少しでも望む未来へ   作:ノラン

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拾い者

 

 

 

 竜車に揺られること、早数時間。

 

 

青空が月の浮かぶ夜空へと姿を変えた頃、王都で楽しく観光するはずが化け物と戦う羽目になったハヤトたちは、無事にロズワール邸に到着。地竜と竜車を置いてくるラム以外の三人は、一足先に屋敷の玄関扉を潜っていた。

 

鞘に納刀された大剣を片手に、あくびをする眠そうなハヤトと。それ以上に眠そうな寝ぼけ目を擦るエミリアと。ハヤトの背中で涎を垂らして爆睡しているスバルの三人である。

 

ハヤトが大剣を片手にしているのは、スバルに背中を占領されているからだ。

 

 

「お帰りなさいませ、エミリア様。ハヤト君。ご夕飯の支度が整いましたので………そちらの方は? いえ、それ以前になにがあったのですか?」

 

 

玄関扉を潜るなり三人を出迎えたのは、ホワイトプリムを髪に飾ったメイド服に身を包んだレム。整った動作で腰を折る彼女は、視界に飛び込む光景を訝しむように目を細めている。

 

違和感は二つ。一つは、ハヤトに背負われて眠る見慣れない格好の女。もう一つは、そのハヤトの頬に残る明らかな裂傷と、土色と血色に汚れた白い衣。

 

出発した時と今を比べると、その違いは歴然としている。少ないながらも濃い情報量。明らかに、王都で何かが起こったと思えるレムだ。

 

スバルを見た、その一瞬。瞳の奥からただならぬ殺気が顔を出したのは、関係が深いハヤトにしか分からないこと。

 

 

「こいつは俺の客人だ、レム。王都(向こう)で出会してな。ちょっとごたごたに巻き込んじまったときに色々と助けられてよ。帰る場所もねぇって言ってたから、連れ帰ってきた」

 

「そのごたごたは、頬の傷と関係が?」

 

「ある。関係しかない」

 

 

 即答し、頷く。

 

隣のエミリアも「すごーく大変だったの。ハヤトには頑張ってもらっちゃった」と肯定の意を示し、レムの中に生まれた疑念に確信を持たせる。

 

関係しかないのが当たり前。なにせ、この傷は他でもないエルザにつけられたものなのだから。一番目立つところにつけられては、ハヤトも隠しようがない。隠すつもりなど一切ないが。

 

 ともかく、

 

 

「その件について詳しい話は追々。どうせこのあと、晩飯だろ? そんときに話すよ。今は、それで納得してくれ」

 

「……分かりました。そのように」

 

 

納得していない感は否めなかったものの、無理やり押し切るハヤトにレムは流される。今ここで詳細を聞くのは有益ではないと判断したか、あるいは仕事があるから聞く時間がなかったか。

 

おそらく後者。現に「では、レムは仕事に戻ります」とエミリアに一礼。ハヤトの「おう。出迎えサンキューな」と言う言葉を受け取り、彼女は背を向けて厨房へと歩いていった。

 

 

「……見ただけでアレかよ」

 

 

遠のく背中にハヤトはため息。一瞬だけレムが見せた殺気——その意味を理解しているために、これから先が既に思いやられてしまう。

 

 

 ーーダメだ。弱気になるな

 

 

スバルを屋敷に連れ帰る上で壁となる事柄を認識し、不本意にも嘆きかける心を叱咤。先のことを考えると杞憂に杞憂が重なりそうだったから、首を横に振ってさっと気持ちを切り替える。

 

考えすぎはよくない。頭が痛くなって、体が重くなる。

 

 

「じゃ、俺はスバルを適当な部屋に寝かせてくる。今日はお疲れ、エミリア」

 

「うん。ハヤトもね。たくさん頑張ってくれてすごーくありがとう。本当にありがとう、って思ってる」

 

「ありがとう何回言うんだよ。その気持ちは一回で伝わったぜ」

 

 

歯を見せて軽快に笑うハヤトに、微笑み返すエミリア。彼女の感謝の気持ちがこれでもかと贈られたやりとりを最後に、二人は手を振って一旦別れる。

 

玄関広間を真っ直ぐ抜けるハヤトは階段を登って自室へ。左手に抜けるエミリアは大きく背伸びしながら浴場へ。

 

それぞれの思いに従って、両者は解散した。

 

 

 

 

▲▽▲▽▲▽▲

 

 

 

 

眠るスバルを客室に寝かせたハヤト。彼は次に、着替えるべく自室へと向かった。

 

汚れたジャージ姿のままスバルを寝かせるのは忍びなかったものの、性別的問題で着替えさせるわけにもいかず、布団に寝かせて部屋から退出。

 

服に関しては女性陣にどうにかしてもらおう、と。呑気に考えながら自室に向かい、その扉を開けようとして、

 

 

「……いや、露骨すぎるだろ」

 

 

 気づく。

 

他の扉と何ら変わらない扉。何の変哲もない木製の扉。普段通りの扉。——ハヤトだけにしか分からない異様な気配を内側から発していること以外は、特に変わりない扉が、そこにはあった。

 

十中八九、ベアトリスの仕業だろう。前に一度だけ、この現象に遭遇したことがある。自分の部屋とベアトリスの禁書庫が繋がれて、部屋に帰ろうにも帰れない現象。

 

入って来い、ということか。理由は定かじゃないけれど、あの寂しがり屋は自分をご所望らしい。扉から伝わってくる感覚が無音の無言で、彼女の意思を雄弁に語っていた。

 

 

「仕方ねぇなぁ」

 

 

 苦笑。

 

帰宅直後の疲労した肉体を休ませたいし、早いところ着替えたいが、彼女が会いたいというのなら優先しよう。今日の朝、珍しくお見送りに出てきてくれた幼女の想いを、蹴るような真似はしたくない。

 

大剣を床に置き、手ぶらの状態で扉の取っ手に手をかける。躊躇する必要などない。迷いなく捻って押し開く。声を上げる元気はないから静かに。

 

扉を押し開くと、視界に広がったのは本の森。この世にある全ての本を管理していると言われても疑わない、本で埋め尽くされた世界。

 

 そして、

 

 

「お、おか……おかえり、かしら」

 

 

 扉の前で待機する、ベアトリス。

 

初めてのそれは、ぎこちない言い方だった。すっと言おうとして声が喉に詰まったように吃り、口の動きが片言の言葉を話していると錯覚するほどに大袈裟。

 

聞いたハヤトの思考が麻痺したのは言うまでない。不意なそれに意表を突かれて、考えていたことが一気に吹っ飛ぶ。眼下。上目遣いでこちらを見上げ、頬を仄かに赤らめる幼女に、不覚にも心臓が跳ねた。

 

そして訪れる、静寂。言って硬直したベアトリスと、言われて硬直したハヤトの、開始一発目から始まる異様な空間。

 

 

「な、何か言ったらいいのよ」

 

 

やっぱり言わなければよかったと、言ってから後悔するベアトリス。この静寂を嫌がる彼女は言葉を発し、心を荒ぶらせる感情から気を紛らわせようとする。

 

平常心を保つために、真顔を作ろうと頑張っている姿は懸命だ。しかし溢れる羞恥心のせいで固く閉じた唇がぷるぷる震えていて、意味を成さない。感情を押し込む様は、小動物を連想させる可愛さがあった。

 

この感情は笑って、揶揄って、発散しよう。動き出した思考でそう判断したハヤト。胸に溜まった息を吐き出しながら「ははは」と笑いを音にして、

 

 

「なんだ、急にどうした。それを言うために俺の部屋と禁書庫(ここ)を繋いだのか? ったく、相変わらず可愛いやつめ」

 

「べ、別にそんなんじゃないかしら。なんとなく、なんとなく言いたくなっただけなのよ。ほんの一瞬の気の迷いが、ベティーに言わせただけかしら。もう言わないから、変な期待すんじゃないのよ」

 

「気の迷いじゃないと、おかえり、って言えないのかよ。帰ってきた人間におかえりって言うの、割と常識だぞ。……へいへい。また気が向いたら言ってくれ」

 

「期待すんじゃない、って言ったかしら」

 

 

廊下と禁書庫の境界線を越えたハヤトが扉を閉めるのを見ながら、ベアトリスは言い切る。言葉を交わしているうちに荒ぶる心を宥め、胸に手を当てて聞こえるはずのない鼓動の音を聞こうとした。

 

精霊である以上、心臓は存在しない。代わりに核となるオドがある——ならば、この高鳴る鼓動の音源はそこなのだろうか。否、きっと気のせいに違いない。

 

頬が熱いのだって気のせい。頭の中がハヤト一色なのも気のせい。全部は気のせい。

 

 

「んで? わざわざ俺をここに呼んだんだ。なにか、用でもあるのか?」

 

 

ハヤトと話した直後から、身に降りかかる様々な違和感。それらを「気のせいだ」と誤魔化するベアトリスに、ハヤトは床に胡座をかいて座りながら問いかける。

 

疲労が含まれた息をこぼすハヤトに「用がなかったら、呼んじゃだめかしら?」と、勢いで言いかける己を自制。心に「勢いに乗るな」と強く言い聞かせながら、彼の前まで歩み寄り、

 

 

「この傷は、なにかしら」

 

 

伸ばした手が触れたのは、眼前にある頬。動く指先がなぞったのは、刻まれた一筋の赤色。見送る時にはなかったそれに、僅かながらに眉間に皺が寄る。

 

おかえりと言って自爆した感情から抜けた彼女がハヤトの現状に気づくのに、時間は使わなかった。気づいて、把握するのにも時間は使わない。彼の姿を見て、感覚的に察した。

 

無茶をしたのだろう。無理もしたのだろう。今でのハヤトを見てきたベアトリスになら、考えずとも理解(わか)る。

 

 

「あぁ。王都で厄介な事が起こってな。ちょっと化け物と戦ってきた。すげぇ強かったぜ」

 

「戦ってきた、って……。お前はどうして、いつもそう、呑気に笑って……」

 

 

ちょっと程度では済まないはずの相手と戦ったハヤトの言い方にため息し、すぐそこにいる男の姿を上から下まで一瞥。一つ一つ、傷を確認すると再びため息。やれやれと言いたげに首を横に振る。

 

服が裂かれた跡からして、裂傷があるのは頬だけではなさそうだ。服の傷跡が肉体の傷に直結しているのなら、ぱっと見でも十箇所以上。程度に差はあれど、身に受けた斬撃の証がある。

 

それでも、けろりとした相変わらずの態度には、鬱屈そうに口元を歪ませるしかない。自分に心配かけまいとする彼の気遣いに、なぜか不満を覚える。

 

 

「……脱ぐかしら」

 

「は?」

 

「治癒魔法くらいかけてやる、って言ってんのよ」

 

 

もやっとする自分を頭の片隅に押し込み、気持ちを切り替えるベアトリスの手が上着の袖に伸びる。「いいのか?」と聞いてくる声には「いいかしら」と簡単に返し、意志を通した。

 

どうせ自分以外に治せそうな人間はいないのだから、自分がやってやろう。エミリア(小娘)でもレム(姉の妹)でもない自分が。

 

 それに、

 

 

「口にした言葉は守る主義なのよ」

 

 

白の分厚い上着、更にはインナーの黒い半袖を脱ぐハヤト。衣類の目隠しが消えた逞しい肉体を見ると言い表しようのない感情が湧き上がり、不意にも頬の熱をベアトリスは自覚せざるを得ないが、無視。

 

そうして、青色の光を纏う両手。集まるマナを光源として淡く輝く手の平を頬に重ね、彼女はハヤトの傷を丁寧に癒していく。

 

 

 ーー傷の手当てくらいはしてやるのよ。

 

 

元々、自分が言い出したことだ。今日の朝、竜車を見送る際にハヤトと話す中で言ったこと。今になって、その言葉を曲げるつもりなどない。やると言った以上は、やってやる。

 

 

「わざわざ悪いな。ありがとう」

 

「別に。ベティーが勝手にやってることかしら。礼を言われることをしてるつもりはないのよ」

 

「そうかよ。でも、ありがとう。助かってる」

 

「……ふん」

 

 

形のいい鼻を鳴らし、黙る。感謝の気持ちを真正面から伝えられると毎度のように対応に困り、素直に受け取れない自分が、心の中で照れていた。

 

そんな態度も彼女らしくて可愛いとは、ハヤトの個人的な感想。以前はずっとツンツンしてたくせに、最近になってデレの傾向が多く見られ始めた彼女の変化を肌で感じると、いつも可愛らしく思えてしまう。

 

 

「そういえば……」

 

 

傷が癒える優しい温度に身を委ね、小さな手に体をペタペタ触られる感触にくすぐったさを感じる中、ふと思い出したような声色がハヤトの鼓膜を叩く。

 

正面。集中するベアトリスと目を合わせながら「なんだ?」と聞くと、彼女は蝶の模様が浮かぶ目をキッと尖らせ、

 

 

「あの女は誰かしら」

 

 

 一段、声色が下がる。

 

 低く、冷たい声。

 

分かりやすい声色の変化。胡座をかいて座ったことで目線の高さが重なるベアトリスが、正面の男をじっと見つめていた。

 

少し、熱のこもった声だなとハヤトは思う。自分と話すときの怠そうな態度の裏に隠れた優しさのある声とは違い、今の声は少しばかり敵意があるように捉えられる。

 

帰ってくる自分たちを窓から見ていたのだろう。刹那たりとも外れぬ視線に、ハヤトは「ああ、スバルのことか」と、

 

 

「王都で知り合ってよ。さっき話した、厄介事で手助けしてくれてな。帰る場所が無い、って言ってたから連れ帰ってきた」

 

「帰る場所が無い女を連れ帰る……? 正気とは思えないのよ。会ったばかりの女を連れてくるなんて、考えられないかしら。お前のそれは完全に、捨て猫を拾う感覚なのよ」

 

 

 ーーたったそれだけで、どうしてあんな臭う女を

 

 と。

 

閉じた口の中で呟き、得体の知れない存在を前にした反応をベアトリスは露出させる。否、その反応が当然であると言えた。

 

スバルの事情を知っているハヤトからすれば、『死に戻り』の共有者である彼がスバルを連れ帰るのは妥当な判断。しかし、それ以外の人間からすれば違和感の塊で、彼の行動に疑問を抱くのは必然的。

 

とはいえ、ハヤト自身も親友と一緒にロズワールに森で拾われた人間。帰る場所がないという、似たような境遇を持つ存在に情でも湧いたか。もしそうなら、心優しいハヤトなら、迷いなく手を差し伸べたはず。

 

そう思うと、彼の行動に納得してしまう気がしなくもない。彼は誰に対しても気さくで心優しき青年で、自分もその優しさに救われた一人だから。強く、否定できない。

 

 でも、それでも、

 

 

「あの女には近づかない方がいいかしら。あの女からは、よくない気配がするのよ」

 

 

真摯に忠告する声色には、確かな警戒の色があった。あの女が気に入らないから悪く言う、そんな幼稚な理由だと断定するには真剣すぎる態度が、ハヤトにぶつけられる。

 

決して、その女を連れてきたハヤトを信用してないわけじゃない。ただ、事実がそこにあるのだ。よくない——そう判断させる事実を、ベアトリスはこの時点で理解している。

 

あの女が発する、鼻が曲がりそうな、独特の刺激臭を。

 

 

「よくない気配……か」

 

 

作業の手は動かしたまま、訴えかけられたハヤト。適当にあしらうことのできない様子に言葉を反復し、頭の中で咀嚼。スバルを悪く言う態度には突っかかりそうになるが、その自分は引き止めた。

 

よくない気配とは、一体なんだろう。

 

頭の中、保存された記憶の引き出しを開けながら考える。しかし、疲労が勝ったせいでその手もすぐに止まり、考える力が長持ちすることはない。

 

結果、正解に辿り着く前に完全思考停止。「分からん!」と乱雑に開けた引き出しを全て閉め、ハヤトは頭の中から現実世界に帰還。

 

 

「分かった。一応、気をつけておく」

 

「そうするかしら」

 

 

彼女の心配を、突っぱねるわけにもいかない。スバルは百パーセント悪い奴ではないと分かってはいるが、素直に受け取るハヤト。

 

彼は、その会話が終わると心地よい感覚に身を委ね、二人を包む静寂に意識を漂わせるように、静かに目を閉じた。

 

 

「お、お前があの女を連れ帰ってきた理由……まさか、あ、あの女が気になるから連れ帰ってきたとか……そ、そそ、そんな感じかしら?」

 

「あ? んなわけねぇだろ。どこをどう解釈したらそうなんだよ」

 

「そ、そうかしら。なら、別にいいのよ。そのまま目を閉じてるかしら。絶対に、開けんじゃないのよ」

 

「そう言われると、開けたくなるが」

 

「開けんじゃないかしら! 開けたら、ぶっ飛ばすのよ!」

 

 

 これは余談だが。治療時間中に、二人の間でそのような会話が繰り広げられたことを、ここ記しておく。

 

 

 

 

▲▽▲▽▲▽▲

 

 

 

 

「そぉーれで? 徽章を奪われたと聞いたけぇど、王都で何があったんだい?」

 

「そのままだよ。王都を歩いてたら盗人に徽章を奪われて、奪い返そうとしたら徽章を狙う女と遭遇して、戦って取り返した。それだけだ」

 

「話がざっくりしすぎ。説明が下手くそよ、脳筋。元から期待なんてしてないけど」

 

「その言い方はないだろ。……要点はまとめたつもりだが?」

 

「要点は夕食の席で聞いたかーぁらね。今は、その詳細を聞かせもらいたい」

 

 

差し込む月明かりのみが空間を照らす一室に、三人の声が飛び交う。真剣な話し合いをする雰囲気が漂う空間にしては、緊張感のないやりとりが木霊していた。

 

一人は、椅子に浅く腰掛け、執務机に両肘をついて手を組むピエロ姿のロズワール。一人は、執務机を挟んで彼の前に立つラフな格好のハヤト。一人は、同じくハヤトの隣に立つメイド姿のラム。

 

使用人が二人と主人が一人、机を隔てて向かい合う。その構図は、主人が使用人をこの場に呼んだから完成したもので、

 

 

「改めて聞こう。——何があったんだい?」

 

 

この場にハヤトとラムを呼んだ主人、ロズワールは真剣味を帯びた顔持ちで問いかけた。

 

 

 ——時間は進み、夜も深まってきた頃。治療、夕食、入浴を終えて私服に着替えたハヤトは、ラムと共にロズワールの執務室に訪れていた。

 

 

理由は簡単。今回の騒動の詳細について聞きたいと言われたから。夕食の時はスバルの話をするので時間がなかったため、要点だけを伝えることになり、今こうして呼ばれたわけである。

 

そのスバル。彼女に関しては、ハヤトの客人という扱いになるそうだ。

 

帰るところがないから連れ帰ってきたという理由には誰もが唖然としたものの、そう言い放ったハヤトの意志は揺るぎなく。

 

王選開始を控えた今、間者を疑う声が上がらなかったわけではない。徽章を狙う輩が現れたとなれば、その懸念は高まるばかり。

 

けれど、揺るぎないハヤトは押し切った。「絶対に大丈夫。なんかあったら俺が命を懸けてでも解決する」とまで言い切り、全員の懸念を真っ向から弾き飛ばした。

 

最終的に、屋敷の主であるロズワールが「なら、君の言葉を信じよう」と言ったことで話は着地。やや不服そうな人間が二人ほど確認できたものの、今のところは、ナツキ・スバルは客人という立場で落ち着いたのである。

 

ハヤトが時間をかけて築き上げた、絶大な信頼関係。それが、スバルの安全を確保できた理由だ。

 

 そして、今に至る。

 

 

「詳細、ねぇ。徽章を奪ったのはフェル……貧民街の盗人で。その盗人自体は徽章を狙ってたわけじゃなかったんだよ。あいつは、徽章を奪ってほしい奴から依頼されて盗んだ感じだった」

 

 

詳細に話せと言われても、一番初めに話したので大体の内容は伝えたつもりのハヤト。何を話せばよいのやらイマイチ分からない彼は、とりあえず話せることを全て話す気で口を開いた。

 

このような話し合いは基本、テンに丸投げだから少々の苦手意識がある。が、無い物ねだりをしていても仕方ない。

 

今日の出来事を整理するように、順を追って文章を作り上げ、言葉にして紡いでいく。

 

 

「その、徽章を狙った人物とは?」

 

「『腸狩り』エルザ・グランヒルテ。お前も名前くらいは知ってんだろ」

 

「お前、ではなく。ロズワール様、とお呼びしなさい。いくら脳筋とはいえ、許さないわよ」

 

「構わないよ、ラム。そのまま続けさせなさい」

 

 

変なところで突っかかるラムが話を遮るが、ロズワールは気にしていない。むしろ、壁のない接し方に愉快そうに口角を釣り上げ、忠誠心の強い彼女を宥めている。

 

本人に言われたとなれば、ラムも素直に引き下がった。「はい。分かりました」と綺麗に腰を折る彼女をハヤトが「話、遮ってんじゃねぇよ」と鼻で笑い、イラッときた彼女に靴の踵で足を踏んづけられて「いでぇー!?」と背筋を伸ばして騒ぐ。

 

相変わらずの二人に微苦笑し、咳払いして騒ぎ出しそうな両者を止めるロズワール。二人の視線を集めるとハヤトに目を向け、再び「続けなさい」と報告を促した。

 

「いってぇな、このやろう」とボヤくハヤト。澄ましたラムの横顔を睨む彼は、苛立ちの情を含むため息をこぼして気持ちを切り替え、

 

 

「エルザ・グランヒルテ。その女がエミリアの徽章を狙ってたんだよ。んで、そのエルザも誰かから雇われてた感じだったぜ」

 

「つまり、真に徽章を狙う元凶はその場にはいなかったと」

 

「そういうこった。エルザを雇った人間、それがこの騒動の元凶だ。ったく、久々の戦闘相手にとんでもねぇバケモン寄越しやがって」

 

 

「舐めた真似しやがる」と。

 

瞳をぎらぎら光らせながら、獰猛な笑みを浮かべるハヤト。いつにも増して好戦的な表情を見ていると、さぞ楽しかったのだろうなとロズワールとラムは察した。

 

『腸狩り』と命の奪い合いをしてその笑みが浮かぶ精神力はともかく、

 

 

「今回の一件。徽章を巡ったものになった以上、必然的に王選が絡んでくるとラムは考えます」

 

「そう考えるのが、妥当だろうねぇ」

 

 

背筋を伸ばすラムに賛同し、考え込むようなロズワールは足を組みながら「ふぅむ」と深く唸る。「次はぜってぇに勝つ」と一人静かに決意を固める男を横目に、ラムもまた小さく唸った。

 

エルザを雇った人間は、徽章について知っている。更に、徽章の持ち主がエミリアであるということも知っている。——王選絡みだと推測するには十分すぎる事実だろう。

 

根拠はある。エルザがそれらしい発言をしていたことだ。彼女が言葉を発する中でその違和感に気づき、戦闘中にラムが不信感を抱いていることだ。

 

 

「『腸狩り』は、エミリア様が徽章の持ち主であることを知っていました。それは、雇い主から伝えられたと考えてもいいでしょう。あのような者が王選に興味を示すとは想像し難いですし」

 

 

つまりは、エルザの知っている情報の全ては雇い主から与えられた情報であるとラムは言いたい。

 

何らかの手法でエルザ自身が独自で得たものではないだろうと、そう彼女は推測している。

 

全ての元凶は、エルザの雇い主。

 

 

「だとしたら、どこでそんな情報を得たんだろうな。その、エルザの雇い主ってのは。そも、徽章のことを知ってる時点でおかしいぞ。王選に関わる人間しか知らないはずだぜ? ……そうだよな?」

 

「そうよ。知っているはずがないわ」

 

「じゃ、なんで知ってんだよ?」

 

 

腕を組むハヤトの湧き出た疑問に、ロズワールとラムの目が細まる。その一言で今回の黒幕が一気に絞られる予感に、執務室の緊張感が高まった。

 

徽章のことは、持ち主も含めて王選候補者とその候補者陣営に属する人間しか知らないはず。誰かが部外者に漏らしたとも考えずらい。王選が開始するまで内密にするのが絶対なのだから。

 

となると。やはり、ラムが思った通り、

 

 

「他陣営からの妨害工作」

 

「マジでか?」

 

「可能性はゼロじゃぁ、ないだろうねぇ」

 

 

既に導き出した仮説をラムが口にし、片眉を上げるハヤトの声にロズワールの賛同が重なる。否定しきれない驚愕の仮説に全員の顔が険しくなり、空間に重たい空気が立ち込める。

 

王選開始前の今では、徽章のことを知っている人間などそれ以外に考えられず、自然と黒幕は絞られた。

 

エミリア陣営以外の陣営——他の陣営を潰そうとする陣営が、確実にいる。

 

 

「なんでそんなことを?」

 

「競争相手は早い段階から蹴落とす。確実に王座に座りたいのなら、これ以上ないまでに手っ取り早い方法だわ。数人の中から王を選ぶのだから、理に適ってる」

 

「まぁ、そんな手法に訴えることは王座への侮辱に他ならないけぇどね」

 

 

強き者が弱き者を淘汰する、弱肉強食な剣と魔法の世界。それが、ハヤトとテンが飛ばされた異世界。

 

他を蹴落としてでも高みに這い上がろうとする精神は、どうやら貧民街に限った話ではなかったらしい。力でねじ伏せようとするのは、どこへ行っても同じだった。

 

そのお陰で、エルザのようなバケモノと戦う羽目になったと思うと、王選の過酷さがよく理解できたハヤト。騎士という立場上、立ち塞がる者は真っ向からねじ伏せる気満々だが、

 

 

「あんなのがまた襲ってくると思うと、流石に面倒だな。エミリアを蹴落とそうとする奴がいる以上、いずれは送り込んでくるだろうし」

 

「弱気? 情けないわね」

 

「んなわけねぇだろ。寧ろ、昂るね」

 

 

茶化してくるラムの声を一蹴り。組んだ腕を解放し、拳を手の平に合わせてハヤトは笑う。依然としてぎらつく瞳に、曇り模様は見られない。

 

そんなわけがない。またエルザのようなバケモノと戦えるのなら、望むところ。それ以外のバケモノと戦えるのなら、もっと望むところ。強敵との連戦とか、燃える展開すぎて心が踊るってものだ。

 

けれど、面倒だと思うのは本当。またいつ襲いかかって来るか分からない現状、何かあるのではと常に気を張っていなければならないのが怠い。

 

多分、それをこの世界(リゼロ)では『初見殺し』というのだろうハヤトは思う。そのせいでこれから地獄のような日々が続くと思うと心に一抹の不安が生じ、意味もなく月を見た。

 

 今夜は、満月。

 

 

「……考えても仕方ねぇな。なんかあったら、そんときゃそんときよ。臨機応変に対応していこうぜ。考えてっと、嫌になる」

 

「そうだねーぇ。けぇど、警戒するに越したことはないかぁら。今回の一件を心に留め、何かあればすぐ動けるよう肝に銘じておくこと。いいね、二人とも」

 

「おうよ」

 

「仰せのままに」

 

 

ふっと真剣な声色で言い聞かせるロズワールに、力強く頷くハヤト。スカートの端を摘まみ、その場で軽く膝を折って小さくお辞儀するラム。

 

従者二人からの頼もしい返事を同時に受け取ると、ロズワールもまた「うんっ」と満足そうに頷いて、一度だけ手を叩く。

 

それが話し合い終了の合図だった。乾いた音を響かせたロズワールは「それじゃぁ」と前置き、

 

 

「二人は、もう寝なさい。戦って疲れただろう。今日はお疲れ様。ゆっくり休むといい」

 

「分かった。おやすみ、ロズワール」

 

「では、失礼いたします」

 

 

こちらを見つめてくる主人にハヤトが手をひらひら振り、ラムが頭を下げる。忠誠心の度合いがはっきり表れる態度を見送られると、二人は揃った動作で背を向けて扉へと進み、

 

 

「それで? ロズワール様に対するふざけた態度について、弁解するなら今のうちだけど」

 

「弁解? いや、別に。特にない。てか、本人が構わないって言ってたからいいじゃねぇか。細けぇやつだな」

 

「ロズワール様への忠義に細かいも何もないでしょう。……いいわ。その捻じ曲がった忠誠心、今ここでラムが直々に叩き直してあげる」

 

「やめろ。疲れてんだ。お前も疲れてんだから、余計な体力を使うな。明日、起きれなくなるぞ」

 

 

そんな風に友人同士の仲良しなやり取りを見せながら、開かれた扉は静かに閉められ、二人の姿は扉の奥に消えていった。

 

それでもまだ、薄く聞こえてくる軽口の応酬。扉を挟んでもロズワールの鼓膜を弱く叩く声色は、不思議と聞いていて心地が良い。楽しげなそれを耳にすると、なぜか頭を空にして聞いていられる。

 

 

「それもまた、彼らの関係値の高さ、ということなんだろうね」

 

 

「ふっ」と笑み、ロズワールは首を回す。徐々に遠ざかるやり取りを最後の最後まで聞き、その声の余韻が部屋から引いていくのを確認すると、脱力の息を深く吐いた。

 

二人の声が完全に消えれば、ロズワールだけとなった執務室には静寂が漂い始める。途端、声に押し除けられていたそれが空間に満ち始め、数秒もすれば物音ひとつしない無音の世界が執務室には完成した。

 

 

「ナツキ・スバル、か」

 

 

存在を主張する静寂に呟く声が落ち、低い声が空間に反響する。誰かに届かせるためではない声色は、言葉を飲み込む静寂にはひどく愉快そうに聞こえていた。

 

自身の声が鼓膜に響くのを聞ながら、手元の引き出しを開け、中から真っ黒な物体を取り出すロズワール。月光を反射して鈍く不気味に輝くそれは、辞書のように分厚い本。

 

 

「彼女がその人物……、ということかい?」

 

 

組んだ足に乗せた本を開き、今宵の月を仰ぎながら切実な声色で問いかける。視線を向けた先から返答は返されず、一方的なものに終わった。

 

月を見ているはずのオッドアイは、けれどその瞳の奥に月ではない何かを見ているようで。世界を照らす輝きを放つそれ以上の輝きを、一心に、執着するように、じっと見つめ続けている。

 

 

「全く。私が私なら、ハヤト君もハヤト君だ。私の拾った拾い者が、また新たな拾い者を引き入れるとは」

 

 

 パタン、と。

 

小さく音を立てて本を閉じ、開いた引き出しの中へ。組んだ足に今度は重ねた両手を乗せ、ロズワールは口角をゆっくり釣り上げる。

 

口元が異様に歪む、道化さの抜けた、三日月のような笑み。ぞっとするほど不気味な表情を彩る想いは、彼が追い求める未来。それだけで。

 

 

「本当に私は——良い拾い者をした」

 

 

 その黒い笑みの意味を知る者は、ロズワールただ一人。

 

 

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