少しでも望む未来へ   作:ノラン

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二章の本番開始までが遠すぎて、徐々に物語の勢いが失速してきてるなぁ。と思いながら文字を綴る指を動かし続ける今この頃。

ナンバリングをしているわけではありませんが、二章が開始してからこのお話で15話目。原作(なろう)の二章15話目というと、一度目の死に戻りが発動したあたり。

そろそろ、私の物語も動かしていきたいですねぇ(願望)




初めての感情

 

 

 ——一度、ナツキ・スバルの扱いについて整理しよう。

 

 

ハヤト達が世界に放り込まれてから約五ヶ月という長い時間が経ち、ようやく開始した原作。地獄という地獄を味わうであろう、悲劇の始まり。

 

その始まりは、決して良いと言えるものではない。ハヤト的に考えても、かなり予想外なものであると言え、波乱の始まりを覚悟とさせられるものだった。

 

そんな始まり——スバルの性転換やらエルザとの激闘やら『死に戻り』やらを越えて始まった次なる波乱も、残念なことに良い状況であるとは言い難い。

 

 

 

「スバルを、この屋敷の使用人として雇ってくれねぇか? そんで、住ませてやってくれねぇか」

 

 

 

そう言ってロズワールに頭を下げたハヤトが立てた目標『スバルを屋敷に置いておく』というものは、開始早々に頓挫しそうな予感が濃厚であった。言葉の簡潔さとは裏腹に、難易度が底知れない。

 

原作においてナツキ・スバルがロズワール邸に住み、エミリア陣営に溶け込めたのは、偏に功績があったから。盗まれた徽章を取り返した事と、エミリアを救った事の二つがあったからこそだ。

 

しかし、その功績はハヤトが全面的に動いたお陰で見事に消えた。徽章騒動、その中でカンザキ・ハヤトという存在がめちゃくちゃに暴れたせいで、スバルの活躍の場が悉く失われてしまった。

 

その結果、今のスバルには『エミリアを助けた恩人』という本来ならば有るべき立場はなく、ロズワール邸での発言力が皆無。彼女がこの場所に居続けることは、かなり難しいのが現状だ。

 

今のところ『ハヤトの客人』という立場を設けているが、その効果は長くは続かないだろう。その上、それだけで屋敷に住むというのは流石に無理がありすぎる。

 

問題は、それだけではない。スバルが屋敷に住むことに反対する者が、少なくとも三人いる。

 

 

 

「ハヤト君は理解(わか)ってません。あの女がどれだけ危険な存在か。ハヤト君……ハヤト君たちは理解(わか)っていない」

 

「正直、あの小娘は好かんのよ。勝手にベティーの空間に入ってきたくせに騒ぎ散らし、マナ徴収の時間を無駄にして、無礼にも程があるかしら。あの小娘の肩を持つお前は、理解に苦しむのよ」

 

「俺は、彼女はこの屋敷に来るべきじゃないと思う」

 

 

 

レムは殺意すら放つ勢いで。ベアトリスは幼くて可愛らしい嫉妬心を抱いて。テンは状況的に推測して。この三人は、スバルが屋敷に住むことに反対した。否、前半二人に関しては猛反対。

 

他の面々は中立派。ラムはロズワールの意思に従う方向性であり、ロズワールはハヤトの意見に苦い表情をして、エミリアはどちらかと言えばハヤトの味方で、パックは静観。

 

それでも、程度の差こそあれど、殆どの人間がハヤトのやろうとしていることに無謀の二文字を感じていることに違いはない。

 

無論、ハヤト自身も例外ではない。彼とてその程度のことくらいは理解できる。

 

 

 

「だって、考えてみろよ。今、彼が屋敷に来たとして溶け込めると思う? 俺とお前の存在がエミリア陣営にとって大きすぎる今、今この瞬間、彼の居場所がこの陣営にあると思う?」

 

「既にエミリア陣営は、一つの個として完成されつつある。(みな)が同じ方向を向き、歩みを進めようとしている。その中に、ナツキ・スバルという存在が入る余地があるとは思えない」

 

 

 

二日前の夜、テンがハヤトに言い放った疑問。

今日の朝、ロズワールがハヤトに突きつけた現実。

 

今のエミリア陣営は二つの存在を中心としてまとまりつつある——果たして、その中にナツキ・スバルという存在は受け入れられるのか、馴染めるのかと。

 

完璧としか言えない程に完成してるグループに単体で突っ込んでいくしかないのが、今のスバル。その彼女をどうにかして自分が所属するグループに入れようとしているのが、今のハヤト。

 

はっきり言って絶望的だ。他校から転校してきた子がクラスに馴染む難易度を遥かに超越している。そういった意味合いでも、スバルが馴染むのは最初の段階で困難を極めていた。

 

 だからこそ、

 

 

 

「一度、彼女をアーラム村に住まわせるというのは、どうだろうか」

 

 

 

だからこそ、ハヤトは話し合いの中でロズワールから提案された事を飲んだ。とりあえずの妥協案としてスバルをアーラム村に移し、身の安全を確保させる方向で話を着地させた。

 

屋敷云々の話はそれから考えればいいし、じっくり話し合えばいい。今すぐに全員を納得させるのは無理だと、ハヤトは嫌と言うほど理解させられたのだ。

 

ロズワールの言葉に納得するしかない状況であったから渋々だったのは否めないが、それが最終的なスバルの扱いである。

 

故に、スバルが屋敷を出るのは、あくまで一時的なものとして話はまとまった。

 

 

「——スバル君、君にはこの屋敷から出て行ってもらおう」

 

「おい、ちょっと待てや」

 

 

まとまったからこそ、ハヤトは脊髄反射に近い反応速度で言葉を挟んだのである。

 

 

 

 

▲▽▲▽▲▽▲

 

 

 

 

「ロズワール。テメェ、言い方ってもんがあんだろ。つか、話とも(ちげ)ぇじゃねぇか」

 

 

そう言い、椅子が倒れる勢いで立ち上がったのはハヤト。ぎょっとして驚き、肩が大きく跳ねて動揺が色濃く浮かび上がるスバルが顔色を変えるのを横目に、ロズワールを睨みつけている。

 

驚きよりも困惑が先走ったハヤト。なぜその言葉が出てくるのか本当に意味が分からない彼に、ロズワールは毅然とした態度は崩さぬまま「あれぇ?」と声だけで戯けると、

 

 

「意味内容としては間違ってないと思うけーぇど?」

 

「大間違いだ、この野郎。ふざけんのも大概にしやがれ。笑えねぇ冗談だぞ」

 

 

相変わらずなロズワールに対し、ハヤトは若干の喧嘩口調だ。敵意の宿る瞳の理由は喧嘩っ早い性格が故か、あるいは別の理由か。いずれにしても、使用人として主人に向けていい目ではない。

 

そのロズワールの突飛な発言を耳にした面々の反応は三様。一つは驚愕。一つは肯定。一つは静観。もはや、誰がどれに当てはまるのかなど細かく説明するまでもないだろう。

 

 

「さっきの話し合い、お前は俺になんつったよ。俺がスバルを屋敷に置いておきたいって話したとき、それに反対したお前は俺にどんな妥協案を出したよ。ええ?」

 

 

獣が唸るような声で威圧しながら、ハヤトは食い気味に噛みつく。目の前の道化に道化をさせないために、ついさっき話し合ったばかりの内容をこの場で叩きつけた。

 

腰掛ける椅子に深く座り、腕を組むロズワール。一瞬にしてスイッチが入ったハヤトを前にした彼は「ふぅむ」とわざとらしく顎に手を当てて悩む素振りを見せ、

 

 

「屋敷は厳しーぃから、アーラム村にスバル君を住まわせる、と言ったところかーぁな」

 

「一度、が抜けてんぞ」

 

 

割り込ませるように言葉を付け足し、強めの声色で断言する。食堂に熱の込められたハヤトの声が反響し、この場の全員に話が食い違っていることを言い聞かせる。

 

異世界の説明を終えた途端にのしかかった疲労。そろそろ頭がパンクしそうな予感を感じつつ、それでも気を張り直す彼は握りしめた右の拳を突き出すと、人差し指をピンと立てながら、

 

 

「一度アーラム村に移す、だ。ひとまず、スバルを屋敷から別の場所に移すだけだ。なのにこの屋敷から永久追放するみてぇな言い方するのは(ちげ)ぇだろ」

 

「実質、そんな感じだと私は思っちゃってるけぇど? 一度は村に移した彼女を再びこの屋敷に連れ戻すつもりだ、とでも言いたいのかい?」

 

「今のところはそう考えてる」

 

 

堂々たる様子で言い放った途端、レムとベアトリスの目がすっと細まる。彼と必要以上の問答をしたから予想できない返答ではないが、本人の口から断言されると反応する部分はあった。

 

あれだけの思いを真摯に受け止めておきながら、それでも頑なに諦めないハヤト。是が非でもスバルを屋敷に置いておきたい態度を見ると、やはりなにかしら特別な理由があるのかと考えてしまう二人だ。

 

 

「この件に関して私の理解だーぁと、単純に衣食住を安定して確保できる場を提供できればそれでいい、ってーぇ感じだぁから必ずしも屋敷に置いておく必要はないと思うのだが……それでも、わざわざ連れ戻すと」

 

「今のところはな」

 

「現状を知っている人間とは思えないほどに突飛な発想だーぁね。君は本当に自分の意見を曲げない男だ。ま、それが君を君たらしめるのかもしれないが」

 

「はっ」

 

 

皮肉めいた言い方には触れず、今更気付いたのかという意味を込めてハヤトは鼻で笑っておく。少しだけイラついた。

 

自分がスバルをどうしたいか、あれほど聞いておきながら分かっていなかったらしい。あるいは、分かっていてわざと意地悪な言い方をして、こちらを困らせようとしているだけかもしれない。

 

人が困る姿を面白がるのがロズワールという道化。鍛錬時、自分たちが悶える姿を見て「あはぁ!」と笑いながら半殺しにしてくるのがロズワールというド鬼畜、ド畜生。

 

そんなド鬼畜生の真意など読めるわけがない。故に、ハヤトは苛立つ。

 

 

「とにかく一度だ、一度。一旦、ひとまず、一時的に、スバルはこの屋敷からアーラム村に移ってもらう。それが最終的な決定だろ。間違えんじゃねぇ。お前が言い出したことじゃ——」

 

「その話、アタシ詳しく聞きたいんだけど!」

 

 

ロズワールの爆弾発言によって前提条件が簡単に覆され、スバルが永久的に屋敷から追放される雰囲気が漂い始める中、その声は唐突に割り込んだ。

 

わざとなのか食い違っているだけなのか、曖昧な発言の撤回を求めるハヤトの抗議の声を押し退けた声の主——問題の人物であるスバルは右手を天高く突き上げ、

 

 

「さっきっから黙って聞いてりゃ、なんかアタシの知らないところで色々と決定してるらしいじゃないの。アタシ、仲間はずれにされすぎていよいよキレそうなんだが? いやもう、キレる通り越して病むね」

 

 

「そこんとこどーなのよ」と、言葉を交わし合う両者に突き上げた手を交互に向ける。この二人の殺伐とした空気の中に突撃していける精神の図太さを発揮し、話の流れを自分に引き寄せた。

 

当たり前だ。この屋敷に来てから一時間と経たないうちに幾度となく感じた疎外感、自分だけ輪の中から外されているようなそれにうんざりしていたのだから。

 

やっとまともに焦点が当てられて、爆弾発言の動揺も忘れて嬉しさすら感じるスバル。そんな彼女に同調する声があった。

 

 

「それ、私も気になる。今のハヤトとロズワールのお話を聞いた感じだと、もう決まってる感じがするんだけど。もしかして、私がスバルと一緒にいる間に?」

 

 

エミリアだ。興味を惹かれる異世界の話題から抜け出した彼女もまた、スバルと同じく話の流れを全く知らない者の一人。

 

食事の手が止まっていたことをスバルに指摘されて思い出したように銀食器を持ち始めたものの、今の一言で再び意識が逸れた。平皿の上に丁寧に置き、聞く姿勢を整えてハヤトに答えを求めている。

 

そのへんの話は勝手に進めていたことを思い出すハヤト。色々と頭から抜け始めた彼は二人の少女に目を向けられて「あー、それなんだけどよ」と、

 

 

「スバル。お前って今、特に行く当てとかねぇんだろ? 昨日、この世界に来たんだし、帰るところとか無いはずだよな?」

 

「ーーーー。あー、確かにそうだわ。うん。無い。今のところアタシ、異世界に飛ばされたてホヤホヤの天衣無縫の無一文。右も左も分からない、帰る家もない、かなり崖っぷちよ」

 

「それ、自信持って言えることじゃないと思うんだけど……」

 

 

気まずそうな態度で確認されて考え、察しよく現状の理解に至ったスバルにエミリアが微妙な表情を浮かべる。実際、それだけ聞くとかなり絶望的、頼る人も術も無いとなれば笑うしかない状況だ。

 

そしてその状況が、ロズワール邸に運ばれて来たばかりのハヤトたちの状況と全く同じであることに気づくと、自ずとハヤトのやりたいことが薄く見えてくる。

 

しかし、エミリアがそれを聞くよりも早くハヤトが「だろうな」と言葉を続けて、

 

 

「俺たちもそうだった。だから、行く当てのないお前をこの屋敷に住まわせてやりたいのが俺の意見なんだよ。俺ぁ、お前みてぇなやつを放っておける(たち)じゃねぇ」

 

「んでも今の話し聞いた感じ、アタシこの屋敷から追い出されるらしいじゃん。そこの男、随分とアタシのことがお嫌いなようだし。アタシがなにしたってのよ」

 

 

現在進行形で色々とやらかしているぞ。とロズワールに指を指すスバルに言いたくなった心を殴り、ハヤトは適当に笑っておく。

 

存在そのものが地雷なスバルの言動は、その一つ一つが問題行為。お陰様で爆弾が何度爆発しかけたことか。冗談抜きで寿命が縮まった。

 

少しは空気の変化を悟ってくれたら良かったのだが、皮肉にもスバルは平常運転。性別が変わっただけで中身はそのままである。

 

端的に言ってクソガキ感のあるスバルに敵意を向けられたロズワール。腕の次は足を適当に組み、悩ましげに低く喉を鳴らすと、

 

 

「ハヤト君と同じよーぉに、私としてもハヤト君の客人であるスバル君のことは丁重にもてなしたい気持ちはあるんだけぇどね。納得いかない者がいるのも事実ってーぇわーぁけ」

 

「たった一日で説得できるほど簡単な事じゃねぇんだ、これはよ。俺個人の意見を押し通すには、ちっとばかし問題が有りすぎんだ。すまねぇな、スバル。これが限界だった」

 

「え!? いやいやいや! ハヤトが頭下げることないって! 今のところハヤトに助けられっぱなしだし、これで頭まで下げられたらアタシの立つ瀬がなくなる!」

 

 

望まない結果になってしまったことを悪く思ったハヤトが目を伏せながら頭を下げ、流石のスバルもそれが誠心誠意であることを悟ったのか、慌てた様子を見せ始める。

 

異世界に来てからまだ一日しか経っていないが、ハヤトがスバルにしてくれたことは大きい。命を救ってくれた上に、その後のことまで考えてくれていたとなれば、その恩の規模は膨れ上がるばかりだ。

 

そんな恩人に頭を下げられている自分。これは、バチが当たりそうな予感しかしない。

 

 

「だから上げて上げて! はい、スタンドアップ! アタシだって恩人に頭を下げさせるほど女として落ちぶれちゃいないし、それよりも周りの目が痛い! ハヤトって実は屋敷の中で上の方にいる人だったりするの!?」

 

 

特に、ベアトリスとか呼ばれていた幼女の目が殺意すら突き刺してきそうな勢い。ハヤトが頭を下げてきた瞬間、そのまま斬撃でも繰り出すのではと思うほどに尖った。

 

明らかに、ハヤトが頭を下げることを良く思っていない。理由は定かではないけれど、それだけは確実だと言える。

 

 

「そうか……。マジで悪いな。なんとかしようとはしたんだがな」

 

「いいってば。んで? アタシはどうなる? その……アーラム村? ってところに行くの?」

 

 

申し訳なさげな顔のまま頭を上げたハヤト。その目に映ったのは小首を傾げるスバル。

 

話の流れから今後の動きを予想した彼女にハヤトは「ああ」と小さく頷き、

 

 

「この屋敷の近くにアーラム村っつー小規模の村があってよ。そこならスバルを置けるんじゃねぇか、って話になったんだ。今のところ屋敷は無理そうだからよ」

 

「つまり、屋敷(ここ)じゃなくてその村にアタシは住むことになると」

 

「そうなる」

 

 

断言したハヤトに「ふーん」と喉を鳴らし、スバルは少しばかり考え込む。言葉を切ったことで会話が一時的に止まり、立ち上がっていたハヤトが椅子に座った。

 

今のやりとりで事の全貌は大体把握したスバルだ。要するに、ハヤトは自分を屋敷に住まわせたいけど反対する人がいるから、別の場所で住む場所を確保する。ということだろう。

 

そんな話、全く知らなかった。自分の知らないところで話し合いが行われていたのだから当然だが、せめて当人の意思を挟める場で行ってほしかった。そのせいで、異論を挟む余地がない。

 

尤も、今の自分が異論を挟める立場であるかどうかと聞かれればぐうの音も出ないけれども。ハヤトに頭を下げられてしまった以上、言いがかりをつけて粘るのも申し訳ない気がする。

 

 

「かなり無理を言ってんのは分かる。だが、これしかねぇんだ。この世界で生きたいなら、その村に行くしかねぇ。頼むスバル、分かってくれ。できる限り俺はお前をサポートするつもりだから」

 

 

レムやベアトリスを筆頭に、スバルに対して否定的な印象を抱く者たちが話の成り行きを見守る中、決定的な発言がハヤトの口から紡がれる。

 

これしかない——最初からスバルに選択肢などない、そんな権利など与えられていなかったのだと。スバルの置かれた厳しい現実を遠回しに伝えるものだった。

 

 

「これしかない、ねぇ」

 

 

その言葉を受け、スバルの意識は内側から外側へと引っ張り上げられる。告げられた言葉を重々しく呟き、一度だけ周囲を見渡してみる。

 

エミリアは心配そうな目でこちらを見て。パックは眠そうにあくびして。ラムは値踏みするようにじっと見て。ロズワールは面白がってそうで。レムは冷たい目で見つめて。ベアトリスは鋭い目で睨んで。ハヤトは優しく温かい表情で答えを待っている。

 

ハヤトだけが、今の自分にとって安心できる要素。この世界において唯一の心の拠り所になると言っても過言ではないくらい、頼りになる男。

 

できれば、この屋敷にいたい。ハヤトが住んでいる場所に同じように住んで、なるべく彼の近くに自分という存在を置いておきたい。

 

けど、ここで無理を言うとハヤトに迷惑がかかる。自分にとっての拠り所がなくなる。それはダメだ。

 

 

「分かった。それならアタシはロズワールの言う通りこの屋敷から出て行ってやるわ! お望み通り、ね! 戻ってきて、って泣いて言われても知らないからねーー!」

 

 

半ばヤケクソ気味に叫び、スバルは己の意思をこの場の全員に叩きつける。なにを言っても無駄ならば、最後に負け惜しみ的な感じの言葉を捨て台詞とし。

 

彼女の声が高らかに上がったのを最後に、食卓での話し合いは無事に終了したのだった。

 

 

 

 

▲▽▲▽▲▽▲

 

 

 

 

「お前のいないところで勝手に話を進めて悪かったな。だが、あの場で話し合うよりは事前に話しておいた方がいいと思ったんだよ」

 

「それはないでしょ。そりゃ、アタシだって色々としてくれてるハヤトには現在進行形で感謝してるけど、当人に決定権が無い話し合いってなんなの。圧迫面接にも近しいものを感じたね」

 

「お前、圧迫面接受けたことあんのかよ」

 

「ないけど」

 

 

真っ平に整地された石畳の上を一直線に進みながら、のろのろ歩くのはスバルとハヤト。

 

早朝の時刻を抜け、正午に向かって天辺へと昇りつつある太陽に見下ろされる二人の足は、ロズワール邸の正面に堂々と鎮座する正門へと向かっている。

 

 

「ってゆーか、あのベアトリスとかいうロリ、なんなのよ。なーんかアタシのこと敵視してる感じするわ、事あるごとに突っかかってくるわで………もしかして、アタシに気がある?」

 

「どこをどう解釈したらそうなるのか全く分からんが。安心しろ、それはない」

 

「いや、案外あり得るかもしれないとアタシは思うね。こう見えて謎にガキには好かれる性質なんだよ、アタシは。その方向性でいったらベアトリスもアタシが持った天性の才能にイチコロよ」

 

 

ハヤトの隣を歩くスバルが指をパチンと鳴らし、手で拳銃を作ってなにかを撃ち抜く。その直後、不意に髪を揺らしたそよ風に目を細め、乱れた前髪を簡単に整えた。

 

そんな仕草を見ると「あー、やっぱり女の子なんだなぁ」と思えてしまうハヤトだ。今更気にすることでもないが、改めて考えるとこの状況がどれだけ異常なことか、ひしひしと感じてしまう。

 

後ろ手に手を組みながらついてくるスバル。自分の中の『ナツキ・スバル』というものが目の前の存在によって着々と作り替えられる音を横目に、ハヤトは「ははっ」と気さくに笑い、

 

 

「アイツが、そのへんのガキに分類されるかどうかだな。まぁ、ベアトリスは普通に可愛いやつだよ。俺に対しては割とデレてくれるぞ」

 

「あのツンケンことベアトリスことベア子が?」

 

「最近になってからの話だがな。それまではお前と同じように邪険にされたこともあったぜ。数えきれない回数ぶっ飛ばされたな」

 

「アタシがあの本しかない部屋に入った時にやられたアレのことか。それでよくどこも怪我しないでいられたわね。アタシなんてまだちょっとだけ腰の部分が……」

 

 

言い、わざとらしく表情を歪めて腰に手を当てるスバルに「鍛え方が(ちげ)ぇんだよ」とハヤトは一言。ポケットに手を突っ込み、晴れ晴れとした青空を仰ぐ。

 

 

 ——現在、ハヤトはスバルを連れてアーラム村に向かっている真っ最中だ。

 

 

スバルとハヤトの関係、スバルの処遇。この二つの話しを無事に終えて朝食を済ませた彼らは、次なる目的地へと向かうためにロズワール邸の外に出ていた。

 

屋敷のが一段落したとしても、まだやることは残っている。むしろ、ここからが本番だ。ロズワール邸の住民への説明が終わったのなら、その次はアーラム村の住民への説明が待っている。

 

だからハヤトは朝食後に控えた仕事を後に回し、その時間を使ってスバルとアーラム村へ。スバルの問題に片をつけるべく、現時点での最後の問題に取り組もうとしていた。

 

仕事を後に回すと面倒だからレムとラムに負担してもらおうとしたが、そう言った瞬間のラムの表情が恐ろしかったから即座に引っ込めたハヤトである。

 

このままでは、今夜の鍛錬は無理そう。寝る時間ギリギリまで仕事に励むことになりそうだ。怠いことこの上ない。

 

 

「ねぇ、ハヤト」

 

「あ?」

 

「あ? って普通に怖いんだけど」

 

「悪い。考え事してたから。つい、な」

 

 

驚き、身をすくめる少女にハヤトは穏やかに笑う。見る者に等しく気さくさを感じさせるそれは、彼が数多の人と接してくる中で自然と身につけた一つの特技。

 

老若男女に好かれるスマイルを無意識に使いこなす彼は小さな失態を咎めつつ、

 

 

「で、なんだ?」

 

「アーラム村ってどんな村?」

 

 

ハヤトの顔を覗き込むように小首を傾げ、疑問を投げかけるスバル。

 

その横顔を視界の端っこに入れつつ青空を仰ぐハヤトは、「んー」と考える時間を作りながらアーラム村の記憶を頭の中から引っ張り出し、

 

 

「アットホームな村、って感じだな」

 

「どんな感じよそれ。アットホームな職場ですと似たような香りがするけど、その説明でホントに大丈夫そ?」

 

「あの村を簡単に説明すると、そうなるんだよ」

 

 

危ない香りがする予感に訝しの目を向けてくるスバルに「あの村はだな」と続けて、

 

 

「基本的に外から来た人間を拒むようなことはしねぇし。村自体が()っせぇから、みんながみんなと顔なじみなんだ。だから、村全体で一つの家族的な印象を受ける」

 

「へー」

 

「早朝には老人が散歩してるし。昼下がりには子どもたちが走り回ってたり、三十代くらいの女の人たちが井戸端会議的なことをしてたりもするな。規模は小さいが商店が並ぶ通りもあってよ、たまに王都から来る商人が珍しいモンを売ってたりすんだ」

 

「ほー」

 

「すれちがう人たちが気さくに話しかけてくる、のどかな村。それが、俺が過ごして感じたアーラム村の最終的な印象だ」

 

「はー」

 

「さてはお前、興味ないな?」

 

 

適当な相槌しか打たなくなったスバルに苦笑し、「ちゃんと聞けよ」と軽く注意するハヤト。当の本人はつまらなそうな顔で流れる景色を眺めており、興味を示されてない感がすごい。

 

しかし、村の雰囲気は今ので伝わった。ハヤトが言うのだから間違いない。どんな村かと構えていたスバルだが、変に警戒する必要もなさそうだと一安心。

 

お気楽な気分で行くとしよう。

 

 

「んじゃ、いざアーラム村へ! ってね。ハヤト、案内シクヨロ」

 

「だからちゃんと話を聞けと……。まぁいいか。おうよ。俺に任せな」

 

 

話しを始めたのが自分ならば、終わらせるのもまた自分。そんな風に会話を一刀両断したスバルにまたしてもハヤトが苦笑。

 

苦笑に苦笑が重なった結果、苦虫を噛み潰したような表情になる彼がそれを顔の内側に引っ込めると、三歩先に進むスバルのウィンクに頷き、隣に並びながら歩いていく。

 

 ——視線。

 

 

「あ?」

 

 

不意に感じ取った視線に足を止めて振り返り、屋敷を見るハヤト。その動作にスバルも足を止めて「どしたの?」と呑気な声で聞いてくる。

 

今、誰かに見られていたような気がする。敵意を感じるものではなかったが、背中を刺すようなものだった。視線を直感的に感じ取れるようになったとは、流石自分。

 

周囲を軽く見渡す、誰もいない。ロズワール邸の窓際を注視する、見えるわけがない。誰のものか、察しがつかないわけではない。

 

 

「……なんでもねぇ。とっとと行こうぜ」

 

 

考えても仕方ないと割り切り、体を元の向きに戻して歩き出す。

 

あまり見ていては不審がられると判断し、スバルを連れてその場から去っていった。

 

 

 

 

▲▽▲▽▲▽▲

 

 

 

 

正面。ロズワール邸の正門へと一直線に伸びる長い石畳。その道を歩く二人の背中を、ベアトリスはロズワール邸の窓際から、じっと見つめていた。

 

なにかをしようとするわけでもないのに、ただ無言でじっと見つめていた。蝶の宿る瞳を寂しさに揺らしながら、並び合う二人の姿を、じっと見つめていた。

 

 

「ーーーー」

 

 

 もやっと、していた。

 

やはり、あの横並びを見ていると心の奥底から迫り上がる熱がある。ぐつぐつと煮えたぎる灼熱の感情がある。

 

違和感に思って胸に手を当てるが、そこになにかがあるわけではない。意味の分からない感情の源を探ってみるけど、いつまで経っても答えは出やしない。

 

ただ一つ分かることがあるとすれば、あの小娘とハヤトが二人だけで並ぶ光景——それを見ていると、無性に息苦しくなってくることくらい。

 

 

「どうして、かしら」

 

 

そう言わないわけには、いかなかった。

 

だってよく分からないから。本当にどうしてなのか、気が遠くなるほど長生きする中で培った知識を以ってしても、理解できなかったから。

 

なんなのだろう、この想い。居ても立っても居られない、今すぐにでも飛び出してしまいたくなる、この想い。

 

 

「——心中、お察しします」

 

 

無意識にカーテンを握りしめ、胸が抉られる思いをするベアトリス。その背に声がかけられたのは、彼女の口からため息が出た数秒後のことだった。

 

声と同時に視界の端っこに映り込むのは青髪のメイド、レムだ。窓から庭園の中を歩く二人の男女を見下ろすベアトリスの横に並び、彼女と同じ光景を瞳の中に映すと、

 

 

「想いを寄せる人の隣に別の人がいれば、誰だってベアトリス様のような感情を抱くものだとレムは思います」

 

「イカれ男のことかしら」

 

「レムのテンくんのことを仰っているのでしたら、ベアトリス様であっても看過しかねますが」

 

 

同情してくる優しい声が一気に冷え切ったレムが、お仕事モードの冷たい表情でベアトリスに言葉を突き刺す。視線は眼下にいる二人に向けたまま、意識と声だけを向けた。

 

その形容詞だけで自分の恋人だと分かるレムも人のことを言えない——言うと、怒りを買いそうだから心の中だけで言う。

 

イカれ男。ベアトリスがテンのことをそう呼ぶようになったのはずっと前、彼との鍛錬に一度だけ付き合ってやった日からだ。

 

流法という、魔法とはまた違ったマナの使用形態である技術を、テンが習得しようとした際のこと。

 

衝撃を受けると発動したそれが解けてしまうといった課題を解決すべく、ベアトリスが突っ込んでくるテンを吹っ飛ばし続け、衝撃を受けても解除されないように体を慣らすという荒っぽい鍛錬をしたことがある。

 

その時の彼は、控えめに言っても頭がおかしいとしか言えなかった。割と危険な吹っ飛ばし方を何度されようとも、笑顔で突っ込んでくるのだから。

 

ハヤト曰く「アイツ、ドエムかもな」らしい。まるで意味が分からない。

 

 とにかく、

 

 

「どれだけぶっ飛ばしても突っ込んでくる男のどこが正常なのよ。イカれてるとしか思えないかしら」

 

「課題に対して直向きに挑むテンくんも、カッコよくて素敵です。愛しています」

 

「お前のあの男に対する評価の高さはなんなのかしら……」

 

 

恍惚とした表情で呟くレム。モップを持っていない方の手を頬に当てる彼女は、一瞬だけ惚気そうな気配を纏う。が、それ以上はない。すぐ内側に引っ込めた。

 

察するに、彼女は掃除の途中で自分を見つけたのだろうと思うベアトリス。その姿を見ていると、朝の一件が唐突にも脳裏を過り、

 

 

「………ベティーが破壊した窓の取り替え、感謝するかしら」

 

 

文脈のないぶっきらぼうな感謝をされて、数秒だけレムの口から言葉が消える。

 

それでも、真横にいる幼女の言っている事を瞬時に理解すると「いえ」と首を横に振り、

 

 

「仕方のないことです。仮にレムがベアトリス様の立場だったら、窓を破壊する程度で抑えられる気はしませんし」

 

「だからベティーの気持ちが分かると言いたいのかしら」

 

「全て分かるとは言いません。ですが、理解できる部分はありますよ。——女は、嫉妬深い生き物なんですから」

 

 

 ——嫉妬。

 

淡々と発せられたその単語を聞き、ベアトリスの表情がはっとして目が見開かれる。以降、『嫉妬』という単語が頭の中を埋め尽くし、ハヤトの後ろ姿から目が離せなくなった。

 

嫉妬、嫉妬、嫉妬。不思議としっくりくる単語だ。もし、今この瞬間に自分が感じている想いがそれならば、自分は今、あの小娘に対して嫉妬しているのだろうか。

 

なぜ嫉妬する。そんなこと心の奥底では分かりきっているはずだ。分かっていても、認めたくない自分がいるから———。

 

 

「ーー! 隠れるかしら!」

 

 

不意に声を上げ、ベアトリスがレムを押しながら窓から姿を消す。同じ光景を見ていたレムも彼女の意思に従うように素早く動き、窓枠のすぐ横にある壁に身を潜める。

 

時折り、窓枠からこっそり外の世界を見下ろし、訪れた危機が去るのを待った。

 

 

「今、振り返りましたね」

 

「振り返りやがったかしら」

 

 

危機一髪と言わんばかりのレムに頷き、ベアトリスは肝が冷えたと言いたげだ。その理由は会話の内容、ハヤトが予感なくこちらへと振り返ったことにある。

 

視線を感じ取ったのか。ありえない。十メートル以上も離れているのに察知などできるものか。否、ハヤトならばありえるかもしれない。だってハヤトなのだから。

 

 

「……もう大丈夫そうですよ」

 

 

その状況が五秒程度続いて、危機は去った。様子を窺っていたレムが窓から外の世界に姿を晒し、その視線は下を向いている。

 

釣られるように横に並んだベアトリスも視線を下に向けると、先ほどよりも二人の姿がずっと遠くにあることに気づいた。

 

あと三十秒もすれば、確実に見えなくなるだろう。自分の知らないところで、ハヤトとあの小娘が二人っきりになる、なってしまう。

 

 

「ーーーー」

 

 

 また、もやっとした。

 

さっきのと同じ感覚。これが嫉妬というものなのだろうか。胸が抉られて、行き場のない感情がどうしようもなく膨らんでいく。これ以上ないまでに不快。

 

今すぐにでも捨ててしまいたい。けど、捨ててしまうと大切なものまで捨ててしまう気がして、捨てようにも捨てられない。否、これが自分の意思で捨てられるようなものではないことくらい分かっている。

 

 

「レムはお仕事がありますので、失礼します。それと、僭越ながらレムから一つだけ。——ご自身の感情のやり場にお困りのようでしたら、本人に直接ぶつけてみるのも一つの手ですよ」

 

 

綺麗に一礼し、全てを見透かしたレムの悪戯っ気のある声には一切の反応を見せないまま、ベアトリスは感情の取り扱いに困り果てる。

 

離れていくレムの足音すら聞こえないほどに悩む彼女は、徐々に遠ざかっていくハヤトの背中を、ずっと見つめていた。

 

遠ざかって、遠ざかって。その姿が完全に見えなくなるまで、ずっと見つめていた。

 

 ずっと、見つめていた。

 

 






テンがベアトリスに『イカれ男』と呼ばれるようになったエピソードを一応、置いておきます。
この青文字をタップかクリックしていただけると。

読みたい方は、どうぞ。


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