少しでも望む未来へ   作:ノラン

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カルチャーショックならぬ、ね。





第二次スバルちゃんショック

 

 

三人がロズワール邸の正門を通り抜けたのは、それから約十分後。地平線が太陽を完全に飲み込み、周囲が暗がりに満ちた頃。

 

気がつけば世界は夕方の刻を抜け、夜の刻に足を踏み入れている。山吹色だった空は漆黒に染まり、見上げてみれば、夜空を飾る星々が点々として煌めいているのが見えた。

 

等間隔に設置された街路灯。陽の魔鉱石を光源としたそれに照らされながら歩く三人。彼らが向かう先にはロズワール邸の玄関があって、そこに並ぶ複数の人がいる。

 

 

「みんな、わざわざ待っててくれたんだ」

 

「当たり前じゃない。みんなね、テンが帰ってくるの楽しみにしてたんだから。でも、飛び出しちゃったのは私とレムだけみたい」

 

「エミリア様よりもレムの方が早かったです」

 

「ーー? だからなに?」

 

 

敵対心全開で張り合おうとするレムだが、エミリアには伝わっていない。意味がよく分からず純粋無垢な顔で小首を傾げ、頭の上で疑問符が伸び上がった。

 

自分を挟んで喧嘩されると困るテン。しかし彼はめんどくさいから特に反応せず、玄関前にいる人たちに目を凝らす。

 

街路灯と同じ原理で輝く玄関灯。玄関一帯の闇を晴らすそれに照らされた人たちの姿は、周囲の闇も相まって際立ち、よく見えた。遠目だから色と背丈でしか誰が誰だか判別できないが、それでも見えた。

 

 

 ——ナツキ・スバルの姿も。

 

 

「………部屋に戻ってお布団に入って寝たい」

 

「いけませんよ。テンくんは今夜、レムと夜更かしするんですから」

 

「夜更かしはいけないのよ。背が伸びなくなるんだから。それに、朝寝坊だってしちゃうじゃない」

 

「テンくんとレムはこれから大人になるんです。エミリア様は口を挟まないでください」

 

「それ、私が子どもだって言いたいの?」

 

「はいそこまで」

 

 

一言話しただけで子どもみたいに言い合う少女たちに静止を呼びかける。言い合いから口喧嘩に発展される前に強制的に切り落とし、制御の手綱を握りしめた。

 

油断の隙もない。ただでさえあの場所にナツキ・スバルがいると思うだけで憂鬱な気分になるというのに、自由奔放な我儘お嬢様二人の口喧嘩にまで巻き込まれるとか、勘弁してほしい。

 

言葉通り、本当に寝たい気分だった。屋敷に帰ったら即部屋に帰って寝巻きに着替えて、布団にくるまって目を瞑りたい。儚い夢だ。

 

 

「そーいえば、テンに紹介したい子がいるんだった」

 

「紹介したい子? 誰?」

 

 

どうせスバルのことだろうと見当をつけながら、適当に聞き流すつもりのテンが、気の抜けた声色で聞く。途端、敵意の色を宿したレムの目がすっと細まった。

 

思い出したようなエミリア。テンのげんなりした様子を気にしつつ彼女は「えっとね」と、

 

 

「ややこしいから細かい説明は省くんだけど、ナツキ・スバルって子がお屋敷にいてね。ほら、あそこにいる変わった服装の子。あの子がスバル。面白い子だから、テンにも会わせてみたかったの」

 

「あの女。まだ残っていたんですか。早く消えてしまえばいいのに」

 

 

手を伸ばし、指し示すエミリアに続いてレムの口から辛辣な声が漏れる。スバルに向ける嫌悪感を隠すつもりもないらしい、態度を一変させた表情は氷のように冷たい。

 

どうでもいいテンである。今の時点で紹介されようが、どの道数十秒後には本人から直接されるのだから。疲労が勝るせいで頭を働かせる行為を拒み、思考を一時的に止めていた。

 

今だけでいい。少しの間だけ、何も考えたくない。

 

指の先にいる人物がナツキ・スバルだろうが、レムの態度が想像よりも冷たかろうが、スバルが女だろうが今は関係ない。関係な————。

 

 

「———ちょっと待って」

 

 

止めたはずの思考が再び動き出し、反対に足が止まる。頭の中に空白を作って休めていた心が激震に揺れ、撓ませていた緊張の糸が一気に引き締まった。

 

今、とてつもない事実を聞いた気がする。絶対に聞き流しちゃいけないことを、聞き流してしまった気がする。

 

魂に感情が戻り、疑念が含まれた目でレムを見るテン。隠しきれなかった動揺に慌ただしく表情を彩られる彼は、少女たちから困惑の目を向けられながら、

 

 

「レム、今なんて言った?」

 

「早く消えてしまえばいいのに」

 

「違う。その前」

 

「テンくんは今夜、レムと夜更かしするんですから。朝まで愛し合うんです」

 

「違う。それじゃない」

 

 

今夜、自分がレムとなにをするのか今の一言で確定したが、そんなことに反応する余裕など今のテンにはない。視線を移し、遠目でスバルを見る彼は今、数秒前の記憶を必死に漁っていた。

 

さっき、レムはなんと言った。エミリアがスバルをテンに紹介したいと言った後、口を開いた彼女は一番になんと言った。

 

 記憶が正しければ、

 

 

「あの女、って……そう言わなかった?」

 

「はい。言いましたけど」

 

 

 思考の止まる、音がした。

 

淡々と放たれた言葉の意味が理解の域を越えたもので、頭の中が端から端まで真っ白に埋め尽くされる。考えようにも言葉を受け入れる余白が残されておらず、時間が止まる。

 

動揺に歪む顔が凍りつき、完全に静止画と化したテン。その様子を不思議がるエミリアが「テン?」と彼の肩を揺さぶり、

 

 

「もしかして、スバルが男の子だと思ったの? それ、本人が聞いたらすごーく失礼な話。念の為に言うけど、スバルは女の子よ。昨日、一緒にお風呂にも入ったもん」

 

 

 トドメを刺された。

 

理解というものを超越した事情によってテンの精神が宇宙に旅立ち、静止画から宇宙猫状態。スバルを見ているはずの目はどこを見ているのか曖昧で、焦点が定まっていない。

 

この瞬間、テンの時間は完璧に停止する。

 

 

「レムとラム以外の子と一緒に入るのなんて初めてだったから、ちょっぴり楽しかった」

 

「いけません。警戒心が足りませんよ、エミリア様。仮にあの女がエミリア様を王都で襲った連中と繋がっている者、間者だった場合、どうするのですか」

 

「それも含めて、私がちゃんと確認したから大丈夫。スバルは悪い子じゃないわ」

 

 

なにか左右で会話する声がする。声がするのは分かるけれど内容自体は入ってこない。声が右から左に通り抜け、音がするという認識だけが残される。

 

意識がぼんやりと曇るような感覚。考える力が失われて、なにも思えない。人間というのは、生きていれば常になにかしら考えている生き物だが、それすらもまともに行えない。

 

空白、空白、空白。頭の中は空っぽだ。

 

 

「テン?」

 

「テンくん?」

 

 

テンの状況に、二人も気がついた。

 

口を半開きにしたまま、表情を動揺に歪めた状態で固まった以降、微動だにしなくなったテン。焦点の定まらぬ目は行き先を失い、虚空を見つめている。耳を澄ませば聞こえる呼吸音も、今は聞こえない。

 

明らかに異常。なにがどうなって今の状況に陥ったのかは知らないが、このままだと酸欠で倒れられそう。

 

 なので、

 

 

「えいっ」

「ていっ」

 

「いひぇっ」

 

 

エミリアは頬を抓り、レムは脇腹に人差し指を突き刺す。軽めの衝撃に驚いたテンの体が僅かに縦に跳ね、表情を固めていた氷結が苦鳴とともに溶けた。

 

宇宙を漂っていた意識。ふわふわしていたそれが今ので肉体に引き戻される。意識が戻れば停止した機能の復旧作業が急ピッチで行われ始め、なによりも優先して思考が再稼働。

 

そうして、止まっていた時間が再び動き出す。

 

 

「ちょっと確認したいんだけどさ」

 

「はい」

「うん」

 

 

覚醒した意識の中、こちらを不思議そうな顔で覗いてくる少女たちに話を振る。今から投げかける質問を口にして、答えが返ってきても受け止められるだけの余裕を心に作りながら。

 

ゼロ距離。すぐそこにいる青と紫紺の瞳を見て、

 

 

「ナツキ・スバルは、女の子?」

 

「はい」

「うん」

 

「女の子?」

 

「はい」

「うん」

 

「………女の子?」

 

「何度聞いても答えは同じですよ」

「何回聞いても答えは同じよ」

 

 

三度、同じ質問をされたレムとエミリアの声が寸分の狂いもなく重なり、最終的に似た内容の言葉で同時に締める。予想外の出来事に顔を合わせると、エミリアは唇を釣り上げて微笑み、レムは不満そうな顔。

 

それらの反応を横目に、テンはようやく状況の把握を開始した。心の中に余白を作り終わり、熱を帯びて加速し始めた思考で断言された事実を咀嚼し、頑張って飲み込もうとして、

 

 

「スバルは、女の子。……女の子、女の子」

 

 

壊れた機械のように同じ言葉を呟き、浸透させていく。ゆっくり、じっくり。一気に流し込むと情報の濃さに耐えきれずオーバーヒートするから、気を遣いながら。

 

 

「女の子……、女の子ぉ?」

 

 

徐々に理解していくにつれて、事の異常さが衝撃となって大波のように押し寄せる。余白を凄まじい勢いで埋めていく情報容量の多さに戦慄し、動揺が声となって表に現れた。

 

 

「女の子だって? スバルが? スバルが女の子?」

 

 

完全に理解した瞬間、全身が総毛立つ。

 

頭の理解に数瞬だけ遅れて心が理解し、全神経に波紋する『スバル=女』という情報によってソラノ・テンという存在そのものが悲鳴を上げた。

 

得体の知れない恐怖。これまでに一度たりとも感じたことのない形容し難いモノを覚え、

 

 

「———はぁ?」

 

 

 宇宙猫ではない、別の猫になった。

 

 

 

 

▲▽▲▽▲▽▲

 

 

 

 

 時間は少し、遡る。

 

 

エミリアが屋敷を飛び出してから数十分後のロズワール邸、玄関前。世界の景色が夕方から夜のものへと変化を遂げた中、玄関灯の優しい光に照らされる複数の影がそこにはいた。

 

活動限界を越えて眠りについたパック。ロズワール邸から飛び出して行ったレムとエミリア。それら三人を除いた、屋敷で待機するお出迎え組である。

 

スバルを見送る時とは違い、玄関扉の内側ではなく外側で待機中。帰ってきたテンが扉を開けるのを屋敷の中で待つのではなく、こちらから出向いてやろうという陣形だ。

 

その中にはスバルの姿もある。玄関前の階段にどかっと腰掛け、暇な待ち時間を潰すためにハヤトたちと談笑中。どうせなら挨拶でもしてやろうという気概の下、残った。

 

話の中心にいるのは勿論、ソラノ・テン。テンに対しての興味が尽きないスバルが「テンってやつは——」とテンのことを聞き出そうと奮闘し、会話の種をばら撒いている。

 

そんな会話ばかりしているものだから、スバルにはテンが屋敷の人間にとってどんな存在なのか気になった。話を聞いた感じ、全員が好印象を抱き、慕っている感があったから。

 

なにより、エミリアが爆速で出て行ったから。

 

 

「テンって、みんなからしたらどんな存在なの?」

 

「下僕」

「親友」

「可愛い教え子」

「イカれ男」

 

「主観的な意見が多いようで!」

 

 

気になって聞いてみれば、中々に個性的な回答が返ってきた。

 

ラムからすれば下僕で、ハヤトからすれば親友で、ロズワールからすれば可愛い教え子で、ベアトリスからすればイカれ男。全く一貫性がない。

 

 ——ソラノ・テン。

 

この短い日数の中で、少なくとも五十回程度は他者からその名を聞いた気がする。ハヤトから、ラムから、エミリアから、アーラム村の住民から、各々がその名を口にし、話を聞かせてくれた。

 

なのに、どんな人物なのか全く分からないのが不思議なところ。語られる『ソラノ・テン』には一貫性がなく、人物像の創造と破壊のサイクルが無限に止まらない。

 

唯一、一貫している部分といえば、自分の真横で眠そうにあくびするハヤトと真反対な男ということくらい。なにがどう真反対なのかは知らないが、真反対なことは確実。

 

その説でいくとソラノ・テンという人間は『とてつもなく根暗で、クソ雑魚ナメクジで、ドがつくほどの陰キャ』になってしまうが。これも、自分と同じくらい強いと語ったハヤトによって否定された。

 

要するに、スバルにはソラノ・テンの人物像が皆目見当もつかない。これほどの情報がありながら、本当に不思議なことだと思う。

 

 

「にしても……テンが帰ってくるって言った瞬間のエミリアたん……すごかったわね。ばびゅーん、って感じだったもん。ばびゅーん、って」

 

 

来たるソラノ・テンとの初顔合わせに密かに興奮しながら、スバルはその時のことを思い出す。

 

パックがテンのことを口にした刹那で、ロズワール邸から飛び出して行ったエミリア。その勢いは、撃ち出されたと表現する方が適切だと頷ける勢いだった。

 

察するに、彼女もまたテンに対して好感を抱いているらしい。好感の方向性はともかく、あんな美少女に好かれるとは羨ましいものだ。

 

もし自分が男で生を受けていたのなら、殺してやりたいくらい嫉妬してるかも。

 

 

「エミリアたんにとって、テンはどんな存在なの? 飛び出してまで迎えに行ったんだし、なんとなく想像はできるけども」

 

 

自然と、気になったから聞いてみる。

 

膝を軽く抱えて座りながら、エミリアが走り抜けて行ったであろうロズワール邸の正門を見るスバル。口を閉じる彼女は反応待ちの時間を作り、誰かが答えてくれるのを待った。

 

しかし、五秒ほど待っても返事は返されず、不審に思って視線を隣に座るハヤトへ。眠そうだった横顔が微妙な表情になっているのを見て更に不審がり、首をぐるりと回して他の面々を順番に見る。

 

階段に腰掛けるハヤトとスバル。その後ろに立つ他三人もまた、なんとも言えない表情。全員が等しく真顔を保っているものの、流れる空気感が今の一言で明らかに変化した。

 

 

「見てりゃ分かる」

 

 

その空気感を、ハヤトが一言で破壊する。

 

曲げた膝に頬杖をつきながら呟いた表情は変わらずの真顔。ただし、その瞳に黒く燃える感情の炎が揺らめいているのがスバルには見えた。

 

ぱっと見、つまらなそうな顔だと思えるそれにスバルは「どゆこと?」と顔を顰めて、

 

 

「なんか、言えない理由でもあるの?」

 

「聞くよりも見た方が早いってこった」

 

 

遠回しに質問に対する回答を拒まれ、顰めたスバルの顔が困惑に歪む。言葉自体の意味は分かっても、なぜ言えないのか全く理解できなかった。

 

他の三人の意見を聞こうと振り返っても、顎を引くように頷かれるだけ。彼らもハヤトと同じ考えらしく、エミリアとテンの関係性を口にしたがらない。

 

口で説明したよりも見た方が分かりやすい——百聞は一見に如かずというやつだろうか。場にいる全員の意見が一致したのだから、そう思うのが妥当。

 

 

「ってことは、それだけ関係がはっきりしてるってこと?」

 

「そうだな。——ほら、噂をすればだぞ」

 

 

簡単な結論を出したスバルにハヤトが首肯。それから、顎をしゃくる動作で正面を指し示す。釣られるように視線を向けた先、ロズワール邸の正門を潜る三つの人影が視界に入った。横一列に並んでいる。

 

状況的に、あの中のどれかがソラノ・テン。身長が高そうなのが真ん中の影だから、恐らく真ん中。左右にいるのはエミリアと、見送りに姿を見せなかったレムだろうか。

 

途端にじっと目を凝らし、スバルはテンの姿を確認しようとする。小学生から衰えない活気に満ちた視力を最大限にまで高め、問題の人物に全ての意識を注ぐ。

 

 

「あの二人、相変わらずテン君にべったりだねーぇ。いつも通りすぎて安心感すら抱かされる」

 

「帰宅早々、疲れ切ったテンテンの無様な様子が見れそうですね」

 

「そぉーれは、実に楽しみだ」

 

「楽しみ、か」

 

 

意味深な会話が背中から流れ、含みを持たせたハヤトのため息混じりの低い声が隣から溢れる。が、スバルの耳には入らない。

 

立ち上がり、熱心な様子で遠くを見つめる彼女の視界には今、あの三人しか映っていなかった。姿形が明確に判別できる領域に足を踏み入れた三人に視線を集中させ、視界の情報を吸い上げる。

 

そしてそれは、スバルに一つの驚愕をもたらす。

 

 

「な、なにあれ」

 

 

時間が経つのと比例して三人の姿が鮮明に捉えられ始め、その度合いが増すのにつれてスバルの顔色が三段階で変わっていく。

 

一に困惑し、「え?」と眉間に皺が寄る。二に戸惑い、「え!?」と化け物でも見たかのように三白眼が見開かれた。最後の三の驚愕で「えぇ!?」と口を大きく開けて大袈裟に、

 

 

「見ればわかるってそういうことなの!? テンってそんな感じのやつなの!? なんなのあれ!? エミリアたんとレムって、テンとそういうカンケイなわけ!?」

 

 

向かってくる三人組に突き出した指をぶんぶん振り回し、スバルはうるさく吠える。世界そのものが揺れたかのような衝撃を味わって目を剥き、全身で驚きを表現して暴れ回った。

 

見えた光景——テンと思われる男にエミリアとレムがぴったりくっついている。ただくっつくだけではない。レムは腕に抱きつき、エミリアは肩が触れるほど距離が近い。

 

 

「レムりん、なんか抱きついちゃってません!? あんな子、知らない! 昨日の塩対応レムりんと同一人物なの!? エミリアたんも距離感バグってない!?」

 

 

一体、誰があの光景を予想できようか。ハヤトの親友があんな感じだなんて、予想できる方がイカれている。なるほど、ハヤトたちが口にしたがらないわけだ。

 

冴えない平々凡々な男が一人。異世界に召喚された途端にモテまくり、美少女たちを連れる絵面。まさしくスバルが思い描いていた通りの、

 

 

「異世界系筆頭、ハーレム系……。やっぱし、この世界にもそういう奴っているのねぇ。絵面が定型すぎて一周回って冷静になるわよ」

 

「それだけはねぇから安心しろ。アイツをそんな、ゴミカス野郎みてぇな奴らと一緒にすんじゃねぇ」

 

 

腕を組み、しみじみした様子で頷くスバルの声を力の込められた雑言が蹴散らす。真横から割って入ってきたハヤトのものだ。

 

彼の優しい部分しか知らないスバルには想像し難い、負感情の宿る力強い声色。驚いて隣を見ると、虫唾が走ると言わんばりに顔を歪めるハヤトの姿が見えて、

 

 

「もしかして、もしかしなくても……ハヤトってばハーレム系アンチ?」

 

「俺は純愛派だ」

 

 

叩きつけられた言葉が全てを物語っていた。たった一言で誰もが心情を悟れるくらい、ハヤトの態度は実に分かりやすかった。

 

あからさまに目の色が変わったハヤトの態度は悪く、やや不機嫌気味。嫉妬というよりも怒りに近い感情が全身から漏れ出し、正面を見つめる眼光が鋭く尖っている。

 

「はぁ」と、ラムが極小のため息。ハヤトの背を見つめる彼女が毅然とした顔の裏で億劫そうにする中、初っ端の衝撃が引いて冷静になったスバルは「あはは」と苦笑して、

 

 

「はじめましての前に確認するけど、アレがハヤトの親友ってことでいいのよね? あの、エミリアたんとレムりんにくっつかれたアイツが、ハヤトの世界で唯一のベストフレンドってことで?」

 

「まぁ、そうなるな。あそこだけ見りゃ不本意な気もするが……アイツが俺の一番の親友だ。アイツがいなきゃ、俺はこの世界でやってけねぇよ」

 

「仲良しなんだ」

 

「年単位の付き合いだからな。絆は深いぜ」

 

 

言うと、不機嫌な顔色を引っ込めて頬を柔らかく緩める。気さくで穏健な彼の性格をそのまま反映したような顔つきにふっと戻ると、横顔に温かみが灯った。

 

あんな態度をしておきながら、裏ではテンのことを親友として慕っている。そんな風に思わせてくれる表情を無意識に浮かべながら、ハヤトは「よっ」と声を出して立ち上がり、

 

 

「俺とアイツは性格こそ真反対で、火と水みてぇな相反する関係だが、なんか仲良いんだよな。意見はまるで噛み合わねぇけど、余裕で二時間以上はぶっ通しで駄弁れるし」

 

「それ、単にハヤトのコミュ力がイカれてるだけじゃないの? ハヤトってほら、陽キャとも陰キャとも話せる真の陽キャ感あるし。どうせ、どーうーせ、スクールカースト上位のイケイケ集団の中心だったんでしょ?」

 

「なんだよスクールカースト上位って。俺はそんなつもりで友達(だち)と騒いでたつもりはねぇぞ。向こうが勝手に寄ってくるだけだ」

 

「これだから陽キャは困るぜ」

 

 

呆れたといった具合で「やれやれ」と手を広げて首を横に振り、スバルはうんざりした顔をする。それが普通であったハヤトには、置かれていた環境の贅沢さが理解できていないのだろう。

 

与えられた者より、与えられていない者の方がそれの大切さを知っている。ありがちではあるが、なんて皮肉な話。

 

当然、ハヤトがテンと長続きしたのは、彼が持つ人を寄せ付ける天性のカリスマ性。要約してコミュ力が化け物じみているからだと思うが、

 

 

「コミュ力だけじゃ、人間関係は長続きしねぇよ。相性ってもんもあるだろうしよ。多分、俺とアイツは相性が良いんだろうな」

 

「水と油なのに?」

 

「火と水な。悪化させんな」

 

 

意味合いとしては水と油の方がしっくりくるスバルが「ふーん」と喉を鳴らし、二人の関係性を理解しようとするのをやめる。自分には理解できない関係なんだろうな程度で完結した。

 

実際のところ、テンとハヤトをよく知る人間——話を静かに聞いている後ろの三人からすれば、二人の関係は『火と水』と表現するのが最もな気はしている。

 

常に燃え上がる炎のようなハヤトと、それを頑張って鎮火しようとする冷水のようなテン。制御する側とされる側の関係が絶妙な調和を生み、仲が保たれているように見える。

 

その均衡が崩れる瞬間があるとしたら、今の二人の関係は———。

 

 

「——ちょっと待って。待って待って待って」

 

 

 不意に、そんな声が玄関前に届く。

 

判断するまでもないテンの声。頭が勝手に彼の声だと認識して、その存在の帰還を待っていた者たちの意識が一気にお出迎えモードに切り替わった。全員がそれまでの思考を断ち、一斉に視線を声の方向へ。

 

久々に聞いた声は、なぜか切羽詰まっていた。声だけではない、姿形がくっきり確認できる距離にまで迫ってきて見えたテンそのものも、とても焦った様子である。

 

 

「お願いだから待って。ちょっとだけでいい。ちょっとだけでいいから待って引っ張んないで」

 

「どうしてですか? 姉様もテンくんが帰ってくるのを心待ちにしていますし、早く行きましょう」

 

「そうよ。みんな、テンが帰ってくるのずっと待っててくれたんだから。早く帰って元気な顔を見せるの」

 

「待って、やめて、待って待って待って待って。ホントに待って。違う、知らない。俺そんなの知らない。そんな世界、俺知らない!」

 

 

「嫌だぁー!」と完全に気が動転してしまっているテンが涙目になりながら、両サイドを固めるレムとエミリアに引っ張られて近づいてくる。

 

左腕をレムに、右腕をエミリアにがっちり掴まれ、成す術なし。その可憐な見た目に反して意外にも筋力があるらしく、美少女二人に挟まれたテンは無抵抗。

 

この状況。一般的な女性と比較してやや発達した二人のたわわが両腕に押し付けられるという、羨まけしからんなそれだが、

 

 

「ごめん! ホントに待って! 頭の中を整理する時間が欲しい! 時間をください!」

 

「だーめ。もう遅い時間なんだから、ゆっくりしてたら晩御飯の時間が過ぎちゃうじゃない」

 

「エミリア様のおっしゃる通りです。時間は有限なのですから。なにを焦られているのかレムにはよく分かりませんが、早く行きますよ」

 

「待っってぇぇーー!」

 

 

 本人はそれどころではない。

 

他者と接することを苦手とするテンにとって、他者しかいない場所で寝泊まりするのは中々に苦痛だったはず。となれば、三日ぶりの我が家に帰りたくないわけがない。

 

にも関わらず全力で帰りたがっていない理由が、お出迎え組にはさっぱりだった。テンの奇天烈さに失笑やら嘲笑やら苦笑といった笑み見せる面々には、状況が飲み込めていない。

 

ただ一人、爆笑するハヤトを除いて。

 

 

「だはははは! やっぱお前ならそうくるよなぁ! 反応しないわけねぇよなぁ! 俺と同じだもんなぁ! お前よぉ!」

 

 

腹を抱えながら豪快な笑い声を爆発させ、足をばたばたと地面に叩きつけて笑い転げる。数秒前まで落ち着いていた表情筋がくしゃっと崩壊し、大口を開けてこれ以上ないまでに笑い出した。

 

あまりのド派手っぷりに、全員が目を丸くしてハヤトを見る。なにがおかしいのか全く分からない。その上、笑うのに忙しそうで説明を求めても無視される。

 

そうこうしているうちに、三人はお出迎え組の目と鼻の先に到着しそうで、

 

 

「あ、見える! 姿が見える! わーすごい、なんか知らない人がいるなぁ! なんか見たことあるのに、記憶と絶妙に違う人がいるなぁ! おっかしいなぁ!」

 

「腹痛い! やめろテンおまっ、それやめろ! その声やめろ! 殺す気か! 俺を笑い死なせる気か!」

 

「うるさい! ハヤトのバカ! なんでこんなことになってんのさ! ちゃんと説明してくれるんだろうね!」

 

「んなこと知るか! 俺だってこれには気絶するくらいビビったんだぞ!」

 

 

「嫌だぁー!」と取り乱して騒ぐテン。

「だははは!」と大大大爆笑するハヤト。

 

二人が騒いで場が混沌と化すこのわちゃわちゃ感。聞き馴染みのある騒がしさだとスバルを除いた誰もが思う中、ひとしきり笑ったハヤトが呼吸を荒げながら滲み出た涙を拭い、

 

 

「はぁ、ひぃ、ふぅ……。し、死ぬかと思った。腹(いて)ぇ。マジで痛ぇ……。ふざけんなよテン。そこまで焦ること、ひぃ、ないだろ。ふぅ、ほぉ」

 

「いや、だってさ、これは流石に……」

 

 

お出迎え組と会話できる距離にまで辿り着いたテンが、恐る恐るスバルを見る。一瞬、視線が絡むと変人を見る目で見返されて、「はぇっ」と変な裏声が口から漏れた。

 

原作を改変したことによる物語の変化を、ひどく恐れていた過去があるテン。

 

その気持ちを思い出しそうになった彼は、とりあえずひとまずいったん目の前の爆弾を後回しにして、ロズワールたちを見る。

 

 

「そ、そそそ、ソラノ・テン、無事にゲートの治療を終えて、元気になって帰ってきまししゃ」

 

「にしてはかなりボロボロだーぁけど? なーぁにがあーぁったってーぇ言うんだい?」

 

「そ、それにかん、関しては、ふ、触れ触れにゃいで」

 

「話すにしても、まずはその態度をどうにかしなさい。滑稽で面白いからラムは構わないけど、ロズワール様の前よ」

 

 

人を小馬鹿にする表情をしたラムに落ち着くように促され、テンは落ち着こうと頑張る。前を向いているとスバルが映って動揺しそうになるから下を向き、地面と睨めっこ開始。そして深呼吸。

 

帰還の報告をしようとしたテンの声は吃り、噛みまくり、言葉になっていなかった。ロズワールを見つめる目は動揺に泳ぎ、肩に変な力が入っている。

 

なにが彼をそこまで焦らせたのか、分かるのは「ぜぇぜぇ」と息をしながら膝をつくハヤトのみ。

 

 

「ハヤトの親友って、変な人ね」

 

「口にはするなよ。死ぬぞ」

 

「死ぬの!?」

 

 

耳打ちでそんなことを言ってきたスバルに忠告しつつ、深く息を吐いて呼吸を整える。長引きそうな爆笑の余韻をそうやって無理やり断ち、頬をパチンと叩いて気を引き締め直した。

 

曲げた膝を伸ばして立ち上がる。ちょうどテンも心の体勢を辛うじて立て直したらしく、奇しくも二人同時に顔を上げた。

 

顔を見合わせるテンとハヤト。二人は、目の前にいる親友の疲れた頬を見ると、

 

 

「大変そうだね」

 

「お前のせいでな。つか、両サイドなんだよ」

 

「両手にヤンデレ」

 

「は?」

 

 

意味不明な呪文を呟かれて、ハヤトの頭の上に大きな疑問符が一つ。それを無視しながらテンは「はぁ」と息をつく。

 

それから再びロズワールたちを見て、

 

 

「ただいまです。無事、元気になって帰ってきました」

 

「ゲートは治ったかしら」

 

「うん。さっき言った通り。ちゃんと治してもらって帰ってきたよ。まぁ、そのせいでフェリスと一悶着あったけど……」

 

「ちょっと診させるのよ」

 

 

つかつかと前に出るベアトリスが三段しかない階段を軽快に飛び降り、テンの前に歩み寄る。手の届く距離にまで近寄ると、伸ばした手の平を胸に当てて軽めの触診を始めた。

 

数秒もしないうちに離れると「うん」と頷き、その整った顔立ちに僅かな驚愕を浮かべて、

 

 

「たった数日間であの複雑な損傷をここまで……。『青』の称号は伊達じゃなかったかしら。今の状態なら魔法を使っても問題はなさそうなのよ」

 

「そっか……。身内からそれを聞けて安心した。わざわざ診に来てくれてありがとう、ベアトリス」

 

「一度でも診たら最後まで診るのが治癒術師の常識。ただそれだけの話かしら。二度も同じこと言わせんじゃないのよ」

 

 

感謝の念を視線として送ってくるテンを軽く受け流し、ベアトリスは背を向ける。

 

自然な雰囲気を装ってハヤトの真横に身を置くと、テンの目を視線で射抜き、

 

 

「もう二度とあんな風になるんじゃないのよ。お前の血に濡れるのは二度と御免かしら」

 

「その節はご迷惑をおかけしました」

 

 

威力のある嫌味な言い方をされて、反論の余地もないテンは頭を下げる他にない。ベアトリスの言う『あんな風』になって悲しませてしまった女の子が、両サイドにいるのだ。

 

あまり、あの夜の話題には触れない方がいいかもしれない。あの夜に起こった惨劇は、巻き込まれた全員の心に大きな変化を齎した日であると同時に、忘れてしまいたい日でもあるから。

 

なにかを堪えるように身を固め、小刻みに震え出したレムの様子から悟ったテン。彼は彼女の体を抱き寄せ、手に触れる体を優しく撫でた。

 

 

「ちぃーなぁーみぃーにぃ? ここにいる私、ロズワール・L・メイザースは『青』のフェリックス・アーガイルと同様に『赤』、『緑』、『黄』の称号を授与されたすごーぉい魔法使いだーぁけど?」

 

「信号機かよ」

 

「一つでも授与されたら語り継がれちゃう、名が歴史に刻まれちゃう程度の名誉ある称号を、なんと三つも授与されたけーぇど?」

 

「うるさいのよ」

 

「テン君はなにかあるかい?」

 

「あっ、俺に振ってたんですか。へー、それはすごいですね。総称して『信号機の称号』とでも呼んだらいいんじゃないですか」

 

 

「いいな、それ」と茶々を入れたハヤトが笑う。言葉の意味合いは分からないが、同じく茶々を入れたベアトリスもなんとなく笑った。

 

壮大な前振りの行き先が自分だと知ったテンの対応は雑だ。割と本当にすごい人を目の前にしていると知っていながら、慣れた手つきで話のオチをつける。

 

すごいかどうかはともかく、今の会話で精神の大部分は安定した。疲労が重なりすぎて逆に元気になってきた彼は、黙ってこちらを見ているラムを見る。

 

「ふっ」と笑いかけ、

 

 

「心配かけてごめんね。ちゃんと治してもらってきたよ」

 

「帰宅早々、両手に花ね。いいご身分だこと。服が皺くちゃなのと、砂埃がついてるのと、両腕にくっついてる子たちのことは言わないでおいてあげる」

 

「もう言ってる。全部言ってるよ」

 

「はっ」

 

 

親しみのある嘲笑を飛ばし、ラムは笑う。それ自体に大きな意味はない。癖のようなものだ。

 

なにも言わずとも全てを見抜かれているような気にさせる態度を見せると、ラムは先と同じ顔——人を小馬鹿にする顔をして、

 

 

「無様ね。疲れた顔してるわよ」

 

「知ってる」

 

「当然の結果だわ。身の丈に合わない想いを受け止めようとしたのだから。もっと精進しなさい」

 

「してるよ毎日。どんなに頑張っても追いつかないんだよ、この二人。まだくっついてるもん」

 

 

言って気づいたテンが「ほら、そろそろ離れて」とレムとエミリアを剥がそうとするが、二人は離れない。腕を揺らして強引に剥がそうとしてもだ。

 

レムは意地でも離れようとせず、エミリアはレムがそれなら自分もといった具合。ちょっとだけ嫌そうな顔をしてみるが、効果は皆無。自分の欲を満たすことしか頭にないらしい。

 

両方から感じる柔らかな感触、否、この期に及んで曖昧に誤魔化すつもりはない。柔らかな乳房の感触と、嗅覚をくすぐるほのかな甘い匂い。

 

加えてレムはメイド服で、エミリアはいつもの白い衣装。二人とも胸元が開けた服装をしているから、身長的にくっつかれると谷間が嫌でも視界に入る。

 

本当に、本当に不本意ではあるが、彼女たちを左右に疲れ切ったテンは言った。

 

 

「助けてください」

 

「はっ」

 

「頼れる人がラムしかいないんです」

 

「はっ!」

 

 

連続して飛んできた嘲笑に見放され、テンの真顔から光が消えた。この場で唯一、自分の立場に理解のある女性に助けを求め、儚く散った。

 

一応、他の面々に助けを求めてみる。

 

ロズワールはニヤニヤ顔で無言。ベアトリスはどうでもよさそう。ハヤトに至っては睨まれる始末。

 

 そして、

 

 

「ーーーー」

 

 

 スバルを見た瞬間、考えが飛ぶ。

 

順番に視線を移して最後にやってきたのが、胸元に『N』の文字が刺繍されたジャージを着用したボーイッシュ感のある黒髪短髪女子。

 

やや細身ではあるものの適度な運動はしていると分かる一般的な体型の童顔。身長はエミリアと同じか、それよりも少し高いか。三白眼という点を含めなければ、どこにでもいそうな子。

 

なのに、その子を見た瞬間から目が離せなくなっていた。記憶の中にいる少年の姿と嫌なくらい重なる少女、その一部に視線が誘導される。無いはずのものが有るという事実から、目を逸らせない。

 

お世辞にも大きいとは言、

 

 

「えいっ」

「ていっ」

 

「痛ぁ!? なんで踏んだの!?」

 

「なんだか、すごーくもやもやしたから」

「テンくんが見つめていい女はレムだけなので」

 

「理由が理不尽!」

 

 

スバルの顔から下に落ちた視線がよからぬ部分に流れかけた瞬間、レムとエミリアに足を踏まれたテンの肩が跳ね上がる。

 

理不尽すぎる理由にがなるが、彼女たちには響いていない。「ん?」と可愛らしい顔で困惑している。罪の意識など一欠片もないらしい。

 

相手をしても無駄だと今になって理解すると、テンはスバルのことを真っ直ぐ見た。ありのままを受け入れようとして、現状と真摯に向き合いながら、

 

 

「ほったらかしにしててごめんなさい。えっと、あなたはどちら様で?」

 

「ほったらかしにしてた自覚はあるのね、感心感心。あともうちょい遅かったら爆発してたよ、アタシ」

 

 

 ——アタシ。

 

 

紡がれた一人称に、テンの顔色が悪くなる。

 

確実に嫌がってる表情を面に露出させた彼を他所に、スバルはパチンと指を鳴らす。お決まりのポージングをして、

 

 

「アタシの名前はナツキ・スバル! お前と同じく異世界より召喚された異世界召喚者第三号! 話には聞いてるぜ、ソラノ・テン。お前がハヤトの親友らしいわね。アタシもハヤトのマブダチ名乗ってるから、マブダチのマブダチ同士、よろしくねっ!」

 

 

バリエーション豊かな自己紹介が世界に響き、スバルの声が夜空に高く打ち上がる。今まで自己紹介はほとんど空振ったから気合いを入れ、鼓膜に叩きつける勢いで言い放った。

 

渾身の一撃。しかしテンは反応を見せない。それどころか更に顔色を悪くして、今にも吐きそうな表情になっている。

 

テンのことを『お前』と言われて、殺意が燃え上がるレムの真横。十秒という長い沈黙の間を開けてから、テンは時間が動き出したように「いやいや」と首を横に振り、

 

 

「マジでどちら様で……?」

 

「テン。お前の気持ちもよく分かる。分かるが受け入れろ。事実だ」

 

「嘘だろ?」

 

「嘘じゃねぇ。これは現実だ」

 

「嘘だろ……」

 

 

あり得ない異常事態をハヤトに突きつけられたテン。彼は、受け入れ難いそれを受け入れようと必死になった。

 

頭の中に取り込まれた情報を整理する。自分の中のナツキ・スバルという人物像を取り壊し、目の前にいるナツキ・スバルに新しく作り変えていく。

 

密かに会いたかった人間とは別の人間がこの世界にきてしまったことを、理解する。自分らという異分子が原作に加わったことで、物語に変化が起こる可能性があることを、思い出す。

 

そして、テンは理解した。

 

つまり、こういうことか。

 

 

「誰が俺たちの物語を原作主人公性転換(TS)ものにしろ、つったよ。っざけんなよ」

 

 

原作に最も忠順であるべき存在が、真っ先に原作ブレイクしてきやがった。

 

そうだと己の中で結論づけ、くっつく少女二人を巻き込みながら、テンはその場で力が抜けたようにへたり込んだのだった。

 

 

 






今回のお話、もしスバルが『スバルちゃん』ではなく『スバルくん』だったら……という妄想を勝手に膨らませて一人で笑ってました。

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