少しでも望む未来へ   作:ノラン

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あんなことを長々と書いておきながら、しれっと帰ってきました。アニメを見直したら少しモチベが上がったので、燃えた熱が冷めないうちに書きました。

できれば、このモチベを維持していきたい……! 書きたいシナリオは沢山あるんです。その一つが二章の冒頭のシーン。

でも、そこに辿り着くまでモチベが保てるかどうか。





静かな殺意

 

 

ナツキ・スバルという少女がカンザキ・ハヤトという青年を完全に信頼し、異世界で生きていく上での絶対条件となった後も、二人の作業は変わりなく続いていく。

 

学校のグラウンドの倍以上はある庭園で二人、早朝の静けさを感じながら黙々と作業——というわけでもなく、楽しげに会話を広げながら。

 

異世界から飛ばされた者同士、通ずる者はあるのだろう。昨日出会ったばかりにも関わらず、その様子は友人と話しているかのように和気藹々としている。

 

百パーセントハヤトのお陰。とは、彼と話すスバルの感想。冷静になって考えれば何年ぶりかの男の人との会話——コミュ障発揮で言葉に詰まりまくると思っていたが、そんなことはなかった。

 

ハヤトの会話スキルが高いというか、なんというか。どうやら彼には話すことで人の緊張を和らげる力があるようで、焦って空回りして自爆するのがテンプレなスバルの心を落ち着かせてくれた。

 

すごいヤツだと思う。カッコよくて、化け物並みに強くて、誰にでも優しくて、会話力が高くて、屋敷の仕事までできるとか、色々と兼ね備えすぎて総合的にチートキャラに見えてくる。

 

 

「——うし。今日はこんくらいにしとくか」

 

 

スバルがそんな感想を抱いて数十分。だだっ広い庭園の七割程度の剪定を済ませたところで、不意にハヤトがそんなことを呟いた。

 

早朝にするにしてはちょっとハードな作業に「ふぅ」と一息。慣れた今となってはなんてことないが、昨日のエルザとの戦いが何気に響いている。

 

視線をぐるりと回すハヤトは、自分たちが整えた木々を見渡す。その彼と同じように周囲を見渡すスバルは「もういいの?」と、上がった息を整えながら、

 

 

「まだ残ってるけど? 全部やらなくちゃいけないんじゃないの?」

 

 

右手に持った箒を地面に立て、体にかけながら手をつけていない範囲を見る。どこからどこまでが仕事の範囲なのか知らない以上、適当なことしか言えないが、確認程度に聞いた。

 

彼女の横には枝葉に半分ほど満たされた大きめのゴミ袋があって、それだけでもかなりの木々を剪定したことが分かる。ひきこもりで体力値が地の底なスバルには、中々の重労働だ。

 

そんな彼女を横目にハヤトは「あぁ」と頷き、

 

 

「大体、半分程度やったら切り上げてるし。木々だってそんなに早く成長するわけでもねぇしな。明日、残りの分をやりゃいい。……スバルもキツそうだしよ」

 

「キツそう? いやいや、まだ全然いけるね。って言いたいところだけど、マジ助かるぅ。もう、アタシ、動けない。ナツキ、動きません」

 

 

どかっと芝生に座り込み、大の字で寝転がるスバル。「はぁ、はぁ」と息を切らす彼女は、雲が泳ぐ朝の青空を見た。

 

一人より二人とか言ってハヤトを手伝ったまではよかったものの、そこから先が想像よりも辛い。ただ単に枝葉を袋の中に箒で入れる作業なのに、こんなにも疲れる。

 

自分の体力が無いと悲しむべきか。仕事の範囲が広いと恨むべきか。否、両方だ。「俺も疲れたぜ」と剪定ばさみを肩にかけるハヤトとは大違い。

 

 

「こんなところでひきこもりのツケが回るなんて、運動くらいしておくべきだったか……」

 

 

昨日までひきこもり生活を送り、順当に貧弱になっていた自分を後悔。なにせ、その生活になってから筋トレも運動もしてこなかったのだから、この情けない結果にも頷けてしまう。

 

唯一、していたことと言えばとりあえずのラジオ体操。毎日したおかげで歌詞を完璧にコピーした。ついでに、あの独特な曲も歌える。

 

 

「大丈夫か、スバル。ちょっと無理させちまったか? 休憩とか挟みながらやったつもりだが……足りなかったか?」

 

「休憩っても、三十秒かそこらでしょ? あのね、体力ってそんな簡単に回復するもんじゃないのよ。全人類の体力がハヤトみたいに無尽蔵ってわけじゃないのよ」

 

「じゃ、俺の想像を越えるくらいスバルの体力が無かった、って話か」

 

「急に辛辣ね!? か弱い乙女の体をもっと慮れ!」

 

 

あくびをして、呑気に剪定ばさみで肩を叩いているハヤトの辛辣な発言にスバルは飛び起きる。数十分前の自分を優しく包み込むような発言から一転、普通に貶してくる男に心がグサっときた。

 

もちろん、冗談に決まっている。テンションの上がり下がりが激しい彼女を「冗談だよ」と笑って宥めるハヤトは、芝生に転がる箒とゴミ袋をさっと回収すると、

 

 

「なら、スバル、お前はとりあえず………」

 

 

何かを言いかけたハヤトの口が、不意にそこで止まる。何かと思ってハヤトの視線を辿ると、スバルはその先に一人の少女を見つけた。

 

宝石のように透き通った紫紺の瞳に、満月の月光を閉じ込めたと言われても納得するしなやかな銀髪。大人の凛々しさと子どもの幼さが見事に調和し、相反するはずの二つの要素が一つの美として完璧に成立している、整った顔立ちの少女——エミリアだ。

 

膝丈よりやや短めのミニスカートを穿き、白とピンクの二色を主体とした私服姿のエミリアが、腰まで届く長い銀髪を揺らしながらこちらに近づいてきていた。

 

 

「……あの子、こっちに来てるけど?」

 

「らしいな。用でもあんだろ」

 

 

「行くぞ」と。

 

向こうから来るならこちらから迎えるハヤトが歩き出し、遠のきかける背を慌てて追いかけるスバルが彼の横に並ぶ。

 

その際、自分が担当していた箒とゴミ袋を持とうとしてハヤトに持ち去られていたことを知り。お疲れ気味な自分に対する彼の小さな気遣いに、ばつが悪いものを感じた。

 

そうして歩き出すと、二人と一人の距離はどんどん縮まっていく。

 

歩き始めて十秒もすれば、ぼんやりとしか確認できなかった姿が明快になり。その五秒後には彼女の両手には、丁寧に畳まれた布が乗せられているのが確認できた。

 

 否、あれは布ではなく、

 

 

「アタシのジャージだ。勝手に着替えさせられてたから、どこいったのかと思ってたけど」

 

「安心したか?」

 

「した。アタシみたいな人間には必需品だからね。無くなったら泣いちゃう」

 

 

冗談混じりな言葉を吐き、スバルは着用させられている衣服を見る。患者衣的な扱いであろうそれは意外にも着心地が良く、材質で言えば私服として活用できるほどに通気性がいい。

 

が、やっぱり着慣れた服がいいと思うスバルだ。この世界に召喚されるまでずっと着ていたひきこもりの相棒なのだから、別の服だと違和感に感じる。

 

 

「同じ枕じゃないと眠れない、的な感じか?」

 

「それ。しばらく、アレ抱きながら寝ちゃうかも」

 

 

上手いこと例えたハヤトに指を鳴らし、「アタシの相棒」とまで誇張するスバルが歯を見せて笑う。実際にそうであるかなんて知らないが、彼女がそう言うならそういうことにしておいたハヤト。

 

勢いに任せて言葉を続けるのがスバルという人格。薄ぼんやりそれを理解してきた彼にスバルは、ふと思ったように「あのさ、ハヤト」と前置き、

 

 

「ちょっと聞いてもいい?」

 

「なんだ?」

 

「アタシ、昨日はあのジャージを着てたはずなんだけど……今日起きたら、この服に着替えさせられててさ。それってつまり、アタシが眠りこけてる間に誰かが着替えさせたことになるよね?」

 

「おん。そうなるな」

 

「だから………」

 

 

 沈黙。

 

当たり前のことを聞かれて淡々と頷くハヤトの反応を受け、スバルの口は閉じる。以降、閉じた口の中で何かを言いたそうにもごもごし、隣に並ぶ男をチラチラ見始めた。

 

一体、彼女は何を伝えたいのだろう。服が変わっていたからなんだ。着替えさせられた事が嫌そうには見えないし。昨日、自分が彼女を部屋に運んだだけで、別に何の問題も———。

 

 

「あっ……」

 

 

なにかを察したハヤト。スバルの態度と頭の中に浮上した仮の答えを組み合わせる彼は「たはは!」と豪快に笑い、

 

 

「心配すんな。俺はお前を脱がせたりしてなんかねぇよ。着替えさせたのは女子だ。俺は部屋に運ぶことしかしてねぇ」

 

「そっか。そっかそっか。なら一安心………いや、待てよ。それってつまり、寝顔は見たってことよね!?」

 

「まぁな」

 

「アタシの乙女指数がーー!」

 

 

最悪の事態は避けられていた事実と、寝顔はバッチリ見られていた事実。二つの事実が同時に判明し、頭を抱えるスバルが空に吠える。

 

仕方ない。仕方ないことではあるが、乙女として割り切れない部分があるのも確かなこと。初めて寝顔を見られた年齢の近いであろう男がハヤト——それはどうなのか。

 

一応、自分へのフォローとして「変な(つら)ぁしてなかったし、大丈夫だぜ?」とかほざくハヤトには「そういう問題じゃないんだよ!」と肩を叩いておく。

 

そうこうしているうちに、二人と一人は手が届く距離にまで近づいていて、

 

 

「なんだか二人とも、すごーく仲良しそう。やっぱりハヤトってすごい」

 

「なにがだ?」

 

「知らない人とでも、すぐお友達になっちゃうところ。羨ましい」

 

「そのうち、お前もできるようになるよ」

 

 

 と。

 

項垂れるスバルを置いて、友人同士の会話が交わされた。ハヤトに尊敬の目を向けて微笑むエミリアと、羨む彼女の言葉に口角を持ち上げてグーサインを見せるハヤト。

 

五ヶ月も前からこの世界にいるのだから、自分の知らないところで関係でも築いたのだろう。スバルの目に映る二人は、ぱっと見でも友人関係だと分かる雰囲気だった。

 

この流れは分かる。先程のドリルロリ改めベアトリス同様、またあの雰囲気に負けて仲間はずれにされるやつだ。ならばと、スバルは咳払いして存在を主張しようと、

 

 

「おはよう。ハヤト、スバル」

 

「おう。おはよう。エミリア」

 

 

主張しようとしたが、一発目の会話で交わしそびれた朝の挨拶に名を挙げられ、その必要もなくなった。その証拠として、同性ながらに見惚れてしまう可愛い笑みが向けられている。

 

エミリアはベアトリスとは違って、ハヤトと二人の世界に閉じこもるような女の子ではなかったらしい。予感した疎外感は訪れず、変に安心したスバル。

 

そのお陰で挨拶に対する反応が遅れてしまい、ハヤトとエミリアの両方に目を向けられた。反応待ち、ということだろう。

 

 

「あ、あぁ。うん。お、おはよう、エミリアちゃん」

 

 

嫌な感じがなかったことに安心する心を横に置き、スバルはぎこちない笑みを浮かべた。なぜぎこちないか、エミリアの笑みが輝きすぎて謎に動揺しているからだ。

 

異世界、最高。流石の美少女。隣に並ぶと自分の情けなさが浮き出そうだから、並ぶのだけはやめておこう。そんな思いを胸にした彼女にエミリアは一歩だけ近づき、顔を覗き込むと、

 

 

「昨日は大変なことに巻き込んじゃったけど、どこか痛いところはない? 一応、私が診たから大丈夫だとは思うんだけど……。へーき?」

 

「だいじょびだいじょび。フェルトと突撃した時に擦りむいただけで、それ以外はモーマンタイ」

 

「もーまんたい? すごーくヘンテコな言葉ね」

 

「ヘンテコ、って今日日聞かないね」

 

 

顔を覗き込まれてドキッとした女の心を制し、必死に慣れようと頑張りながら言葉を紡ぐスバル。よく分からない言葉が口からぽんぽん出てくる彼女に、小首を傾げるエミリア。

 

そのやりとりを聞くハヤトが不意に「ふっ」と、息を漏らすように失笑。エミリアがスバルを心配して言った言葉、その中の一つに引っかかった。

 

『平気?』ではなく『へーき?』と言う細かさに、テンの影を重ねてしまっていたのだ。本人としては完全に無意識だろうが、それがなによりの証拠。

 

薄々勘づいてはいたこと。やはり、彼女の口調が親友に染まってきている。あの、漢字で表現するところをわざと平仮名にしたような言い方が、よく似ている。

 

果たして、染まってきているのは口調だけか。

 

 

「んで? エミリアはなんでここに? 見た感じ、朝の日課をしに来た……ってわけじゃなさそうだが」

 

 

エミリアが親友色に染まりつつあるのはともかく。ともかくで片付けられないがともかく、スバルのジャージを持たせたままなのはどうかと思ったハヤトが話を切り出す。

 

言われて思い出したように「あっ」と呟くエミリア。両手の上に畳まれた状態で乗せられた物に意識を向けると、彼女は「はい」とその物——スバルのジャージを差し出し、

 

 

「これ、スバルのでしょう? レムとラムに朝の日課ついでに届けてほしい、って渡されたの」

 

「アイツらに?」

 

「あの二人に」

 

 

手元に帰ってきた上下一セットのジャージに汚れがないか確認するスバルを横目に、エミリアは頷く。それから振り返って屋敷を見ると、

 

 

「スバルが寝てた部屋を覗いたレムとラムが、スバルがいない、って言っててね。一緒に探してたらベアトリスが、ハヤトと外にいる、ってすごーく拗ねながら言ってたから」

 

「拗ねてた? ベアトリスが?」

 

「うん。二人が外のどこにいるのか聞こうとしたんだけど、あの小娘……、って呟きながら禁書庫に帰っちゃって」

 

 

「ほぅ」と、ハヤトは目を細める。

 

どういった理由で拗ねているのか定かではないが、聞いた感じから察するに怒っているらしい。朝のマナ徴収を邪魔されたことが原因か、相手した時間が短かったことが原因か、それとは別のなにかか。

 

いずれにしても、フォローを入れておく必要がある。ベアトリスが呟いた『小娘』が誰のことを指すのか分からないハヤトではないし、彼女がその人に対して悪印象を抱いているのは明らかだ。

 

ベアトリスにレム、どちらも別々の理由で二人から悪印象を抱かれたスバル。否、レムは悪印象なんて優しい言葉で表現できるものではないだろう。

 

これは、乗り越えるには高い壁かもしれない。

 

 

「レムは割れた窓ガラスの掃除に忙しそうで、ラムは朝食の支度があるって行っちゃったから」

 

「待て、割れた窓ガラスの掃除? なんか、俺が知らない間に色々と起こってねぇか? なぁ、スバル」

 

 

屋敷を見ながらため息し、怠そうな表情をするハヤト。その横では、話を聞いていなかったスバルが「え?」と間抜けな声を出している。

 

ベアトリスが拗ねてたり、窓ガラスが割れてたり、朝っぱらから騒がしいことだ。ただでさえ壁の高さに絶句しそうだというのに、あまり胃が痛くなる事は増やさないでほしい。

 

そんなハヤトの思いとは裏腹に、彼の脳裏に過るのはこれから先に待ち受けるであろう原作(運命)の悲劇。また世界が繰り返すかもとか、冗談抜きで勘弁しろ。

 

そうならないために、ハヤト(自分)が——ハヤトとテン(自分たち)がいるのだが。

 

 

「まぁ、窓ガラスは別にいいとしてだ……。つまりあれか? 仕事で忙しいレムとラム(アイツら)の代わりに、エミリアがスバルの服を届けに来てくれたと」

 

「うん。そーゆーこと。私はこれから微精霊とお話ししなきゃだから、そのついでに」

 

 

大方の流れを理解したハヤトに頷き、エミリアは後ろ手に手を組みながら視線を彼に戻す。その可愛らしいポーズも無意識だろう。彼女の無意識は暴力だ。

 

話を聞いていなかったスバルも、今ので大体の流れは掴めた。ジャージの上下を肩にかける彼女は「そうなのね」と言いながらエミリアを見ると、

 

 

「ありがとう、エミリアちゃん。この服も悪くないけど、やっぱりアタシにはジャージ(こっち)が似合ってる」

 

「どういたしまして」

 

 

今度は自然な笑みを浮かべるスバルに、エミリアが「ふふっ」と、笑声を溢しながらふわりと笑む。

 

目を合わせては笑いかけてくるのが彼女の普通だと知っているハヤトにとって見慣れたそれは、スバルにとっては破壊力の高い暴力だった。

 

何度見ても可愛いと思える。可愛い。可愛いしかない。いや、天使でもいい。「うおぉ……」と感嘆詞を溢す彼女はエミリアを直視できないと言わんばかりに視線を逸らし、

 

 

「エミリアちゃんがマジで天使すぎる。エミリアちゃんマジ天使…………分かった。今日からこのスマイルを『エミリアちゃん()マジ()天使()』と呼ぼう!」

 

「ふっ!」

 

「意外とウケた!」

 

 

腕を組み、割と真剣な声と表情で名付けたスバルに思わず失笑し、ハヤトが笑い声を音としてはっきり吹き出す。予想外なタイミング、予期していなかった公式ネタの初登場に彼はくつくつ笑った。

 

反対に、エミリアはよく分かっていない様子だ。「いーえむ……なに?」と小首を傾げては、先ほどから出てくる聞き慣れない横文字を平仮名に変換している。

 

長話をしていては彼女の頭がパンクしそう。そんなことを思うハヤトは「ふぅ」と吐息。無理やり気持ちを切り替え、

 

 

「さて、そろそろ動くか。エミリアは朝の日課。俺は道具を片付けて厨房に行く。スバルは………」

 

「ジャージに着替えたい」

 

 

左手をピンと伸ばし、端的に己の注文を口にするスバル。せっかくジャージが返ってきたのだから、着慣れた服装に着替えたかった。

 

その注文に「んー」と、悩ましげにハヤトは喉を低く鳴らす。時間的にもそろそろ朝食の支度をしなければならない時刻、彼女を着替えさせれるような場所に案内してる暇はないのだが。

 

どうしたものか。方法を考えながらスバルを見つめていると、彼女は「むっ」と顔を顰めて自身の体を抱き込み、

 

 

「えっち」

 

「なぜそうなる?」

 

 

二歩程度距離をとり、ジト目でこちらを睨むスバル。その頭の中でなにを考えたか、控えめに引いた態度をされればハヤトも困惑せざるを得ない。

 

乙女な反応をするスバルはさておき。ハヤトは良い案がないか周囲を見渡す——と、日課に動かず近くにいたエミリアと目が合った。瞬間、一つの案が頭の中にポンと音を立てて生じる。

 

 

「エミリア。お前、スバルを適当な部屋で着替えさせてやってくれないか?」

 

「え? 私が?」

 

 

人差し指で自分を指し、頭の上に疑問符を浮かべるエミリア。

 

「なんで?」という理由を聞くものではなく、確認の意味合いを込めたそれに「嫌か?」と返されると彼女は「ううん」と首を横に振り、

 

 

「そーゆーわけじゃないけど。私でいいの?」

 

「ダメな理由があんのか?」

 

「別にない……けど」

 

 

妙に消極的なエミリア。ただ部屋に案内するだけでなにが問題なのか分からないハヤトには、若干曇った彼女の表情の意味が理解できない。

 

しかし、申し訳ないが時間的にもそうする以外に方法はなさそう。嫌な思いをさせていたなら後でテンに発散させてやるとして、彼は「うし。なら決まりだな」と言おうとスバルに目を向けるが、

 

 

「ちょっと待って」

 

 

 と。

 

言おうとした言葉を彼女の声に塞がれた。勝手に話を進められそうな流れを止めると、彼女は二歩程度開けた距離を縮めながら、

 

 

「ハヤトは、今から厨房に行く、って言ってたけど。それ、アタシも付いてっていい?」

 

「悪いが、それは無理だ。諦めてくれ」

 

「なんで?」

 

レムがいる(爆弾がある)

 

「「爆弾!?」」

 

 

 少女達の声が、重なる。

 

比喩表現がどうか曖昧なマジトーンで言われてスバルが驚く。驚いたのは彼女だけではない、爆弾が誰を指すのか理解できないエミリアも目を見開いて驚いた。

 

理解できるのはこの屋敷で二人、自分とラムだけ。定かではないが、もしかしたらベアトリスも理解(わか)るかもしれない。

 

残念なことに、一番理解しているべきレムは自分自身が爆弾だとは思っていないはずだ。彼女からすればスバルのような存在を排除するのは当然のことで、なんの違和感もないことだから。

 

故に、レムとスバルをなるべく会わせないように立ち回る必要がある。明らかに無理がある話だとは承知の上で。

 

一刻も早い爆弾処理班(テン)の帰宅を祈りつつ、「ダメ?」とわざとらしく上目遣いで聞いてくるスバルを「ダメだ」と強めに突き放すと、

 

 

「お前が着替えてからだが……、あんまりエミリアに迷惑かけんなよ?」

 

「ってーと?」

 

「どうせお前、部屋で大人しくしてろ、って言われても大人しくできないだろ?」

 

 

着替えた後、スバルはエミリアにくっついて行動を共にするだろうとハヤトは言いたい。実際、じっとしてられる性格ではないことなど昨日の一日で把握したし、今日も理解させられた。

 

顔を顰めるスバルも、その意味には気づいたらしい。特徴的な三白眼で目の前の男を睨みつけると、

 

 

「ハヤトって、アタシのこと五歳児かなにかだと勘違いしてらっしゃる?」

 

「違うのか?」

 

「違うわい!」

 

 

五歳児並みに大人しくないことに違いはないだろ。とは、言わないでおくとして。プンスカ怒るスバルを笑いながら適当に受け流し、ハヤトは二人に背を向ける。

 

これ以上の抗議の声は受け付けない姿勢を態度で示すと、両手が塞がった彼は「じゃっ」と、首だけ振り返り、

 

 

「エミリアはスバルを着替えれそうな場所に連れてってくれ。俺は仕事に戻る。その後のことは…………頼んだ」

 

「うん。任せて」

 

 

正直、なにを頼まれたのか分からないが、ハヤトに「頼んだ」と言われて悪い気はしないから、とりあえず力強い目で頷くエミリア。彼女はスバルの対応を完全に丸投げされたとは気付いていない。

 

そんな彼女からスバルに視線を移すと、ハヤトは笑窪を作りながら笑いかけ、

 

 

「またあとでな。スバル」

 

「へーい」

 

 

納得してない感が否めない彼女の適当な反応を受けたのを最後に、その場を後にした。

 

 

 

 

▲▽▲▽▲▽▲

 

 

 

 

剪定に使った道具を片付け、そのまま朝食を作るべく厨房に直行——ではなく、仕事で少しばかり疲労する体を休めようと思ったハヤト。

 

彼は今、自室のある二階の西棟へ向かうため、玄関前の大広間から上階へ続く階段を上がっているところであった。

 

 

 ーーなんか、想像以上に疲れてるな

 

 

ポケットに手を突っ込み、脱いだ上着を肩にかけながら、心の中で呟く。言葉として口から出ない代わりに、疲労感いっぱいのため息が深々と吐かれた。

 

疲れた。主に精神的に。エルザとの激闘を終えた反動を引きずりながら動いたせいで、肉体的に疲れているのもあるが、それは気合い一つでどうにでもなることだ。

 

 

 ーー色々とありすぎなんだよ、クソが

 

 

徐々に体が重くなる感覚。肉体の疲労が及ぼすものとは種類が違うそれは、間違えなく精神的なもの。心の疲労が、肩に緊張として重くのしかかっていた。

 

レムの殺意が想像以上にエグかったり、ベアトリスが拗ねてたり、メィリィと邂逅したり。二章の開始直前から直後の短い間で、心の中に傾れ込んできた情報が濃すぎる。

 

ただでさえ、性転換したスバルと話すのですら違和感に感じるのに。それらを頭の中で整理しながら彼女を屋敷にどう馴染ませるかを考えるとか、やってることの無謀さが知れた。

 

 

 ーーかったりぃ

 

 

これまで数多の困難と対峙し、乗り越えてきたが、流石のハヤトも頭を抱えたくなってしまう。物理的に解決できない問題と対峙すると、自分はこうも弱々しい。

 

決して、考えていなかったわけではない。スバルを屋敷に引き込むことがどれだけ難しいかなんて、事前に指摘されていたことだ。

 

 

『だって、考えてみろよ。今、彼が屋敷に来たとして溶け込めると思う? 俺とお前の存在がエミリア陣営にとって大きすぎる今、今この瞬間、彼の居場所がこの陣営にあると思う?』

 

 

数日前、真剣なテンに言われたこと。

 

二人で原作対策会議を開いた際、スバルを屋敷に引き入れるの反対派な彼が、現実的な意見を淡々と述べていた。

 

納得させられる部分がないわけではない。自分と彼の存在が、スバルの立場を奪っているのは揺らぎのない事実だ。そんなこと、頭では理解している。

 

しかし、それがスバルを屋敷に引き入れないことには繋がらないし、溶け込めない理由にもならないだろう。頭では理解していても、心が理解しない。

 

だからこそ、ハヤトはテンの懸念を蹴散らした。蹴散らして、今の状況を無理やり作り出した。

 

 それなら、

 

 

「弱音を吐いてる場合じゃねぇよな」

 

 

 ぱちん。

 

ポケットに突っ込んだ手を出し、頬を強めに叩く。乾いた音が近づく二階の踊り場に木霊した。気合いを入れるための一撃を入れると、「ふぅ」と浅く息を吐く。

 

無謀な挑戦、だからどうした。壁が高すぎる、意地でも乗り越えてみせる。自分が始めたことなのだから、自分が弱々しくてどうする。無謀に挑むことなんて、今に始まったことではないはずだ。

 

そんな風に疲労する己を叱咤し、ハヤトは曲がりかけていた背筋を真っ直ぐ伸ばす。今、弱音を考える自分なんて要らない。そうやって、弱る自分を消し飛ばす。

 

要るのは心を保つ気概。それ一つ。

 

 

「———レム?」

 

 

壁の高さを認識し、闘志を轟々と燃やす。己の魂を焚き付けていると、階段を上り切ったハヤトの視界に一人の少女が映り込んだ。

 

白と黒のエプロンドレスのメイド服に身を包み、さらさらした青髪にホワイトブリムを飾った小柄で可愛い少女——爆弾——ではなくレム。

 

名を呼ばれたレムは「はい?」と反応してこちらを振り返り、

 

 

「なんですか?」

 

「いや……視界に映ったから呼んだだけだ」

 

「そうですか」

 

 

階段を上がって二階の踊り場に出たハヤトに端的に返し、レムはさっと元の向きに戻る。テンが屋敷にいないからだろうか、心なしか表情に色がない気がした。

 

テンに心酔し、狂愛するレム。恋人のいない生活一日目を過ごし始めた彼女は、床に散らばった破片のようなものを箒と塵取りで片付けているところだ。

 

破片は陽光を反射して一つ一つが淡く輝いており、ガラスなのだろうと予想できる。

 

その近くには、窓ガラスの部分だけが木っ端微塵に砕けて框のみとなった哀れな窓が立てかけており、

 

 

「……エミリアが言ってたのはこれか」

 

 

話には聞いていた割れた窓ガラスの掃除。それがなにを表しているのかハヤトは瞬時に理解する。

 

 

「なにがあってこうなったんだ?」

 

「分かりません。レムが見たときには既にこのような形に。あるとすれば、ご乱心した様子のベアトリス様がいたことくらいでしょうか」

 

「アイツがやったと」

 

「憶測で物を語るのはよろしくないですよ」

 

 

作業に勤しむレムに近づき、状況を確認するハヤトが「わーってるよ」と頷く。レムがベアトリスを庇護するような発言をしたことを気にしつつ、立てかけられた窓を見た。

 

中々にすごいことになっている。言葉そのままの意味で窓ガラス部分が木っ端微塵に砕け、窓には框の部分しかない。

 

框とは、窓ガラスを囲っている部分のことだ。恐ろしいことに、框の内側にあるはずのガラスが一欠片もなく、完全に額縁状態。

 

使い物にならなくなった窓は窓枠から外され、窓がなくなった場所は非常に開放的。屋敷の窓はそれなりに大きいため、夏ならば虫が入りたい放題。

 

その代わりに、屋敷の庭園が一望できる絶景ポイントとなっていた。もし、窓を割ったのがベアトリスならば、彼女はこの景色を見ていたことになるだろうか。

 

 

「窓はレムが片付けておきます。なので、ハヤト君は厨房に向かってください。先に向かわれた姉様と合流して、朝食の支度をお願いします。ここが片付き次第、レムも向かいますね」

 

「おう。了解だ」

 

 

表情だけでなく声にも色がない気がしてきたレムの指示を受け、ハヤトは来た道を戻るために回れ右。今の状況で「ちょっと休むわ」なんて言うこともできず、小休憩はお預けに。

 

疲れているが仕方ない。今のレムには逆らわない方が良いと本能が囁いているから、彼は素直に頷いて階段を降りていく。

 

そもそも厨房で椅子に座れるから休めるじゃないか、と。ふと思ったことを心の中で呟きながら。

 

 

「ーーーー」

 

 

そのハヤトの背を、レムはじっと見つめていた。作業の手を止め、感情の宿らぬ瞳で、なにも言わずにただじっと。

 

 

「………ハヤト君は、ベアトリス様に感謝すべきだと思います」

 

 

不意に視線を逸らし、呟きながらレムは外を見る。窓という隔たりが消えて解放的な場所から、屋敷の庭園を一望した。

 

見えるのは、朝の日課に勤しむエミリアと——気が狂いそうな悪臭を纏う女の姿。長く見続けていると、箒を握る拳に力が勝手に込められていく。

 

 

「女の嫉妬を甘く見ると、恐ろしいことになっちゃうんですから」

 

 

遠ざかるハヤトの気配を感じながら、レムは女を凍てついた目で睨みつけて呟く。

 

ハヤトに向けたそれが送り先に届くことはなく、窓の外に吸い込まれて消えた。

 

 

「——あの方が、この窓ガラスのようにならないといいですね」

 

 






窓ガラスのやつは、前回の最後を読んでください。

モチベが上がったら更新。これからの更新スタイルをこれにします。ので、『一時更新停止』は消しときます。


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