少しでも望む未来へ   作:ノラン

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基本、本気の戦闘時にはハヤトは黄金色のヴェールを輪郭に纏っていると考えてください。身体能力強化の魔法『アクラ』を発動したことによる効果です。




ハヤト VS エルザ

 

 

名乗りを重ねた直後、両者が一筋の線となってその場から飛び出した。蹴り上げた床板が弾け飛ぶほど力を入れ、跳躍。凄まじい初速を伴って射出された黒い線(エルザ)黄金色の線(ハヤト)が接触するのに時間はかからない。

 

踏み込みそのまま縦に振り下ろす一振りの大剣と、迎え撃つ二振りのククリナイフが衝突。耳をつんざく金属音が盗品蔵に衝撃波として波紋し、ハヤトとエルザの間で火花が散った。

 

本気の殺し合い、その開始一発目は力比べ。わざわざ受けに来てくれた双剣と鍔迫り合いに持ち込ませるハヤトが、叩き割る力でエルザの体を地に押さえつける。

 

 

「想像……いえ、想像以上の力だわ。お顔を殴られたときよりもずっと重い。今までのは手を抜いていたの?」

 

 

一撃、たった一撃受け止めただけで全身から気力と体力が根こそぎ削られるハヤトの斬撃にエルザは歯を食いしばり、まともに受けたのは失敗だったと心の中で興奮。

 

なんて、素晴らしい力なのだろうか。叩っ斬る大剣を受け止める腕の筋肉が小刻みに震え、軋む骨が悲鳴を上げ、踏ん張りを利かせる足裏が床板に沈んでいる。物理的な重量に全身が押しつぶされそうだ。

 

このままでは押し負けるから離脱を図る——否、この火力に拘束されるせいで動けない。身動きをとろうにも、この力に押さえつけられるせいで足が上がらない。

 

 

「ぎ、がぁぁぁーー!」

 

 

鎬を削る鋼と鋼の睨み合い。その均衡を破ったのは人外的な力でエルザを押さえつけていたハヤト。大口を開けた彼が咆哮を轟かせ、声に呼応した大剣に気合が宿ると思いっきり振り切る。

 

しかし、傷を与えるには至っていない。大剣を受け止め切った双剣に皮膚への接触を阻まれ、形として刃の上を滑りながら双剣ごとエルザの体を打ち出した。

 

瞬間的に開く距離にエルザは一息。双剣を握る手が既に痺れつつある事実に心を震わせ、あの馬鹿力と真正面から張り合うのは愚策だと己に命じた。

 

無理やり押し切ろうものなら体が消し飛ぶ、と。

 

 

「おぉぉーーッ!」

 

 

初動の鍔迫り合いを押し切ったハヤトが開く距離を一気に詰める。鍔迫り合い直後、一瞬の隙も与えぬ大剣はエルザに体勢を立て直す時間の一切を決して許さない。

 

鍔迫り合いで自分と相手の火力の差を見極め、結果として軍配は自分に上がると判断。いつも通り力でゴリ押しする戦闘を展開する彼が猛獣のような勢いで蓮撃を開始した。

 

跳躍の力を乗せた鋭い刺突がエルザの腹一直線に突き進む。押し出されて後退、一息ついた彼女からすれば瞬きの間に突撃してきたように見えるそれに、しかし彼女の対応は淡々としている。

 

折り曲げた膝を伸ばし、軽く跳び上がる肉体が斜め上に跳躍。弾くことも受けることも叶わないのなら回避一択、ハヤトの頭上を飛び越えるように直撃寸前の剣先から逃れた。

 

刺突直後の体に反撃の双剣が、お返しとばかりに振り落とされ——、

 

 

「ふっ!」

 

 

大きく弧を描く大剣が落ちる双剣を斬り払う。刺突の硬直を感じさせない両腕が真上に振り上げられ、腕の軌道をなぞる大剣と双剣が再び激突、ハヤトの頭上で甲高い剣戟が生じた。

 

己の攻撃を避けられることを予測したような動きの速さ。斬撃の方向に視線を飛ばさず感覚のみで防ぐハヤトにはエルザも思わず「素敵!」と歓声を上げ、

 

 

「もっと、もっと楽しませてちょうだい!」

 

 

跳び上がり、斬り払われた勢いに身を委ねるエルザが天井に足裏をつけた直後、弾かれるように射出。力ではなく速さで勝負を仕掛ける影が弾丸のように放たれる。

 

背筋に突き刺さる殺意にハヤトが大剣を薙ぎ払いながら振り返るより、すれ違いざまに振られるエルザの双剣が標的に斬撃を与える方が早い。大剣の防御を抜けた双剣が頬を僅かに撫で、裂傷を刻んだ。

 

が、エルザの望んだ結果とは違う。今ので頬の肉をごっそり抉るつもりだったのだが、直撃寸前で首を傾けられたせいで浅すぎる。手応えが無いどころか、斬った感覚すら曖昧だ。

 

 

「まだいくぞ!」

 

 

常人ならば目で追うことすら困難な一撃を感覚一つで回避したハヤトが猛進。頬に走った裂傷を気にも留めず、滑り込みながら着地したエルザに斬りかかった。

 

迎え撃つ彼女を取り囲むのは斬撃の嵐。使用者の身の丈に匹敵する刀身の割に軽々しく振られるそれが縦横無尽に襲いかかり、剣の領域に存在する全てを破壊し尽くさんと暴れ回る。

 

角度を問わない致命の連続。盗品蔵の家具を巻き添えに暴れ回る大剣は使用者の技量も相まって化け物じみているが、それを捌き続けるエルザの技量と戦闘センスもまた化け物じみたもの。

 

一撃一撃を刃の上を滑らせるように受け流し。巧みな体捌きと舞うような足捌きで躱し。視界を埋め尽くす相殺不可な鋼の猛攻に顔色一つ変えず、それこそ踊るように嵐の中で舞い、一太刀も受けていない。

 

 

「速く、鋭く、なにより重い。素敵よ! あなたの一撃、受け流しただけでも体が痺れてしまうわ! まともに受けたら腕が吹き飛んでしまいそうね!」

 

 

一撃を凌いだ瞬間に次の一撃。その一撃を防げば次の一撃が瞬間に迫る。射程から逃れようと後退しようが執念深く付け狙われ、嵐の中心に引き摺り込まれる。

 

闇雲に仕掛けているわけじゃないそれは、確実に獲物の命に近づきつつある豪撃。受け流せど、腕から全身にかけて波のように衝撃が響き、視界が歪む打撃に近い斬撃。

 

そんな地獄のような蓮撃を受け続けるエルザの態度は異常だ。声色が興奮に昂ると気分が高揚し、白い頬に赤みが増す。刃を通して全身の隅から隅まで波紋する振動を感じ、口元が弧を描いた。

 

この蓮撃の中心で笑うなど、異常としか言えない。熾烈を超越した猛攻を笑いながら完璧に捌き続ける女を、化け物以外に形容できるものか。

 

倒す気で叩き込む一撃が全く命に届きやしない。

 

 

「ははっ!」

 

 

 故に、ハヤトは笑う。

 

受け流しの反動をものともしないエルザの双剣がばつ印を描くように振り下ろされる——瞬き一つ許さぬ反撃を掻い潜り、斬撃の嵐を中断したハヤトが攻撃の挙動で隙が生じる背後へと一気に回り込んだ。

 

回避と反撃は同時。浅い踏み込みで体のバランスを保ちながら間髪入れず刃を放ち、無防備な背を縦に深く切り裂く。

 

 寸前、

 

 

「——っぶね!」

 

 

脇の隙間から突き出てきた剣先に攻撃を中断し、咄嗟に飛び退く。手の中で器用に柄を回したエルザが双剣を逆手持ちに切り替え、自身の体を目隠しに使った鋭い刺突を後方に放ったのだ。

 

釣られたと思っていい。あの大振りな攻撃の挙動は、隙が生じたと思わせて背後に回り込ませるためのものに違いない。だって、猛者の動きにしては流石にあからさますぎた。

 

ハヤトが後方に回り込むことを見切った上で、振り下ろすタイミングで逆手に持ち替え、そのまま後方に振り切る——しれっと恐ろしいことを攻撃の中に混ぜてくる女だ。

 

 でも、その方が面白い。

 

 

「あら、避けられてしまったのね。私のお誘いに乗ってくれたと思ったのに。でも、そうでなくてはつまらない。もっと踊りましょう? たくさん感じさせてちょうだい」

 

「あぁ、存分に踊ってやるよ! 逝っちまうくらい感じさせてやらぁ!」

 

 

誤解を招きそうな掛け合いの直後、足元に転がる椅子を蹴り飛ばしたハヤトが突撃。木屑を撒き散らしながらエルザの顔面に飛ぶそれは、ハヤトがその身に宿す力も相まって一つの大砲と化す。

 

が、容易く斬り払われた。右の刃を縦に一閃、驚くほど滑らかに一刀両断され、ハヤトの小細工はあっけなく散る。否、それでいい、右腕を使わせたことに意味があるのだから。

 

火力において圧倒的にハヤトに軍配が上がる都合上、エルザは彼の大剣を一つの刃で受け流すことは叶わず。その際には必ず二つの刃で受け流すことを要求される。

 

一つの刃で無理やり受け流そうものなら弾かれて終わるか、強引に押し切られて大きな被弾を齎される。その隙をハヤトは決して逃さない——それを彼女の頭は理解している。

 

そしてこの状況。右腕が小石を蹴る感覚で軽く蹴られた大砲を叩き落とすのと、床板に足が沈み込む程の力で踏み込んだハヤトが大剣を横に薙ぐのは同時。

 

片方の刃を使った状態で即死の凶器が脇腹めがけて走る今、彼女に受け流すという選択肢は無い。

 

 つまり、

 

 

「惜しい」

 

 

 回避一択。

 

思った通りの選択をとったエルザの体が縦に跳ねる。横からくるなら縦に逃げればいい。そんな気軽さで身軽に斬撃の動線上から僅かに逃れ、刃の射程圏内に飛び込んで来たハヤトの首筋に残る左腕がしなった。

 

重ねて、返す右の刃がハヤトの顎に狙いを定めた。手首のスナップのみで跳ね上がる剣先が喉笛に走り、当たれば即死な二振りの刃が上下から小さな緩急をつけて頭部に襲いかかる。

 

 が、

 

 

「ぐ……っ」

 

 

小さく、エルザの口元で苦鳴が鳴る。

 

直後、顎を強く蹴り上げた足の甲が彼女の体を天井に蹴り飛ばしていた。双剣が大気を斬り殺す音を掻き消す鈍い音が空間に木霊し、顎が砕ける打撃にその姿が天井裏に消える。

 

 ——サマーソルト。

 

上り、下る二つの一閃より、弧を描く一つの剛脚の方が一枚上手だった。背筋を大きく逸らして斬撃を回避、返す刃が顎を掠めた瞬間、踏み込んだ右足を支えに渾身の力を宿した左脚の蹴り上げ。

 

自分の小細工を看破すると断定した強い踏み込みが予備動作となり、縦の回避を誘発させたハヤトが誘い込んだ獲物を豪快にぶっ飛ばしてみせた。

 

ようやくまともに入った一撃。さしものエルザも怯んでくれると思いたいハヤトが見上げた天井に一息つき、

 

 

「素敵! 今のは痛かったわ! 気絶しちゃうかと思った!」

 

 

その息が掛かる距離に、既にエルザは接近していた。

 

打撃に齎された被害を感じさせない恍惚とした笑みが双剣の斬撃を引き連れ、射出された弾丸と遜色ない神速が咄嗟に身を後ろへ傾けて回避したハヤトを切り裂く。

 

鮮血が舞い、低い苦鳴が喉で弾けた直後、着地の反動を殺したエルザが鋭く疾走。距離を取るハヤトの懐に残像すら残す速度で飛び込み、動揺の暇も与えぬ双剣が袈裟斬りに放たれる。

 

胴体を斜めに断ち切る死の斬撃。考える暇がないそれに脊髄反射とも言える反応で大剣が動き、双剣と大剣が衝突した。直後、押し返す力に抗わぬエルザが後ろに飛び退く——振られる剣先が鼻頭を掠める。

 

 

「あぁ、やっぱりあなたの血は特上だった。ぞくぞくしてくる」

 

「気色(わり)ぃことすんじゃねぇよ! テメェ!」

 

 

双剣に付着したハヤトの生き血を舐めるエルザの淫乱がかった表情を大剣が一閃——軽やかに跳ねる細身が紙一重で回避に成功すると追撃の一閃が容赦なく追う、軽やかに回避、一閃、回避、一閃、回避。

 

斬撃に斬撃が重なり、回避に回避が重なり続ける。時折その体から命の滴が飛び散るが、エルザからすれば感情の着火剤でしかないのだろう。

 

高揚し、興奮し、あるいは発情し。一撃でも体に入り込めば即死の危険に心が躍り、目の前の男との殺し合いが楽しくて仕方ない。今この瞬間に生を感じ、渇望する心が潤いを必死に求めている。

 

この渇望、どうして潤せばいい。

 

 

「あなたの血。それ以外にないようね」

 

「はぁーーッ!」

 

 

回避に専念し続けたエルザの不意な反撃に身を回し、掠めるように回避。回避のモーションを反撃に繋げるハヤトの回し蹴りがエルザの脇腹に捩じ込まれた。

 

壁に叩きつけられたエルザがハヤトを睨む——既に攻撃は放たれている。思考の暇を与えないハヤトがエルザとの間合いを一瞬にして詰め、深い踏み込みと同時に大剣が横に一閃。

 

腰を大きく捻りながら全身を使って薙がれる一撃は、当たれば間違えなく上半身と下半身が泣き別れる必殺の一撃だ。

 

 

「けど、単調」

 

 

 嘲笑い、跳躍。

 

床を軽く蹴りつけ、真上に跳んだエルザは余裕を持った回避を見せる。鋼の刃が背にした壁を紙のように切り裂きながら足裏を通過し、即座に反撃に出る双剣が眼前の脳天に振り下ろされた。

 

こちらも回避と反撃は同時。避けられた大剣を振り切ったと同時に視界を両断する斬撃は速く鋭く、大剣を引き戻す暇がないとハヤトは舌打ち。

 

故に、彼は剣術という攻撃手段を捨てた。この大振りは曲芸のように動くエルザと相性が悪すぎる。どれだけ速く振れようが関係ない。挙動が大振りすぎて諸々全て見切られてしまう。

 

 力じゃだめだ。手数で勝つ。

 

 

「ふーーっ!」

 

 

 判断は刹那。行動は一瞬。結果は直後。

 

相性悪しと見限った大剣を完全に手放し、剣術から体術に切り替えたハヤトが落ちる双剣——凶器を携えた両手首を掴んだ。握力から解放された大剣が壁に突き刺さり、止まる。

 

少し判断が遅ければ真っ二つだった状況にハヤトは怯まない。戦闘が長引くにつれて己の本能が研ぎ澄まされていく感覚に昂り、戦闘に不用な感情が次々と切り捨てられ、行動の最適解が導き出されていく。

 

 

「はははっ!」

 

「ふふっ」

 

 

一瞬、両者の視線が至近距離で交差。本能的な脅威を悟らせる凶暴な目をしたハヤトと、殺すことにひたむきな殺意を宿す目をしたエルザの視線が交わり、両者が歯を見せて笑った。

 

ただ純粋に楽しいから笑ったような笑み。楽しい以外に考えうる言葉が存在せず、心の中で沸騰する熱が闘争心を焼き、もっと極限の戦いをしようと無邪気な笑みを光らせる。

 

 

「うらぁぁ!」

 

 

その瞳の中に真っ赤に燃ゆる炎を見た直後、骨が砕ける怪力から逃れることができなかったエルザがハヤトにぶん回され、腕を薙ぎ払うように投げ飛ばされる。

 

とりあえずぶん投げた結果、受け身をとったエルザが転がりながらカウンターに激突。響く衝撃音に裏で隠れるフェルトが「うぇっ」と喉を引き攣らせ、ロム爺が身を固めた。

 

その中で一人、ラムは至極落ち着いている。尖る赤色の瞳で戦闘を睨み続け、魔法を撃ち込む機会を静かに狙う。

 

しかし、戦闘展開が速すぎて射線上にハヤトが被ってしまうから撃てないという壁があった。

 

 

「ぐ、るぅぁぁぁ!」

 

 

気合の声がエルザの頭上から降り注いだ直後、体勢を立て直す一瞬すら許さぬ踵落としが彼女の胴体に振り落とされる。どこまでも執念深く、どこまでも貪欲に、命に牙を剥き続けた。

 

その場からエルザの真上に跳躍、天井に足裏を合わせ、真下に急降下。蹴り上げた屋根の一部を爆ぜさせながら全身の回転を活かした打撃が落ち——、

 

 かっと、ラムが目を見開いた。

 

 

「エル・フーラぁ!」

 

 

瞬間、少女の詠唱がけたたましく空間に驚き、呼応した風刃が世界に現れる。これまで集中に息を殺してきた彼女のマナが爆発し、主の意思に従ってハヤトの命を救うべく飛び出した。

 

狙いは一点、落ちる脚の動線上に置かれたククリナイフ。

 

床に転がりながらもそっと置かれたそれは、ただ手を伸ばして空間に置いただけという単純なもの——その単純さに隠れる脅威をラムは瞬時に理解していた。

 

剣先を上に立てるそれはハヤトの脚を受け入れる姿勢。故に、もしあのまま彼が脚を思いっきり振り切れば、間違えなくその脚にナイフが突き刺さるだろう。彼の力も相まって無慈悲に貫通するはずだ。

 

 そんなの、誰が認めるものか。

 

 

「くたばれーーッ!」

 

 

突然、弾かれたナイフに目を見開くエルザ。横槍を入れられたのだと気付いた時には遅く、咆哮したハヤトの踵落としが彼女の右足に直撃。瞬間的に大きく揺れた盗品蔵が、その威力を物語った。

 

狙ったはずの胴体に直撃しなかったのは、エルザの素早さが一枚上手だったということだろう。目論見が破壊されてから回避に移るまでの間隔がコンマ数秒で、滑るように動いた彼女は命の危機を避けていた。

 

しかし、足を潰したことに変わりはない。片足を潰せばあのすばしっこい動きも幾分かは落ち着くと考えていい。

 

一度でも動けば自分からは決して止まらないハヤト。彼は追撃の手を緩めず駆け出し——、

 

 

「っあ……!」

 

 

感じた痛みに、動きが止まる。嬉々とした表情が痛みに歪み、眉間に皺が寄る。思わぬ被害に驚き、よろけかける体をカウンターに手をついて支えた。

 

右足を踏み出した瞬間だった。足裏に感じた衝撃に右の脹脛あたりから痛覚を刺激する違和感が声を上げ、怒涛の蓮撃を強引に断ち切っている。刺すような痛みが、そこにはあった。

 

痛みの元に視線を向けるハヤト。身を蝕むそれはなんなのかと思うと、十センチ程度の木屑が右の脹脛に貫通しているのが確認できた。人差し指程度の太さのそれが、確実に皮膚を突き破っている。

 

 

「ただ逃げるだけでは芸がないでしょう? 避ける前に一つ、刺させてもらったの。咄嗟のことだったから、ナイフで斬る暇が無かったのがとても残念だけれど」

 

 

 追撃は、来ない。

 

ハヤトが怯む絶好の機会に、得意げなエルザは背にした壁に寄りかかりながら立っているだけ。踵落としが直撃した右足は目も当てられないほどに酷く潰れてしまっているが、痛がる様子は見られない。

 

互いに傷を負ったことで戦闘にカンマ。戦闘の余韻が響き続ける盗品蔵には、いつ戦闘が再開するか分からない緊張感が走り続け、それがハヤトとエルザを睨み合わせた。

 

刻まれたばかりの傷痕から赤色の液体が滾滾と湧き出るハヤト。静かに呼吸を整える彼を見るとエルザは色っぽく舌なめずりし、

 

 

「素敵。あなた、すごく素敵よ。赤よりも赤いその生き血を見ると唆られてしまうわ」

 

「こいつ……。痛みを感じねぇのか」

 

「そんなわけないわ。今、体の隅々まで感じてるところよ。傷は癒えても腕の痺れは無くならない。痕は消えても残る痛みは無くならない。久々の感覚に目がくらくらしちゃいそう」

 

 

「狂人かよ……」と、フェルトが戦慄の声を呟く。その理解はエルザを見る四人共通で、誰もが目の前にいる女が化け物であると認識。

 

強さ云々ではない、エルザ・グランヒルテという心が化け物なのだ。痛みを受けても喜び、与えても喜び、殺し合うことに快楽を得る精神が人から完全に外れている。

 

バトルジャンキーなハヤトも流石に笑えないレベル。彼は『戦い』そのものに価値を見出すのに対し、エルザはその先にある『殺し』というものに価値を見出している。

 

二人は戦いの中に美を見出す者同士だが、そこだけが決定的な違いだった。双方、共に戦いに飢え、イカれていることに変わりはないものの。

 

 

「男と女のダンスに横槍なんて、無粋な真似をするのね。あと少しで、その人の血がたくさん見れたかもしれないのに」

 

 

徐々に右足が元の形に治りつつあるエルザ。精神的にも肉体的にも化け物な彼女が視線を向けたのはラムだ。冷たい殺気が鋭く飛び、赤色の瞳を侵食せんばかりに睨みつけた。

 

ラムの後ろに身を潜めるフェルトの体が恐怖に固まり、ロム爺が息を呑む気配。しかし、殺気を真正面から受けるラムの態度は毅然としたまま。表情一つ変えず、鼻で笑い飛ばしそうな雰囲気である。

 

実際、彼女は「ハッ!」とエルザの濃密なそれを前から後ろへ適当に受け流し、

 

 

「抜かない方がいい。出血が止まらなくなる」

 

「分かった。あぁ……クソ、(いて)ぇな」

 

 

あくまで視線は逸さぬまま、視界の端っこに映るハヤトの行動に停止の声。突き刺さったそれを気合いで抜こうとしていた彼を止め、痛々しい傷に目を細める。

 

エルザの言う通り、仮に自分の横槍が無ければかなり危ない事になっていたとラムは思う。あのまま脚に貫通するのは勿論、最悪の場合切断されていたかもしれない。

 

普通、あの状況で攻撃という選択肢を取るだろうか。投げられ、転がりながら叩きつけられ、顔を上げた先にあるのは踵落とし——その状況でナイフを置く思考が理解不能。

 

どれほど危機的状況になろうとも殺すことに意識を回すなんて、色々な意味でエルザは化け物。そんな女と互角に渡り合っているハヤトも化け物なのだろう。

 

流石、地獄のような修羅場を生き抜いてきただけはある。ロズワールと戦い続けてきただけあって、化け物相手でも十二分に戦えるらしい。まったく、頼もしすぎる男だ。

 

 しかし、

 

 

「まだいけそう?」

 

「あぁ? いけるに決まってんだろ」

 

 

その化け物は今、少し疲れ気味。

 

呼吸こそ乱れていないが、そう言った頬には微かな疲労が見える。体はどこも震えていないが、受けた斬撃の痛みが負荷をかけているはず。見える横顔はいつも通りだが、額には汗が滲み始めていた。

 

魔女教徒がメイザース領に攻め込んできたとき以来、初めての激闘。約一ヶ月ぶりに激しい動きをした反動もあるのだろう。体が心に追いついていないように見える。

 

あの夜の傷が完治し、リハビリ(機能回復)に努めたとはいえ、少なからず無理が生じているとラムは思う。あの化け物を一人で相手にするのには相応な労力を費やし、神経がすり減っているはずで。

 

 

「代わってあげてもいいけど?」

 

「ざけんな。まだやれる。戦わせろ」

 

 

だから交代してあげようかと思ったのに、ハヤトはそんな感じ。拳を握りしめる彼は歯を見せて凶暴に笑い、友人の心配と気遣いを突っぱねる。その口元に、鋭利な牙を幻視したのはラムだけだろうか。

 

「やっと、あったまってきたんだ」と。そう言い切るハヤトの言葉に嘘はないし、事実だ。彼はまだ戦えると吠え猛り、ラムと代わる気など一欠片もない。

 

幾度となく命を狩り取る一撃を仕掛け、仕掛けられ、少しずつ極限状態に近づく戦闘に己が研磨されていく感覚——ここでしか味わえないそれを逃す手などないのだ。

 

 それに、

 

 

「この程度の傷、なんてことねぇよ。俺ぁ、ウルガルムの大群と戦った後、ボロッボロの体でドラゴンと一対一(サシ)で殺り合った男だぜ? たかが木屑一本ごとき、止まる俺じゃねぇ」

 

「今さっき、踏み出すの止まってたけど」

 

「そういう意味じゃねぇよ」

 

 

 ラムの軽口はともかく。

 

あの時に比べたら全然緩い傷だ。あの、地獄を軽々しく飛び越える夜に比べたら緩すぎて笑えてくる。

 

体力が底をつき、マナは枯渇寸前、大剣を握る手から握力が途絶えかけ、傷が全身を蹂躙し、疲労で視界が歪み、いつ倒れてもおかしくなく、気力だけでマナを絞り出し、常時襲いかかる激痛を振り切って体を動かしていた状態。

 

そんな状態でドラゴンと戦った時よりかは遥かに優しい。比較にならない。今はまだ、そんなに極限状態ではないのだから。戦闘も、肉体も、精神も、どれもがあの時とは程遠い。

 

尤も、あれは死が一歩手前にあった状態だから、それを基準にしてしまうと全ての状態が『平気』という判定になってしまうが。

 

 要するに、

 

 

「大丈夫だ。何も心配するこたぁねぇよ。あの女は俺がぶっ倒すから、お前はそこで援護してくれ。お前の援護が背中にある、って思うとすげぇ心強いんだ。自由に暴れ回れる」

 

「………無責任な信頼ね」

 

「それが、親友関係(俺たち)ってもんだろ?」

 

 

その言葉は自分を奮い立たせるための虚勢でもなく、相手を威嚇するための啖呵でもない、事実だ。自分の身が危険になればラムは必ず助けてくれると、ハヤトはそう信じて疑わない。

 

「ふっ」と。微笑の息を溢すラムもまた、そうなのだろう。直接言葉にはしないけど、目の前の背中はどんな相手だって必ず倒してくれると、そう信じて疑わない。疑う余地などない。

 

そう思えるだけの信頼関係を築いてきた。そう思わせてくれるだけの力を、ハヤトは自分に示してくれた。

 

 なら、自分はそれに全力で応えてみせよう。

 

 

「頼んだわよ」

 

「任せとけ」

 

 

ラムが任せて、ハヤトが任せられる。

 

それだけでよかった。それ以上は不要だった。言葉の要らない信頼関係は、そのやりとりだけで簡単に成立していた。

 

 

「休憩の時間はおしまい?」

 

「待ったか?」

 

「いいえ。傷も癒えてちょうどいいくらい」

 

 

右足の脹脛からじわじわ感じる痛みを意識の外に放り投げ、ハヤトはエルザと対峙。なに一つとして癒えてないが、気合一つでどうにでもなると拳を握りしめた。

 

そんな彼の前にいるのは両手にククリナイフを携えたエルザ。先程と少し形状が変わっていることから察するに、武器替えでもしたのだろう。攻撃の威力にひび割れが生じ、使い物にならなくなっていたところだ。

 

傷を引きずるハヤトに対し、エルザもまた潰れた右足を引き摺りながら——。

 

 

「その足……、潰したはずなんだが」

 

「はずなんでしょうね。でも、もう治ったの」

 

「治った、って……。マジもんの化け物かよ。顔面の傷といい、ちょいちょい斬った箇所といい、自己回復機能でもついてんのか」

 

 

 強ち、間違ってもない。

 

正直、エルザの正体も性質も忘れたハヤトだが、それだけは覚えている。原作一章にて、あのラインハルトの一撃すらも生き延びてしまう肉体がどういったものなのか。

 

しかし、実際に前にすると中々に恐ろしい。与えた傷がものの数十秒で癒えるとは。エルザという人間の実力が化け物じみていることも含め、何も知らなかったら悪夢かなにかと勘違いしてしまいそうだ。

 

今一度、気を引き締め直す必要があるかもしれない。この戦い、長引けば長引くほど負けに近づき、戦った分だけ追い込まれる気がする。

 

 消耗戦は不利、短期決戦。

 

 一撃で、一気に吹き飛ばす。

 

 

「自己回復……そうかもしれないわね。傷は立ち所に癒え、際限なく戦い続けられる。そんな戦いに、あなたは意義を感じられる?」

 

「上等ぉ。生憎と、どんだけ殴っても倒せねぇ化け物を相手にすんのは慣れっこなんだ。テメェが先に折れるか、俺が先に折れるか、勝負しようや」

 

 

「倒れるまで倒してやるよ」と。

 

キツく結んだ黒帯を解き、ハヤトは血に染まりつつある白の分厚い羽織を脱ぎ捨てた。雑に宙を舞うそれがラムの頭上を越え、ロム爺の顔面にひらりとかかる。しかし気にならない。意識下にあるのはエルザただ一人。

 

黒の半袖の肌着から鍛え抜かれた逞しい肉体がチラチラと顔を覗かせ、服の上からでも胸板の厚さが見て取れる。羽織の厚みから解放された体がより身軽になり、格闘の構えが整えられた。

 

その姿勢にエルザは何を感じたのだろう。一瞬、ハヤトの行動に唖然、それから堪えきれなかった風に熱を帯びた吐息を溢し、

 

 

「本当に素敵。今日はここに来て良かった」

 

「ああ、俺もだ。久々にアツくなってきたぜ」

 

 

双剣を構えるエルザが笑い、共感するハヤトが釣られて笑む。ずっとこのような戦いをしたかった——口にしているわけではないのに、戦いを見守る三人にはそう言い合っているように見えていた。

 

もうすぐ、第二の戦いが始まる。決着がつくまで終わらない戦いが、幕を開けようとしている。空間の緊張は最高潮にまで高まり、息が詰まるような錯覚が場にいる全員に起こった。

 

 

「あの大剣は使わないのかしら?」

 

「相性が悪いからな。サーカスみてぇに動くテメェにはナックル(こいつ)の方が戦いやすい」

 

 

ふと思ったような疑問に即答し、ハヤトはナックルを強く握りしめる。心の奥底で轟々と燃え続ける闘志の波紋が腕を伝って拳に伝播し、装備したナックルに滞りなく行き渡った。

 

先程から握りしめすぎだろうか、否、気合が入るのなら何度って握りしめてやろう。今までだって、そうやって乗り越えてきのだから。握りしめた両の拳で、自分を奮い立たせてきたのだから。

 

戦ってみた結論。エルザには大振りの得物は有効ではない。現に、直撃した攻撃は全てが体術によるものだ。故に剣術を捨て、攻撃手段を体術に絞る。

 

 

「舐められたと、そう捉えても?」

 

「んなわけ。俺は、相手の実力も見極められない男じゃねぇよ」

 

 

 言った直後。

 

凄まじいマナの奔流がハヤトを中心に渦巻き、次第に彼の肉体から外側へと波紋していく。大気中のマナが震え、この場で息をする者たちを敵味方関係なく取り囲む。

 

それは、肉体に再展開したアクラによって溢れ出したマナによる波動の余波。あるいは、彼の昂る感情が具現化したことによる魂の咆哮。

 

体の内側に留められないそれを全開放し、ハヤトは叫んだ。

 

 

「かかってこいよ、エルザ・グランヒルテ! 俺はまだまだ戦い(食い)足りねぇぞーーッ!!」

 

 

ニヤリと笑うエルザに黄金の覇気が更に爆発し、飛びつく勢いで一挙に殺到。主の声に呼応するように纏われた戦闘の意志が大咆哮し、彼女の心が戦慄(興奮)に震えるほどに威圧。

 

生じる衝撃波が彼の本気度合いを物語っている。一人の人間が発したものとはとても思えぬ暴風が盗品蔵を吹き荒らし、辺り一体に散らばる木屑を巻き上げ続けた。

 

 

「素敵、素敵素敵素敵! 心ゆくまで楽しみましょう!」

 

 

その時点で、第二ラウンドの幕は上がった。

 

今のを戦闘再開の合図と捉えたエルザが鋭い軌道で疾走。視認速度を軽く凌駕する速度で魔法展開の余波を押し除けながらハヤトの懐に飛び込み、

 

 

「こっからが、俺の本業だ! 覚悟しやがれ!」

 

 

振り上がる双剣と殴り落ちるナックルが衝突。鼓膜をつんざく甲高い音が世界に響き、鋼と鋼の間で火花が狂い咲いた。

 

 

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