納得のいく内容が書けず、書いて消して書いて消しての繰り返し。結果、急足で大雑把な内容になりました。
頭の中を、空っぽにして読んでください。
——原作が開始した以上、必ず発動するとは分かっていた現象、『死に戻り』。
それは、ナツキ・スバルという存在の命が散る度に死に戻らせる元凶が勝手に更新するセーブポイントまで強制的に世界が巻きどり、乗り越えるべき壁を突破するまで何度もやり直させられるというもの。
初見殺し満載なこの世界において、その力は最強と言える能力かもしれないとハヤトは思う。やり直す前の記憶を保管した上で世界を繰り返す能力というものは、使い方次第では絶望的な盤面をひっくり返せる可能性を強く秘めているからだ。
実際、それでナツキ・スバルが盤面をひっくり返したことを観ているし、知っている。どんなに手詰まりだとしても、その名を持つ存在は限られた手札で立ちはだかる壁を見事に破壊してみせた。
とんでもない力だ。まさか、自分自身が巻き込まれることになるとは思わなかった。これ関しては本当に予想しておらず、心構えというものが全くない。
そのせいで、少し感動してしまう。原作において地獄を味わったナツキ・スバル、その横に自分の存在があると思うと、変に胸が熱くなってくる。
だから自分は、少年ではなく少女としてこの世に召喚されたナツキ・スバルの助けになってやろう。彼女の隣を共に歩く心強い仲間として、無条件で拳を振るおう。
「——と思って、意気揚々と出たはいいものの」
そこまで考え、ハヤトは一言。
暗い路地を出て日の当たる街中、視界の中を忙しなく動く人々や竜車、露店を営む人の喧騒などを耳に挟みながら腕を組んだ。
声に釣られて横を向くスバルが見た横顔は、ついさっき右腕をばっさり斬られて瀕死だったとは思えないほどに落ち着いていて。澄ました様子の彼は戻った直後の動揺を完全に断ち切り、平常心状態。
こちらの様子を窺うスバルを横目に、悩ましげに低く唸るハヤト。眉間に皺を寄せる彼は迷子の少女がいたであろう場所を見ながら、
「こっからどうするか」
「エルザのやろうをぶっ倒すんじゃないの?」
「最終的にはな。だが、その最終的な目標を達成するためにはどうするか、ってことだよ」
簡単に言ってくれるスバルの軽い発言に端的に返し、ハヤトは考える。普段は考えるよりも先に行動から始まる彼も、相棒が不在な今回ばかりは体よりも先に頭を動かし始めた。
前回の道を通って、それでなんとかなるのならそうしたい。貧民街に行き、夕方になるまで盗品蔵付近に潜伏、なんとかフェルトの警戒心を緩ませ、不意打ちしたエルザと一騎打ち——それじゃ悲劇を招く。
正直、今の自分が一人でエルザと戦って勝てるかどうか怪しいところではあると薄々ハヤトは理解していた。決して、一度の敗北で怖気付いたわけではない、負ける気なんてさらさら無い。当然だ。
ただ、戦って解った。エルザはとてつもなく強い化け物であり、気合いだけでは乗り越えられない相手だと。不死に近い体質であるが故、闇雲に拳を振るっていては勝てない。
加えて、久々の激闘に体が追いついてくれないのが残念な現状。心ばかりが先行するせいで、あの戦闘を無理に続けていたら早々に崩れるのが未来。
本調子の自分取り戻すまでは、下手な真似はできない。今の自分だけではエルザを退けることはできない。認めたくないけど。弱気とかそんなんじゃないけど。
相手が相手だ。一度、策を練る必要がある。そのためには、エミリアとラムの二人と共闘することが必須なのだが、
「アイツら………、どこ行きやがった」
低い声で呟き、目を細めるハヤトは周囲を見渡す。曇り模様な双眸が探すのは桃髪のメイドと銀髪の少女。このループを抜け出すのに欠けてはならない頼りになる二人。
エミリアは迷子の相手を、ラムはその付き添いをしろと言った。なら二人は今、迷子の相手をしているから迷子がいた場所にいる——その考えが甘かったとハヤトは痛感している。
どうやら、自分がスバルと現状の把握を済ませている間に彼女たちの方でも進展があったらしい。いると思っていた場所から姿を消し、周囲を見渡してもそれらしい姿は見えなかった。
この時点で、既に前回とは違う展開。貧民街組と迷子組の組み合わせが変わってしまっている。これでは、力を借りようにも借りられない。
どうする。
「なぁ、スバル」
「なに?」
「前回、迷子を親に届けるまでどんくらいかかった? 貧民街に入るまでどんくらいかかった?」
返答によっては今後の展開を決定づける質問を投げかけ、ハヤトは視線をスバルへ。頭の中に二つの選択肢を用意し、そのどちらを選ぶかを彼女の返しで決めることにした。
口元に指を添え、考えるスバル。「んーー」と前回の記憶を断片的に思い出すと、
「迷子を届けたのは三十分くらい……だった気がする。でも、そっから母親の人にお礼がしたいって言われて二十分くらいかけてその人の旦那の店に行ったから、貧民街に入ったのは実質一時間くらいかかった」
お礼を受け取らず、母親に届けてすぐ貧民街に迎えばもっと早くに入れたかもしれない。とは今更だから言わないとして、スバルは口を閉じる。
途端、そんな彼女の返答を受け取ったハヤトの曇った表情が更に深まる。「そうか……」と重く返す彼は頭の中に浮かべた二つの選択肢のうちの一つが崩壊し、自ずと今後の方針が決まった。
スバルが話した通りなら、エミリアとラムが貧民街に入るのは今から約一時間後。エミリアがその母親からの感謝を蹴るとは思えないし、誤差はあれどその辺の時間付近で行動を開始するはず。
となると、前回のを当てにするのならエルザとの戦闘が開始するまでに二人との合流は望めない。逆を言えば、それまでの時間を稼げれば加勢の可能性は望めるか。
となると、
「うし。スバル、とりあえず貧民街に行くぞ」
軽くスバルの肩を叩き、体を向きを変えて再び薄暗い路地の中へ。追いかけてくる足音が「あの二人はいいのかよ?」と声をかけてくるが、
「合流できんならそうしたい。だが、迷子を母親に届けんのに三十分も使ったんだろ? そんだけ歩くなら、あの二人は今頃俺らの知らない所まで行ってるだろうよ」
探しても見つけるのは難しい。そんな風に言いながら指の関節を鳴らす。もう少し時間が短かった場合は屋根にでも登って真上から姿を見つけようとも思ったが、三十分は流石に長い。
第一、いつあの場所から移動したのかも怪しい今。近くにいるのかも遠くにいるのかも曖昧だから、下手に探し回るのは愚策だと考えた末にハヤトは判断した。
そうするくらいなら、先に盗品蔵に行って彼女たちが加勢しにくるまで時間を稼ぐ方がいい。その方がハヤト的には動きやすく、変に頭を使わずに済む。
尤も、
「スバルが、その母親の旦那が営んでる店の場所を正確に覚えてんなら話は別だ。そこに行って二人が来るのを待って、合流してから貧民街に行くのも一つの手だぜ?」
「この街、どんだけ広いと思ってんの? RPGゲーでオートマッピング溺れたアタシのマッピング能力舐めんな。色々とあって一欠片も覚えてないわ」
「そうか」
清々しいまでの忘れた宣言にハヤトは適当。その適当さが今のやりとりが成立している事実を覆い隠し、彼が自分と同じく召喚された側の人間であるとスバルには気付かせなかった。
そもそも、彼女がそれを知っていたとしてもその選択肢は無いことにハヤトは言いながら気付く。
仮にその店で二人を待っていた場合、行動の開始が一時間遅まることに直結。フェルトが盗品蔵に到着するまでに付近で潜伏することがことが困難になり、徽章の奪還が遠のいてしまう。
要するに、エミリアとラムが迷子組になった時点でこうなることは決定していた。ラムをエミリアに付き添わせた時点で、自分一人でエルザと戦うのは確定している。
「ま、そういうことだから合流は諦めて俺らは先に盗品蔵に行く。何をするにもそっからだしな。そうじゃねぇとエルザが暴れて死人が出ちまう」
「アイツらは、自力で辿り着くだろ」と。厚い信頼を向ける二人のことを頭の片隅に追いやり、ハヤトは今後の方針を決定。隣に並ぶスバルに「それでいいか?」と聞いても反論は返ってこない。
策を練るとか考えておきながら行き当たりばったりが否めない方針になったが、別にいい。元より戦わずして事を終息させるのは不可能で、どの道こうなるのだから。
下手に策を練るより正面突破、それが自分のやり方——二人との合流が望めない以上、前提条件から覆されたハヤトは、そうやって考えることを放棄。
二人の加勢が来るまで時間を稼ぐというふわふわした作戦を一つ。来たら協力して倒して、それまでは自分一人でなんとかしてみせるという自信満々な精神の下。油断しなけば、前回のような失態は絶対にしないと。
そう、思っていた時だった。
「止まれ、スバル」
路地を奥へと進み、街の喧騒が徐々に遠ざかっていく中、考えを中断したハヤトが不意に現れた三つの人影に足を止める。庇うように伸ばした右腕でスバルの足を強制的に止め、有無を言わさず背中に回した。
当然のそれに驚くスバル。庇われた背中から何事かと思いながら顔を覗かせると、
「よお、兄ちゃんたち。少し俺らと遊んでいこうや」
チビなのと、ゴツいのと、細いの。
見覚えのあるチンピラ三人組。前回のループで自分とエミリアを襲ってきた顔ぶれが、進行の妨げになるような立ち位置で道を塞いでいた。途端、三人を見たスバルの眉間に皺が寄る。
変だ。自分たちは今、前回この三人組が襲ってきた路地とは全く違う路地にいるのに、どうしてこの場所にいるのか。場所が違うのなら、襲われないはずなのに。
まさか、世界線を越えて自分についてきたとでも。
「冗談じゃない。丸々同じ奴らに襲われるとか、どんな因果関係だっての」
「なんだ? コイツらのこと知ってんのか?」
「前回のループで襲われたの。場所は違うけど」
背中越しに聞こえてくる小さな声に「そうなのか」と言葉を返し、ハヤトは拳を軽く握りしめる。それから面倒そうに「ったく、前と全然違ぇじゃねぇか」と苛立ち気味に舌打ち。
前回とは違う展開に困惑するのはスバルだけではなく、ハヤトも同じだった。見たことのある小物感満載な三人組に出会えた感動よりも、前回には無かった展開に頭が痛くなる。
が、それを無理やり飲み込むのがハヤト。展開が変わったのなら変わったと即座に受け入れ、時間の流れに置いていかれないよう臨機応変な対応を心がけろと己に命じた。
「お前らはアレか? 物取りってやつ。俺らから金品を強奪しようって感じの連中か?」
「分かってんじゃねぇか、兄ちゃん。痛い目に遭いたくなきゃ、今すぐ金目のモン置いて失せな。女を庇いながら戦うテメェが、俺らとやり合うのはオススメしないぜ」
ハヤトに喧嘩を売ることが、何を意味するのか。
彼を知らずとも彼が無意識的に放つ威圧感で大体の人間は理解し、アイツには喧嘩を売らないようにしようと自然に思えるのだが、不敵な笑みを浮かべる三人はそれすら分からないほど鈍い。
きっと、金品を盗むことしか意識にない。世界線が変わっても相変わらずで、下品な表情と態度が板についた連中だなとスバルは思う。目先のことに囚われて、目の前の男の脅威には無反応だ。
脅威的な威圧感を放つ男、ハヤト。三人組に絡まれてから表情が一切変わらず真顔な彼は状況を簡単に理解、そしてため息。手をひらひら振りながら「ああ、そうかよ」とだけ。
適当に返事する時の言葉が固定されてきたところで、三人に向かってゆっくり歩き出し、
「
「あぁ? こっちは三人だぞ? 調子乗ってんじゃねぇぞテメ———」
▲▽▲▽▲▽▲
「なんつーか。ハヤトって、やっぱり強いのね」
白目を剥いて気絶する三人組を背にし、苦笑したのはスバル。冷たい地面に転がるそれらの滑稽さはともかく、彼女は目の前で行われた瞬殺劇に賞賛を通り越して唖然。
一撃で撃沈だった。一人一発、鳩尾に捩じ込まれたそれが肉と肉の衝突音を鈍く鳴らし、肺の酸素を吐き出しながら沈黙。衝撃部に手を添える余裕もなくどさっと音を立てて、それ以降は微動だにしない。
その様は、背中に龍を背負った男が主人公のゲームを思わせるほどに豪快。その武器と、その体型と、その態度から相応の力の持ち主だとは思った期待を裏切らない光景だった。
転がる三人を放置。改めて貧民街に歩き出すハヤトは隣に並ぶ横顔を見ながら「あんなんで判断されてもな」とポケットに手を突っ込み、
「噛み付く相手を選ぶ程度の実力はあると思ってたんだが、変に期待した俺が間違いだった。この辺で襲ってくる連中は所詮、そんなもんか」
ぼそっと「一撃で沈むか、普通」と言葉を付け足して退屈そうなハヤト。前回、貧民街で襲われた時と全く同じ結果になったことに不満な彼だが、高望みした自分が悪いと己に言い聞かせて納得させた。
案外、バトルジャンキーな面もありそうだなとスバルは思う。多分彼は強敵と遭遇したら「面白ェ!」と言って昂ってしまうタイプ。戦うことに生を実感する戦闘狂。要するにヤバイ奴。
危険が彷徨く異世界では、心強い限り。
「それでさ、ハヤト」
変な奴らとの遭遇戦で逸れた意識を本題に戻したスバル。「ん?」とこちらに耳を傾けるハヤトに彼女は言葉を継ぐための酸素を吸い、
「貧民街に着いたら、そっからどうするの?」
「盗品蔵に行ってロム爺と話し、話したら外に出てフェルトが来る夕方まで待ち伏せ。来たら中の突入し、徽章の話を持ち出す。んで、化け物女との再戦だ」
つまり、前回と同じルートを辿るということ。
それでどうにかならなかったから今こうしてループしたと自分でも自覚しているが、しかしエリミアとラムがいない以上、そうするしかない。
二人が来るまで時間を稼ぐ。前回と違うのはこの部分くらいだ。あとは他と一緒。
幸いにも、盗品蔵の場所はなんとなく覚えているし、フェルトが根は素直な奴だとも分かっている。同じルートを辿ろうとも、その二つが分かっていれば事はすんなり運ぶはずだろう。
「でも、それだとハヤトに負担がかかると思うけど。ハヤトはそれで大丈夫なのかよ」
「何が負担なんだ?」
「そりゃもちろん、エルザって女と戦うことだけど」
その女がどれだけ強いのか知らないスバルからすれば要らない心配かもだが、それでも気にかけてしまう。前回、腕を切断された相手に再び一騎打ちを挑むというのは、それなりに酷なのではと。
この短時間で、ハヤトという男がどれだけ頼り甲斐のある奴なのか少しは理解できたつもりだ。漫画やアニメでよくある王道系熱血主人公——それが彼であり、頼り甲斐のある仲間。
そんな彼だとしても、アレは流石にキツい。体感的には数分前に殺されかけた相手に戦いを挑むのは、どんな猛者であっても辛い話じゃないか。
そんな彼女は、
「いや、別に負担でもなんでもねぇよ。むしろ、再戦の機会ができて昂ってくる。あの化け物、次こそは絶対に勝つぜ。もう誰も死なせねぇ」
あっけらかんとして返された返答に、心配は杞憂であったと言われたような気がした。内心、死の恐怖にビビりまくるスバルに対し、彼は再戦に恐怖するどころか興奮している。
眼光をギラつかせながら歯を見せて笑う様は、純粋にあの化け物と戦える瞬間を心待ちしているよう。否、実際にそうなのだろう。彼は今、心の底から楽しみにしてる雰囲気を纏っている。
本当に、逞しい男だ。隣にいて、これ以上に心強い存在をスバルは知らない。
「心配しなくても、俺は負けねぇよ。この死のループは一度きりで終わらせてみせる」
「そのために、俺がいるんだ」と、力強く言い切られるとより一層のことそう思える。この男が一人いるだけで万の力を得たような、死に戻り共有者がいるだけで心が浮くように軽くなっていく。
異世界に来て初めて出会ったのが、ハヤトでよかったかもしれない。どうして彼がここまで親身になってくれるのかは分からないけど、めちゃくちゃ良い奴というのは分かったから。
表裏のない気さくな好青年。男らしくて、力があって、人に心を許されて、誰からも好かれる性格——絵に描いたような王道系主人公。性別は別として、自分が妄想する理想像そのもの。
そう思うと、なぜか、イラつく。
「ならさ」
頼りっぱなしは癪に触るスバル。胸の痛みに不快感を覚えた彼女は、人差し指をハヤトに見えるようにピンと立て、
「アタシ、ちょっと良い事思いついちゃったんだけど。聞いてくんない?」
▲▽▲▽▲▽▲
場所は変わって貧民街。少しでも歩いていれば曲がり角から闇討ちでもされそうな路地裏を抜け、二人は荒事に慣れた輩が住み着く街に到着していた。
そこからハヤトの記憶を頼りにして前回同様に盗品蔵へ行き、事が起きるまでその周辺の建物中に身を隠して隠密作戦。
なのだが、
「フェルトのねぐら、ねぇ」
「そうそう! どうせ盗品蔵に着いてもフェルトを待つ以外にすることないんでしょ? そこで待つってのも芸がない。なら盗品蔵に行く前にフェルトと話つけた方がラクだと思わない?」
貧民街に入る前にスバルから提案されたのは、盗品蔵に行く前にフェルトに会って先に徽章の話を持ち出そう、というもの。
どうせ向こうに行っても、待つ事以外にすることがないのが現状。張り込みはじっとしているのが嫌いなスバルにとっては致命的な策。故に、別の案を彼に提示したのだ。
「別にハヤトを信頼してないわけじゃないけど、どうせ前回とは違う展開になってんだから違う行動を取ってみよう。フリーダムにいってみようじゃないか!」
「いやしかし。俺はフェルトに顔を見られてるんだが。多分、ねぐらにいるのバレたら普通に逃げられると思うぜ?」
スバルの案に対し、ハヤトは若干の否定的な態度。フェルトに顔を見られているからには、盗品蔵のような狭い空間でないとまともに話し合えないと彼は策の許諾を渋っていた。
でなきゃ、逃げられる。前回、顔を見ただけで自分に敵意を剥き出したのが証拠。だからその案は叶いそうにない——というのがハヤトの率直な意見。
「そこはアタシに任せてくれ。アタシは、そのフェルトって子が徽章を盗んだときハヤトと被ってたし、あの早技じゃ顔までは確認できなかったはず。それに、ハヤト達と一緒に追いかけたわけでもないからさ」
「自分は顔バレしてないから、話を持ち出しても平気だと言いたいわけか」
「イエス! そこでアタシが徽章を取り返せるような舞台を整えてやるよ。その代わり、いずれ出てくるであろうあのサディスティック女の対処は完全に任せるけど」
つまり、顔が知られているハヤトの代わりに自分自身が話をするとスバルは主張しているわけである。
どうやって話をつけるのか全く考えていないけど、何かしなければならないという使命感に駆られるがまま。「できるのか?」と聞かれても「できるできる!」と言い張った。
「なら……そうしてみるか。やれる限りでいいから、お前に任せてみるぜ」
その勢いに負けたか、あるいは別の理由か。スバルの言う通りどうせ夕方まで暇ならやってみようというチャレンジ精神の下、ハヤトは彼女の主張を受け入れたのであった。
どの道、盗品蔵で言い争うのは目に見えている。なら、自分が少し離れたところから見守る形でスバルが運ぶ事の成り行きを見るのも一つの手。上手くいけば、あの言い争いをせずに終わるかもしれない。
それも、スバルがフェルトに『徽章を奪ったエミリアの側にいた人間』として記憶されていなければ、の話ではあるものの。
ともかく、急遽ではあるがフェルトのねぐらに行くことが決定。盗品蔵と違って場所を知らない二人は当然の如く、周囲の人間から聞き出すことを要求されるわけで、
「おい。フェルトって子の家を知ってるか? 知ってるなら教えろ。でなきゃブッ飛ばす」
前回のループで貧民街の人間からはよく思われないことを知った二人、特にハヤトは聞き方を変えた。話を聞く対象をごろつきのみに絞り、話しかけた瞬間に胸ぐらを掴みかかって脅迫じみた問いかけ。
弱そうな人間にするのではなく強そうな人間にするあたり、彼の配慮が僅かに窺える。が、隣のスバルをもドン引きさせるレベルの恫喝は凄まじく、情報を集める度に次々と犠牲になる屈強な男たちがいっそ可哀想に思えた。
本気の威圧に声が震える者。怯える者。萎縮して声が出なくなり、更に追い詰められる者。最後の方には顔を見ただけで逃げ出す者がいたりと、恐怖の反応パターンを全て見た気がする。
その結果———。
「あれか?」
脳筋な思考回路の犠牲になったごろつきは十五人。それら全員の情報を合わせて場所の検討をつけた二人は、貧民街に入ってから十分程度と短い時間で目的地周辺に到着。
遠目ではあれど、確かに建物らしきものが見える。建物と表現するべきか怪しいボロ屋ではあるが、人が住んでそうな痕跡はありそう。
「そうでしょうね」と頷くスバルも同意見。ここ数分でハヤトのヤバい奴度合いが跳ね上がった彼女は目的地を見ながら、
「じゃ、ここからはアタシの見せ所だな。ハヤトはその辺に隠れて、バレないように成り行きを見ててくれ。アタシは夕方になるまであの家の前で待機してるよ」
「そうか。……任せていいんだな?」
「ハヤトに頼りっぱなしなのは、アタシが嫌だからね。大船に乗ったつもりで任せてよ。ハヤトがびっくりするくらいのことをやってやるぜ」
弾力のある胸をぽんと叩き、ついでに大口を叩く。ここまで来て引き下がるつもりはない。背中にハヤトという強力な味方がいるのだから、怖がる必要なんてない。
ようやく回ってきた自分の出番、ハヤトにいいところを見せたい。加えて、自分のために頑張ってくれている彼の力になりたいのだ。
「なら、そうするよ。何かあればすぐに駆けつけるから、安心して目の前のことに集中しろよな」
「スバルに危害は加えさせねぇから」と。
グーサインの真剣な表情で捨て台詞を残し、ハヤトはスバルに背を向けてその場から離脱。思わずキュンとしそうな彼女を放って周囲を見渡すと軽く跳躍、近場にある平屋の屋根に跳び乗った。
前回の教訓を活かして、今回は外で待機。ラムという話し相手がいない中、今から夕方までの間じっとしているのは彼にとって過酷なのである。
「……よし。やるぜ、ナツキ・スバル」
跳躍一つで屋根に跳び乗る身体能力は、流石異世界ファンタジーに住む人間と言ったところか。なんて感想を意識の外に放り投げつつ、スバルは深呼吸。
一人になった途端、急な寂しさと不安感に心を締め付けられる予感に歩みが止まりかけ、背中にいる存在が自分の味方にはいるのだと己に言い聞かせて一歩一歩前へ。
この場所を聞くとき、盗まれた物は上手く買い取って取り戻すのが普通だと聞いた。奪われた物を取り返すのにお金を払うとは理不尽なものだと言いたいけど、それが貧民街のルールらしい。
それなら、自分もそうやってフェルトと話をつけるしかない。
「今、アタシが持ってるもんで価値がありそうなもんと言ったら……」
ズボンのポケットに手を突っ込み、手の中に収まった感触に物体を握りしめる。指先に触れる硬い感触のそれは、スバルが故郷で使っていた携帯電話。
これ以外にはない。これでどれだけ粘れるかは実際に出してみないと分からないのが痛いところではあるが、やると言い切ったからにはできる限りのことはやってみせる気概だ。
そうやって緊張する心を解していれば、フェルトのねぐらは目の前に迫っている。
「これ……本当に人が住んでんのか?」
ねぐらというには少しばかり、というか絶対に小さすぎる規模のボロ屋。広さ的には二畳に届くか届かないかといった具合で、ネカフェの個室の方がまだ広い。
こんな雨風凌げなさそうな場所で暮らすのが、自分の横を駆け抜けて盗みを働いた金髪の少女だとは。異世界系ではこういった格差は当たり前のように存在しているが、実際に前にすると同情してしまう。
「それでも必死に生きてると思うと、ひきこもりのアタシが惨めに思えてくるな」
色々とあって親を泣かせるダメ人間に堕ちた女と、こんな生活でも毎日を懸命に生きる少女。他者にどっちの方がマシかと聞いたら答え難い質問だと思うそれは、スバルからすれば後者だと言えよう。
毎日毎日、怠惰な生活を送り続けてきた自分よりもここに住んでる子の方がよっぽどいい。盗みを生業とするのはアレだけど、何もせずに日々を過ごすよりは輝いて見える。
そんなんだから、自分もこうして必死になっているのだろうか。
「やめよう。勝負時の前にしんみりしちゃう」
考えが深まりそうな予感に思考を止め、首を横に振って無理やり断つ。気持ちを切り替えた。
ハヤトの話によれば、フェルトが盗品蔵にくるのは夕方。仮に、彼女が寝床に寄ってから盗品蔵に行く場合、この場所に来るとしたらその少し前だから、まだ時間に余裕はある。
その前に心の準備を整えて、
「おい。姉ちゃん」
整えようとした矢先。不意に、その背中に声がかかる。
気配の感じなかった声音は声変わりする前の幼いもので、大人への尊敬を知らない悪ガキを彷彿とさせるやんちゃさが含まれたものだった。
一度、心臓が大きく跳ねたスバル。心臓だけにとどまらず肩まで跳ねた彼女は一割も準備できていない心のまま振り返ると、
「アタシの寝床でなにしてんだよ」
自分のことを睨みつける赤色の瞳が、目の前にいるのが見えた。金髪の少女、フェルトが予想よりも早く帰ってきたのだと分かった。
まだ、空は青いままだった。
小説を書き始めて早一年。前作を書き終えて燃え尽きたのか、徐々に執筆というものに対するモチベが保てなくなりつつある現状。
4月から大学が始まるのも重なって、ここからの更新頻度は確実に落ちると思います。けど、更新するのはやめないので気長に待っててくれると嬉しいです。