前作の時系列を確認したところ、テンとハヤトがリゼロの世界に来てから経過した時間は四ヶ月ではなく五ヶ月だという事実が発覚したので、見つけた分は修正しました。
計算、どっかでズレたんでしょうねぇ。
そこで、月の経過を、その月にあった主なイベントと一緒に活動報告に載せておきます。読まなくても支障はないので、読む読まないはご自由に。
前書きにしては長くなったので、ここには載せません。
ベアトリスの心が嫉妬に燃え始めようとも、世界の時間は無感情に時を刻むもの。スバルに対する嫌悪感の理由——その一番が決定していたとて、時間は進みゆく。
例え今この瞬間。クルシュ邸に滞在するソラノ・テンがレムのいない目覚めに物寂しさを感じ、「お家、帰りたい……」と膝を抱え込んでいようとも、その事実に揺らぎはない。
「ほぇー。上から見た感じ広いとは思ってたけど、やっぱり、目の前にすると余計に広く感じる」
「俺も初めはそう思ったよ。いくら豪邸だからって広すぎるだろ、ってな。お陰で庭仕事が大変のなんの」
早朝、朝に目覚める世界の住民が続々と活動を開始しつつある時間帯。早朝特有の静けさ漂う中、地平線から顔を出した温かな陽光に照らされる庭園に、二つの声が木霊する。
一つは、簡易的なスリッパを借りた、灰色の患者衣に身を包むスバルの声。前を歩くハヤトの背に続く彼女は、視界いっぱいを埋め尽くすだだっ広い緑の大地に感嘆の声を溢している。
一つは、着慣れた制服に身を包むハヤトの声。腕をまくり、踵で地を軽く叩いて靴の調子を確認する彼の手には、二種の剪定ばさみがあった。持ち手が短い物と長い物だ。
「初めは、ってことはもう見慣れたんだ」
「まぁな」
右手に剪定ばさみを二つ、左手に大きめのゴミ袋と箒を持つハヤトの簡単な返しに、スバルは後ろ手に手を組みながら「ふぅん」と高い声で喉を唸らせた。
その態度から察するに、何回と見てきた光景なのだろうと思う。異世界召喚されたてほやほや、目に映るあらゆるものの存在が新鮮に感じられる異世界アマチュアな自分とは違うらしい。
一体、彼はこの世界に召喚されてどれほどの月日を過ごしたのか。昨日邂逅した時点で、かなり染まってる感はあったから多分、結構長いこと過ごしているのかもしれない。
その疑問も含めて、色々と聞かせてもらおう。
「庭仕事、って言ってもなにすんの? ……剪定とか?」
「よく分かったな」
着々と、脳内にある『聞きたいことリスト』に疑問が追加されていくスバル。ハヤトが装備している器具から庭仕事を予想した彼女に、ハヤトは当たり前のように頷いた。
その頷きを前に、今一度スバルはだだっ広い庭園をぐるりと見渡す。屋敷というより城と表現した方がしっくりくる建物の前に鎮座する、客人を出迎える屋敷の顔。
等間隔で並べられた背の高い木々と、動物や立体的で幾何学的な形を模ったトピアリーが目立つ庭園だ。数多く立っているそれらは、ぱっと見ただけでも五十は越えそうな勢い。
玄関前から正門へ一直線に伸びる太い道——石畳みで舗装された外へと続く道を囲むそれらは均一に整えられ、庭師の技術の高さが簡単に知れる。
その他にも色とりどりの花が咲き誇る花園やら、永遠と冷たい水飛沫の上がる噴水やら。訪れる者の目を楽しませる要素が散りばめられている光景は、まだ見ぬ屋敷の主の性格を表しているようでもあった。
それでいて、一切の無駄がないのがすごい。広いスペースの全てを有効活用しているのが、素人目にも分かる。それほどまでに、計算された配置。自然と「整っている」という言葉が浮かんでくる。
「……この広い庭園の木々、全部? 一人で?」
「そうだが」
「なんかあるか?」と、不思議そうな表情でこちらを見てくるハヤトにスバルは絶句。この広い庭園をたった一人で担当するとは、流石に鬼畜すぎじゃないだろうか。
尤も、ハヤトは気にしていない。「す、すごいのね」と言葉に詰まりながら苦笑うスバルに「そうか?」と小首を傾げ、
「なにも、全部やるわけじゃねぇんだぞ? 一つ一つ確認して、目立つのがあったら、適度に整えるだけだ」
「あ、そうなんだ。なんだ。ならそう言ってよ。てっきり全部やるのかと思って絶句しちゃったじゃん」
「んなわけ。
「ま、今は一人いねぇから仕事量は増えたけどよ」と、言葉を付け足しながら歩くハヤト。それが誰を指すのかスバルには分からないが、言った彼の表情がどこか面倒そうなのは分かった。
なら、ここは一つ自分も力を貸してやろう。そんな思いで背を追う形だったスバルが、小走りでハヤトの左手側に並ぶと、
「じゃあ、アタシも手伝うよ」
「別に大丈夫だぞ? もう慣れてっから」
「でも、その方が効率がいいとアタシは思うな! 一人よりも二人。三人寄らば文殊の知恵。ワンフォーオール、オールフォーワン。ってね。ハヤトが切った枝くらいは拾ったげる」
「三人寄らば、って。二人しかいないが? 使い方も間違ってる気がするような」
的確なツッコミを受けつつも「いいからいいから!」とゴリ押し、ハヤトの左手からゴミ袋と箒を奪い取った。
本来の使用法と違うのはともかく。一人で作業するよりも二人でやった方が早いことさえ伝われば、スバル的には良し。それに、話の流れではあったものの手伝ってやると言ったのは、スバル自身だ。
割と強引な強奪。が、ハヤトは「そうか。なら、手伝ってもらうぜ」と笑った。特に断る理由もないと思ったのだろうか、その態度は受け入れの姿勢にある。
「結構な体力使うから無理すんなよ? 疲れたらそう言え」
「へーきへーき! アタシ、こう見えても部屋の掃除とかやり出したら止まらないタイプだし」
「それ、体力関係あんのか?」
成立しているようでしてない会話を軽快に交わすハヤトとスバル。今、その横並びの後ろ姿を屋敷の窓から一人の幼女が眺めているとも知らない二人は、目的地に向かって歩いていく。
やることが決まったとなれば、基本的にスバルはハヤトについていくだけ。庭園の端っこから生えてる木々とトピアリーに順番に目を通し、ハヤトセンサーに引っ掛かったら剪定開始。
ハヤトが切り、落ちたのをスバルが箒でゴミ袋の中に入れる連携プレイ。単純作業だから、片手間にするにはちょうどいい作業と言えなくもない。
「あのさ、ハヤト」
「なんだ?」
「作業片手間でいいから、ちょっと聞いてくれない? 色々と聞きたいことがあるの」
そこで、スバルは脳内にある『聞きたいことリスト』に記載された疑問を投げかける。リストと言えるほど数があるわけでもないが、その方がなんとなく格好がつく気がしたから訂正はしない。
拒否する理由もないハヤト。「俺に答えられることなら」と彼が肯定の意を示せば、話し合いの場は設けられた。
「それなら……ハヤトってどれくらいこの世界で過ごしてるの?」
「んーー。ざっと五ヶ月間くらいだな」
「意外と最近なんだ。数年くらい経ってると思ってた」
「おう。最近だな。今月が過ぎたら六ヶ月になる」
出っ張る枝を切り落とすハヤトの端的な答え方に、スバルは落ちる枝を拾いながら「ふーん」と小さく頷いた。それを横目に、ふと、ハヤトはこの五ヶ月間を思い出す。
原作開始、五ヶ月前からのスタート。
飛ばされた直後に四足歩行の竜に追い回され。色々とあってエミリア陣営の騎士として歩み始めた結果、地獄の鍛錬を毎日やることになり。なんやかんやあってみんなと仲良くなって。
思い出される、あの夜のこと。ロズワールの不在を狙ったかのような魔女教徒の襲来。全員が生き残ったのが奇跡な一夜。その悲劇に終止符がついたら、テンとレムがくっついた。
ちょっと振り返っただけでもこの密度。もし、一つ一つ振り返るならば、一日では足りない気がする。
「五ヶ月って聞くと、短く感じなくもないけど。実際のところどうなの? 召喚一日目のアタシが言うのもアレだけど、短く感じた?」
「短かったような、長かったような。中々に濃い時間だったからよ。過ぎてみりゃあっという間だが、短く感じたと言えば嘘になるな」
どっちつかずな回答。この世界にきてからというもの、肉体的にも精神的にも怒涛の日々だったから、その辺は曖昧。ただ、人生で最も濃い五ヶ月間であったことは確かだ。
語る横顔が、どこか楽しげに見えるハヤト。スバルにはそれが、とても充実した毎日を過ごしている人の顔に見えてしまって。実際、そうなんだなと思えてしまって。
理由もなく、イラっとくるものがあった。
「そっかそっか。じゃ、ネクストクエスチョン」
沸々と沸騰する感情から目を背けるように、次なる質問に切り替えるスバル。胸を突き刺す痛みを感じたくないと、彼女は今の話題を放り捨てた。
剪定していた木を整え終えたハヤトが次なる標的を探すべく歩き出すのを、箒とゴミ袋を持って追いかけながら、
「ハヤトはどうやってこの世界に召喚されたの?」
「いつもみてぇに布団で寝て、目が覚めたら知らん森にいた」
「随分と酷い飛ばされ方ね!? 眠ってる間に召喚って、召喚系で初めて聞いたパターンだけど!?」
小鳥の囀り鳴る静かな庭園に、スバルの驚き声が響き渡る。あまりにも予想外すぎる答えに仰天し、手放した箒がぽすっと音を立てながら芝生に落ちた。
驚いた理由はもちろん、理不尽すぎる召喚直後の状況だが。それだけではない。「ひでぇ話だよな」と続けて語るハヤトが淡々とし過ぎている。決して、その態度で話していい内容ではないのだ。
その上「この話には続きがあってだな」と、更に続けられればスバルの意識は惹きつけられた。
「召喚された森を歩き回ってたら、なんかすげーデカい四足歩行の竜に襲われてな。必死に逃げ回ってるうちに俺の親友——」
「え、ちょっと待って。今、竜って言った? アタシの聞き間違えじゃなければ、もしかしなくてもドラゴンって言った?」
ハヤトの親友——この世界に召喚された自分たち以外の存在が明るみになる寸前、聞き捨てならない単語にスバルが急ブレーキをかけた。
召喚されて五ヶ月。完全にこの世界の住人となり、別個体ではあるが実際にドラゴンと戦ったハヤトからすれば、特に突っかからない単語。が、彼の隣にいるのは召喚されたばかりの子。
反応しない方が無理がある。事実、目の色と声色を変えたスバルは溌剌とした様子で「その話、詳しく!」と、ハヤトに詰め寄った。
この瞬間。窓から自分らを眺める一人の幼女の目が殺気に満ちたことなど、二人は知る由もない。
「詳しく、って言われてもな……。アレだよ。ざっくり言うと、この世界は剣と魔法の世界だから。当然、魔物……こっちでは魔獣って呼ばれてる化け物が数多く存在してるわけでな」
「ドラクエ的な世界観?」
「そうそう。だから、竜がいるのも不思議じゃないってことだよ。もちろん、スバルが想像してるであろう、翼が生えた龍もいるぜ」
となれば、伝説の剣とかあるのかな。なんてロマンのある話をスバルは考え始める。大剣を担ぐように長い剪定ばさみを肩にかけるハヤトの横、彼女の妄想は捗った。
剣と魔法の世界——それ即ちRPGゲーの代表と言っても過言でない名作のような世界観、この一言だけで大凡の理解は済む。そのようなゲームにのめり込んだ過去を持つ彼女には、十分すぎる情報だ。
それ以前に、異世界という世界に対する知識がそれなりに深く。異世界なのだからそんな化け物がいてもなんら不思議じゃないだろうなあと、すんなり飲み込める。
「そのドラゴンなんだが、もう
「まるで、戦ったことがあるみたいに言うじゃん」
「おう。実際に戦ったからな」
瞬間。
スバルの足がピタリと止まった。平然とした態度で返ってきた今の一言が鼓膜の中で反響すると、彼女の表情は驚き顔のまま固定される。
突然の異変に振り返るハヤトが「どした?」と小首を傾げるが、今のスバルに気にする余裕はない。脳内をスーパーボールの如く乱反射する劇的な一言のせいで、思考が麻痺していた。
その麻痺した状態で、胸に返された言葉の意味を咀嚼。咀嚼して、咀嚼して、頑張って飲み込もうとして、
「……マジで?」
理解不能だった。
「マジだ。戦って、仕留めたぜ」
規格外すぎる回答に一周回って冷静になりそうなスバルに、その返事は攻撃力が高すぎる。だからこそ彼女の思考は高速で回転し、返事を受け止めきる準備を始めた。
今のはつまり、目の前の男がドラゴンを倒したということ。ゲームにおいて最強格とされる魔物を、実際に命が懸かった場で討伐したということ。
目の前の、男が。
ドラゴンを、討伐。
討伐、討伐、討伐———。
「討伐……って、えぇええ! ハヤトって何者!? 今アタシ、実はチョーすっげーやっべー人を前にしてる!?」
幾度にも重なった咀嚼の末に、やっと飲み込めたスバルが大興奮。頭が意味を理解すると心が準じて理解し、ハヤトという男のヤバさレベルに拍車がかかった。
結果、更に詰め寄り、「ハヤトって本当に向こうから飛ばされた人間!? アタシと違いすぎるんだけど!? 五ヶ月の間になにがあったの!?」と声が大きくなるスバルが生まれたのである。
この瞬間。二人を眺める幼女の目の前にある窓が、ピキっと音を立てて割れ始めたが、二人は知る由もない。
「落ち着けよ、スバル。まだ作業の途中だ。興奮するのはいいが、忘れんなよ?」
「いや、それは流石に無理があるって。アタシみたいな召喚されたてには特に。それ、事と場合によっちゃ英雄もんよ?」
目を輝かせながら近寄ってくるスバルを宥め、止めた足を動かし始めるハヤト。適当に流してるっぽく見えるが、満更でもなさそうだ。その表情は嬉しそう。
そんな彼の横にピッタリくっつくスバル。この世界が異世界だと思わせてくれる要素に対する反応が凄まじい彼女は、目の前の男への認識を改めているところだ。
強い人とは知っていた。が、彼は自分の見当を遥かに上回るバケモノで。これは、自分は本当にとんでもない味方をつけてしまったと不意な安心感を抱く。
「そんときの話、してやってもいいが。聞きたいか?」
素直な反応に気を良くし、乱れのあるトピアリーを完全に素通りしたハヤトが自慢げに武勇伝を語る予感。しかし「んーー」と悩むスバルはしばし沈黙すると、
「また今度、聞こうかな。聞きたいことはまだあるから、そっち優先したい」
「そうか……。お前がそれでいいなら」
途端、声の調子が元に戻るハヤトだった。入りかけた熱が冷やされる感覚に、調子に乗りかけた態度がしゅんと縮まる。
正直、聞きたい欲はあるけど、それ以上に聞きたいことがあることをスバルは思い出したのだ。脳内にある『聞きたいことリスト』を、まだ全て聞けていないと。
「話が逸れちゃったけど、ハヤトは召喚された直後に竜に襲われて、それでどうしたの? 倒した竜ってその竜のこと?」
ドラゴントークに花を咲かせるのはまたの機会にして、脱線した話を戻す。ハヤトがこの世界に召喚されたときのこと。
最後の疑問符は、たった今、付け足されたものだ。竜を討伐したと聞いて、その時の話なのではないかと予想を立て、
「いや、それとは別の竜だ。俺が倒したのは翼があるやつ。襲われたときは戦う力もなかったし、必死に逃げるしかなかったな」
立てた予想が折れる音を聞き、「そうなのね」と謎の安心感を得る。
これで「チート能力解放してぶっ飛ばしてやったぜ」とか普通に言われたら、その横顔に平手打ちをぶっ放していたかもしれない。ちゃんと人間らしい対応でよかった。
ハヤトセンサーに従うがまま、乱れある木の前で立ち止まるハヤト。先程、数個程度見逃したポンコツなそれが反応すると、彼は「そんで」と作業を始めながら、
「逃げて逃げて、逃げ回って。もう死ぬ!ってなった時にロズワールに助けられたんだ。あ、ロズワールってのは、この屋敷の
「理由は、説明すると長くなるから聞くな」と。
自分の——自分たちの始まりを省略して説明し終え、ハヤトは言葉を閉じる。切り落とされた木の枝を回収しながら、要点だけを切り抜いた説明にスバルは「大変だったのね」と同情を込めた苦笑。
自分も自分だが。ハヤトもハヤトだ。
自分の場合、コンビニに買い物に行った帰りに召喚されたから、それなりに状況の把握もできた。加えて、ハヤトという強力な味方が初期から傍にいる状態での、最高なスタート。
対してハヤトの場合は、寝て起きたら謎の森の中。異世界であるかすら不明な世界を歩くのは、さぞ不安だったことだろう。その上、不運にも力のない状態で竜に襲われるという、最悪なスタート。
なんとも、
「アタシもハヤトも、まともな召喚のされ方してないね。ったく、この世界はテンプレというものを分かってない! ハヤトを召喚した美少女……アタシの場合は美少年はいないし、無双とか俺TUEEEはできないし。異世界系特有の至れり尽せりはよ。チヤホヤはよ」
「はよはよ」と。
箒を肩に立てかけて手を叩き、もはや望み薄と分かっている願望を口にする。口にしたところで意味なんてないけど、胸に溜まる鬱憤を晴らすという意味合いでは役に立つ。
片や、召喚されて放置プレイ。片や、放置された挙句に死にかけるという。下手したら召喚された直後に全てが終わっていたかもしれない二人。
自分はハヤトに救われ。ハヤトはロズワールとかいう存在に救われ。結果として今に繋がった。運が良かったと、そう思うべきだろうか。
「ま、そのお陰で屋敷に住むことになったし、こうして強くなれたから、あの出来事があって良かったと俺は思うぜ。確かに死にかけたし、死ぬほど怖かったけど、今となっては笑い話よ」
「なにそのポジティブシンキング。すっげぇ前向き」
「後ろを振り返ると、走る足が止まりそうになっちまうからな。俺は、後ろは絶対に振り返らねぇって決めてんだ。……アイツも、そうやって自分を変えようと頑張ってるみたいだし。負けてられねぇ」
ふっと真剣な表情で、それ以上に真剣な口調で、ハヤトは静かに語る。『アイツ』と形容した存在が誰なのか、スバルには分からない。分かったのは、言った彼の背後に燃ゆる炎を幻視したことくらい。
努力家なのかもしれない。『アイツ』に対抗心を燃やすハヤトを見ていると、そんなことをスバルは思わされる。
だからこそ、この問いかけを投げかけてみたくなった。同じ召喚された側の人間として、
「ハヤトにはなにか、特別な力ってあったり? アタシが持ってる……『死に戻り』みたいなやつじゃなくても、召喚された人間が必ず持ってる——」
「無い」
「即答ぉ!?」
確認するような声と太い枝をバッサリ切り落とし、ハヤトは強く断言。続けようとしていた声を、自分の低い声で上書きした。
その辺に関してテンと嫌と言うほど論議を交わしてきた彼にはもう、そんな淡い期待など微塵もない。初めこそ抱いた期待は、とっくに砕け散っている。
否、そうでなくてもいい。自分の体には十分すぎる
「スバルには『死に戻り』っつーすげぇ力が宿ってるっぽいが、生憎と俺にそんな力は
「でもアタシからすれば、ハヤトって特別な力を持ってる人並みに強いんだけど? 同じ日本出身とは思えないくらいバケモノしてんだけど?」
「この五ヶ月間、スバルがここに来る前、死ぬほど努力して自分を磨いた。この身に宿る力を磨いて磨いて磨いて、使いこなせるようにな。俺が強い理由はそれだけだぜ。つか、バケモノ言うな」
剪定の完了した木から立ち去りながら、バケモノ呼ばわりされたハヤトは不満を呟く。しかし、「それだけ」の裏に隠された彼の努力を理解できないスバルに、その呟きは届いていない。
一体、どれだけの努力を重ねたら、今のようになれるのだろう。どれだけの苦労を乗り越えたら、そんなにカッコよくなれるのだろう。
自分と同じく平和な日本から召喚されて、特別な力もないのに、その五ヶ月間でここまで仕上げる——過酷な環境に身を置いていたことくらい、察することは容易だ。
「ま、そんなんだから。今まで鍛錬三昧な日々を送ってきたってわけよ。言葉そのままの意味で戦う力が無かったから、基礎中の基礎から学び、そこから地道に実力をつけてった」
「思い出すだけでも身震いが……」と、現在進行形で続く、ロズワールによる半殺しの模擬戦を思い描くハヤトが苦笑。一つ一つ木々を確認しながら、思い出すだけでも体が痛む錯覚を起こした。
流石の
それでも毎日のように果敢に挑むのだから、彼の負けず嫌いは人並みではない。辛い以上にあのピエロに一矢報いたいという思いが強く、それが良い方向で彼を成長させていた。
自分よりも格上と戦うことに、楽しみを見出すなら尚更。結果として、今のハヤトがある。
「っつーわけだから、俺に特別な力は無い」
再度、断言した。
死に戻りに巻き込まれている時点で怪しい部分はあると思いつつも、今のところ何か超常的な力が発現した感覚はないし。
スバルをトリガーとした発現ならあり得るが、自分の生きる世界がそんな都合の良い世界じゃないことくらい理解してる。
身に宿すのは三属性の適性と、質の良いゲートと、マナを貯蔵できる体積が大きいこと。素質はあっても、磨かなければ宝の持ち腐れとなるものばかり。
だから、死に物狂いで努力した。
否、努力し続けている。
「……その理由も、『今』のためだけどな」
「今のため……?」
口から溢れ落ちた、小さく低い声。覚悟と決意が見え隠れする音を鼓膜が拾うと、スバルは隣の横顔を見ながら目を細めた。
「いや、なんでもねぇよ」とはぐらかすハヤトは、スバルにその先を聞かせないらしい。何かを振り払うように首を横に振り、
「てかよ、スバル。実は、俺とお前以外にも日本からこの世界に飛ばされた奴がいてな」
「え? マジで?」
「マジで」
分かりやすい話題の転換。
その態度に若干の不信感を抱くスバルだが、自分たち以外の召喚者の存在に意識が引き寄せられた。一瞬にして不信感は四散し、頭から消えてしまう。
興味を示すスバルに「この木、違和感ある」と指摘された木の剪定を開始しながら、ハヤトは楽しげに話し始めた。
「ソイツは、俺と一緒にこの世界に飛ばされた男でな。ソラノ・テンっつー名前の親友なんだ」
親友。
そう聞いたスバルの表情が若干、曇る。故郷では引きこもり生活を送ったお陰でまともな友人一人いない自分——その事実が不意に脳裏を過り、同じ世界で育った身として、ぐさっとくるものがあった。
決して、ハヤトが自分と同じ分類だと思っていたわけではない。むしろ、自分とは真逆に位置する人間だと思っている。
この溢れ出る陽キャ感と、根っからの良いやつ感だ、故郷ではさぞ友人関係も広かっただろう。クラスの中心にいそうな奴、それがスバルが感じた彼の印象。
そんな男に親友と呼ばせる男。一体、どんな人なのだろうか。気になったスバルが「どんな人なの?」と問いを投げかければ、
「俺と真反対な男だ」
「どういうことだってばよ」
脊髄反射で返されたと言っても過言でない即答。
全く説明になってないそれに疑問を投げるも、ハヤト的にはそれで完結しているのか、「どういうことって、そういうことだが?」などと言われたスバルである。
真反対——文字通り受け取るのなら、スバルの中のソラノ・テンは『とてつもなく根暗で、クソ雑魚ナメクジで、ドがつくほどの陰キャ』になってしまうが、果たしてそれでいいのか。
「性格的に真反対、って言った方がいいかもな。昔っから俺とアイツは考え方がまるっきり違う。捻くれてるし、自己肯定感低いし、自信だって最近になってやっと持ち始めた野郎だ」
「だが」と。剪定の手を止めるハヤトは好戦的な笑みをギラつかせ、
「実力は俺と同等で、めちゃくちゃ頼りになるヤツだぜ。絶望に立ち向かう根性もある。本気で戦ったことはねぇが、俺も勝てるか分からないねぇ。負ける気なんざ欠片もないが」
「つまり、ハヤトがナルトでテンがサスケってこと?」
「全く
「仲良くなったのが今でも不思議だな」と。
ハヤトが感慨深く呟くのを横目に、スバルは自分の中で完成したソラノ・テンの人物像が壊れる音を聞いた。同時に、その人物像を作り上げるのが割と難しいと判断。
正直、どんな感じなのか理解できそうでできない。考え方が真逆とは、どういうことなのか。ハヤトが髪の長い人が好みなら、テンは短い人が好みとか、そういうことだろうか。
否、そういうことではない気がする。
「ま、会えば分かると思うぜ。今は、ちょっと理由があって屋敷にはいねぇが、数日後に帰ってくる予定だから。そんときに、顔を見せてやってくれ」
剪定を終えたハヤトが一息つきながら言うと、落ちた枝をゴミ袋の中に箒で入れるスバルは「そうするわ」と話題を終わらせる。
物語の主人公的な風格のあるハヤトの真反対ということは、闇堕ちする可能性があるのがソラノ・テンだな。なんて馬鹿げたことを考え、歩き出す彼の隣に並んだ。
「そんで? まだ他に聞きたいことはあるか?」
一つの会話が終わる予感に、ハヤトが次なる質問を待つ体勢。発言権がこちら側に譲られれば、スバルも質問を投げかけようと、脳内にある聞きたいことリストを確認し、
「じゃあ、次で最後なんだけど」
聞きたいことが、一つしか残っていないことを知った。ひょっとしたらこれは、一番聞きたいことかもしれない。
その疑問を、
「ハヤトって、なんでアタシに優しくしてくれるの?」
投げかけた。
足を止め、ふざけた様子を内側に引っ込めるスバル。代わりに浮かび上がるのは真剣な様子で、同じく足を止めたハヤトのことを一直線に見つめている。
不思議だと思った。昨日、初めて出会ったばかりの女に、ここまで優しくしてくれるなんて。命を懸けて自分を守ってくれて、行き場のない自分を屋敷に招いてくれて。
優しすぎて、裏がない方があり得ないとすら考えてしまう。そんな無償の善意、スバルは知らない。ハヤトの人となりに触れても尚、本人の口から聞かないと静まらない気持ちがあった。
「優しい……優しすぎる。アタシはハヤトに何かした覚えはないし、むしろされた覚えしかない。なのに、なんでハヤトは、アタシをこんなに助けてくれるの?」
「助けたいからだよ」
「ぇーーー」
あっけらかんと言われて、スバルはその後に続けるはずだった言葉が頭から消える。自分の目を覗き込むようにこちらを見てくるハヤトの声に、言葉を生む力を、奪われた。
それほどまでに、今の発言は、彼女にとって衝撃的で、予想の立てようがないもので、
「助けたいから助ける。助けるのにこれ以上の理由なんているのか?」
この男の本質が、理解できるものだった。
当たり前のことだろ、と。そう言いたげな様子に、ひどく胸を打たれているのが分かった。芯のある声に、鼓動が高鳴る感覚を得る。余計な感情の混濁のない真っ直ぐな目に、意識が吸い込まれていく。
嘘を語っているようには見えない。ひたむきな正義感を宿すその目が、あまりにも純粋すぎて。この心を包むその優しさが、あまりにも温かすぎて。
「お前は……俺と違ってこの世界にたった一人で召喚された。知り合いも、友人も、家族もいねぇ、正真正銘の孤独な状態で」
言葉が出ず、目を見開いて、きっかけ一つで泣き出しそうな表情のスバル。唇が小刻みに震える彼女にハヤトは「それに、だ」と、自身の右腕に左手を添え、
「死んだら世界が巻き戻る力をお前は持ってる。その力は自分だけが戻る力だから、俺みたいな共有者がいなけりゃ、ずっと孤独でいるしかない力だと俺は思ってる」
確かにそうかもしれないと。聞きながらスバルは思う。事実、死に戻りをした世界ではエミリアとラムの記憶——戻った分の記憶は消えていたし、共有者がいなければ、自分は独りで頑張るしかなかった。
昨日、ハヤトがいなかったら、自分はそうなっていたかもしれない。
「そんな女ぁ前にして、助けない選択肢はねぇ。俺はそこまで腐ってる男じゃねぇし、お前は俺
「弱き者を助けるのが、強き者の役目だ」と。
もし、この場にテンがいたら「なに言ってんの、お前」とマジな声でバカにされる場面。しかし、茶化す存在が不在な今では、その言葉は本来の力を発揮する。
だから、真正面で言葉を聞くスバルは、目の奥が急激に熱せられる異様な感覚に苛まれることになった。贈られる言霊の一つ一つが、心に染み渡る。
「俺ぁ、お前に優しくした覚えはないよ。お前を助けたかったから助けた。それに必要なことをしただけだぜ」
そんなスバルを見ながら、ハヤトは砕けるように破顔。ハヤトのような人間が浮かべるからこそ効果を発揮する、善意一色で彩られた笑みを見せる。
言葉を発しようとして、しかし喉に詰まるせいで声が吃る彼女の肩にそっと手を添え、
「それに、一人の女の子が路頭に迷うのも見過ごせねぇしな。お前が、ただの帰る場所のない子だったとしても、俺は連れ帰ってたよ。放っておけるわけないだろ」
スバルという女の中の、カンザキ・ハヤトという男の人物像が、『表裏がなくて信頼できる、良い奴すぎる男』で完全に固まったのだった。
この瞬間。ロズワール邸の一つの窓が異様な音を立てて盛大に破れたが、二人は知る由もない。
フェリス
「おっはよー、テンきゅん! 入院生活一日目が始まるわけだから早速だけど治癒魔法………テンきゅん? 膝なんて抱え込んで、どうしたの?」
テン
「ホームシックなんです。自動的に治るので、放っておいてください」