少しでも望む未来へ   作:ノラン

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本当はね、もっと書きたい部分とかあったんですよ。ただ、そうすると永遠と長引くので大事な部分のみを抜粋して書きました。ので、内容が薄っぺらいです。

まぁ、上手くまとめられた気はしませんけども。それでも長ぇ……。59話分を1話に収めるとか、私はバカなんですかね。部分的にダイジェストがありますが、無視してくれるとありがたいです。

「へー。そんなことがあったんだー」程度に読み流してくださいね。こんな過程があって、テンとハヤトはエミリア陣営に馴染んだのだと分かってくれれば十分です。





0章 総集編『承』

 

 

 

この世界に来てからの一週間は、テンとハヤトにとっては気がついたときには既に過ぎている程に早く短く感じられたものだった。

 

使用人としての仕事と文字の勉強。本来ならば立派な騎士になるために鍛錬に打ち込みたいと思っていた意思を曲げ、この二つに頑張って打ち込み続けていれば、その時間はあっという間で。

 

 

「んで。俺とハヤトを何でこんな場所に?」

 

「君たちは次期、エミリア様の騎士となる人材だからねーぇ。そんな人たちが手ぶらで騎士を名乗るなんて、みっともないと思わないかい?」

 

「……つまり?」

 

「形からでも騎士に近づければ、と思ってね」

 

 

その期間が過ぎれば、男二人はいよいよ本格的な鍛錬を開始することになる。この世界に来て一週間前に第二の人生、その一歩目を踏み出し、今ようやく一週間越しの二歩目を踏み出せるのだ。

 

その二歩目として提案されたのは、騎士として使用する武器の調達だった。提案者はロズワールであり、提案されたのはもちろんの如くテンとハヤト。

 

 

「この中から幾つか、好きなのを選ぶといい。それが君達を騎士と象徴する刃となるからねーぇ。それにぃ? 強くなりたいのだろう、ならば避けては通れぬ道だ。逃すのは実に愚の骨頂だと思うけどねぇ」

 

「確かに。魔法一本で強くなれるとも思えないし、武器はあった方がいいかもしれない」

 

 

そんな理由からテンとハヤトは己の牙となる武器を調達。結果、色々と葛藤はあったもののハヤトは両刃型の大剣とナックルの二種。テンは目に止まった片刃型の刀を一つ。

 

それ以外にも、テンが心機一転のつもりでまともな服(戦闘服)が欲しいと主張。ロズワールの快諾を受けて便乗したハヤトと共に武器を調達した倉庫の中から適当なものを物色。

 

 

「おま、その服装はなんだよ。上下真っ白に黒帯て……空手大好き人間か。それともなにか? 『俺より強い奴に会いにいく』って?」

 

「お前こそ。白の上からほぼ黒に近い紺色とか、フードまでつけちゃって、小説の主人公にでもなったつもりかよ」

 

「どちらかと言えば俺は脇役の方が合ってる気がする。主人公はお前でいいよ。俺はお前の活躍を文字で読む一般市民な」

 

 

選んだ服装に関して軽くコメントし合いながら、二人は一生使うことになる装備を選び終え。そのあとはロズワールが錆び取りのために回収、ついでに服も回収。

 

装備を整えるのが二歩目——それも一歩目を踏み出してから一週間とは、もっと他にあったのかと思わなくもない二人だが。なんにしても、これから頑張っていこうと決意を新たにするのだった。

 

 

 

 

▲▽▲▽▲▽▲

 

 

 

 

「テン君。今夜の紅茶はいかがですか?」

 

「いつも通り、美味しいよ。甘さ控えめで喉に優しい」

 

「そうですか。良かったです」

 

 

その日の夜、お仕事を終えたテンは自室でレムとお話中。正確には、今日から魔法の鍛錬を始めようと意気込んでいたところに、ティーセットを乗せたトレイを持ってきたレムが突撃したのだ。

 

こうして寝台に腰掛けながら隣り合って紅茶を飲むのは、これで何回目か。すぐ真横に、嬉しそうに笑ってくれているレムがいる。やっぱり、そうされると鼓動がうるさく感じた。

 

 

 ーーテン君。君はレムに気に入られてるようだね。

 

 

いつだか、ロズワールにそう言われたことが不思議だった。どうして自分なのか。テンにはよく分からない。同族嫌悪かもしれないと言ったら、そうかもしれないしそうじゃないかもしれないと曖昧に返されたし。

 

少なくとも、嫌われているわけではないから仲良くしていきたいものだが。異性的な意味合いで興味を示してくれていない事実に少しだけ残念に思わなくもないテンである。

 

彼女が自分なんかにそのような方向で興味を示してくれるわけがない。初めて見る、自分と似たような人間が物珍しいだけ。

 

レムが自分自身がラムよりも劣ると思うように、テンも自分自身がハヤトよりも劣ると思う。だから、自分と同じことを思う人が新鮮に見える。

 

 ただ、それだけだ。

 

 

「少し、外に出てくる。前にも言ったけど今日からこの時間は鍛錬のために使うから。レムとお茶する時間も少なくなるかも」

 

「具体的には何をするんですか?」

 

「魔法だよ。ロズワールに診査してもらって適性があったから。扱えるようにね」

 

 

手を伸ばせば身体に届く距離にいるのに。身を寄せ合えることができる距離にいるのに。寄せれば肩と肩が触れてしまいそうな距離にいたのに。でも、どこか遠くにいる彼女。近くて、でも遠くて。

 

どうせ無理だと諦めても。定められた原作(運命)を変える力なんて自分なんかにあるわけがないと、心の中で叱咤しても。それでも端っこにいる自分が割り切れないと弱々しく声を発していて。

 

そんな、モヤモヤとする気持ちから完全に目を背けるテンは頬を硬くし。彼女から目を背ける。

 

 

「俺はハヤト(アイツ)と違って、勉強も一段落ついたし。元よりコッチが本当にしたかったことだしさ」

 

 

ハヤトはまだ文字の読み書きが怪しいからともう二日の勉強期間を設けたようだが、彼と反対にテンは今日から魔法の鍛錬解禁。ロズワールに魔法の基礎的な指導は受けたし、準備は万端。

 

まずは魔法の基礎中の基礎。ゲートからマナを取り出す作業を無意識に行えることを目標にして、魔法を使えるようになる。魔法を発動させるので精一杯だから、まずはそこから。

 

要するに、スタートラインに立つことから始めるということ。それが終わったら刀の鍛錬もしなくちゃだし、そうなると肉体的な強化も必須になってくるだろう。

 

 やることは多い。前途多難だ。

 

 

「んじゃ。紅茶、おいしかったよ」

 

 

今日から夜の暇な時間は鍛錬に回そう。そんな風に考え、テンはレムがいる部屋を後にする。彼女と一緒にいると変な感情に身を焦がされてしまうから、早く逃げたかった。

 

 そんな彼を、

 

 

「鍛錬、頑張ってくださいね」

 

 

そんな彼を呼び止め、レムは微笑む。

 

応援する気持ちを優しさとして表現する彼女が、にこやかに微笑む。それ以外の気持ちも含まれていたが、今のテンが気付くことはない。

 

だから彼は「うん。ありがとう」と、短く返して部屋を出た。一週間越しの二歩目を一日の終わりに踏み出すという、だいぶ出遅れてしまった分を取り返すために。

 

 

 

 

▲▽▲▽▲▽▲

 

 

 

 

「んじゃ、行ってきまーす」

 

「パパっと行って帰ってくるぜ」

 

 

テンが魔法の鍛錬を始めるようになってから三日。慣れないことを練習する彼の肉体に疲労が蓄積し、睡眠時間を削ってまで頑張ることで精神的にも疲弊してきた頃。

 

睡眠不足で眠そうなテンと、本日から魔法の鍛錬を開始する予定のハヤト。その二人は今現在、ロズワール邸から歩いて二十分程度の場所にある村——アーラム村と呼ばれる村に向かっていた。

 

理由は単純に、買い出し。そのついでに村の人たちに挨拶。新しく屋敷で働くことになったから顔くらいは出した方がいいとラムに指摘された二人である。

 

 

「にしても、アーラム村か。実際に行くことになるとは。人生何があるか分からないもんだね」

 

「いや、これはねぇだろ。生きてるうちに異世界召喚されるって」

 

 

トコトコとアーラム村への道を歩く二人。気温も過ごしやすいもので、そよ風が心地いい散歩日和ということもあって清々しい気分になった。

 

アニメの世界だけだったお話が今自分の目の前にある。初めこそは戸惑ったが、今ではすっかりその世界に溶け込んでいる二人はこれから訪れる村へと思いを馳せる。

 

原作ではちょっとしか触れられてなかったから何があるのか少々気になるところ。

 

 

「まぁ、行ってみないと分からないということで。さっさと行こうよ」

 

「おう」

 

 

 

 

▲▽▲▽▲▽▲

 

 

 

 

 結果から言うと、色々と忙しかった。

 

 

村に到着するなりテンはミルデ・アーラムと名乗る村の村長に尻を触られ、買い物に行くテンに盾にされたことでハヤトは腹部に子どもの頭が突き刺さり。

 

子どもに捕まったハヤトはそれからテンが買い出しを終えるまで子どもの相手をしていれば、いつの間にか五人の子供を担ぎながら村を歩かされる羽目に。

 

テンはテンで、レムラム親衛隊(双子姉妹ガチ勢)に絡まれて面倒な思いをし。なぜか名前を知られていたために村の人々に馴れ馴れしくされて内心、嫌な思いをし。

 

それぞれが、色々と忙しい顔出しであった。

 

そんなこんながあって、今。時間は進んで夕暮れ。太陽が地平線に沈みゆく時間帯。

 

 

「————寝てる」

 

 

そんな時間に一人、レムは真っ暗な部屋で寝台に倒れ込むようにして寝落ちるテンの姿を発見していた。

 

見つけた理由は、彼女がテンの部屋に訪れたからで。訪れた理由は、ちょっと暇な時間ができたら自室にいるであろうテンとお茶をしたかったから。

 

初めて出会った時は、なんの興味もなかったのに。ただの男の人。なんの関係もないどうでもいい人、くらいにしか思ってなかったのに。

 

彼の言葉を聞く度に。彼のことを知る度に。彼のハヤトに対する思いを聞く度に。不思議と彼に対して興味が湧いてくる。

 

だから、自分は彼に対してもっと興味が湧いてきた。それは、自分の影を彼の影と重ねているからか。それとも、今まで会ったこともないような不思議な人だと思うからか。あるいは——。

 

そんな人と、お茶をしたい。だからレムはこうして紅茶を淹れてテンの部屋に訪れ、寝落ちる彼を見つけるに至った。

 

 

「たくさん無理をすれば、当然ですよ」

 

 

自分が部屋に入ってきても目を開けず、近くで寝顔を眺めても目を開けず、本当に疲れていると分かるテン。睡眠時間を削ってまで鍛錬に励んでいれば当然の因果関係だろう。

 

そのお陰でや力はついてきているようだが、その代償がこの有様では褒められた行為ではない。無理をして力がついたとしても、体が先に壊れてしまったら意味がないのだ。

 

 

「あまり、無理をしないで下さい。と言うのはテン君からしたら良くないことなんでしょうね」

 

 

そんな言葉を掛けても、テンはきっとやめない。「平気だよ」の一言で片付けて軽く受け流されるに決まっている。彼はそういう人間なのだから。

 

ハヤトが魔法の鍛錬を開始した事で、彼の鍛錬はより一層、厳しさを増すだろう。そうなれば今よりももっと疲弊することになる。それはレムとしても見ていて少し苦しい。

 

分かっている。その言葉が軽はずみに言えないことなど。でも、言わずにはいられなかった。

 

心配してる人がここにいる。あなたを気にかけている人がここにいる。同じ痛みを知ってる人がここにいる。だからどうか、どうか無理だけはしないでほしい。

 

 そう、言えたらいいのに。

 

 

「テン君といると、レムは調子が乱れてしまいますね」

 

 

らしくないことを考えた自分に失笑。疲弊する体を労わるレムが彼の頭を優しく撫で下ろし、それから見つめ続ける寝顔に唇を綻ばせる。そうすると、心が温かくなった。

 

こうして見ていると、彼の横顔にうっとりとしてしまいそうになるのは何故だろう。こうしていると、鼓動が不自然に速くなってくるのは何故だろう。もっとこうしていたいと思うのは何故だろう。

 

 この気持ちは、一体——。

 

 

「それも含めて、テン君に興味が湧いてきました。ですから、お体には気を遣ってくださいね。体調を崩されてはお話しすることもできなくなってしまいますから」

 

 

経験したことのない感情に、レムの心がさざ波程度に揺らされる。普段の彼女ならばすぐに忘れるそれは、しかし今は——今からは違う。

 

この時、テンの寝顔を見つめる瞳には一つの淡い感情が揺れ動き、心の中に確かな感情としてそれは薄く宿る。それが宿った時、不意に彼女は心が温かくなり、

 

 

「——テンくん。いつも、お疲れ様です」

 

 

その一言が、きっと彼女の心に大きな変化を齎した。

 

今までとは決定的に違うその言葉。意味自体に変わりはないけれど、心持ちが今のは同僚としてのものではない。甘く、愛おしむように囁かれた一言は、明らかに友人関係を、半歩、飛び出したもので。

 

その日は、無自覚の温もりを初めてテンに感じた、レムにとって全てが始まった日となった。

 

 

 

 因みに。

 

 このあと、目を覚ましたテンは「疲弊するまで頑張らないでください」と怒ったレムによるお説教タイム。

 色々と言われて、最終的に夕方には必ず仮眠を取るようにと釘を刺され。

 起きれない事を懸念したテンに「自分が起こしに行く」と押し切ったレムによって、彼は強制的に仮眠を取らされることに。

 

 

 

 

▲▽▲▽▲▽▲

 

 

 

 

魔法の鍛錬が始まったら、あとは似たような日々が淡々と繰り返されるだけである。

 

一日の半分以上を使用人のお仕事に費やし、それが終わったら少しの休憩時間を挟んですぐに鍛錬開始。鍛錬が終わったら寝て、起きたらお仕事、終わったら鍛錬、終わったら寝て。

 

それが原因でまたしてもテンが無理をし、前回よりも寝不足になったテンを発見したレムが鬼の形相で静かに激怒。一対一で正座させられたテンが半泣きになりかけたが、屋敷の住人と過ごす日々は割と充実したものであった。

 

 その日々を抜粋すると、

 

 

「カララギ弁を話す女性って、いいよね」

 

「急にどうした?」

 

「話し方が、好きなんだよね」

 

「いやらしい」

 

「テン君は、カララギ弁を話す女性がお好きなんですか?」

 

「いいかなって思ってるだけで。好きとか、そんなのは特にない…とも言えないけど。そこまで固執はしない、です」

 

「そうですか。分かりました」

 

「分かりました?」

 

 

テンとハヤトが昼食の支度の最中にくだらない話を始め、その会話にレムとラムが乗っかると中身がなくてくだらない話が展開。近い将来に完成する仲良し四人組な関係が着々と築かれ。

 

 

「よぉー! ベアトリス! 昼飯を届けにきてやったぞー!」

 

「朝に続いてまた来たかしら。入ってくるときに一々うるさい奴なのよ」

 

「てか、お前。この時間になるとそうやって待ってるの、なんか犬みてぇだな」

 

「並べた皿ごと机をひっくり返してやってもいいかしら。全く、なんでお前なんかがベティーの食事を運んでくるかしら」

 

「そりゃ、俺しか正解の扉を引けねぇからだろ」

 

 

全く壁のない接し方で遠慮を知らぬ勢いのままどんどんベアトリスに話しかけるハヤトと、そんなハヤトに少しずつ——本当に少しずつ心を開きつつあるベアトリス。二人の関係も良好であり。

 

 

「どうせなら一緒にお茶、飲まない? ほら、私とテンってもっとお互いのことを知った方がいいと思うの。だって私達って……、そういう関係でしょう?」

 

「その言い方は誤解を招きかねないな。やめようか」

 

「あ、テンもそういうこと言う。ハヤトにもね、エミリア、その言い方だけはやめとけ、って言われちゃったの。二人揃ってへんなの」

 

「へんなのって……。うん、まぁいい」

 

 

遠い将来、()()()()()()になってしまいそうなテンとエミリアは互いの間に隔てられた壁を取り払えるように、少しずつ歩み寄り。

 

 

「仮眠を取ってくださいと言ったのをもう忘れてしまったんですか? 早朝にもお話ししたはずですよね。また正座したいのですか」

 

「それは俺が取りたい時に取る話で——」

「取ってください」

 

「話がちが——」

「取ってください」

 

「レ——」

「取ってください」

 

 

現在も未来も、テンは相変わらずレムには敵うわけがなく。そんなやりとりが頻繁に、人知れずに行われていたりした。

 

このような仕事の中にあるほんわかしたやりとりが繰り返される中でも、大切な一場面はあったりする。

 

テンとエミリアがとある約束事を二人の間で結び。鍛錬の激化をハヤトに強く指摘されてやっとテンが無理のない程度に鍛錬をするようになり。テンとハヤトの二人が無意識下でも魔法を扱うことに成功したりと、退屈とは程遠い生活だ。

 

そのような日々な中、一際目立った日々がある。

 

 

 それは、土砂降りの日のこと————。

 

 

 

 

▲▽▲▽▲▽▲

 

 

 

 

「さて、ここからどうしたものか」

 

 

現在、テンはとても困った事態に直面していた。

 

いつもは空の海が見えるはずの曇天を見上げ、降りしきる雨の量に、大きなため息を無意識のうちに吐いてしまいそうなくらいに。

 

深く考えるまでもない。彼は今、雨風を凌げる場所で雨宿り中であった。怪しい雲行きを悟っておきながら傘を持たずにアーラム村に買い出しに向かい、案の定、帰る前に降られてしまった形だ。

 

加えて、通りかかった村人に伝えられた事実——自分をレムが迎えにきた事実に、彼は体の内側から鳴り響く鼓動音をどうにか静めようと努める。

 

待て、それは聞いてない。予想外だ。最悪、走って帰ろうかと思っていたのに。どうしてハヤトでもラムでもない、レムなのか。

 

 分からない。

 

 

「迎えにきました、帰りましょう。テン君」

 

 

分からないまま、結局テンはレムに見つけられる。村人にテンの場所を教えられたレムが、急いで彼が雨宿りしている場所まで来てくれた。

 

そうなれば、テンは傘を持ってきてくれたレムと一緒に屋敷に帰るのだが、

 

 

「あの、レム。俺の予想では傘を届けに来てくれたと思ってたんだけど」

 

「はい、傘を届けに来ましたよ?」

 

「いや、そうじゃなくて」

 

 

更なる予想外が、テンに降りかかった。

 

彼が見つめる先には、雨に濡れないように傘をさすレムの姿があって。その傘はテンとレムが一緒に入っても余裕のあるほどに巨大で。

 

 一つしか、傘はなくて。

 

 

「えっと…。もう一つとか、無かったの?」

 

「すみません、他にも探したんですが。今はありませんでした。なので、今回はレムとテン君が二人で入っても大丈夫そうな傘をご用意しました」

 

 

「これなら濡れませんよ」と、レムはテンに詰め寄りながら語る。その様子はとても嘘を言っているようには見えず、本当の本当にこれ一つしかなかったのだとテンは理解させられた。

 

それはつまり、自分は今からレムと相合傘をするということを意味するが、流石に無理がある。主に精神的な方向で。

 

しかし、拒否する選択肢はない。迎えに来られた以上は帰る他ないだろう。

 

 

「うん、なら仕方ないね。俺なんかと一緒の傘に入るなんて嫌だろうけど。帰るまで我慢してね」

 

「……そんなこと、ないですよ」

 

「ん? なんか言った?」

「いえ。気にしないでください」

 

 

呟かれた一言は今回の出来事が意図的であると薄く語るものであったが、残念なことにテンの鼓膜には届かなかった。雨が弾ける音で、かき消された。

 

テンも何かを言った事には気づいたが、彼女が気にするなと言うのだから気にしないことに。そうしたら、その言葉はもう届かない。

 

 

 

 

▲▽▲▽▲▽▲

 

 

 

 

 相合傘事件から、六日後。

 

 

テンとレムの関係は、少しばかり雲行きが怪しくなっていた。

 

それまでは仲良く話していた二人がその日を境に言葉を交わすことをしなくなり、否、レムがどこかテンを避けるようになり、二人の間から会話が消えてしまっていたのだ。

 

なにか、悪いことをしてしまったのではと思うテン。もちろん、理由は相合傘だと思うけれど、肝心な理由が分からない。相合傘そのものが嫌だったとなれば話は別だが。

 

 

「…なぁ、テンとレム。あの二人って喧嘩でもしたのか?」

 

「知らないわ。してたらテンテンを締め上げるだけの話だけど」

 

 

ハヤトとラムも二人の異変には気づき、そのような会話を二人だけの空間で広げていた。勿論、相合傘をした翌日からレムの態度が一変し、それから今日までの六日間その態度がずっと続いていることについて。

 

テンが何かしてしまったわけではないと思う。彼は、ハヤトのような世界で唯一の親友にも親しき中にも礼儀ありを適用するほどに気を遣う人間だから、それはあり得ない。

 

なら、どうしてなのか。考えても全く分からず、話し合ったとしてもハヤトとラムの間で答えが導き出されることはなかった。結果、その論議を置き去りにして二人の話し合いは幕を閉じた。

 

その中の分かったのは、レムがテンを気にかけ始めていることくらい。

 

 

「嫌われた、かな」

 

 

二人が自分たちを気にかけているとは知らないテン。彼もまた、レムの明らかな変化に気づいていた。

 

相合傘の翌日以降、彼女が全く目を合わせてくれなくて、声を交わしてもくれなくて、すれ違っても足早に去っていくという悲しき変化——もはやこれは、嫌われたと言ってもいい避けられ方。

 

それが六日間も継続したのだ。誰だって嫌われていることくらい気づける。あんなに分かりやすく避けられるのだから、「私はあなたが嫌いです」と面と向かって言われているようなもの。

 

 

「なんだ、この虚無感」

 

 

その事実を理解すればするほど、テンは意味の分からない損失感に襲われ、虚無になっていく。心に穴が空いたような変な感覚。生きてきた中で初めての経験だった。

 

悲しいとも、苦しいとも、切ないとも言い難い。よく分からない感情。心の中で感情の糸がぐちゃぐちゃに絡まっているような違和感。

 

 

「でも……、それでいいのかもしれない」

 

 

夕焼けに染まる空を見ながら、テンは呟いた。表情に陰りが生じる彼は、深くため息をつく。

 

自分の中にあるレムに対して抱く恋色の感情——その温かさを失う。そんな今の状況の方がずっと先の未来からすれば良い事なのかもしれない。

 

自分がレムに恋をする——そんなのダメに決まっている。彼女にはこの先に幸せな未来が待っているのだから。この世界の主人公が、ナツキ・スバルが彼女のことを救うのだから。

 

そこに、自分が割って入る余地など与えられるわけがない。彼女のような人には主人公がお似合いに決まっている。

 

 

「ダメだ。そんなの、ダメに決まってるよ」

 

 

忘れろ、そんな気持ち。捨てろ、そんな想い。

 

下らない妄想ばかりしてて何の意味がある。定められた未来に挑戦して何の価値がある。意味もない期待をしたところで無駄。それに、彼女には幸せな未来が待ってる。邪魔するなんてダメだ。

 

 

「だから……嫌われて、ちゃんと諦めさせてくれた方がいいよ。うん。………その方が」

 

 

未来は変わらない。原作は変わらない。運命は変わらない。その通り進み、その通りに救われなければならない。それが、

 

 

「それが、一番だから」

 

 

だから、自分はレムに嫌われてしまえばいいのだ。このまま無視されて、今までの薄い関係性が自然消滅してくれれば。自分もちゃんと断ち切れる。

 

 

 断ち切らなければ、ならない。

 

 

 

 

▲▽▲▽▲▽▲

 

 

 

 

「テン君、起きていますか?」

 

 

断ち切らなければならなかった翌日の夜。

 

鍛錬がお休みの日であるために部屋の明かりを消し、モヤモヤした感情を抱いたまま就寝しようとしていたテンの部屋の扉がその声と同時に小さく叩かれる。

 

忘れるわけがない。一週間ぶりに名を呼んでくれたレムの声だ。嫌われて、もう二度も名前を呼んでくれないのではとすら考えてしまった女の子の声だ。

 

呼ばれた声にどうしようか迷っていると、不意にレムの「寝て、しまいましたか」という切なそうな声が扉の奥から弱々しく聞こえて。

 

その声に抗えずに「起きてるよ」と扉を開けば、目の前にいるのはレム。

 

 

「テン君。その、傘の件なのですが……」

 

「えっと、うん」

 

「冷静になって考えていたら、少し度が過ぎていたと思いまして」

 

「……はい、それは。理解してます」

 

 

胸の中に嫌な思いが湧いてきたテンが、やはり自分はレムに嫌われていたと確信。彼女も自分に対して度が過ぎてると思っていたらしい。なら、嫌われるのは当然のこと。

 

なら、覚悟を決めよう。そう思い、テンはレムを一直線に見つめる。すぐ目の前にいる女の子との関係性を断ち切るために。レムも彼の姿勢を感じ取ったのだろう、背筋を伸ばす。

 

そうしてテンとレムは向き合い、

 

 

「ですから、その。…レムのこと、変な人だとか思ってたり…。き、嫌いになったり。してませんか?」

 

「え? レムが俺のことを嫌いになってたんじゃなくて?」

 

 

その瞬間、互いに全く同じことを思っていたことが判明した。この一週間、お互いがお互いに嫌われたのではと思い込んでいたせいで、今のような事態になったのだと理解した。

 

お互い、状況に酔って自分らしからぬ行為をしたせいでもあるのだろう。冷たい雨の中、肌寒くならないようにとレムがテンの体にくっつき。普段ならば絶対に受け入れないはずのテンは彼女の想いを受け入れ。

 

レムも、テンも、その状況に酔ってしてしまった行為が度が過ぎて、嫌われてしまったのではないのかとずっと思っていたのだ。思い込んで、自己完結してしまっていた。

 

 

「俺は。レムが避けるから、なんかしちゃって嫌われたのかと……」

 

「そ、そんなことはありません! レムがあの時に度が過ぎてしまったから、テン君に変な人と思われて、嫌われているのではないのかと……!」

 

「俺がレムを嫌うことなんてないよ! ただ、あの雨の時に、俺がなんかしたんじゃないかってずっと思ってて」

 

 

要するに、そういうことだ。

 

お互いに勘違いをし、勝手に嫌われていると思い込み、この一週間は避けて、避けられ続けていたと。お互いにすれ違っていた理由は、自己完結が悪い癖なことだった。

 

とても、安心してしまうテンだった。どうせなら今日に嫌われて、彼女に抱いた想いを断ち切ろうと思っていたのに。そう、思っていたのに、安心してしまう。ほっとしてしまう。許されないことなのに。

 

それは、レムも同じだ。自分が彼に嫌われていないと理解した瞬間から彼に抱く感情が心の中で暴れ回って、形容し難い嬉しさを感じてしまう。

 

少し前から感じ始めていたこの感情。彼を前にすると抑えきれなくなって、苦しいのに、とても幸せになれて。心が温かくなってくる。

 

 その、感情は——。

 

 

「レム? 急に背中向けて……大丈夫?」

 

「だ、大丈夫です! レムもテン君が嫌いなわけではなくて、ですからテン君も変に気にしなくても全然大丈夫ですから!」

 

「うん、分かった」

 

「レムはもう寝ますね。テン君の確認が取れればもう大丈夫なので。では、おやすみなさい」

 

 

自覚しつつある温もりを感じ、テンに抱く感情の名前を徐々に理解しながらレムはテンから離れていく。理解すると、彼の前にいられなくなって、とりあえず今は布団に飛び込みたい気分だった。

 

テンはテンで、レムに嫌われてないと分かって嬉しい気持ちが半分と複雑な気持ちが半分。彼女を想う自分を殺しきれず、これから頭を悩ませられるのだと布団に飛び込みたい気分であった。

 

 

 この一件を経て、二人の関係は少しだけ前進。

 

 お互いのわだかまりが解けていつものように言葉を交わすことができるようになり、その関係はより一層のこと縮まる。

 

 レムが自分の想いを自覚するのは近く。テンが自分の想いを受け入れるのはまだ遠い。

 

 

 

 

▲▽▲▽▲▽▲

 

 

 

 

 屋敷に来てから、一ヶ月と少しが経った。

 

 

時間というものは、本当に早いものだ。これまでにも一ヶ月という時間の中を幾度となく過ごしてきたのに、この世界に来たのが昨日のことのように感じる。

 

時間としては同じ一ヶ月。しかし、体感的には一週間程度の時間しか過ごしていないような。相対性理論、というやつだろうか。鍛錬に仕事、屋敷で過ごす日々が色々と忙しすぎて一日があっという間だ。

 

その中で、いくつか変化があったことがある。テンとハヤトが屋敷に来たときと、一ヶ月と少しの時間が経過した今を比較した時、明らかに変わったことがある。

 

まず、テンとハヤトが魔法を習得したこと。意識的に発動していた魔法を無意識に発動できるようになり、戦闘に実用できることが可能に。更に、最近では武器の鍛錬も始めたそうな。一歩ずつではあるが、確実に前進しつつある二人。

 

次に、エミリアがテンが鍛錬する時に必ず付き添うようになったこと。夜、テンが中庭で鍛錬をしていると必ずと言っていい確率で「もう寝なさい」と言いながら隣に腰掛ける。理由は、よく分からない。

 

最後に、レムが以前よりもテンに対して積極的に接するようになったこと。相合傘事件があった以降から、心なしか彼女がテンとの距離をぐっと縮めにかかっているように見えていた。

 

他にも、屋敷で同じ時を過ごすうちに男二人に向ける警戒心が薄れ始めたのか、屋敷の住人たちの他所他所しい態度を薄れ始める傾向が見られつつあった。

 

どうやら同じ時を同じ屋根の下で一ヶ月以上も過ごせば、男二人はエミリア陣営に少しは溶け込めたらしい。このまま過ごしていれば、初めにあった「身元不明の不審者」というレッテルが完全に剥がれるのは時間の問題だろう。

 

 

 そんな、ある日こと。

 

 

「ここらで中間試験といこうじゃないかぁーな」

 

 

自分たちがどれだけ力をつけられたのか知りたい——そう、テンとハヤトが言い出したことが事の発端だった。

 

鍛錬を始めてからすでに一ヶ月の時が経った今。第一の刃も第二の刃も、その二つが身についてきた二人は、鍛錬を始めたばかりの自分からどれだけ前に進めたのかが知りたい。

 

努力の形は毎日のように見えているから。その形をどれだけ戦闘に活かせるか。それを知りたい。

 

 

「己の実力を知るのも鍛錬の一つ。私も、君たちがどれだけ力をつけているのか少し気になっていたところだぁーからね」

 

 

そんな教え子二人の要望に応えたのがロズワールというわけだ。彼自身も、この一ヶ月という時間の中で毎日のように鍛錬に励んだ成果を知りたい。足元がおぼつかなくなってしまうほどに頑張って鍛えた途中経過を。

 

 

「具体的には何をするんですか?」

 

「君達は、アーラム村に隣接する魔獣の森という森を知っているかなーぁ?」

「知ってるもなにも。俺達がぶっ倒れてたところだろ?」

「竜に襲われて大変だったやつ」

 

「知っているなら話は早い。一つ、提案なんだぁーけど。そこで力試しをする気はないかい?」

 

 

 試験内容は簡単。

 

二人が竜に追いかけ回された森に入り、森に住み着く魔獣と戦ってくること。戦い、無事に生きて帰ってくること。魔獣との戦闘経験皆無な二人には結構な無理難題だ。

 

勿論、反対の声が上がらないわけがない。まだ危険だとエミリアが声を上げ、二人にはまだ早いとロズワールに否定的な言葉の羅列を叩きつけるが、

 

 

「お前が心配してるのは嬉しいが。今は俺たちを信じてくれ。ロズワールの言った通り俺達はお前の騎士となる存在、高々魔獣程度で引き下がれるほど生半可な覚悟じゃねぇんだ」

 

「……でも」

 

「俺とテンは誓った。強くなってお前を守る騎士になってみせるとな。なら、ロズワールに認めてもらうためにも。この挑戦状、受けてやるよ! それに、力試しにもなるしな!」

 

 

そう言ったハヤトによって中間試験の実施は確定。ハヤトがダメならとエミリアはテンを見るも、彼もハヤトと同意見だった。

 

心配してくれるのは嬉しいけど、ロズワールからの試験を乗り越えなければ一人前を名乗れない、と。そうやって二人はエミリアの否定を優しく払い、

 

 

「「その挑戦状、受けて立つ」」

 

 

 

 

▲▽▲▽▲▽▲

 

 

 

 

「さて。それじゃあ、試験内容を説明するわけだぁーけど」

 

 

場所はロズワール邸の正門前。中間試験に向けて準備を終えた男二人は指定された場所に集合、試験官もといロズワールから今回の試験内容を受けるところであった。

 

 

「まず、日が落ちるまでに森を抜けて屋敷に帰ってくることを合格の条件とし。それまでに森から抜けれず、抜けたとしても屋敷に帰って来れなかった場合、不合格とするよぉ」

 

 

今から自分たちは、命を懸けた戦いをする。

 

そう思うと戦々恐々としてしまいそうになるけど、二人の表情に強張りはなかった。腰のベルトに刀が納刀された鞘を差すテンと、大剣が納刀された鞘を背負ったハヤトに迷いはない。

 

当たり前だ。そうなるだけの覚悟を整えてきたし、この場に来る前に二人はそれぞれ励ましの言葉を貰ったのだから。

 

 

「心配すんな、ベアトリス。俺は生きて帰ってくるぜ。生きて、またお前の前に遊びに行ってやるから。寂しがる必要なんてこれっぽっちもねぇよ」

 

「別に、ベティーはそんなこと思ってないかしら。ただ、お前に死なれると食事が運ばれて来なくなるから、それを嫌がっただけかしら」

 

「へいへい、ツンデレな。かわいいかわいい」

「やかましいかしら」

 

 

ハヤトはベアトリスから。遠回しな励ましの言葉を受け。

 

 

「レムは、テンくんが帰ってくることを信じています! ですから——絶対に、無事に帰ってきてください!」

 

 

テンはレムから。ド直球な励ましの言葉を受け。

 

それぞれが心を焚き付けられたことで、精神的な準備は整った。怖いけど、大丈夫。ちゃんと戦える。

 

 ちゃんと戦えるから、

 

 

「私が森の適当な場所に放り込むから、君達にはこの魔鉱石を道標に森から抜けてもらう。安心しなさい、辿れば確実に森から抜け出せるよ」

 

「それ、本当に中間試験ですか? 期末試験並みの難易度課せられてる気がするんだけど」

 

「森の適当な場所に放り込むというワードを当然かのように言うか。やっぱ恐ろしい奴だな」

 

 

絶対に合格できなさそうな無理難題な中間試験にも挑みにかかる。森で魔獣と戦うだけのはずが、森から抜け出すことに試験内容をシフトされたものの、気にしない。

 

 

「でも、俺達をどうやって森の中に放り込むんですか? そんなに長い道のりをわざわざ歩くわけでもないでしょうに。それに、移動するところを俺達が見てたら道のりも簡単に分かる」

 

 

明かされた試験内容をなんとかして受け入れるテンが首を傾げて質問。流石に全てを飲み込んだわけではないが、やると決めたものを今更引き下がる気にはならない。

 

質問をされたロズワール。彼はイヤな方向で高鳴る鼓動を抑えるテンとハヤトの肩に手を置くと、

 

 

「簡単なことだよねぇ?」

 

 

その言葉を聞いた瞬間、二人はロズワールによって意識を奪われた。

 

 

命懸けの中間試験が、始まる。

 

 

 

 

▲▽▲▽▲▽▲

 

 

 

 

「ふぅ。やっと一段落って感じだな」

 

「そうね」

 

 

命懸けの中間試験を終え、テンとハヤトは傷ついた治癒魔法をかけてもらった体のまま入浴中。数時間単位で森の中を走らされ、戦わされ、死にかけ、結果としてボロボロになった肉体を癒しているところである。

 

正直、死ぬかと思った二人だ。なんとか制限時間ギリギリに屋敷に辿り着けたものの、その結果に至るまでの道のりが険しすぎて、中間試験にしては鬼畜すぎると心底思う。

 

意識が回復したテンとハヤトがいたのは薄暗く、鬱蒼としている森の中。この世界に飛ばされた時よりはマシだったものの、それでも暗い森の中。

 

意識を狩り取ったロズワールによって連れてこられたのだ。否、放り込まれたのだ。目が覚めたら森の中という経験を二回とすることになるとは思わなかった二人である。

 

そのままでは擬似的な遭難状態だが、彼が説明したように鈍く光る魔鉱石を道標すればなんとかなる。そう思い、ひたすらに走っていれば大型犬を彷彿とさせる魔獣——ウルガルムとの遭遇戦。

 

集団で獲物を仕留める魔獣と戦うことは、必然的に大軍戦を挑まれることを意味し。それなりの数と戦っていればテンとハヤトは時間が経つのと比例して傷つき、疲労し、死に追いやられていった。

 

休憩を挟みつつ森の中を走っていると、たまにウルガルムとのエンカウントが発生。その度に五匹以上と一斉に戦うのが一つの流れ。後は休憩と疾走、たまに戦闘を繰り返すだけ。

 

そうしているうちに二人は森を抜けることができた。満身創痍の体に鞭を打ち、制限時間が迫る世界の中を疾走。死に物狂いで帰路を走り抜け、ロズワール邸の扉に飛び込み。

 

 今に、至る。

 

 

「ほんと、すごいよね。改めて考えると、よくあの中で生き残ったと思うよ。魔獣に囲まれたり、先の見えない森を何時間と走らされたり。死んでてもおかしくなかった。生き残れたのは奇跡よ」

 

「確かにそうかもな。けどよ、俺たちが生き残れたのは奇跡だけじゃねぇ。約一ヶ月間、研磨してきた成果があったからこそよ。それがなきゃ奇跡なんてそもそも起きなかっただろ?」

 

「そうかもね。なら、俺たちは奇跡を起こせるくらいには強くなれてるってことか」

 

「おうさ! あの魔獣なんざ、今はただの子犬。大群を生き抜いたんだから怖くねぇし。それだけ力がついてきてるってことだよな!」

 

 

努力の成果が命に繋がった事実が、テンとハヤトには素直に嬉しい。

 

森の中ではただ必死に頑張っていただけだから意識していなかったけど、自分たちの生還の今を考えると、生き残れるだけの力は備わっていると分かった。

 

 それと、

 

 

「つかよ。お前、なんで俺みたいに身体能力強化してないのに。最後、思いっきり走ったときに俺と同じ速度で走れたんだ?」

 

 

少し、疑問に思ったことがある。

 

ハヤトは身体能力を強化する魔法——アクラと名付けた魔法で自身を強化した状態で疾走していたが、テンは特にそのような魔法で己を強化しておらず。けれど、彼は己を強化したハヤトの疾走に追いついていた。

 

なぜだろう。生身の体ではあり得ない。火事場の馬鹿力が発揮されたのなら話は別だが。そんな長時間も発揮されていたら彼の体は崩壊しているはず。ハヤトの足に追いつくなど、普通はない話だ。

 

言われみれば、テンも不思議に思う。確かにあの時は体がいつもよりも軽くなったような気はしていた。気にしてる余裕など無かったから気にしなかったが、考えれば異様。

 

なにか、自分自身にもハヤトと同じように己を強化する術があるのだろうか。

 

 

「とりあえず、のぼせてきたから俺は出るね。部屋に帰ってからじっくり考えるとするわ」

 

「あ、なら俺も出る。のぼせてきたし」

 

 

思い出そうとしても思い出せず、色々と考えても分からず、結局はのぼせる方が先にやってきたことで二人は風呂から上がった。

 

 

 

 

▲▽▲▽▲▽▲

 

 

 

 

「レム……。俺ってさ、強くなれてるのかな」

 

 

その問いは、ロズワール邸の庭園、星空が広がる下でテンがレムに投げかけたものだった。二人で一緒に外に出たのではない、夜風に当たるテンの下にレムがやってきたのだ。

 

理由は治癒魔法をかけること。まだ体が痛むはずだから自分が治癒魔法をかけるとレムは提案した。今は、その好意に甘えさせてもらったテンが、背中に手を添えてくるレムと背中越しに話しているところ。

 

そんな彼女にテンは言った。森の中で戦うハヤトの姿は勇ましく、かっこよく、自分なんかよりも何倍も凄い人だと思った。自分がいなくても、彼一人でなんとかなったのではないか、と。

 

そう思うと、自分という人間がどこまでも小さく思えてしまう。彼がいなければ自分はきっと死んでいた。彼がいたから戦えた。全部、彼のお陰なのだ。

 

 

「もっと強くならないと、これじゃ、ハヤトに全然追いつけない。もっともっと努力して。アイツみたいになりたいよ」

 

 

自分の中で事実となったことをつらつらと並べ立てるテンは心が沈んでいく。曲解してることに気づかない彼は、自分の力がハヤトの力だと悪い方に錯覚していく。

 

ハヤトがいたから、ハヤトがいたら。そんな言葉が何より先に浮かぶせいで全部がそれに塗り替えられて、彼の努力は彼自身によって無かったことにされた。

 

 

「ほんっと俺って。劣化版ハヤトって感じがするよね。アイツに追いつける未来なんて想像できないよ……。本当にダメだなぁ、おれ。劣化にすらなれないかも」

 

 

周りからすれば「何を言っているの?」と言われる発言をテンはひたすらに重ねる。それも彼の努力を知っている人の前で。だから、レムはテンが言っていた言葉の意味が理解できなかった。

 

当然だ。それが普通なのだから。力がついないわけがないだろう。今こうして生きているのが証拠だ。一体、この人は何を言っているのだろう。

 

けれど、レムがそれを口にすることはない。今の彼は、どこか自分と共通するものがあって、彼の痛みがよく理解できるから。その痛みは、よく知ってるから。

 

 

「そんなことないと思いますよ」

 

「———ぇ?」

 

「テンくんは、ちゃんと前に進んでいます。ハヤト君の劣等品なんかではありません。レムはそう思います」

 

 

だから、レムは寄り添う形で彼を支えた。不思議と、自分の影が重なってしまう、その人に。

 

 

「テンくんはあの森から生きて帰ってきたんですよ? まだ戦いも慣れてない中でそれができるということは、強くなっている証拠です」

 

 

進めていないわけがない。先程も思ったように森から生還できただけでも前に進めていると十分に言える。言えない理由がない。

 

ハヤトの力なわけがないだろう。彼が生きて帰ってこれたのは彼の力があったからだ。彼の努力があったからだ。決して、ハヤトの力ではない。

 

 だから、

 

 

「ですから。テンくんは、ちゃんと前に進めていると思います。いえ、進めているとレムは言い切ります」

 

「ーーーー」

 

「魔獣と戦い、暗闇を走り、その手に携えた武器と魔法だけであの森の中を生き抜いたテンくんは前に進めていると、レムはテンくんに言い切ります」

 

 

だからもっと自分を労われ、と。レムはテンの体を優しく包み込んだ。背中から抱きしめるように、彼のことを引き寄せる。

 

そうされると、心の中で複雑に絡み合っていた糸が解かれる気がして、曲解していたことが正しく理解される。そうして、テンは再自覚した。

 

 

「……また、悪い癖が出てた」

 

 

自己完結。その悪い癖が再発していたと。

 

相合傘の一件で学んだはずなのに、またしても悪い方に悪い方にと考えを進めてしまっていた。思えば、風呂場でハヤトと互いに強くなれてることを喜び合ったのに。

 

そうではないことだとしても、自分の中に根付いた、ハヤトの方が凄い、という固定概念のようなもののせいで事実が勝手に書き換えられ。それが原因で今みたいになる。

 

自覚があるなら対処法はいくらでもあるが、無意識のうちになのが厄介なところ。制御しきれない感情が心をどん底へと押し込んでいくのだ。

 

 

「ありがとな、レム。レムのおかげで落ち着いた。色々と深く考えすぎてたよ」

 

 

だからテンは、レムにそう言って笑いかけた。レムがいてくれて良かった。こんなどうしようもない自分の隣にいて、寄り添ってくれて、心がとても落ち着いたから。

 

その笑みはどこまでも朗らかで、安心して緩んだ頬は子どもみたいに無邪気で、自分のことを見つめる瞳はとても温かくて。

 

 胸が、どきんとした。

 

 

「———ぁ」

 

 

この瞬間、レムはソラノ・テンという異性に惚れる自分を正しく理解した。

 

ずっとずっと彼に対して抱いてきた感情の正体も、彼を見ていると胸が高鳴ってくる理由も。その温もりの名前は、もう分かった。

 

 

 この時、レムは人生で初めて恋を知った。

 

 

 

 

▲▽▲▽▲▽▲

 

 

 

 

命懸けの中間試験から二週間が経ち、テンとハヤトがこの世界に来ておよそ二ヶ月が経った。

 

 

中間試験を終えて各々が自分の課題を見つけ、今よりも更に強くなるための時間は、やはり早く感じる。時間の流れは、今のところずっと早い。

 

中間試験を終えてからの二週間は、中々に濃いものだった。この世界に飛ばされてから濃くない一日など一つとして存在していないが、その中でも特段に濃かった。

 

 それだけ、様々な出来事があったのだ。

 

 

「体術を君達に教えようかと思ってたりしちゃうんだぁーけども。どうだい? 己の肉体を真に操れてこそ、伴う力がある。尤も、ハヤト君は既に我流として型にハマってる感あるけど」

 

「教えられるのか?」

 

「もちろんだとも。これでも体術にはそれなりに自信があるつもりだ。まっ、まぁ、まーぁ? 控えめに言ってぇ? 武術の達人程度かなぁ?」

 

「うぜぇ」

「すげぇ」

「薄い反応をどうもありがとうねぇ」

 

 

魔法の熟練度がある程度上がったため、ロズワールが体術の鍛錬を解禁。お陰様で毎日のようにハヤトが彼の圧倒的な技量と力量にボコボコにされ、それでも挑み続けた事で更にボコボコにされ。

 

 

「それは、流法かもしれないねーぇ」

 

「りゅうほう?」

 

「流法——マナを扱う戦闘技法の一つだ。魔法と異なるマナの使い方を模索した技術体系の一種。とでも言った方が分かりやすいかねぇ」

 

「魔法とはまた違うマナの使い方……」

 

 

テンが中間試験中に感じた体が軽くなった現象——ロズワールによると[流法]という魔法以外でマナを使う技術形態の一種だそうで。扱えるようになれば身体能力の向上を意図的に促せるのだとか。

 

 

「流法を無意識に使うようになるまで君を追い込む、それだぁーけ。難しいことはなぁーにもしないさ」

 

「それだけって……。中々に恐ろしいことを軽々しく言いますね」

 

「これから私は君へと攻撃を仕掛け続ける。君がどうなろうとも容赦はしない。手加減はするが、手は抜かない。——ちゃんと防がないと死んじゃうかもしれないねーぇ」

 

 

それを習得するために様々な試行錯誤を繰り返した果てにベアトリスの助言を受け、ロズワールに瀕死に追い込まれてやっと習得。全身に火球を浴びせられ、殴られ、切り刻まれ、散々な目に遭ってやっと。

 

 

「一週間で最低限、流法を戦闘で扱えるようにしてやる。いつまでも頭ぁ抱えて悩み込んでるだけだと思うなよ、ハヤト」

 

「誰もそんなこと言ってねぇし思ってもねぇよ」

 

 

習得できたとしても最低限、使い熟すのに一週間という膨大な時間を費やし。一週間の過程を経てようやく形として成り、彼も体術の鍛錬に参戦。結果、ハヤトと二人揃ってボコボコにされた。

 

それは、二人が毎日のようにロズワールに半殺しにされる日々が開始したということだが。それでも二人は果敢に挑み続ける事をやめない。強くなるために、二人は化け物じみた先生に拳を振るう。

 

そして、ボコボコにされるの繰り返し。

 

 

「君たちの成長速度には震える思いだよ」

 

 

その裏では、二人がかりでようやく擦り傷を与えてきたテンとハヤトにロズワールが密かに戦々恐々。教え子の飛躍的な成長速度に舌を巻き、着々を力をつける男二人に驚愕したりしなかったり。

 

そんな熾烈な日々の中でも、時にはほのぼのとした一場面もあるもので。

 

 

「なぁ。俺が鍛錬してるといつも顔出すけど。やめようとは思わないの?」

 

「うん、思わない。だって私が近くにいないとすぐ無理するんだもん。そんなの、見過ごせないわよ」

 

「自分の体調管理ができないほど俺は子どもじゃないけど」

 

「一ヶ月前の話をしてもそう言い切れるの?」

「それは言わないお約束ですぅ」

 

 

テンが鍛錬しているといつもその場所に顔を出すエミリアと、嫌そうな目をしながらも否定的な言葉を発さずに受け入れるテン。その二人が、形としては毎晩のように二人だけの時間を過ごし。

 

 

「テン君はエミリア様と大変仲がよろしいんですね。エミリア様とテン君は毎晩、お話をしているんですね。二人だけで。レムは気を遣ってお邪魔にならないようにと、お休みの日だけにしてるのに。エミリア様はいいんですね。でしたら、レムもお邪魔してもよろしいですよね? お話しするのが大丈夫なら、隣に居るだけならもっと大丈夫ですよね? そうですよね? そうに違いありませんよね? ね? ね?」

 

 

エミリアがテンの鍛錬に毎晩のようにお邪魔していると知ったレムが嫉妬、「自分も! 自分も!」と凄まじい勢いで詰め寄ったこともあった

 

 

「敵は、味方にいた。違う、俺は間違ったことはしていない。俺は俺のやれることをやっただけなのにぃ」

 

「当然の反応だと思ってほしいわね。妹を怖がらせた大罪人を姉様が放っておくと思う?」

 

「え、大罪人? テン君が?」

 

「今日も平和だな。うんうん」

「どこが平和だよ、ハヤト!」

 

 

使用人四人組の関係も良好で、着々と仲良し四人組の形が完成形に近づき。親密度が以前よりも遥かに高くなったり。

 

それまでの二週間は、肉体的にも精神的にも様々な成長が屋敷の全員に訪れた時間であったと言える。

 

 

 そして、今現在。

 

 

「テン君、ハヤト君。王都に入りますよ」

 

「脳筋。その子どもみたいなはしゃぎ方は内側にしまいなさい。レムとラムの気品が疑われてしまうわ」

 

「屋根に乗ってる時点で気品も何もないだろ」

 

「じゃあ降りる?」

 

「勘弁して下さい」

 

 

テン、ハヤト、レム、ラムの四人はルグニカ王国の王都に訪れているところであった。遊びに来ているのではない、ロズワール自身が執筆した論文とやらを近衛騎士団詰所に届けるために来ているのだ。

 

とても簡単に説明すれば「王都に用があるから自分の代わりに行ってこい」というもの。使用人は主人の雑用にも扱われるらしく、彼の代わりに四人が王都に駆り出されたわけで。

 

道中、盗賊の襲撃に遭うなどの旅路の厄介事に苛まれたが、その辺はきっちり対応したテンとハヤト。数 VS 個の戦いを挑まれたとしても見事に迎え撃った。代償として、テンの腕が折れたものの。

 

初めて外の世界で遭遇した出来事にしては、はちゃめちゃすぎるが。

 

 ともかく、

 

 

「我々は王都ルグニカの王国兵士だ。そこの少女から事情は聞いている。とんだ災難だったようだが、無事で何より…。無事、とは言い難いか?」

 

「コレ見たら無事とは言えませんよね。まぁでも生きてるだけマシだと思ってますので、あまり触れない方向でお願いします」

 

「そうか…。君がいいなら構わないが」

 

 

そんなこんなで、襲撃してきた盗賊を衛兵の詰所に引き渡し、四人は近衛騎士団詰所へ直行。引き渡す際に副団長が直々に顔を見せ、この人、ど偉い人だ!と言ってしまいたくなる人物との遭遇もあったが、事は順調に進んだ。

 

 進んだ、はずだった。

 

 

「レム達は今から二時間程度、貴族街から出ることを禁止されました」

 

 

近衛騎士団詰所がある貴族街——その場所から出る事を四人は禁止された。聞けば、ロズワールが執筆した論文は本人確認のために申請の許可に時間がかかるのだとか。

 

簡単に説明すれば、自分たちがロズワールの従者を装って変な論文を届けにきたのではないのかと疑われているということ。

 

だから貴族街から出ることも不可能になる。もし偽装だとしたら立派な犯罪、お縄につくのだとしたら、貴族街よりも外側には出さないほうがいい。

 

ということで、今から二時間程度暇な時間ができた四人。彼らはこれからどうするかと話し合い、

 

 

「今から二人に分かれて王都の中を歩き回ろうぜ。こんだけ広いんだ。歩いてりゃ繁華街でも何でも出てくるだろ。ここにいてもつまんねーし、どうせすることないならその方が有意義だろ」

 

 

ハヤトがそう言ったことで、四人は二手に分かれて遊びに行くことに。テンは乗り気ではなかったが、流法を習得する上でお世話になったベアトリスに茶菓子を買いに行くという理由から渋々付き合った。

 

組み合わせとしては、テンとラム、ハヤトとレムだ。立案者(ハヤト)としてはテンとレムをくっつけたかったのだが、どうやらレムはレムで考えがあってハヤトと一緒に動く模様。

 

ラムはラムでテンを連れ去ってしまうし、何が何だか分からないハヤト。そんな彼にレムは真剣そうな表情で、

 

 

「ハヤト君。少し、レムの相談に乗ってくれますか?」

 

 

 

 

▲▽▲▽▲▽▲

 

 

 

 

その後、とある喫茶店では相談に乗るハヤト 乙女なレムという構図完成。レムがハヤトに恋愛相談を持ちかけ。対するハヤトがテンのことを色々と教えてあげたり。

 

とある繁華街ではラムがテンを連れ回したことで、彼の所持金がほぼゼロに等しくなるまで甘いもの系統の食べ物を奢らされ。

 

ベアトリスの茶菓子を買った後に、レムとラムとエミリアに感謝の気持ちを込めて腕輪を購入。ラムに渡したところ「ありがとう。感謝の気持ち、確かに受け取ったわ」と微笑まれて軽く照れさせられる羽目に。

 

やはり桃髪の少女には勝てないテンである。

 

そこから二人と二人は合流。本人確認が済んだことで申請が完了し、ロズワールの命令を達成した四人は屋敷に帰宅することに。

 

途中、最優の騎士を見つけたハヤトが喧嘩を売ろうとして、レムに物理的に静められるなどの事もあったけれど、それ以外は落ち着いた帰り道であった。

 

 

「「ただいま戻りました、エミリア様」」

 

「うん、お帰りなさい。お仕事お疲れさま」

 

 

そんなこんなで、色々とあった王都遠足は終了。

 

家に帰るまでが遠足とするならば、四人を乗せた竜車がロズワール邸に到着した今、その瞬間は訪れたと言える。玄関前で出迎えてくれたエミリアに「お帰り」を言われた時点で、終わったのだ。

 

尤も。王都遠足が終わったとしても、まだ落ち着けることなんてなかった。

 

 

「テンーー!? そのケガ、なにがあったの!?」

 

「これね。まぁ、とりあえず大丈夫だから追々話すよ」

 

 

竜車から降りてきたテンの姿を見るなり、エミリアは血相を変えてテンに接近。その彼女の視線の先にあるのは盗賊と戦った唯一の被害とされる、テンの片腕骨折。

 

ギプスで腕を支えた状態がエミリアにはショッキングなものだったようで、

 

 

「とにかく、テン。治癒魔法かけてあげるから屋敷の中に入って。ほら、ほら、ほらほらほら」

 

「押すな押すな。………だからって引っ張るなら許されるわけじゃないからね」

 

「だってすぐケガするし、すぐ倒れるし、すぐ無茶するし。……やだ、なんだかテンが世話の焼ける弟みたいに思えてきちゃった」

 

「薄々感じてたけど、やっぱそう思ってたのかよ。エミリアお姉ちゃん! とか勘弁してよね」

 

「ーーーー。今の、もう一回言って」

「絶対に言わない。俺のプライドにかけて」

 

 

そんな会話を挟みながらエミリアはテンを連れ去って行く。テンの「大丈夫だよ」という声をガン無視して、彼女は屋敷の中へとテンを半ば強引に引き込み、

 

 

「ハヤト! ベアトリスの茶菓子! 届けるのお前に任せる——」

 

 

その言葉を最後に、テンはエミリアと共に屋敷の中へと消えた。

 

遠慮知らずなわがままお嬢様——テンに対してだけは適用されるその態度は、この時には既に彼女の中にあったのかもしれない。

 

 

 

 

▲▽▲▽▲▽▲

 

 

 

 

「——そういえば、忘れるところだった」

 

 

エミリアに強制連行されたテン。

 

抵抗する間もなく屋敷に引き込まれた彼はそのままの勢いでエミリアの部屋に連れ込まれ、寝台に座らされたかと思えば治癒魔法を彼女にかけられ。色々と話しているうちに骨折の怪我は癒やされていた。

 

そうなれば、することは一つ。ラムにも渡したようにエミリアにも感謝の気持ちを込めて王都で購入した腕輪をプレゼントするだけであり、

 

 

「すごーく綺麗な腕輪……! こんなの初めてみたかもしれない」

 

 

腕輪を見せると、エミリアは目を輝かせながらそれを見た。あまり、というか外の世界に全く出たことない彼女はこのようなアクセサリーを見るのは珍しいらしい。

 

ロズワール邸にも似たような物はあるのだが、本当に見たことがないのだろうか。否、多分、エミリア自身がそのような物に触れてこなかったのも一つの理由としてあるのだろう。

 

 ともかく、

 

 

「テンが使うの?」

 

「エミリアが使うんだよ」

 

「……わたしが?」

 

「他に誰がいるの?」

 

 

そう言われた途端、エミリアは胸の奥がひどく熱くなるような気がした。自分に対してテンがこの腕輪を贈り物として渡してくれる——どうしてだろう、その事実だけで心が満たされてしまう。

 

こんなこと、今までで一度も無かった。あるはずがなかった。だって自分はみんなから嫌われてて、こんな嬉しいことをしてくれる人なんて、自分の傍にいるはずがなくて。

 

 

「これは、日頃からお世話になってるエミリアへの感謝の印。エミリアには何かと世話になってるしさ」

 

 

それは、純粋かつ真摯な感情。たった二ヶ月、でも二ヶ月。鍛錬の時に顔を出してくれる彼女に密かに救われていた彼からの感謝の意。ただ、それだけで。

 

けど、これはエミリアにとって忘れられない出来事になる。今この瞬間、彼女がどれだけ嬉しい思いをしているか、きっと本人ですら計り知れないのだから。

 

生きてきた中で凄惨な経験をして、自分がどれだけ周りから疎まれてるか知った。自分がどれだけ周りから恐れられているか思い知らされた。自分なんて、永遠に周りから相手にされないと思った。してくれる人なんていないと割り切っていた。

 

誰かに愛されることも、普通の人と同じ目で見られることも、ある日突然に誰かに贈り物をされることもない。自分は周りとは違うから。

 

でも、そんな自分にテンは優しくしてくれて。初めて出会った時もイヤな目で見てこなくて。自分の姿がなんなのか知っても、変わりなくて。

 

そんな人が今この瞬間——人生初の贈り物記念日とエミリア自身が勝手に名づける日に、自分に贈り物をしてくれて——、

 

 

「いつもありがとう、エミリア。お前と一緒に毎日を過ごせて、俺は楽しいよ。本当にね。前にも言ったけど、女の子と話してて楽しいって思えたのはエミリアが初めてだから」

 

「ーーーー」

 

「俺は、お前と出会えて本当に良かった。お前のおかげで、俺は前よりも成長できた。ありがとう」

 

 

そんな言葉を聞いてしまえば、エミリアは目の奥から溢れる涙を我慢することなんてできなかった。悲しいのではなく、嬉しい涙が止めどなく溢れて、溢れて、溢れ続けた。

 

 

この日は、エミリアにとって人生初めての贈り物記念日であると同時に、ソラノ・テンという異性に対して特別な感情を無意識無自覚ながらに抱いた日であったが、本人が自覚するのは当分の先のお話。

 

 

 

 

▲▽▲▽▲▽▲

 

 

 

 

 

「これは、どういう意味かしら」

 

「どういう意味とは?」

 

「なんの意味があって、こんなものを……」

 

「お前に似合うかなって思ったから買ってきた。ただそれだけだぜ?」

 

 

 同時刻。

 

禁書庫内でも、似たようなやり取りがハヤトとベアトリスの間で交わされていた。ハヤトがテンに任された茶菓子を渡した後、彼もまた王都で彼女へのお土産として購入した紅色の薔薇の髪飾りを渡したのだ。

 

贈り物を渡したハヤトに返ってきたベアトリスの反応は困惑。困惑、というよりも疑っているよう見えなくもない。

 

当たり前だ。これまで、このような贈り物をしてきた連中は自分ではなく自分の力を目当てにしていたのだから。他人から渡される贈り物に何か裏があるのではないのかと疑ってしまう。

 

けど、この男ならばどうだろうか。暇だからと言って毎日のように遊びに来るこの男ならば。もしかしたら、今までの連中——自分のことを見てくれない連中とは違うかもしれない。

 

 

「ベティーのために……?」

 

「おう」

 

「本当に、それだけの理由で……?」

 

「もちろんだ」

 

 

何を問う必要がある。自信満々に話すハヤトは俯くベアトリスに即答する。髪飾りを買ったのは他でもないベアトリスのためだ。

 

一眼見て、「これは似合う!」と確信して、付けている姿を想像してはニヤニヤして。レムに「少し気持ち悪いです」と言われたのは、一生忘れられない。

 

 だから、ハヤトは言った。

 

 

「何をそんなに疑ってるのかは知らんが。その髪飾りはベアトリスのために買ったもんだ。お前に似合うと思ったから、お前に付けてほしいと思ったから、付けてる姿が見たいと思ったから」

 

 

「ただ、それだけだ」と。

 

そう、言葉を閉じるハヤトにベアトリスは理由もなく胸が締め付けられる。その直後に、自分の態度の変化を察したハヤトに頭を撫でられると、より一層のこと締め付けられた。

 

胸が苦しい。けど多分、悪い感情によるものではないと思う。分からないけど、そういう類じゃない。今の自分はとても温かくて、優しい気持ちになっているから。

 

どうしてだろう。上手く抵抗できない。頭に乗る手を振り払うことができない。

 

頭では彼を否定しているのに、心では受け入れている自分がいた。いつも通りなら容易く振り払えるそれが、こんな時に限って強く居残る。

 

 居残って——、

 

 

「——ありがとう、ハヤト」

 

 

口から出た感謝が、ベアトリスの素直な心を表現することになった。

 

出会ってから初めてハヤトの名を呼んだ瞬間が、彼女の運命を大きく変える事への一歩目となる。

 

 

 

 

▲▽▲▽▲▽▲

 

 

 

 

王都遠足の日、その終わりにテンはレムの部屋に訪れていた。理由はもちろん、最後の人に贈り物を渡すためである。

 

 

「こんばんは、レム。お仕事で疲れてるのに突然ごめんね」

 

「大丈夫です。ささ、中に入ってください」

 

 

扉を叩くなり、手を引かれて部屋の中に入れられたテン。彼は導かれるがまま寝台に腰掛け、その真横にレムが腰掛ける。距離はほぼゼロ距離に等しく、どちらかが僅かに動いただけでも肩と肩が触れてしまいそうだった。

 

 

「それで、今日はどうしたんですか?」

 

「…うん。実は、レムに渡したい物があってさ」

 

 

少し前からやけに積極的になったレムに気押されしつつ、テンはレムに腕輪をプレゼント。

 

まさか、テンが自分にそのような物を渡してくるとは思わなかったのだろう。突然の贈り物にレムはピタリと硬直し、

 

 

「レムには朝に起こしてもらったり、倒れないように気にかけてもらったり、休みの日には紅茶を淹れてもらったり。色々と助けられてるから。偶には良いかなって」

 

 

その隙に、テンは自分の心を声にする。

 

思えば、この世界に来てから一番深く接してきたのはレムだった。初めの一週間はただの仕事仲間としての接し方だったけど、そこから少しずつ彼女の方から歩み寄ってくれる事が増えて。

 

どれだけ助けられただろう、彼女の優しさに。どれだけ救われただろう、彼女の言葉に。

 

どれだけ感謝の言葉を重ねても足りない。だからテンは腕輪を用意して。その言葉と共に自分の気持ちをやれる限りで表現する。

 

 

「だから。……ありがとう、レム。いつも、いつも、本当にいつも、俺のことを気遣ってくれて。こんな言葉しか言えないけど。感謝してるよ」

 

 

言った瞬間、レムは泣き出してしまった。

 

好きな人から渡された贈り物が嬉しすぎて、感極まって抱きついてしまいそうになったのだ。流石に抑えたけども、代わりに涙をたくさん流したレムだ。

 

涙を流すレムに狼狽えるテン。エミリアにも泣かれてしまった彼は同じ日に二度、「あ、えぇと……」とあたふたすることになり、

 

 

「これは、嬉し涙ですよ。今まで、こんなに嬉しい贈り物をレムは頂いた事がありませんでしたから。テンくんが……テンくんがレムのためにくれた贈りもの。レムの一生の贈り物です」

 

「一生は流石に重いかな?」

 

「いいえ、一生なんです。一生にします。一生にしかできません。だって、テンくんの贈り物なんですから」

 

 

そんな彼に、レムは嬉し涙を流しながら語った。これは自分にとって一生の贈り物なのだと。好きな人から初めて贈られた物——宝物と言っても過言でない大切な大切な腕輪なのだと。

 

それからテンはレムに腕輪を付け、「かわいい」と言わせたレムと言わされたテンが別々の理由で自爆するなどの事も挟みながら、

 

 

「実はレムからもテンくんに贈り物があるんですよ」

 

「俺に? 王都で買った物とか?」

 

「そうですね。テンくんと同じです」

 

 

レムも同じようにテンに贈り物。ハート型の宝石が飾られた首飾りを送った。

 

もちろん、その意味は「好き」の二文字だが、生憎と今の鈍感(テン)がその意味に気づくことはない。否、気づいても「そんなわけない」と自分でその選択肢を潰す。

 

だってそれは、あり得るわけがないし、あり得ちゃいけない。彼女の運命は決して揺らぐことなどないのだから。

 

 

「すごく綺麗。ありがとうね、レム。大切にするよ」

 

「レムもテンくんから頂いた腕輪。一生大切にしますね!」

 

「だから一生は……。まぁ、喜んでくれたならそれでいいや」

 

 

頬が赤く染まったレムが幸せ一色に染められた笑顔を咲かせ、そんな彼女の重すぎる反応にテンは苦笑。それが緩むと自然な笑みが釣られて浮き出る。

 

そうやってお互いに贈り物を渡し合って。また一歩、テンとレムの距離が縮まったのだった。

 

 

 

 

▲▽▲▽▲▽▲

 

 

 

 

王都遠足の日が過ぎれば、テンとハヤトはいつも通りの日常——ロズワールに半殺しにされる日常に戻るわけである。

 

半殺しが日常とは中々にイカれた日常ではあるが、今の男二人は気にしない。というよりも、気にする余裕がない。鍛錬、鍛錬、鍛錬と、日々の鍛錬に勤しむのが忙しすぎて気にしてる場合などない。

 

強く、今よりもずっと強くなる必要がある。ハヤトは自分の目に映る全てを守るために。テンは自分にとって大切な人だけでも守るために。いずれ、エミリア陣営を代表する騎士になるために。

 

だから、テンとハヤトは己をどこまでも追い込む。

 

昼は体術と対人戦の感覚を体に染み込ませるためにロズワールに二人がかりで挑んで瀕死に追い込まれ、血反吐を吐き、時には意識を失うまで戦い。

 

夜は武器の素振りと魔法の鍛錬。昼ではできなかったことを夜の時間で補う。何事においても練度というものは必要になるから、とにかく魔法を手足のように操れるように鍛錬。

 

割と、結構な地獄の日々である。一週間に一度、体を休めるための日を設けているが、それでもキツいものがあった。

 

しかし、そんな日々の中にも癒しはあるものだ。熾烈な日々の中にある「甘いひととき」や「ほのぼの」があるお陰で、男二人は頑張れる。

 

 

「——王様ゲーム。やろうぜ?」

 

 

とある日の朝食時に、ハヤトが突発的に全員で遊びたいと言い出したことで始まった王様ゲーム。それは地獄の始まりか、あるいは幸福の始まりか、どちらにも捉えられる。

 

そのお陰でロズワールがエミリアに平手打ちをされることになったり。ハヤトがラムのメイド服を着ることになったり。テンがベアトリスと正座しながら見つめ合うことになったり。

 

ハヤトがロズワールに愛の言葉を告げたことでベアトリスが笑い転げ、他の参加者のほとんどがドン引き。テンがロズワールに抱きしめられるという異常事態。

 

勿論、ロズワールの策略によって引き起こされたテンとレムの甘いやり取りがなかったわけではないものの。それを凌駕する勢いで被害者が続失した地獄のような時間であった。

 

 

「なんでエミリアが俺の肩で寝てんだよ」

 

 

とある日の夜、テンの鍛錬にお邪魔するエミリアが彼の肩に寄りかかりながら寝落ち。パックに怒られることを懸念したテンが、お姫様抱っこでエミリアの自室まで彼女を運び。

 

それを見たレムが鍛錬にお邪魔した時、同じように寝落ち。結局はエミリアもレムもお姫様抱っこすることになった、後にお姫様抱っこ事件として語られる夜があったり。

 

 

「よぉー! ベアトリスぅー!」

 

「お、お前はどうしていつもそうなのかしら!? もっと平和的に入ってくるのよ! お陰で積んであった山が崩れたかしら!」

 

「それは悪いと思っている。だが、心配すんなよ。本は俺が積み直してやるから」

 

「悪いと思うのはそっちじゃないかしら! そもそもの話のことを言ってるのよ! どうせ開けるならもっとゆっくり開けるかしら!」

 

 

とある日、仕事と鍛錬の合間を縫ってベアトリスの部屋に遊びに行くハヤトと、なんだかんだで受け入れてしまうベアトリスの二人が、誰も知らないところで楽しく言葉を交わし合う。

 

二ヶ月以上も毎日のように顔を合わせていれば、そろそろ彼女もハヤトの存在に慣れてきたのだろう。会ったばかりの頃に感じていた嫌な感情はいつの間にか感じなくなり、今はそれとは真逆の感情が芽生えつつあったりなかったり。

 

 

「もしかして、お風呂に浸かるとみんなみんな心が緩むから仲良くお話しできてる……っ!」

 

「エミリア様、どうしたんですか?」

 

「ど、どうしよう……。もしかしたら私、この世の真理に誰よりも早く気づいちゃったかもしれない……!」

 

「姉様、姉様、大変です。エミリア様、お湯に浸かりすぎてのぼせてしまったみたいです」

「レム、レム、大変だわ。エミリア様、イカれ男のせいで寝ぼけてしまったみたいだわ」

 

「お風呂に入ってるのに!?」

 

 

とある日の夜、テンやハヤトの知らないところでロズワール邸女子会が浴場で開かれ。

 

レム、ラム、エミリアの三人で楽しく話しているところに現れたベアトリスを巻き込んで、結局は四人で仲良く湯船に浸かることがあったりもした。

 

そんな楽しい日々があるから、テンとハヤトは頑張れる。辛いことだけじゃない、辛いことを上回る楽しいことがあるから、二人は頑張っていける。

 

だから、これからも二人は、その日々を大切にしたいと思っていた。

 

 思って、いたのに。

 

 

「——二人ともッ!」

 

 

けど、現実は非情で残酷で。こちらの都合なんて全部無視して。

 

 

「どした? 珍しく血相変えて」

「なんかあったの? ラム」

 

 

理不尽は、常に自分達の真横で息を潜めて。ふとした瞬間、油断した喉元へと刃を突き立てて。

 

唐突に。予兆もなく。前触れもなく。

 

 それは、

 

 

「今すぐ村に向かうわ。着いてきなさい」

 

 

 それは、起こった。

 

 

 







ここまでが『承』の部分。前作13話〜72話。タイトルでいうと『一週間越しの二歩目』〜『ロズワール邸は騒がしい その4』までです。

色々と書いてきただけあって、まとめるのが難しすぎました。物語の中心な部分というだけあって当然ではありますけども。

超ざっくり簡単に『承』の部分を説明しますと。

テンとハヤトがロズワールもびっくりするくらいの力をつけたよ。レムとエミリアがテンに懐いたよ。レムがテンに惚れたよ。ベアトリスがハヤトに懐いたよ。使用人四人がとても仲良くなったよ。それらを全部含めて、男二人がエミリア陣営に完全に溶け込んだよ。

テンがエミリアとレムとラムに腕輪の贈り物をしたよ。ハヤトがベアトリスに薔薇の髪飾りの贈り物をしたよ。(この二つ、超重要)

ということです。はい。


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