少しでも望む未来へ   作:ノラン

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今日中にもう一話、更新します。




仮初の居場所

 

 

 ——中央広場。

 

 

名前の通り、人口約三百人程度の小規模なアーラム村の中央に位置する円状の大きな広場だ。その広さは村人の過半数が一度に集合できる凄まじい規模なため、様々な用途に使われている。

 

その最たる例は商売だ。

 

村の中心で、四方に道が伸びているこの広場は移動の経由地点になることが多く、一日に村人の全員が訪れていると言っても過言ではない程に人が行き交う。

 

それを利用して、村を拠点にする商人や外から来た商人が広場の一部を借りて商いを営んでいる。つまり中央広場は、王都で言うところの商店街に該当する空間ということになる。

 

その次の例は集会だ。

 

村の中で最も人を集められる場所。そんな理由で村人たちの間では集合場所として認知されているため、村全体に関わる問題があった際には、この場所を使って会議が行われる。

 

その他にも例はある。行事を行う場所、中央に井戸が設置されているために水を汲むための場所、子どもたちの集合場所、奥様方の井戸端会議を行う場所、などなど。

 

日中、基本的に賑わっているのが中央広場。各々が各々の理由で訪れるこの場所で声が絶えることなど、まずあり得ない。それは、早朝であっても変わらない。

 

 

「ーーーー」

 

 

 だから、ハヤトはちょっと焦っていた。

 

広場の中央——井戸の前に立って結論を述べた彼は今、この空間に流れるなんとも言えない空気感を肌で感じている。理由は単純、言い切った瞬間に気まずい静寂が訪れたからだ。

 

この感覚はついさっきも味わった。屋敷の人間に異世界という単語を発したとき、あの瞬間に流れた空気感と全く同じもの。他者の心音が聞こえてくるのではとさえ思える、嫌な沈黙。

 

全員が黙っているのは、全員が全く同じ感情を抱いている証拠だろう。事実、ハヤトとスバルに向けられる視線に宿る感情は『困惑』。言われた言葉を上手く飲み込めていない。

 

 

「急なこと言って悪いな。色々とすっ飛ばしたからそうなるのも分かる。だから、みんなに分かってもらえるように今から全部説明する」

 

 

同じ轍は踏まないハヤト。先のような聖徳太子ゲームが開催される前に彼は言葉を繋げた。話のきっかけをこちら側から示すことで、会話の主導権を握り続けるつもりだ。

 

話の流れを自分の描いた通りに進ませようと頑張る彼は村人たちに頷かれると、

 

 

「まず、みんなが疑問に思ってるであろう俺の横にいるこいつについて。さっきも言ったが、こいつの名前は」

 

「ハヤト。ここはアタシに言わせて。いっちょぶちかましてやんよ」

 

 

話しの取っ掛かりを掴もうとしたハヤトを遮ったのはスバルだ。意気揚々といった具合で声を上げながら手をハヤトの眼前に出して物理的に声を止め、その場から一歩前に出る。

 

途端、この集まりを遠くから眺めている商人たちのものも含め、場の全員の意識が一挙に押し寄せた。先程の倍以上の視線、しかし動揺する気配はない。

 

先程は突然のことで驚いたが、あれは偶々。偶々調子が悪かっただけだ。そう自分に言って全身に浴びる視線と真っ向から対峙すると、

 

 

「やれそうか?」

 

「アタシを誰だと思ってんの? このナツキ・スバル、やるときはやる女よ。今んとこいいとこナシなんだし、ここら辺で本気見せないとね」

 

「そうか。なら頑張れ」

 

 

背中に掛けられる心配の声に自信満々に応じ、スバルは笑みを浮かべる。何事にも笑顔が大事だ。笑顔でいれば基本的にはなんとかなる。なんとかなると思っていれば大抵のことはなんとかなる。

 

ハヤトにもその意志は伝わったらしい。苦笑が混じっていたものの応援してくれた。その応援が、今のスバルにとっては力となる。彼が後ろで見てくれているだけで、不思議と安心するから。

 

正直、心配しかないハヤト。まるで妹のスピーチを見守る兄貴のような彼の杞憂を置いてスバルは「えー、みなさんこんにちは!」と声を大にし、

 

 

「アタシの名前はナツキ・スバル! 後ろにいるカンザキ・ハヤトのマブダチにして、一路順風のさすらい人! 昨日、偶然にも王都でハヤトと出会って運命感じちゃってるしがない現役JK!」

 

 

足を肩幅まで軽く広げ、腰の角度を傾け、左手は傾けた腰に添え、右手は天空を人差し指で穿たんばかりにしてお決まりのスタンディング。

 

 そして、

 

 

「ってなわけで、以後よろしくねっ」

 

 

そう言い放ち、ハヤトの表情を無事に凍り付かせた。果たして、凍り付かせたのはそれだけか。違う、場の雰囲気そのものが見事に凍りついている。

 

割と良い自己紹介だと思ったのだが、どうやら空振ったらしい。渾身のキメ顔のまま硬直するスバルはそう思いつつも、けれどその体勢を崩そうとはしない。一度、出したものは引っ込めない(たち)なのだ。

 

自己紹介の基本は名前を名乗って終わり。しかし、今回に限っては違う。ちゃんと相手の反応を待って、なにかしらの言葉を受け取って、そこから話を広げていく必要がある。

 

だから、早く誰か助けてほしいのだが。

 

 

「……うん。まぁ、要するに俺の友人ってことだ。それ以外のは気にしなくてもいいぞ。俺の友人ってことさえ伝わればそれでいい」

 

 

簡単にまとめたハヤトが、天を穿つスバルの手を優しく下ろしながら前に出る。困惑した上に更に困惑し、開始早々から理解が追いつかなくなりそうな村人ではなく、助け舟を出したのは彼だった。

 

突飛な挨拶を止めるのが無理なことは今のでよく分かった。なら、その後に自分が補足してやればいい。そんな風に彼はスバルの肩に手を置くと、

 

 

「改めて、こいつはナツキ・スバル。昨日、予定があって王都に行ったときに偶々出会った俺の同郷だ。そこで色々とあって行動を共にしてる。な、スバル?」

 

「そそ。故郷の街を飛び出してレッツトーキョー! 的な感じで外の世界を見て回ろうとした矢先にハヤトと出会い、同郷ってのを聞いたらお互いに親近感湧いちゃって。まずはお友達からってことで、こうして一緒にいるのよ」

 

 

事実を口にしたハヤトの説明と、色々と間違ってるスバルの説明を交互に受け、村人たちの瞳から困惑が薄れた。とりあえず、『ハヤトの友人』という肩書きはついてくれたらしい。

 

ハヤトの友人。あのハヤトの友人。その肩書きはアーラム村ではどんな肩書きよりインパクトのあるもので、途端に興味を示し始めた一人が「よろしいですか?」と手を上げ、

 

 

「同郷ってことは、ナツキ・スバル様は」

 

「スバルでいいよ」

 

「スバル様はハヤト様と故郷が同じ。つまり、出身が同じってことですよね?」

 

「そうなるな」

 

 

「おお」と、五十人程度だったのがいつの間にか八十人程度に増えた集団の中でどよめきが起こる。今のどこに驚く要素があるのかスバルとハヤトには分からないが、彼らとしては共通の理解らしかった。

 

単純なのか、ハヤトという存在がそれだけ大きい証拠なのか。考えるのは後にするとして、

 

 

「こいつが俺の友人ってことは分かってくれたか?」

 

「はい」

「分かりました」

「安心しました」

「ハヤト様に女友達が……」

 

「それが分かってくれりゃ、それでいい。良いやつだから仲良くしてやってくれ」

 

 

異世界の話を持ち出すと問題になるから、その辺の話に触れられるよりも前に抜け出す。注意深い屋敷の人たちと違い、村人たちはその理解だけで受け入れる姿勢だった。

 

ハヤトに女友達がいると分かった瞬間に感じた突き刺すような視線から察するに、スバルには別の問題が生じる気がしなくもない。割と、ハヤトはモテるらしい。

 

 

 ーーファンクラブとかあるのかな

 

 

ハヤトの二、三個下の年齢と思われる村娘たちと、十歳前後の少女たちの鋭い視線を受け流すスバルが変なことを考える中、また一人、集団の中で手を上げるものがいる。

 

還暦を軽く超えていそうで、特徴的な髪型をした穏やかな雰囲気に包まれた老人——ミルデ・アーラム。この村の村長だ。

 

 

「それで、その事とスバル様がこの村に住む事がどう関係しているのですか?」

 

 

ハヤトとスバルを交互に見て、最後にハヤトを見ながら言う。疑問の答えはスバルではなくハヤトから語られることを目線で望んだ。

 

村長であるミルデの発言は、個人の発言であると同時に村全体の発言でもある。誰もが疑問を抱いた意味不明な因果関係に小首を傾げ、答えを待っていた。

 

一度、スバルに目を向けるハヤト。力強い眼差しで見ると、「うん」と頷くスバルがそれなりに起伏のある己の胸をぽんと叩く。

 

準備万端。そんな意志を動作で伝えられたハヤトもまた「おし」と頷き、

 

 

「スバルにはな、帰る場所がねぇんだ」

 

「えっ———」

 

 

その声は誰が発したものか。驚いて思わず漏らしてしまった、そう表現するのが最も適している声が一つ、集団の中で弾けた。そして、その声がじんわりと波紋していく。

 

広がる波紋と同時に、ざわめきに揺れる村人たち。様々な感情が一度に押し寄せるのを感覚で理解しながらハヤトは瞑目、一度だけ「ほぅ」と息をつくと目を開け、

 

 

「仕事を探して故郷の街を飛び出してきたはいいものの、上手いこと働き口を見つけることができなかったんだとよ。んで、右も左も分からねぇ、泊まれる宿もねぇ、お先真っ暗なのが今のスバル。そんなときに俺と出会った」

 

 

 嘘だ。

 

そんなの嘘に決まっている。そんなわけがない。本当は異世界から理由も分からずに飛ばされて、放り出されて、どうしようもないときに自分と出会ったのがスバルだ。

 

そんなこと言えるわけがない。だから、ハヤトはまたしても嘘をついた。スバルを庇うのは自分がスバルを助けたいから——屋敷の友人たちにそう言って嘘をついたように、また。

 

その行為が、誰よりも情に厚く心優しいハヤトの心をどれほど痛めつけているか。本人ですら計り知れていない。だから話す直前に息をついた。そうやって嘘をつく覚悟を決めた。

 

 

「故郷の街で働き口を探そうとは思わなかったんですか?」

 

「街って言っても王都に比べたら田舎だったし、アタシはもっとでっかいところで働きたかったの。たくさん働いてお金稼いでウハウハ生活、のはずだったんだけど、出鼻挫かれちゃった。ちくせう」

 

「確か、それが理由でこの村からも何人か引っ越したことがあったな。その後、しばらくして帰ってきたんだ」

 

 

ハヤトの意図を察したスバルが咄嗟に話を合わせ、アドリブの利かせた彼女の悔しがるような仕草にミルデの横にいる青年が苦笑。身に覚えがあるのか、身近な例を知っているのか、苦笑は濃い。

 

そんな光景も、ハヤトには届いていない。世界を見ているようで見ていない彼は、長引きそうな嘘の余韻を必死にねじ伏せようとしていた。

 

自分は一体、自分を慕う人たちにどれだけの嘘を積み重ねればいいのか。ラムやレム、ベアトリスに嘘をついて、次はこの村の人たち。

 

苦しい。胸が張り裂けそうだ。けど、やめるわけにはいかない。ここまでやってしまった以上、そんな甘っちょろい選択肢などないのだから。

 

もう、後ろには引けないのだから。

 

 

「……そういうわけで、スバルは帰る場所がないんだ」

 

「故郷に帰る、って選択肢はナシね。家族に、でっかくなって帰ってくるー!って大見得切って出てきちゃったから。全て当てるまで帰れまてんよろしく、でっかくなるまで帰れまてんってね」

 

 

予想される質問を潰したスバルの言葉を聞いた途端、村人たちの表情が小さく曇る。各々が周囲にいる人たちと目を合わせ、目の前にいる少女をどうしようかと目で会話を始めた。

 

すぐに答えが出る問題ではない。だからハヤトは「無理を承知で聞くが」と前置きして、

 

 

「この中に、女の子一人なら家に迎えてもいいぞーって言ってくれる人はいるか? それか、スバルが生活できそうな場所に心当たりがあるやつはいるか?」

 

「ご領主様のお屋敷では、いけないのですか?」

 

「だめだからここを頼りにしてんだよ。色々と面倒な理由があってな。スバルは悪いやつじゃねぇし、こいつ自身に理由があるわけじゃぁねぇんだが。身内にちょっとした問題があんだよ」

 

 

二つほど案を提示し、言われて当然の質問に答えて口を閉じると、目だけで会話していた村人たちの口が次々と開き始め、声に出して作戦会議。そんな人はいるか、そんな場所はあるか、と考え始めた。

 

協力的で実にありがたい。屋敷の人間とは大違いだ。頭を使いに使って切り抜けた朝食の場を思い出すと、その差が激し過ぎてここの人たちが神様に見えてくる。

 

屋敷に住まわせることができないことを深く詮索してこないあたり、自分の言葉をそのまま受け止めてくれたと思うべきか。スバルが悪い人間ではないと、そう思ってくれていると嬉しい。

 

ともあれ、これでナツキ・スバルという少女の素性と現状は知ってもらえた。少し、というよりもかなりの大嘘はついてしまったが背負うべき必要経費。

 

 問題はここからだ。

 

 

「ねね、ハヤト」

 

「ん?」

 

 

議論する村人たちの声を聞き、彼らの反応を待っているハヤトの耳にスバルの声が小さく届く。声の方に顔を向けると、表情に不安の色が漂う彼女と目が合った。

 

 

「ちょっと落ち着いて考えたんだけど。このままだとアタシ、全く知らない人の家に居候することになる感じ?」

 

「居候ってのは……なんか(ちげ)ぇ気もするが、そんな感じだろうよ。それか、空き家を借りて一人で生活するかのどっちか」

 

「えぇ……。助けてもらってる身で言うのもアレだけど、それ、実家暮らしの引きこもりにはちと厳しいものがあるとは思いやせんかね」

 

「お前、引きこもりだったのかよ」

 

「あっ」

 

 

明らかに嫌そうな顔をしていたスバルの表情が一変。「言っちまった」と言わんばかりにはっとして言葉を生み出す口を手で隠した。遅い、既に聞かれている。

 

知識として知っているが、知っている方がおかしいので敢えて知らなかった自分を装うハヤト。引きこもりと聞くとどうしても否定的な印象が先行してしまうが、

 

 

「ま、そういうやつも世の中にはいるわな。俺は別にお前が引きこもってたからって、どうとも思わねぇよ。人にはそれぞれ事情ってもんがあるだろうし。変に心配するこたぁねぇ」

 

 

 と。

 

適当に誤魔化したくて「てへぺろ」と笑って戯けるスバルに落ち着いた様子で返した。

 

その反応を受けて彼女は数秒だけ固まった後、詰まった息を吐くように体から力を抜き、

 

 

「あ、そ、そう? そうなの? へ、へー。ハヤトって器がでっかいのね。普通ならここで、えー引きこもりとかまじヤバー!程度の反応は覚悟してたんだけど」

 

「そう思わなくもないが、みんながみんな本当に引きこもりたくて引きこもったわけじゃねぇってことを俺は知ってるからな。嫌な目で見たりはしない」

 

「むむ? 思い当たる節がありそうな態度。もしかして、前の世界ではカウンセラーでもやってたりした?」

 

「なわけあるか。故郷でも俺は顔が広かったからな、いろんなやつと出会った。その中の一人に、そういうやつがいた」

 

 

「ただそんだけの話だ」と。

 

議論を続ける村人たちに視線を戻しながら、少しだけ表情に影を作ってハヤトは呟く。遊ばせていた手をポケットの中に突っ込み、意識の半分を議論に向けた。

 

釣られるようにスバルも視線を正面へ。自虐ネタに走りかけた彼女は「ふぅーん」と喉を高く鳴らし、それより先の言葉は口にしなかった。自分から視線を外したハヤトが、それを受け付けていなかったから。

 

 

「話が逸れたな。んで? 誰かと住むのはキツイものがある———」

 

「お二方」

 

 

話を戻そうとしたハヤトの声が遮られた途端、中央広場に流れていた村人たちの声がピタリと止む。議論を終えて結論を出したのか、散らばっていた視線の全てがハヤトとスバルに向いていた。

 

自分らが話している間にも無茶振りと真面目に向き合い、考えてくれていたアーラム村の村人たち。ハヤトに多大なる恩義を感じ、力になれることがあるならいくらでも力になろうとする頼もしい人々。

 

そんな人たちの中から一人——この場にいる村人代表として先ほど手を挙げたミルデが二歩ほど踏み出し、集団の中から抜け出ると、

 

 

「私たちから、スバル様にご提案があります」

 

「提案?」

 

「なんだ?」

 

 

小議論の内容を完全に聞き流していた二人が、同時に小首を傾げる。そんな彼らを見ながら、ミルデは「はい」と微笑みながら頷いて言った。

 

 

「せっかくですし、この村で働いてみませんか?」

 

 

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