少しでも望む未来へ   作:ノラン

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約三ヶ月間もほったらかしてすみませんでした。





第一の壁

 

 

 ーーマジで勘弁してくれ、スバル

 

 

それは、「ははは」と微笑みかける裏で苦笑いを浮かべるハヤトの心の声である。今、自分の周囲にいる存在たちに無理していることを見透かされているが、それを隠そうとする男の弱音である。

 

魔獣の群れに真っ向から突っ込んでも物怖じしない彼が弱音を呟く——それがどれほど異常なことか。ハヤト自身、よく分かっていない。というよりも気にする余裕がない。

 

その原因は今現在、彼の笑みが向かう先。勝手に性転換しやがった存在、すなわちナツキ・スバル。

 

 

「けっ。ちょっと横にズレるだけでムキになっちゃって。みんなして拒否しちゃって。アタシ拗ねるよ、もう拗ねちゃうからね」

 

 

席を一つ横にズレることを禁止されただけで、彼女はこの拗ね具合。「あー、傷ついたぁ!」と胸に手を当ててはハヤトのことをチラチラ見ている。触れてくれるのが彼しかいないと思ったのだろう。

 

触れるべきか、触れざるべきか。空席を挟んで横に座るエミリアの反応に困ったような表情を見ると、触れるべきなのだろうと思って、

 

 

「すまないねーぇ。ちょぉーっと事情があって、その位置には座らせられないんだーぁよ。不満があればこの私、ロズワール・L・メイザースの膝下に来るといい。いい眺めだぁーよ」

 

「冗談にしては笑えないわね。……もういいもういい。アタシだって聞き分けられるし、人間諦めが肝心って言うしね。傷ついたアタシの乙女心に合掌でもしといて。……けっ」

 

 

そんな会話が、フォローを入れようとしたハヤトの声を遮る。上座に座るロズワールが膝下を手でぽんぽんと叩き、そんな道化の笑みを気持ち悪がるスバルが引き下がっていた。

 

とても聞き分けが良いようには見られないが、スバル的にはそれで終わったらしい。最後に「けっ」が付け足されるあたり、絶対に根に持っている感満載だ。

 

 

「この埋め合わせは俺がやるからよ。ま、今回は許してくれや、スバル」

 

「だからもういい、って言ってるでしょ」

 

「悪いな」

 

 

一応、適当にフォローしておくハヤト。表情が拗ねてるスバルに謝りながら、彼はそれとなくロズワールに視線を送った。

 

狙ったか、偶然か。スバルの意識を自分に向けてくれたロズワール。フォローしてくれたのか曖昧な長身に目を向けると、黄色の目を閉じてウィンクされた。

 

 

「——配膳、完了いたしました」

 

 

言われた通りエミリアが無言でスバルに合掌。ハヤトが感謝の意を込めてロズワールに唇を小さく吊り上げて笑う。そんなことが一度に行われる中、会話の流れを断ち切ったレムの声が四人の間を横切る。

 

見れば、食卓に朝食の用意が既に整えられていた。スバルを発端として起こった不祥事、その余韻が尾を引く中でも双子メイドは淡々と作業を熟し、たった今それが終わったらしい。

 

表情から感情が抜けたレムとラム。客人を相手にする際に被る仮面の裏で、彼女たちはこの状況でなにを思っているのだろうか。そんな疑問が沸くのを横目に、ハヤトは「おし」と指を鳴らし、

 

 

「んじゃ、飯にすっか。早く食べねぇと冷める。ロズワール。いつもの頼むぜ」

 

「分かったよん」

 

 

「いつもの?」とスバルが小首を傾げるのを見ながら、双子メイドが定位置に戻ったのを見計らい、ロズワールは合掌して瞑目。途端、同じ動作を面々が行うのを見て、スバルも慌てて真似る。

 

 

「木よ、風よ、星よ、母なる大地よ———」

 

 

目を瞑ったロズワールが何事かを呟き始めるのを聞きながら、スバルは一人納得。所謂、故郷で言うところの『いただきます』的なやつだろうと理解し、興味半分で目を半分だけ開けた。

 

エミリアとロズワールは熱心で、双子メイドも手馴れてる感がある。逆にベアトリスとハヤトは適当で、パックはどちらとも言えない。それだけ確認して薄目がバレる前に再び目を閉じる。

 

 

「では、スバル君。好きなものから手を出すといい。レムの料理はこの私が保証しよう」

 

 

閉じてから数秒して聞こえた声に、再び目を開く。

 

故郷のと比べて長いそれを終えると、双子メイドを除いた面々が朝食に手を伸ばしており、いよいよロズワール邸での朝食が始まったのだとスバルも手を伸ばした。

 

ロズワールに見られながら手に取ったのは、なにかしらのトースト。パンらしき物体にハム的な具材とサラダが挟まっているそれ。見た目では洋風な朝食の定番にしか見えないが、味はいかがなものか。

 

一つ、口の中に入れて咀嚼。それから飲み込み、

 

 

「これ……普通以上に美味しい。アタシが食べてきたトーストの中で一番かも」

 

「だろ。レムが作る料理にハズレは()ぇんだ」

 

 

初めてレムの手料理を食べた時の自分の反応と全く同じものを見た気がして、ハヤトが自分のことのように嬉しがる。単純に、友人を褒められて嬉しいからだ。

 

親指を立ててグーサイン。同族を見るような目をするハヤトにスバルは「予想以上よ」と、双子メイドに目を向ける。

 

 瞬間、ハヤトの背筋が凍った。

 

 

「この料理……レムちゃん、でいいんだよね? どっちがレムちゃんなのか分からないけど。レムちゃんが作ったの?」

 

「はい、お客様。当家の食事の大部分は基本、レムが預かっております。人には得意不得意というものがありますので」

 

「青髪の子がレムちゃんなのね。ってことは双子で得意分野が違う感じだ。じゃじゃ、桃髪はそれ以外……あるとすれば掃除のエキスパート的な?」

 

「はい。そうです。姉様は掃除や洗濯を主な仕事として担当しております」

 

 

色のない声で淡々と話すレムと、身振り手振りをするスバルの会話。その会話を耳にするハヤトは今、内心ほっとしている。すごく、ほっとしている。

 

流石のレムも、彼女に対する負感情を態度に出さない程度には落ち着いていられるらしい。先程、テンの定位置に座ろうとしただけで殺す勢いすら感じさせてくれたが、弁えていた。

 

弁えてくれている、の方が正しいかもしれない。今はまだ、爆弾は爆発しない。

 

 

「なるほど。んじゃ、レムりんは姉様の不得意を、姉様はレムりんの不得意をお互いに補ってるんだ。双子姉妹よろしく支え合ってるってこと?」

 

「いえ、レムは基本的に掃除洗濯を含めて家事全般が得意です。姉様より」

 

「姉様の存在意義とは!?」

 

 

肝が冷えっぱなしのハヤトから肩の力が抜ける中、爆弾の着火剤であるスバルが声を大にして驚く。手に持った銀のスプーンを姉様——ラムに向け、ロズワール邸のメイド事情に疑念を抱いた。

 

となると、早朝に剪定をしていたハヤトの立ち位置が気になるところ。疑念の先をラムからハヤトに向けるように、スバルはスプーンの先端をハヤトに向け、

 

 

「ハヤトは? ハヤトはどうなのよ」

 

「俺か? 俺は基本的になんでもやるぜ。レムほどじゃねぇけど、家事全般できるように教育されたからな」

 

「桃髪の存在意義、空気同然じゃね!?」

 

 

ドヤ顔で言い放つハヤトだが、スバルとしてはそれどころではない。桃髪メイドの評価が自分の中でどんどん落ちていくのと反比例して、レムとハヤトの評価がどんどん上がっていく。

 

姉としてそれもいいのかと思うも、当の本人は澄ました顔でこちらを見つめるだけで特に指摘は無し。ひどい言われようをされたにも関わらず、表情一つ乱れていなかった。

 

ラムに教育されておきながら、いつの間にか家事全般はラムよりもできるようになったハヤト。否、できるようにされた彼は「まぁ」と、親指でラムを指差し、

 

 

「あれだよ。適材適所、ってやつ。ラムにはラムの得意があんだよ」

 

「それでもメイドなのに家事ができないとか致命的にも程がある……いや待て、となると武闘派メイドだったり? あるいは、薄い本でよくあるアレか!?」

 

「なにを想像してんのか薄く分かるから言うが、それは違うと思うぞ」

 

 

妄想逞しいスバルが一人で盛り上がり、それを聞いた双子メイドはドン引きの目。明らかに温度が下がった視線を見ると、ハヤトは勝手に興奮するスバルに釘を刺しておく。

 

いつものメンバーではないロズワール邸の食卓。当然、いつもとは違う盛り上がり方を見せる彼らにロズワールは「ふっ」と吐息するように笑い、

 

 

「なーぁんだか新鮮な気分にさせられるねぇ。さながら、ハヤト君達が屋敷に来たばかりの食卓を思わせる光景だ」

 

「ハヤト達が屋敷に来たばかりの食卓?」

 

 

今から約五ヶ月前の話を持ち出したロズワールに疑問符を浮かべるスバル。気になる言い方をしたロズワールは「いや、こっちの話さ」と適当に誤魔化して、

 

 

「レムとラムは他のメイドと比べて個性が強いかぁら、客人には毛嫌いされることが多くてーぇね。その点、スバル君は容赦がない」

 

「主人がそんなんだから気にもならんね。ファンタジーな世界観じゃなにがあってもおかしくないしさ。今のアタシ、なんでもウェルカムよ」

 

「そのウェルカムさが、当時のアイツにもあったらよかったんだがな」

 

 

ロズワールの発言に引っ張られたハヤトの呟きを拾ったのは、彼の隣に座るベアトリスだけだ。ため息と変わらない声量で溢すと、誰に向けたのかも分からない笑みを静かに浮かべる。

 

故に、ハヤトの発言が会話に取り込まれることはない。ちびちびとスープを飲んでいたエミリアが「でも、三人ってすごいのよ」と前置き、会話に混ざったことで、発言の余韻すら掻き消された。

 

 

「この広いお屋敷の管理、ここにいる三人とあと一人の四人で全部やってるんだもん。すごいでしょ」

 

「なんでエミリアちゃんが誇らしげなの? つか、あと一人って誰よ。もしかして、それもテンってヤツ?」

 

 

 ——ぞくり。

 

スバルがテンの名を言った瞬間、ハヤトの本能が震え上がった。心の中に棲みつく本能という名の獣、普段は寝ているそれの体毛が総毛立ち、条件反射に近い勢いで飛び起きる。

 

足元から戦慄が駆け上がるこの感覚、考えるまでもない。ついさっき感じたばかりなのだから。

 

隣のベアトリスも察知したらしく、ハヤトの足を爪先でつんつんと突いている。テーブルの下、誰からも見られない場所で、地雷が大爆発しそうだと警告している。

 

 

「そうよ。テンとハヤトとレムとラム。この四人だけで回してるの。前はレムとラムの二人しかいなかったけど、二人が来てからはね」

 

「ほぉ。んでも、このどデカい屋敷を四人だけで回すって、まともな考えとは思えないんだけど。この世界の雇用形態ってかなりブラックね。働きすぎて過労死すんぞ」

 

「そう思うでしょ。でも、そうでもないの。ちゃんと決められた分は一日で終わらせるし、休憩する余裕まであるんだから。だから、すごいでしょ、って言ったの」

 

 

呑気に会話する二人。初対面に対してはどこか消極的な態度をしがちなエミリアがお喋りなのは違和感に覚える——そんな思考など一瞬で消し飛ばされるハヤトだ。

 

唸り声を上げる本能()の元凶、レム。真顔ながらに凄まじい覇気が漏れ出している彼女に、どうしたらよいのやら困り果てている。

 

レムにとってなにが地雷であるか、よく分かった。スバル自身も地雷であるとは思うけれど、一番はテンだろう。スバルがソラノ・テンという存在に触れること、それこそが特大の地雷。

 

スバルがテンを『ヤツ』呼ばわりしたのが、お気に召さなかったのだろう。ハヤト的には敏感すぎると思うそれでも、レム的には余裕でデッドラインを踏み越えたらしい。

 

 

 ーーやばい

 

 ーーやばいかしら

 

 

ハヤトとベアトリス。心の声が重なる二人はレムの背後に燃え上がる黒い炎を幻視した。血のようにドス黒い炎が燃え上がり、燃え上がり———、

 

 

「はぁい、そこまで」

 

 

 乾いた音が、全員の鼓膜を強く叩く。

 

その直後、ふっと息を吹きかけられたように黒い炎が四散するのを二人は見た。実際に見たと感じたのは、レムの体から力が抜けたのが分かったからだろう。

 

音の正体はロズワール。両手を強く叩き合わせ、場の雰囲気を強制的に切り替えている。事実、談笑していたスバルとエミリアの声は止まり、レムの覇気が和らいでいた。

 

黙って成り行きを眺めていたラムとパックが密かに安堵するのを他所に、全員の視線を集めたロズワールは「ふむ」と一息つき、

 

 

「お喋りはそこまでにして、そろそろ本題に移ろうと思うのだが」

 

 

「いいかい?」とスバルに視線を向けてから、次にハヤトに移す。その二人だけに視線を送った意味に気づかないハヤトではなかった。口調まで整えられたのなら尚更。

 

冗談を許さない、真剣な眼差しで問うてくるロズワール。手を叩いただけで場の空気を整えた彼に、ハヤトはしばし沈黙。

 

一度だけ深呼吸。心を整え、その眼差しを一直線に見つめ返すと「いいぜ」と頷く。潔い反応を受けたロズワールもまた「うんっ」と頷き、

 

 

「色々と聞きたいことはあるんだーぁけど、まずは一つ」

 

 

静寂の食卓。数秒前まで談笑が行われていたとは思えない雰囲気の中、人差し指を立てたロズワールは緊張した空気を更に緊張させるように言った。

 

 

「——ハヤト君。君はスバル君と、どういった関係なんだい?」

 

 

 第一の壁が、ハヤトの前に立ち塞がる。

 

 

 

 

▲▽▲▽▲▽▲

 

 

 

 

その問いかけを聞いた瞬間、自分を含めた全員の緊張感が高まるのをハヤトは肌で感じ取った。緊張の糸がピンと張られた音を幻聴として聞くほどに、空気が張り詰められていく。

 

当人でない人間がそれなのだから、当人であるハヤトやスバルはそれ以上だろう。雰囲気を変えてきたロズワールに息が詰まる思いを突きつけられ、後者の背筋が無意識に伸びた。

 

逆に、前者であるハヤトは至極落ち着いた様子に見えている。当然だ。覚悟などとっくに決めているのだから。決めた上で、スバルを屋敷に連れ帰ってきたのだから。

 

 

「客人、と言うからには、なにかしらの繋がりがあるんだろう?」

 

「それ、私も気になってた。会った時から初対面って感じしなかったし、お友達じゃないとは聞いたけど……実は知り合いだったりするの?」

 

 

ロズワールに続く形で、エミリアが興味を示した様子で問う。ハヤトとスバルを交互に見る彼女の脳裏に過るのは昨日の出来事、王都で自分たちとスバルが邂逅した瞬間の映像だった。

 

ハヤトの対応や様子からして初対面であることに違いはないのだが、かと言って知り合いではないと言われても違和感に思う。初対面ではないが友達ではない、そんな感じに捉えられる。

 

その意見はラムも同じなようで、この世界の主人公と原作の主人公が邂逅するという、割と重要な場面に遭遇した少女たちは、二人して同じ目をハヤトに向けた。

 

 

「ーーーー」

 

「ーーーー」

 

 

一瞬、目を合わせるハヤトとスバル。しかし目だけで会話が成立するほど関係値が高くはないので、結局は言葉を発することになる。

 

 

「とりあえず、俺から話す。スバル、お前は必要な時だけ喋れ。いいな? 分かったか?」

 

「う、うん。分かった」

 

 

念押しするハヤトの声色に圧にも近しいものを感じて、気圧されるスバルが頷いて黙り込む。それ以外の言葉を選ぶ余裕が与えられなかった。真剣な真顔に「黙れ」と言われた。

 

ひとまず、これで大丈夫なはず。そうだと信じるハヤト。あとは自分が余計な事を言わなければなんとかなる、と彼は自分を鼓舞すると、この場にいる全員の顔を一瞥して、

 

 

「スバルは俺と生まれた場所が同じ。所謂、同郷ってやつでよ」

 

 

 一の壁を、破壊しにかかった。

 

その途端、ここにある全ての意識が自分に向けられたことをハヤトは感じる。ずっと気になっていたことの答え合わせに、場にいる全員の視線が自分という一点に集中したのだ。

 

当然の反応と言える。ハヤトはこの屋敷に住む人間にとってもはや家族同然の存在で、そんな存在が突然連れてきた少女とどういった関係なのか——気にならない方がおかしい。

 

 

「同郷……出身が同じだと言いたいわけ?」

 

「おうよ」

 

「その証拠は?」

 

 

連続して問いかけたのはラム。客人であるスバルがいる中でも砕けた言葉遣いをしているのは、質問の対象にスバルが含まれていないからだ。

 

そう言われると困るハヤト。初っ端から痛いところを突いてくるラムに彼は「んー」と喉を低く鳴らして答える時間を稼ぐと、

 

 

「ラム、エミリア。お前ら昨日、スバルが『日本』って言葉を俺に言ってたの、覚えてっか?」

 

「覚えてるわよ。聞いたことがない言葉だったから変なの、って思ってた」

 

 

即答するエミリアの言葉を聞きながら、その単語を初めて聞く者たちが頭の中で反芻する。ハヤトの口から出た単語の意味を理解しようとして、ある一人を除いて誰も理解できない。

 

理解はできないが、話の流れからして予想はできる。昨日の記憶、厳密にはその単語を聞いた時の記憶を細かく振り返るラムが「あぁ」と何かに気付いた声を溢すと、

 

 

「確か脳筋、あのときお客様に、そこは俺の生まれた国だ、って言ってたわよね」

 

「よく覚えてんな」

 

「誰に言ってるのよ」

 

「だよな」

 

 

舐めるなとでも言いたげなラムに笑いかけ、ハヤトは少女二人の記憶力に感謝。日本という名を出したエミリア、的確に必要な記憶を漁ったラム。やはり屋敷の人間は頼りになる。

 

これで綺麗に忘れられていたら、早くも躓くところだった。そうなったらそうなったで対応するが、なるべく簡単に話を終わらせたいのがハヤトのリアルな心情なのだ。

 

 

「つまり、それが自分とスバル君が同郷である証拠だと言いたいのかい?」

 

「そうだが?」

 

 

本当はそれ以外にも証拠はあるが、言っても通じなさそうだからハヤトは言い切る。

 

仮にこれがダメなら他のを提示しようと打開策を練りながら話を進める彼に対し、ロズワールは目を細めながらテーブルに両肘を立てて手を組み、

 

 

「君が彼女をここに連れてくるために、咄嗟についた嘘かもしれないと私は思っちゃうけぇど? 客人だと言い切るための口実作り、とかぁ?」

 

「俺がそんな面倒くせぇことできると思うか?」

 

「思えないねぇ」

 

 

即落ち二コマが如くぶっ壊された疑問に、ロズワールが思わず失笑。疑問を投げかけた本人に破壊させてしまったのだから、ハヤトが放った言葉の威力は絶大だった。

 

他の面々も同意見らしく、ベアトリスがやれやれと首を横に振り、双子メイドが口に手を添えて微笑を隠し、エミリアとパックは隠すこともなく笑う。

 

スバルは「あ、やっぱりそんな感じなんだ」とハヤトの性格を徐々に理解しつつある様子だ。

 

自分を取り囲む視線の反応を一度にたくさん受けるハヤト。これだと自分がエミリア陣営のバカ担当だと思われかねない事態に、少しだけ思うところはあるも、

 

 

「俺がそんな器用なことできるように見えるなら、そう言ってくれて構わないぞ。言っとくが、あん時の俺はエルザとの死闘を終えた直後だからな。ぶっ倒れそうなくらい疲れてる中での、その会話だからな。回る頭も回らねぇっつーの」

 

「はいはい。分かってる分かってる。そんなに言わなくても分かるから。誰も信用しないだなんて言ってないじゃない」

 

 

自分がどれだけ極限状態だったのか、事細かく熱心に伝えるハヤトの子どもっぽい言い分を聞いて、口を開いたのはエミリア。

 

若干、前屈みになるハヤトの意見を肯定しながら、くすくすと可愛らしく笑っている。その笑みに相手を馬鹿にするような意思は宿っていない。あるのは一つ、心地の良い温かな感情のみ。

 

 

「そこで、できると思うか、って聞いてくるあたり本当にお前らしいのよ。するとかしないとか以前の問題かしら。このバカ担当」

 

「言ったなコイツ」

 

「あながち、間違ってもないと思うけど。ハヤトって頭を使ってなにかしようとする人じゃにゃいし。良くも悪くも自分に正直だから。バカ担当、いいんじゃない?」

 

「お前も言うか。この精霊どもが」

 

 

黙っていた大精霊一人と一匹のストレートな意見を聞くと、ハヤトは冗談混じりに大精霊どもを睨みつける。大精霊ともなると口も達者になるらしい、おかげでバカ担当が定着しそうだ。

 

バカ担当——新たなニックネームが飛び出た瞬間、ラムの目が人を小馬鹿にする目になったのが分かったハヤト。そんな男を真横にするベアトリスは「ふん」と形のいい鼻を鳴らし、

 

 

「コイツの言う通りかしら。そんな小器用な真似ができるなら、お前に対して真っ向からバカ正直に頭を下げることもなかったのよ」

 

「わーぁかっているとも。私だぁってハヤト君のことを五ヶ月も指導してきたんだーぁからね。彼の性格(こと)はよく理解してるつもりだよ」

 

 

「嘘偽りはないと、ね」と。

 

そう言って言葉を閉じ、ロズワールはこちらを見つめてくるベアトリスを見つめ返す。彼女がなにを思って自分に念押ししたのか、理由が見え見えなだけあって自然な笑みが溢れた。

 

生暖かいそれには取り合わないベアトリス。澄ました顔の内側で嫌そうな顔を浮かべながら、彼女は顔を背ける。背けた先には、話を続けるハヤトの姿があった。

 

 

「俺とスバルが同郷な理由はそんな感じだが、不満のある奴はいるか? あるなら聞くぞ」

 

 

椅子から立ち上がり、一人一人と順番に目を合わせていくハヤト。全員に納得してもらう気概の彼は喧嘩すら吹っかけそうな勢いだが、無用なものであったと数秒後に知る。

 

その行為が終わるまで、不満の声が上がることはなかった。不満の有無を確認する目に首を横に振る者、微笑みかける者など、反応は様々であるが、全員が等しく否定の意を示して終わる。

 

 

「信用してもらえた、ってことでいいんだな?」

 

「さっきエミリア様が仰られたでしょう。信用するもなにも、初めから疑ったつもりなんてないけど。だって脳筋、正真正銘のバカ担当だもの」

 

「お前なぁ……。じゃ、なんで聞いたんだよ。証拠を示せ、って言ったのお前だろ」

 

「必要なことだった。それだけのこと。それが分からないから脳筋はバカ担当なのよ。まぁ、だからこそラムたちは簡単に信じれるのだけれど」

 

 

澱みなくつらつら言い連ねるラムの言い方に突き放されたようなものを感じて、ハヤトは言い返す言葉が口から出てこなかった。それよりも早く、安堵の情が沸いてくる。

 

椅子に座り直し、一息つくハヤト。一仕事終えた感を漂わせ始める彼は、淹れられた紅茶を飲んで落ち着き、

 

 

「んだよ。それならそうと言えよ。余計な力ぁ使っちまったじゃねぇか」

 

「心情的には君の味方をしてあげたいのも山々だけどね、ほいほい信じると君が調子に乗ると思ったんだーぁよ」

 

「乗るか。そこまでバカじゃねぇよ」

 

 

即答し、腕を組むハヤトが拗ねた態度をとる。なんだか遊ばれたような気分になって、頑張った自分がバカバカしく思えてしまったのだ。そんな彼を見る視線は、依然として温かい。

 

この場にいる誰もが、ハヤトの言葉を疑うつもりなど一欠片もない。この屋敷にハヤトを疑う存在など、一人もいない。

 

それだけのものを、ハヤトは自分たちに示し続けてきたから。それだけの関係を、ハヤトは自分たちと築き上げてきたから。

 

 ともあれ、

 

 

「まぁ、なんでもいい。俺がエミリア陣営のバカ担当なのは置いとくとして、とりあえず同郷なことを理解してもらえてよかったよ」

 

「ラムとエミリア様に心から感謝なさい。あの場にラムたちがいなかったら一歩目から躓くところだったわよ」

 

「そうだな。ありがとよ。ラム、エミリア」

 

「いいの。ハヤトってば、すごーく頑張ってるから力になれて良かった」

 

 

素直に感謝を贈るハヤトに、今の一言は癒しすぎた。色々と困難を乗り越えて頑張ろうと決意し、覚悟する心に、じんわりと優しさが染み渡っていく。

 

流石のエミリア。純粋で純白で、真っ直ぐすぎる笑みに女神にも似た何かを彼女に感じてきたハヤトである。

 

反対にラムは「お返し、期待しておくから」と余計な一言を付け足し、役目は終えたとばかりに口を閉じる。

 

それが、無事に第一の壁を突破したことをハヤトに教えていた。その教えは、ハヤトからスバルに伝播して、

 

 

「……てなわけで、無事に俺らが同郷だと分かってもらえたぜ。スバル」

 

「色々と言いたいことはあるけど、とりあえずハヤトがここの人たちから信頼されてるのは分かった。異世界に飛ばされてたった数ヶ月で、よくここまで築けるわね」

 

「簡単ではなかったな」

 

 

巨大な壁を乗り越えることができた確証を得られて、ハヤトの頬が分かりやすく緩む。意図せずに疲労の吐息が口から漏れ、困難続きで疲れすぎないように紅茶を飲んで糖分を摂取した。

 

ラムの辞書に『バカ担当』という新たな煽り文句が追加されたが、安いものだ。一言も言葉を発していないレムが気がかりで仕方ないが、爆発しないだけマシだと思おう。

 

 

「落ち着いてるところで悪いんだけどさ、ちょっと二人……というよりもハヤトに聞きたいことがあってね」

 

 

そんな風に心を整理していると、不意にパックが動く。ベアトリスの手の中で落ち着いていた猫が浮遊し、敢えて全員の視線が交差する中央へ移動。

 

誰も聞き逃すことのない場所に身を置くと、彼は水色の瞳でハヤトの目をじっと見つめ、

 

 

「同郷って聞いてから思ってたんだけどさ。多分これ、気になってるのボクだけじゃないと思うからはっきり言うけど……」

 

 

すっと目を細め、言葉を作るだけの空気を浅く取り込み、

 

 

「ハヤトたちって、どこから来たの?」

 

 

予期していなかった第二の壁が、唐突に襲いかかったことをハヤトに突きつけた。それを受け、知っている者たち以外の興味が、第一の壁から第二の壁へと一気に移り始める。

 

たった一言。されど一言。強烈に興味を引く発言を言ったパックは呑気な顔つきで小首を傾げ、

 

 

「ハヤトたちの出身が……ニホン? って場所なのは分かるけど、ニホンってどこの国? 初めて聞く国の名前だね」

 

「私も気になるねぇ。確かに、聞いたことのない名前だ。ベアトリスは知っているかい?」

 

「知らんのよ。いい機会だし、この際、全部話すかしら」

 

 

耳をぴくぴくさせるパックに続いて、聡明な二人からの追撃が余白なくハヤトに入る。二人と一匹の目には共通して『興味』の二文字が色濃く浮かび上がっており、逃がしてくれそうにない。

 

その反応を真摯に受け止め、そういえばなんの説明もしていなかったなとハヤトは不意にも思い出し、理解した。

 

身元不明な上に森で拾われた怪しすぎる自分と親友——普通ならばあり得ない存在を屋敷に受け入れた日に説明しなければならなかったそれが、このタイミングで降りかかってきたのだと。

 

話の流れで後回しにしていたことが、一番来てほしくない瞬間に、やってきたのだと。

 

 

「私も三人と同じかも。言われてみれば、ちゃんと聞いたこと……ううん、一度も聞いたことない。テンがどこから来たのか、私、なにも知らないもの」

 

 

 ——ふっ、と。レムが薄く笑った。

 

 

「確かにそうですね。話す機会が無かっただけかもしれませんが、そう言われると気になります。脳筋、そこの女と一緒に教えなさい」

 

 

堰き止められた疑問が解放されたような勢いで、どっと押し寄せてくる。どこまで自分に対して関心が高いのか、珍しく「お、おお」とハヤトが押されるほどに圧力があった。

 

畳み掛けてくるそれらを聞きながら、彼はどうしたものかと考えを巡らせる。適当に言って誤魔化せる相手ではないと分かっているが、説明するとなると面倒な予感しかしない。

 

しかし、見渡すハヤトの視界に映る者たちの意識は完全に『ニホン』という発音すら不明で異質な言葉に向いており、話題を逸らすのも無理そうだ。

 

 さて、どうする。

 

 

「ハヤト。ここはアタシに任せな」

 

「は?」

 

「ハヤトに頼りっぱなしじゃ、女が廃るってもんよ。ここは一つ、このアタシが全員を納得させてみせるぜ」

 

 

困り始めたハヤトの顰めっ面を見たのか、あるいは別の理由か。ここまで相槌しか打たず、存在感が空気となりつつあったスバルが初めて声を上げる。

 

ガタンと音を立てながら立ち上がり、右の人差し指を突き上げて謎のポージング。途端、声に釣られる全員から顔を向けられて心臓がきゅってなる現象に苛まれながら、

 

 

「アタシたちは……そうだな」

 

「いや、ちょっとスバル待て」

 

「そう! アタシとハヤトは東のちっさい国から来たんだ! その国の名前が我らが故郷、日本ってわけよ!」

 

 

高らかに言い放った声が、ロズワール邸に木霊する。明らかに静止する声が聞こえたが無視し、全力のキメ顔を全員に向けて光らせた。

 

その直後に訪れるのは沈黙。ただの沈黙ではない、気まずい沈黙というやつだ。勝手に話し出した彼女に呆然とするハヤトを中心に、騒がしかった面々の声がピタリと止み、静まる。

 

 

「……あら?」

 

 

反響するスバルの声のみが存在する食卓。流石のスバルもその空気感には気づく。そして、こちらに向けられる目が、等しく場違いなものを見る目だと分かったときには遅い。

 

額に手を当て、よれよれと首を横に振るハヤト。その行動に、なにかとんでもないことを口走ってしまったのではないかと焦り、けれど変な意地で撤回しようにもできないスバル。

 

結果、キメ顔がぷるぷる震え出す彼女にエミリアは「スバル。あのね」と、気まずそうな声色で、

 

 

ルグニカ(ここ)は大陸図から見て、東の一番端っこの国なの。だから、この国より東なんてないの」

 

「嘘ぉ!?」

 

「スバル、頼むから静かにしてろ」

 

 

ハヤトの危機を救おうと頑張ったスバルが、いっそ清々しいまでの論破で散る。助けるはずがより追い詰める羽目になった挙句、援護したかったハヤトにすら制されるという始末。

 

なるほど、場違いな目をされたのはありえない発言をしたからか。だからなんだ。無様な醜態を晒しただけじゃないか。

 

空回りしやすいとは知っていた。が、ここまで悲惨だとは思いたくなかったハヤト。スバルに対する認識の甘さを反省する彼は、慌てふためく彼女を見ながら椅子を指差し、

 

 

「俺が話すから、スバルは座ってろ。俺のことを助けようとしてくれたのは嬉しいが、気持ちだけ受け取っておく。マジで、これ以上、俺の寿命を減らすんじゃねぇよ。……いいな?」

 

「う、うぃーす」

 

 

反省したのかしてないのか、多分してないスバルは適当な返事をして雑に着席。せめてものフォローを受けたのも不満らしく、ばつが悪そうな表情をしてはもの言いたげに唇が動き回る。

 

狙い澄ました渾身の一撃が空振ったのがかなり悔しかったのだろうか。色々な意味で油断の隙もない彼女に一息つくと、ハヤトは「それでだな」と前置き、

 

 

「俺たちが住んでた国の話だが……。正直なところ、こっちの方が信じてもらえるか怪しいと俺は思ってる」

 

「ラムが言った言葉をもう忘れたの?」

 

「忘れてねぇよ。だが、それでも信じてもらえるか怪しいってことだ。それくらい、お前たちからすれば突飛な話なんだよ。これは」

 

 

刺すようなラムの視線を重く受け止め、ハヤトはそこから先の言葉を紡ごうか迷う。視界に人が映ると思考が鈍るから瞼を閉じて世界を黒く染め、腕を組んで考え始めた。

 

自分はこの世界とは別の世界から来た人——果たして、それを言ってもいいのだろうか。理解してくれるのだろうか。理解できるように説明できるだろうか。

 

この世界の大陸に関する知識がゼロに等しい以上、この世界の特定の場所にあると誤魔化すのも難しい。仮にそれで誤魔化してスバルのような矛盾が生じた場合、フォローが利かないのだ。

 

どうする。どうしたらいい。話すべきか否か。もはや選択肢など二つに一つ。だが、真実を話した先の展開がイメージできない。上手く、話す順序が頭の中で作れない。

 

 

「……ハヤト?」

 

 

様々な不安と懸念が脳裏に浮上し、思考の渦に巻き込まれ始めるハヤト。彼は、その声にはっとして目を開く。いつの間にか俯いていた顔を上げ、声の方向を見やる。

 

エミリアが、心配そうにこちらを見ていた。エミリアだけではない。明らかに様子を一変させた自分を、この場にいる誰もが気にかけている。

 

ベアトリスも、パックも、ロズワールも、エミリアも、ラムも、レムも———。

 

 

「そういや……」

 

 

レムを見た瞬間、ふと思い出したことがあった。

 

彼女は確か、テンに全てを打ち明けられていたはずだ。全てとは、言葉そのままの意味で全てだ。ソラノ・テンという人間が持つ全てを、彼女は完璧に知っている。

 

その中には勿論、テンが自分と同じようにこの世界ではない別の世界から来た人間である、ということも含まれているわけで。当然、レムがそれを忘れているわけもなくて。

 

 

 ーーそれなら、言うべきか?

 

 

心の中で言い、ハヤトは尻込みする自分に問いかける。

 

テンの事となると勘が研ぎ澄まされるレムのことだ。その事実とハヤトを結びつけていないわけがない。薄々、カンザキ・ハヤトもまた異世界人であると勘づいているだろう。

 

 

「ーーーー」

 

 

 レムを見て、視線で問いかける。

 

 

「ーーーー」

 

 

 顎を引いて、レムは頷いた。

 

 それが全てだった。

 

 

「お前らに一つ、聞きたいんだがよ」

 

 

無言の意思疎通に背中を強く押されて、勢いそのままに言葉を紡ぎ始めるハヤト。

 

止まっていた会話が動き出した瞬間、彼は一呼吸分の間も置かずに言葉を続ける。

 

 

「異世界。って言われて、分かるか?」

 

 

 それは、かつてレムがテンに語られた言葉と全く同じものであった。

 

 

 

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