少しでも望む未来へ   作:ノラン

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レムテンエミリア回。

この小説は『オリ主×レム』と『オリ主×エミリア』を同時に摂取できる(と作者としては思ってる)欲張りなものですが、

オリ主=【恋愛ポンコツカス野郎】かつ【女の子一人が精一杯な器】かつ【変に真面目で律儀すぎ】で、

レム=【オリ主愛してる】かつ【オリ主に対して遠慮と我慢を知らない】かつ【独占欲の塊】かつ【ヤンデレ気質】で、

エミリア=【無自覚オリ主大好き】かつ【オリ主に対して遠慮と我慢を知らない】かつ【公式公認の面倒くさい女】かつ【恋愛感情知らない】かつ【ヤンデレ気質】。

なせいで、オリ主がこの二人を同時に相手にするとなると色々と大変なことになります。今回のお話は、その序章的なやつ。

「それ今やる必要ある? カットしても良くね?」って言われそうなお話ですけど、三人ならやりそうかなと思ったので、今やります。問題だらけな三人の現状を、頑張って表現してみました。

がっつり、この三人のお話です。早く先に進めたいのになんでいつもこうなるんだよ、って思いながら書きました。地の文、多めです。






問題しかない三人組

 

 

 

自分が駆け出したと気づいたのは、ロズワール邸を飛び出て、正門を通り抜けたあたりだった。

 

テンが帰ってきた。その言葉に心よりも先に体が勝手に動いていた。心ではなく体が。

 

 

「はっ、はっ、はっ———」

 

 

 走る。

 

背中を押し続ける感情に身も心も任せ、ただ真っ直ぐに突き進む。この体を、心を、激烈に燃え上がらせてくる灼熱の感情に従って、必死に追い求めるように。

 

腕を振り、地を蹴り上げ、頭から転げかけるほどに体勢を前に倒し、胸が苦しくなってしまうくらい荒々しく呼吸を乱して。それでも、心は喜びに満ち溢れているから。

 

 

「テン……ッ!」

 

 

 走る。

 

短く息を吐きながらその名を呼び、前へ前へと進みゆく。

 

名を聞くだけで心が温かくなる人の名前。近くにいてくれるだけで安心する人の名前。自分にとって、唯一パック以外で心の底から一緒にいてほしいと思える人の名前。

 

口にすると不思議と体が羽のように軽くなって、自然と走る速度が増した。一段、もう一段、更にもう一段と体の中にある枷が外れたみたいに、ぐんぐん加速していく。

 

自分の体が普段の何十倍も身軽になって、今なら地竜よりも速く走れる気がした。

 

 

「はぁ、はっ……っ。はぁ、はぁ」

 

 

 走る。

 走る。

 ひたすら走る。

 

飛び出したのは完全に無意識だった。

 

パックにテンが帰ってきたと言われて、気がついたら自分は外に出て全力疾走していた。飛び出した瞬間の記憶がないと言うのは過度な表現だけど、そう言っても納得できるくらい勝手に動いていた。

 

心よりも体が彼を求めている。欲している。

 

自分にはとても理解できない感情。『モヤモヤしてズキズキしてドキドキしてぎゅー!』ってなる想いが胸を苦しめて、会いたくて会いたくて仕方がないと叫んでいる。

 

会いたい。彼に会いたい。会って「おかえり」って言いたい。それから「ただいま」って言われて、頭を撫でてもらうんだ。彼がいない寂しさを我慢したご褒美に、たくさんたくさん撫でてもらおう。

 

 それから———。

 

 

 ーーあれ? 私ってこんなに甘えん坊さんだったっけ? 

 

 

 走る速度が落ちた。

 

 

 ーーううん。テンのせいだわ。これは全部テンのせいなんだから。私は悪くないもん。テンのバカ

 

 

 走る速度が戻った。

 

 

一秒に満たない自問自答の末、出てきた答えに頬の力が緩む。ふにゃんと情けなく唇が綻び、意図していない笑みが溢れた。

 

彼に甘える自分を自覚して、再自覚して、認めそうになる度に彼のせいだと言い聞かせてきたのは、これで何度目だろう。分からない。けど、分からないくらい責任を押し付けてきたことは分かる。

 

間違ってはいない。だって、自分がこんな風になったのは彼のせいだから。彼がいるから、自分はこんな女の子になってしまったんだ。彼が自分に期待させるから、今みたいになったんだ。

 

この気持ちは、当たり前なんだ。

 

 

「——いた」

 

 

そう考えていると、視界の奥に人影が映る。

 

特に理由はない。けれど、あの人影が自分の求める人だと直感的に分かった。もしかしたら違うかもしれない、なんて考えは一切浮上してこない。彼を感じる感覚には絶対なる自信があった。

 

日が落ちているせいで顔も姿も見えないが、あれは間違えなく、

 

 

「テンーー!」

 

 

 呼び、駆ける。

 

再会の瞬間を肌で感じ取った瞬間、胸の奥から熱いものが噴火して、自然と口が彼の名を呼んでいた。彼に向ける想いが爆発して、我慢していたものが一気に解き放たれようとしている。

 

最後の力を振り絞らんばかりに加速し、体を前へと強く押し出す。息が苦しい。転びそうになる。足が痛い。それら全ての不都合を振り切り、がむしゃらに走り続けた。

 

もうすぐだ。もう会える。そこにいる。すぐそこにいる。テンの姿と顔が見えた。目が合った。飛び跳ねて喜ぶ自分が心にいる。同時にレムが見え、

 

 

「———ぁ」

 

 

 ——レムを見た途端、飛び跳ねていた心の自分が僅かに躊躇した。

 

 

体を突き動かす嬉々とした感情が、冷水でも浴びせられたように冷やされて。勢いに任せて動き続けていた頭が一瞬だけ白く塗りつぶされ、思考と思考の間に空白が生まれる。

 

それが、この場の自分の失敗だった。勢いに任せたのなら最後まで走り抜ける必要があったのに、最後の最後で僅かに躊躇してしまった。

 

その躊躇は頭から考える力を奪い、体の動きを鈍らせる。例え一瞬だとしても、今この瞬間におけるそれはあまりにも長すぎる停滞だ。

 

そうなれば止める術も、止まる術もない。駆け出してから先のことを考えるはずの一瞬が奪われたのだから、自ずと結果は決まる。

 

 

「ーーーー」

 

 

 ぶつかる寸前、不意に世界が緩慢になった。

 その中で、見えるものがある。

 

 テンの悟った表情がはっきりと見えて。

 テンの瞳の中に、自分の困惑した表情が見えて。

 レムはテンによって胸から突き放されて。

 

 世界が元の時間を取り戻した。

 

 次の瞬間、

 

 

「きゃぁーー!」

 

「うげぇーー!」

 

 

止まれなかったエミリアは、テンに勢いよく突っ込んだのだった。

 

テン限定のエミリアたん(E)マジ(M)タックル(T)である。

 

 

 

 

▲▽▲▽▲▽▲

 

 

 

 

()ってぇ、背中がぁ。背中痛ァだよ、これ。服とか絶対に破けてるでしょ……。まぁ、換えあるからいいけども」

 

 

強打した背中に刻まれた激痛に表情を歪め、地面に仰向けになって倒れたテン。レムを被害から逃した結果としてエミリアへの対応に遅れた彼は、無事に彼女の突撃によって倒れていた。

 

レムのときのように体勢を作れたらなんとかなったものを。そんな余裕すら与えられず、抱きつくと言うよりもタックルと言うべき衝撃に成す術はなかった。

 

どうやら、この世界の女の子のお出迎えの基本は勢いをつけた全身タックルらしい。どれだけ寂しかったのか知らないが、一時停止という言葉を知らないのか。

 

そういうわけで現在、吐血すらしそうなタックルを身に受けたテンは地面に仰向けで倒されている。勿論、その上には全身全力タックルの正体であるエミリアがいて、

 

 

「はぁ、はぁ……テ、ン……けほ。だい、じょッ」

 

「エミリアの方が大丈夫? 君、どんだけ頑張って走ったんだよ。……君もとりあえず深呼吸して落ち着こうか」

 

 

テンを下敷きにする形で倒れ込んだエミリアの荒っぽい呼吸を聞き、レムの時と同様に背をさすりながらテンは言った。

 

彼女もレムと同じで体力を無視してここまで走ってきたらしく、咳をしながら酸素を求めて喘ぐ様は見ている方が苦しくなる。吐息が色っぽいのは気にしない。

 

酸欠で頭がくらくらしてくるエミリア。視界が歪む彼女は、それでも邪魔だからと思ってテンの上から退こうとするが、体を起こそうとして地についた両手が大きく震えて、思うように力が入らない。

 

最後には力が抜け、テンの体に再びダイブ。弱めの衝撃に「こほっ」とテンの口から小さく息が吐き出た。状態が限界を超えたランニング直後のそれだ。

 

 

「ごめん、な……さッ……てん」

 

「いいからいいから。気にしてないよ。あと、無理に立ちあがろうとしない。無茶して走ったんだし、落ち着けるまでこの体勢で大丈夫だからね」

 

「ごめん、ね」

 

「全然、全く、平気。ほら、深呼吸して」

 

「……ん」

 

 

上擦った声で頷かれた直後、体に乗っかるエミリアの重みが一気に増える。無理して立ちあがろうとすると余計な被害が出る、そう判断したテンの言葉に甘え、彼に身を預けた。

 

それなりにヤバい体勢だ。仰向けに倒れるテンにうつ伏せのエミリアが乗っかって、テンの左耳のすぐ真横にエミリアの頭がある。吐息が、生温かい吐息がかかり続けている。ついでに声も。

 

数分前のレムとまるっきり同じ状態。体勢と状況だけが違う。だからテンの対応も同じだった。背中をさすり、たたき、エミリアが落ち着くまで黙って待つ。

 

無理やり退かすことも可能だが、レムが抱きついたときは退かさなかったからエミリアも退かさない。レムは良くて、エミリアはダメ——それは自分の選んだ道ではないのだ。偏ってしまう。

 

しかし、その道には一つだけ問題があった。

 

 

「——テンくん」

 

「ひぇっ」

 

 

テンの口から情けない声が漏れたと同時、逆さになったレムの真顔がほぼゼロ距離にまで落ちてくる。テンの頭上で正座したレムが、そのまま顔を覗き込んできた。

 

呼吸を躊躇する距離にまで詰め寄り、テンの視界を自分の顔で埋め尽くそうとしてくるレム。先程まで幸せに彩られていたのに、気がつけば無色になった彼女の瞳には光がなくて、

 

 

「レム、顔が近」

 

「エミリア様ではなくレムを見てください。でないと今ここできすまーくを付けますよ」

 

 

冷え切った声で遮られ、テンは脊髄反射に近い反応速度で口を閉じた。半ば脅迫じみた言い方に心臓が悲鳴を上げて跳ね、生存本能がレムに従うことを強く促している。

 

今の体勢がヤバい理由、それがこれだ。自分だけの特等席を奪われたレムがエミリアになにも思わないわけがなく、怒り浸透な声で矛先をテンに突きつけている。

 

なにも起こらないなんて思っていなかった。エミリアを抱き止めた自分にレムがなにもしないだなんて、そんな甘えた考えはしていなかった。

 

まさかキスマークをつけると言って脅してくるとは思わなかっただけで、心構えはしていた。否、していたつもりだっただけなのかもしれない。

 

 

「ぇ、エミリア。呼吸、整った?」

 

「まだ。このままがいい」

 

 

状況の悪さを悟ったテン。レムの顔しか見えない彼は恐ろしいものを感じて目を瞑り、視界を闇に閉ざして聴覚を研ぎ澄ませる。

 

まだこのままがいい——そう言った割には声が安定してきたエミリアの呼吸音を拾い上げ、

 

 

「整ってるように聞こえるけど」

 

「はぁ、はぁ、はぁはぁはぁはぁ」

 

「分かりやすいな」

 

 

下手な演技をしたエミリアに苦笑。できれば今の余裕がなくなる前に現状から脱したいので、テンは彼女の背をぽんぽんとたたき、

 

 

「整ってるなら早く退()いて」

 

「整ってないったら整ってない。まだダメなの」

 

 

小さな甘え声が弾けた瞬間、エミリアとレムが同時に動く。

 

姿勢の悪さを嫌がったエミリアがもぞもぞ動いて微調整、体の位置を変えるとテンの左肩に顔を埋めて深呼吸開始。その動作を見届けたレムが頭を動かし、テンの右の首筋に唇を当ててロックオン完了。

 

今のところ女の子一人が限界の器なテンには、とてもじゃないが耐えれそうにない構図が一瞬にして完成した。全身に変な力が入り、緊張の糸が一気に張り詰める。

 

 

「二人とも俺を殺す気?」

 

「どーしてそーなるの? そんなおっかないことしないわよ」

 

「テンくんが悪いんですよ」

 

 

仰向けに倒れるテン。そのテンにうつ伏せで重なりながら左肩に顔を埋めるエミリア。その頭上で正座して、首筋にキスマークをつけようとしているレム。

 

端的に言って、外から見たら異常だ。一人の男に二人の女が襲いかかっているようにしか見えない。両者ともテンのことを意識に留めず、完全に自分のやりたいようにしている。

 

この二人、ここが外で、下が地面ということを忘れているのではなかろうか。相変わらず、自分というテンのこととなると思考がバグり、一時的に自制が利かなくなる少女たちだと思う。

 

その体勢が三十秒ほど過ぎると、ニコニコするエミリアは「うん」と満足げに頷き、

 

 

「もういいわよ。退くね」

 

「そーして」

 

 

色々とやらかしてくれたエミリアが、ようやく退いてくれる。体に乗っていた質量が消えるのを感じながら恐る恐る目を開けると、砂埃を払いながら立ち上がるエミリアの姿が見えた。

 

彼女がいなくなってからの行動は早い。腹筋の力を総動員して上体を起こし、立ちあがろうとして、

 

 

「………レム」

 

「ーーーー」

 

 

動作を中断し、背中にぴったりくっついてきたレムの体重を感じる。全体重を乗せてくる彼女に立ち上がらせてもらえず、諦めてその名前を呼んだ。

 

キスマークの体勢は変わらず、後ろから抱きつくレムはその気になればいつでも噛み付くことができる。掛ける言葉を間違えれば、きっと自分は彼女に噛まれるのだろう。

 

不思議と嫌な感じがしない自分に戦慄しつつ、テンは「ほぅ」とため息。許容値を越えた女の子二人の猛攻に精神的な疲労を感じ始めた彼は、それを吐息として外に吐き出し、

 

 

「退いて、レム」

 

「ーーーー」

 

「レム」

 

「ーーーー」

 

「無理矢理に退かしたくないんだけどなぁ」

 

「………分かりました」

 

 

拗ねて無視を貫いていたレムも、テンの優しさまでは雑に流せなかった。強情な態度を引っ込めて臨戦体勢を解き、正座を崩して立ち上がる。スカートについた砂埃を払った。

 

テンも同じように、重い腰を上げて立ち上がる。背中についた砂埃をレムに払われながら、腕についた汚れを軽く落とした。

 

そうして三人とも立ち上がり、立ち位置的に自然と向き合う形となったテンとエミリアが目を合わせる。なぜかやつれた顔になっている彼を見ると、エミリアはふわりと微笑みかけた。

 

 その直後、

 

 

「わっ」

 

「っと」

 

 

エミリアとテン、二人の口から驚きの声が溢れる。理由は二人の間に強引に割り込んできたレム。起き上がり直後、素早く動いた彼女がエミリアを押し除けて正面からテンに抱きついたのだ。

 

手を伸ばせば簡単に触れられる距離にいる二人を許せなかったらしい。ここは自分の場所であると主張し、見せつけるように強く抱きついている。その距離は、自分だけのものであると。

 

 

「テンくんはレムのものです」

 

 

事実、テンの胸の中でレムはそんな言葉を呟いた。テンにしか聞こえない声量で、嫉妬心しか含まれていない感情の声を、恋人であるテンにゼロ距離で突き刺す。

 

エミリアに言ったものなのか、テンに言ったものなのか、あるいは両方か。完全に顔をテンの胸の中に埋めて表情を隠してしまっているから、声だけで判断するしかない。

 

多分、両方だろう。そう答えを出して、テンは視線をレムからエミリアに向けた。意識の半分をレムからエミリアに注ぐと、宝石のように綺麗な紫紺の瞳と視線が絡まる。

 

 寂しそうな目を、していた。

 

 

「ごめんなさい、テン。大丈夫だった?」

 

「色々と大丈夫じゃないけど、まぁ、このとおり生きてるよ。エミリアに怪我はない?」

 

「うん。私も大丈夫。テンが抱き止めてくれたから無傷……ってバカ! なんで私なんかの心配するのよ。私よりもテンの方がずっと危なかったじゃない」

 

 

静かに慌てるエミリアがその整った面を悲痛な色にし、テンの顔を覗き込む。最初にいつも通りの態度で返事をしたのは、あまりにもテンがいつも通りすぎたからだ。

 

態度も、表情も、接し方も、なにもかもがいつも通り。今さっきの出来事がなかったかのような呑気な声色で言いながら、こちらのことを見つめている。

 

流石にエミリアまでもいつも通りとはいかなかった。自分のしてしまったことに気づく彼女は哀愁のある瞳に心配の色を重ねて、

 

 

「ホントに大丈夫? どこか痛いところとかない? あったらちゃんと言って。治癒魔法かけるから」

 

「大丈夫大丈夫。こう見えて頑丈だから。エミリアが無事ならそれでいいよ。傷がついたらエミリアのお父さんに殺される」

 

「またそーゆーこと言って………。んもぅ、テンのバカ。すごーくバカ。色々とバカ」

 

 

絶対に大丈夫じゃないのに、冗談を混ぜて大丈夫と言ってくる笑みが魅力的で、エミリアは頬を膨らませて「むっ」とする。なんとなく、子ども扱いされている気がしてムカッときた。

 

この場面、いつもなら不満を発散するために彼の胸に頭突きして、両拳で叩いてポカポカするのが一連の流れ。けれど、無意識にそうしようとしたエミリアは、意識的にその場に踏み止まる。

 

その場所には、既にレムがいた。「はっ」として気づいた途端にモヤモヤが溢れ出して、その事実から目を逸らすようにテンを見ると、

 

 

「さっきのはね、本当は止まるつもりだったの。本当よ。本当の本当だからね。私だって、それくらいの節度は守れます」

 

「へー」

 

「本当だってば! 走ってるときは、テンの前でちゃんと止まらなきゃって思ってたんだけど、でも……」

 

 

言い淀むエミリアの視線が、引き寄せられるようにレムへと向かった。一度は離れた視線が再びレムに刺さった直後、その表情が目に見えて陰っていく。

 

表情に灯る光の出力を制御するつまみが回されて、最大から最小へと光の力が減っていくような、そんな陰り方。彼女から、笑顔が失われていく。

 

感情が表に出やすい素直な子、それがエミリアという少女。心を許した人間であればあるほど、その表現は豊かになる。だからテンの前では、表情というものは彼女の心そのものと言ってもいい。

 

戸惑いと躊躇、そして不安。今、彼女の表情に渦巻いているのはその三つ。ぐちゃぐちゃに混ざり合ったそれらがエミリアの心を暗くして、表情を巻き込んでしまっていた。

 

だから、テンがその行動に出るのは必然だった。

 

 一息つき、動く。

 

 

「エミリア」

 

「ーーっ」

 

 

エミリアを安心させたくて、落ち着いた声で呼ぶ。肩を小さく跳ねさせた彼女の目が、音もなく向けられた。怯えた小動物を思わせるその目に見られると、心がずきずき傷み始める。

 

感情をどう言葉にしようか迷っている、そんな様子だった。口にしたい想いがあるのに踏み出せず、そのせいで表情が沈む。その顔は、過去にも何度か見ているからすぐに分かった。

 

レムとエミリア。二人に対する想いの注ぎ方の話はその時にしたはずだ。偏りなく注げるように頑張ってると、エミリアの前で言い切ったはずだ。そのときは、安心してくれたはずだ。

 

それでも不安に感じさせてしまうのなら、遠慮を優先させてしまうのなら、テンが力不足だったということになる。

 

 

「また、遠慮させてごめんね」

 

 

 だから、エミリアの頭に手を添えた。

 足りないのなら、補わなくちゃいけない。

 

今の自分に言葉だけで彼女を安心させられる力はないから、触れることで想いを波紋させ、安心させる。そうやって彼女の中にある暗がりを、一つ残らず晴らす。

 

体に触れること、触れられること。それがテンにとっては偏りのない一つの示しで、エミリアにとっては安心できる行為。肌と肌で触れ合い、手の平を通じて想いを交わし合う。

 

 

「テン。あのね」

 

「大丈夫だから。黙って俺に撫でられてください」

 

「………うん」

 

 

不安が口から溢れるエミリアの遠慮を否定し、眼前にある銀髪を撫でる。二、三回、手櫛で髪を梳かすような風に手を動かしていると、半歩踏み出る彼女が「んっ」と頭を少しだけ前に傾けた。

 

ちょっとだけ、狙ってやったなんてエミリアは絶対に言わない。テンは、自分がこうすれば必ず頭を撫でてくれるから、わざと今の態度をしたなんてこと、口が裂けても言わない。

 

そんな小悪魔なお嬢様の要望通り、テンはその髪の中に指を入れ、髪が傷まないように撫で下ろす。さらさらした感触を指先に感じながら、乾いた心に愛情を注ぎ込む。

 

 

「痛くない?」

 

「へーき。すごーく気持ちいい」

 

 

気持ちよさそうに目を細めるエミリアが小さくみじろぎし、「んふっ」と高めに鼻を鳴らした。撫でる度に表情から陰が抜け落ち、幸せ色に彩られていく、甘美な時間を堪能する安堵の音。

 

その音を敏感に拾うレムが、テンの背に回した手で爪を立てながら服をぎゅっと握りつぶす。埋めた胸の中からテンを見上げて、

 

 

「なにしてるんですか」

 

「エミリアの頭を撫でてんの」

 

「浮気ですか」

 

「レムにこんなに愛されながら浮気できるほど、俺の肝は座ってない」

 

 

心に秘めるヤンデレム——普段は息を顰めた裏の顔が表に浮かび上がった彼女を相手に、テンは一歩も引かない。瞳のハイライトが完全に落ちた恋人の目を、真っ直ぐ見ていた。

 

エミリアの想いを受け止めると覚悟した時点で、このレムと向き合う覚悟も決めているから。彼女とも真面目に話し合い、誰も傷つかないような、そんな未来を必ず創ると。

 

エミリアに占領されていない手で、テンはレムの体を抱き寄せた。機嫌を取りたくてしたわけではないけれど、少しでも自分の愛が伝わってくれると嬉しいと思って。

 

抱きしめられ、僅かに光が戻ったレム。しかし彼女は鋭く尖った目つきでテンを睨み、

 

 

「浮気ではないのなら、その手はなんですか」

 

「過去の自分が無視してきた想い(もの)と向き合ってんの」

 

「ふざけないでください」

 

「ふざけてる目に見えんのか?」

 

 

レムの切れ味のある声色が弾けた瞬間、テンの口調が不意に崩れる。怒気を孕んだ恋人の強気な声に驚き、ぱっと目を見開いたレムの目に映るのは、至極真剣な目をしたテン。

 

基本的に彼の口調は、本当の本当に感情が昂った瞬間にしか荒がない。その自分は自分には似合わないと言って、乱暴な言葉遣いを意識的に制御しているからだ。

 

それがこうも簡単に崩れた事実に、レムは驚愕せざるを得なかった。感情が昂り、心の揺れた理由が、自分ではなくエミリアだとその目が語っていて、絶望にも等しい想いが生まれようとしている。

 

困惑し、悲哀に呑まれ、瞳が小刻みに揺れるレム。絶対に良くない勘違いをされそうな予感がしたテンは、息遣いさえ聞こえる距離にいる彼女の頭に己の額をこつんと合わせて、

 

 

「レムだって、寂しかったのに俺に無視されたら悲しいでしょ? エミリアもそれと一緒。だってエミリアは………」

 

 

 ——レムと同じなんだから。

 

 

言おうとして、寸前で止まった。用意していたはずの声が喉に詰まり、自分の弱い部分が心の端っこから顔を出す。

 

その言葉を口にしてもいいのかと。そう聞いてくる心の声が鼓膜の内側から響いていた。エミリアに慕われている事実をレムに伝えて、そこから先はどうなると聞いてくる、情けない自分がいる。

 

そいつの顔面を思い切りぶん殴って、包み隠さずはっきり言った。

 

 

「エミリアは、レムと同じなんだから」

 

「レムと同じ……」

 

 

心に投げかけられた言葉を反芻し、レムは首だけ振り返ってエミリアを見る。撫でられる心地よさに甘える少女の姿が、嫌なくらい今の自分と重なってしまった。

 

客観的に自分のことを見ているような、おかしな気分になる。決してそんなわけがないのに、そう思ってしまったらそれ以外に見えなくなって、自分の中の疑念が確信に変わる音がした。

 

 エミリアは、テンのことが———。

 

 

「やっぱり、そうなんですね。エミリア様もテンくんを………」

 

「この俺が気づけたんだ。あんなにレムの想いに気づけなかったこの俺が、だよ。なら、レムだってなんとなく気づいてんだろ?」

 

「薄々、勘づいては。テンくんを見つめるエミリア様の目、テンくんを追いかけていた頃のレムの目とよく似ていますから」

 

 

レム、テン、エミリア。三人の関係が歪んでしまいそうな、自分にとって受け入れ難い確信を心に刻み、レムは重々しく頷く。瞳に光が戻り、表情に理性が灯ってきた代わりに、葛藤が浮かび上がる。

 

見てみぬふりをしてきたそれと向き合ってしまったら、否定することはできない。一度でも肯定すれば、無視することなんて無理だ。

 

テンへの恋心を自覚した頃の自分——必死に自分という存在を意識させようとして、積極的に努力していた健気な自分。その自分と今のエミリアが同じだと思うだけで、邪魔者扱いするのが難しくなる。

 

日々、勇気を出して想いを伝えているのに気づいてもらえなくて、心を切り刻まれるような思いをし続けたから。

 

エミリアにも、そんな思いをさせようと言うのか。可能ならあんな痛み、自分以外に感じさせてはいけないと思う。勿論、テンも同じ気持ちなはずで、

 

 

「そっか、やっぱレムも気づいてたかぁ。そうだよね、俺が分かるんだもん……レムが分かってないとか都合のいい話、あるわけねぇよな。目が同じだなんてことまでは気づいてあげられなかったけど」

 

 

「反省反省」と。

 

また一つ、戒めを刻みながら、見落としていた罪を自覚する。未熟すぎて死にたくなってくる己の無能さに殴られ、二人分の想いが注がれ続ける一人分の器に亀裂が入った。

 

苦しい。そう感じてしまう今の自分が情けない。先程からずっと締め付けられる痛みに心が苛まれて、浅い呼吸が繰り返されている。

 

まだ女の子一人分の器だ。二人分の想いを注がれてしまうと、どうしても無理が生じる。想いが溢れて、心に疲労が積み重なって、酸欠でも起こしたように意識が揺れる。

 

 それでも、

 

 

「なら、レムに今のエミリアの気持ちが分からないわけないよね」

 

「それは……」

 

「我慢してとか、受け入れてとか、そういうことを言いたいんじゃないよ? そういうのは全部、俺が受け止められるようになる。頑張ってる。だから今はただ、エミリアの気持ちを分かってあげてほしい」

 

 

 分かってあげてほしい。

 

一体、その一言にレムがどれだけ頭を悩ませているか、テンはどれほど知っているだろうか。

 

狂わしいほど愛してる男が他の女から慕われているなど、許せるわけがない。自分だけの(もの)でいてほしいと強く望んでいる女にとって、それは拷問に近い。

 

なのにその思いを拒絶することができないのは、彼のそういうところも含めて愛してしまったからだとレムは思う。皮肉なことに、向けられる恋心と真っ向からぶつかってくれる真面目さも、好きなんだ。

 

だって自分は、彼がそうやって正面からぶつかってくれたから、心を完全に開けた。こんな面倒な女に対して「好き」と言い続けてくれたから、身も心も一生も捧げて愛すると真に誓えた。

 

そんな彼を心から愛している自分に、今の言葉を否定することは難しい。かといって肯定もできない。

 

なんだ、またこの問題か。否定も肯定もできない問題はうんざりだ。今回に至っては許容もできない。

 

 

「無理なことを言ってるのは分かってる。レムにとって嫌な話だよね。でも……悲しませたくないんだ。二人を悲しませて今の俺ができた。から、前みたいにはなりたくない。自分勝手でごめん」

 

 

自己肯定感が皆無であったことが一つの原因で鈍感であった結果、好きな人をひどく傷つけた過去のテン。罪の重さを自覚した彼は、その自分を戒めに十字架として背負い、日々を生きている。

 

その苦悩を、努力を、理解できないレムではない。他でもない彼女が被害者なのだから。傷つけていたと知ったテンに「傷つけた分を取り返せるくらい好きになる」と言われたのだから。

 

自分を慕う女の子を傷つける痛みを、心で理解してしまった。傷つけた女の子がどうなるか、目に焼きついてしまった。

 

そんなテンが、今のエミリアを無視できるわけがない。律儀で真面目すぎるテンのことだから、傷つけたくない、悲しませたくない、と思っているのだろう。想いを振り切るのは無理だと断言できる。

 

きっと、テンの目には自分とエミリアが重なって見えるはずだとレムは思う。当たり前だ、今さっき自分だって、自分とエミリアを重ねた。

 

なら尚更、振り切るのは難しいはずだ。

 

テンは、エミリアの想いを無視できない。

 

理屈は分かる。想いも分かる。

 

 分かるけど、

 

 

「それでも、テンくんはレムの(もの)なんです。テンくんはレムを愛して、レムもテンくんを愛しているんです。運命共同体なんです。横入り厳禁なんです。ダメなんです」

 

 

ぎゅぅっと抱きつき、意地を張りながら、顔を顰めてエミリアの想いを突き放す。頭では理解できても、心までは理解しようとしなかった。

 

彼は自分の唯一で、自分は彼の唯一。恋人という誰も侵入することのできない関係で、強く硬く結ばれているんだ。ソラノ・テンは、自分だけのものなんだ。

 

誰にも渡したくない。自分だけが独占していたい。彼に愛情を向けられていいのは、この世界で自分一人だけ。

 

今のレムにはそう思うことしかできず、幼い言い方で言った。八つ当たりっぽく聞こえるのは、心の奥底でイラついているからだ。

 

エミリアを断ち切って自分だけを見ろ——テンにそう言い切れない自分が葛藤していることに腹が立つ。何に葛藤しているのか理解(わか)りたくなくて、そのまま奥底に閉じ込めた。

 

端正な顔立ちに様々な感情が混濁し、複雑な表情をするレム。現状を正しく把握した彼女の反応を受け、テンは「うん。分かってる」と一言。全てを許容する意を込めて、

 

 

「大丈夫。レムはそれでいい。俺が頑張ればいい話だから。嫌な思いさせてごめん」

 

「許しません。今夜、二人っきりの時にしっかり償ってもらいます」

 

 

じっとテンの目を見つめ、視線で拘束しながらレムは言った。鋭い目つきを引っ込め、代わりにジト目を引っ張り出して罪深き罪人を咎める。

 

テンが驚く様子はない。「うん。分かった」と呟いて粛々と頷き、レムの全てを受け入れた。諸々全て自分がなんとかしてみせる気概の彼に、大きな戸惑いはない。

 

 と、

 

 

「いてっ」

 

 

不意に刺すような痛みが走り、テンの表情が歪む。反射的に痛みの方向に視線を向けると、こちらを見ているエミリアの物寂しげな目と目が合った。

 

どうやらレムと話しているうちに、彼女の頭を撫でる手が止まっていたらしい。半分ずつ注いでいた意識が、いつの間にかレムだけに向いてしまっていた。

 

「止まってる」と言わんばかりに手を抓り、むすっとして可愛らしく睨んでくる我儘お嬢様が、頭の撫でり撫でりを目で要求している。

 

 

「……はは」

 

 

感情のない声で笑う。未熟な自分への嘲笑だ。

 

この下手くそ。クソ野郎。カス野郎。全然上手くやれてないじゃないか。二人に意識を注いでいたのに、気がついたら片方にしか注げていないとか、ふざけんなよ。

 

もっと頑張れよ。気ぃ張れよ。二人いっぺんに相手できるようになるんじゃないのか。パックに、ラムに、そう言ったろ。これじゃ、いつまで経っても二人を満足させられないだろ。

 

 

「いでぇっ!?」

 

 

心の中の自分に罵倒を浴びせていたところで、今度は足元から全身へと激痛が駆け上がる。こちらも反射的に痛みの方向を見ると、鬼の表情をうっすら浮かべたレムが爪先で足を踏んでいるのが見えた。

 

頑張ろうとしてエミリアの頭を撫で、レムから半分だけ移そうとした意識。その全てを奪い取らんばかりにぐりぐりと足を踏む爪先を押し回し、

 

 

「エミリア様を見た罰。テンくんが見ていい女はレムだけです」

 

「痛い痛い痛い。レム痛い。痛いからやめて」

 

「その手をやめてくだされば」

 

「じゃ、分かった。二人ともそろそろ離れよっか」

 

 

レムに意識を向けたらエミリアが嫉妬し、エミリアに意識を向けたらレムが嫉妬し。両方に意識を向けようとすれば自分だけが独占しようと実力行使。

 

恐ろしい女の子たちの猛攻に耐えかね、そろそろ限界を感じたテン。心拍数が高まり、精神がヤスリで削られるような音が耳鳴りのように聞こえ始めた彼は、ついに最終手段に出る。

 

胸元のレムを力づくで体から離し、一歩後ろへ。物理的に距離をとり、胸に詰まっていた息を荒々しく吐き出した。

 

こちらを見るレムとエミリア。横並びの少女たちを見て、

 

 

「もうお終い。満足したでしょ? 早くお屋敷に帰るよ」

 

 

 と。

 

なにか言われる前に強引に意識を切り替え、二人の反応を待たずして歩き出す。帰って早々にとんでもないイベントを挟みやがった世界と、自分の未熟さを恨みつつ、ようやく帰路につく。

 

その横に並んでくるのは勿論、レムとエミリア。レムは左サイドに、エミリアは右サイドに陣取り、三人揃ってロズワール邸を目指し始めた。

 

二人の距離がバグっているのは語るまでもない。レムはテンの左腕に両腕を絡ませて抱きつき、エミリアは肩が触れている距離でテンと歩幅を合わせている状態だ。

 

他者からすれば両手に花。テンからすれば両手にヤンデレ。いつ刺されてもおかしくない状況。なぜか、先ほどよりも状況が悪化している気がする。

 

 

「……はぁ」

 

「どーしたの? すごーく疲れてるように見えるけど……、大丈夫?」

 

「大丈夫だよ。大丈夫だけど疲れた……。うん。疲れたね。疲れる自分が死ぬほど嫌い」

 

 

心労のため息を拾ったエミリアが顔を覗き込み、心配の目を向けてくるが、テンは彼女の目を見ていない。斜め上、暗くなった空を仰ぐ表情は死んでいる。二人を同時に相手にし、疲れたのだ。

 

レムとエミリアを同時に相手にするのは、何気にこれが初めてかもしれない。前に一度、お酒に酔った二人に暴れられたことがあるが、あれをノーカンとするとこれが初体験。

 

それを苦労に思えてしまう自分が、テンは嫌いだ。

 

空野・天(過去の自分)が瓦解して、ソラノ・テン(現在の自分)が少しずつ作り上げられていく今。現状に辛いものを感じて、負担に思ってしまうのは、自分の駄目なところを捨てきれてないから。

 

身に余りすぎる想いを向けてもらった。頑張ろうと決意し、覚悟した。ラムやパックの期待を背負いながら、いずれは二人とも一緒に抱きしめられるような自分になると自分に誓った。

 

それなのに、今の自分はこんな感じ。情けないにも程がある。

 

器の小ささに一人絶望するテン。悲観する彼を挟んで反対側にいるエミリアを見ると、レムは抱きつく腕に力を込めて、

 

 

「テンくん。今夜は本当に覚悟しててくださいね。罪は重いですよ」

 

「お手柔らかにお願いします」

 

「嫌です。もう我慢しません。今日という今日は今度こそ、ですからね」

 

 

 断言する。

 

今夜という単語を何度も強調し、言い聞かせる。それだけのことをしたのだと罪の意識を刺激して、逃げ道を確実に塞いだ。

 

良い機会だ。どうせなら今夜に色々と済ませてしまおう。これまで我慢させられてきた欲、全て解き放ってしまおう。今なら文句は言われまい。

 

「ふっ」と妖しく笑む。エミリアが来てから初めて浮かべた笑みは不敵で、それがなにを意味するのかテンには刹那で分かった。

 

 今夜、食われるらしい。

 

 

「ありがとう、テン。頭撫でてもらうの、すごーくよかった」

 

「満足した?」

 

「満足した。それに安心した」

 

「それはよかった」

 

 

いっそのこと開き直った方が精神的にラクになれるのだが、生憎とテンはそこまで適当にはなれない。疲労感が滲んできた声で短く言い、肩の弾むエミリアに笑いかける。感情がない。

 

歩くのも面倒になる疲労。なにか喋っていないと空気感に精神を削り切られる予感がしたから、その笑みのまま「そういえばさ」と、両サイドを交互に見て、

 

 

「君たち、ほんっとに飛び込むの好きね。もっと優しい出迎え方とかなかったの? 俺の体がちゃんと治ってなかったら絶対に危なかったよ」

 

 

二人ともに飛びつかれて抱きつかれるという結果になった、お出迎えイベント。たった三日しか離れていないのにこの有様という、テンへの想いの深さがよく分かったそれ。

 

怪我しなかったのが幸いだが、普通に危ない。レムのようにしっかり抱き止めるならまだしも、エミリアのような例は本当に危険。怪我しかねない。

 

「そこんとこ、どーなのさ」と目で訴えかけると、エミリアが「うっ」と苦鳴を鳴らしながら視線を下に落とし、

 

 

「だってレムが………。ううん。確かに飛び込むのは危険よね。テンが受け止めてくれなかったら、さっきみたいになっちゃうかもだし。次からはしないように気をつける」

 

「そうですよ、エミリア様。テンくんが怪我をしてしまったらどうするおつもりですか? 困ります」

 

「レムも同罪だよ」

 

「え?」

 

 

自覚のないレムが「レムもですか?」とあどけない表情で小首を傾げ、さりげなく肩に頭を乗せてくる。

 

どちらかと言えばレムの方が突撃の威力は強かった——言うと怒られそうだから言わないでおくとして、

 

 

「まぁ、突撃は二度としないで」

 

「はーい」

「善処します」

 

「どうしよう、全く信用できない」

 

 

これまでの二人を振り返れば、二人が信用できないことは火を見るより明らかで。

 

不安しかないテンだが、反応するのも面倒だからそれ以上はなにも言わなかった。一刻も早く家に帰りたいと強く思い、やや早足で歩いていく。

 

 

 ーー屋敷に帰るまで、なにも起こりませんように

 

 

世界に対して、そんなことを切に願いながら。

 

 





今回のレムとエミリア、普通にキャラ崩壊か? と思う方もいると思いますが、テンに影響された結果だと思ってください。

二人の距離感をバグらせたのはテンです。
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