少しでも望む未来へ   作:ノラン

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色々と考えた結果、『あらすじ』という形ではなく『総集編』になりました。その上、起承転結の四構成で書くことになりました。

ただでさえまとめるのがヘタクソなせいで前作が長引いた私が、169話の物語を1話でまとめるなんて無理な話でした。前作の総文字数の約200万文字を一話にまとめるなんて難しいのですよ。はい。

「早く本編入れやぁ! 一年近く待たせやがってぇ!」と思ってる前作から来てくださった方がいましたら、謝ります。本当にごめんなさい。少し、時間をください。

では、まずは起承転結の『起』となる部分からどうぞ。





0章 総集編『起』

 

 

 

「ここは、どこですか」

 

 

この物語の始まりは、『空野・天』の名を持つ男が《Re:ゼロから始める異世界生活》の世界に飛ばされたところから始まる。

 

飛ばされた理由の見当がつくわけもなく。飛ばされ方も、運動がてら外に出て太陽の光が眩しく感じた直後に知らない森に立っていた——本当に意味不明な始まり方であった。

 

加え、この時点の彼は、自分がどこにいるのかも自分の身に何が起きたのかも分からない状態。本人からすれば突然、知らない森に立たされていたようなもの。

 

 

「いや、ここどこだよ」

 

 

色々と考えても、その結論だ。

 

立ち止まっていては良からぬ想像を膨らませてしまいそうで、とりあえず薄暗い森の中を歩き続けたが、歩けど歩けど視界は一向に晴れそうにない。

 

場所が分からない恐怖に心を蝕まれつつも、彼は歩きながら己の身に起こった意味不明な現象を考える。心臓の鼓動が順調に加速する中でも、彼は回らない頭をフル回転させた。

 

ちゃんと家の前にいたはずなのに、こんな場所にいる。太陽の光が眩しくて。眩しくて——ここに居る。そんな、瞬間移動をしたのではとさえ考えてしまう馬鹿げた現象。

 

 その意味は、

 

 

「いせかい……しょうかん?」

 

 

 それがテンの結論だった。

 

早計かもしれない。異世界系の物語に毒されただけかもしれない。しかし、残念なことに今の事態が夢ではないことは頬を強く引っ叩いた痛みで立証済み。

 

とても信じ難く、受け入れ難い事実ではあるが、実際に起こっていることには違いない。リアルで瞬間移動なんて現象が起きるわけがないし、そうなるとそれ以外に考えられなかった。

 

どうして自分なのだろう。自分のような一般人が呼ばれたのだろう。もっと他にいたはずなのに。というか、飛ばされる基準みたいなものはあるのだろうか。

 

否、考えていても仕方ない。取り敢えず歩こう。そうやってテンは無理矢理にでも気持ちを切り替えて歩み始め。

 

 そして、

 

 

「やっべぇ!? し、死ぬぅぅぅ!!!」

 

「は、ハヤト!? おま、何でここに!?」

 

 

そして、偶然にも自分と同じ現象に苛まれた故郷の親友——『神崎・颯』との衝撃的な邂逅を果たした。それも、四足歩行型の大型トラックにも匹敵する地竜に追い回されているオプション付きで。

 

半ば、巻き込まれる形で親友との邂逅を終えたテンに選択の余地はなかった。テンとの邂逅に喜びの色を表情に浮かべたハヤトに手を引かれて、一緒に追い回される羽目に。

 

 

「な、なんだよアレ、冗談じゃねぇよ!? 異世界召喚されて初バトルがあの魔物とか難易度ルナティックにも程があるだろ。こちとら、まだレベル1にも満たねぇんだぞ!?」

 

「お前、本当、どこにいても変わらねぇな!? この状況でそこまで口回るとか流石だぜ。つか、やっぱし異世界召喚的なノリなのか、もしかして俺たち異世界に飛ばされたのか!?」

 

「言ってる場合かよ、死ぬぞ! 異世界召喚して初イベントで即死だぞ。笑えねぇよ!」

 

 

ハヤトはハヤトの方で己の身に起きた現象を理解している模様。分かったところでどうにかなるものでもないが、召喚の事実が共通の理解として共有された瞬間であった。

 

異世界召喚直後に地竜に追いかけ回される——召喚された事実を含めていよいよ状況が混沌と化す今、二人はただ逃げることしかできない。景色が全く変わらない森の中を、ただ走り続けることしか。

 

 そんなとき、

 

 

「——ハヤト! これ!」

 

 

テンが何かを拾い上げ、ハヤトに渡してきた。渡されたのは先端が尖っている枝。握って振るのには丁度いいサイズの枝。

 

まさか、これで戦えとでも言うのか疑うハヤトに対してテンは肯定の意を示した。尻尾に見えた傷痕に、木の枝を突き刺して逃げる時間を稼ぐ。それだけのために命を懸けると。

 

木の棒一本で地竜と戦うなどとチュートリアルにしては鬼畜すぎる所業に、しかしハヤトは前向きだった。

 

どうせ死ぬなら足掻いて死ぬ。そう、覚悟を決めて二人は生身ながらに圧倒的な力を持つ化け物に立ち向かために方向転換。逃げに徹していた肉体を真逆の方向——化け物の方向へと向け、躍り出る。

 

勿論、何の力も持たない人間二人には無駄な抵抗だ。目論見は成功しても数秒の時間しか稼げず、最悪なことに傷を負ったハヤトが気絶、加えて傷を抉られた地竜は怒り浸透。

 

 要するに、

 

 

「………終わった」

 

 

応戦の反動で痺れた体を感じ、テンは呟いた。気絶して倒れたハヤトを背にし、彼は自分の最期を悟った。目の前には瞳を尖らせた化け物がいて、今にでも飛びかかってきそうな気配。

 

それでもテンは考えた。焦る自分に「落ち着け」と吐き散らしながら考えた。なにか、なにか、なにかなにか、この状況を打破できるような画期的な策はないのか。

 

 無ければ、死。

 

 

「——ウル・ゴーア」

 

 

 その声が、救済だった。

 

ハヤトを庇いながら地竜と向き合うテンの前に突如として火球が隕石のように叩きつけられ、地竜を一瞬にして飲み込むそれは、もがき苦しむ地竜を数秒と経たずに消し炭にする。

 

あれだけ脅威であった化け物が嘘のように消えた事実にテンは呆然とした様子で立ち尽くし、意識が落ちる寸前のボヤけた視界の中で声や主を探り、

 

 

「うーん。私の領土に竜が出たと聞いて来てみれば。なんだか面白そうなことになっているじゃないかぁーな」

 

 

その声を聞いたのを最後に、色々とありすぎて張り詰めていた糸がプツンと切れ、テンはハヤトと同じように意識を失ったのだった。

 

 

 

 

▲▽▲▽▲▽▲

 

 

 

 

目を覚ましたテンの視界に映った光景は、意識が落ちる前とは全く違うものだった。森の中で意識を失ったのだから視界に映るのは木々のはずなのだが、どうやらそうではなかったらしい。

 

天井がある。窓がある。扉がある。人工的な光がある。というか、寝台の上にご丁寧に寝かされている。服装も何故か気絶する前とは変わり、患者衣に代わっていた。

 

どこかの一室だろうか。それも、一目で上級階級と分かる豪華な一室。

 

 

「とりあえず、状況整理。一つ一つ追ってこう」

 

 

寝かされていた体を起こし、テンは自分の身に起きた状況を整理。異世界に飛ばされた以降からの出来事を順を追いながら散乱する記憶の整理整頓、この世界が何なのかを探り始める。

 

異世界に飛ばされて、ハヤトと邂逅して、竜から死に物狂いで逃げて、絶体絶命の危機に「ウル・ゴーア」と聞こえてきた何かを詠唱するような呪文、次いで降り注いだ火球。

 

 

「ウル・ゴーア……、まさかね」

 

 

その詠唱を、テンは知っていた。何度も画面の中で耳にした。彼はその詠唱が登場するアニメを好んで視聴していたのだから。知らないわけがない、聞き覚えがないわけがない。

 

それに、竜が消し炭になった直後に聞こえてきた声にも聞き覚えがテンにはあった。あまり聞かない声帯、言葉の伸ばし方に違和感を感じさせる話し方を、テンは知っている。

 

 

「冗談だろ。異世界って……」

 

 

そこまで考えて、テンは自分が飛ばされた異世界に見当がついた。一つのアニメタイトルが頭の中に音を立てて生じ——、

 

 

「———あ」

 

「あ———」

 

 

 出会いは「あ」から

 

ひどく見覚えのある銀髪の少女、脳裏に想像したアニメのヒロインである『エミリア』と出会った。少し開かれた扉から顔を覗かせている彼女と、彼は目を合わせた。

 

近い将来、親密な関係になる少女と青年の関係は、ここから始まったのである。

 

 

 

 

▲▽▲▽▲▽▲

 

 

 

 

「な、なな。ななな。なんだってんだ!?」

 

 

時同じくして、ハヤトもまたこの世界が何なのかを決定づける人物と遭遇していた。今は、遭遇して状況が飲み込めず、会話を無理やり断ち切って一時撤退してきたところだ。

 

目覚めたはいいものの、部屋にいてもどうしようもないことや、テンを探したいという理由から廊下に出て屋敷を徘徊しようとしたハヤト。

 

彼は意図せず廊下無限ループ現象に苛まれ、何度かループ現象を楽しんでいたものの、最終的に抵抗の仕様がないと判断。なら、一旦部屋に戻って二度寝でもしてやろうと扉を開け、

 

 

「……お前、相当おかしい奴なのよ」

 

 

見覚えのあるドリルテールの幼女と邂逅。扉を開けた瞬間から思考が停止し、数秒して状況を理解したことで今に至った。

 

 

「いや、なんで。ほんとに、なんで?」

 

 

意味不明、意味不明、マジ意味不明。

 

禁書庫があった事、ベアトリスがいた事。この世界が何の世界なのか全く見当がつかなかったハヤトからすれば、その二つ事実は完全に処理落ちもの。

 

理解ができなさすぎて「なんで?」がいくつも重なる。限りなく現実に近しい夢なのかと思うが、頭をブンブン振っても目は覚めない。これは、現実だ。

 

 つまり自分は、

 

 

「リゼロ……。なんつー世界に召喚されてんだ」

 

 

この瞬間、その世界に召喚されたのだとハヤトは理解した。とても信じれないけど、実際に起こっているのだから。否定できる理由なんてなかった。

 

故に、彼は再び禁書庫と繋がる扉を開き——、

 

 

「また入ってきたかしら、こうも簡単に『扉度り』を連続で破るなんて。冗談じゃないのよ」

 

「何なんだかサッパリ分からんが。取り敢えずお前が一人目だ。俺はカンザキ・ハヤト。お前の名前を教えてくれないか?」

 

「勝手に入ってきておいて、勝手に話を進めるんじゃないのよ。図々しいにも程があるかしら。お前に名乗る名前なんてないのよ」

 

 

どう考えても見覚えしかない幼女、『ベアトリス』と出会った。扉の前に立っていた苛立つ彼女に、彼は太陽の笑みを見せた。

 

近い将来、兄妹も同等の距離感となる幼女と青年の関係は、ここから始まったのである。

 

 

 

 

▲▽▲▽▲▽▲

 

 

 

 

「テン、まずは言わせてくれ。お前がここに居てくれて良かった。竜を退けられたのもお前のお陰だ。本当にありがとう」

 

「何言ってんの、お互い様でしょ。俺も一緒に異世界召喚されたのがお前で良かったよ。気の合う親友がいれば少しは精神的に楽になる」

 

 

それから、なんやかんやあってテンとハヤトは合流。

 

エミリアがハーフエルフである事実を気にしなかったテンが彼女に笑顔を向けられて処理落ち。服を着替えさせたエミリアにナニを見られたと言われて羞恥心に弾けたり。

 

『絶対に追い出す大精霊 VS 絶対に追い出されない男』の戦いが禁書庫で勃発した末、ハヤトがベアトリスの頭を撫でて部屋の外にぶっ飛ばされるなどの一件もありながら、二人は再会を果たしていた。

 

 

「でも、なんで召喚されたのがお前と俺なんだろうね。つーかさ、俺は外に出た時にあの森に飛ばされたんだけど。お前は?」

 

「俺か? 目が覚めたらそこにいたぜ。寝てる最中に勝手に飛ばされたんだろうよ。お陰で素足で走る羽目になったが」

 

 

二人が話す内容はもちろん、自分たちが異世界に飛ばされたことだ。飛ばされた時の状況はともかく、飛ばされること自体があり得ないとされている現象が起こったのだから当然と言える。

 

それはあくまで物語の世界(二次元)だから通用する現象なのであって、現実の世界(三次元)では起こるはずがないのだから。人間が考えた架空の展開は物語の世界だけで十分というもの。

 

しかし、起こってしまったものはしょうがいない。

 

本当に信じ難いし、今も「夢なのでは」と疑う心がないわけではないが。その事実を無理やり飲み込んだテンと、事実はすんなり飲み込むハヤトの二人。

 

そう飲み込んだのなら。次に考えるべきことは、

 

 

「俺達が召喚された異世界。それがリゼロの世界だったってことだよ。お前も薄々勘づいてんだろ? エミリアと仲良さげだったしよ」

 

 

テンはエミリアと出会い、ハヤトはベアトリスと出会い。互いにこの世界が如何なる世界であるかを決定づける人物と顔を合わせ、声を交わし、その結果として得られた事実。

 

自分たちは異世界、それもアニメの世界、それもそれも《Re:ゼロから始める異世界生活》という死を前提とした初見殺し満載というハードな異世界に飛ばされたことだ。

 

三次元から二次元の世界に飛ばされるとは、次元の枠を越えて自分たちを召喚してくれた厄介な存在は神なのではないだろうか。否、考えるべきはそんなことではない。

 

 

「なんでかなぁ。どうしてよりにもよってリゼロの世界に召喚されるのかなぁ。いずれバケモノと会うかもしれないとか。もっとマシな世界あっただろ」

 

「なんでだよ、良かったじゃねぇか。お前はレム推しなんだろ? なら猛アタックして恋人関係になればいいじゃんか」

 

「推し=好きってわけじゃないだろ。確かに、そうなれたら嬉しいけど。俺なんかじゃ釣り合うわけないよ。会えただけでも充分満足できる」

 

「男らしくねぇなー。頑張れよ」

 

 

憂鬱げなテンとは対照的にハヤトは能天気な様子であった。むしろ、この機会を好都合と捉える彼は楽しそうな雰囲気を漂わせ、せっかくならテンに恋をさせようと軽く促す。

 

尤も、自信満々なハヤトと違ってテンは真反対。ハヤトが自信に満ち溢れれば溢れるほど彼の炎は弱く縮んでいく。故に、ちょっと捻くれた自己否定自己完結の鬼である彼はハヤトの意見を受け流すのだ。

 

彼女の相手は決まっている。だから、自分なんかが割って入ることなんて許されない。そんなこと、あってはならない、と。

 

 そんな時だ。

 

 

「お客様、お客様。レムが薄汚れていた布切れを持ってきましたわ」

「お客様、お客様。ラムが血に濡れていた雑巾を持ってきましたわ」

 

 

噂の双子姉妹が登場。患者衣に着替えさせられていたテンとハヤトの服を持ってきてくれた。画面の中で見るよりもずっと幼くて、ずっと清楚で、ずっとずっと可愛げのあるレムとラムの初登場の瞬間である。

 

それは、とても近い将来、仲良し四人組としてほのぼのを繰り広げる関係の始まりと言える瞬間だが、この時の四人はそんなことなど考えるわけもなく、

 

 

「大変ですわ。今、お客様の頭の中で卑猥な辱めを受けています、姉様が」

「大変だわ。今、お客様の頭の中で恥辱の限りを受けているのよ。レムが」

 

「待て待て、そんな事はねぇぞ。ただちょっと心の声が声に出てしまっただけで何もそんな事思っていたわけではなくてだな」

 

 

 こんな会話や、

 

 

「姉様姉様、お客様ったら初めて見る女性のことをいやらしい目で見てくる困った方でしたわ」

「レムレム、お客様ったら自覚できないくらいに性欲を抑えきれないド変態だった」

 

「だー! 違うって言ってんだろ!? これじゃ俺が完全に悪役じゃねぇか!?」

 

 

 そんな会話、

 

 

「お客様、お客様。先程から心ここに在らずですがどうかなさいましたか?」

「お客様、お客様。先程から魂が抜けたような腑抜けた顔を無様に晒していますがどうかなさいましたか?」

 

「その大半はお前ら三人のせいだよ。一人取り残された俺の身にもなってみやがれ」

 

 

このような会話を繰り広げているうちに時間は過ぎ、服をとりあえず返すように頼んだテンが双子姉妹二人を相手に暴れるハヤトと自分たち二人分の服を回収。納得いってなさそうなハヤトの反応を無視すると、テンは双子姉妹に目配せ。

 

着替させてくれと目で合図すると、「お食事のご用意ができましたら、お声をおかけします」と言葉を残して二人はいそいそと部屋から退出していった。

 

 

 

 

▲▽▲▽▲▽▲

 

 

 

 

「おーぉや? 昨日運んできた時は死んだように意識を失っていたから心配していたんだぁーけど。元気そうでなによりだぁーよね」

 

「ソラノ・テンです。お陰様で。その節はどうもありがとうございました。感謝してもし切れません」

 

「カンザキ・ハヤトだ。俺からも礼を言うぜ。ありがとうな」

 

 

その後、朝食の支度ができたと呼ばれたテンとハヤトは食堂に案内され、扉を潜った先でロズワール・L・メイザースと顔を合わせることに。相変わらずのピエロ顔だ。

 

なんでも、この人が森で化け物に殺されかけていたテンとハヤトを助けてくれたそうな。なるほど、それならあの巨大な化け物を一瞬にして火だるま、消し炭にしてしまうのにも納得だ。

 

そんな男に席に座ることを促されたテンとハヤト。他にもハヤトは自然体でいるけどテンは肩に力が入り過ぎていると指摘されたが、ともかく、二人はとりあえず席に座るべく歩き出し、

 

 

「いいか、俺たちは何も知らない人間。何を言われても初めて聞いたように装え。原作なんて説明しても理解されないからな」

 

「あー、分かった」

 

「あとお前、ロズワールが何者か知ってるよね? 御領主様だよ? 偉い人なんだよ? そんな態度してたら殺されるかもしれないんだよ?」

 

「それは流石にないだろ。別に緊張することなんてないぜ。ほら行くぞ」

 

 

用心深く、おどおどするテン。

能天気で、堂々とするハヤト。

 

一度は足を止めた真反対な様子の二人は短く言葉を交わし、ハヤトが先導するように再び歩き出した。追いかけるテンも足早に彼の隣に並ぶ。

 

相変わらずのハヤトにはため息しか出てこないが、とりあえず余計なことを言うのは防いだとテンは安堵の息をこぼした。

 

今の自分たちは異世界に召喚された世間を知らなさすぎる二人。まして、誰が王選候補者か公の場に公表されてない以上「エミリアはそれだろ?」なんて口を滑らせた時には首が飛ぶ。

 

何も知らない。知ってない。知るわけがない。

 

この言葉を常に心に留めておく。原作を知っているから知らないわけがないが、自分たちの状況的に知っている方がおかしいのだから。

 

そう思うと、自分達の身元をどうやって説明すれば良いか。よく分からなくなった。目を開けたら森にいました——とか不審な人物すぎる。

 

 

 ーーどうしよう

 

 

頭を悩ませる要因がまた一つ増えたことに、テンは別の意味でため息を吐いた。

 

 

 

 

▲▽▲▽▲▽▲

 

 

 

 

それからは、怒涛の展開。

 

色々と杞憂してしまうテンの自信なさげな態度をハヤトが力強く鼓舞。「やる前からそんなんでどうすんだよ。大丈夫だ、俺とお前がいればなんとかなる」と主人公な台詞を吐いてくれたお陰で彼は一つの決心がつき。

 

配膳された朝食を済ませたテンがロズワールに話を持ちかけた。内容は大きく分けて二つ。ロズワールの素性と、この国の現在の状況について。

 

理由として、知らないことを知っている状態にしたいから。今の自分たちは『世間知らずで無知な何も知らない二人組』と向こう側から認識されているだろうから、その認識をなくす必要がある。

 

勿論、原作を知ってるのだから知らないわけがないが。敢えて向こうの口から語らせることで『知らない人間』を装う必要がなくなるのだ。

 

要は、知らないフリをするのが面倒だから今一度、知る必要があった。ということ。

 

結果としてロズワールがこの土地のご領主様であること。この国——ルグニカ王国が王座に誰も座っていない未曾有の危機であること。ついでにエミリアが王選候補者であることや、今の自分たちがとても怪しい存在であることなどが知れた。

 

それこそ、怪しい動きを見せたら即座に殺されてしまうような存在であることが。

 

 

「テン君。先程から君ばかり私に質問していては割に合わない。私からも君に質問したいことがあるのだが、勿論。答えてくれるよねーぇ?」

 

「……答えられる範囲でなら。なにせ、何も知らないので。そのままの意味で」

 

 

聞きたいことを終えたテンにロズワールが今度は聞く側に回る。質問者と回答者が交代する感覚にテンは息を飲み、生唾をごくりと飲み込んだ。

 

気が緩めば圧に飲み込まれそうになるが、抵抗するテンは少し身体を前に倒す。形だけでも後ろに流されないように。しかし、心は後ろへ後ろへと全力疾走である。

 

一体、この男は自分になにを聞く。自分が予想もできないことを聞いてくるのは唯一確かなことで、聞かれたとき自分はなんて答えればいいのか。質問が分からないから見当がつかない。

 

下手をすれば、質問一つで命が脅かされることになるかも——そんな風に心の中で戦々恐々とするテンにロズワールはニヤリと口角を釣り上げ、

 

 

「テン君。実はね、君とハヤト君が森の中で竜と戦っているのを私は上から見ていたんだよ」

 

「——は?」

 

 

淡々とした態度で語られる事実は、テンの頭を真っ白にしてしまうものだった。

 

投げかけられた言葉が質問ではなかったことよりも、自分たちが化け物に無謀にも立ち向かう姿を上から見られていたことに唖然。

 

 

「君が注意を引きつけ、ハヤト君が怪我を負った部位への攻撃。武力を持たない君達が戦う姿は実に見事だった」

 

「ホントなのよ? 二人を追いかけた竜はこの地域じゃ生息するはずのないすごーくおっかない魔獣で。遭遇したら死んじゃうって有名なんだから」

 

 

賞賛する二人の声にテンはついて行けない。絶望を呼び込む質問に構えていたせいで、告げられる言葉を受け止め切れる余裕が心にないのだ。

 

以降、テンとハヤトの行動をひどく賞賛するロズワールが何か言っていたが、言葉を素直に受け入れるハヤトと違ってテンは唖然タイム。

 

武勇伝を語るようなハヤトは処理落ちしたテンの代わりに立ち上がり、やけに褒めてくるロズワールと言葉を交わす。褒められて悪い気はしないし、実際に死ぬかと思うほどの怖い思いをしてまで生き延びたのだ。ちょっとはイキってもいい。

 

 

「お客様、お客様。大変お疲れのご様子ですが、紅茶のおかわりはいかがですか」

 

 

ロズワールとハヤトが一言二言交わしているうちにレムがテンの状態を察したのか紅茶を提供。唖然とするテンも耳は機能していたのか、「あ、はい」と短く返事をして提供された紅茶を受け取った。

 

受け取った紅茶で軽く喉を潤すと、不思議と緊張していた心が和らぐ気がして。麻痺していた思考が鈍い音を立てながら少しずつ再稼働、彼女のお陰でなんとか体勢を立て直せたテン。

 

 

「それで、俺に何を聞きたいんですか」

 

「聞きたい。というより提案だ」

 

 

ハヤトの時間稼ぎとレムのフォローで処理落ち状態から回復したテンは、そうしてロズワールと再び向き合う。向き合い、投げかけられたのは質問ではなく提案であった。

 

提案とはなんだろうか。疑問符を頭のてっぺんに浮かべるテンにロズワールは間髪入れずに言葉を続け、

 

 

「今の君達は出身不明の不審者。君達ですら曖昧な素性の知れない輩。何もなければこのまま返すわけにはいかない。だが、君達は竜という脅威的な魔獣から武力の持たない中で生き抜くだけの力を秘めている」

 

「それがなんですか」

 

「本来、王候補者には従者となるお付きの騎士がいるのが普通なんだけどねぇ。残念なことにエミリア様にはそれが居ない。……ここまで言えば君なら分かるだろう?」

 

「俺とハヤトに騎士になれと?」

 

「今すぐにではない。来る王選開始までに騎士になってくれれば十分だとも。勿論、そうすれば君達には衣食住の保証をしよう。見たところ、行く当てもないようだしぃ?」

 

「警戒している人がいるかもしれないのに?」

 

「レムやラム、エミリア様の反応を見てれば私とて分かることだぁーよね。人間的な警戒心はあれど、王選関係では皆無に等しいだろう。その証拠に君たちは生かされている。どうだ、悪い話ではないはずだ」

 

「素性の知れない俺とハヤトを、受け入れてくれるの?」

 

「確かに君の言う通りそれが最もな意見だとも。しかし、それを覆すほどの実力があれば大した壁でもないとは思わないかい? 必要なのは君達が我々の陣営に危害を及ぼす危険性があるかどうか。それだけなのだから」

 

 

要するに。「強くなれば自分達の怪しさは見逃す。代わりにエミリアの騎士になれ」という事だ。強くなりさえすれば衣食住が保証される。今の二人からすれば願ってもない話。

 

理由も分からず異世界に飛ばされて行く当てのないテンとハヤトからすれば奇跡のような提案だ。その上、一番心配していた素性問題についても目を瞑ってくれると言うのだから、その提案は生きる道と言っても過言でない。

 

 

「さぁ、決めるといい。テン君。この手を取るか取らないか。君の自由だ」

 

 

武力を一切持たずして生身で竜に挑む姿に、なにか可能性を感じたのか。ロズワールは嘘を言っている目でなかった。尤も、理由は他にもあるのだが、それが明らかになるのはずっと後のお話。

 

 

「ーーーー」

 

 

この手を取るべきか、否か。テンはとても迷っていた。

 

この手を取れば、屋敷に住まわせてくれる反面で騎士になれるくらいに強くならなければならない運命を背負う。騎士になって、剣に身を捧げる異世界生活がスタートする。

 

この手を払えば、屋敷からは追い出されて路頭に迷った挙句、何もできずに飢え死ぬ。そうならなくともここに関与してしまった以上、この屋敷から無事に出してくれるわけもない。

 

選択肢など二つに一つ。決まっているようなもの。自由だ、なんて無責任な言葉すぎる。

 

しかしテンは自分に自信が持てないせいで、差し出された手を取ることに躊躇してしまっていた。自分がそんな立派になれるのか。ハヤトはともかく自分は強くなるれるのか。

 

そんな不安ばかりが心を揺らがせ、

 

 

「それ、乗ったぜ!」

 

 

揺らいだ心を静める間もなく、横から伸びたハヤトの手がロズワールの手をとった。テンがうじうじしている状態に嫌気がさした彼が、後先考えずに突っ走る彼が、何の迷いもなく。

 

 

「はぁ!? お前、なに勝手にやってんだよ!? まだ何も決めて——」

 

「テンーーッ!」

 

 

一つしかない道の前で足踏みするテン。そんな自分の親友の手を無理やり引っ張るハヤト。

 

性格が真反対な二人はいつも対照的で、だからこそロズワールの手を取った自分にギョッとする彼の名をハヤトは強く呼ぶと、

 

 

「いつまでもうじうじしてんじゃねぇよ! 情けねぇ奴だな。いい加減に覚悟を決めろ! お前、死ぬ覚悟は決められるくせに強くなる覚悟一つ決められねぇのか!」

 

 

このまま殴りかかるのではと思わせるハヤトの怒号にテンの目が目開かれる。そのまま彼は言葉を叩き込んだ。

 

 

「テメェはいつまでもいつまでもそうやって自分はダメだ自分はダメだって考えやがって。さっき言ったばかりだろうが! やってもねぇことをやる前から諦めてんじゃねぇよ!」

 

 

つい先ほど指摘したはずの悪い癖がもう再発した事を叱咤し、ハヤトはテンの胸ぐらを掴みかかる。親友だからこそ言いたいことの全てをぶちまける彼は配慮の一切ない心の声を殴りつけた。

 

テンとて、言いたい放題させてやるほど言い返せない人間ではない。例えそれが、情けない男の弱音だとしても彼はハヤトの勢いに弱く抵抗するのだ。

 

胸ぐらを掴む手を掴み返し、叫ぶ。

 

 

「さっきから言いたい放題…! 俺はお前みたいに自信の持てる人間じゃねーっつってんだろ! 俺なんかが強くなれると思うのか!? 俺はお前とは違うんだよ!」

 

「思うさ! お前ならできるって俺は信じてる! それにさっき自分で言ったよな。自分達にはもうこれしか残ってないって。道は残されてないって。お前なら理解してんだろ! 俺達には、強くなるしか生きる道はねぇんだよ!」

 

「だから俺はそんな人間じゃない、お前の基準で物事を考えるなよ! 俺なんか、俺なんか、お前の劣化でしかない俺が騎士になれるなんて、今の俺には思えねぇよ!」

 

「なら変われよ、変わる努力をしろ、今の情けない自分から変わろうとしろ! それなら命捨てて逃げる覚悟なんざいらねぇ。強くなって自分の価値を証明する覚悟を今ここで決めろ!」

 

 

親友同士の口論が殴り合う。

 

テンが自分とは正反対の性格をした人間だなんて事、ハヤトは分かっている。劣化というのは分からないが、それを考えれば彼が自分に自信が持てないことも理解はできる。ただ、理解することと放っておくことはイコールではない。

 

だって人は変われるのだから。テンはやればできる人なのだから。彼は自分なんかと諦めて、勝手に自己完結して終わっているだけなのだから。

 

だからハヤトは言った。大丈夫、お前なら絶対にできる。お前には理想に近づくために努力する力があることを俺は知ってる。もっと自分に自信を持て。持っていいだけの力をお前は持ってる、と。

 

 だから、

 

 

「自分なんかとかふざけた事は考えるな、分かったか!」

 

 

きっと、その魂の叫びはテンにとってとても輝かしくて遠いものだった。何の迷いもなくそう言い切れることが、とても羨ましいものだった。同時に、凄まじいほどに妬ましくも感じる。

 

だから。だからかもしれない。そんな自分と真反対な彼の思いの丈を心に容赦なくねじ込まれたからかもしれない。テンはこの時、思ったのだ。

 

 思って、しまったのだ。

 

 

 ーー俺も、アイツみたいに

 

 

 そんなこと、無理だって分かってるくせに。

 

 

「テン、男にはな。人生で引くに引けない時が数回来るんだよ。——それが今だ」

 

 

 信じてる。できる。

 

この二つがどれほどテンにプレッシャーを与えるのか、本人は知っているだろうか。否、知っていたら軽々しく言ってくるはずがない。

 

だって、テンならばできると信じて疑わないから。疑う余地など無い。

 

 

「……分かったよ。頑張ってみる」

 

「おう。それでこそ俺の親友だ」

 

 

けれど、親友にここまで言われて首を横に振ることなんてこと、テンにはできなかった。彼みたいになりたいと思う自分が、首を縦に振っていた。

 

 

「大丈夫だ。俺にはお前が、お前には俺が。俺とお前が二人揃えば怖いモンなんざなんもねぇよ。だから。一緒に強くなろうな、テン」

 

「うん、分かった。変わる努力、してみるね」

 

 

突き出された拳。これに自分の拳を合わせればそれは一つの誓いとなる。二人で切磋琢磨し、努力して強くなる、強くなってみせるという。ある種の決意表明。

 

だから、それを決めたテンも己の拳をハヤトの拳に合わせようとしたが。拳を引っ込めるハヤトは「それじゃダメだ」と紡ぐと、

 

 

「そんな弱気でこれからやってけねぇよ? 自信の無い奴には何も成せねぇんだ。今くらい虚勢でもいいから啖呵切れ。それが、男としての覚悟の示し方だ」

 

 

変わる努力をしてみるね——なんだその弱々しい決意表明は。その程度の決意でこの先やっていけるわけがないだろう。そんな言い草のハヤトはテンに言い聞かせた。

 

それが自分とテンの誓いだ。今から自分たちは女の子を守るために力をつけ、ロズワールが驚くくらい強くなってみせるという、絶対に変わることのない約束事。

 

だからテンは言った。不安そうに紫紺の瞳を揺らすエミリアを見ながら言った。

 

 

「…なるよ、なってやるよ! 死ぬ気で努力して、ロズワールに認められるくらいに強くなってみせる! ここにいる全員が驚くくらい強くなって」

 

 

顔を上げ、ロズワールから差し出された手を勢いよく握りしめるテンは、

 

 

「俺は、エミリアの騎士になる。彼女を守れるような立派な騎士なってやるよ!!」

 

 

繋いだ約束を握りしめ、テンは笑う。今度こそ覚悟を決めたテンの、未来への一歩を踏み出したことへの意志表明。決意を心に誓った彼はこの瞬間、ロズワールに、ハヤトに。エミリアに。

 

ここにいる全員に、それを誓った。

 

 

「いいだろう。その覚悟、確と聞き届けた。時間は沢山あげよう。——精進するんだよ」

 

 

テンの啖呵を聞き届けたロズワールが心から楽しそうな笑みを浮かべ、握られた手を握り返す。その次にハヤトの手が重なって。

 

 

 二人の物語は、幕を開けた。

 

 

 

 

▲▽▲▽▲▽▲

 

 

 

 

「ロズワール様。あのお客様二人を使用人としてこの屋敷に雇うのは如何でしょうか。名目上での立ち位置は身分を示すのに必要になるはずです」

 

 

ロズワールとの話し合いを終えたテンが緊張から解放された結果として机に突っ伏しながら脱力。そんな彼を含めたハヤトとエミリアが三人で軽く談笑している時に、その声は聞こえてきた。

 

ラムの声だ。レムと同じくロズワールの横で控える彼女が、将来的に騎士という立場になるのだとしても今は違うと指摘し、自分たちと同じく使用人として雇えばいいのではと。

 

 

「君達はそれでもいいのかい?」

 

「だって、どうするよ」

 

「使用人でしょー、別に良いんじゃない? 屋敷に置かせて頂いてる身だから。少しでも貢献する事は大切だよね」

 

 

提案に一つ返事で乗っかるテン。ここまで来たのだからなんでもやってるよの心構えをする彼は躊躇もなくそれを受諾した。突っ伏しながら言われると投げやり感満載に思えてしまうハヤトだが。

 

そんな彼もテンの意見には賛成だった。確かに自分たちは屋敷に住まわせてもらう身だから恩返しのつもりで手伝うのは当然。

 

そんな単純な理由から、ロズワール邸の使用人として二人は雇われることに。特に否定する必要もないだろう、ロズワールからの反対の意見は上がらなかった。

 

そうして、テンとハヤトはとりあえずの地位を獲得。騎士である前に使用人として第二の人生を歩み始めることに。となれば、今すぐにでも仕事に取り掛かりたいところだが、

 

 

「そぉの前に、自己紹介しなきゃだぁね。居ないのが二人、それ以外の屋敷の住居者は全員がこの場にいるわけだから」

 

 

尤も、この広い屋敷に反して住人は十人以下なために自己紹介をするほどでもない。朝食の時間ともなれば住民のほとんどがこの場にいるのだ。改めて名を名乗る必要はなかった。

 

結果、ロズワールが設けた自己紹介タイムは意味を成さず。知れたことと言えば、ハヤトがベアトリスという名の幼女が管理する『禁書庫』の場所をドンピシャで当てられることくらい。

 

その件に関して、扉を総当たりしなければ見つけることが困難な禁書庫の場所を感覚で当てられるハヤトが周囲の人間から驚愕されたが、本人としてはその意味を理解していなかったり。

 

 ともかく、

 

 

「話が脱線してるよ。自己紹介でしょ。最後の一人はどこに居るの?」

 

「パック、って言うんだけど…。今は出て来れそうにないから。また今度でも良い?」

 

「パック、って言うんだ。うん、名前が分かったからそれで良いよ」

 

 

最後一人の名を言ったエミリアが「もぅ、こんな時に」とパックが眠る依代に視線を移し、自然と視線が誘導されたテンがエミリアの豊満なたわわを注視する構図が偶然にも完成。

 

罰としてテン自身が己の頬をぶん殴る事態は起こったものの。そのせいでラムに「いやらしい」と言われてしまったものの。それが一区切りとなった。

 

自己紹介が終われば、長引いた朝食の席は終わりへと向かうもの。

 

ラムの独特なネーミングセンスが光ったことで、テンは「テンテン」とどこかの忍者と類似する名で呼ばれ。ハヤトは「脳筋」ともはや原型を留めていない呼ばれ方をされ。

 

それから色々とあってテンがエミリアに体を触られるという逆セクハラを受ける羽目になったが、

 

 

「ほぉら、そぉろそろ火の刻も半分が過ぎてしまう。時間は有限だよ、テキパキといこうじゃぁないか。ラムとレムはさっき言った通りに。エミリア様は私の部屋に一度寄ってください。それじゃ、解散」

 

 

そんな楽しげな様子に満足そうに頷くロズワールの一言が、朝食の締めとなった。

 

 

 

 

▲▽▲▽▲▽▲

 

 

 

 

それから、テンとハヤトは二手に分かれた。

 

ハヤトは教育係として担当することになったラムに邸を案内され。貴賓室、浴室、厨房などといった特徴的な部屋を一つずつ回り。

 

屋敷で過ごす上で自室となる部屋を探すために扉をなんとなく見ていたところ、禁書庫の気配を察して扉を開けたらベアトリスと再会、直後にぶっ飛ばされて追い出される。

 

 

「けど、ベアトリス様の気配が違和感として感じ取れるなんて。変な話ね」

 

 

追い出されてしまったものの、それがラムには不思議だった。ハヤトは感覚的に探し当てることができると語ってくれたけど、自分はそんな芸当ができるわけでもないし。ロズワールですら困難で。

 

 となると、

 

 

「やっぱり、相性がいいから?」

 

「おう、そうだな」

「そんなわけないかしらーー!」

 

「「あ、出てきた」」

 

 

頷くハヤトと扉を勢いよく開けたベアトリスの声が衝突。意外にも近くにいた幼女の存在に二人が「ふっ」と笑った。

 

 

 

 

▲▽▲▽▲▽▲

 

 

 

 

 

「…えっと。食器は台車に乗せればいいの?」

 

「はい。そのようにして下さい」

 

 

ハヤトサイドは賑やかなのに対して、テンサイドはひどく静かな環境であった。どちらかといえばテンもラムに教育係としてついてほしかったのに、皮肉にもレムが教育係という事実。

 

正直、死にそうだった。推し、推しが、推しが目の前にいる。目の前で動いている。息をしている。というか近い。近すぎてやばい、すごい。

 

そんな精神状態のテンが話を広げられるわけもなく。まして女の子と話した経験がハヤトと違って著しく少ない彼が話しかけられるはずがなかった。

 

 

「ーーーー」

 

「ーーーー」

 

 

互いに話すこともないため、静寂の中で作業を進める二人。レムはどうか知らないが、テンはこのような場でも黙っている事が苦ではない。寧ろ、複数人いたらその話を黙って聞くのが好きなタイプ。

 

 故に、黙って淡々と作業。

 

 

「紅茶、美味しかったですか?」

 

 

そんなテンの耳に、鈴を転がしたような綺麗なソプラノの声が届く。声に導かれるように視線を声の方に向ければ、作業を中断したレムがこちらの方に顔を向けていた。

 

聞けば、ロズワールと話す中で唖然とするテンがレムから受け取った紅茶。あれは、レムが初めて客人に淹れたものだから評価が気になったのだとか。

 

実際のところ、かなり美味しかった。市販で販売しているのよりも甘みが抑えられていて、よりほんのりとした甘みが際立たされている。

 

テンとしては文句無しの紅茶だった。

 

 

「美味しかったよ、甘さ控えめで喉に優しかった。お陰で緊張がほぐれたしさ。ありがとうね」

 

 

言いながら最後の食器を台車に乗せるテンとレムの視線が、台車を挟んで合わさる。自分の言葉を聞いたレムは「はい」嬉しそうに微笑んでくれて。

 

近い将来、甘々な恋人になる二人の関係は、レムが淹れた一つの紅茶から始まったのである。

 

 

 

 

▲▽▲▽▲▽▲

 

 

 

 

「あぁ……、至福ぅ」

 

「だな。浸かってるだけで力が抜けてく」

 

 

 時間は進み、夜。

 

使用人としてのお仕事を終えたテンとハヤトは現在、入浴中であった。学校のプール並みの広さをもつ浴槽の縁に背を預けながら今日一日分の疲れを癒しているところである。

 

 

「で、仕事はどうだった?」

 

「正直、レムの指導が的確過ぎてやり易かった。仕事の量は尋常じゃないけど。その分、身体も早く慣れる。辛いし必死だけど楽しいよ。お前は?」

 

「ぼちぼちってところだ。ラムも言い方はアレだが指導は的確だし。レムよりは仕事の量は少ないかもしれんが出来ないことはない」

 

 

今日は本当に大変な一日だった。とは、二人共通の感想。

 

肉体的な疲労は覚悟として臨んだからそこまで途方に暮れることもないが、業務内容が中々に熾烈。料理、洗濯、掃除、剪定、皿磨きなどなどの個々の仕事がとにかく疲れる。

 

慣れないことをしているのだから当然と言えば当然だが、流石にあの量は並のものではない。明日からは筋肉痛に頭を悩まされることになりそうだ。

 

テンの場合は、レム(推し)が教育係についたせいで精神的に辛くなったことも含めて。本当に勘弁してほしい。仕事だけに意識を回さないと心臓が破裂する。

 

付け加えると、なぜかテンはレムが試作品として淹れる紅茶を飲む係になった。

 

 

「お客様に粗末なものを出すわけにはいきませんから。テン君に試作品を幾つか淹れますので。その感想を参考にさせて下さい」

 

 

語られた理由は、そのようなもの。

 

どうして自分なんかに入れてくれるのか不思議だった。胃袋が頑丈そうに見えたからか、それとも死んでも問題ない人間だと思ったからか。何にしても、紅茶の実験台に使われることに違いはない。

 

どうやらテンは、レムにとってどうでもいい存在だと思われているらしい。何でも完璧に熟そうとするレムのことだからその心配は無いだろうけど。なら、尚更不思議だ。どうして、自分なんかに。

 

 ともかく、

 

 

「一週間ってところかなぁ。その間に仕事に慣れておかないと。鍛錬に時間を使えないよ」

 

「だな。そもそもそれが目的だしよ」

 

 

とりあえずの目標として、今日から一週間は使用人としてのお仕事に集中することにした二人。現段階ではまだ鍛錬は手につかないと判断したテンに便乗する形でハヤトは同意する。

 

テンもハヤトも初仕事に疲労気味だが、この二人の目的は強くなる事。使用人道を極めるために屋敷に置かせてもらっているわけではない。

 

一刻も早く仕事に慣れてレムとラムが二人でしていた分を自分達が少しでも補い、余った時間の合間に鍛錬。夜の時間は全て鍛錬に回すぐらいの心構えでないといけないのだ。

 

 と、

 

 

「隣、失礼してもいいかい?」

 

 

これから頑張ろうと決意を新たにしている二人の間にロズワールの声が割り込む。特に断る理由もない、二つ返事で快諾した二人の間に彼の体が入り、湯船に沈んだ。

 

湯船に浸かり、少しだけ極楽タイム。どの世界でも湯に浸かる快楽は共通なようで、テンとハヤトを含めて三人で一緒に「ふぅ」と吐息。

 

それから今日の事を混ぜながら少しだけ談笑。今日の出来事について聞かれた二人が各々の感想を言うと、

 

 

「まぁ、それは君たちの努力次第。彼女達の様子から察するに人間的な警戒もそぉーこまでないように見えるから。しっかりやるんだよ」

 

「はい。頑張ります」

「おうよ。任せとけ」

 

 

そのためにこれから一週間も努力するのだ、と。そう言わんばかりに二人は頷く。多分、否、絶対に大変だろうけれど、弱音を吐いている暇など今の二人には与えられていないのだから。

 

 

 

 

▲▽▲▽▲▽▲

 

 

 

 

その後、ロズワール大先生による基礎魔法講義が突発的に開かれ、『ゲート』や『マナ』といった魔法を使う事において基礎中の基礎知識を軽く教え込まれ。『火』『水』『風』『地』の基礎属性を紹介、更には属性適性検査までしてもらった二人。

 

結果として、ハヤトは『火』『地』の他に適性者が少ない『陽』の三属性。テンは『火』『水』『風』の三属性と適性があると判明。加え、ゲートの質が良いことと、マナを貯蔵できる体積が人並みよりも大きい性質であることが偶然にも判明。

 

ゲートの質が良いとは。少ないマナで規模が大きい魔法を放出できる、要するに燃費が良いということだ。尤も、魔法を使えなければ宝の持ち腐れというものになってしまうが。

 

 となると、

 

 

「使えるようになれるのはいいとして。どうやって使えるようになるんですか?」

 

「使いたいなら教わればいーぃじゃない。幸い、『陽』系統以外なら専門家がここにはちゃぁんといるからね」

 

「えっと、それじゃあ。四属性を網羅してるロズワールに教わるってのは」

 

「時間がある時になら、見てあげよう。君達は、次期エミリア様の騎士となる光る原石。それに磨きをかければより輝くだろうしねーぇ」

 

 

意外にも良い拾い物をしたロズワール。森で拾った男二人が磨けば光る将来有望な原石であることを理解した彼は、時間があるときは二人に稽古をつけることに。

 

それは、テンとハヤトがロズワールの教え子として毎日のように半殺しにされることが確定した瞬間であったが。この時の二人は、知る由もない。

 

 

 ——そして、現在。

 

 

「勉強か…、早く鍛錬してぇよ。魔法とか剣とか使ってみてぇよ」

 

「なに言ってんの、お風呂場で言ったでしょ。この一週間は仕事に慣れるために使うって。それは文字の勉強も同じだよ」

 

 

時間は進んで入浴後。テンとハヤトは自室に向かっているところであった。

 

長い廊下を歩く彼らの話の中心にあるのは数分前、自室に戻る最中、ラムがハヤトに「この後は暇か」と尋ねたこと。もちろん、文字を教えるために決まっている。

 

できれば、それよりも早く鍛錬をしたいハヤトだ。勉強はあまり好きではないし、今日という日を乗り切るのでかなり体力を消費してしまった。部屋に帰ったら寝る気しかなかったのに。

 

 

「くぅー! 異世界召喚されてからやりたい事ができないこのムズムズ感が痒い! 早いとこ仕事に慣れて文字覚えねぇと!」

 

「そうね」

 

 

尤も、そこで挫折するハヤトではない。壁の多さに驚くことはあれども屈することなどない彼は、立ちはだかる壁の前で気合を入れ直す。

 

目標と正面から向き合うことができる。一々難しく考えずに今やれることを全力でやる。壁にぶつかっても取り敢えず正面から衝突していくのがカンザキ・ハヤトという男。

 

テンもそこは見習わなければと思いつつ、追いつくことは無理だと心の中で諦めていたり。なんにしても、今は自分がやれる事を全力でやるしかないなと思うのだった。

 

 

「じゃ、俺ここだから。また明日」

 

「ほーい。おやすみ」

 

 

勉強に向けてハヤトが眠りたがる意識を叩き起こしていると、部屋に到着。テンはハヤトと別れて自分の部屋へと一人で向かう。

 

これからハヤトにはラムによる鬼指導が待っていると思うと、ご愁傷様と心の中で手を合わせ。くだらないことを考えながら辿り着いた自室の扉を押し開き、

 

 

「——待っていましたよ。テン君」

 

 

そういえば、自分にも鬼指導をしてくる鬼がいた事を思い出した。

 

 

それ以降は、ご察しの通り。

 

ラムの口から告げられた覚える文字の量の多さにハヤトが唖然。真夜中まで続くと言われて放心状態。

 

レムが真横にいる状態での勉強にテンが動揺。理由をつけて追い出しても紅茶の試飲を理由に居座られて精神が崩壊寸前。

 

 

 色々と、大変な二人であった。

 

 

 

 

▲▽▲▽▲▽▲

 

 

 

 

 ——実に、一週間が経った。

 

 

初日以降、鍛錬よりも仕事に慣れることに専念した二人は今までにないくらいに努力した。

 

身体が筋肉痛に苛まれようとも。迫る眠気に負けて指をサクッと切ろうとも。風呂場で滑って冷水の中に全身ダイブしようとも。

 

結果として、当初の目標は達成された。一週間前、風呂場で「今日から一週間は仕事に慣れるために使う」と言ったことを、二人は気合と努力だけで見事に乗り切ってみせた。

 

まだ完璧ではないが、この一週間で大体のことは熟るようになった二人。最近は、二人が怪しい作業をラムが担当し、レムがその補強と残りの分を担当するという形が出来上がりつつある。

 

そのお陰で少しずつ——本当に少しずつだが、空き時間が作れるようになってきた。十五分程度しかない時間だが、それがこの一週間の成果だった。

 

他にあるとすれば、テンとハヤトがロズワール邸の住人と仲良くなりつつあること、だろうか。

 

元から住人が少ないのだから交流の機会も増えるもので。朝昼晩、一週間も顔を合わせていれば関係が深まるのは自然なことだった。

 

初めは壁を感じた接し方をされていたけど、今はその壁は薄くなった気が二人にはしている。

 

 

「よぉ、ベアトリス。お前、今日はちゃんと食堂に来てくれたんだな。俺は嬉しいぜ。なんせ屋敷の中をお前を探すために走り回らなくて済むからな」

 

「うるさい奴が来たかしら。いま、ベティーはお前なんかと話す気分じゃないのよ」

 

「そう言うなって。それに、毎日お前の部屋に朝食運んでやってるのは、どこの誰だと思ってんだ? 少しは感謝の気持ちを持ちなさい。毎日禁書庫にひきこもりやがって。日の光を浴びろ、こら」

 

「その、ひきこもりがなんなのかは分からないけど。ベティーのことを馬鹿にしてるのは分かったのよ」

 

 

事実として、このような会話が朝食時にハヤトとベアトリスの間で頻繁に交わされている。ハヤトが絡みに行って、ベアトリスが心底ウザそうに対応する絵面が、普通となりつつあった。

 

それは、テンも同様。屋敷で過ごすうちに彼の中の警戒心は薄れ、自然体で彼らと接せられるようになり、そんなテンに対しても彼らは壁なく接せられるようになっていた。

 

レムと一緒にいる事に心臓が破裂しそうだったテンも、今はマシになり。パックとの初顔合わせで「君が僕の娘を口説いたニンゲンだっけ?」と軽く殺されかけたが、誤解が解けて関係は良好。

 

この世界に来て初めて出会った存在ということもあって、エミリアとの仲も問題ないように感じられていた。教育係として基本的に一緒にいるレムは言うまでもなく。

 

この一週間で初めに生じた様々な問題が徐々に緩和されつつある現状に安堵しつつ、ハヤトは「やめるかしらー!」とわちゃわちゃするベアトリスの頭を撫でくり回すのだった。

 

その後、彼がベアトリスによってぶっ飛ばされたのは語るまでもない。

 

 

 こうして、テンとハヤトはエミリア陣営に少しずつ馴染んでいく。

 人間関係が自然と築かれながら、いずれは立派な騎士になるために、物語を紡ぎ始めた。

 

 

 二人の物語は、まだ始まったばかり。

 

 

 






テンは、初めはこんなに弱々しかったんですよね。それが今はあんなに頼もしくなって……。

ここまでが『起』の部分です。前作の一話〜十二話。タイトルでいうと『始まりは薄暗い森の中から』〜『時は流れてーー』までです。

上手くまとめようとしても、前作は人間関係を築く過程を描いたものですから。削れるところがほとんど無い。削ったら人間関係の構築過程が崩れる……。

それに、前作の物語を前提とした物語を今作は展開しますし、削いでしまうと「ん?」ってなる部分が多数。さて、どうやってまとめようか。

できれば、来週の初めまでには『総集編』を終わらせたいところ。がんばります。



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