少しでも望む未来へ   作:ノラン

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色々と詰め込んだら、久々に長くなりました。
1万6000文字。目が疲れない程度に読んでくださいね。




猫の知らせ

 

 

話し合いが無事に終われば、呼びかけに応じて集合した村人たちは散っていく。スバルの居候先がレイテ家に確定した今、この場に残る理由はないと判断したのだろう。

 

自分らの代わりに大きな決断をしてくれたルーナに感謝の目を、友人のために命を賭ける覚悟を示したハヤトに感動の声を送り、皆が思い思いの場所へと消えていった。

 

ペトラもその集団に混じる一人。結果としてハヤトの救世主となった彼女は話が終わった途端、

 

 

「ママ! わたし、スバルのことみんなに紹介してくる! いつもの公園にいるから!」

 

「え? あ、ちょちょちょ、ペトラちゃん!? 待って!? ちょ、ちょ待てよ!?」

 

「ほらスバル! こっちこっち!」

 

 

と言ってスバルを連れ去っていってしまった。

 

お願いが叶ったのが余程嬉しかったのか、引き留めようとしたハヤトとルーナの目が眩しくなるほどの笑顔だった。無邪気な笑顔、彼女を中心として周囲が輝いているとさえ思えた。

 

助けを求めるスバルには「後で行く」と言って早々に見捨てたハヤトである。引き留めた方がいいだろうけれど、ペトラの楽しげな声と笑顔には何人たりとも勝てないのだ。

 

そんなこんなで時間相応、朝の静けさを取り戻し始めた中央広場にて———。

 

 

「んで? 相談ってなんだ? 俺はなにをすればいい?」

 

 

井戸の縁に軽く腰掛け、深く息を吐きながら聞いたのはハヤト。使用人として着用する制服についた土埃を適当に払ながら、正面に立つ女性に視線を向けている。

 

その姿に女性——ルーナは「ふふ」っと口元を隠して清楚に笑った。すると、ハヤトは「なんだよ」と目を細めて、

 

 

「今のに笑うとこあったか?」

 

「そっちの話し方の方がハヤト様らしくていいなと」

 

「やめろ。アレには二度と触れんな」

 

「是非ともテン様に聞かせてあげたい」

 

「マジでやめろ」

 

 

目が揶揄っているルーナの茶目っ気のある声に本気の声色で返し、腕を組むハヤトが「頼むぞ」と念を押す。表情は苦笑いだが、その裏には必死な様子が見え隠れしている。

 

敬語を使って土下座で感情論を武器に説得。他に方法が無かったとはいえ、もっとスマートなやり方があったのではないか。否、無かったからあの最終手段を選択した。選択するしかなかった。

 

頑張って頭を使って話してみた。それらの悉くが空振ってどうしようもなくなって、最後の最後に出てきたのがアレ。追い詰められた心が取った行動があれならば、最良はアレしかなかったと言える。

 

後悔はない。だが、話のネタにされるのは勘弁。もしこれが村中に広まって、テンレムラムの名前二文字三人衆に知られでもしたら、

 

 

「絶対に揶揄われる。頼むぞルーナさん。これは俺の名誉に関わることだ。さっきのは心の奥にしまっておいてくれ」

 

「いいじゃないですか。お友達のために一生懸命になれるハヤト様、とても素敵だと思いますよ」

 

「お前たちからしたらそう見えるかもしれんが……アイツらからするとアレは多分」

 

 

 ネタ筆頭。

 親しみを込めて煽られる。

 

そんな言葉が脳裏に浮上し、じわじわと焦り始めるハヤトが「ははは」と乾いた笑い声を一つ。感情のないそれを聞くと、彼を見つめるルーナもまた別の理由で笑った。

 

心なしか、肩の力が抜けたように見える。緊張していた頬が緩まって、声も柔らかく聞こえた。村人を集めて話し始めたときのハヤトと今のハヤトを比較すると、表情に明らかな余裕があるように思える。

 

自分たちの知らないところで頑張っていたのだろう。そんな風に思うと、立場関係なく純粋に目の前の青年を褒めてあげたくなる、大人としての心が僅かに疼き、

 

 

「やめやめ。もうこの話はおしまいだ」

 

「あら、残念」

 

 

心のままに動こうとする右手がハヤトの頭を撫でようとした途端、話の流れを無理やり切られる。思い立った行為は結果に結び付かず、最初で最後のハヤトの姿は記憶の奥底にしまわれた。

 

尤も、今頃あの瞬間に立ち会った人々が村中に話を広めているだろうから、ハヤトの友人の耳に話が入るのは時間の問題。この村における彼の人気ぶりを舐めない方がいいのだ。

 

いずれ、土下座したことを煽られるハヤト。彼は「じゃ、仕切り直すぞ」と手を叩くと、

 

 

「それで? 相談ってなんだ?」

 

「もちろん、スバル様の件です」

 

 

気持ちを切り替えたハヤトに合わせ、己の雰囲気を変えるルーナ。談笑の時に見せる柔らかい表情から一変、頬に緊張感を込めて真剣な表情になると彼女はそう言って頷いた。

 

お願いを承諾した以上、引き下がるつもりはない。「なんでも言ってくれ」と言われたのなら、言葉の通りハヤトに全てを任せるつもりで話を進めさせてもらおう。

 

決して気軽ではないけれど、深く思い詰めすぎないように。ルーナはその思いを胸に抱きながら、

 

 

「先ほどにもお話しした通り、スバル様を居候させるには色々と問題がありまして。簡単に居候させると言っても今日今からすぐに、というわけにもいきません」

 

「おう。それは分かってるつもりだ」

 

 

真っ直ぐこちらを見ながら断言してくるルーナに短く頷き、ハヤトも彼女を真っ直ぐ見つめる。両者共に物事に対して真剣に取り組む姿勢を示すと、話し合いの場は一瞬にして完成した。

 

緊張の糸が張り詰め始める空間。けれど心はリラックスしたままルーナは「あのですね」と前置き、

 

 

「スバル様を居候させることに関して、今のところぱっと思いつく問題は二つ」

 

 

人差し指と中指の二本を順番に立てる。そして、二つが別々の問題であることを示すために「まずは」と中指を折り、

 

 

「スバル様のお部屋、寝泊まりする場所を確保すること。私や夫と同じ部屋で寝るわけにもいきませんし、ペトラの部屋はあの子一人でいっぱいですから。必然的に、スバル様は別のお部屋で寝てもらうことになります」

 

「おう」

 

 

適当な相槌を打ち、ハヤトは頷く。それ以上の反応は特に見せず、提示された問題を解決しようとクリアになった頭の中で思考し始めた。

 

会話の主導権を相手に譲っている彼は、必要な時以外は口を挟まず黙って話を受ける聞き手スタイル。その熱心な姿勢を受け取ったルーナは「こほん」と咳払いをして、

 

 

「これはペトラが話してましたね。あの子の隣の部屋が空き部屋なので、そのお部屋で寝泊まりしていただこうかなと考えています。ですが、あの部屋は今、物置き部屋として使用していまして」

 

「人が住める状態じゃない。整理する必要があると」

 

「掃除も、ですね」

 

 

話の流れから推測したハヤトに言葉を付け加え、ルーナは表情を変えながら口を閉じる。どれほど悲惨な状態となっているかは分からないが、その苦笑いから察せられるものはあった。

 

物置き部屋と聞いて一番に想像できるものは、様々な家具や物が散乱した光景。息を吹けばたちまち埃が舞い踊る薄暗い空間。記憶にあるロズワール邸の物置き部屋は、それはそれは凄まじかった。

 

流石に一般的な民家があれと同程度だとは思いたくない。が、悲惨なことに変わりはない。

 

 ならば、

 

 

「俺とスバルが協力して部屋を掃除する……とかか? なんか見られちゃまずい(もん)とか、置いてあるか? その辺はどうなんだ?」

 

「置いてあるのは衣服と生活雑貨、捨てる機会を逃してそのままになった使わなくなった家具ですから。ある程度は、多分、おそらく、きっと、大丈夫なはずです」

 

 

言うとルーナはハヤトから顔を背け、顎に手を当てながら「大丈夫よね? えぇ、大丈夫なはずよ」と自己暗示しているように呟き始める。

 

その態度、不安しかない。これで万が一見られたくない物が見つかったら確実に気まずくなる。なにがどうなって気まずくなるかは見つかった物次第だが、だからこそ不安しかないハヤトだ。

 

 

「一応、ルーナさんも掃除には付き添ってくれるか?」

 

「はい。明日の午後は空いてますので、午後からでしたら。ちょうどいい機会ですし、ついでにあの子と一緒に断捨離でもしようと思います」

 

「ならそれでいこう。一緒にやりゃ、変に心配する必要もないだろ。多分」

 

 

自己暗示モードから抜け、顔をこちらに向けてきたルーナに曖昧に言って済ませる。彼女もそれで納得してくれたようで、「はい、分かりました」の二つ返事で了解してくれた。

 

ルーナ、ペトラ、自分、スバル。明日の午後はこの四人でレイテ家に集まって物置き部屋の大掃除。となると使用人のお仕事に手が回らなくなって大惨事——考えるだけで背筋が凍る。

 

ただでさえ午前中の仕事をサボっている今。これで明日の午後までサボったら、いよいよラムの雷が脳天に落ちるかもしれない。

 

 

「で、もう一つの問題は?」

 

 

考えたくないから考えないようにするハヤトが次の問題に話を進める。一つ目の問題の話が着地したところで、間隔を空けずに先を促した。

 

自分の問題は自分だけで解決する。自分が頑張ればいいだけの話。今の自分はがむしゃらに頑張ること以外にできそうにないから、とにかく頑張る。だから今は考えない。

 

本業そっちのけのハヤトが更なる努力に心を燃やす中、ルーナは「それなんですけど……」と言い出しづらそうに言うと、周囲を確認しながらハヤトにすっと近づき、

 

 

「レイテ家は、夫と私と娘の三人暮らしでして。その……あの……スバル様を受け入れるとなると生活費が」

 

「言いたくないこと言わせて悪かった」

 

 

耳打ちで語られた生々しい事実に声を重ね、それより先は言わせない。周囲を確認した理由と近づいてきた理由が『生活費』という線で結ばれ、直感的に理解したハヤトは神速だ。

 

仕立て屋のコットンと全く同じ理由。やはり、人を一人家に住ませるとなると金銭的な問題が壁となるのは当たり前だった。それが高い高い壁となることも。

 

 

「他にも色々と問題はありますし、スバル様と生活する中で浮かび上がってくるとは思うんですけど。やっぱり、一番はそれなんですよね」

 

「やっぱ金かぁ。ま、そうだよな。そうなるよな」

 

 

声量を小さくしたルーナの正直な意見を聞き、悩むハヤトが熟考の吐息を漏らす。どうしようかと思って背筋を伸ばして空を見上げ、伸ばした勢いそのまま危うく井戸の中に落ちかけた。

 

特別、レイテ家が貧乏というわけではない。レイテ家は極々平凡な家族だ。だから、今よりも養う人数が一人増えると大問題となる。裕福ではない限り、どこにでも共通して言えること。

 

この場合、普通なら居候させてもらうスバルが費用を出すのが当然。しかし、今の彼女にそれを払えるだけの財力はない。仮に仕立て屋でバイトをして給料を得たとしても雀の涙だろう。

 

なら、その分を他の誰かが払う必要がある。勿論、レイテ夫妻に負担させるのは論外。居候させてもらった上にスバルの分の生活費も、なんて非常識も甚だしい。

 

 なら、言うことは決まった。

 

 

「任せろ。それは俺がなんとかする」

 

 

天空に彷徨わせていた視線を地上に戻し、同じように表情を曇らせて悩んでいたルーナを見ながらハヤトは言う。

 

腰掛けていた井戸の縁からひょいと飛び降りると顔に笑みを作り、握り拳で胸をどんと強く叩き、

 

 

「これでも俺ぁ、あの辺境伯の下で働く一人の使用人なんだぞ? 尋常じゃねぇ仕事量の分、きっちり給金貰ってる。それなら払えるはずだ」

 

()いのですか、と聞くのは愚問で?」

 

「おうよ。こちとら、なんでもやる覚悟でこの場に立ってんだ。男に二言はねぇ」

 

 

一瞬、驚いたように目を見開いたルーナに男らしく言い放ち、ハヤトは歯を見せて不敵に笑う。それを見たルーナが釣られて笑みを見せたのは、今のがあまりにもハヤトらしかったから。

 

男に二言はない。初めて聞いた。すごい言葉だ。なのに、不思議と耳に馴染む。

 

 

「無茶な願いを受け入れさせたのは俺なんだ。なら、できる限りのサポートはする。俺にできることなら………、できることじゃなくてもいい。なんでも言ってくれ。スバルのためなら、文字通りなんでもやるぜ」

 

 

胸を叩いた拳を突き出し、親指を立ててグーサイン。熱の入ったガッツポーズをして、全力で支援すると断言。迷いの一切を感じさせない目で、声で、態度で、完璧に言い切った。

 

いつものハヤトだ。いつもの、自分たちが強く慕うカンザキ・ハヤトそのものだ。見ていて好ましいと思う姿を取り戻してくれてルーナは嬉しく思う。

 

そんな彼を見ていると、ふと思った。なぜこの青年はあそこまでしてスバルに親身になって、助けようとするのかと。

 

十中八九、ハヤトが優しいからだろう。彼は困っている人を見つけたら迷わず助ける人だから。けれど、それだけでは腑に落ちない。なにか、もっと他に大きな理由、同郷以外の理由があるはずだ。

 

考えて、考えて、考えたルーナ。思考の末に彼女が導き出した一つの答えは、

 

 

「もしや、ハヤト様はスバル様のことを慕ってここまでのことを?」

 

「だから違ぇって。なんでみんなしてそれ言ってくんだよ。ホントに違うからな」

 

 

真剣な表情で仮説を投げかけたルーナに思わずといった具合で苦笑し、ハヤトの体勢が崩れかける。勘違いされると困るから軽めに、強めにやると逆効果だから軽めに言い聞かせ、「やれやれ」と息を吐いた。

 

この問答をしたのはこれで何度目だろうか。こうも屋敷の人間と同じ意見を抱かれると、自分の知らないところで自分はスバルに惚れているのではないかと考えてしまいそうだ。いや、それはない。

 

今のところ、テンのように本気で好きになれる人をこの世界で見つけたわけじゃないハヤト。そんな彼にルーナは「そうですか」と、どこかほっとした様子で、

 

 

「それを聞いて安心しました」

 

「安心?」

 

「ペトラの好きな人。ハヤト様ですから」

 

「………そ、そうか」

 

 

間を置かずに疑問の返答をされて、反応に困ったハヤトが数秒間だけ言葉に詰まり、無反応だけは避けようとした口が短い返事を発する。

 

他でもないペトラの母親に言われると流石のハヤトも返し方を考えた。適当にあしらうのも違う気がするし、かといって子ども相手に恋愛的な意味合いで真剣に向き合うのも大人としていかがなものか。

 

 

「以前は、テン様とハヤト様の両方が好きで迷っていたんですけどね。少し前にレム様が、テン様と婚約したんです、って村中で話していたのを耳に挟みまして。それであの子には、ハヤト様一直線に突き進むようにと、私が」

 

「お、おぉ。ルーナさんが」

 

「はい、私が。レム様、それはそれは幸せそうなお顔で話すものですから。これは早々に引いて、ハヤト様だけに意識を向けるべきだと母親として助言を」

 

「へ、へぇ」

 

 

こちらをじっと見つめ、笑顔で圧をかけてくるルーナにハヤトの口から苦笑の声が鳴り止まない。じりじり寄ってきそうな勢いのある彼女を見ていると、頬が徐々に引き攣り出す。

 

この人、ただの美人ではなかった。この瞬間、そう思った。ペトラへの助言は母親としてと表現するより、女としてと表現する方が正しい気がする。

 

 

「ハヤト様」

 

 

対応に困りまくり、苦笑以外に出てこないハヤト。どうしたら良いのやらと悩む彼の名を呼ぶと、ルーナは笑顔を引っ込め、ふっと真剣な表情を作り直して言った。

 

 

「あの子は本気ですよ」

 

 

 ぞくり。

 

その表情に鬼気迫るものを感じた気がして、ハヤトの背筋が一直線に伸びる。そうしなければならないという根拠のない確信があった。

 

恐怖によるものではない、ならば今この心を震わせる感情はなんなのか。感じたこともない圧力に不覚にも押され、表情が凍りついた。

 

 なにか、なにか別の話題を。

 

 

「そ、そういや、そういやだけどよ。旦那さんにはスバルの事は話さなくてもいいのか? いないところで勝手に決まっちまっただろ? 旦那さんの許可とか取れてねぇし」

 

「大丈夫ですよ。私の方が上なので」

 

「あっ……」

 

 

なにかを察したハヤトのそれに「おほほ」とルーナは口に手を添えて笑む。どうにか話題を逸らそうとして、もっとヤバそうな話題が出てきた。

 

これ以上この人と話していると、なんかマズイ気がする。目の前の笑顔を見て直感的にそう判断したハヤトは胸を張り、腕を組み、「そうか! ならよかった!」と無理やり声を大きくして、

 

 

「それなら、これでルーナさんが言った二つの問題はなんとかなりそうだなっ! 二つ目のやつに関しては俺が後で袋に入れて渡すから、そんときにまた相談しよう! つか、部屋の用意、何日くらいで終われると思う!?」

 

「ハヤト様。いくらここが住宅街から離れた中央広場だからと言っても、ハヤト様の声は遠くまでよく響くんです。まだ寝てるお子さんもいらっしゃいますから、声は控えめに」

 

「……………………………悪かったよ」

 

 

冷静な態度で普通に注意されて声を萎め、「お前のせいだぞ」というジト目をルーナに送りながら、ハヤトは長い沈黙を作って謝る。

 

完全にルーナのペース。それを彼は理解していた。だから文句の一つや二つ言ってやりたい気持ちを捨て、口の中で暴れ回るそれらを唾と一緒に飲み込んだ。

 

そんなハヤトの反応など気にせず、ルーナは「お部屋の件ですが」と前置き、

 

 

「今日は私が午後から仕事なのと、主人は夜まで帰ってきませんので、今日は流石に無理です。なので、仮に、明日と明後日のうちに掃除を終わらせて、お部屋の準備を全て終わらせるとすると———」

 

 

 

 

▲▽▲▽▲▽▲

 

 

 

 

「——っつーことで、今日と明日の二日間はスバルが屋敷にいることになったぜ」

 

「なったぜ、ではないですよ。聞いていたお話と違いますが」

 

「それに関しちゃ、マジですまんとしか言えねぇ。まぁでも、日中は、ほっとんど向こうで過ごすってスバル自身も言ってたし、屋敷にいる時間は少ないから問題ないだろ?」

 

「なんの問題も解決できないけど」

 

 

アーラム村での一件を終え、第一の関門を見事に突破したハヤト。ルーナとの相談話が一段落した彼は子どもたちの遊び相手にされるスバルを村に置いて一人、ロズワール邸に一時帰宅。

 

そんな彼を玄関扉の先で迎えたのは、不満全開な表情のレムと、その付き添いであろうラム。本来、仕事に励んでいるはずのメイド二人が、予想外にもハヤトを出迎えてくれていたのである。

 

 

「あの貞操無しの阿婆擦れ女を村民の家に居候させるように話を落ち着かせた。その努力はお疲れ様と労ってあげる。使わない、いえ、使えない頭を使ってよくやったわね」

 

「もっと言い方あんだろ」

 

「筋肉しか取り柄のない脳筋の脳みそにしては頑張った方ね」

 

「直球で辛辣になったな、おい」

 

 

迎えてくれたことは意外だったが、ハヤトとしては素直に嬉しかった。嬉しかったが、その後の展開のせいでそんな感情はどこかへ飛んでいった。

 

アーラム村で起きた話の顛末を聞かせ、これからの流れを全て説明した途端、静かだった二人の態度が急変。「話が違う」と怒った様子でハヤトに詰め寄ってきたのだ。

 

 主に、レムが。

 

 

「どうしてそのようなお話になってしまったんですか。レムの記憶が正しければ、あの女はロズワール邸から永久的に追放されたはずですが」

 

「それはそれで間違った解釈だが、今は置いておくとして。いや、本当にすまねぇ。部屋がない以上、ルーナさんの家に寝泊まりできねぇだろ? その間、スバルをどこで寝かせるんだよ」

 

「村で野宿でもさせておけばいいでしょう。ウルガルムの餌にでもすれば死体処理をしなくて済むので、魔獣の森に放り込むのも一つの手だと思いますが。あそこなら誰も文句は言いませんよ」

 

 

ひどく冷酷な声で淡々と狂気的な発想をするレム。勝手に決定されたことに異論しかない彼女の表情には色がなく、普段から喜怒哀楽という色彩に富んでいるはずの顔つきは冷たい。

 

この場にいるのはレムとラムとハヤト——親しい者のみがいる場では、流石のレムも口が悪かった。メイドという肩書きを投げ捨て、世界で三人しかいない真に心を許した人に、素顔を曝け出している。

 

恋人にはでろっでろに甘えた態度をするくせに、敵と認識した者にはどこまでも冷酷で在るレム。その差があまりにも開きすぎていて、分かっていても戦慄する。

 

 

「お前それ、マジで言ってんのか? 野宿だの餌にするだの。相手は女の子だぞ?」

 

「やっぱり脳筋、あの女のことが」

「信じられません。友人やめます」

 

「だから違うって言ってんだろぉ!? お前らいい加減にしろよ!? それ出されると話がいっつも進まねぇんだよ! 俺は今んとこ好きなやつはいねぇッ! わーったか!」

 

 

人間のクズを見るような目を向けるレムとラムがドン引きし、がなるハヤトから三メートルほど距離をとる。両手を合わせて身を寄せ合い、姉妹揃って嫌悪感を叩きつけた。

 

ここまでくると、いよいよ否定するのも面倒になってきた。今のところほぼ全員に『ハヤト、スバルのこと好き説』を問われているが、いっそのこと肯定した方が話が早く終わるのではないか。

 

ため息。「ったくよぉ」とハヤトは顔を下に向けて首を横に振り、疲れた表情をする。だから彼は、自分のその態度に姉妹の唇が柔らかく解けたことには気づかない。

 

 

「よかった。ハヤト君の雰囲気、柔らかくなりましたね」

 

「そうね」

 

 

耳を澄ましてやっと聞こえる声量でそう言った姉妹が、ハヤトでも分からないハヤトの変化をこの少しの時間で敏感に感じ取り。彼女らが、実はハヤトの疲労を気にかけていたことなど、気づかなかった。

 

スバルの事については辛辣だが、ハヤトの事については優しいレム。開けた距離をゆっくり詰めながら、彼女は緩んだ唇をきゅっと結び、

 

 

「レムと姉様なりに、ちょっと考察してみました」

 

「なにがだ?」

 

「あんなことまでして、脳筋があの女を庇いたがる理由」

 

 

ラムがレムの言葉を継いだ直後、顔を上げたハヤトの心臓が緊張に跳ねる。文脈もなく耳に届いた言葉の内容のせいではない、自分の目を一直線に射抜く赤と青の瞳が、とても真っ直ぐすぎた。

 

だから彼は、また気づけなかった。今の会話の中に自然に混じった違和感に。二人の視線に身動きを縛られ、言葉を紡ぐことを封じられた彼は黙るしかなかった。

 

じっとハヤトを見つめるレムとラム。物音ひとつしないロズワール邸の中、静寂がうるさい玄関広間の中で三人。玄関扉を背にした彼を前に、レムは息を吸うと、

 

 

「勿論、ハヤト君が他の人よりも優しくて人情味のある人ということもあると思います。けど、やっぱりそれだけでは納得できないんです。ですからそれ以外の理由、もっと根本的な理由があると思うんです」

 

「その根本的な理由が、あの貞操無し——ナツキ・スバルそのものにある。ラムとレムはそう判断した。あの女の存在自体になにかあるから、手の届く範囲に置いておきたかった」

 

 

「違っていて?」と、姉妹総意の結論を口にしたラムが首を傾ける。頭の上に疑問符を浮かべる仕草。当然、隣のレムも同じ姿勢をとっている。

 

恐ろしい。その一言に尽きた。今、口を閉じてこちらの反応を待っている姉妹に、ハヤトは心の底から戦慄している。意識していなければ、呼吸すら忘れそうになるほど動揺させられている。

 

端的に言って正解だ。彼女らの考察は的のど真ん中を貫いている。貫きすぎて怖い。正解かも分からない結論を話しているはずなのに、正解だと確信して話しているような態度が、目が、怖かった。

 

 

「それ、どうしても話せませんか」

 

「友人にも、親友にも、話せないの? やっぱりダメなの?」

 

 

沈黙を肯定と受け取ったレムが畳みかけると、続くラムが卑怯な言い回しで攻める。ハヤトが隠しているものを暴こうと心の中に土足で踏み込み、奥へ奥へと容赦なく突き進んでいった。

 

ハヤトが口を開く気配はない。何度か揺らいだ表情は見せたものの、視線から逃げる目が二人から逸れただけだ。

 

 

「話してくだされば、力になりますよ」

 

「力くらいなら貸してあげてもいいけど」

 

 

執拗に迫ってくる友人二人の猛攻を受けても尚、口を開く気配は訪れない。

 

話してしまったら、良くないことが起きるのだけは知っている。自分が、もしかしたらこの二人が、危険な目に遭うと理解している。絶対に、意地でも、話そうと思わない。

 

頑なに話そうとしないハヤト。ならばと、呆れた様子で息をこぼすラムは最終奥義を使おうとした。

 

 その瞬間、

 

 

「——踏み入るな」

 

 

獣の唸り声によく似た声だった。途端、ハヤトの心の中へと順調に足を進めていた二人の足が止まり、以降から一歩たりとも踏み出せなくなる。つまりそれは、二人の動きが止まったことを意味した。

 

大人の男性らしい声帯から発せられたそれは、しかし大人の男性のそれよりも遥かに低く。二人にとっては一種の警告音にも聞こえて、

 

 

「それ以上、俺の心に入ってくるな。どんだけ粘ってもこれだけは言えねぇぞ」

 

 

次の瞬間、強い力で無理やり押し出された二人がハヤトの心から追い出された。あと少しで答えに辿り着けそうだったのに、猛攻を耐え切った心の外に弾き返される。

 

実際にどこから追い出されたわけではないが、そうだと錯覚するほどに彼の視線に宿る熱は苛烈で。二人のことを本気で拒む気なのか、圧力の掛け方が尋常ではない。

 

睨みを利かせるハヤトの目を見ると、二人は意図せず生唾を飲み込む。そこまでして話したくないのかと、ここまで迫っても話してくれないのかと、友人として思うところがあった。

 

睨み合う一人と二人。先に折れるのは———。

 

 

「……ならいい。二度も訊いて、それでもだめだった。なら、ここは脳筋の意地の悪さに負けてあげる」

 

 

沈黙を破ったラムがそう言って浅く息を吐くと、睨み合いは終わった。落胆の意を込めて首を横に振り、顔を伏せてハヤトから視線を外す。

 

レムも姉の判断には従う様子だった。不満感のある表情が残っているものの、それ以上の追及はしてこない。視線を逸らし、ゆっくり吐息して己の中にある熱を外へ逃す。

 

そうして、玄関広間に流れていた不穏な空気は薄れていく。視線と視線の殴り合いを制したのは、二人に譲ってもらったハヤトだった。

 

一度、目を瞑るハヤト。深呼吸を何度か繰り返し、次に目を開いたとき、彼の目は猛獣ではなかった。見慣れた目、でもちょっとだけ熱がこもっていて、尖って見える。

 

それこそが動揺の証だとも知らず、隠そうともしない彼は「ほぅ」とため息。背中の扉に寄りかかり、

 

 

「出迎えてくれたと思ったら、変なこと聞いてくんじゃねぇよお前ら。せっかく大仕事が終わって一息ついてたってのに。油断の隙もねぇ」

 

「聞き捨てならないわね。このラムがせっかく心配したあげたのに変なこと呼ばわりされるとか、心配してあげて損した。脳筋のせいで余計な体力使ったから、午後のラムの仕事は脳筋が代わりにやりなさい」

 

「お前まさか、単に仕事代わってほしくて玄関まで来てくれたわけじゃねぇよな?」

 

 

心配して損しても、損しなくても、どっちにしても余計な体力を使ったと言って仕事を代われる盤石の布陣。ラムならやりかねない狡猾な手段だと思う。

 

 というか、

 

 

「お前、この話は無理やり聞かないんじゃなかったのか? 俺が話してくれるまで待ってる、ってカッコよく厨房で俺に言ったよな。忘れたとは言わせねぇぞ」

 

「女は気が変わりやすいのよ。この機会にでも覚えておくことね」

 

「そうですよ、ハヤト君。女というのは気が変わりやすいものなんです。女心は複雑なんです。お取り扱い注意です」

 

 

数時間前の話を持ち出したハヤトを軽々しく受け流すラムに頷き、ハヤトを見ながら熱論するのはレム。彼女が言うと、全く別の意味に聞こえてくるのが不思議。

 

納得できない。逃がさないハヤトが「いや。だとしても無理やり聞いただろ」と話を戻すとラムは「違うわ」と断言して、

 

 

「ラムは脳筋に聞いたわけじゃない。ラムはただ、ラムとレムの考えを伝えただけ。馬鹿正直に肯定したのは脳筋よ。別に、否定して、さっきみたいに適当に流してくれてもラムたちはよかったのだけれど?」

 

「それ、屁理屈ってやつだぞ」

 

「ラム達に確信を持たせたのは脳筋だった。それだけの話。自分の嘘の下手さを恨みなさい。それから、ラムの慧眼さと、レムの頭の良さを羨むがいいわ」

 

「ああ言えばこう言うな、お前」

 

「はっ」

 

 

慣れ親しんだ嘲笑を向けられ、ハヤトの口からため息が漏れる。先程からため息をつきっぱなしな気がした。どうでもいい。息を吐くと余分な力が抜けて楽になれる。一緒に幸福まで抜けないといいが。

 

一の言葉に対して百の言葉で返してくるのがラム。頭の回転が自分よりも早い彼女には、口喧嘩では絶対に勝つことなどできない。それを理解しているハヤトは「やれやれ」と半笑いしながら、

 

 

「まぁ、心配してくれたのはありがとうな。でも、ホントに大丈夫だから変な心配すんな。俺は一人じゃねぇ、俺の周りには頼りになる人がたくさんいるって、今さっき教えられたばかりなんだ」

 

 

「今のも含めてよ」と付け足し、半笑いが普通の笑みに変わる。歯を見せてニカッとする笑い方は、彼が純粋に嬉しいと感じているときに頻繁にやる笑い方。

 

分からない二人ではない。彼の色々な顔をたくさん見て、接してきたのだ、嘘偽りがないことくらいすぐに理解できた。彼は嘘が下手くそだから、嘘をついていないときも分かりやすい。

 

少しだけ互いに目を合わせ、感情を共有するレムとラム。その僅かな時間だけで意思疎通を完了させると、二人は同時にハヤトに視線を向け直し、

 

 

「これで脳筋も、心の中に土足で踏み込まれる人の気持ちが少しは理解できた?」

 

「心の中に土足で……? あぁ……ああ、分かったよ。単純に不快(いや)だな」

 

 

ハヤトのそういう部分をあまり好ましく思えないラムの煽り性能のある発言に頷き、ハヤトは微苦笑。誰のことを言っているのか考えるまでもなくて、とりあえず笑っておいた。

 

心の中に土足で踏み込まれる感覚——暴かれたくないことを容赦なく暴いて、言われたくないことを淡々と言って、こちらの意志を一つも受け付けずにずけずけと攻め込まれる感じ。

 

とても嫌な感覚だと思う。

 

 

「はっきり言って、イラつくな」

 

「その行為をハヤト君は呼吸も同然にしていますけど、自覚ありますか?」

 

「悪かったよ」

 

「ラムたちじゃなかったら嫌われてる」

 

「悪かったって」

 

「親しき中にも礼儀ありですよ」

 

「悪かったって言ってんだろ!」

 

 

突き刺さる言葉の刃に我慢できなくなったハヤトが声を荒げる。その反応を受けたレムがクスッと息をこぼすように小さく笑い、嘲笑するラムがしたり顔。

 

自分たちじゃなかったら嫌われてると言ってしまうあたり、飴と鞭の使い分け方の理解が深いらしい。全くもって厄介だ。

 

良い友人を持ったのか、どうなのか。否、持ったのだろう。こんな親身になってくれる友人、後にも先にもいないはずだ。そんな風に思うと、ハヤトの心も静かになる。

 

 

「あの女が滞在するのは今日と明日ですか。そして、テンくんが帰ってくるのは明後日と……。先は長いです」

 

 

乱れた表情を刹那で整えたレムが寂しそうな声色で言った途端、ぱっと目を見開くハヤトが驚いた顔をしながらレムを見る。

 

表情で語るハヤトの視線を受けると、レムは「はぁ」と珍しく分かりやすいため息をつき、

 

 

「ハヤト君のことですから、なにを言っても無駄なのでしょう? それに、既に決まってしまったようなので、異論を示しても良い結果は望めませんから。この不快感はテンくんで発散するとします」

 

「ありがとう、レム。その優しい心に感謝するぜ」

 

「調子に乗らないでください。我慢はしますが、許す気はありませんから。おかしな行動をした場合、その時点で手を下しますので。……レムの言いたいこと、分かりますよね」

 

「変なことはすんじゃねぇぞ、ってちゃんと言っておく」

 

 

真顔で圧迫してくるレムに真面目な顔つきで返し、ハヤトは深く頷いた。おそらく、屋敷の中で一番にストレスを感じているであろう彼女が我慢してくれて内心、一安心。

 

その裏でテンの負担がどんどん大きくなっていくことに気づいたラムが「ふっ」と笑うのを横目に、ひとまず壁は突破したかと気を抜いた。

 

となると、あとはベアトリスにどう説明するかだが。彼女のことならなんとかなるという謎の自信があるので、特に気にしないことにする。

 

だからハヤトは気楽な気分で指をパチンと鳴らし、

 

 

「まっ、時間なんてあっという間に過ぎてくもんだ。だから、今この瞬間を大事にすることも必要だと思わねぇか?」

 

「ーーーー」

「ーーーー」

 

「分かった。ふさげて悪かった。マジで悪かった。これからは色々と自重を心がけるから、その冷え切った目をやめろ」

 

 

友人二人の絶対零度の目に背筋が凍りつき、逃げるように明後日の方向に目を向けると、虚空を見てニヤリと笑いながら言った。

 

 

「だが、割とマジだぞ。時間なんてホントにあっという間に過ぎるもんだぜ。——お前ら」

 

 

 

 

▲▽▲▽▲▽▲

 

 

 

 

 それから、実に二日が経った。

 

 

意外にも掃除の件はすんなり事が運び、スバルがレイテ家に居候すると決まった次の日中には部屋の整理整頓はあらかた終了。

 

時短を目指したハヤトが要らない家具を担いで窓から飛び降りて他三人を驚かし、床の雑巾がけをしている際に大人の手の平サイズの蜘蛛が出て女性陣が悲鳴を上げたりしたものの。

 

物置き部屋の名残が残る部分はあれど、人が住める状態にまでは片付いていた。元からそれほど悲惨ではなかったことも一つとしてあるが、四人が団結して頑張ったのが最速で終わった最たる理由だ。

 

そんなこんなで予定通りたった一日の滞在で、彼女はロズワール邸から出発する事になった。

 

 

「——な? 俺の言った通り、あっという間に過ぎたろ」

 

「どこを見て言っているの」

 

 

虚空に向けて話す謎行動を見たラムが不思議そうな顔で同じ方向を見るのを横目に、ハヤトは視線を正面に向ける。視界に映るのは、玄関扉を背にしたスバルがエミリアと話している光景。

 

 

 ——結局、スバルが完全にロズワール邸から離れるのは、スバルが来てから二日後の夕方となった。

 

 

昨日に引き続き今日の朝からレイテ家で作業をして、夕方頃にようやく必要最低限な部屋の準備が完了したため、完全移住が確定したのだ。今はその知らせと、別れの挨拶。

 

僅か二日間で作業が終わったのは勿論、四人の頑張りもある。けれど、移住の件を聞いたアーラム村の人たちが全面的に協力してくれたこともハヤトは忘れない。

 

外に出した家具の解体作業を手伝ってくれた男たち。部屋の掃除を手伝ってくれたルーナのママ友。お昼時、昼食を作ってくれたおばちゃん。スバルの生活に必要な家具を購入した際、一緒に運んでくれた大工のおっちゃん。

 

助けられすぎて涙が出そうだった。手伝ってくれた人たちと昼に食べた握り飯の味はきっと、絶対に忘れられない。スバルも子どもたちに異常に好かれていたし、今のところ順調で安心。

 

それとなく村に異変がないか見回ってみたりしたが、これも大丈夫そう。メィリィが子ども達の中に紛れて遊んでいたのを見つけた時はひやっとさせられたものの、確認した範囲では誰も噛まれていない。

 

 

「んで、スバルが屋敷にいた時間はどうだったよ。今にして思うと短く感じたろ」

 

「体感時間は人それぞれ」

 

「ラムには長く感じたか」

 

 

大忙しな二日間を送ったハヤトからすれば時間など一瞬にも感じられたが、ラムからすればそうでもなかったらしい。曖昧な返し方をした彼女は毅然としていて、表情からは考えが読めない。

 

そんな彼女を視界の中に入れていると、この場にいないレムのことが気になって、

 

 

「つか、レムは?」

 

「知らない。予想できないわけじゃないけど」

 

「だろうな」

 

 

一応、形として客人を見送るロズワール邸の住民の中で唯一いないレム。客人を送る場にいないとはメイドとしてあるまじき行為——そう言って異を唱えるものは一人もいない。

 

スバルになにかしかの言葉を掛けているロズワールも、今回は不問にしたらしい。顔ぶれを見渡し、レムの不在を確認した瞬間の弾けるような失笑は面白かった。

 

その点、少し意外だったのが、

 

 

「お前が来るなんてな、ベアトリス」

 

「てっきり、お見送りには顔を出さないものと思っていました」

 

 

澄ました顔でハヤトの真横に並ぶ、ベアトリス。スバルが一日だけ屋敷に滞在すると聞いた際に激昂し、「話が違うかしらー!」とハヤトに突撃した幼女。最終的にはハグで許した。

 

レムと同様の理由で顔は出さないとばかり思っていたハヤトとラム。スバルが屋敷にいる時は声をかけられてもガン無視、それでも絡まれたら問答無用でぶっ飛ばしていたほど嫌っていたのに、意外だ。

 

困惑という意味合いで不思議がる二人に目を向けられると、ベアトリスは「ふんっ」と形のいい鼻を鳴らし、

 

 

「別件なのよ」

 

「「別件?」」

 

「すぐに分かるかしら」

 

 

なんのことやらと小首を傾げる二人には取り合わず、ベアトリスは正面を見つめる。方向的にはスバルを見ているようにも見えるが、蝶を宿す彼女の瞳はそれよりも先を見据えていた。

 

釣られて視線を正面に向けると、ちょうど話を終えたエミリアとロズワールが、横一列に並ぶ三人の中に加わって、

 

 

「えーっと……それじゃぁ、ホントに短い間だったけど、アタシを置いてくれてありがとうございました。このご恩は、明日まで忘れません」

 

「明日には忘れちゃうのね」

 

 

微笑を浮かべて言葉を挟んできたエミリアの声を耳にしながら、スバルは頭を下げる。

 

正直、この屋敷で過ごした時間よりもアーラム村で過ごした時間の方が長いから思い入れなど欠片もないけど、感謝の気持ちだけは示した。それから頭を上げると、一番にハヤトを見た。

 

 

「また明日ね、ハヤト」

 

「おう。明日な。コットンさんのところに仕事の件で話に行くから。またそんときに」

 

「うい。りょーかい」

 

 

手を振って別れの挨拶を告げ、笑いかけるハヤトにスバルもまた笑いかける。それが終わると、次はロズワールに視線を送り、

 

 

「ロズっちも、急なお願いだってのに受け入れてくれてあんがと。これでもし断られてたりしたら最悪、野宿する羽目になってたかもだし」

 

「いーぃや、礼には及ばない。あーぁんなことを言った手前、一日だけでもスバル君を滞在させるのはどーぉかと思った部分はあるけーぇどね。ハヤト君の予想以上の頑張りに免じて一つ、というわーぁけ」

 

 

言いながらハヤトに顔を向け、片目を瞑ってウィンク。気持ち悪いものを感じて、「ちっ」と舌打ちするハヤトがポケットに手を突っ込んだ。無礼な態度だとラムの肘打ちが脇腹に突き刺さる。

 

誰から聞いたのか、ロズワールはハヤトが土下座したことを知っていた。スバルが一日だけ屋敷に滞在する事を相談する中で、その話題を出されたときは震えたものだ。

 

そのお陰で一日だけ許してもらえたのなら土下座しておいて良かったと言える。いや、言えない。これでもかと揶揄われた。

 

 

「ベア子も見送りに来てくれてありがとね。なんだかんだ言ってやっぱり寂しかったんじゃん。嫌よ嫌よも好きのうちってやつ? このツンデレ幼女が」

 

 

脇腹に手を当てて痛がるハヤト。清々(せいせい)したと言わんばかりのラム。二人が横目で静かに睨み合う中、次にスバルに照準を向けられたのはベアトリス。

 

昨日、積極的に話しかけてはぶっ飛ばされていたはずなのにポジティブな考え方で乗り切るスバル。いつの間にか呼び方が変わった彼女に、ベアトリスは心底嫌そうな顔で、

 

 

「勘違いしてるようだから言うけど、別にお前なんかのためじゃないかしら、小娘。ベティーは別件でここにいるのよ。誰がお前なんかのために、わざわざ顔を出さなきゃならんかしら」

 

「そう言って、実は寂しかったりするんでしょ? 分かる分かる。ベア子くらいの年齢の子って難しいお年頃なのよねぇ。素直じゃないんだから。その点、村のガキどもは分かりやすくて接しやすいけど」

 

「ーーーー」

 

 

無言でスバルに構えた右手をハヤトに抑えられながら、付き合ってられないとベアトリスは呆れ果てる。言葉を交わすことが無駄であると今この瞬間に断ち切り、意識からスバルを除外した。

 

別件と。そう言ったベアトリスにロズワールとエミリアが引っかかっていることなど知らず、スバルは視線をラムに移し、

 

 

「ラムもありがとうね。うん、その、えぇ。色々とありがとうね」

 

「お客様、できないお世辞をすると頭の悪さが露出してしまいますわ。気をつけた方がいいです」

 

「うるさいわい。たった一日でぱっと思いつくわけないでしょうが」

 

 

辛辣な意見を簡単に流しつつ、こちらをじっと見つめるラムから視線を外す。

 

一人一人と丁寧に別れの挨拶をしていくスバルの意識が最後に向けられたのは、ハヤトを除けばこの面子の中で一番に仲が深まった銀髪の少女。

 

 

「それじゃ、締めを飾るのはエミリ」

 

「ちょっといいかい?」

 

 

最後まで残しておいた少女の名を呼ぼうとした瞬間、割って入る声が響く。声の方向はエミリア、その後ろ髪からカーテンを開けるように銀髪を分けて顔を出すパックがいた。

 

時間的にも活動限界が近いパック。エミリアの髪の中から出てきた彼は、ゆらゆらと宙を浮遊しながら眠り目を擦り、

 

 

「感動の別れをしているところ悪いんだけどさ。ボクからみんなに伝えたいことがあってね」

 

 

「はわぁー」と呑気に欠伸しながら言い、全員の視線が交差する中心に陣取るパック。

 

彼は眠気覚ましのつもりで頬をぽんぽんと叩くと、悪戯を仕掛けた子どものように無邪気な笑顔でエミリアを見ながら言った。

 

 

「たった今入った、良いお知らせがリアにあるよ」

 

「良いお知らせ? なに?」

 

「なんと、テンが帰ってきた」

 

 

その発言に、エミリアが屋敷から飛び出して行ったのは語るまでもない。

 

因みに。その数分前、掃除をしていたレムがテンの気配を察知して、屋敷の窓から外へ飛び出していった。

 

 

 ロズワール邸の、三階から。

 

 

 






名前自体は頻繁に出ていたのでいなくなった感じはしてないとは思いますが、次回、アイツが帰ってきます。物語の方も、そろそろ。

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