少しでも望む未来へ   作:ノラン

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非戦闘員の底力

 

 

 

徽章を巡って巻き起こった戦いは、ハヤトに加勢する存在たちが参戦したことで佳境に突入していた。

 

エルザ・グランヒルテという、序盤も序盤な壁として立ちはだかるにはとてつもなく強すぎるバケモノ。その女を団結して撃退する死闘は、いよいよ最終ラウンド。

 

故に、ハヤトはこの衝突で全てを終わらせる気概で持てる全ての力を全開放。自軍の総戦力が集結した今ここで、この死の螺旋に決着をつける。

 

 

「しーー!」

 

 

だから彼は、一番初めに飛び出す。遠距離主体の攻撃を得意とする三人に後方支援を任せ、接近戦に特化する自分が、自分だけがエルザの標的になるつもりだ。

 

お前の相手はこの俺だと、そう言わんばかりの特攻。相手の意識を根こそぎ己に引き寄せ、他三人の存在を相手の意識から削ぎ落とす。あのバケモノの視線を、一点に集めさせる。

 

そうすればあの三人の攻撃が通りやすくなる。そうなれば、エルザを倒しやすくなる。普通に考えてもそうした方が安全に倒せる。単純な話だ。

 

今、自分の背後にいる支援者たちは自分と同格か、それ以上の猛者なのだから。

 

 

「ふっ」

 

 

短く呼気が鳴り、エルザはその場から飛び出す。そろそろ見慣れてき男の特攻に、エルザもまた特攻を選んだ。真正面からくるのなら、こちらも真正面から迎え撃つまで。

 

もっと他に展開のしようはあったかもしれない。けれど、溢れる高揚感が彼女の行動を一択に限定した。目の前の男と殺し合いたいという欲望が、真正面からの殴り合いを本能的に取らせたのだ。

 

 

「らぁ!」

 

「しぃぃ!」

 

 

飛び出しは同時。衝突は直後。

 

加速の勢いが乗った右腕が射出、直進するナックルと叩き割るククリナイフがかち合い、刹那にも満たない力比べの末に甲高い金属音を響かせながら後者が力に負けて弾き返される。

 

上から落ちる軌道上を戻りながら跳ね上がるククリナイフに、巻き込まれたエルザの体が軽く仰け反った。晒された土手っ腹に振り切った右腕がしなり、握りしめた裏拳が薙ぎ払われる。

 

直撃、否、一振り目の不在を補う二振り目のククリナイフの腹がナックルに叩きつけられ、直撃の軌道を大きく下に捻じ曲げられたせいで空振らされた。

 

刹那、攻撃の間隔が開く——それさえあれば、エルザは崩れかける体勢を即座に立て直した。裏拳を薙ぎ払い切ろうとするハヤトと視線が合わさり、逃走本能を逆撫でする猛獣のような双眸が見えて、無意識に口角が釣り上がる。

 

 

「おぉぉぉーーッ!」

 

 

その笑みが斬撃を繰り出すより、ハヤトが空振った裏拳を次なる蓮撃の予備動作にする方が早い。薙ぎ切った右腕を思い切り振って身を回し、腰の捻りを入れた左腕が放たれる。

 

攻撃の間隔は一瞬。攻撃は最大の防御を掲げる蓮撃は相手に考える隙を与えぬほど猛烈。故に、数々の戦闘で研磨された直感が、顔面を砕かんとする暴力に「身を後ろに下げろ」という回避の指示をエルザに飛ばした。

 

豪風が頬を撫で、触れる大気を押し除ける拳が目の前を通り過ぎた。指示通りに最小の動きで豪速を回避すると釣り上がる唇をきゅっと結んで息を詰め、体に力を込める。

 

 蓮撃は、まだ止まない。

 

 

「ふっ! っら! せい! おらぁ!」

 

 

初撃で空振った右の裏拳の次は、今しがた空振った左腕。裏拳と全く同じ軌道を描くそれを強く振り切って身を回し、空振り続ける攻撃を蓮撃の起点とするハヤトが右回りの遠心力を身に纏う。

 

右後ろの回し蹴りで牽制し、左の薙ぎ蹴りで回避を誘発させ、右の裏拳を回避の先に置き、左の直突きで穿つ。

 

時計回りで回りながら次々と攻撃を繰り出し、ハヤトは追撃の手を一切緩めない。気合いの宿る声が鋭く上がるたびに、熊のように荒々しい暴力が後退するエルザを食い殺しにかかる。

 

反撃の隙を許さぬ蓮撃。敵を容赦なく防戦一方に追い込むそれに、手一杯のエルザは攻撃の機会を捨てて大きく飛び退く。このままでは喰われる——そう判断した彼女が攻撃のリズムを変えようと図り、

 

 

「ドーナ!」

 

 

そのリズムの変化が、ハヤトは欲しかった。

 

目を回しそうな蓮撃を中断、どんと地に片足を叩きつけて詠唱。離れるエルザを正面に捉える瞳、その眼光がギロリと光った瞬間、後ろに跳ねたはずのエルザの体が前に跳ぶ。

 

何かに背中を押し出された感覚。考える暇はない。足を叩きつけ、反発する力のまま跳ねるハヤトが既に目の前に迫っている。ここぞとばかりにぶっ放された両腕が、体を粉々にしようとしている。

 

直撃不可避。ならば傷つけられてでも反撃を入れようとするエルザは動揺を捨て、接近する肉体に双剣を振りかぶり、

 

 

「——ちっ」

 

 

 刹那。

 

僅かな冷気が二人の間を通り抜け、刃の行き先に小さな氷の盾が出現。首と腕を正確に狙った斬撃を寸分の狂いもなく受け止め、的確な後方支援に舌打ちする苛立ちげなエルザがぶっ飛んだ。

 

間違えなく今ので肋骨の半分は折れたであろう打撃に打ち落とされたエルザ。身に受けた威力を殺せずに地を転がる彼女は、しかし鼓膜を打った風の音にすぐさま起き上がった。

 

呑気に転がってられる余裕などない。今の自分には休む瞬間など、刹那たりとも与えらていないのだから。数的不利を強制される今、体勢が崩れることは死に直結することを彼女は理解している。

 

被弾直後を狙ったラムの風刃。地面を抉りながら高速で走るそれを、両手を地に叩きつけた反動で飛び跳ねて無理やり回避。間一髪、殺意の軌道上から肉体を遠ざけた。

 

 

「逃がさねぇ!」

 

 

 その先に、必ずハヤトはいる。

 

跳躍の行き先、肉体の着地点でエルザを迎えるのはハヤトのナックル。風刃を避けられることを前提とした回り込みが攻撃のチャンスを齎し、引き絞った右腕が矢の如く放たれている。

 

咄嗟に交差させた双剣の腹で直撃は逃れたエルザだったが、やはり衝撃までは受け止めきれない。空中という踏ん張りの利かない空間で打ち出され、またしても地を転がる。

 

執拗に追いかけるハヤト。その背を凄まじい勢いで追い越すのは、不可視の刃と鰯の群れを彷彿とさせる氷柱だ。後方支援を飛び越えた積極的な追撃が、距離をとりながら体勢を立て直すエルザに一直線に突き進む。

 

ラムの風刃。エミリアとパックの氷柱。最後にハヤトの肉弾。三段構えの連携が、エルザというバケモノの命を必要以上に追い詰めにかかった。

 

 

「ーーーッ!」

 

 

直線的な軌道から逃れるエルザ。先と同様、馬鹿正直に突っ込む風刃を身軽に避け、後に続く弾丸(氷柱)の群れには回避一択。

 

足を止めずに駆け回る細身が地を這う蛇のように動き、超低姿勢から発揮される神速が一筋の漆黒となって乱れ撃ちを掻い潜る。

 

地を滑り、飛び跳ね、身を回し。当たると判断したものには携える双剣が振るわれる。周囲の家屋すらも足場とする変則的な機動力を見せつけ、絶望的な数の暴力を掠らせもしなかった。

 

全弾回避成功。呼吸を忘れる殺意の連続を凌げば、その次にはハヤトとの至近距離戦闘。ゼロ距離に接近するバケモノに意識を向けるエルザが浅く息を吐き、睥睨する双眸を見据え、

 

 

「ふっーー!」

 

 

 ぐん、と。

 

膝を曲げてしゃがみ込むハヤトの姿が視界から消えた瞬間、その背から不発続きな風刃が姿を現す。ハヤトに埋め尽くされていた視界が開き、エルザはその奥に杖を振るう桃髪の少女の姿を見た。

 

ハヤトの大柄な体格を目隠しに使った、一歩間違えば仲間を殺しかねない不意な一撃。ハヤトを巻き添えにしてしまうから間合いを広げなければ弾丸はこない——そう油断したのがエルザの失敗だ。

 

声を掛けた様子は無かった。眼前に迫る風刃の使い手とハヤトが動きを合わせる気配は、無かった。事前に話し合ったとなれば話は別だが、エルザの耳はそのようなやりとりは聞いていない。

 

つまり、声を掛け合うことなく今のを成立させたということか。何も言わず、視線も合わせず、殺し、殺されかねない今のを、この緊迫した戦場で。

 

 しかし、

 

 

「簡単に当たると思わないで」

 

 

ハヤトとラムの絶対的な信頼関係が成功の要因となったそれを、エルザは当然のように凌ぐ。振り上げる一の刃が火花を散らして風刃を縦に切り裂き、顔面を両断する横線の斬撃が二つに分かれて明後日の方向に飛んだ。

 

鋼の切れ味を上回るそれを切り裂く芸当。後方のラムの声色が珍しく「なんて芸当……」と驚きに染まり、赤の瞳が見開く。自分の意図を瞬時に察したハヤトにも驚きだが。

 

そんな彼女の思いを置いて、打撃と斬撃の殴り合いは始まっている。この短時間の中で幾度となく繰り返してきた、ナックルと双剣の終わりのない乱打戦だ。

 

 

「今のを防ぐか。やるじゃねぇか」

 

「ありがとう。咄嗟のことだったからできるから怪しかったけど。やってみればできるものね」

 

「余裕か。このやろう」

 

 

 敵ながらあっぱれ。

 

そんな意味合いでの賞賛を呟き、ハヤトはうっすら笑む。一息もつかせない地獄のような連携に素早く順応する馬鹿げた戦闘センスには、舌を巻く思い。

 

その声が今だに余裕があるものなのも、一つの理由としてあるのだろう。自分たち四人の猛攻を容易く往なす中でも揺らがないのだから、彼女の異常性はとっくに証明されている。

 

 

「あなたも、よく今のをやろうと思ったわね。下手をすれば死んでいたかもしれないのに」

 

()ぇな。ラム(アイツ)のやろうとしてることなんてなんとなく分かる。それに、アイツが俺に当てるわけがねぇ」

 

「あの子のこと、信頼しているのね。そういう男、嫌いじゃない」

 

「俺はお前が嫌いだけどな」

「あら。そう言わないでちょうだい」

 

 

互いに軽口を叩き合い、目で追うことが困難な速度で握る得物をぶつけ合う。交わされる言葉の軽さに反して、その殴り合いは常人が繰り広げる戦闘からかけ離れたもの。

 

純粋な力比べでは、軍配が上がるのは圧倒的にハヤト。得られる経験値を攻撃力に全振りした結果として攻撃面に特化した拳の威力は考えるまでもなく、力でゴリ押しの戦闘を好む彼にとっては理想の成長形態と言える。

 

にも関わらず、展開する攻防の均衡が崩れないのは、エルザがその差を人外の域に達する技量で補っているからだ。腕から体全体に波紋する打撃の衝撃を上手く外へ逃し、あるいは躱し、押し負けていない。

 

力でハヤトが勝り、技量でエルザが勝る。自身が持つもので相手との差を埋める戦闘は、その均衡が一瞬でも乱れれば、どちらかに甚大な被害が降りかかる死闘と呼ぶに相応しい。

 

甚大な被害、それ即ち死。刹那でも気を抜けば喰われる。二人は今、そういう戦闘を何分間も展開し続けていた。

 

もはや、かすり傷は傷として見られてない。

 

 

「ハヤト! 戻ってきて!」

 

 

 均衡が、崩れる。

 

背中から突き抜けるエミリアの声に攻撃を中止し、反射的に飛び退いたハヤト。開く間合いを詰めようとするエルザが逃げる影を追い、真上から曲線を描いて降り注ぐ氷柱に行く手を阻まれる。

 

その魔法は避けられたが、ハヤトを逃すという役割においては十分な働きだろう。

 

第一陣は地に突き刺さるだけに終わり、ハヤトと入れ替わる二陣目が目標に突貫。砕かれた氷柱の欠片が煌めいて舞い、薙ぎ払われる暴風が空間を吹き荒らす、氷と風の演舞がエルザに襲いかかった。

 

 

「戻ってきたが? なんだよ、お前ら」

 

 

 飛び退き、着地。

 

戻ってこいと言われて素直に戻れる程度には頭の冷えたハヤトが三人の下に帰還。

 

マナの消費を抑えるためにアクラを解いた途端、どっと背中にのしかかった疲労感に堪らず膝をつき、表情に出さないように下唇を噛み締める。

 

アクラという魔法は単に身体能力を強化するだけではなく、肉体の限界を超えた動きをも可能とさせてしまう魔法。故に、知らず知らずのうちに限界を超えた動きをすれば、解いた瞬間にその分のツケが回ってくる。

 

けれど、この疲労感の全てがアクラの反動ではない気がするハヤト。それから横を向く彼にラムは視線をエルザに固定したまま、

 

 

「ちょっと頑張りすぎ。休んでなさい」

 

「あ? まだ行け——」

 

「その汗の量と荒れた呼吸を見せながら言っても、なんの説得力もないわよ」

 

 

立ちあがろうとする体を声だけで制され、その横顔に軽めに止められたハヤト。澄ました声色で言われてやっと、彼は自分の現状を飲み込み始める。

 

大粒の汗が、額から滝のように流れている。拭っても拭っても流れは絶えず、過度なランニングをした直後のような勢い。呼吸まで荒れに荒れていることも含めると、今の彼はランニング直後のそれ。

 

どうやら、戦いに夢中になっていたらしい。ずっと戦いたかった相手との戦いにアドレナリンどばどばで、久々の激闘に遅れをとりつつある体のことが視野に入らなかった。

 

心ばかりが先行して体が置いてけぼりになってしまうのが、残念な現状。要は、前回と同じパターン。危うく、忘れるところだった。いや、忘れていた。

 

 

「まさか、夢中になってて気づけなかった、なんて馬鹿馬鹿しいこと言わないでしょう?」

 

 

そんなハヤトの心を読んだか。あるいは、ハヤトならばそうなるのが必然的であると予想したか。膝をついたまま呼吸を整えるハヤトに声だけを向け、ラムは半笑い。

 

半ば確信めいた言い方に沈黙。疲労を癒すふりをしながら考える時間を作って、嘘をつくか否かの審議を心の中で数秒。「嘘をつけ!」という結論に従って胸を張り、

 

 

「おぉ……、おぉよ!」

 

「勘弁して」

 

 

即座に返された言葉が、ついた嘘を簡単に見破ったこと雄弁に語っていた。重なった嘲笑から察するに、嘘をつくことすら見破られていた気がする。

 

初めからそう言ってくれればいいものを。敢えて泳がせるやり方には物申したいハヤトだ。が、こちらに視線を向けぬラムの集中した姿に免じて今回は見逃してやる。

 

彼女と言い合う時間は無い。今、自分たちは殺し合いの真っ只中に身を置いているのだから。

 

 

「うーん。ここまでやれると大したものだね」

 

「すごーく、すばしっこい。本気で狙ってるのに全然当たらない」

 

 

そう呟き、目を細めるのはパックとエミリア。ハヤトの休憩時間を補う二人が両の腕をエルザに向け、マナを源として無限に作り出される氷柱を撃ち出し続けていた。

 

ハヤトが退いたことで自然と下がった前線。自分と真正面から殴り合う存在が消えたことがエルザに遠距離組に接近する機会を与え、それを許さんとしているのだ。

 

発射した氷柱の数は既に百を越え、弾丸と遜色ない速度の魔法攻撃の熾烈さは増していく一方。正面から、背後から、側面から、真上から、ありとあらゆる方向から緩急をつけて命を穿つそれは、直撃は間違えなく風穴が開くであろう脅威。

 

しかし、類稀な戦闘センスをその身に宿すエルザの前には大した脅威にもなっていない。全方位からの波状攻撃は決定打には至らず、我先にと殺到する氷柱の悉くが命に届いていない。

 

全て、上手く捌かれている。

 

 

「しぶとい女」

 

 

携える杖を指揮棒のように振りかざすラムが風刃に意志を宿す中、忌々しげに吐かれた言葉にハヤトが「だな」と頷きを一つ。

 

呼吸と汗が落ち着くと、彼は「よっこらせ」重い腰を上げるようにゆっくり立ち上がる。小刻みに震える両の拳を握力で黙らせ、どくどく鼓動する心臓に静まるよう呼びかける。

 

 

 ーーそろそろ、限界か?

 

 

いや、そんなはずはない。自分の辞書にその二文字は存在しない。一ヶ月ぶり——あの激闘から一ヶ月の空白があったから、体が鈍っているだけだ。決して、動けないわけじゃない。

 

薄く聞こえた弱音を強く叱咤。ぎりっと奥歯を噛み締め、ハヤトは深呼吸。ナックルを握る指先の感覚が消失しつつあるのは勘違いだと誤魔化し、それでも今の自分の活動限界は近いことを悟った。

 

 

「あの黒女。どう倒す?」

 

 

目の色が変わったハヤトを察したラム。表情には絶対に出さない彼の明らかな疲労に勘づくと、彼女は密かに杖を握る五本の指に力を入れた。

 

察しのいいラムの胸中など知らないハヤト。肩を回す彼は、こちらに接近しようとして氷柱に阻まれるエルザを睨みながら、

 

 

「あの再生能力だ。ちまちま削っても勝てねぇ。長引いた分だけ俺らが追い込まれる。だから、でかい一撃を入れて消し飛ばす」

 

 

「そうなると、お前ら三人頼りになるがな」と言葉を繋げ、ハヤトは前回のループを思い出す。

 

前回、エルザを退却させる決定打となったのはラムが叩き込んだ最大火力。自分が作り出した一瞬の隙を味方につけた彼女が放った一撃が瀕死に追い込んで撤退。

 

なら、今回もそれと同じ道をなぞればいい。もちろん、腕を切断される以外の方法。この際、この戦いでエルザを倒すことは諦めるとして、

 

 

「ちょっと厄介なんだが。あの女が羽織ってる黒いローブ。見えるか?」

 

「えぇ」

 

「あれには、魔法を一度だけ完全に無効化する能力があんだよ。どんだけ威力が高かろうがな」

 

 

「対魔術式……」と面倒そうにラムが言葉を溢し、杖を振るう。主人の意志を宿した風刃が鋭い軌道を描いて宙を駆け抜け、氷柱を回避した先を予測した一撃がエルザの頬を掠める。

 

その言葉をすんなり受け入れたのが、彼女がハヤトに向ける信頼度の高さだ。なぜ彼をそれを知っているのか特に気にせずに事実として飲み込み、一つの障害として認識した。

 

 つまりは、

 

 

「まずはあれから無力化しろと」

 

「そうだな。魔法で消し飛ばすならそれが前段階だろうよ。じゃなきゃ、マナを無駄に使っただけに終わる」

 

 

そうすれば、あとは三人の中の誰かが最大火力をエルザに当てて終了。この戦いに終止符が打たれる。尤も、それが簡単でないからハヤトは喉を唸らせているわけである。

 

片腕を失ってやっと無力化できたものだ。それなりの代償は払わなければ目的の達成は困難であるとハヤトは理解しているし、かといって肉体的な代償を払うつもりなど毛頭ない。

 

肉体的な代償は無理。となれば、

 

 

「パック。あとどんくらい戦えそうだ?」

 

 

一つの考えが頭の中に浮かび、出来上がった作戦に ハヤトは余裕の表情で猛攻を仕掛け続けるパックに視線を向ける。

 

「んー」と喉を鳴らす彼は、難しそうな表情を外側に露出させると、

 

 

「今の配分でぶっ放してたら、あと二分くらい。マナ切れを起こしちゃいそう」

 

「マジか」

 

「これでも節約したんだよ? ハヤトが節約しろって言ってたから。あの子が予想よりも強かった、って話さ。見て分かるけど、ぜーんぶ避けられてるもん」

 

 

告げられた活動限界までのタイムリミット。割とすぐそこまで来ていたそれを知ると、ハヤトの眉間に分かりやすく皺が寄る。まだ夕刻までには時間がある、そう思っていた自分が憎い。

 

実体化するだけで膨大なマナを喰うとは知っていた。知ってはいた。が、まさかこんなにも早いとは予想外。それ以上に、パックにそれ程までのマナを使わせるエルザが恐ろしく感じた。

 

 

「ラムとエミリアは?」

 

「少なくとも、脳筋よりは長く戦えるけど。大きいのを撃ち込めと言われたら話は別」

 

「私は……パックに使う分のマナもあるから、パックがいなくなっちゃったら今みたいなのはできなくなっちゃうかも」

 

 

パックは魔法を打ち続けたらあと二分で姿が消え。ラムはハヤトの言った通りにするなら活動限界は近く。エミリアはパックが消えたらマシンガンの如く魔法を撃つのは難しい。

 

要するに、長くは戦えない。自分のことも含めると四人中四人が各々の理由で長期戦は好ましくない。となると、パックがいる間に決定打を入れるのがこちら側の理想。

 

 

「あのローブが魔法を一度だけ完全に防ぐのなら、ラムの魔法、エミリア様と大精霊様の魔法。その二つを時間差で撃てばいいとラムは思うけど」

 

「ダメだ。避けられたらどうする。あの速さだぞ。万が一避けられて、特大の一撃を撃ったお前らにマナ切れでも起こされてみろ。かなりキツい——」

 

 

 ぞ。

 

言い終える直前、四人はその場から飛び退く。直後、魔法の波状攻撃を突破したエルザの双剣が数瞬前までいた空間を切り裂いた。

 

あの包囲網を抜ける実力に舌打ち。追撃の手を緩めぬ跳躍で開いた距離を詰めるエルザに、アクラを纏うハヤトが考える前に飛び出し、

 

 

「話している最中よ。邪魔しないで」

 

 

冷えた声が通り抜けた瞬間、その二人の間で暴風が爆発。内側から外側にかけて押し広がるそれがハヤトとエルザの距離を無理やり開け、蝿を払うような雑な動作で薙ぎ払われた杖を起点に追撃の二発目がエルザに直撃。

 

一撃目と二撃目の間隔はゼロに等しく、この距離では回避が間に合わない。激化する氷の攻撃を抜けた先にある風の攻撃には対応が追いつかず、荒れ狂う暴風に詰めた距離が再び大きく開いた。

 

距離さえ開けば、遠くから弾丸を撃ち出すエミリアとパックがエルザを追い詰める。先程と変わり映えのない戦闘が、淡々と繰り広げられる。

 

 

「これじゃダメだ。ただ撃つだけじゃ、あの女は倒せねぇ。マナを消費するだけに終わっちまう」

 

「なら、ラムの言ったように——」

 

「だから、避けられたらどうすんだ、って言ってんだろ。お前の言いたいことは分かるが、確実に仕留めたい」

 

 

自分の案を勧めてくるラムの声を一蹴りし、ハヤトは吐息。アクラで無理やり動かす体の痛みをそれ一つで吐き出し、戦闘開始時にエルザ相手では不利になるからと地面に置いた、少し遠くにある大剣を見やる。

 

ラムの策——おそらく、二回連続で最大火力の魔法をエルザにぶつけて倒すというものだろう。一度目の魔法でローブを無力化し、二度目の魔法で消し飛ばす。それが、ラムが描いた終止符の形。

 

しかし、仮に一度目の魔法を避けられたらどうする。

 

ハヤト以外がマナの残量を不安視する今、そうなれば決定打を叩き込む三人のうちの誰かが戦闘から離脱することになり、必然的にこちら側に不利状況が傾いてしまうかもしれない。

 

全員の活動限界が迫る今、危ない橋は渡りたくない。前回のループを経験して慎重になったハヤトの頭は、確実に、安全に、エルザを倒す方法を欲しているのだ。

 

あの神速を止めて確実に当たる状況を作り出し、あのバケモノに確実に当たる魔法を撃つ。それができなければ安心できないのが彼のリアルな心情。スバルの死を見た彼は、リスキーな真似はしない。

 

 ならば、

 

 

「パック、エミリア。その二分間分のマナを一撃に込めてエルザの動きを完全に止めること、ってできるか?」

 

「できるわよ」

「できるけど?」

 

「上等だ」

 

 

同時に即答された頼もしい発言に歯を見せて笑い、ハヤトは握ったナックルを打ち合わせる。それからこちらを見るラムを横目にしながら、

 

 

「パックとエミリアの魔法でエルザを拘束。ラムの特大火力で消し飛ばす。それでいくぞ」

 

「ローブは?」

 

「俺がなんとかする」

 

 

エミリアの問いに力強く胸に手を当て、物理的にローブの無力化を図ろうとするハヤトは駆け出す準備。前回ので物理的に解決できることは知っているし、なんとかなるだろう。

 

腕を斬られない方向で、どうにかしてみせる。どうやるのかは曖昧だけれども。

 

 

「道は俺が作る。お前らは、その時のために準備でもしててくれ」

 

 

自信満々な言い切る声に対して反論の声は上がらなかった。ハヤトがそう言うのなら素直に従う——というよりも、提案した彼の目がその方向で事を進める気を語っていたから、その目を信じることに。

 

ここぞという場面では期待以上の働きを見せてくれるのが自分たちの知るハヤトという男。何があろうとも揺れない精神力で数多くの修羅場を生き抜いてきた彼ならば、絶対にやってくれると。

 

 

「うし! じゃ、大剣取ってくるから、戻ってきたらお前らは攻撃を止めて準備に入れ。最後の一撃に全てを込めろ」

 

 

そうと決まればハヤトは早い。

 

三人の返事を背に受け、ローブ無力化のために使う大剣の下へ駆け出した。その挙動を不審に思ったエルザが狙いをハヤトに変更、しかし後方支援による援護に回避を優先させられる。

 

相変わらず頼もしい仲間だな、と。そう思いながら大剣の下に一直線。すれ違いざまに柄を握り、掬い上げるように地に落ちるそれを携えると、彼は最後の攻撃を仕掛けるべく特攻。

 

鞘を引き抜き、刀身が姿を現す。ようやく出番が回ってきた喜びを隠せないそれと共に、彼は雄叫びを上げてエルザに衝突した。

 

 

 

 

▲▽▲▽▲▽▲

 

 

 

 

ハヤトが後方支援に最後を託したことで支援が消え、エルザと一対一の構図に自然と戻った戦闘。体術と剣術を攻撃の中に組み合わせて戦うハヤトと、その二つが放たれる蓮撃を見事に受け流すエルザ。

 

常人が決して割り込むことのできぬ戦いを、スバルとフェルトは見ていることしかできなかった。寝床の中で怯えるように身を縮めて、じっとしていることしか。

 

 

「ちくしょう……。アタシが、ちゃんと考えねーから……!」

 

 

その戦闘を見ながら歯を食いしばるのはフェルト。怯える気配のない彼女は寝床から顔を出し、苛立ちを含んだ赤色の目を尖らせている。その苛立ちは、外側に向けられたものではなかった。

 

どうして今、自分は守られている。元を辿ればこうなったのは自分のせいで、本当ならば自分がどうにかしなければならないことなのに。今、命をかけているのは誰だ。

 

自分じゃない。ハヤトだ。自分が初めて好感を抱ける貴族——貴族らしくない貴族だ。それと、絶体絶命だった命を救ってくれた女二人。

 

 

「ハヤト……。お願いだから、死なないで。もぅ、あんな目に遭うのは勘弁だからね」

 

 

自分が守られる立場であることに苛立つフェルト。その横では、彼女と同じように寝床から顔を出して戦いを見守るスバルがいる。声に含まれていたのは、明らかな不安と焦燥。

 

はっきり言って、視界の先に広がる戦いは自分たちが入れるものではない。それ故に、祈るように手を握りしめるしか彼女にはできることがなく。見守るだけな自分がとても歯痒く感じてしまう。

 

なにか、できることはないか。自分でも、役に立てることはないか。自分を守ってくれると、こんなにも怪しい自分に優しくしてくれる男の子のために、できることはないのか。

 

否、無い。無いからこそ、こうして寝床の中に籠るしかない。

 

 

「……ん?」

 

 

そうしてハヤトとエルザの戦いを見ていると、スバルは不意に違和感に気づく。——ハヤトの動きが、なんとなく変わったような気がした。武器を持ったのだから当然だが、もっと他に違う点がある。

 

なんだろう。あの女、エルザと呼ばれた女と正面から殴り合うことが多かったハヤトが、不自然なまでに背後に回り込んで戦おうとしている。まるで、エルザの背後に弱点でも見つけたような立ち回り。

 

 

「動き方が変わった? なんか見っけたのか?」

 

 

スバルが感じた違和感にはフェルトも気づいた。直線的な動きが殆どだったハヤトの動きが突然に変化、大剣を振り回す様は豪快としか言えないが、その豪快さに反して動きが細かい。

 

時折り、大剣を握っていない方の手がなにかを掴みたがるようにエルザに伸びている。しかし、その度に虚空を掴み、伸びる腕に斬撃が降りかかるのが結末だった。

 

一進一退。否、動き方を変えたハヤトが攻めあぐねているように二人には見える。一緒に戦っていた仲間と思われる人たちは見ているだけで、何か隙が無ければハヤトが喰われそうな勢い。

 

 

「——やっぱり、アタシは行く」

 

 

その光景を見て何を思ったか。寝床から出るフェルトが音もなく立ち上がり、世界に姿を晒す。それはエルザの視界に入ることを意味するが、覚悟を固めた彼女は気にならない。

 

予兆のないそれに「え?」とスバルの声が短く、小さく立つのを聞くとフェルトは真剣な表情でスバルを見て、

 

 

「他人に危ないとこ全部任せて、後ろで眺めてるなんて性に合わねーんだ」

 

 

「それに」とハヤトに視線を向け、

 

 

「色々とあの兄ちゃんには助けれちまったから、少しでも役に立ちたい」

 

「それは、アタシだってそう思うけど。アタシ達みたいなのが入ってどうにかなる問題じゃない……」

 

「関係あるかよ。兄ちゃんには、後ろで見てろ、って言われたけどな。自分のために命張ってくれてる人間を見て何も思わねーほど腐ってるつもりはねーよ」

 

 

戦いに参加するとフェルトが言い出した途端から、心拍数が上がり始めたのを感じるスバル。自分よりもずっと幼い少女の覚悟に息が詰まり、彼女はそこから先の言葉を紡ぐことはできなかった。

 

一体、その勇気はどこから湧いてくる。どうして、そんなことが言える。あんなに怖い思いをしたはずなのに、どうして立てる。

 

スバル自身もそうしたい。そうしたいと思っているのに、どうして立ち上がれない。立ち上がる勇気が出てこない。足が、行こうと思うと震えてしまう。

 

思っていることは同じなのに、こうも差がある。

 

 

「一瞬でも、あの女の気を引く。隙を作る。そうすりゃ、あの兄ちゃんはやってくれるはず。あの女はアタシのことを気にかけてねーから、それくらいはできる」

 

 

 アタシも行く。

 

その言葉が喉元から言葉として出てこないスバルを他所に、そう己に言い聞かせるフェルトは行く機会を窺うように目を細める。小柄な体が丸められ、駆け出す予感が漂い始めた。

 

ハヤトが何か目的を持って戦っている——そう思う意思に従い、彼女はあと数秒で飛び出す。どんな方法でもいい、なにか、ハヤトの手助けになれればいいから。

 

 飛び出す、

 

 

「待って!」

 

 

 その直前。

 

フェルトを止めるスバルが「ぐへぅ」と、女の子が出しちゃいけない声を出しながら寝床から転がり出てくる。出たと同時に土埃を服に浴びたのは、勢いだけで呼び止めたからだろう。

 

勇気を振り絞るスバル。立ち上がり、服についた砂を払う彼女は「あ、アタシも……」と震える声で、

 

 

「アタシも行く。アタシにも何かさせてほしい」

 

「姉ちゃんが? 全然、戦えそうに見えねーけど。アタシから見てもひ弱そうだし。体も心も」

 

「辛辣すぎない!? 今、結構アタシ、勇気振り絞って呼び止めたんだけど!?」

 

 

強張る自分を声で誤魔化し、震える声は拳を握りしめて我慢。不本意だが、今のやりとりで少しだけ気がほぐれた。

 

一番最初に話した時にも感じた年上に対する礼儀の無さはさておき。右の拳を胸に添え、恐ろしく速い鼓動を振動として理解するスバル。自分がどれだけ怖がっているかを知ると息を吐き、

 

 

「アタシだって、ハヤトの役に立ちたいのは同じなの。それに、今んところいいトコ無しなんだから、このままだとただの木偶の棒に終わっちゃう。それだけは意地でも避けたい」

 

 

それは嫌だ。どんなに小さなことでもいいから、何かしら役に立って終わりたい。フェルトと話をつけれなかった分を、どうにかして取り返したい。ハヤトに、ちょっとでもいいところを見せたい。

 

そうじゃないと、今ここに自分がいる意味がない。少しでも貢献して、この事件に関わったことを刻まなければ。

 

何もできずに終わる方が、エルザに殺されることよりもずっと怖いのだ。異世界に来て何も成すことができない自分——そんな無力感に形容し難い苛立ちを感じてしまうから。

 

 

「だから、アタシも行く」

 

 

遠くから、ハヤトの声が聞こえてくる。何を叫んでいるのか分からないけど、その声を聞くと居ても立ってもいられなくなってくる。

 

怖いし。足ガクガクだし。心臓うるさいし。体の内側は慌ただしく焦っているけど、その声を聞くと不思議と安心できる。ハヤトがいるなら、絶対に大丈夫だという謎の確信がある。

 

 だから、

 

 

非戦闘員(アタシたち)の底力——アタシとフェルトの二人で、エルザのやろうに一泡吹かせてやろうぜ!」

 

 

ビビる心を虚勢で黙らせ、ナツキ・スバルはバケモノだらけの戦場へと喧嘩を売りに行く。

 

 

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