少しでも望む未来へ   作:ノラン

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色々と状況が二転三転しますが、感情論で動くハヤトの制御係がいないせいだと解釈してください。





闇よりの襲撃者

 

 

 

「ラムに、考えがあるわ」

 

 

如何にして盗品蔵に突入しようかとハヤトが考えているとき、その提案はラムの中に浮上した。ただ突撃するだけではダメだから、意識を釘付けにするような突撃の仕方をしなければならないと考えて。

 

声に反応したハヤトが見たラムの口元は、悪戯に歪んでいる。口角を小さく上げながらうっすら笑みを浮かべ、彼の目の前で「名案よ」と胸を張り、

 

 

「意識を逃走から逸らせばいいのでしょう。それなら簡単」

 

 

妙に自信満々な態度で言い切った。

 

ハヤトがドアを蹴り破る以外の突入方法の模索に四苦八苦している中でも、彼女の秀才な頭は最適解を導き出したようで、迷いが晴れたような微笑を一つ溢す。

 

一体、その表情の裏でどんな名案を考え抜いたのかハヤトには分からない。自分が想像もつかないことを思いついたとしか分からない。

 

ただ、その笑みに嫌な予感を感じたのは確かなことだった。幼顔の余韻が残る顔立ちに悪戯を仕掛ける子どもの表情が混ざる彼女に、ハヤトの心は自然と身構えている。

 

 

「その考えとは?」

 

 

わけの分からない予感を感じつつ、ハヤトは名案の詳細を問う。目前に迫る戦闘に興奮し、内に秘める高揚感が爆発しかける己を自制しつつ彼は腕を組んだ。

 

そんな彼にラムは浮かべた笑みを深めると「決まってるじゃない」と一言。音もなく伸ばした手でハヤトの胸ぐらを強く握り締め、突然の行動に「は?」と漏れる声を聞きながら、

 

 

「こうするのよーー!」

 

 

 瞬間。

 

気合いの声と一緒に大柄な体が小柄な背に乗り、胸ぐらを掴んだ手に全ての力を注ぐラムがハヤトを思いっきり背負い投げた。

 

その華奢な体のどこに自分を投げる怪力を持ち合わせている——なんてことを考える間もなくハヤトはぶん投げられ、凄まじい速度で超低空飛行する感覚を味わいながら盗品蔵の扉を貫通。

 

一直線に飛ぶ感覚。背に受ける衝撃。反転した世界で見えた度肝を抜かれたフェルトとロム爺の顔。

 

様々な情報が一気に頭の中への雪崩れ込み、その中で彼は思った。勢いを殺せず背中から壁に埋まりながら思った。

 

 

 ーー嫌な予感、ってコレのことだったか

 

 

 と。

 

あと、背中がバカみたいに痛い。

 

 

 

 

☆☆☆☆☆☆☆

 

 

 

 

結果、二人の目論見は成功した。

 

顔を知られている以上、相手との戦いを避けることは不可能だと踏んだラムによって成された名案。荒々しすぎるやり方ではあったが、盗品蔵にいた二人の意識を釘付けにし、見事に呆然とさせている。

 

始めに退路を断ち、その上で『逃げる』という選択肢を相手の意識下から消すために予想外な登場。そして戦闘開始宣言を告げる。

 

 完全にラムの作戦通り——、

 

 

「じゃねぇよ! なにが作戦通りだ! なにしやがる、ラム! 普通に背中(いて)ぇんだが!」

 

 

陥没した壁の中から飛び出る荒い声。捨て駒じみた扱いを受けたハヤトが青筋を立てた様子で叫び、片手に携えた杖をフェルトたちに突きつけるラムを軽く睨んだ。

 

何が作戦通りだ。単に自分がバカみたいに投げ飛ばされただけじゃないか。推しの前でかっこ悪い姿を堂々と晒しただけじゃないか。お陰で、フェルトが可哀想な人を見る目で見てくる。

 

その様子こそがラムの作戦が成功したことを裏付けているが、今のハヤトは気にならない。背中が痛かったり視線が痛かったりと、開始早々からめちゃくちゃだ。

 

怒り気味なハヤト。体を捩る彼が埋まる壁から頑張って抜け出すのを横目にラムは正面——突撃直後で呆然とするフェルトとロム爺をキッと睨み、

 

 

「必要以上に事を荒立てるつもりはないわ。できれば、不要な血が流れる前に返してほしいのだけれど」

 

 

「無視すんなよ!」と、ハヤトの声が上がるのを無視しながらラムは杖を握る手に力を込める。戦闘は避けられないと踏みながらも慈悲の心を口にし、密かに照準を定めた。

 

照準を定めたのは、二人にかける慈悲が無駄であると理解しているからだ。そう言われて返すような輩だったら、初めからこんなに苦労していない。

 

 

「その徽章はあなた達のような盗人風情が簡単に扱える代物じゃない。徽章の関係者以外が持っていると外に知れれば、無事では済まないわよ。ラム達が奪い返すよりも悲惨に目に遭うことになる」

 

 

だから素直に返すなら今のうちだと、半ば脅迫程度に冷たい声で語る。戦闘を前提に突撃した割には優しい言葉をかけ、相手が呆然としているにも関わらず攻勢に出ることはしない。

 

呆然とする二人の意識が自分に向いている今、彼女は事を穏便に済ませられないかと考えていた。口では「戦闘不可避」だと語っているが、一欠片程度の優しさがあるから容赦なしに襲えないのだ。

 

なら、せめて言葉を交わす意味が無いと断言できるまでは杖を振るいたくないと思い、

 

 

「っざけんな! これはアタシが盗ったモンだ! 返して欲しけりゃ、金を払いやがれ! 盗まれた方が間抜け。ここじゃ、それが基本なんだからな。憎むなら、あの姉ちゃんとあんたら自身を憎め」

 

 

 その考えが、散った。

 

かなりの暴論だが、言い方からして貧民街では当たり前のルールなのだろう。加害者ではなく被害者が悪いから金を払えとは、中々に図々しいことを平気で言ってくれるものだ。

 

言葉を交わす意味なし。

 

状況を理解したフェルトのナイフを構える姿を見てラムは悟った。初動で得られた呆然の余韻も抜け、睨み返してくる少女に言葉は届かない。

 

カウンターに置いた徽章を懐に入れながら座る椅子から降り、床に足をつける彼女の姿勢は前傾姿勢——飛び出す予備動作と判断していいだろう。

 

ならば仕方ない。始めに考えた通り、強奪させてもらおう。そんな風にラムはため息をこぼし、杖を携える腕に脳から攻撃開始の合図が走る——。

 

 

「ラム。お前、あとで覚えてろよ」

 

 

 寸前。

 

横から割り込む声と身に受けた弱い衝撃に、伝達されるはずの指示が途切れる。声と衝撃の方向は同じ右側で、流し目で確かめると自分の横に並ぶハヤトが肩を小突いていた。

 

壁の破片が服に付着しているが、特に目立った外傷は見られない。余裕そうな態度で肩を回す様はいつも通りに元気そう。

 

流石、ロズワールに殴られ続けて頑丈に育っただけはある。肉体的にも精神的にも打たれ強い彼は、壁に埋まるほどの力でぶん投げられても見事なまでの無傷。

 

打撃には人並み外れた耐性を持つハヤト。過去にドラゴンと対峙したとき、その一撃が直撃しても壊れなかった鋼の肉体を持つ彼は「あー、痛かった」と、付着した木の破片を払い落としながら、

 

 

「今は見逃してやるが、一段落したらぶん投げ返す。この痛み、忘れねぇぞ」

 

「でも、そのお陰でラム達にとって理想的な構図が完成した。差し迫った状態で導き出した案にしては、良い案だったとラムは思うけど」

 

 

「違う?」と澄ました顔で言ってくるラムにハヤトが「違ぇわ」と苦笑まじりにため息。彼女が色々な意味で乱暴なのは今に始まったことではないが、流石に投げ飛ばされるとは思わなかった。

 

普通、投げ飛ばすという思考になるか。意識を根こそぎ向けるからと言っても、常人の思考回路ならそうはならないはず。もっと優しい方法が他にもあった。絶対に。

 

できることなら今すぐにでも投げ飛ばしてやりたい気分。しかし、今は彼女と言い合ってる場合ではないからあとで百倍にしてやり返すとして、

 

 

「で? どうするよ。そっちが素直に返す気がねぇなら、そうするしかねぇが」

 

 

「やるのか?」と。

 

ラムの隣に並び立つハヤトが堂々とした態度で煽り、拳を軽く握る。背負った大剣も、ベルトのフックにぶら下げたナックルも装備せず、無手の状態で脅す。

 

途端、あからさまに雰囲気を変えてくる彼の姿勢にフェルトとロム爺が息を呑む。言葉とは裏腹に、こちらを見据える双眸に敵意や戦意といった感情が宿っていないにも関わらず、自然と身構えさせられた。

 

理由はきっと、彼が無意識に発する不可視の闘気。目の前に立つ青年の背後から凄まじい量の闘気が波のように押し寄せ、あの男がヤバいことを本能的に察しているのだ。

 

 ——ただ、その態度から戦意と敵意が感じられないのがラムにとっては気がかり。

 

 

「まさかとは思ったが、この徽章の持ち主がハヤトだったとは……。これは、ちっとばかし厳しいわい。とんだ厄介な相手を連れてきてくれたもんじゃな、フェルト」

 

「なんだよ、ロム爺。ケンカやる前から怖気付いてんじゃねーよ。らしくねーこと言いやがって。こんな奴ら、アタシら二人でぶっ倒してやろうぜ」

 

 

カウンターを乗り越え、自分の横に並んでくるロム爺の弱気な発言にフェルトが噛み付く。敵意を剥き出しにした赤色の瞳でギロリと二人を睨みながら、得物の調子を確かめるように刃を見た。

 

その真横。普段から頼りになるロム爺の手には相棒と呼べる棍棒が握られているが、その姿は珍しく頼りない。額から冷や汗を垂らす姿は稀で、付き合いの長いフェルトですら見るのは初めてだ。

 

心なしか、巨人族特有の巨体が徐々に萎縮していくように見えるロム爺。戦意喪失気味な彼は目の前の二人に対して挑戦的なフェルトに「それなんじゃが」と前置き、

 

 

「あの二人がここを訪ねたとき、儂が誤解してあの男——ハヤトに襲いかかったんじゃが……」

 

 

そこから先を語る口を止め、ロム爺は黙り込む。元から言い難そうな様子だった彼は棍棒を握る手に震えるほどの力を込め、悔しげな苦鳴を喉の奥で低く鳴らした。

 

勿体ぶるロム爺にフェルトが「なんだよ?」と視線を向ける。直後、視界に飛び込んだ彼の苦痛に歪む表情に目を見開き、今までで見たこともないそれに出かけた言葉が喉に詰まった。

 

悔しさに悔しさを重ねた表情。心の底から何かを悔いていると思わせるそれを浮かべ、ロム爺は重たい口をゆっくり開き、

 

 

「儂は………ハヤトに完封された」

 

「はぁーー!?」

 

 

告げられた敗北宣言に驚愕し、フェルトは思わずあんぐり。不本意にもロム爺の態度に説明がついてしまった瞬間、信頼する老人の言葉を聞いた自分の耳を疑った。

 

物心ついたときからずっとロム爺が負けるところなんて見たことがないフェルトからすれば、今の発言はとてもじゃないが信じられない。

 

あのロム爺が誰かに負けることなんて、あり得るはずがなかったのだから。自分の中でロム爺は最強で、誰よりも強く信頼できる人なのだから。

 

 

「ロム爺が……完封? に、兄ちゃん……それ、ホントなのか? アンタがロム爺を、完封、したのか?」

 

「おう。したぜ。どんだけ馬鹿力だろうが、俺に勝つには百年早ぇ」

 

 

恐る恐る問いかけた返答にフェルトの表情が戦慄に凍りつく。自信満々な声色で言われた衝撃はそれなりに重く、彼女はハヤトに対しての警戒心を限界まで引き上げた。

 

当たり前だ。ロム爺とハヤトとでは常日頃から戦っている相手も、経験している戦闘も違う。

 

ロム爺が常日頃から戦っているのは貧民街に住むチンピラで、経験している戦闘はケンカ。対するハヤトが常日頃から戦っているのは世界有数の化け物(ロズワール)で、経験している戦闘は殺し合い。

 

同じ戦闘でも懸かっているモノがまるで違う。故に、戦闘で得られる経験値の差がありすぎる。

 

 その上、

 

 

「ただの完封ならまだマシなんじゃが。生憎と、手を抜かれた状態での完封じゃ。あの若造は儂が本気を出しても勝てるような相手ではない」

 

「おいおい。自信持って言えることじゃねーぞ、ロム爺。アタシよりもずっと強いロム爺が勝てねー相手って……、どーやって勝つんだよ」

 

 

「若いのによくやるわい」と歯軋りしそうなロム爺に対し、フェルトは戦闘開始直前にして雲行きが怪しくなってきた現状に戦慄。

 

少しずつ込み上げる焦燥感にじりじり身を焦がされ、自分たちが追い詰められていることをようやく理解した。今、かなりヤバい。

 

この状況、どうやって切り抜ける。

 

退路を完全に塞がれているから逃げようにも逃げられず、この狭い空間では自慢の足も最大限の力を発揮できそうにない。加速するには相手との距離が短すぎる。否、そうでなくても逃してくれるとは思えない。

 

なら戦う——手を抜いた状態でロム爺を完封する相手にどうやって勝てと。加えて、彼の隣に居る桃髪のメイド、自身のことをラムと呼んだ存在も厄介そうだ。

 

戦力差がありすぎる。なにをするにもその壁が立ちはだかるせいで、考えること全てがダメになる。切り抜ける以前の問題、無事に生きて帰れるかどうかすら怪しい。

 

 つまり、八方塞がり。

 

 

「それでも………!」

 

 

 アタシは、戦う。

 

経験したことのない強敵を前に加速する鼓動を敵意で黙らせ、フェルトは強く言った。自分が掲げる目標に達するにはこの依頼の成功は絶対条件、この徽章は意地でも依頼主に届けてやる。

 

こんな依頼、きっと二度とない。ただ物を奪うだけで聖金貨十枚だなんて、そんな美味しい話など舞い込んでくるわけがない。だから、必ず成し遂げなければならない。でなきゃ自分は、

 

 自分は————。

 

 

「アンタらがどれだけ強かろうが、アタシには関係ねー。このゴミ溜めから絶対に出てやるって決めてんだ。邪魔されてたまるかよ」

 

「フェルト………」

 

 

並々ならぬ覚悟と意思を瞳に宿し、高まる戦意を握る刃に纏わせる。その心に秘める想いを知っているのか、不安の二文字が含まれた声を漏らしたロム爺の表情は痛ましげだ。

 

今の構図、一匹の子兎が大型の熊に正面から挑むような無謀さがある——だからなんだ。自分の心はその程度では揺らがない。揺らぐことなんて、あってはならない。

 

絶望的な状況に抗う気概なフェルト。その様は、普段からハヤトが周囲に見せる姿とひどく酷似している。何かを成し遂げるため、目の前の相手に全身全霊を尽くしてぶつかる姿勢が。

 

 ハヤトには、とても輝いて見える。

 

 それは多分、相棒の姿を重ねてしまったから。

 

 

「………ラム」

 

「ダメよ」

 

 

 一言。

 

ハヤトがラムの名を呟き、その声色だけで全てを察したラムが即座に断ち切った。先程から隣に並ぶ男の瞳から戦意と敵意が全く感じられないことは感じていたから、言いたいことは分かる。

 

刹那で断たれた会話に「まだなにも言ってねぇよ」とハヤトは反論を口にし、

 

 

「相手がその気になった時点で話し合いの場は散ったも同然。そもそも、強奪すると言った時点で交渉の場なんてありはしない。——それなのに、どうして脳筋から戦う気が伝わってこないのかしらね」

 

 

確信めいた言い方にハヤトの口が止まり、それが何よりも肯定の意を語った。

 

言い返すことができないのはラムの語ったことが寸分の狂いもなく彼の胸中を暴き、その先まで彼女の思考が到達していると知らせたからだろう。

 

 

「まさか、初めから戦う気がなかった、なんてふざけた考えしてるわけないでしょう?」

 

 

続け様に、嫌そうに目を細めて語り、尚もハヤトは黙る。黙ること自体が彼女の言葉を肯定してると分かっていても、口は開かない。彼は、目の前の二人を見て押し黙った。

 

おかしい。彼は盗品蔵に入る直前、早く戦いたくてうずうずしていたはず————否、思い返せば今日の朝からずっとうずうずしていた気がする。心の中で煮える灼熱の感情が、薄く顔に出ていた。

 

なら、ハヤトが昂る理由はなんだ。この一件が起こる前からその状態になる理由は、その意味は。

 

なにが彼を昂らせる。盗品蔵に入る前からずっと感じていた感情。ロズワールに向ける挑戦的な思いに近いそれの行き先は、一体どこだ。

 

 否、誰だ。

 

 

「俺ぁ……できることならお前達とは戦いたくねぇ」

 

 

ラムが昂るハヤトの意味を考える中、閉じていた口を開いたハヤトが心の言葉を溢した。開口一番に出てきたそれはラムの予想のど真ん中を射抜き、彼女の心に不必要な悩みを植え付ける。

 

予想的中。思考が本能寄りな彼は感情論で物を勘定することが多く、常に頭の言葉よりも心の言葉を優先しがちで。フェルトの姿勢に、悪い方向で影響されでもしたか。

 

「さっきと態度が違うけど」と、ラムは面倒そうに深くため息。これまでのよりも一段と深いそれを聞くと、ハヤトは「違わねぇよ」と真っ直ぐ返し、

 

 

「こいつらと()、戦いたくない」

 

 

床を踏む足に力を込め、携える杖にマナを集中させるラムと違い、ハヤトは仁王立ちのまま言い切る。敵意を曝け出す目標を前に、彼はあり得ない言葉を軽々しく放った。

 

ラム的にはあり得ない。が、ハヤト的には当然。

 

彼はこの後に来るであろうエルザと戦うのが楽しみなのであって、決してこの二人と戦うことを望んでいるわけじゃない。

 

確かに昂ってはいたが、誰がフェルトとロム爺の二人と戦えることだと言った。一度でも、そう思ったことはない。自分が戦意を向ける相手がその二人なわけがないだろう。

 

色々と矛盾を掠るハヤト。相手の気が戦闘一色に染まった今、戦い以外に道はないとする現状からしてその意思は相棒から託された約束を破ることを意味するが、

 

 

「確かに徽章は取り返さなきゃならねぇよ。エミリア達に任されたし。アイツにも、任せろ、って言ったしな。だが、それと戦うことがイコールってわけでもねぇだろ」

 

「言ったはずよ。話し合いの余地はないと。あの様子を見ても同じことが言えるとか、馬鹿げてる。ラムはあなたの目がそこまで腐ってるとは思いたくないのだけれど」

 

「その馬鹿げたことをするのが俺だって、お前も知ってるよな。ちょっとでいい、時間をくれ」

 

 

良い意味でも悪い意味でも絶望的な状況をひっくり返すことを可能とするハヤトには、その意思は筋が通っているらしい。強靭な精神力が、今は悪い方向に思考を加速させた。

 

自覚があるならやめてほしいとラムは思う。今の今まで話を聞いていなかったわけでもないだろうに、どうしてそんなことを平然と言ってくるのか。

 

分かりやすい感情論を持ち出されては、呆れて言葉もない。

 

 

「そこでだ。提案するぜ」

 

 

実は、フェルトと言葉を交わして推しと戦いたくない気持ちが湧いてしまったとは語らないハヤト。警戒し、威嚇する瞳に睨まれながら彼はその場から一歩だけ踏み出し、

 

 

「俺とラムが、お前ら二人から徽章を強奪するつもりで来たのは分かるよな?」

 

「分からねーわけねーだろ。なんだよ、アンタら貴族様はアタシ達のことをそんなに馬鹿だと思ってんのか? 周りの状況も理解できねーくらいの低脳だってよ」

 

「んなこと思わねぇよ。生きるために必死になってる奴を馬鹿にするヤツなんざ、クソ野郎だけだ」

 

 

言った瞬間、隠そうとしない牙を剥くフェルトの目が見開かれる。驚いたようなそれは、予想外な言葉を受けたときの反応に近い。

 

自分達のような者を見下す貴族に分類される人間にしては、随分と肯定的な発言だと思った。否定しかしてこない奴らと同じにしては、妙に感情が込められている。

 

分類としては貴族に含められるが、故郷で育てられた環境はごく普通の平民。加え、この世界に来てから過酷な環境に身を投じてきたが故に、振る舞い方が貴族らしくないハヤト。

 

貴族というよりも蛮族な彼は、杖を向け続けるラムの手をゆっくり下ろしながら、

 

 

「そうなりゃ、戦うことは避けられねぇわけだ。お前らがそのつもりなら、俺らも相応の判断をせにゃならんくなる」

 

 

「だが、俺はそれを望まない」と。言葉を付け加え、ハヤトは首を横に振る。

 

自分は戦いを望まない。初めにラムが働きかけたように、事を必要以上に荒立てるつもりはない。穏便に済ませられるならその方がいい。相手だって同じはずだ。

 

話の通じない相手なら話は別だが、この二人とはまだ話せる。慈悲を頭の片隅に追いやったラムと、敵意一色のフェルトは戦う気になってしまったが、それは彼女たちだけに限った話。

 

まだ一人、話せる人間はいる。力の差を見せつけられたロム爺の目に戦意が宿っていないのを、ハヤトは理解している。

 

 

「聞かせろ。その徽章、どうするつもりだ?」

 

 

故に、彼はフェルトではなくロム爺を見ながら言った。彼ならその辺の事情もフェルトから聞かされているだろうと予想し、戦う以外の道を作る協力を目で願った。決して、原作の知識が曖昧だからではない。

 

手加減状態のハヤトに完敗したロム爺からすれば、その提案は一つの救い。一度だけとはいえ、酒を交わしてその人間性の良さに触れた彼は、ハヤトの意思の強い目に見つめられると顎を引くように小さく頷く。

 

 

「わざわざ言ってやる必要は——」

 

「依頼主に渡すんじゃよ。聖金貨十枚と交換する話になっておる」

 

「ロム爺!?」

 

 

敢えて伝える必要もないとするフェルトに構わず、ロム爺は事情を簡単に説明。「なんで言った!」と猛反対の声が殴りつけられるが、彼は「すまんの、フェルト」と謝罪を一度だけ口するだけだ。

 

狙いは徽章ではなく、徽章と交換して得られる報酬。相手の目的が判明したところで「徽章を欲しがる相手、ね」とラムが含ませた言い方で呟くのを耳にし、ハヤトは「ならよ」と、

 

 

「今ここで徽章を渡してくれりゃ、その依頼主がお前に支払う報酬以上の金をお前にやる。だから今は、その徽章を俺に渡してくれねぇか。それならお前も損はしねぇだろ」

 

「無理やり奪えるくせに渡してくれ、だ? その上、金まで払うって? ふざけんな。つくならもっとマシな嘘をつけよ」

 

 

「アタシは、絶対に騙されない」と、自分に言い聞かせるフェルト。ハヤトの提案を嘘だと決めつける彼女は真剣な彼を鼻で笑い、

 

 

「そう言われて渡すヤツがいると思うか。適当なこと言ってアタシを騙すつもりなんだろ。アンタらみてーな口先だけは達者な貴族、誰が信用してやるか」

 

「待たんか、フェルト」

 

 

意志が固い態度を見せるフェルトの声にロム爺の声が重なり、敵意しか見せない頭にポンと大きな手が宥めるように乗せられた。

 

基本、貴族を徹底的に嫌うフェルトの心が変わることがないことはロム爺もよく分かっている。自分は彼女の、世界で唯一の理解者と自負してもいい。だから、信用できない気持ちも分かる。

 

 けど、

 

 

「儂はあの男——ハヤトの言葉を信用してもいいと思うぞ。嘘をついているようには見えん」

 

「冗談やめてくれよ、ロム爺。なんでアイツらの肩持ってんだ。そんな遠回しなことするわけねーだろ。嘘に決まってる。戦いたくねー意思を飾って、アタシらが油断したところを殺る気だぜ」

 

 

要は、その提案は「戦いたくない」と語ったハヤトの言葉に信憑性を持たせるために言ったことだとフェルトは主張している。戦意が無いことすらも嘘だと、そう決めつけている。

 

嘘、嘘、嘘。何もかもが嘘。

 

貴族に対して完璧に心を閉ざしている様子に、ラムが小さく喉を鳴らす。やはり、言葉を交わすのは無理かもしれない。初めから聞く耳を持ってくれないのだから。

 

ハヤトが戦いたくないことも、その提案が嘘ではないことも理解できるが、それはカンザキ・ハヤトという人間をよく知る者だけ。初対面の人間、まして貴族を嫌う人間に思いが伝わるはずがなかった。

 

 

「フェルト……」

 

「気安くアタシの名を呼ぶな、気持ち悪い」

 

 

 気持ち悪い。

 

哀願するように名を呼んだ瞬間、純粋に嫌がられたハヤトの胸を言葉の刃が貫通。名を呼んだのが間違えだったと言わしめる威力に「ぅ」と苦鳴を鳴らした。

 

流石のハヤトも傷つく。胸に手を当てる彼の表情がここにきて初めて歪み、同情して慰めてくるラムに「やっぱり無理そうね。元気出しなさい」と背中を軽く叩かれた。

 

ハヤトの優しさを拒絶したフェルト。積み重なった貴族に対する嫌悪感がぶん投げられたと言える場面に、ロム爺は「そう言うでない」と彼女の頭を撫で、

 

 

「確かにあの二人はフェルトが嫌う貴族じゃが、あの男はお前が思うような者ではないぞ」

 

「ロム爺ぃ。なんでそこまでーー!」

 

「あの目は、お前を見下してきた貴族の目と同じに見えるか? あの真っ直ぐで純粋な目が、口先だけの金持ちに見えるか? どうも、儂には見えん」

 

 

「ハヤトは、他となにか違う」と。

 

イラつくフェルトの声を遮り、柔らかく宥めながらロム爺はハヤトを見る。釣られてフェルトもハヤトに視線をやると、少なくとも自分が見てきたのと違うのは分かった。

 

否、だからなんだ。それが信用する理由になるとは限らない。これまでにも数多と貴族を見てきたロム爺の意見だから確かだとは思うが、この場を譲る理由にはならない。

 

 

「あの目は、儂らと同じく過酷な場所で育った目じゃ。立場こそ違えど、環境こそ違えどな。地位と権力に胡座をかき、儂らを見下す連中とは違うモノをハヤトは持っておる」

 

 

そんなフェルトに、ロム爺は言葉を紡ぐ。

 

少しでもハヤトの人間性に触れてしまった彼はカンザキ・ハヤトという男に好印象を抱いてしまい、あまり悪く思えなかった。彼は、人を見下す人格者ではないと思えてしまう。

 

事実、ハヤトは二人を貶すような発言も態度もしていない。二人が見慣れた冷たい目を、一度もしていない。初対面のロム爺にも友好的であった。先に暴力を振るったのは彼なのに。

 

加えて、フェルトの言う通り無理やり奪うことだってできるはずなのに、今この瞬間にも自分らの意識を奪うことだってできるはずなのに。盗みを働いた彼女が損をしないようにお金を払って返してもらうという、損なやり方まで提案してきた。

 

これら全てを、嘘で作られたものだと決めつけていいのだろうか。

 

 

「それにのぅ、フェルトよ。今ここで儂らが二人に立ち向かったところで、数秒で抑えられるのは目に見えた未来じゃ。あの男は——儂らとは格が違う。その覚悟と決意は否定せんが、蛮勇じゃぞ」

 

「それは………」

 

 

ロム爺に頭を撫でられ、少しは落ち着きを取り戻したフェルトが反論を刻もうとして止まる。こちらを眺める二人を視野に入れると、開いた口は言葉を紡ぐことなく閉じていく。

 

そんなことくらい、分かっている。あの二人、というよりもハヤトと呼ばれた青年が無意識に放つ闘気にビビった時点で悟った。そこにロム爺が勝てない事実が加われば、もうお終い。

 

負けることは明らかだろう。徽章を呆気なく奪われ、自分の目標が遠ざかる。弱い奴が強い奴に喰われるのは貧民街では当たり前の光景。

 

しかし、ハヤトの言うことが本当なら——。

 

 

「ハヤトは、本気で儂らと戦いたがっておらん。フェルトの言った通り、その気になれば儂らなんぞ簡単に抑えて徽章を奪うこともできただろうに」

 

「そうしないのは戦う意志がないから、ってか」

 

「そうじゃな」

 

「だから、わざわざ金まで払って徽章を渡してもらおうとしてるってわけか。アタシが損をしないよう気を遣って」

 

「そうじゃな」

 

「そんなの信じられるかよ……」

 

 

 そんな善意、この世界にあるわけがない。

 

 まして、自分が嫌う貴族にそんな奴がいるか。

 

貧民街という悪意が渦巻く環境で育ったフェルトには、ハヤトの優しさが到底理解できなかった。戦いたくない——フェルトという推しに乱暴したくないという、実にハヤトらしい想いからくる優しさが。

 

フェルトだけではない。たった一杯だとしても一緒に酒を飲んだロム爺ともだ。彼が良い人なのは()()()()よく分かるし、実際に言葉を交わして感じたから。

 

 彼は、二人に手は出せない。

 

 

「どうする? 無理やり奪い返されて何も得られないまま終わるのと、徽章を俺らに返して金貰うのと。どっちがいい?」

 

 

「どの道、徽章が手元から離れる結果に変わりねぇなら、後者の方が得だと思わねぇか?」と。フェルトが自分を信じることを信じて、ハヤトはこの先の展開を左右する二択を提示。

 

前者ならば、時間をくれたラムの気持ちが戦闘に切り替わって強奪。後者ならば、少し時間はかかるが屋敷から必要な紙幣を取ってこの場所で再び落ち合う。

 

できれば後者がいいな、と。そう考えるハヤトの服の裾をラムはちょんと引っ張り、

 

 

「そのお金、どこから持ってくるつもり? 聖金貨十枚以上なんて大金、ロズワール様にお借りするなんて言うんじゃないでしょうね」

 

「なわけ。俺の貯金から出すよ」

 

 

ハヤトの馬鹿正直な感情論とロム爺の言葉にフェルトの心が僅かに揺れつつある今、ハヤトは迷いなく自分の貯蓄を削ると言った。

 

意外だったのだろう。ラムは「へぇ」と関心が含まれた息をこぼす。てっきり「アイツと出し合う」とか言うと思っていた。だってハヤトは、面倒事を持ち込んでは自分の相棒を付き合わせる男だから。

 

 

「ラムには、脳筋が貯蓄できるような人間には見えないけど。なんせ、テンテンと真反対だし」

 

「それで間違ってねぇよ。だが、今回は別だ。使う機会がほとんどなかったしな。なんとかなるだろ」

 

 

四ヶ月間——ロズワールに使用人として雇われてから月一で払われるお給金を使ってでも、この場を戦わずに終わらせてみせる気概のハヤト。

 

多分、それで半分程度は削られると思う。希少価値の高い聖金貨十枚以上のお金を払うとなると、それくらいの出費は覚悟しておいた方がいい。

 

 

「どうだ? ——フェルト」

 

 

拒絶された名を呼び、ハヤトは赤色の瞳を一心に見つめる。彼女だけを見据えるそれは、彼女が普段から貴族に向けられる視線とは全く異なるもので、言い表しようのない温かみがあった。

 

真っ直ぐな目をしていると思わせてくる目だと思う。現に、フェルトの頭は勝手にそう解釈している。上から見下す貴族が大嫌いなのに、不思議とその姿勢に引き込まれる。

 

 

「頼む。信じてくれ。お前からすりゃ、信じれないかもしれないが、約束は絶対に守る。お前たちとは、戦いたくねぇんだ」

 

 

瞬間、ハヤトを除いたその場の全員に等しく衝撃が走った。程度の差こそあれど、目の前で起こる事に意識を奪われる。

 

 ——ハヤトが、頭を下げた。

 

腰を九十度折り、誠心誠意、信じろという意志を行動で語っている。基本的に動揺とは無縁のラムですら驚く行為は、貧民街に住む人たちからすれば度肝を抜かれる行為に違いない。

 

貴族が二人に頭を下げていることが、ルグニカという国からすればどれだけあり得ないことか。戦いたくないと言うハヤトの本気度合いを雄弁に語るそれに、何度目かの驚きだ。

 

 その理由一つで頭を下げるか、普通。

 

 

「二人がラムたち貴族を嫌うのは分かった。けど、そこにいるハヤト(馬鹿)が、あなた達が思うような貴族じゃないことは確かよ。地位も、学も、権力もない………情に厚くて強いだけの男」

 

 

「それ以外では、ここに住む人間と大差ない、ラムの友人よ。信じても損はさせない」と。何気に貧民街の人たちを馬鹿にしたラムがハヤトの意志を後押し。

 

初めは真に戦うつもりはなく、フェルトの言葉で仕方なく戦う気になり、ハヤトの真っ直ぐな姿勢に結局は戦う気が失せたラムだ。杖を懐に入れたのは、戦う意志が無いことの表れだろう。

 

 

「な? この男は、どこか違うじゃろ」

 

 

携えた棍棒をカウンターに置き、ロム爺はハヤトという男がその身に宿す美徳に小さく笑う。頭を下げる姿から嘘は感じられず、自分の目は狂っていなかったと少し安心。

 

その隣では、構えていた短剣を下ろすフェルトの姿があった。手放さないことから察するにまだ信用できない部分はあると思われるが、それも仕方ないだろう。

 

何年と過ごすうちに自分の中で形成された『貴族像』は、たった数分程度の言葉で崩れるはずがない。崩れることはおろか、ヒビ割れすら。

 

 ただ、

 

 

「頭を上げてくれ、兄ちゃん。そんで一つ、聞かせろよ」

 

 

ただ、ハヤトの言葉に揺れる心がなかったと言えば嘘になるフェルト。少し、ほんの少しだけ態度を改める彼女はつかつかと彼に歩み寄り、

 

 

「なんで、兄ちゃんはそこまでアタシに優しくしてくれんだ? もっと、すげーきつくくると思ってた」

 

 

顔を上げ、姿勢を正したとき、ハヤトの目に飛び込んできた赤色の瞳には疑念の色が宿っていた。見下されてきた様々な記憶が脳裏を駆け巡る中、今この瞬間に刻まれる記憶だけが異質で。

 

分からなかった。貴族という括りに入るはずなのに、全く貴族っぽくない人が向ける優しさが無理解だった。ロム爺以外に温かみのある言葉をかけてくれたのは、この人が初めてだった。

 

なんでだ。どうしてだ。意味が分からない。

 

 

「アタシはあの姉ちゃんから物を盗んだんだぞ? ボッコボコにされて奪い返されても文句は言えねー立場なのに、自分の金まで払ってまで戦いたくないって。どうしてそこまで……」

 

 

 ーー優しくすんだよ

 

 

言葉の最後を心の中で呟き、フェルトは口を閉じる。自分がどれだけ罵声を浴びせても酷い言葉を浴びせてこず、見下す態度を一切見せず、自分と真正面から向き合ってくれる人に真摯に問う。

 

眼前に迫ったフェルトに瞬間だけ言葉が喉の詰まるハヤト。四ヶ月の時を経てやっと出会えた少女に震える彼は、盗品蔵に突入した時から完成していた言葉を紡ごうと「それは」と口を開き——。

 

 

「ーー!?」

 

 

 どくん、と。

 

ハヤトの心臓が強く脈打つ。背後に感じた異様な寒気に総毛立ち、背筋を舐める殺意に命を狩る死神の鎌が首に触れる錯覚を起こした。鼓動が跳ねたのは、それが不意だったからだ。

 

本能が『その場にいてはならない』という危険信号を飛び上がるように叫んでいる。数々の死の経験が『勘』と成り、数瞬後に齎される悲劇を回避せんと言った。

 

 ——動け!

 

 

「ーーっ」

「わっーー!?」

 

 

 瞬間。

 

反射的に動くハヤトがラムの手を左手で掴み、残る腕でフェルトを抱き抱えながら前方に跳ぶ。跳ねる肉体が小柄な少女二人と共にその場から影を置き去りに飛び出し、

 

 その影を、鋼の刃が切り裂いた。

 

 

「兄ちゃん、急になにすん——」

 

「下がってろ!」

 

 

突然の行動に困惑するフェルトをロム爺に押し付け、彼女と同様のラムを背に回しながら振り返り、ハヤトは鬼気迫る声で叫ぶ。自分以外の三人を守る構図を即座に作り、彼はナックルを握りしめた。

 

背負う大剣を素早く下ろし、抜刀——。

 

 

「ーーーッ!」

 

 

見えた、凄まじい速さで距離を詰める襲撃者の姿が。その手に特徴的なナイフを持ち、抜けた闇を纏いながら狼のように低い姿勢で迫る一人の暗殺者の姿が。

 

瞬間には振りかぶられる刃。下から斜めに振り上げるそれはハヤトの腹部、腹の中にある腸をごっそり抉り取る軌道。

 

抜刀する時間は無い、呑気に抜いていたら死ぬ。回避はダメだ、後ろの三人は状況を把握できていない。ナックルで受けるか、ダメだもう当たる。

 

 なら、

 

 

「らぁーー!」

 

 

振り上げられる刃が鞘に納刀された大剣に迎え撃たれる。下から迫った鋼と真上から叩きつける鋼が衝突し、体重を乗せたハヤトの打撃が初撃の失態を取り返す次撃を肉体もろとも弾き返した。

 

打撃の勢いに流されて後退する襲撃者に一息。一瞬の隙を見計らって今度こそ抜刀し、ハヤトは射程圏内に立つ襲撃者に鋼が光る大剣を両手で構える。

 

 

「来やがったな」

 

 

 睨む先に、襲撃者はいた。

 

ハヤトよりもやや低めな身長の、腰まで伸びる黒髪を編むように束ねた女性だった。

 

見る者におっとりとした印象を与える目をした美形で、日が沈み切る寸前の薄暗い盗品蔵でも目立つ色白な肌。ダイナマイトボディーが大きく露出した黒装束の上から同色の外套を羽織る姿は、闇と一体化するには適した服装だ。

 

その手に携えるは刀身がくの字に折れた短剣——ククリナイフ。今しがたハヤトの腹部を掻っ捌こうと襲来し、見事に弾き返された凶器。

 

 

「気配を殺したはずなのだけど。気づかれるとは思わなかったわ。あなた、良い勘してる」

 

 

ずっと戦いたかった化け物を睥睨するハヤトに、襲撃者の表情は恍惚としていた。体の輪郭を黄金色のヴェールで包み、震え上がりそうな殺意と敵意を向けられても崩れない。

 

ナイフを弾かれた直後から手に残る痺れに心を震わせると、ゆっくり立ち上がりながら瑞々しい唇を小さく釣り上げ、

 

 

「——でも、その方が殺し甲斐があるわ。素敵ね」

 

 

 化け物は、狙いを静かに定めた。

 

 






次回は久々にまともな戦闘描写だーー!

書けるか不安だーー!

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