少しでも望む未来へ   作:ノラン

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そろそろテンとレムをイチャつかせたい……。
けど、物語は細かくやっていきたい……。

誰だよ、ゲートが損傷してクルシュ邸に入院するとか言い出したやつ。





道化の裏側

 

 

「………は?」

 

 

ニヤリと笑いながら提案された瞬間、ハヤトは少しだけ沈黙し、タイムラグを生じさせながら息を溢す。その息は内側に籠っていた熱を含んでいたのか、握りしめられていた拳から力が抜けた。

 

その沈黙の間に、彼の中でなにかが起こったのだろう。感情に揺れていた表情が唖然に固まり、「は?」の口のままポカンとした顔つきになると、完全に硬直してしまう。

 

 

「なにを……言ってんだ?」

 

「スバル君を、アーラム村に、住まわせる。と言っているんだよ」

 

「いや、それは分かる。分かるが……。なんでそうなるのかが……。ちょ、ちょっと待て。整理させろ」

 

 

あまりにも予想外すぎる提案に動揺し、前提条件を覆されかねない予感に、これまでの考えが全て吹き飛んだハヤト。焦った様子の彼は、手を前に突き出して「待て」の仕草。

 

物事をありのまま受け止めて、受け入れる彼がそうなるのも珍しい。基本、ごちゃごちゃ考えずに「よし! 分かった!」と言って素直に飲み込むのが彼だというのに。

 

故に、たった一言で心を乱される教え子の様子にロズワールは「もちろんだーぁとも」と、高みの見物をするように椅子の背もたれに身を委ねて静観。

 

ハヤトの脳内処理が終わるのを待った。

 

 

「スバルを……村に? いやそれだと……アイツらとの……」

 

 

 ーー関係が築けない、のか?

 

 

突き出した手を額に当て、言葉の続きを心の中で呟きながら困惑し、この頭を真っ白にしてくる提案を飲み込もうとハヤトは頑張る。言葉の意味を咀嚼して、自分なりに解釈して、理解に結びつけようと必死になる。

 

スバルは屋敷の使用人として働いて、屋敷に住まなければならない。そうしないと、屋敷の住民との人間関係が築けないから。

 

そんなことばかり考えていて、その考えは全くなかった。思いつくとか、思い浮かぶとか、そのレベルの話ではない。思いつく可能性はゼロで、言われるまで一欠片も思わなかった。

 

だから、困惑している。

 

 

「スバルは屋敷じゃなく、村に住む……」

 

「その方が色々と安全だと。私は思うけぇどね」

 

 

提示された二つ目の選択肢を口にし、声にして理解しようとするハヤトに、ロズワールの思いが重なる。聞いた途端、確かにそうだなと思ってしまって、ハヤトの喉が悩ましげに低く唸った。

 

確かにそうかもしれない。『スバルが屋敷に住む=スバルが人間関係を築くことの前提条件』だと勝手に思っていたから、今こうしてロズワールに直談判しているが。

 

正直なところ、今の状況でスバルが屋敷にいて良いことが一つでもあるだろうかと、心の端っこで考えなくもない。寧ろ、悪いことの方が多いかもしれない。

 

働かせる理由だってこじつけ感満載だ。いたところでどうにかなるのかも曖昧だ。その上、自分らのせいでスバルに向けられるヘイトが原作以上に爆上がりしている今。今のところ、そのヘイトを散らす方法が皆無ときた。

 

ちょっと考えただけで分かる、事態の悲惨さ。そんな中心にスバルを置いて、どうにかなるのだろうか。どうにかするしかないから、こうして頑張っているのだが。

 

もし、他にも選択肢があるのなら。無理に屋敷に住まわせずに、スバルが人間関係を築ける方法があるのなら。

 

 それなら、

 

 

「それはそれで………アリなのか?」

 

 

 一旦、様子見程度になら。

 

考えてみると、なくはない話なのではないかとハヤトは思う。

 

スバルをロズワール邸の使用人ではなくアーラム村の住民として扱い、自分の手の届く範囲に置かせるのも、一つの選択肢として視野に入れても良いのではないか。

 

少なくとも、屋敷にいるよりは安全だ。スバル的にはどうかは知らないが、屋敷の住民的には気が静まってくれる———はずだと信じたい。

 

 

「だがしかし……」

 

 

 ーーそれで、どうやって馴染ませる?

 

 

 結局、問題はそこだ。

 

仮に、屋敷に住まわずアーラム村の住民として、スバルがエミリア陣営に属することになったとしよう。近くの村に住む新入りとして、これからの物語に関わっていくとしよう。

 

そこからどうする。どうやって彼女が自分らに馴染める。ただでさえ毛嫌いされているのに、屋敷にいなければ———。

 

 

 ーーいや、それが間違ってんのかもな

 

 

一度、考えを止め、ハヤトは自分の思考回路を真っ向から疑う。これまで、一度たりとも疑ってこなかった自分という意志を、疑う。

 

自分の考えが本当に正しいのか己に問い(ただ)し、もっと柔軟に考えるべきだと叱咤した。

 

そもそも、前提条件が間違っているのではないか。土台となっていた考え自体、見直すべきなのではないか。

 

なにも、屋敷に住むことだけが全てではないはすだ。そうしなければ、スバルが馴染めないだなんて決まったわけでもないだろう。第一、屋敷に住んだところで馴染めるとも決まっていないし。

 

殺意を宿されるほどのヘイトを受けている時点で、もはや、普通の方法でスバルが屋敷に馴染むことなど不可能なのだから。

 

劇的。劇的な出来事がなければ。

 

 

「確かに、そっちの方がいいかもしれねぇ……のか?」

 

 

考えがまとまるにつれて、自分の考えが自分によってどんどん否定されていくハヤトが、難しい顔をしながら小首を傾げる。額に当てていた手が顔の輪郭をなぞりながら落ち、顎に添えられた。

 

当たり前だ。前提が覆され、それまでに自分の中で想像していた筋書きが崩れたのだから。こうしよう、こうしたい——そう思っていたことが、見事に崩壊している。

 

 

「ハヤト君の話はつまり、彼女に衣食住が安定した生活を提供することができればそれで良い、ということなのだろぅ? 身の安全を確保してやりたい、と」

 

「そうだな」

 

「なら、向こうに住まわせるのが、この場では英断じゃーぁないのかい?」

 

 

いつもの口調が戻ってきたロズワールに問われるが、ハヤトは「んー」と唸るばかり。こちらを見る視線は無視して、眉間に皺を寄せ、腕を組みながら斜め下に視線を落とす。 

 

英断と言うところから察するに、ロズワールもスバルの置かれた状況を理解しているらしい。先程はベアトリス関連で揶揄ってくれたが、揉め事は避けたい意思が薄く伝わってきた。

 

 

「英断、か」

 

 

どっちが正しくて、どっちが正しくないのか。スバルを屋敷に住まわせるべきなのか、村に住まわせるべきなのか。

 

それが分からない以上、自分の決めたことが正しいと信じてこの場に立ってしまったハヤトには、英断と言われても素直に頷けない部分があった。

 

どちらを選んでも、結局は結果論な気がする。終わり良ければ全て良し、とは言わないにしろ、最終的に良い形で幕が閉じれば「良かったな」と言えてしまう気がする。

 

正解、不正解がない問題。『答え』はあれど、それが正しいかは最後の形で決まる。

 

 それなら、

 

 

「……お前の提案に乗った方がいいのかもな。屋敷(ここ)にいるよりは、安全そうだしよ」

 

 

基本的に、自分の意見は絶対に曲げないタイプだとハヤトは自負している。しかし、今回だけは曲げた方がいいのかもしれない。たった一言で前提を覆されて、変に納得してしまったのだから。

 

スバルは村にいた方がいい——そう思った途端、自分の中で作り上げたものに罅が入り、形作っていたそれがバラバラに崩れ、

 

 

「なら、そうするか」

 

「決まりだねぇ」

 

 

 提案を、受け入れた。

 

顔を上げ、ロズワールと目を合わせたハヤト。若干表情が曇りながらも彼は前提条件を変え、ロズワールがその臨機応変な対応にどこか満足げに頷く。

 

一瞬、道化の釣り上がった口角には気づかないハヤトだった。

 

そんな些細な変化が視野に入るほど、今の彼に余裕はない。彼は今、スバルは村にいた方が安全だと己に言い聞かせて、自分の選択を信じようとしているところだ。

 

彼女が村に住んで、村の住民から信頼を得ることができれば、ロズワール邸の住民に宿る警戒心を解くことだってできるかもしれない。この人は良い人だと、そう思われるかもしれない。

 

それに、村にいれば生命的な意味合いでの安全も確保できそうだ。レムやベアトリスが人前で人を殺す残虐な性格を持ち合わせているのなら話は別だが、そういうわけでもない。だから安全。

 

そんな、稚拙で単純な希望的観測で頭の中を埋め尽くし、自分を無理やり納得させる。

 

どちらを選択するにしろ、ボロい吊り橋を目隠しを付けて渡るようなもの。それも、命綱無しで。一歩でも踏み外せば、奈落の底に真っ逆さま。

 

ならば、自分が命綱になり、その希望的観測を信じて進むしかない。元より決められた道から外れた展開に進んでいるのだから、全く違う展開になることだってあるのだと。

 

そうなっても、必ず良い方向に進ませるのだと。

 

 

「んでもよ、アーラム村に住まわせる、つったって村のやつらにはなんて言う? どうやって受け入れさせる? つか、村のどこに住ませんだよ」

 

 

自分を納得させるハヤトが、スバルをアーラム村に住まわせる上での壁を立て続けに語る。腕を組んだ体勢はそのまま、表情から曇り模様を消しながら小首を傾げた。

 

そうだと決めたら一直線な性格が良い方向に働き、あれだけ拘っていた考えから簡単に切り替えたハヤト。真反対な親友ならば、あと三十分は決断に渋っていたであろう状況を突破した彼は、今後の展開を頭の中で考え始める。

 

その彼に、ロズワールは「別に、心配するこーぉとじゃないだろう?」と両手を横に広げて戯けると、

 

 

「ハヤト君の客人ともなれば、彼らは快く迎え入れるはずだと思うけどねぇ。なんせ、ハヤト君の客人なんだし」

 

「俺の客人……それだけで受け入れられるか?」

 

「現に我々は受け入れた。少々、渋々だったのは否定しないがね」

 

 

「けぇど」と、ロズワールは広げた両手をハヤトに向け、

 

 

「アーラム村となれば話は別。あの村は温厚な人間しかいない、実に平和ボケした村だからねぇ。外部から来た人間であろうとも、喜んで受け入れるだろう。事実、ハヤト君とテン君もそうであったはずだ」

 

 

「違うかい?」とロズワールに聞かれると、ハヤトは「いや、違わねぇな」と首を横に振った。振りながら思い出すのは、自分とテンが初めてアーラム村に行った日のこと。

 

あの時は、二人とも大変だった。村に入るなりテンが村長に尻を触られたり。外で遊んでいる子どもたちにハヤトが突撃されたり。初対面とは思えない対応をされたものだ。

 

色々とあって、子どもたちにジャイアントスイングをした記憶もあるそれ。思い出すと少しだけ懐かしく思えて、ハヤトは静かに「ふっ」と笑い、

 

 

「確かに、あいつらは出会ったばかりの俺らに対して友好的だったな。誰一人として壁を感じねぇ接し方されて嬉しかったぜ。……テンは、そうでもなかったらしいが」

 

「流石、真反対」

 

「いつものことだ」

 

 

皮肉な言い方には反応せず、ハヤトは適当に鼻で笑うふりをして苦笑。自分らが、対極に位置する存在であることがエミリア陣営で一般化されて、ちょっとだけ思うところがあった。

 

けれど、深く突っ込むことはしないハヤト。そんな彼にロズワールは「それに」と、伸ばした両手を引っ込めて膝掛けに乗せると、

 

 

「あの村の住民たちと、カンザキ・ハヤト。二つの結びつきが固いことなーぁんて知れたこと。自分がどれほど住民から信頼され、慕われ、尊敬されているか、君自身が一番理解しているはずだ」

 

「改めて言われると、ちょっと照れ(くせ)ぇんだが」

 

「でぇも、事実だろう? こう言ってはあれだけーぇどね。彼らから向けられる好感度が高いのは、どちらかと言えばテン君よりもハヤト君の方だし」

 

「否定はしねぇ。テン(アイツ)も、それはよく分かってる」

 

 

誰にでも優しく、友好的であり。聞き上手であると同時に話し上手で、老若男女の誰もが絡みやすいと思う明るい雰囲気を纏うハヤト。そんな男とは対照的なテン。

 

どちらが住民から好かれているかなど、考えるまでもない。二人が同時に村に出向いたとき、人が集まるのは圧倒的にハヤトの方だ。集まるのは子どもたちと、その保護者が多い。

 

決して、テンが嫌われているというわけではない。彼も彼でちゃんと好かれてはいる。いるが、ハヤトと比較されると残念な結果になるというだけの話。尚、テン自身は全く気にしていない模様。

 

つまり、ハヤトはアーラム村の住民とは家族同然の関係だということ。

 

 

「更に付け加えちゃうと、過去に一度、君はテン君と共に魔獣の脅威から村を救っている。村だけでなく、住民の命すらもね。言わば、君たちは村人のために命を張った、アーラム村の恩人のようなもの」

 

「恩人は大袈裟だろ。村に入ってきた犬っころを片付けただけだぜ? つか、命が危険な村人を救うのは当然の話だろ。心情的にも立場的にも」

 

「その『当然』が、彼らにとっては救いだったんだよ。力を持たないただの一般人からすれば、君が犬っころと語ったウルガルムですら、命を脅かす脅威になり得るかーぁら。群れとなれば、尚更」

 

 

淡々とハヤトたちの功績を語り、ロズワールは誇らしそうに笑みを浮かべながら「君、一つの村を救った自覚ある?」と言葉を付け足す。しかし、救った自覚のないハヤトからの反応は薄い。

 

流れ的にそのような形に収まっていたとしても、彼としては単に住民の命を守っただけに過ぎない。強き者が弱き者を守る——それが当たり前だとする彼に、村を救った記憶などなかった。

 

 

「そんな存在の客人ともなれば、対応は手厚いと考えるのが当然のことだーぁと思うけぇど? その辺、君はどう思う?」

 

 

ハヤトに自覚があるか否かはともかく、ロズワールはスバルが村に受け入れられる理由を連ね終える。ハヤトという名が持つ力の強さ、その程度をこれでもかと語り、疑問を投げかけて口を閉じた。

 

投げかけられても困るハヤト。アーラム村の人たちの温かさにたくさん触れてきた彼は、今の説明であらかた納得したらしい。

 

「どう思うも、なにもねぇよ」と、

 

 

「その通りだな。多分、大丈夫だろ。スバルくらい受け入れてくれる」

 

 

 自信満々に言い切った。

 

自分の頼みならば——と傲慢な思いを抱く以前に、あの村の住民は優しいことをハヤトは知っている。森で拾われた意味の分からない青年二人にも、初っ端からあの馴れ馴れしい対応だったのだから。

 

スバルもそれと同じ。その上、村を救ったとされているハヤトの客人ともなれば、受け入れは確定したようなものだろう。信頼につけ込むようで申し訳なさを感じるが、なりふり構っている余裕などない。

 

 となると次の問題は、

 

 

「住む家は? どこで衣食住を安定した生活を送らせんだ?」

 

 

一つの壁が破壊されると、次の壁に焦点を当てたハヤト。提案したのはお前だから、それも考慮しているんだろうな。そう言いたげに彼は疑問をぶつけた。

 

屋敷に住まない以上、立ちはだかる壁。空き家がいくつかあったのは覚えているが、そこに住ませていいのかどうか。そうじゃない場合、誰かの家に居候させるべきか。

 

住居どうするよ問題。その選択肢を二つほど頭の中に用意したハヤト。どちらを口にしてくるか予想する彼に、ロズワールは「それなんだけどねぇ」と肘掛けに頬杖をつき、

 

 

「その問題、ハヤト君に丸投げしちゃう」

 

「は?」

 

 

思わずと言った具合で唖然の声を溢し、ハヤトは口が半開きになる。浮かべた選択肢のどちらでもなかった返答をされて、初めと同じ反応に戻ってきた。

 

しかしそれも数秒のこと。スバルを住まわせてやりたいと無理を言っているのは自分だと思い出すと、彼は「あー、ま、そうだよな」と手の平と拳を合わせて、

 

 

「任せとけ。なんとかする」

 

「その仕草をされながら言われると、暴力で従わせる、っぽく聞こえるけど」

 

(ちげ)ぇよ。気合いを入れるための仕草だ。何回も見てきてるだろ、お前」

 

 

格闘キャラが絶対にしてそうなポーズ——抱拳礼に近しいそれを見せるハヤトが歯を見せて笑う。彼がそれをするのは大抵が戦闘前だから、これから戦いに行くのかとロズワールは思った。

 

そうでなくても、彼が気合いを入れて臨むということは、それなりに厄介事ということに違いない。そうであっても、屈することなく立ち向かっていく姿勢にはいつも驚かされる。

 

 

「んじゃスバルは、まずは屋敷じゃなくてアーラム村に住む、ってことでいいか?」

 

「構わない。スバル君の意思が全く反映されてないことが気がかりだが、その方向で話を進めるとしよう。住居の件、君に任せたよぉ」

 

「おう」

 

 

話をまとめたハヤトが、残った問題の解決を一任してきたロズワールに頷く。やっと頼もしい表情に戻ってくれた彼の頷きを受け取ると、ロズワールもまた「うんっ」と笑みを浮かべて頷き返した。

 

スバルはロズワール邸ではなくアーラム村に滞在。一旦は、これで決定だ。とりあえず様子見程度に屋敷の近くに置いておく。

 

当初の予定とは大きく逸れる形で話が着地してしまったが、なんとかなるだろう。否、なんとかするのだ。

 

 

「——君たちも、それなら、多少なりとも落ち着けるだろう?」

 

 

そんなことを考えていると、ロズワールの口からよく分からない発言が飛び出す。明らかに、ハヤトにかけた言葉ではないそれは、この場にいない第三者にかけた言葉だ。

 

不意なそれにハヤトが「は?」と本日三度目の唖然の声を溢すと、彼はロズワールが自分を見ていないことに気づく。絡んでいた視線が、今はハヤトの一方的なものになっている。

 

ロズワールが見ているのは自分の後方——視線を辿るように振り返ると、そこには閉じられていたはずの扉が開かれており、

 

 

「……なんだ。お前ら、聞いてやがったのか」

 

 

開かれた扉から姿を見せたのは青髪と桃髪の双子姉妹、レムとラム。厨房で仕事をしていると勝手に想像していた二人だった。

 

盗み聞きしていたことがバレていた二人は、ロズワールからの手招きに応じ、お仕事モードの澄まし顔に罪の意識を浮かばせながら入室。

 

 そして、もう一人。

 

 

「あ? ベアトリスじゃねぇか」

 

 

レムとラムに続き、ベアトリスがつかつか歩きながら部屋に入ってきた。その澄まし顔は見慣れたもので、罪の意識など一欠片もないそれを見せながらハヤトの左側に並ぶ。

 

どうやら、盗み聞きをしていたのは三人らしい。これ以上の入室はないのか、丁寧に扉を閉めたレムと、ロズワールに一直線のラムの二人がハヤトの右側に並んだ。

 

それから、双子姉妹は揃った動作で腰を降り、頭を下げ、

 

 

「二度の過ちをお許しください、ロズワール様。弁解の意志はありません。処罰は如何様にも」

 

「なんなりと、お申し付けくださいませ。妹共々、覚悟はできております」

 

 

なによりも先に盗み聞きしていたことの謝罪を口にし、態度にする。過去に一度、ベアトリスとロズワールの会話を盗み聞きした覚えのある二人は潔く、なにを言われても従う覚悟を見せた。

 

同じ光景を見た覚えのあるロズワール。「別に謝ることじゃねぇだろ?」と謝罪する二人を味方するハヤトを横目に、彼は二人とは反対にいるベアトリスに視線を送ると、

 

 

「ベティーは別に罰を受ける気も、この二人に受けさせる気もないかしら」

 

「ほぅ……。君がハヤト君以外の味方をするとは珍しい。なにか、心変わりでもあったのかーぁな?」

 

「冗談は口と顔だけにするかしら。——罰を受ける道理がない。ただそれだけなのよ。元を辿れば、この原因は全てこの男にあるかしら」

 

 

肘でハヤトの脇腹を小突き、反応してこちらを見てくる男に「お前、自分がやってること分かってるかしら」と嫌味を放つベアトリス。盗み聞きの原因をハヤトに(なす)りつけ、彼女は表情を顰めた。

 

そんな彼女を見るロズワールの眉毛が、驚いたと言わんばかりに跳ねる。勿論、下げた頭を決して上げようとしない二人を、彼女が庇おうとしたことに関して。

 

短いけれど面白いものが見れた。そんな風に「ふっ」と口の中で笑声を弾き、ロズワールは「いや」と続けて、

 

 

「これは君たちにも深ぁーく関係することだし、いずれ聞かれることだーぁったから、別に構わない。私自身、君たちの存在に気づいていながら、止めなかったのがその証拠。咎めるこーぉとはしないよぉ」

 

「ありがとうございます、ロズワール様」

「寛大なご処置に、感謝の言葉もありません」

 

 

誠心誠意、謝罪の意を示した二人が背筋を伸ばしながら頭を上げる。その二人にハヤトが「気にすんなって」と軽く笑うと、彼女たちは揃って睨むように横目で視線を突き刺した。

 

誰のせいでこうなったと思っている。そんな言葉がひしひしと伝わるそれを受けるも、しかしハヤトは動じない。というよりも気づいていない。

 

友人二人の視線が右から左にかけて体を通過する中、彼は「聞いてるかしら」と肘でちくちく小突いてくるベアトリスの頭に手を添えて、

 

 

「んで? なんでお前らは、盗み聞きなんてしてたんだ?」

 

「待つかしら。なんでベティーの頭に手を置くかしら」

 

「なんとなく」

 

「なんとなく……?」

 

 

真顔で言われた、意味不明な理由にベアトリスの思考が停止。ポンと音を立てて置かれた瞬間にはっとして肘の動きが止まると、嫌いじゃない感覚にその手をゆっくり下ろした。

 

頭のてっぺんから足先にかけて、ハヤトの温もりが浸透していく不思議な感覚。いつの間にか振り払うことができなくなったそれを感じると、彼女はいつも言葉に詰まってしまう。

 

以降、徐々に頬が緩んでくるベアトリスを横目にしながら、ラムは一度だけ咳払いをして気持ちを整えると、

 

 

「ラムは、脳筋がロズワール様にご無礼を働かないか監視に。働いた場合、ラム直々に手を下していたわ」

 

「レムは、ハヤト君がロズワール様にあの客様(あの女)の処遇について直談判されると、姉様から聞かされたので」

 

「………ぁ。た、たまたま……そう、たまたま通りかかっただけなのよ!」

 

 

淡々とロズワール至上主義を語ったラム。心の声と口から出た声が見事にひっくり返ったレム。自分の番だと気づき、慌てて取ってつけたような理由を述べたベアトリス。

 

 

「監視と、あの女と、たまたま。ねぇ」

 

 

全く統一性がない理由を受け、一つ一つを確認するロズワールが鼻を鳴らして失笑。

 

指摘されたレムが「失言でした」と訂正する声を耳にしながら、三人全員が私情のみで動いていたことを知り、不覚にも面白みを感じていた。

 

添えた手で、あわあわするベアトリスの頭を撫でるハヤトも同じだ。今、嫉妬に燃える彼女の心を密かに宥めているとは誰も知らない場で、彼は「そうか」と小さく笑い、

 

 

「まぁ、そうなるのが当然だよな。俺の客人、つーことでいさせてるやつが今後どうなるのか、お前ら三人は特に気にしてそうだし」

 

「そうねぇ。なにせ、屋敷に連れてきたハヤト君の我儘を受け入れたわけじゃなーぁいし。仮に、スバル君が屋敷に住むとなれば色々と忙しくなりそうだし」

 

 

そんな人間の処遇が決まる話が、現在進行形で行われている。そうだと知っていながら無視できるわけがない。反対派の三人ならば特に。スバルへのヘイトが高まる二人なら尚更。仕方のないこと。

 

そう考え、話し合いをしていた二人は盗み聞きの理解を深めた。それに、それはそれで好都合。

 

屋敷の誰もがなにも知らない状態で、スバルにこの話を持ち出すよりはマシ。初めから反対派の意見を聞いた上で、話を持ち出す方がスムーズな話し合いができるはずだ。

 

 

「それで? 三人に異論はあるかい? 私がスバル君をアーラム村に住まわせる提案をした部分から聞いていたのだから、凡その話の流れは掴めているのだろう?」

 

 

結構前から聞かれていた事実にハヤトが「そんなに前から聞いてたのかよ」と薄く驚くが、先ほどまで部屋の外で聞き耳を立てていた三人の耳には届いていない。

 

執務机に両肘をついて手を組んだロズワール。そのオッドアイに心を覗き込まれる三人は、一瞬、誰から話すか決めるように視線を合わせると、

 

 

「異論はありません。ロズワール様のご決断に従うのがラムです」

 

「異論がないわけではないです。ですが……レムがなにを言っても、ハヤト君は自分の意志を折る人ではないですから」

 

「異論しかないかしら。まぁ、この男がどうしても、って言うなら目を瞑ってやってもいいのよ。屋敷に居られたら堪まったもんじゃないけど、それなら許してやるかしら」

 

 

三人中二人が己の意志を折る形ではあったものの、ロズワールが提案した妥協案を受け入れてくれた。冷え切った声のレムも、嫌々感が隠しきれていないベアトリスも、許してくれた。

 

自然、「ほっ」と安堵の一息が出るハヤト。極小の音だったため、その音を拾われることはない。が、雰囲気的に気の緩みを察したベアトリスに腰の辺りを弱い力で叩かれる。

 

どんな意図があるのだろう。考えるハヤトを他所に、ロズワールは「三人の意思は伝わったよ」と手をパチンと合わせて、

 

 

「それじゃ、スバル君の処遇に関してはこんなところで終わりにしよう。君たちは各々の場所に戻ること。盗み聞きをしていたことは不問にするかーぁら。それと……ハヤト君は、ちょこっと残ってねぇ」

 

「なんか用でもあんのか?」

 

「聞きたいことがね」

 

 

自分だけ残るように伝えたロズワールに、ハヤトが疑問符を頭の上に浮かべて小首を傾げる。

 

その後方では、主人に一礼したレムとラムが退出に足を動かしており。彼女らの背中に続くベアトリスがこちらを振り返り、蝶が宿る目を細めていた。違和感を覚えたような、そんな細め方だった。

 

程なくして開いた執務室の扉が閉まり、途中入室した三人の姿が部屋から消える。

 

 

「……んで? なにが聞きたいんだよ」

 

 

薄く聞こえる三人の足音と、遠ざかっていく気配。それらを背に感じながら、ハヤトは両手をポケットの中に突っ込む。特に理由のない動作をしながら、話を促した。

 

しかし、ロズワールからの返答はない。執務机に両肘をついて手を組んだ体勢を変えぬまま、感情のない表情でこちらをじっと見つめている。

 

じっと、視線で縛りつけるように。

 

 

「なんだよ。用があるなら言えよ」

 

 

その光景に異様なものを感じ、ハヤトは僅かに姿勢を低くして構えながら、再び話を促した。しかし、ロズワールは反応する気配を見せない。一ミリも視線を外さぬまま、こちらを見つめているだけだ。

 

途端、執務室というロズワールの世界が明らかに変化していくのをハヤトは察する。世界の主人を中心に広がるように、ものの数秒で変貌を遂げていた。

 

空間に流れる空気が、ひんやりと凍りついていく。全身を包む雰囲気が、異常なまでに冷たい。身も凍ってしまうほどの冷気が、肌を突き刺す錯覚を感じる。

 

 

「ロズワール……?」

 

 

取り囲む雰囲気の変化に勝手に反応した、己の心の中にいる本能という名の獣。眠っていたそれが目を覚まし、地鳴りの如く唸り声を上げているのを聞きながら、ハヤトはその名を呼ぶ。

 

しかし、ロズワールは沈黙を貫いている。依然として、本能的に脅威を感じさせるオッドアイで、こちらをじっと、じっと、見つめている。

 

なにがきっかけで、こうなったのかは分からない。分かるのは、黙っているということ。そして、青と黄の瞳の奥に猛烈なドス黒い感情を宿し——、

 

 

「ーー!」

 

 

 直後。

 

反射的にその場から飛び退き、咄嗟に距離を取るハヤトがポケットから手を出す。軽く構えられたそれは握りしめられており、『臨戦』の二文字が宿っていた。

 

目の前の男の手の届く範囲にいてはならないという指示の下、体が勝手に動いていた。黒い感情を悟った本能が、「やばい」と危険信号を脳に飛ばしていた。

 

 

「なんだよ、ロズワール。なにが言いてぇんだ」

 

 

総毛立つ思いをしながらも動じないハヤトが、睨みを利かせながら警戒を声にする。臨戦のスイッチを入れて雰囲気を変え、緊張の糸を強くピンと張った。

 

しかし、ロズワールは口を開かない。獣が牙を剥き出しにして唸るように威嚇するハヤトを、彼はじっと見つめている。こちらの全てを見透かすような、不快感のある目。

 

睨み合う両者の目。逃げないハヤトが目の圧に対抗して黙り込むと、世界は静寂に満たされた。外から流れ込む鳥の声一つしない、不気味な静寂。

 

 嫌な静寂だ。

 

 

「答えやがれッ!」

 

 

この静寂を嫌うハヤトが叫び、無理やりにでも雰囲気に飲まれないように気を張る。

 

じっと見つめる。ただそれだけでハヤトから警戒心を引っ張り出させたロズワール。長く沈黙していた彼は不意に「ふぅ」と息を吐くと、椅子を軋ませながらゆっくり立ち上がり、

 

 

「君は、ナツキ・スバルの重要性に気づいているのか」

 

 

 どくん。

 

一度、心臓が高く跳ねるハヤト。彼は、「ん?」と喉を低く鳴らしながら眉間に皺を寄せた。物語の核心に迫る発言に動揺し、表情に出さなかったのは百点満点だろう。

 

落ち着いた足取りでこちらに近づくロズワール。その圧に気圧されかけるハヤト。彼は、相手に悟らせないように唾を飲み込み、

 

 

「なんのことだ」

 

「知らないのかい? 本当に?」

 

 

不思議そうに言い、「それはそれは」と、吐息ついでに呟くロズワール。半ば確信めいた風な彼はハヤトとの距離を人一人分にまで詰め、

 

 

「私はね、ハヤト君。君がそこまでしてスバル君に肩入れする理由は、単に優しいからだけではないと思っているんだよ」

 

 

百七十八センチもある長身のハヤトを、上から見下ろしながら、

 

 

「君は、ナツキ・スバルのなにを知っている」

 

 

低く、冷たい声で問いかけた。こちらを睨みながら見上げるハヤトの抵抗を圧で押しつぶし、真意を吐き出させようと視線で縛り上げる。

 

このとき、表情を威嚇に歪めるハヤトは思い出していた。ロズワールという男が、どのような男であるかを。物語において、どんな存在であるかを。

 

同時に、徽章騒動で襲撃してきたエルザの雇い主も思い出す。自分がどうしてロズワールの名前に引っかかっていたのか、その理由がやっと理解(わか)った。

 

 だってこの男は———。

 

 

「なにも知らねぇよ」

 

 

今一度、ロズワールの認識を改めるハヤト。彼は見下ろしてくる道化を最重要警戒人物として心に刻み、のしかかる不可視の重圧を弾き飛ばす勢いで胸を張る。

 

堂々たる佇まい。いつも通りの自分を演じ、否、いつも通りの自分で在りながら、顎をしゃくるように突き出し、

 

 

「逆に、お前はスバルのなにを知ってやがる」

 

 

 半歩、前に出る。

 

人一人分にも満たない距離で、恐ろしく冷たいロズワールの圧に立ち向かった。今、自分はロズワールの黒い部分に触れているのだと知りながらも、仕掛けられた勝負から逃げるつもりはない。

 

押し潰してくるのなら、押し潰し返すまで。圧倒的な存在に詰め寄られても尚、心に荒波の一つも立たないハヤトは「おい、ロズワール」と唸るような声で名を呼び、

 

 

「テメェ、あいつのなにを知ってんだァ?」

 

 

 ——静寂。

 

眼光を鋭く尖らせたハヤトが問いかけた直後、両者の間から言葉が消える。互いにいつでも仕掛けられる至近距離で、真意を探る双眼を睥睨に細めながら根比べが始まった。

 

ここで引くわけにはいかない。引いたら自分がスバルの秘密を知っているとバレる気がして、ハヤトは意地でも一歩も引き下がらない。

 

その睨み合いが、どれほど続いただろう。感覚的には三十秒が経過したところで、ふっと視線を逸らしたロズワールがため息をつき、

 

 

「知らないならそれで構わない。……変なことを聞いて悪かったねぇ。もういい、下がりたまえ」

 

「そうか。ならいいんだがよ」

 

 

視線の拘束が解かれたことによって、身動きが可能になったハヤト。彼が密かに飲んだ息には気づかず、ロズワールは彼の肩をポンと叩いてから背を向けて椅子に戻っていく。

 

これ以上、この場にいるのはまずい。本能の声に従ってハヤトも深追いすることはせず、ロズワールに背を向けて部屋の扉へと歩き出す。

 

 そして、

 

 

「じゃ、またあとでな。——ロズワール」

 

 

 そう言い残して、話し合いの場から去った。

 

 

 






ハヤトとテンが初めてアーラム村に行ったお話は、こちらからどうぞ。気になった方にでも。

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