——時は少し、遡る。
「じゃ、また後でな! 行くぞ、ラム」
場面は、ハヤトとラムが徽章を探すべく貧民街へと駆け出したところ。その二人と別れたエミリアとスバル、依代の中にいるパックの二人と一匹の視点。
二人と別れたエミリア達の行動は一択。今にでも泣き崩れてしまいそうな緑髪のおかっぱ頭——十歳にも満たない少女の下へ。
絶対に迷子。そんな確信を持ちながらエミリアとスバルは少女に近づく。近づいてきた二人組に少女の目が希望に光るが、それも一瞬のもの。
近づく影に母親が自分を見つけてくれたと思ったのだろう。勘違いし、希望と絶望が一瞬にしてひっくり返る感覚に一度は輝いた瞳が陰る。
「探してた相手じゃなくてごめんね。お父さんとお母さんは? はぐれちゃったの?」
しゃがみ、少女と目線を合わせるエミリアがニコリと微笑みながら優しく話しかける。頬からぽろぽろと雫を落とす少女を安心させようと頑張り、目を合わせた。
が、逆効果だった。話しかけられた途端、我慢の糸がプツンと切れたような勢いで少女がついに泣き始める。ずっと感情を堪えていた堤防がエミリアの声に崩壊し、どっと心に押し寄せてしまった。
焦るエミリアだ。「え、あ、えっと……お姉ちゃんはあなたに何もしたりしないから」と冷や汗を一雫だけ頬に滴らせ、怯える少女にどうしたらいいかおたおた。
こんな時、
不思議と、目の前にいる少女とずっと前の自分——彼を一時的に失った時の自分が重なるエミリアは、自分が泣いていたら彼は自分にどうしてくれたかと不意に思い出し、
「ひとりでよく頑張ったね。怖かったよね。寂しかったよね。でも、がんばれてえらいえらい。すごーく、いい子」
きっと、彼ならそう言いながら頭を撫でてくれる。
そう思いながらエミリアは少女の頭に手を伸ばした。上からだと怖がらせてしまうと思うから、側面から全体を包み込んであげるように。それから、抱擁するように柔らかく撫で下ろした。
こうされると、自分は安心する。どんなに怖くても、寂しくても、不安でも、そんな気持ちが一気に吹き飛んでしまう。
「でも、もう大丈夫。お姉ちゃんがぜったいにお母さんに会わせてあげるから。はぐれちゃったお母さん、見つけてあげるから」
だから、エミリアは自信満々に言った。
安心させる相手を前に己が弱々しかったら、変に不安にさせてしまうだろう。
その辺に関してはハヤトを見ているとよく分かる。彼の、常に自信満々な態度を一貫するところに触れていると、思い知らされるのだ。
「——はい、お嬢さん方ご注目ぅ! ここに取り出したりますは、一つのギザ十にございます」
女神なエミリアに力を貸すのがスバルという女。
エミリアの真っ直ぐで純粋な優しさに「なにこの子、聖母なの?」と心の中で思う彼女は二人の間に手を割り込ませ、人差し指と親指でつまんだギザ十に視線を集める。
エミリアの優しさに触れた時点でだいぶ泣き止んではいた。彼女の思いが伝わったのかは知らないが、頭を撫でられて「ぁ」と小さく声を溢した途端から落ち着きそうな様子は見られていた。
そこに畳み掛けるスバル。エミリアが安心させてくれた今、意識を別のことに向けて不安を取り除こうと考え、
「これを、このようにぎゅっと握りつぶしてやります。よーく見ててな。今からあっと驚くことが起こるからね」
一つ、手品を披露。
少女の視線だけでなくエミリアの視線までも惹きつけた彼女は、何が起こるのか分からずにこちらを眺めてくる二人を見ながら拳の中に隠したギザ十を強く握りしめる。
掴みは好調。目論見通り拳に視線が集まったところでスバルは「すると、あら不思議」と拳を開く——数秒前に握られていたはずのギザ十は忽然と姿を消していた。
「あれ? どこ行っちゃったの?」
あったはずの物が無いことに驚くエミリア。
紫紺の目をパチパチさせる彼女は、なにか、自分が知らない魔法でも使ったのだろうかと思う。その目の前では、考えていることは違えど成された事実に驚く少女がいた。
見事、手品を成功させたスバル。意識が手の平に釘付けになったところで彼女は少女の髪に手を伸ばし、
「これがナツキ・スバル流、超お手軽瞬間移動マジック。なんと、消えたコインはこんなところにありました」
そっと中に入り込んだ髪の中から指が出てきたとき、その指には消えたはずのギザ十が摘まれていた。
始めは手の中にあったそれが、スバルの魔法によって少女の髪の中へ。ネタを理解できれば誰でもできそうなマジックだが、この世界ではそのような芸当は珍しいらしい。
「わぁ!」と驚きに驚きを重ねる少女の目はギザ十に更に釘付けになり、その瞳に不安の色は見られなかった。迷子から完全に意識を逸らせたようで、一安心である。
暇つぶし程度に学んだ手品が異世界で活躍することになるとは予想外だが、そのお陰で少女の曇った表情が晴れた。
「これを君にあげよう。世界にたった一つしかないから大切にしてね」
笑み、スバルは言葉通りに世界で唯一のギザ十を少女にプレゼント。子どもというのは純粋なもので、受け取ったら「ありがとう!」とスバル以上に笑ってくれた。
さらば、アタシのギザ十。そんなことを思うスバルに少女は「大事にするね! こわい目のお姉ちゃん」と一言。
不意を突かれたスバルのスマイルが微妙に崩れつつも、二人は少女と手を繋ぎながら母親を探しに行くのだった。
▲▽▲▽▲▽▲
探し続けて早三十分。
広い王都を土地勘のない二人組が少女を連れて歩き回った結果、無事に母親を見つけることができた二人だった。
意外、というべきか。割と早く見つかったとスバルは思う。
自分の現在地がどれほど大きな街なのかは曖昧だが、どれだけ長く歩き回っても街並みに途切れないことから察するに、とてつもなく規模が大きいのは確かなこと。
探すのにもう少し苦労するだろうと思っていた。少女が最後に親とはぐれた場所を重点的に歩き回っていたから探索範囲は限定的なものだったけれど、広いことに変わりはない。
正直、助かった。スバルとしては母親捜索中に会話が途切れないようにするので必死だったし、少女を挟んで隣を歩く女の子——超絶可愛いエミリアに意識が変に引っ張られるせいで今だに心臓がうるさい。
何度も言うが、異性なら確実に一目惚れしていた気がする。銀髪美少女とか、自分の好みにブッ刺さりまくり。異世界マジ天国である。
「なにか、お礼をさせてください」
スバルの心事情はともかく、無事に少女と母親を再開させた二人に少女の母親はそんなことを言ってきた。聞けば、主人が果物屋を営んでいるようで。言葉ではなく形としてお礼がしたいらしい。
断る理由は特にない。徽章はハヤトとラムに任せているからか、心に余裕のある二人は二つ返事で頷き、ご婦人の背中についていった。
——そして、現在。
「……これが、リアル美女と野獣」
少女と手を繋いだご婦人の背中を追いかけること二十分、二人はご婦人の主人——カドモンと名乗った男が店主をしている果物屋に到着していた。
出会って一発目から結構失礼な発言をしたスバルに「あ? なに言ってんだ、姉ちゃん」と返すカドモン。
その男はボディービルダーかとスバルが思うほどに屈強な体格をしていて、顔面に刀傷が残る強面。格好も見事な完成度を誇る腹筋が大っぴらに露出したもので、正面から見たら上裸と変わらないだろう。
色々な意味で、日本ならば即刻逮捕されそうなカドモン。その奥さんが美形というだけあって、苦笑いのスバルが放った『美女と野獣』という言葉に拍車がかかっている。
「なんでこの二人を連れて来たんだ? うちのお客さんか?」
「そうではないけど。迷子になったこの子を見つけてくれたんですよ。だから、そのお礼がしたくて」
カドモンと奥さんが、美女と野獣かどうかは置いておくとして。
自分の妻が連れてきた二人を見ながらカドモンは腰に抱きついてくる我が子の頭に手を添えつつ問い、二人に手をやりながらカドモンの妻は簡単に今までの経緯を説明。
それだけでカドモンは理解した。「そうだったのか」と二人に背を向けると、振り返った時にはその手に袋詰めされた果物がぶら下げられていた。
「大事な売り物なのに、いいんですか?」
「お前さんらは娘の恩人だからな。危ないところを助けてもらったんだ。これぐらいはさせてくれ」
袋詰めされた果物を見るエミリアの顔に少しばかりの困惑が混ざるが、笑顔を浮かべるカドモンは気前がいい。その顔面だと笑っても怖い、とは口が裂けても言わない隣のスバルだ。
差し出された袋を受け取る彼女が袋の中を覗いて、思ったより少ないな、と思うが。そんな事など他の人たちは知らない。
彼らの視線は今、エミリアに近づく少女に向けられている。
「おねーちゃん、はい!」
近づき、少女がエミリアに手渡そうとしているのは赤色な花の飾り物。髪に飾るもよし、服に飾るもよし、どこに飾っても綺麗に身につけられそうな装飾品だった。
人から感謝の意を込めて贈り物をされるのは、これで二回目なエミリア。瞬間、不意に一度目の贈り物をされた日——『人生初の贈り物記念日』と勝手に名付けた日のことが思い出される。
あのときは、飛び上がってしまいそうなくらい嬉しかった。感情に流されて泣いてしまったほどに。
「娘なりのお礼だと思います。もらってあげてください」
その日のことが脳裏に過り、意図せずに唇が綻んでしまうエミリアに少女の母親が一言添える。特に断る理由もないだろう、エミリアは「ありがとう」と笑いかけながら受け取った。
受け取ったそれを胸に飾れば、迷子騒動は一件落着。時間にして約一時間の戦いは幕を閉じることになる。
となれば。自分たちもハヤトとラムの後を追うように貧民街に行くわけだが、
「アタシ、ここに来たの初めで土地勘とかゼロだから貧民街の場所とか知らないけど、君は貧民街の行き方とかって分かる?」
「え? …………あ」
目的を本筋にスイッチしたスバルがなんとなく懸念したことを投げかけ、不意に投げかけられたエミリアが小首を傾げて硬直。
その反応からして、分からないらしい。スバルは異世界召喚されたてホヤホヤ。エミリアはエミリアで今回が初めての王都。二人とも別々の理由で王都に対する土地勘ゼロな事実が今、判明した。
やらかした。そう思うスバルは「マジかぁ」と小さくため息。てっきり分かるのかと考えていたが、淡い期待だったことその考えが散る。
勝手に期待されたエミリア。額に手を当てる彼女は今、「二人に聞いておけばよかった……」と後悔の真っ最中。
言われてみれば分からないことに気づく。あの時はこの少女を助けることだけに意識を向けていたから、他のことなど意識下に入ってこなかった。
そうじゃなかったら、先に貧民街に向かった二人に場所を聞けたものを。
「なんだ、お前さんら。今から貧民街に行くのか?」
そんなとき、二人の様子を見たカドモンが声をかけた。店の前にいられると商売の邪魔だと思う心がないわけでもないが、娘の恩人ということもあって対応は手厚い。
予想していなかった方向からの援護射撃の予感に、声の方向に顔を向けるスバル。その表情が困ったものに変わっていたことにカドモンが顔を顰めると、彼女は「ちょっとな」と前置き、
「金髪のすばしっこい女の子に物を取られちゃってさ。今から取り返しに行くんだよ」
「金髪のすばしっこい女の子だぁ? そりゃ、フェルトのことか?」
「あの子のことを知ってるんですか!」
スバルの予感が的中。
顎に手を当てるカドモンの発言にエミリアが食いつくと、額に当てた手を離した彼女は顔と声を上げ、体勢が僅かに前のめりになる。
決して迷子の少女に意識を注いだことを悔いているわけじゃないが、二人に聞いておけばよかったと思ってしまうエミリアからすれば願ってもない吉報。
ハヤトといい、ラムといい、カドモンといい。自分の周りには頼りになる人が多いなと思うエミリアの目が期待に輝くと、カドモンは娘を預けて再び買い物に出かけた妻を見送りながら「ああ」と、
「貧民街じゃ有名だ。流石に、住んでる場所までは知らねぇがな」
木箱にどかっと腰掛け、カドモンは「俺も少し前に、軽くリンガを盗られちまったよ」と憎たらしそうに話す。なんでも、通り過ぎるついでに盗られたようだ。
眉間に皺を寄せて厳つい顔面に激怒の情を宿らせたことから察するに、嘘ではないらしい。お陰でスバルとエミリアの心に「こわっ」と思わせている。
尤も、彼の肩に乗っかって遊ぶ娘がいるから、それも完璧に相殺されてしまっているが。
ともかく、
「あの、貧民街の行き方って分かりますか? 私もこの子も分からなくて……教えてくれると嬉しいです」
エミリアが縋るように問う。
自分もスバルも分からないのなら人に聞いて探し出すしか方法がなく、盗人の名前が分かる目の前の人なら知っているかもしれないと望みを託した。
託されたカドモン。足を組む彼は肩に乗りながら「わー」とはしゃぐ娘の声を横目に、スバルとエミリアの二人をまじまじと見つめ、
「貧民街の行き方くらい教えてやってもいいが、女二人で行くにしちゃぁ、あそこは治安が悪いぞ? あと一時間もすれば日が落ちるし、荒事慣れした輩が多い」
「できれば行かないほうが身のためだと思うが」と、カドモンは強めに忠告。この状況、彼からすれば無防備な女性二人が治安の悪い貧民街に行くと思えて少々気掛かりだ。
二人をまじまじと見てから言ったのが証拠だろう。側から見てもエミリアとスバルは戦闘力がなさそう見えるのに加え、当然の如くエミリアとスバルは女だ。
スバルは、女だ。
「その辺に関しちゃ、ノー問題」
そんなスバルがカドモンの懸念を真っ向から弾き返した。歯を見せて笑う晴天スマイルな彼女は、「お?」と小首を傾げるカドモンに親指を力強く立てたグーサインを突き出し、
「
「その自信がどっから出てくるのか俺には分からねぇが。……そうなのかい、隣の嬢ちゃん」
「ううん。なに言ってるのか全然分かんない」
根拠のない自信がスバルの中からふつふつと湧き上がり、まだ未証明なそれに爆発的に闘志が燃え上がる。未証明というだけで可能性がゼロではないことに興奮し、一人ではしゃいだ。
対して二人からの対応は冷ややかなもの。カドモンが確認するようにエミリアに視線を移し、エミリアは真顔で意味不明だと首を横に振る。それから、一人で勝手に燃え上がるスバルを無視して、
「心配してくれてありがとうございます。でも、どうしても行かなくちゃいけないんです。それに、心強い人たちが私にはいるから大丈夫です」
言いながら胸元の結晶石——パックが居る依代にエミリアは手を添える。きっと、彼女には彼の声が聞こえたのだろう。「うん。すごーく頼りにしてる」と小さく微笑んでいた。
頼りにしてるのは彼だけではない。先にハヤトとラムが向かっているのだ。変な輩に絡まれたとしてもなんとでもなるだろう。それに、自分だって戦えないわけじゃない。
隣のスバルはともかく、今の発言でカドモンにも感じ取れるものはあった。真剣味を帯びるエミリアの目を見る彼は「んーー」と喉を低く唸らし、
「なら、別にいいんだが。気をつけて行けよ?」
「これだけ言ってもまだ心配してくれるあたり、おっちゃんってば、超いい人だな」
「よせやい。俺が場所を教えたせいで、ぶっ倒れたお前さんらが貧民街から出てきたとなりゃ、夢見が悪くなっちまうだけだ」
と。
自分の世界から帰ってきたスバルの言葉を軽く受け流しながら、最終的に貧民街の場所を優しく教えてくれたのである。
▲▽▲▽▲▽▲
貧民街の場所を教えてもらえば、二人の移動はスムーズだった。分からないなりにも所々に立ててある標識を見て現在地を確認しながら街中を進み、目的地へと順調に進む。
その道中、
「そういえば、まだちゃんと君の名前を聞いてなかった気がするの」
エミリアが標識を見ながら先導する中、その横に並ぶスバルがふと思ったように問いかける。ハヤトから『エミリア』と呼ばれていたからそれだとは思うけど、直接彼女の口から聞きたかった。
名を問われたエミリア。流し目でスバルを見ていた彼女は、視線を前に向けるとしばし沈黙。その態度に「また、やらかしたか!?」とスバルは内心で焦った。
自分がハヤト達に名乗った時のような気まずい沈黙。人の心も女心も読めないコミュ障が発揮、聞いてはいけないことを聞いてしまったのではと思い、
「私は………エミリア。ただの、エミリアよ」
その思いも、紡がれた銀鈴の声に打ち消される。視線を向けず、愛想のない雰囲気ではあったけれど。
言い方に若干の抵抗の気配があったような気がしなくもないが、触れるのはやめておこうと思うスバルだ。
名前を聞けたのなら良しとする。名前の前に「ただの」とつけるあたり、もしかしたら家名がないのだろうか。否、エミリアが異性というわけでもあるまいし、下の名で呼ぶことに変な抵抗はない。
ない、はず。
「そっかぁ。エミリアちゃんかぁ。良い名前だね」
呑気に言いながら隣をついてくるスバルにエミリアは無反応。久々に誰かを下の名前で呼んだスバルの鼓動が激しいビートを刻んでいるのも知らず、彼女は前を向いたまま。
それから訪れるのは沈黙。名前を聞いた自分の反応にこれといった反応を示さないエミリアの様子を伺うように黙るスバルと、前を向いてから流し目すらしなくなったエミリア。
歩く足は止まらないが、会話は完全に止まってしまった。数秒後、その沈黙に変な罪悪感を感じたエミリアが「そういえば」と言葉を紡ぐ。
「勢いで流しちゃってたけど、スバルってハヤトに何の用があるの? わざわざ追いかけて来たってことは、すごーく大切なことなの?」
ふと思ったようにエミリアは問い、スバルに視線を移した。今の沈黙を嫌い、無理やり会話の流れを作った形だ。
初めは迷子にしか意識が向けられてなかったから無視していたが、やることを終えて落ち着けた今、冷静になって考えればよく分からない。
なぜ、自分はこの女の子と迷子の母親を探すことになったのか。良いことをしたいと語っていたのはなんとなく耳に入ってきたけれど、根本的な理由がそれだけとはとても思えないエミリアだ。
とすると、一番初めに語っていたこと——スバルがハヤトに用があることが彼女の行動原理だと思う。でなければ、そもそもの話として自分たちを追いかけてきたりしないはず。
なら、用とは一体なんなのだろう。まさか、ハヤトに気があるとか。
「何の用、ね。そうだな………」
そんなエミリアの疑問にスバルは悩み始める。自分が『ハヤトに気がある(かもしれない)女の子』としてエミリアに見られているとは知らず、それらしい理由を頭の中で作り始めた。
正直な話、あの場に置いて行かれたくなかった感情が一番。異世界に来て初めての知り合いになってくれたハヤトから離れることに、底知れぬ恐怖を感じてしまったから。
尤も、そんなこと素直に言えるわけない。言ったら確実にドン引きされる。なら、それ以外にそれらしい理由とすると、
「アタシの……故郷の知り合いに似てるかもしれないから、かな。なんとなく、既視感があるというかさ。それに……多分だけど、ハヤトはアタシと同族な気がする」
「それ、さっきと同じこと言ってるし、答えになってないような気がするけど」
それはきっと、スバルがハヤトを追いかけて来た理由だと主張するエミリア。同じ答えが返ってきた彼女は目を細め、そんな彼女にスバルは「十分答えになってるよ、エミリアちゃん」と指を鳴らし、
「アタシと同族だと思うから、ちょっと聞きたいことができちゃったんだよね。エミリアちゃんとかには分からなくても、ハヤトにならアタシの言うこと、分かってくれることもあると思う」
言われる言葉にエミリアは一瞬だけ言葉を失う。失ったのは、言ったスバルの表情が妙に真剣なものだったから。
カドモンの前で啖呵を切っていた時のスバルとは大違いだと思う。常に空元気な笑顔をばら撒く女の子——スバルに対してそんな第一印象を抱いていたエミリアには、想像がつかなかった表情。
事実、スバルは今、割と真剣だ。自分と唯一同じく黒髪で、黒目で、自分が見慣れた日本人の顔をしているカンザキ・ハヤト、その青年が自分と同じ出身地だという疑心が彼女の中にはある。
根拠はない。けど、なんとなくそんな気がする。雰囲気が違うというべきか、この世界で見てきた中の誰よりも彼は自分が感じ慣れた空気を纏っているのだ。
「だから、聞かなくちゃいけない。アタシが思ってることをハヤトに言わないと……多分、いや、絶対に後悔する気がするんだ」
「ま、気がするだけなんだけどね」と、スバルは苦笑い。疑心の範囲から抜けない彼女はイマイチ確信が持てず、全くの見当違いな可能性があることに僅かな焦燥感を覚える。
これで見当違いだったら、結構な勢いでヘコむ自信がある。あれだけ必死に呼び止めて、迷惑をかけて、当てが外れるとか、色々な意味で笑い話にすることもできない。
できれば気のせいであってほしくない。僅かな可能性にも縋りたいのがスバルの現状なのだから。右も左も分からない異世界召喚に、路頭に迷うのだけは嫌だから。
「そーなんだ。なら、私も頑張らなくちゃ」
ハヤトに望みを託しているスバルの横でエミリアが奮起。貧民街へと続く路地に入る最中、不意に拳をきゅっと握りしめた。
百パーセント自分の都合なのにどうして彼女が頑張る必要があるのだろう。そんなことを思うスバルが「なんでエミリアちゃんが頑張るの?」と小首を傾げると、「だって」と彼女は前置き、
「この一件が終わらないと、スバルはハヤトと落ち着いてお話できないでしょう? だから、頑張るの。スバルもあの子のお母さんを見つけるの手伝ってくれたんだから、当然のお礼よ」
それに関しては完全にハヤトに言われれるがままだったスバルだが、エミリアとしては筋が通っているらしい。お礼として成立しているのか曖昧なそれを、彼女はお礼だと言い切っている。
自分が勝手に参加したことに恩を感じているのか、どうなのか。スバルには分からないけれど、真横にいるやる気に満ちる表情が可愛いということは一瞬で分かって「優しいのね」と一言。
そんな時だ、
「ちょっと待ちな、そこの姉ちゃんたち」
不意に、物陰から姿を現した三人の男が道を塞いできたのは。