハヤトのような男前の権化ではない。

 

その話が噛み合った事実——それがハヤトがスバルと同じく外の世界からやってきた人間であることを裏付けているが、残念なことに今のスバルは気づかなかった。

 

 

「そうか。お前は、スバルなのか………」

 

 

望んだ相手に全く出会えず残念がるスバルに対し、ハヤトはスバルを見ながら「マジかよ」と低い声で呟く。相手に向けたものではないそれには、彼の心情が実に現れていた。

 

絶句した、と言うべきだろう。ハヤトは今、身に降りかかった現象に驚きすぎて言葉が出ない。目の前で落胆する少女がナツキ・スバル——あのスバルである事実が恐ろしい。

 

知らない。こんなの、知らない。自分の知るスバルではない。自分の知るスバルはもっと男っぽくて、声が男っぽくて、身長が男っぽくて、男っぽくて男っぽくて男っぽくて————。

 

 

「失礼な、ことを聞くが。お、お前は、その、なんだ………………………男か?」

 

 

受け止めようにも受け止めきれない事に直面し、耐えきれないハヤトは現実逃避。問われたスバルが「うぇ?」と変な声を溢すのを耳に挟みつつ、答えの分かりきった疑問を弱々しい声で投げかけた。

 

エミリアが「うそ……。分からないの?」と唖然。ラムが「流石にそれは最低よ」とハヤトとは別の意味で絶句。分かりやすく動揺する彼に向ける視線が尖って刺さった。

 

心に刺さる二人からの視線。割と本気な声でドン引かれたハヤトは「俺だって好きで聞きたかねぇよ」と、己の分かりきった失言を補強。しかし訂正する気配はない。

 

聞かなければならなかった。失礼だとは分かっていても、ハヤトには聞く必要があった。この疑問を晴らし、現実に目を向けるためにも。

 

 そんな彼への返答は、

 

 

「………え? もしかしてアタシ、そういうカンジ?こっちに飛ばされて性別変わっちゃってる!? いやいや待て待て! 確かにそのパターンも少なからずあるとは聞いたけども! 流石にアタシ自身が男になるのは聞いてない!」

 

 

三人に背を向けるスバル。

 

ハヤトの発言をどう受け取ったか。途端に焦り出す彼女は告げられた性別確認に『TS』のアルファベットが頭の中を占め、「いやでも、男なら男であの銀髪ちゃんに……」と不穏な発言。

 

が、その発言も体をまさぐったことで得た感触に散る。ちゃんと女性の膨らみはあった。十七歳女子の胸という、未発達なりにも一応は成長してくれている柔らかさが。

 

男ではなかったことに「はぁ」と、安堵の吐息。やる事を済ませたスバルはハヤト達に振り返り、

 

 

「女でした」

「そうか。野暮なことを聞いて悪かったな」

「大丈夫だぜ。アタシも気になってたし」

 

「その反応は、おかしい気がするのって私だけ?」

「ご安心してください、エミリア様。あの二人が常識から外れているだけです」

 

 

 澄まし顔で、堂々と女宣言。

 

外野二人が何か言う中、宣言を聞いたハヤトが粛々と腕を組み、瞑目しながら深呼吸。

 

視覚情報を一時的に遮断する彼は現実を受け止めるための余裕を心に作り、初っ端から原作ブレイクしてくれやがった世界を恨む。

 

ナツキ・スバルちゃん——この世界の主人公はどういうわけか、女の子になってしまったらしい。同名ということも考えられるが、同じ名前の召喚者が同時に現れるとか、そんな奇跡があるわけ。

 

これも、自分とテンがこの世界に飛ばされた事による弊害だろうか。筋書きどころか性別まで変えてしまったとは、テンが知ったらどんな反応を見せてくれるのか楽しみだ。

 

 否、そんなこと考えてる場合か。

 

 

「なっちまったもんはしょうがねぇ……。おう。そうだな。気にしたところでどうにかなるもんでもねぇし。うだうだ考えててもダメだ」

 

 

「切り替えだ!」と。

 

ハヤトは頬を一度だけパチンと叩く。乾いた音が大きく鳴り響くと、紅葉型の痕が頬に残った。結構痛い。普通にヒリヒリする。

 

そして今、ハヤトはこの一撃で心の迷いを押し殺し、驚く三人の視線を集めながら『スバル=女の子』という事実を受け止め、無理矢理にでも受け入れた。

 

驚いた。確かに驚いた。驚く余裕すらないほどに驚かされた。けれど、起こってしまったものを悔いていても何も始まらない。引きずっていたところで何も解決しない。

 

なら、起こったことを受け止めて前に進もう。後悔する暇があるなら上を向こう。

 

だってテンと誓い合った。自分達が原作を改変した先にどんな困難が待ち受けていようが必ず乗り越えてやろう、と。

 

これも、そのうちの一つだと思えばいい。

 

 

「悪かったな、スバル。ちょっと頭ん中ごちゃついてて混乱してた。だが、今は平気だ。安心してくれ」

 

「さらっと距離縮めてくるな……いや、アタシの方も急に悪かったよ。えっと………」

 

「ハヤト。カンザキ・ハヤトだ」

 

 

なんでもかかってこいの精神を取り戻したハヤトは基本的に無敵。

 

順応性が高いというよりも、深く考えずに物事を受け入れる事を可能とする今の彼はスバルに名を名乗り、「よろしくな、スバル」と笑いかけながら手を差し出す。

 

その距離の縮め方に陽キャなる者を感じたスバル。数秒前の硬直からは想像できなかった笑み——表裏のない太陽のような笑みを向けられた彼女は「え、えぇ」と少々気押されしながらも、

 

 

「よろしくね、ハヤト」

 

 

 と。

 

差し出された手に、自分の手を重ねた。

 

握ると、様相通りの逞しい手だと変な感想を抱き。思えば男の子とまともに手を握ったのは初めてかもしれない、なんてことも考えたりして。

 

そう思った途端、凄まじい羞恥心が胸の奥から込み上げてくる予感がした。目の前の笑顔に流されていた人慣れしてない自分の気持ちが、頬の内側をじわじわ熱する気がした。

 

多分、ハヤトからすれば単なる挨拶の一環なのだろう。彼からすれば、今のは普通のことなのだろう。けれど今、その普通がスバルの心に理由の分からない安心感を齎している。

 

なんだろう。この男の傍に居れば、なんか大丈夫な気がしてきた。右も左も分からない異世界召喚だけど、いける気がする——そんな気持ちすら芽生えさせるほどの安心感。

 

 あぁ、これが主人公というやつか。

 

 

「それで? 浮気男カンザキ・ハヤトはいつまで貞操なしの阿婆擦れ女の手を握っているのかしら。後でベアトリス様にご報告しておくから、そのつもりで」

 

「ハヤトって、やっぱりすごい。誰とだってすぐに仲良くなっちゃうんだもん」

 

 

邂逅の感傷を乗り越えたハヤトと、異世界初の知り合いができたスバル。互いに名乗りあった男女が握手を交わすところに、外から見ていた二人が足を踏み入れた。

 

片方は修羅場を持ち込もうとし、もう片方はハヤトという人間が持つコミュ力に関心。二つの視線を向けられたハヤトは「おぉ。それもそうだな」と優しく握った手を離し、

 

 

「んで? 俺に聞きたいことがある、って言ってたが。何の用があんだ?」

 

 

腕を組み、小首を傾げるハヤト。スバルが女体化した件について無理やり飲み込んだ彼に乱れはなく、目の前の異常な光景を受け入れると話を巻き戻す。

 

邂逅のインパクトがありすぎて忘れかけたが、始めはそれ。何の用があって呼び止めたのか思い当たる節がありすぎて分からないが、何かしら聞きたいことがあって彼女が自分を呼び止めたのが始まり。

 

ならば、色々と心の整理がついた今、再び初めに戻る。

 

言われたスバルも思い出したのだろう。心に生じた安心感を拭いつつ「それなんだけど」と、頭の中に具に浮かび上がった疑問のどれから投げかけようか考え始めた。

 

聞きたいことは山ほどある。こうして考えている間にも次々と浮かんでくる。その中で、一番聞かなければならないことはなんだろうか。

 

 

「俺に答えられることなら答えるぜ」

 

 

悩むスバルを前にハヤトは待ちの体勢。エミリアが買い物に行きたくてうずうずしてきたことも、ラムが面倒そうにため息をついたことも、今の彼の意識下には入っていない。

 

彼の意識の全ては今、ナツキ・スバルに向いている。ずっと会いたかった人物と出会えて密かに興奮しているのに加え、性別が変わったとなれば彼が彼女のことに専念するのは当然の話。

 

スバルのことを屋敷に連れて帰ろうとしている事も加味すれば、ハヤトの意識が彼女だけに集められてしまうのは必然的であり、

 

 ——最大の失態であった。

 

 

「ーーーっ!」

 

 

不意にエミリアの後方、人混みの中から小さな声が上がる。四人の中の誰にも届かない声が世界に弾けた瞬間、それは起こった。

 

妙な気配を感じ取ったラムが無意識に振り返ると同時、人混みの中を縫うようにすり抜けた一陣の風が四人の間——正確にはハヤトとエミリアの間を吹き抜ける。

 

その時、既に事は済んでいた。風がエミリアのローブの中へと侵入、中から物体を奪い取ると異変を悟らせる間も無く離脱し、風が四人の間を吹き抜け切った。

 

ほんの一瞬。一秒にも満たない早業だった。

 

 

「エミリア様! 徽章のご確認を!」

「まさかーー!」

「マジッ。ここでかよ!」

 

 

予兆も予感もない出来事が過ぎた途端、三つの声が上がる。残る一人が状況の把握が掴めずにいるが、気にする余裕などない。

 

最も早く声を上げたのは細めていた目を見開きながら風の行方を目で追うラム。コンマ数秒遅れたのは風が入り込んだローブに手を入れるエミリアと、自分がやらかしたと理解したハヤト。

 

三人の反応が一気に入り乱れ、一人何が起こったのか理解できないスバルが「え? え?」と困惑。ただ、金髪の少女らしき子が真横をすり抜けたのは何となく見えた。

 

 それが犯人であると、三人は知っている。

 

 

(わり)ぃ、スバル! 迎えに行くからそこにいてくれ! 話はまた後でだ! お前ら、追うぞ!」

 

「脳筋が変な女に気を取られてるからよ! この落とし前は屋敷に帰ってからつけてもらうから覚悟しておきなさい!」

 

「全責任を俺になすりつけるか!?」

「当たり前でしょう。ポンコツ用心棒」

「言いやがったな!」

 

「言い合ってないで追いかけるの! あの徽章が無くなっちゃったら……!」

 

 

 把握は刹那、判断は一瞬。

 

血相を変えたハヤトがスバルの肩をポンと叩きながら会話を一方的に断ち切って駆け出し、追いかけるエミリアとラムが彼と並走。事態が起きてから数秒と経たない今なら風の背中も少しは見えると、追いかけ始めた。

 

その様子があまりにも鬼気迫るものだったのか、周囲の人間が厄介事に巻き込まれるのは嫌だと言わんばかりに道を開けた。焦る様子がないことから察するに、案外、このような事態は日常茶飯事なのかもしれない。

 

開ける視界、その先に風の正体、金髪の少女がいる。

 

 

「お願いだから止まって!」

 

 

 狙いは一瞬。

 

エミリアが正面に右腕を突き出し、直線上にいる少女に氷の塊を放った。大人の握り拳程度の塊が弾丸の如く射出され、疾風の如く疾走する足を物理的に止めにかかる。

 

何かあったらとりあえず物理で解決しようとするエミリア。同じく物理で解決しようとするハヤトを真似たのが彼女の選択肢を絞り、街中であることを考慮した威力控えめな弾丸が少女に直撃——。

 

 

「速っ!? なにあの子!?」

 

 

瞬間、地を蹴り上げた少女が一気に加速。正しく風のような勢いで駆け出す小柄な体が兎のように跳ね、放たれた弾丸をも突き離しながら三人から凄まじい速度で離れていく。

 

常人ならば消えたと錯覚する足の速さにエミリアが驚愕し、息を呑む。ラムが懐から杖を取り出して魔法展開の挙動を見せる頃には時既に遅し、横道に跳ねる少女は薄暗い路地に姿を消してしまった。

 

数秒して三人が少女が逃げ込んだ路地に入る——少女の姿は既に消え、痕跡一つ残さず逃げられた三人は血の気が引く。

 

勿論、やっちまったと言わんばかりのハヤトもその中の一人であり、

 

 

「やべぇぞ。おい。アレを盗られたとなりゃ、怒られるとかの次元じゃねぇよ」

 

 

 完全に、やらかしたハヤトである。

 

 






スバルちゃんに気を取られすぎて見事に徽章を奪われるという、完全にやらかしたハヤト。彼はどうやって失態を挽回するのか。

さて、ここから上げていきますよ。

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