貧民街の洗礼を軽々しく跳ね除け、一撃で沈んだ男たちから盗品蔵の場所を聞き出したハヤトとラム。
二人は休憩していた広場から歩くことおよそ十分。真っ直ぐ進んでいた道の終点に辿り着き、貧民街の中でも一際目立つ建物——盗品蔵らしき建物がある場所に辿り着いていた。
「防壁を背にした一際でかい建物……。おん。多分、コレのことだよな」
「そうでしょうね。蔵、と呼ばれる意味が分かったわ。……小汚い場所」
徐々に建物の影が伸び始めたのを感じつつ、二人は目の前にある建物を見上げる。見上げた先には、平屋でボロ屋ではあるものの、それなりに規模のある建物が壁沿いに鎮座していた。
とても大きな建物だと思う。大きさとしては、この付近にある小さな家屋五つ分。故郷の建築物で例を挙げると、コンビニと同じ程度の大きさ。この大きさならば、駐車場込みの大きさでもいい。
王都の防壁を背にするそれは貧民街の奥深く、文字通りその最奥地にひっそりと佇んでいた。
周囲の建物と比較したときの差は一目瞭然。盗品蔵の場所を吐かせた男が「見ればすぐに分かる」と言っていた意味が分かった気がする。
「で? 中に入って徽章があるか確かめるけど、どうやって確かめるの?」
目的地に到達、いよいよ本格的な戦闘になるかもしれないラムが視線を盗品蔵からハヤトへ。自分の中でこれからの動きは発案されているが、とりあえず隣の男に指示を仰いだ。
仰がれたハヤト。腕を組みながら「んーー」と喉を低く唸らせる彼は数秒だけ沈黙。考える間を空けると「うし」と組んだ腕を解放、斜め掛けで背負う大剣の鞘を下ろしながら、
「正面突破」
「バカ。初めから殺り合ってどうするの。そんなんだから脳筋はいつまで経っても脳筋なのよ。バカ」
「二回言うな」
脳筋な作戦を提示したハヤトの手を止め、ラムは下りかけた鞘を元の位置へ。予想していた通りの案を投げかけられるとは、聞いた自分が間違えであると悟らされる。
鞘を下ろそうとした行動から察するに、そのまま抜刀するつもりだったのだろう。身の丈程の刀身である都合上、背負った状態では抜刀が不可能という理由から、抜刀の際は一度鞘を下ろす必要があるのだ。
強引に聞き出す案が即座に否定されたハヤト。予想でもしていたのかと聞きたくなる反応速度で拒否された彼は「おぉ、悪い」と、若干気押され気味。
「じゃぁ、お前はどうしたい?」と聞き返し、
「なるべく平和的に進めたいわね。向こうが
「さっきみたいに毛嫌いされてなかったら、俺の中にもその考えはあったと思うんだがな」
話し合いができる状態なら、ハヤトだってそうするのが一番だと思う。ラムの言う通り、初めから刃を振るう必要などない。むしろ、振るわない方が良いに決まっている。
が、その考えはこの数十分間で砕け散ったハヤトだ。話し合いで盗品蔵の場所を聞き出そうとした結果、結局は実力行使になったのだから。どれだけ嫌われているのかなんて、思い知っている。
優しさは要らない。排他的な対応をしてくるのなら、弱肉強食だということを教えてやるだけ。そっちがその気なら、というやつだ。
「それでも、よ。まずは話を聞くところから始める。それでもダメなら好きに暴れるがいいわ。……ラムが懐から杖を取り出した瞬間が、その時だと頭に叩き込んでおきなさい」
「………分かった。なら、お前に従おう。さっきは俺に従ってくれたしな」
貧民街の住民の対応の悪さを確実に根に持っているハヤト。煽り耐性がマイナスに極振りされているため沸点が低い男ではある彼だが、ラムの言葉には素直に従った。
あまり納得してない感が隠しきれていないが、友人の言葉に耳を貸す程度の冷静さはあるらしい。「その時までは、じっとしてるよ」と浅く息を吐き、気持ちを切り替える。
そうして方針が平和的解決に決まると、二人は動き出した。盗品蔵の扉に近づこうとするラムを軽く手で制するハヤトが「俺がやる」と小さく呟き、
「おい。ちょっといいか」
木製の扉を数回ノック。
想像したより鈍い音が静かな貧民街に響くが、応対する声が中から返ってくる気配はしない。変わらず、静かな雰囲気がハヤトとラムを包んでいる。
鈍い音だと内側に反響する音量も小さく、もしかしたら聞こえなかったのかもしれない。
なら、もう一度。今度は扉の奥にいるであろうデカい老人の耳にも届くように力を込めてノック。扉が壊れない程度に力を加減して、俺の声を聞けと言わんばかりにうるさい声で騒いだ。
「おい!! ちょっといいか!!」
怒鳴り、叫ぶ。
エミリア陣営の誰もが満場一致で「うるさい」と耳を塞ぐ声が爆発するような勢いで轟く。この静寂を一気にぶち壊す大音量は、きっと遠くにいる住宅街にも聞こえているだろう。
彼と付き合いの長いテンですら今だに「耳がキーンってする」と嫌がる大声だ、間違えない。加えて、扉を叩く音が連続して立つオプションが追加されたともなれば、中の住民が反応するのは必然。
故に、ハヤトの背中を見守るラムがうるさそうな表情をしながら耳を塞ぎ、
「——やっかましいわぁ!! 合図と合言葉も知らんで、叫び散らかすでない!! 儂の耳をぶっ壊す気か!!」
その真横を、吹き飛んだハヤトが通過した。
▲▽▲▽▲▽▲
貧民街に轟く怒鳴り声の結果は、突然に勢いよく開いた扉によってハヤトがぶっ飛ばされることで形となる。耳を塞ぐラムのすぐ真横を、ノックの体勢のままハヤトが通り過ぎた。
しかし、ぶっ飛ばされ慣れたハヤトからすればこの程度のアクシデントは慣れっこ。特に姿勢が崩れることなく足裏から地に着地し、吹っ飛んだまま後方に流される体を踵のブレーキで止める。
体が勝手に反応したハヤト。体勢を上手く整える彼は、直撃の威力が意外にも強かったのか、「いってぇなテメェ!」と鼻に手を添えながら扉の方向を鋭く睨んだ。
その先には、扉の奥から出てきた人物がいる。
「なんじゃ、お前ら! どこからきた! なにしにきたんじゃ! 人が一休みしてるところにギャーギャー叫びおって! 礼儀知らずも甚だしいわい!」
「一回目で返事しねぇテメェが
「脳筋、落ち着きなさい。さっきの話をもう忘れてしまったの」
ぶっ飛ばされて頭に一気に血が上ったハヤト。ラムと話した内容が一時的に薄れた彼が扉を押し開いた張本人に詰め寄り、前に立ち塞がったラムに片手で制される。
自分の体でハヤトを無理やり止めたラム。背中に彼の圧力を感じる彼女は彼が睨む正面を見る——大柄で頭が寒そうな老人がこちらを睨んでいた。
一目見て不衛生だと分かる様相。身につけた上着は体の背面部は隠せているようだが、正面は肩しか隠せておらず人肌が大きく露出気味。鼻をつまみたくなる異臭を放っているのは、多分アレだろう。
その衣服の下——正面が肩しか隠せない衣服から露出した肉体は中々に筋肉質で、筋肉自慢のハヤトとは比べものにならないほど二の腕が太くゴツい。というか、全体的にデカくてゴツい。
明らかに普通の人間じゃないサイズ感。二メートル近くあるのではなかろうか。そのせいで、口調から察せられる年齢と反して一切の弱々しさを感じさせない強靭さがあった。
その老人を、ハヤトは知っている。
「高貴なメイドに大剣背負った野蛮な男………。盗品取り返すように依頼された貴族共の犬か! どうやってここを知った! お前らの依頼主は誰からここを聞いた!」
ハヤトとラムを見てどう判断したか、顔を真っ赤にしたゴツい老人が徐に盗品蔵の中に手を伸ばす——次の瞬間、その手に握られた物体を視野に入れたハヤトとラムの目に臨戦の二文字が強く宿った。
おそらく扉に立てかけてあったであろうそれは、老人の身の丈、その半分程度の長さを誇る棍棒。直撃すれば間違えなくホームランされてしまいそうな純粋な凶器。
この老人が普通の老人で、棍棒の規模が普通の老人の身の丈の半分程度なら、二人が目を目開くこともなかった。
けれど、
「でけぇ……!」
その棍棒は、身長が二メートル近くある巨大な老人の半分程度の規模。ハヤトの大剣よりもリーチがあり、加えて打撃としての威力は申し分ない。
あの巨体だ。おそらく、小枝のように振り回してくるのだろうと予想するのが妥当。
「ラム! 話し合いとか言ってる場合じゃねぇ!」
「つくづく話が合わないものね。——面倒だわ」
後方に跳ね飛ぶ二人の眼前を掠めた棍棒にハヤトが怒り浸透に叫び、ここに来てから誰一人として話が合わない現状にラムが憂鬱なため息。
その二人を執拗に付け狙うのは老人が手にした棍棒だ。二人を貴族の使いだとでも判断したであろう老人が盗品蔵に届いた盗品を守ろうと戦闘体勢に入り、後退する体を押し潰さんと追い回す。
「ちょろちょろ逃げ回りおって! 答えろ! お前らは何を取り戻しに来た!」
「取り戻しに来たのではなく話を聞きに来ただけよ。ラム達を貴族の犬と罵ったことは不問にしてあげるから、少しだけ落ち着いてくれないかしら」
「抜かせ、小娘。そんな物騒なモン背負った男連れてほざくでないわい!」
なるべく穏便に済ませたいラムが振られる棍棒を紙一重で避けながら語りかけるも、老人は聞く耳を持たない。「俺がやる!」と割り込んだハヤトとラムが前衛と後衛を交換するのを正面に、凄まじい剣幕で襲いかかった。
そのハヤトの身には既に黄金色のヴェール、即ち陽属性魔法『アクラ』の使用を表す覇気が纏われている。過度な使用は解除時に大きな反動を呼ぶ身体能力強化の魔法が、彼の輪郭を覆うように帯びていた。
——戦闘が、始まる。
「食らえい!」
ラムが後方に下がると同時、二人の間に割り込んだハヤト目掛けて老人が棍棒を思いっきり振り下ろす。下がった彼女から標的を変え、目の前の男に狙いを定めた。
落ちてくる棍棒の速度は尋常ではない。重さ十キロは下らない鈍器を小枝のように振るうのは、その体格が故だろう。直撃は重度の被弾を意味する老人の獲物だ。
迎え撃つはハヤトの大剣。今度こそ肩から下ろした彼の相棒が納刀された状態で、落ちる棍棒と鈍い音を強く響かせながらかち合う。
刀身が鞘に包まれているのは、ハヤトが目の前の老人を殺したいわけではないことの現れ。扉が顔面に強打して頭に血が上りながらも、彼の頭には冷静の二文字が残っていた。
「小僧、やりおるな!」
「伊達に毎日、殺されかけてねぇんでなッ! テメェこそ、なんつー怪力してんだよーー!」
一度、二度、三度。
怪力自慢の両者が己の得物をかち合わせる。互いに力でゴリする者同士、単純な力比べが始まっていた。衝突する度に得物を握る腕から伝わる反動が振動として両者を揺らし、小規模な衝撃波が戦場を取り巻く。
老人が上から振り下ろせば、ハヤトが下から振り上げ。老人が右から薙ぎ払えば、ハヤトが左から薙ぎ払い。鈍器と鈍器が至近距離で殴り合う。
互いに拮抗——否、ハヤトが老人の滅茶苦茶な攻撃に自分の攻撃を合わせているのだ。異常な速さで振られる棍棒は確かに速いし重いが、追いつけない速さではないし受けれない重さじゃない。
加え、一振り一振りの全てが大振りすぎる。貧民街の喧嘩で培ったぬるい挙動を見切る事など、今のハヤトには容易い。
神速のように速く、ドラゴンのように重いロズワールの一撃に比べたら随分とゆるく見えた。否、あの化け物を基準にするのはおかしい。
「この、焦ったいわーー!」
続く乱打戦に痺れを切らした老人が動く。
打っても打ってもびくともしない山のような不動を保つ真剣な顔つき、それを無理やり崩してやろうと一歩踏み出し、かち合いの反動を怪力で押さえつけながら一直線に棍棒を突き出した。
線の打撃から点の打撃。大気を押し除けながら突き進むそれは、大剣を横に大きく振り切ったハヤトには防ぐ手段などない致命の一撃——、
「っらぁ!」
直撃間近。
腹部を打ち抜くはずだった棍棒が、軌道を変えて真下に叩き落とされる。柄を手放したハヤトの片手が渾身の力を以って振り下ろされ、握りしめた裏拳が眼前に迫った被弾の未来を強引に捻じ曲げた。
叩き落ちた棍棒が落下地点に埋まったのは棍棒の重さが故か、あるいは強化したハヤトの怪力が故か。なんにしても、「なんじゃと!?」と驚愕の声を上げる老人の懐にハヤトが入り込むのには十分な隙。
片手に次いでもう片方の手からも柄を手放したハヤト。握力から解放された大剣が放られる中、埋まる棍棒を足裏で強く踏みつける彼は地面と棍棒を一体化させ、一時的に老人の武器を使用不可にさせると、
「はァーー!」
「おぉう!?」
たっ、と。
ハヤトの足元から小さな砂埃が上がった瞬間、踵が地を蹴り上げる音が老人の鼓膜に反響。直後、躊躇なく懐に入り込んだハヤトの掌底が胴を確実に捉え、強靭な腹筋の間に深々と突き刺さる。
殺意を宿していないとはいえど、アクラの力を重ねた打撃。あのロズワールですら無防備な直撃は深傷を意味するそれが一般人——とは言えないが、ロズワールよりも遥かに格下の者に直撃したとなれば。
どうなるか。
「ぐぉ……」
衝撃が腹部から背部へと突き抜け、経験したことのない威力に老人の口から肺の酸素が一気に吐き出された。内臓をも潰してしまいかねない一撃に堪らず膝をつく。
懐に入り込まれたと認識した時には既に遅く、防御姿勢すらまともに与えられなかった。棍棒を地面から抜く力が容赦なく奪い取られ、全身から戦う力が情けなく抜ける。
蹲り、この身を蝕み続ける激痛の根本に手を当てる老人。食いしばった歯の隙間から苦鳴を漏らす彼は、表情を苦痛に歪めながら顔を上げ、
「小僧ぉ……、何者じゃ」
堂々たる佇まいのハヤトを睨む。
蹲る老人に対して彼は呼吸一つ乱していない。あれだけの猛攻を全て受け止めていながら、まだ余裕そうな表情。否、実際に余裕なのだろう。あの男は、本来の力の半分も出していないはずだ。
その様子に、老人は力の差を思い知らされたような気がした。この男は自分よりもずっと強いのだと、分からされたような気分になった。
纏われていたヴェールを風と共に消失させるハヤト。使い慣れた『アクラ』ならば無詠唱でスイッチのオンオフを切り替えられるようになった彼は、魔法使いとして割と凄いことを軽くやってのけると、
「ちったぁ、頭ぁ冷えたか」
言いながら、老人の眼前にしゃがむ。睨む老人の目を覗き込むように超至近距離で見つめ、
「俺たちは、話が聞きたい、っつってんだ。戦うために来たんじゃねぇよ。爺さん」
初めにラムが言った言葉を投げかける。その彼を見ながら老人が「おぉ?」と低く唸り、遠くで大剣を回収するラムが怠そうに吐息した。
▲▽▲▽▲▽▲
「なんじゃ、おぬしら。客なら初めからそう言わんか。おかげで胃のモンが出かけたわ」
「ロム爺が先走ったんだろうが。初めから俺らはそう言ってるよ」
「食われる前に食え、が貧民街の鉄則。その
「まぁ、襲われたな。おかげでここの場所を聞き出すことができたが」
盗品蔵の主——自分のことをロム爺と呼ぶがいいと名乗ったロムの誤解が解けたハヤトとラムの二人は、やっと盗品蔵に足を踏みれることができていた。
盗品蔵は、簡単に説明するなら酒場のような構造。広々とした空間に三人がけのテーブルが三つ置かれ、部屋の片隅に小さなカウンターが構えられている。戸棚が壁際に置かれていたりと、内装はRPGでよく見かける酒場の他にない。
その向こうにはひび割れた木箱が置いてあり、カウンター奥で客の相手をする蔵主でも座っていたのだろうと推測できる。
カウンターの上には商品と思われる小壺や武器等が無造作に並べられ、統一感のないそれらは恐らく貧民街の人たちが街から盗んできたものだろう。
「んでよ。誤解も解けたことだし、早速だが本題に入らせてもらう」
カウンターに備え付けられた来客用の固定椅子に座り、ハヤトは頬杖をつきながら話し始める。その正面、カウンターを挟んで目の前にいるロム爺が木箱に座りながら酒を飲んでいた。
因みに、ハヤトの右隣にラムが軽く腕を組みながら立っている。警戒心は解かないつもりなのか、注意深く盗品蔵内を見渡し中。
ともかく、話し合いの場は整った。「なんじゃ?」と真剣な表情を作りながら聞き返してくるロム爺に、ハヤトは「あのよ」と同じく真剣な表情で前置き、
「ここに、小さい宝石が埋め込まれた徽章はあるか?」
「これぐらいのなんだが」と、ハヤトは人差し指と親指を開げて大体の大きさを表現。自分の知識が正しければ、原作に改変が生じていなければ、夕刻前の今なら無いと言われるのが妥当だろうと思う。
確か、フェルトが徽章を持ってくるのは日が暮れてからだったはず。因みに、エミリアが一人でここに辿り着くのも日が暮れてからだ。巻き込まないようにするなら、それまでに決着をつける必要がある。
話に引き寄せられるラムが二人に視線を向ける中、ロム爺は「んーー」と難しい顔をしながら顎に手を当て、
「いや、悪いがそんなモンは持ち込まれておらんぞ」
言われた直後、背中のラムの気が緩むような雰囲気をハヤトは感じ取る。自分とテンとレム——ラムと親しい仲でなければ絶対に察することができない微弱な変化が、彼女に訪れた。
敢えて触れないハヤト。彼もまた、奪われた徽章がまだフェルトの手の中に有ると知って安堵。この部分に関しては変わりないことに握っていた拳から力が抜ける。
二人して密かに安堵。そんな二人のことなど知らないロム爺は「じゃが」と声を潜め、ニヤリと口角を釣り上げると、
「今日はこの後、持ち込みの約束があってな。前もって上物と聞かされておる。お前さんが言った徽章とやらの可能性も十分にあるじゃろうな」
「そりゃ、フ……金髪の少女から聞かされたことか?」
「なんじゃ、盗ったのがフェルトだと知っておるのか」
危うくフェルトの名を言いかけたハヤトが咄嗟に訂正。ノリと勢いで口を滑らせることが多い彼は静かにファインプレーを見せるが、その甲斐なくロム爺の口から今回の主犯の名を告げられる。
しかし、今ので確定だ。エミリアの徽章を盗んだのはフェルトで、盗まれた徽章はまだ彼女の手の中。つまりは、ここで待っていれば探さずとも向こう側からやってくるということ。
やっとこちらの描いた展開に持ち込めそうな二人。嬉々とした感情が漏れて頬が少しだけ釣り上がるハヤトが「まぁな」と、満足そうに頷き、
「それが分かればいい。俺らは、ここに徽章があるかどうか知りたかっただけだ」
「買い取るつもりか?」
「奪い返へぶっ!?」
「そんなところよ」
またしても口を滑らせかけたハヤトの脇腹にラムの手刀が炸裂。危うく「奪い返すつもりだ」と簡単に言ってくれるところだった男の体があっさりカウンターに崩れ落ち、ラムが澄まし顔で失言を塗り替える。
危ない。本当に危ない。誰が素直にこちらの思惑を言えと言った。そんなことを言ったらこれまでの全てが台無しになってしまう。
尤も、今回は未然に防げた。
自分に膝をつかせたハヤトが一撃で沈む光景に驚き、ロム爺は「お前さんも、大変じゃのぅ」と労いの言葉をかけて「飲め」とグラスを差し出している。
様子から察するに、不審に思われてはいない。
戦闘面に関しては頼り甲斐があるが、今のような話し合いの場においては危なっかしいハヤト。良い意味でも悪い意味でもノリが良い彼は、差し出されたグラスに顔を近づけ、
「なんだこれ?」
グラスいっぱいに注がれた琥珀色の液体——アルコールの匂いからして酒。度数は不明だが、酒好きのハヤト的には嫌いじゃない匂いだ。
以前、ロズワール邸の住民だけでちょっとした宴会をした時、横にいるラムと飲み比べをして完敗した記憶が脳裏を過ぎるハヤト。
最終的に寝落ちした日。テンに担がれて自室に運ばれた夜を思い出す彼は、テンも酔ったエミリアとレムにめちゃくちゃ擦り寄られて大変そうだったなぁと思いながら、
「……酒か?」
「この儂に膝をつかせた小僧は、お前さんが初めてじゃ。称賛の意を込めて一杯くらい飲ませてやろう」
「だから飲め」と気前よくロム爺はグラスを差し出す。表裏の無い表情を浮かべる爺さんは、案外良い人なのかもしれない。ただちょっと、格好とか雰囲気がアレなだけで。
その雰囲気も嫌いじゃないハヤト。元より酒好きな彼は「じゃあ、いただくぜ」とグラスを手に取り、一気に喉の中に流し込む。程よい熱が喉を通り抜けると、鼻からアルコールの香りが抜けた。
「おん。普通に
聞き込みをして喉が渇き、軽めの戦闘を越えた体には沁みる酒に「ぷはぁ!」と吐息。グラスをカウンターに置いたハヤトが、見ていて気持ちのいい笑みを弾けさせる。
その飲みっぷりにロム爺が「良い飲みっぷりじゃの」と楽しそうな声色で一言。それから負けじと手に持ったグラスの中身を一気に飲み干し、
「お前さん、名はなんという?」
「ハヤト。カンザキ・ハヤトだ」
「そうか。では、ハヤトよ。もう一杯どうじゃ?」
「いいのか? じゃ、遠慮なく」
早くもロム爺と打ち解け始めたハヤト。互いに名を名乗り合うとその親睦は更に深まる気配を漂わせ始め、二杯目を促す手に飲み屋にいる気分でハヤトが便乗している。
が、自分たちは徽章の有無を聞きに来たのであって飲みに来たのではない。流れで二杯目に移ろうとするハヤトの手を「ちょっと」とラムは止め、
「飲みに来たんじゃないんだけど。主目的を忘れないでちょうだい」
「いいじゃねぇか。せっかく注いでくれんだし」
「ダメよ。今ので終わらせなさい。まさか、ラム達の置かれた状況を忘れたわけじゃないでしょう?」
酒に呑まれる彼氏を抑制する彼女のようなラム。ノリの良さが悪い方向で影響しそうだと思った彼女はハヤトの欲を強制的に差し止め、赤色の瞳がキッと彼を睨んだ。
こうでもしないとハヤトは止まらない。彼は、見た目通りの大雑把で適当な性格なのだから。この後に戦闘が控えていることを知っていても、彼は自分が止めなければ飲むだろう。
しかし、今回は一言で止まってくれた。「わーったよ」と渋々といった具合で従う彼は「悪いな、ロム爺」と差し出されたグラスを返す。
「おっかない女じゃな。ハヤトの女か?」
「おぞましいことを言わないで。脳筋の女になるくらいなら、舌を噛み切って死んだ方がマシよ」
「そこまで言うか。……ロム爺、コイツはただの親友だよ。それ以上でもそれ以下でもねぇ」
先程のやりとりは、ロム爺からすればそのような関係に見えたのだろう。全く的外れな予想を口にされれば、流石のラムもゾッとする。
二歩程度、物理的な距離を取るラムにハヤトが苦笑。彼としてもラムとの関係が親友路線に確定した今、彼女をそのような目で見ることはできない。可愛いとは思うが、好きには繋がらないのだ。
「そうかい。ま、好きにしろ」とロム爺も納得。ニヤニヤした表情が全てを物語っているが、酔ったジジイに絡むのも面倒だとラムは思ったのだろう。
「脳筋」と。ハヤトのことを呼ぶと彼の首根っこを掴み、
「一旦、出るわよ」
「あ? なんで?」
「いいから」
聞きたいことを聞けたラム。この場にいるといずれ厄介な事になることを知っている彼女は「え、ちょ」と言う困惑の声を無視しつつ、出入り口に向かって一直線。
強情な態度を見せるラムにハヤトは流されるがまま。体勢が崩れないようにバランスをとりながら一歩ずつ下がる彼は、ラムが止まらないことを察すると、
「悪い。ロム爺、また後でな!」
一言。
「おぉう。またの」と軽く手を上げてくるロム爺に手を振り、盗品蔵から出て行った。
▲▽▲▽▲▽▲
盗品蔵から出る頃には、日もかなり傾いていた。今はまだ夕刻には入っていないようだが、あと一時間もすれば空は橙色に染められるだろう。
そんな頃に盗品蔵の扉を潜った二人。ひとまずの目的を達成したラムはハヤトを外に連れ出し、連れ出されたハヤトは首根っこを掴まれたままだ。
そこから少し移動。何を考えたのか分からないが、盗品蔵の周囲にある無人の平屋——その中の一つにラムは我が物顔で足を踏み入れると、掴んでいた首根っこをようやく解放。
雑な連れ出し方に首を絞められていたハヤトが「急になにすんだよ」と咳き込むが、彼女はそれを無視して、
「しばらく、ここにいるわよ」
声を潜め、ラムは静かに語る。
開いた扉を静かに閉める彼女は近場にあった椅子に腰掛けると、窓があったであろう場所から盗品蔵を見張るように眺め始めた。
息を潜めるラムの唐突な様子の変化に、呼吸を整えたハヤトの声が釣られるように自然と静まると、
「なんでだ? 別に、
大剣が納刀された鞘を肩から下ろすハヤトが静かに床に置き、テーブルとして使用されていたと思われる家具に寄りかかりながら一息。
なぜ、わざわざこんな薄暗い住居に移動したのか。なぜ、息を潜めるのか。彼にはよく分からない。折角ならあの中でロム爺と酒を飲みながらフェルトを待とうと思っていたのに。
そんなハヤトの適当な心を察したラム。心底呆れる彼女は「なにも分かってないのね」と、首を小さく横に振り、
「あのまま中にいても盗人——フェルトとかいう少女には逃げられてお終いだわ。流石のラムも、あの足の速さには追いつけないと思う」
「なんで逃げられる?」
「ラム達は盗人に顔を知られてるもの。徽章の持ち主の近くにいた人間があの中で待機してると知れば、取り返しに来たと思って逃げるのは当然でしょう」
「ちょっと考えれば分かるでしょ」と。そう言葉を閉じるラムにハヤトは「あぁ」と納得。手の平に拳をポンと打ち付ける彼は、確かに彼女の言う通りだと思った。
自分が物を盗んだ相手、その近くにいた人間が行き先にいる——警戒して逃げるのは必然的だ。逃げ足を武器とする盗人を生業とするのなら尚更、無駄な戦闘は避けたいはずで。
ラムはそこまで考えていたのか。そんなことを思うハヤトが「なら、ここからどうするよ」と肩を軽く揉みほぐしながら問いかけ、
「決まってるわ」
ここから行動は、既にラムの中で確定している。
頭脳において隣の男が頼りないことを改めて自覚する彼女は、盗品蔵を見つめながら言った。
「——盗人が来るまで、隠れて待つ」