少しでも望む未来へ   作:ノラン

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願いは心から

 

 

 

「……………へ?」

 

 

口にされた提案に声がひっくり返り、硬直するスバル。小首を傾げた体勢のまま目を丸くし、予想外のことに動揺が浮かび上がった。

 

働き口を探して王都に訪れたと語った人間の反応としては落第点の反応だが、スバルとしては当たり前の反応だ。働き口を探してるわけでも、故郷を飛び出したわけでもないのだから。

 

 

「働き口を探すために故郷から出てきたと、スバル様はそうおっしゃった。それなら、王都で働き口が見つかるまでの間だけこの村に滞在する形で、ここで働いてみませんか? ハヤト様のご友人となれば、ぞんざいな扱いはしたくありませんし」

 

 

言葉の返し方に困るスバルを気にせず、ミルデは優しい声で提案に思いを乗せる。その思いはこの場にいる全員共通なのか、二人を囲む村人たちが同調するように頷いていた。

 

会議の末に出た結論がそれなら、他に案が出される可能性はないと考えた方がいい。しかし、働くと簡単に言われても「はい」の一つ返事で頷いていいのか、スバルにとっては微妙なところだった。

 

確かに働き口を探しているとは言ったが、それはあくまで出まかせでしかないから。単に場を繋ぐためにハヤトがついた嘘に便乗しただけ、ただそれだけだから。できれば断りたい、

 

 

「まぁ、なにもさせずにただ滞在させるってのもな。なにかしらの役に立ってもらった方がいいだろうよ。仕事探してたんだし、ちょうどいいじゃねぇか」

 

 

そんな考えが脳裏を過った瞬間、見透かしたようなタイミングでハヤトが同意の声を放った。驚いだスバルが顔を横に向けると、力強い意志を宿したハヤトの目と目が合う。

 

こちらに頷きかけてくる表情は真剣そのもので、それが「道はこれしかない」と自分に語りかけているものだと気づくのに時間は使わなかった。力強いその目に、背中を押された気がした。

 

働きたいと言ったのは嘘だ。街を飛び出したと言ったのも嘘だ。嘘で嘘で、嘘だらけで、今の自分は嘘のナツキ・スバルを大々的に語っているに過ぎない。その嘘をつくのも、いずれ限界がくる。

 

 ならば、

 

 

「んー、分かった! じゃぁ、アタシをここで働かせてくれ!」

 

 

 嘘を真実にしてしまえばいい。

 

胸を強く叩き、向けられる力強い目にも負けない勢いで力強く言い切った。村中に轟く声量で堂々と叫び、この場の全員に提案に乗っかることを叩きつける。

 

勢いに乗ることに関して一級品なことがこんな形で活きるとは思わなかった。そのせいで色々と過去に黒歴史を作ったものだが、ハヤトの前で情けない姿を見せずに済んだからよしとする。

 

 

「おし! 決まりだな!」

 

 

そうと決まれば物事は一方向に進む。拳を手の平にがしっと合わせたハヤトは景気のいい笑顔を見せると、

 

 

「みんなもそれでいいか?」

 

「提案したのはこちら側なんですよ。異論ありません。多分、ここにいない村民もそう言ってくれるかと」

 

「ならよかった、ありがとな」

 

 

スバルを村で働かせる方向に全力で突っ走り始めたハヤトがそう言って軽く頭を下げると、目をぱっと見開いた村人たちが驚いた様子で「いえいえ」と首を横に振る。

 

アーシャのときと全く同じ反応。そんな様子を見ていると、やはり彼はアーラム村の守護神ではないかと思えるスバルである。

 

 

「スバル。お前、なんかできるか? どんな仕事ならできそうだ?」

 

 

そのスバルに目を向け、ハヤトは問うた。せっかく決めてくれた彼女の覚悟が揺らがぬうちに、二度と引き返せないところまで一気に話を持っていく。

 

頬に人差し指を当て、スバルは「んー」と喉を鳴らしながら考えるそぶりを見せ、

 

 

「力仕事とかはまずできないわね。んでも、手先とか器用だし、裁縫とかならばっちこい! どんな服の傷だってアタシの手にかかればちょちょいのちょい、劇的ビフォーアフターであっと驚かせてやるわよ」

 

 

引きこもりだっただけに、時間だけは無駄にあったのがスバル。本来、学業に専念するべき時間を『暇な時間』として得た彼女は、ゲームをする他に様々なものに手を出した。

 

その中でも光ったのが裁縫。生まれつき手先が異常に器用だったのもあって磨きをかけた結果、みるみる腕前が上昇。裁縫では誰にも負けない自負があるほどに上達したものだ。

 

果たして、その経験がどこまで活きるか。

 

 

「それなら、コットンの仕立て屋なんかいいんじゃないかしら」

 

 

周りのやつらを驚かせてやりたいと思い始めてきたスバルのやる気に、拍車をかける声が上がる。声の主は第一村人、この話を広めてくれたアーシャだ。

 

食いつくハヤトとスバル、二人に目を向けられながら彼女は「ほら」と人差し指を立てて、

 

 

「あそこ、コットンがお一人で営んでますし、普段から結構大変そうに見えますから。それにこの前に行ったとき、忙しいから人手が欲しい、って嘆いてましたよ」

 

「あぁ、コットンさんか。それならいいかもな。若い女性だし普通に優しいから、スバルも受け入れてくれそうな気はする」

 

「はい。なので、スバル様がどれほどの腕をお持ちなのかは分かりませんけど、覗いてみる価値はあると思います」

 

 

有力な情報を貰ったハヤトが「確かに」と腕を組む。スバルにはコットンという人のことはよく分からないが、名前と顔が頭の中で一致する彼的には今の説明で理解が通っているらしい。

 

仕立て屋の店主の名前がコットンとは、どんな洒落だ。と言いたくなるスバルは口を開き、

 

 

「じゃぁなに? アタシはそのコットンって人に、ここで働かせてください! 働きたいんです! ってやればいいの?」

 

「間違ってはないな。ただその言い方だとお前の名前が奪われそうな気がするからやめておけ。……スバルはそれでもいいか?」

 

「どうせアタシに否定権なんてないんでしょ? やるわよ。ここまできたらなんでもやってやるわ」

 

 

故郷の人間にしか分からないネタを挟みつつ、半ば投げやり感のあるスバルは自分らを囲む村人を一瞥。今のやりとりに対する反応を見た。

 

誰からも否定は入らない。寧ろ、ふざけて言った発言を肯定する声が所々から上がっている。

 

 

「他に案があるやつはいるか?」

 

 

それらの声を耳にしながら、ハヤトは全体に問いを投げかける。一応、全員の声を聞いておこうと思い、スバルと同じように村人たちをぐるっと見渡した。

 

人が、かなり増えている。まだ十分と話していないはずだが、初期人数の倍に届きそうな人数が集まっている。そして、その中から他に有力な案が出てきそうな気配はない。

 

 

「なら、アーシャさんの意見を使わせてもらうぜ。コットンさんの仕立て屋に行って、スバルを働かせてやってくれないか、って頼んでみることにするよ」

 

 

十秒ほど流れた静寂から判断して決定し、案を出してくれたアーシャにハヤトは目で感謝を伝える。お返しにニッコリと満足そうな笑顔を向けられた。

 

本当に協力的な方で嬉しさを噛み締めるハヤト。嬉しすぎて村人全員が女神にも見えてきた彼にミルデは「それでしたら」と胸に手を添え、

 

 

「この私からも話しを通しておきますか?」

 

「いや、いい。村長権限を使われると無理やり感があって困るからな。二人だけで行かせてくれ。そこまでは頼れねぇよ。スバルを受け入れてくれただけでも十分だ。その気持ち、ありがとよ」

 

「分かりました」

 

 

「え?! この人、村長ぉ!?」と、ぎょっとするスバルが大袈裟に驚くのを横目にハヤトが歯を見せて笑むと、頷くミルデもまた歯を見せて笑みを返してくる。こちらの意見を認めてくれた証だ。

 

まだ確定ではないものの、これでスバルの一応の立場ができた。仕立て屋の店員——アルバイトという簡素なものではあるけれど、なにもないよりはいい。

 

 

「となると、あとはスバルがどこに住むかだよな。まだ肝心なところが決まっちゃいねぇ」

 

 

一つの問題が解決したところで、最初の問題に立ち返る。本来の目的はスバルをアーラム村に住まわせたいのであって、引きこもりのスバルにバイトをさせたいのではないのだ。

 

二章突破の絶対条件。その一つをハヤトが呟くと周囲の声が途端に消え、手前にいるミルデの表情が分かりやすく曇った。否、村人全体の表情も曇っている。

 

あまり良い案が出なかったのだろう。表情一つだけで察したハヤトは「んー」と悩ましげに喉を唸らせて眉間に皺を寄せながら、

 

 

「コットンさんの家にスバルを入れてもらうのが最高の流れではあるが……、コットンさんって一人暮らしだったけか」

 

「はい。ですので、女の子一人を迎えるほどの……その……はい」

 

「言いたいことは分かる」

 

 

組んだ腕に乗せた手で適当にリズムを刻みながら、重々しく言い淀むアーシャの声に自分の声を重ね、ハヤトは唇を硬く結んで悩みの唸り声を鳴らす。

 

それ以上言われずとも分かる。分からないほどハヤトは子どもじゃない。スバルも彼女の微妙な表情から察したのか、「あー、そゆことね」と苦笑い。

 

女の子を一人、自宅に居候させる。それが単に一日二日ならまだしも、長期的なものになるのなら話は別だ。様々な問題が一気に浮上する。

 

寝泊まりさせる場所を確保する場所的な問題、スバルによって削がれる生活費による金銭的な問題、スバルが居候する家の人との相性的な問題。問題の数は叩けば舞う埃のようだ。

 

 

「どっか、スバルが一人で生活できそうな場所もない、と。みんなが難しい顔してんのは、そういう意味なんだよな」

 

「はい。申し訳ございません」

 

 

誰かの家に居候か、空き家を借りるか。流石に野宿させるわけにもいかないと思って提示した二択が今の謝罪で儚く散った。声色を落としたミルデが、頭を下げている。

 

謝られることをした覚えはない。そんな風にハヤトは「謝らなくていい」と言葉を繋げて、

 

 

「無茶なお願いしてんのはこっちなんだ。俺的には一緒になって考えてくれてるだけでも嬉しい」

 

「そもそも、これまで引きこもってたアタシに一人暮らしさせようとする思考回路を疑うわね。自慢じゃないけど、今のアタシは芋の皮剥きすらできない刃物こわーいの十七歳よ?」

 

「お前、昼飯はカップラーメンで済ませようとする人間だろ」

 

「ご名答」

 

 

いっそ清々しいまでの一人暮らし拒否宣言に小さくため息。指をパチンと鳴らして「大当たりー」と茶化してくるスバルを見ると、我慢していたハヤトもため息をつかざるを得ない。

 

とはいえ、自分もこの世界に飛ばされるまでは料理はほとんどしなかった人間だから、彼女の現状を責めることはできない。それを自慢げに言うのはどうかと思うけれど。

 

一人暮らしをするというのは、これまで親にやってもらっていたことを一人で全部やるということ。掃除、洗濯、料理——家事全般を、一人で頑張らなくてはならないということ。

 

先日まで親の下で育てられていたスバルに、それを強要するのは中々に酷な話だと思う。異世界に飛ばされた時点で四の五の言ってられる状況ではないが、彼女に倒れられては元も子もない。

 

つまり、一人暮らしという選択肢は初めから無かったということになる。スバルの立場になって考えれば、すぐに分かることだった。自分だってそうだったかもしれないのだから。

 

 

「マジでどーすっかなぁ。屋敷も無理で、アーラム村も無理となったら……最悪、屋敷のやつらに黙って俺の部屋に内緒で住ませるか……?」

 

「なにその、捨て猫を自室で段ボールに入れて飼うみたいなノリ。それだと捨て猫じゃなくて捨て人になるけど。なに、捨て人とかいうパワーワード」

 

 

顰めっ面になって考え込むハヤトから不穏な発言が一つ、口元から落ちる。拾ったスバルが自分で言っておきながら笑えてくる単語に思わず失笑した。相変わらずな態度に、ハヤトがため息に近い苦笑。

 

相方がこうも適当だと、流石の彼も普段のような自由奔放ぶりは発揮できていない。頭よりも心が先に動く彼の珍しい一面だ。一歩、踏み出すタイミングが明らかに遅い。

 

思い切りが良く、無茶なことを平気でやってのけるのが自分。けれどそれは、フォローしてくれる相棒が隣にいるから。そんなことを今更ながらに思い知った、思考の海に溺れるハヤトだった。

 

溺れて、溺れ続けて、そのまま———。

 

 

「——お姉ちゃん、お裁縫得意なの?」

 

 

不意に、これまでに響いていた声とは毛色の異なる声が集団の中から上がる。声変わりから遠く離れた、無邪気さを思わせる幼い少女の声だった。

 

いつの間にか下を向いていた視線を上に向けるハヤト。海から引き上げられる思いで声の方向に顔を向けると、「よいしょ、よいしょ」と人混みを分けてこちらに近寄ってくる一人の少女と目があう。

 

大きく丸いエメラルドグリーンの瞳、瑞々しい桜色の唇、細く長い手足に白い肌。毛質の細い赤みがかった茶髪に大きな赤色のリボンを飾った、幼くも可憐な美少女。

 

 その名は、

 

 

「ペトラか」

 

「うん! おはよう、ハヤトっ!」

 

 

将来、とびきりの美女になる。村中がそう言って太鼓判を押すほどの美少女が、挨拶と一緒に笑顔を送る。ぱっと花が咲いたような、華やかさのある笑み。

 

その瞬間、自分の心にあった危機感が半分程度薄れる気がして。思わずハヤトは「ふっ」と頬を緩ませると、

 

 

「今日も可愛いな、ペトラ。お前のその笑顔は冗談抜きに人を救うぞ」

 

「そんな、いきなりそんなこと言われても恥ずかしい……っ」

 

 

頬を赤くして照れるペトラ。その純粋すぎる反応を見ると胸の奥から迫り上がるものがあって、ハヤトは反射的に目の前にある頭にそっと手を添え、撫でた。

 

さらさらの髪を崩さないように、大きなリボンの形を崩さないように、割れ物を扱う力加減で撫で下ろす。すると、ペトラは更に頬を赤く染め、リンガのように真っ赤になった。

 

 

「それで? お裁縫がどうしたんだ?」

 

 

腰を下ろし、目線の高さをペトラに合わせながら話を進めるハヤト。これ以上撫でると彼女が破裂しそうだと判断した彼は一度だけ頭をぽんと優しくたたき、手を下ろす。

 

ペトラを相手にした途端、分かりやすく声色が柔らかくなったハヤトを見ながらペトラは「あのね」と、

 

 

「さっき、お姉ちゃんがお裁縫が得意だって言ってたのを聞いて、教えてほしいなって思ったの」

 

「うん」

 

「でもお姉ちゃん、このままだと帰る場所がないからここにもいれなくなっちゃうでしょ?」

 

「そうかもしれないな」

 

「だから……わたし。——ママ!」

 

 

 呼び、振り返る。

 

大勢の前で懸命に声を紡いだ最後、ハヤトの丁寧な相槌に支えられながら呼んだのは、期待の熱がこもった眼差しの終点にいる存在だ。自然、視線を追う全員の顔が同時に同じ方向に向くと、

 

 

「ペトラ………」

 

 

と、仕方なさそうな態度をしながらこちらに近寄ってくる人が見えた。

 

細く長い手足に、肩で切り揃えた赤色交りの茶髪が揺れる、整った顔立ちの二十代前半に見える小顔な美形。身長は百六十センチ半ばで全体的に線が細く、すらっとしたモデルのような体型をした女性だ。

 

目の大きい猫のようなエメラルドグリーンの瞳は、眼前にいるペトラを思わせる無邪気さを孕み。それでいて、大人としての清楚な雰囲気を全身に纏っている。

 

現在のペトラが将来、とびきりの美人になると言われている一つの理由。それがこの人、

 

 

「ルーナさん。おはよう」

 

「おはようございます、ハヤト様」

 

 

 名を、ルーナ・レイテ。

 

本名、ペトラ・レイテの母親。原作では絶対に触れられなかった、実はとんでもない美人だった人物。子が子なら母も母である。否、逆か。

 

人混みの中から出て、ペトラの隣に並ぶルーナ。ハヤトとスバルの二人に視線を送られる彼女が自分を見つめる我が子を見ると、ペトラは上目遣いにも似た目つきで、

 

 

「ねぇ、ママ。——ダメ?」

 

「やっぱりそうくるか……」

 

 

分かっていたような、否、分かっていたお願いを聞き、ルーナはむっと唇を結んで額に手を当てる。声のトーンが完全に、捨て猫を飼いたがる少女のそれと一致することには触れない。

 

反応悪し。母親の態度から幼いながらに理解したペトラは「だって」と母親の服をぎゅっと握り、

 

 

「お姉ちゃん、帰るお(うち)がないんだよ? お屋敷もダメって言われてハヤトがわたしたちのこと頼ってくれたのに……どうしてダメなの? 空いてるお部屋、一つだけあるでしょ?」

 

「そう言われてもねぇ……」

 

 

握った服を揺すりながら必死な様子で頼んでくるペトラに困り、ルーナは助けを求める目で知人を含めた周囲の村人に目を向ける。さっと逸らされ、容易く見捨てられた。

 

普段は仲の良い友人も今だけは別らしい。巻き込まれたくない、お前に任せた、そんな声が幻聴として聞こえてきそうな態度をされれば、ルーナは困り果ててしまう。

 

ダメ元でハヤトに目を向ける。なんとも言えない微妙な表情の彼と視線が絡んだ。無理はしてほしくないけど、できれば頑張ってほしい——矛盾を抱えた表情。隣のスバルは、まさしく通り過ぎる人を見る捨て猫の目でこちらを見ている。

 

一瞬にして孤立したことを悟ったルーナ。村人たちの変わり身にされた気分になった彼女は腰を下ろすと、「お願い、お母さん」と哀願するペトラと頭の高さを合わせて、

 

 

「どうして、あのお姉ちゃんを家に居させてあげたいの?」

 

 

子の意見に否定から入るのではなく、理由を聞くことから入る。話を聞く姿勢を作った母親の真剣な表情を見ながら、ペトラは言葉を作れるだけの息を吸い、

 

 

「あのお姉ちゃんにお裁縫を教わりたい」

 

「お母さんが教えてあげられるわよ?」

 

「ママ、パパと同じでいつもお(うち)にいないもん」

 

 

 ーー共働きか

 

 

決して珍しくない家庭事情を聞き、ハヤトは心の中で呟く。思えば、自分が村に遊びに行ったとき、ペトラはいつも外で遊んでいた。不規則に遊びに行くにも関わらず、彼女はいつも。

 

偶々だと言うには不自然すぎる。けれど、もしそれが、両親が共働きで誰も家にいないからと言われたら納得できる部分がある。

 

幼い子を一人家に残して働きに行く。それができるのがこの村の特徴か。人口三百人程度の小さな村だからこそ、職場が家から遠く離れた場所でもないから。

 

 

「でも、夜なら教えてあげられる。お母さんがお休みの日にもよ」

 

「あのお姉ちゃんに教わりたいの! コットンさんにはダメって言われたから、あのお姉ちゃんに一日中お裁縫教わって、可愛いお洋服作れるようになりたい!」

 

「可愛いお洋服……? 前に話してくれた、ペトラの将来の夢のこと?」

 

「そう! だからーー!」

 

 

駄々を捏ね、大きな口を開けながら強く言った。絶対に譲らないと言わんばかりにスバルを指差し、首を横に振る。駄々を捏ねる娘と困る母、どこの親子にもありふれた光景。

 

そんな光景に対する周囲の反応は様々だ。同情を向ける女性陣、申し訳なさそうな目を向ける男性陣、「聞いてやれよ」と言ってくる子どももいる。

 

 

「なぁ、スバル。ペトラはああ言っているが、お前、裁縫とか人に教えられんのか?」

 

「どうかしら。教えたことはないから……。でも、お母さんの手伝いで一緒にやったとき、お母さんよりも上手でびっくりしちゃったぁ、って言われたことはある。こう見えて、女子力高めです」

 

「お前の母さんがどんだけ裁縫できるか分からねぇから参考になんねぇ……」

 

 

声を潜めて話し合うハヤトとスバル。焦点がレイテ家族に向けられたことでスバルの居候先が一つに絞られそうな中、二人は静かに焦っていた。

 

ペトラによってスバルが裁縫を教える先生に成ろうとしている今、スバルに教える技術があるのかと。

 

原作において、あのレムに「満点」と賞賛されるほどの裁縫技術がスバルにはある。それを知っているハヤトからすれば技術面はさしたる問題には感じられないが、教える技術があるのかと聞かれれば微妙。

 

それ以前に、他者を居候させることが可能なのか。一番の問題はそれ。

 

 なら、直接聞いた方がいい。

 

 

「ルーナさん。ちょっと俺と話せるか?」

 

「ハヤト様と、ですか?」

 

「渋ってる理由を教えてほしい。俺が解決できることなら………できなくても全力で解決してみせる。スバルの件、どうにか検討してくれないか?」

 

 

大勢の目に見守られながら、ハヤトはルーナと一対一で話すことを持ちかける。それから腰を下ろし、止めどなく抗議の声を上げるペトラと目を合わせると、

 

 

「ペトラのお母さんと話すから、ちょっとだけスバルのところに行っててくれないか? ペトラの夢が叶うように、俺に頑張らせてくれ。絶対になんとかしてみせる」

 

「……分かった。絶対だよ?」

 

「ああ、絶対だ」

 

 

笑いかけ、頭を撫で、送り出す。

 

伝わるか否かは置いとくとして、目で「よろしくな」とスバルに言うと、ペトラを迎えた彼女に「まかせろい」と口で言われた。伝わったらしい。

 

場は整えた。「ほぅ」と一息つくと、頭の中を整理するハヤトは「さてと」と腰を上げてルーナと目を合わせ、

 

 

「なにが引っかかってる? なにが理由で、スバルを居候させられないんだ?」

 

「見ず知らずの子を家に迎える。それだけでもかなり渋るとは思いませんか? ハヤト様のご友人なら悪いお方ではないとは思いますけど、今日会ったばかりの子を簡単に家に迎えると言うのは……」

 

 

言った途端、ハヤトの視界に映る村人たちの中で頷く者が数十人。ルーナが語ったことは共通の理解らしく、ハヤトという名前があってもその壁を超えるのは難しかった。

 

その瞬間、ハヤトは自分の中にショックを受ける自分がいることを感じる。期待していたことが裏切られてひどく悲しんでいる、身勝手すぎる心の中の自分の声が、はっきりと聞こえた。

 

甘い考えをしていたわけじゃない。それでも、どこかで甘えていたのかもしれない。自分ならば、自分の頼みならば、簡単にとはいかなくても受け入れてくれるのではないかと。そんな甘い考えがどこかにあるから、屋敷でも横暴な願いを言えたのかもしれない。

 

現実を突きつけられ、ハヤトは閉じた口の中で歯を食いしばる。拳をぐっと握り———覚悟を決めた。

 

 

「——お願いします! スバルを、居候させてやってください!」

 

 

声を張り上げて起こしたその行為に、きっとこの場にいる誰もが仰天した。丁寧な言葉を使ったことも、堂々とした態度を崩したことも、全て気にならなくなってしまうくらい、凄まじい威力があったから。

 

膝を折り曲げ、両の拳と額を地に叩きつけ、体を丸め込む。それは土下座としか言いようがない体勢で、

 

 

「スバルは悪いやつじゃないんです! 絶対に、悪いことをするようなやつじゃない! 俺が保証する! 命を賭けてもいい!」

 

「なにもそこまで——」

 

「そこまでしても、俺はスバルの安全を確保させてやりたいんだよ! スバルは俺と同じだから!」

 

 

 ——俺と同じ。

 

その本当の意味が分かるのはスバルだけだ。呼吸すら忘れる衝撃を受け、硬直した村人たちに本質は伝わらない。けれど、ハヤトは懸命に伝える。

 

 

「俺が異世界(こっち)に来たとき、隣にはアイツがいた! だから頑張れた! やっていけた! 不安だらけになるはずだったのが、不安じゃなくなった! だから今こうして、俺はここにいる!」

 

 

「でも、スバルは違う!」と、握る拳が震え出しながら、

 

 

「こいつは一人なんだよ! 俺みたいに親友がいるわけじゃない一人なんだ! 支えがいるわけじゃない一人なんだ! だから……俺は王都で見つけたこいつのことを放っておきたくないん……です」

 

 

「なのに」と、悔しさが全身から溢れ出して、

 

 

「屋敷のみんなはスバルを拒んだ……、本当にスバルは悪いやつじゃないんだ! 悪いやつじゃない、のに……。ダメだって、そう言って。だから、もうこの場所しか頼れる場所がなくて………ッ」

 

 

「ずずっ」と、鼻を啜り、

 

 

「ここがダメなら、俺はどうすればいいか分かんない。分かんなすぎて、自分(テメェ)の無力さに絶望してるくらいだよ。だからもう、こうやって必死に頼むしかないんだ、です。だから………」

 

 

「おねがいします」と、締めくくる。

 

呼吸を荒く乱すハヤトが、丸めた体を大きく上下させながら口を閉じた。慣れない敬語を使ったぎこちない口調で、声が喉に詰まりながらも、爆発した感情を吐き出す。

 

一度でも吐き出すと、止められなかった。堰き止めていたもやもやしたものが流れ出して、どうにもできなかった。頭を使って話していたせいで、出せなかった心の声が渋滞していたから。

 

全てが、心からの叫び。こっちが本当のハヤトの姿。感情に真っ直ぐで、単純で、素直な、カンザキ・ハヤト本来の頼み方。あれこれ思考を介さない、感情以外に混濁のない姿勢。

 

 

「ーーーー」

 

 

おそらく最初で最後となるハヤトの姿を見て、声を出せる者は一人もいない。連れてきた少女に害は無いことを真摯に伝えようとする青年の直向きな態度に、ただただ圧倒されていた。

 

周囲の人間ですらそれなのだから、直接向けられたルーナが心穏やかではないのは当たり前だ。

 

 

「——ハヤト様」

 

 

 当たり前の、はずだった。

 

ハヤトが心の声を語ってから数秒。誰も口を開かなかった中、一番に声を発する。とても優しくて、落ち着いた声だった。動揺の『ど』の字もない、真剣な名前呼びだった。

 

言葉と言葉に隙間はない。ルーナは一秒も置かずに想いを続け、

 

 

「お顔を上げてください、ハヤト様。私は、私たちは、ハヤト様に土下座をしてほしくてこの場に集まったのではありません。ハヤト様のお力になりたくて集まったんです」

 

 

言い終わるのを待って、ハヤトはゆっくり顔を上げた。額についた土埃が重力に従ってさらさらと落ちるのに続くように、小粒の雫がぽろぽろとこぼれ落ちる。

 

その彼の瞳に映るルーナは、聖母のように優しい表情でこちらを見ていた。土下座するハヤトが『見下ろしていない』と認識するのは、彼女も同じように膝を曲げて、地べたに座り込んでいるからだ。

 

ハヤトの真剣な声を聞き届けたルーナ。胸に溜まっていた息が溢れたのか、吐息する彼女は彼の顔を見ると「ふふっ」と笑いを音にして、

 

 

「よかった。さっきまでのハヤト様、なんだかいつものハヤト様っぽく見えなくて。そのお姿が見れて安心しちゃいました」

 

「俺っぽく、見えなかった?」

 

 

意味の分からないことを言われて、涙を拭うハヤトの顔が疑問に歪む。誰もが二人の声に意識を集める中、ルーナは「はい」と頷いて、

 

 

「お友達を助けたい、だから力を貸してほしい——私たちはそれだけで良かったんです」

 

「ーーーー」

 

「色々と言葉を並べて説明して、私たちを無理やり納得させて、だから力を貸してほしい——そのやり方は、ハヤト様には似合いませんよ。それは、テン様のやり方です」

 

「ーーーー」

 

「それで、今のハヤト様を見ていて思ったんです。こっちが私たちの慕うハヤト様なんだな、って。敬語を使うハヤト様は、かなり違和感がありましたけどね」

 

 

なんて風に少しだけ茶化しながら語ると、ルーナはクスッと笑って言葉を切る。けれど、今のハヤトに反応する力は無い。

 

言葉が、出なかった。我慢してきた感情が胸の奥底で沸騰して、目の裏側が熱く、理由(わけ)の分からない涙を止めるのに精一杯だった。

 

自分はこんな簡単に泣く男だっただろうか。違う、気が付かないうちに限界寸前で堪えていたんだ。

 

慣れないことをして、崖っぷちの中で踏ん張って、頑張っていこうとして、それでも上手くいかなくて、諦めるわけにはいかないから、折れることを許さない心が弱音を許さなかった。

 

自分らしくないと言われて、そうだと思った。実際、自分が普段しないことを沢山したし、今のところなに一つとして上手くいっていない。

 

 

「お友達のためにハヤト様が頑張っているのは、よく伝わりました。——よく頑張りましたね、ハヤト様。お友達のために頑張る姿勢、心に響きましたよ」

 

 

だから、今の自分にその言葉はあまりにも優しすぎる。

 

勝てないなと、涙が溢れながらハヤトは思った。自分よりもずっと年上で、大人な女性の包容力と言うべきものには、どれだけの時間を費やしても勝ることなどないなと痛感した。

 

 

 ーーもう少し、周りを頼るのよ。頼る相手がいないなら、せめてベティーを頼るくらいするかしら。

 

 ーー勝手に、一人で戦ってる気になってんじゃないのよ。

 

 

そう言って自分の味方をすると声に出してくれたベアトリスがくれた安心感とは、種類が違う安心感。まさか、十八にしてこんな思いを感じる日が来るとは思わなかった。

 

 

「立ってください、ハヤト様。ハヤト様のそんなお姿、誰も見たくありませんし。みんな、ハヤト様には常にかっこよく在っててほしいと思ってるんです。それが、私たちの知るカンザキ・ハヤトなんですから」

 

 

立ち上がるルーナに手を引っ張られて、ハヤトが立ち上がる。手厳しい意見を受けた彼は、しかし「へへっ」と笑いながら涙を思いっきり拭ってみせた。

 

曇りのない笑顔。涙で目が赤くなっているのは、立ち直った証。知らない間に積もっていた心の声を発散した彼の中に、もうモヤモヤは無かった。

 

 

「分かりました。ハヤト様がそこまでおっしゃるのなら、スバル様はレイテ家に居候させましょう」

 

 

その笑顔を見ながら、ルーナは言い切った。

 

まるで、ハヤトがいつもしている仕草を真似するように、胸に手を当てて「任せてください」と一言添え、ハヤトの願いを受け入れる。

 

 

「ですが、色々と問題があるのでハヤト様にご相談をと思うのですが」

 

「ああ……! なんでも言ってくれ!」

 

 

そうして、ようやく、一つ目の関門を突破したのだった。

 

 






実は、ペトラには胸の内に秘めた大きな夢があるんですよ。なので、スバルの裁縫と(無理やり)結びつけて、(強引に)話を持っていかせました。

違和感はありますが、許してください。これしか方法が思いつかなかったんです。


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