少しでも望む未来へ   作:ノラン

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逆鱗

 

 

 

屋敷からアーラム村までの距離は直線距離にしておよそ三キロ。のんびり歩いても二十分程度の短い時間で到着する。

 

途中、森林の中に引かれた道で右折左折を繰り返し、いくつかの丘を越え、小川に架けられた小橋を渡り、開放感のある平原を横切り、村を一望できる崖上を迂回し、そうして辿り着く。

 

流石のド田舎なだけあって、道のりは全て自然に囲まれていた。屋敷からアーラム村へと続く唯一の一本道は、自然と自然を真っ二つに割って作られたと言われても納得するレベル。

 

街道と言うには舗装が行き届いておらず、獣道と言うには人の手がかかりすぎている道。直線距離が三キロ程度とは言え、それなりに悪路。

 

メイザース領自体、大自然を開拓して発展させたようなものだから当然と言えば当然だが、普段から利用する通行人からすれば面倒なものがあった。

 

 

「俺ら三人が一緒に村に行くのはあの日以来だな」

 

「ロクなことにならなさそう。あの日だって結界が壊れて魔獣が村に入ってきてたし、今回もなんかあるかな」

 

「やめて。その会話は不幸が寄ってくる」

 

 

その面倒な道のりをものともせず、ハヤトたちはアーラム村へと駆け足で向かう。寄り道はしない、一直線に突き進む。

 

屋敷を出てから早五分。アーラム村まであと半分といったところまで進んでいる彼らは今、開けた平原の中を突っ切っていた。

 

光が遮られる森林ゾーンと違って視界は良好。星々に飾られた夜空に浮かぶ、今宵のお月様は満月。貴重な光源として、安定した光を地上に降り注がせている。

 

 

「ま、そうなってたとしても俺らがぶっ飛ばしゃいい。たかだか犬っころ数十匹だ、相手にもならねぇよ」

 

「お前にとってはそーかもね。ウルガルムと戦うときお前だけ世界観違うし。一人だけ戦国無双してる」

 

「戦うことしか取り柄がないのだから、それくらいしてもらわなきゃ困る。どうせ普段から戦いのことしか考えれない蛮族なんだから、好きなだけ暴れてきなさい」

 

 

短く息を吐きながら走る彼らに焦りはない。

 

不確定要素が渦巻くアーラム村に向かいながらも、交わされる言葉と声色はいつも通り。身をじりじり焦がされるような焦燥感に背を押されているが、その足取りは落ち着いていた。

 

横一列になって駆ける彼らの表情には確かな余裕があり、並大抵の出来事では決して乱されない安定感を漂わせている。

 

 その理由は、

 

 

「でも今は、あの時とは違ってベアトリスもいるから安心できる。なにが起きてもベアトリスに頼ればなんとかしてくれそう。ベアトリスっていう存在の安心感がすごい」

 

「ベティーをなんだと思ってるかしら。このイカれ男」

 

「便利屋さん」

 

「本番前に血だらけにしてやってもいいのよ」

 

 

考えた末に生まれた適当な呼び名に反発し、澄ました顔のベアトリスがテンに片手を構える。言葉を真面目に受け取っていないテンからの反応は薄く、右から左へ流された。

 

「ふん」と鼻を鳴らすベアトリス。ハヤトに頼りにされてると言われたときと反応の差が天地な彼女は伸ばした手を引っ込め、眼前にある厚い胸板に添える。

 

体格的な都合上、どう足掻いても他三人より歩幅が小さいベアトリスは走る速度が遅く。引きこもりなだけあって悲劇的なまでに体力も少ないため、彼女はハヤトに抱き抱えられていた。

 

もはや、その光景にはなにも言わないテンとラム。その二人を視界の端っこに捉えるベアトリスは「でも」とハヤトを見上げて、

 

 

「実際問題、今のベティーは前ほど強力な魔法を連発できないかしら。言った通り、貯蓄できたマナは全体の二割以下。マナの節約を常に心がけるのよ」

 

「おうよ」

 

「無くなった分はいつも通りかしら」

 

「へいへい」

 

 

駆け足の振動で縦ロールがびよんびよん揺れるのを嫌がり、手で一まとめに束ねるベアトリスに言われてハヤトはこくりと頷く。特に説明されずとも、いつも通りの意味は分かった。

 

仲良しなことで実に結構だとテンは思う。お陰様でレムの解呪もすんなり終わったし、大精霊という特大の仲間を連れて村に向かうこともできている。

 

マナの節約。そう聞いて思い出したテンは、ハヤトのありがたさを感じなから横目でラムを見て、

 

 

「ラムもね。君、すぐへばるんだから。前みたいに背負って戦うの()だよ」

 

「君、って呼ぶのやめなさい。他人じゃあるまいし」

 

「引っかかるとこ、そこですか?」

 

 

意外なところを指摘されて驚くテンを、薄紅の瞳が軽く睨んでいる。てっきり「いやらしい」とでも言われると思っていたのに、予想していた反応と微妙に違う。

 

お前呼びをハヤトだけに限定しているのがバレたか。露骨に嫌がる目をするラムの目の色が明らかに変化した。

 

といっても、身内にしか見分けられないほどの小さな変化だから、側から見たら普段と変わらないようにしか見えないと思うけれど。

 

 

「あのさ、ハヤト」

 

「なんだ?」

 

 

その目から上手く逃げるべく視線を逆サイド、ハヤトに向ける。

 

顔を背けられたラムに「ちょっと」と呼ばれるのを無視し、意識を逸らすために言葉と言葉の間に間隔を開けず言った。

 

 

「この先、どうなるかマジで分かんないから、言えるうちに言っておくね」

 

 

正面に迫った木製の柵を身軽な動きで飛び越え、右足で着地。後からついてくる左足で地面を蹴って加速、勢いを殺さず走るテンはふっと真剣な表情を作る。

 

今ので、顔を横に向けながら走ると転びかねないと判断したのだろう。前を向いて走る彼は並走するハヤトを横目で見て、

 

 

「なにがあっても、絶対に、軽率な考えで動かないこと。自分の行動一つで人が死ぬ、そのくらいの気持ちでいること。感情だけで先走らないこと。……この三つ、俺と約束して。絶対に守って」

 

 

人差し指、中指、薬指と、順に立てた三本指をハヤトの顔の前に置く。威圧じみた強めな声で言い聞かせ、心に焼印をするように押しつけた。

 

もはや、物語が自分らの知るシナリオ通りに進行していないのは明らかだ。そして、それがなにを引き起こすのかまるで分からない。だからこそ、言い損なう前に言っておく。

 

この世界がいつ牙を剥いてもいいように。自分の身にもしものことがあってもいいように。最悪の最悪を想定し、ハヤトの心を三つの鎖で縛る。彼が暴走しないように、今の言葉を焼き付ける。

 

皮肉にも、この男は縛られるほど反発する面倒な性格。だから例外を示すとすれば、

 

 

「それをしていいのは、止めてくれる人がいるときだけ。分かった?」

 

「おう。約束する。なにがあっても守るぜ」

 

「俺が死んでもだよ?」

 

 

言った瞬間、真面目な顔で誓ったハヤトの心が凍りつき、足が一瞬だけ止まる。疾走中にあってはならない事故の結果はすぐ襲いかかった。

 

不覚にも体勢が崩れかけ、足がもつれてあわや転倒寸前——ギリッと歯を食いしばり、前へ転びかけるところを気合いで立て直し、腹筋に力を入れて即座に体勢を整える。

 

ひやっとさせられて怒るベアトリスが「気をつけるかしら!」と吠え、ラムが疑念を孕んだ目でテンを見る中、思考を真っ白にさせる爆弾発言を普通にしてきたテンを驚いた顔で睨み、

 

 

「テメェ、なに言っ………」

 

 

 てんだ。

 

馬鹿なことを言うなと蹴散らそうとした声が変なところで止まり、ハヤトの喉で息の詰まる音が鳴った。理由は簡単、目先にいるテンの横顔が恐ろしく真面目なものだったからだ。

 

ぞくっとするほど無色のそれを見た途端、背中に冷たいものが流れた気がして。その横顔に、この世界が如何なる世界であるかを思い出させられ、輪廻した世界で見たスバルの死に様が過ぎる。

 

いつ誰が死んでもおかしくないのがこの世界。それを思えば、今の発言だって不思議じゃない。彼も分かっているから、敢えて自分にそう言ったのだろう。

 

それなら、自分が返す言葉は一つ。

 

 

「分かった。約束する。ただし死ぬことは許さん。絶対に許さん。絶対だ。いいな?」

 

「大丈夫。死なないよ」

 

 

約束事を心に刻み、熱い意志を宿した様子で念押しするハヤト。もう二度と誰も死ぬところを見たくないと切に願い、誰も死なせないと己に誓った彼に、テンは静かに言って息を溢すように笑う。

 

徐に首元から服の下に手を入れ、中からハートを模した桜色の宝石を取り出す。レムから贈られた首飾りに付けられたそれを、両手で愛おしそうに包むと、

 

 

「死ねない理由、沢山できたから」

 

「その首飾り、マジで似合ってねぇな」

 

「ぶん殴られたいの?」

 

 

ちょっと浸っていたところに容赦のない一撃。デリカシーのない発言に、雰囲気をぶち壊されたテンの真顔が歪む。親友には基本、なんでも正直に言う癖が悪い方向で顔を出した。

 

服の下に首飾りをしまい、「お前さぁ……」とため息。ベアトリスとラムに同情の目を向けられながら物申そうとして、

 

 

「ーーーッ!!」

 

 

 ——それは、来た。

 

 

「獣の声ーー!」

 

 

突如として獣のような咆哮が夜空に響き渡り、鼓膜を強く殴りつけるそれに足を止めた三人が大袈裟に飛び退く。直感、数多くの修羅場を潜り抜けてきた戦闘勘が咄嗟に「飛び退け!」と叫んでいた。

 

そして、その直感が間違っていなかったことを驚愕として直後に知る。

 

 

「おわっ! っだよ急に!?」

 

「もっと退がって! なにがくるか分からないよ!」

 

 

数瞬前までハヤトたちがいた地面が咆哮の直後に激震を引き連れて隆起、上部が鋭利に尖った岩の壁が凄まじい勢いで一気に伸び上がる。

 

横一列に並んでいた四人を同時に串刺しにできる規模の壁は見上げるほど高く、破壊して突破するには分厚すぎる。なにが来ても対応できる距離まで後退した四人の行手を、あっという間に塞いだ。

 

咆哮が轟いてからほんの一瞬の出来事。しかしその一瞬でスイッチは切り替わる。数秒前までの会話を切り落とすハヤトたちは既に臨戦体勢を整え始め、

 

 

「岩の壁……土魔法……え? マジ? それ?」

 

「なにか心当たりがあって?」

 

「挨拶代わりにしちゃぁ、危ねぇことしやがるじゃねぇか」

 

「油断すんじゃないのよ」

 

 

思い当たる節のあるテンがやや前傾姿勢になって拳を握りしめ、懐から杖を取り出すラムが戦闘に目の色を変え、肩から鞘を降ろしたハヤトが大剣を抜刀し、ハヤトから降りたベアトリスが仁王立ち。

 

各々が思い思いの言葉を口にすると、臨戦体勢が瞬時に整えられた。集中に気を引き締め、全神経を尖らせて周囲の情報を吸い取る。音、気配、予感、一つも取りこぼすつもりはない。

 

その神経が一番に吸い取った世界の情報、壁の奥からこちらに近づいてくる巨人のように大きな足音———!

 

 

「来るぞッ!」

 

 

 直後。

 

地面を揺らす足音の主が姿を現す。今しがた伸び上がった大規模な岩壁をダイナミックに突き破り、四人の前に立ち塞がった。

 

唸り声で威嚇し、こちらを睥睨する真紅の瞳の持ち主は漆黒の体毛で身を包んでいた。丸太と遜色ない太さの四肢で大地を踏み締め、その先に伸びる三本の指から生えた獣爪で深々と抉っている。

 

四肢に支えられた強靭な体躯は一見して大型犬のようにも見えるが、サイズ感が大型犬のそれを遥かに上回っていた。象にも匹敵、否、象のそれよりも明らかに大きい。重量も同様だろう。

 

見上げるテンたちの首が直角に曲がるほどの体躯。凶悪な笑みを描く口に収まり切らない牙は獰猛で、噛まれれば間違えなく即死。その中でにゅるにゅる動く涎だらけの舌に遊ばれる未来が視えた。

 

見間違えることなどない、ウルガルムだ。いずれは接敵すると予想していた魔獣。

 

 なのだが、

 

 

「うっそだぁ」

 

 

呟いたテンの目が、信じられないものを見た目になる。破壊した岩壁の破片を盛大に飛び散らせたウルガルムを見上げては、口を半開きにしてあんぐり。

 

「待て待て待て」と首を横に振り、

 

 

「まさか、初っ端からボスモンスターと戦うことになるとは思わなかった。君、ここで出るような魔獣じゃないはずだよね。難易度変わった?」

 

「ボスにもなりゃしねぇ。デカいだけのウルガルムだろ。ドラゴンに比べりゃ雑魚だ雑魚」

 

「ラムたちを村に近づかせたくないのかしら。手厚い歓迎だけど、蹴散らしてやるわ」

 

「大きくなったところで所詮は犬。さっさと片付けて先を急ぐのよ」

 

「みんな、意外にすっと飲み込むのね」

 

 

他三人が血気盛んに闘志を燃やす横で、テンは状況の理解に苦しむ。あのウルガルムの存在自体にではなく、このタイミングであのウルガルムに強襲されたことに。

 

間違えない、あのウルガルムは二章のラスボスとしてスバルと戦い、ロズワールに火だるまにされて呆気なく死んだウルガルム。呪術騒動を引き起こした原因、レムを殺しかけた子犬(クソ)だ。

 

どうしてボス級の魔獣がここで。こんな中ボス的な扱い、下手すれば中ボスにすら扱われてなさそうなくらい序盤も序盤の、

 

 

「テン! 考えてる時間なんざねぇぞ!」

 

 

思考に怒号が割り込んできた瞬間、牙を剥いて猛進するウルガルムを起点に四人が一斉に動く。ラムは右へ、テンは後ろへ、ベアトリスを片手で抱き抱えたハヤトは左へ、それぞれが散開。

 

狙いを一人に絞らせない立ち回り。一瞬、誰を狙うか迷う挙動を見せたウルガルムが狙ったのは正面、後方へ逃げたテンを踏み潰そうと地響きを立てながら突っ込む。

 

一番弱いと思ったか、その逆か。恐らく前者だろうなと思いながらテンは舌打ち。この場が開けた平原であることを確認すると、圧迫感のある体躯に向けて右手を構え、

 

 

「アル・ゴーア!」

 

 

瞬間、高密度に凝縮された火の弾丸が、伸びる手の延長線上に熱波を伴って出現。始めから最大級の『アル』で仕掛けたテンの感情が乗った魔法が、刹那で装填される。

 

既に照準は合わせられた、狙いは狂わない。一発だけ召喚された弾丸は、正しく弾丸のような速度で放たれ、突っ込むことしか脳のないウルガルムの口内を貫く———。

 

 

「あ」

 

「避けやがった!? なんだアイツ、図体の割に俊敏に動けんだな!」

 

「図体は違っても基はウルガルム。身体能力もウルガルムのそれと同じかしら」

 

「だとしても今のは当てるところよ、テンテン! やっぱり感覚鈍ってる! しっかりやりなさい!」

 

「ごめんなさい!」

 

 

怒られるテンへの応酬は、頭上から真っ直ぐ落ちてくるウルガルムの前足だ。弾丸の軌道をものの見事に見破られ、簡単に避けられた直後に反撃が襲い来る。

 

当たるテンではない。魔法の感覚は鈍っていても、体の感覚は取り戻してきた。

 

直撃寸前まで引き寄せ、引き寄せ、引き寄せ、攻撃を中断できない距離——眼前にまで足裏が迫った瞬間、抉れるほどの力で地を蹴り、飛び退く。地割れが起こるほどの威力が平原に叩きつけられた。

 

直後、夜空で赤い閃光がぱっと破裂し、続いて鼓膜をつんざく轟音を立てて大爆発が起こる。避けられた魔法が誰もいない空で効果を発動し、最期を終えたのだ。

 

一歩誤れば火事になりかねない火力。テンらしからぬ火力の出し方に驚いたハヤトが、頭上から叩きつけられる爆風を背に感じながら、

 

 

「おいテン! 火力くらい考えろ! 火事にするつもりか!」

 

「そこまで馬鹿じゃない! ちゃんと考えてる! ダメ元でレムとエミリアに合図したの! こんくらいの爆発があれば分かるでしょ! 外にいればだけど!」

 

「聞き苦しい」

 

「言い訳じゃないからね、ラム!」

 

 

苛立ちげに眉間に皺を寄せるテンが、執拗に踏み潰そうとするウルガルムの猛攻を軽やかに避け続ける。足を叩きつけた地が爆ぜ、足形がくっきり残る力、踏まれれば無事では済まないだろう。

 

完全に舐められているらしい。ウルガルムの口角の釣り上がり方が弱者をいたぶる時のそれ。図体は大きくなっても器は変わらず小さいままだ。

 

 ——そうして一人狙いをしていると、他の存在への対応が疎かになるのも知らず。

 

 

「おらぁ!」

 

「エル・フーラ」

 

 

背中から飛びかかったハヤトが尻尾の付け根目掛けて大剣を縦に一閃。側面をとったラムが杖を振るって後ろ足に風の刃を放つ。双方、並の素材では防御できぬ切れ味を持つ刃だ。

 

尻尾に嫌な経験のあるハヤトが一撃で尻尾を切断。肉と骨をもろとも叩っ切り、重量感のある音を立てながら尾が落下。ホースから水が出るような勢いで断面から血を吹き出した。

 

しかし、風刃は同じ戦果を上げることはできていない。後ろ足、その踵部分を深く抉っただけに終わり、切断には至らない。

 

 

「ーーーッ!」

 

 

にも関わらず、不意にウルガルムのバランスが崩れる。風刃が切り刻んだ直後、体重を支える後ろ足の片方から力が抜け、尾を切られた痛みに絶叫を上げた巨体が腹から地に伏せた。

 

ラムの風刃が正確に腱を切ったのだ。片足の支えを失ったことに体が追いつけず、猛進の勢いそのまま転倒。思惑通りの光景を実現させている。

 

咆哮し、痛みにじたばたするウルガルム。好機としか言えない瞬間に四人は一斉に袋叩きに、

 

 

「ちょっと聞いてほしいことがあるから集まって!」

 

 

 する寸前。

 

張りのあるテンの声が平原に響き、ウルガルムから距離を取る彼の(もと)に召集に応じた三人が敏速に集まる。滅多切りにしてやろうかと思っていたハヤトが不満そうだ。

 

今のところ魔法不発、逃げ回ってるだけのヘイト稼ぎ要員なテン。彼はたった一撃で戦果を上げた有能二人に息を切らしながら、

 

 

「逃げ回ってて、ちょっとおかしいなって思ったことがあってさ」

 

「おかしいこと?」

 

 

魔法が空振ったことには触れず、いきなり話を切り出す。反省を後回しにするハヤトたちも特に触れず、せっかくの好機を捨ててまで伝えたい内容に耳を傾ける。

 

立とうとして失敗するのを何度も繰り返すウルガルムを気にしながら、テンは周囲をぐるりと見渡し、

 

 

「ウルガルムって基本、単体で襲いかかってくる連中じゃないじゃん。俺らが戦ってきたウルガルムは全部群れで襲いかかってくる、質より量の戦い方を押し付けてくる魔獣でしょ?」

 

「そうだな。一匹いたら百匹のやつ」

 

「それがなんで、今はあんなバカみたいにデカいの単体なの? 他のウルガルム、いないよね」

 

 

言われて気づき、はっとするハヤトたちが周囲を見渡した。言われたことを確かめるために、陰に潜んでいるかもしれないウルガルムを探し始める。

 

しかし、見えるのは頑張って立とうとする巨体なウルガルム一体のみ。そもそも開放的な空間だから隠れる場所なんてない。仮にあって、潜んでいたとしても、既に襲いかかってきているはず。

 

テンたちが知るウルガルムとは、そのような魔獣だ。集団で獲物を喰らう狼のような習性を持った化け物、単体で襲いかかってくることなどまずあり得ない。

 

 なら、どうして。

 

 

「すごく、嫌な予感がする。絶対に早く村に向かった方がいいと思う。こんなやつ相手にしてる時間なんてないよ。単なる時間稼ぎとしか思えない」

 

 

言い表しようのないざわめきを感じ、鼓動の早まりとして知らされるテンが胸に手を当てて言った。普段とは違う戦術で攻めてくることがなにを意味するのか、曖昧にしか分からないそれに頬を固くする。

 

自分らが襲われている時点で村でなにか起こった、あるいは起こっているのは確定したようなもの。そういう意味ではざわめき関係なく、一刻も早く村に到着するのがこの場での最優先事項だ。

 

立ち止まっている時間など刹那もない。今この瞬間にも尊い命が散っているかもしれない。

 

 となれば、

 

 

「俺一人で()る」

 

「ラムとテンテンが二人で殺る。脳筋はベアトリス様を連れて先を急ぎなさい」

 

「分かった。頼んだぜ」

 

 

 判断は一瞬。行動は直後。

 

「え?」と、テンが変な声を溢すのを聞きながら、ハヤトは背負う鞘を降ろして大剣を納刀。背負い直すと有無も言わさずベアトリスを抱き抱え、その場から飛び出す。「きゃっ」と悲鳴が聞こえた。

 

四の五の言ってられる場合ではない。少しの躊躇と判断ミスが生死を分けるのだから。テンとラムがそう言ったのなら二人を信じ、自分とベアトリスは村へ急ぐ。

 

速攻で殺すのも一つの手だと思わなくもないが、万が一、手こずる可能性を考えると二組に分けた方が得策。戦った感じ、あの二人が一緒なら危なげなく倒せるだろうし。

 

ここは頼れる二人に任せ、ベアトリスを連れて戦線離脱。バトルジャンキーな心の残念がる声を押し殺して、今が火急の事態であることを再認識し、戦場に背を向けた。

 

 

「………あっ」

 

 

自分の意見をラムに上書きされ、置いていかれたテン。本気で、一人で殺る気だった彼はとんとん拍子で決まったことに少しだけきょとんとする。が、すぐ自分を取り戻すと息を大きく吸い、

 

 

「ベアトリスーー!」

 

 

呼ぶと、声に反応したベアトリスが遠のくハヤトの体からひょこっと顔を出す。文句を言いたそうな顔、自分の意思を口にする隙がなかったことに不満でも抱いたのだろうか。

 

その彼女に向かって人差し指を突き出しながら、テンは思いっきり叫ぶ。決まったことだから仕方ないとすぐさま割り切り、

 

 

「ソイツのこと、頼んだよッ!!」

 

 

現相棒から、未来の相棒へ。

 

その叫びが聞こえたかどうかは分からない。けれど、こちらを見るベアトリスが仕方なさそうな顔をした気がした。

 

それを最後に顔が引っ込み、直後にハヤトが加速。速度を急速に高めた男の体が風を纏い、みるみるうちに姿が離れていき、十秒もしないうちに平原を抜け切る。二人の姿が夜の闇に消えていった。

 

 

「……さて、と」

 

 

振り返り、ようやく立ち上がれそうなウルガルムを見据えるテン。ハヤトとベアトリスを見送った彼は一度、深呼吸をして気持ちをリセット。一旦、仕切り直しだ。

 

それから、さも当然かのような顔つきで隣に並んでくるラムを見る。予定を狂わせ、勝手に残った彼女に「んで?」と小首を傾げ、

 

 

「なんで残ったの? 俺一人でも十分だけど」

 

「今のテンテンは危なっかしいから。さっきのも含めて、まだ本調子じゃなさそうに見えるもの。それに、色々とあって疲れてるのをラムが知らないとでも?」

 

「このくらいの疲労、別に平気」

 

「あの子たちの前ではともかく、ラムの前で強がるのはやめなさい。友人の温情くらい素直に受け取ることね。それとも、このラムに、(みな)まで言わせないと分からない? 男として無粋よ」

 

 

一に対して十で返すラムが一切テンと目を合わせないまま、立ち上がりかけるウルガルムに意識を集める。「察しろ」と言いたげな横顔は普段通り毅然としていて、この上なく頼もしい。

 

もう間も無く、ウルガルムが立ち上がる。再び戦闘が始まる。あまり話していられる時間はない。だからテンは、素直に諦めて「分かった」と一言。

 

やれやれと笑み、言いたいことを全部、飲み込む。ラムに向ける想いをぎゅっと詰め込んで、その言葉を贈った。

 

 

「頼りにしてる」

 

「頼りにされてあげる。だから頼りにされなさい」

 

「はいはい」

 

 

遠回しな言い方で頼ってくるラムに苦笑。出会った頃と比べて性格は柔らかくなっても、素直じゃない部分だけは変わらない。そんなことを呑気に思った。

 

だから彼は、ラムの口元がかすかに緩んでいることに気づかない。視線を化け物だけに固定しているから、杖を握るラムの手に力が宿ったことは分からない。

 

隣り合って化け物と対峙するテンとラム。その表情は至極冷静で、隣にいる存在を信頼し切っている二人には不安など微塵もなかった。

 

 

「ーーーーーッッ!!」

 

 

その二人に、完全に体勢を立て直したウルガルムが吠える。森中を震撼させる咆哮が叩きつけられ、どこから生じているのかも分からない衝撃波に全身を煽られる。

 

片足の腱を切られたところで、大した影響にもならなかったらしい。普通なら絶対に立てないはずなのだが、二人を見下ろすウルガルムの堂々たる立ち姿は依然として健在だ。

 

 

「こいつが、レムを殺しかけた主犯……」

 

 

こちらを睥睨するウルガルムに、テンが唸るようにぼそっと呟く。不意に溢れたそれが、彼の心に火をつけるスイッチだった。

 

途端、狼のように鋭い目つきでウルガルムを睨みつけ始める。慈悲が抜け落ちた瞳の奥には殺意の炎が静かに揺らめき、纏う空気の温度が絶対零度にまで一気に下がる。

 

その目になったテンの強さを、その空気を纏ったテンの頼もしさを、ラムは誰よりも知っている。

 

切り替えの早さに定評のある彼の雰囲気がふっと別物に豹変した瞬間、彼女は「ふっ」と笑った。

 

 

「ラム。一方的にやろう」

 

 

頼もしさにラムの頬を緩ませたことなど、眼中にないテン。彼は本格的な戦闘を目前に「ヒューマ」と詠唱。背後に腕の長さほどの氷柱を十個ほど浮かべ、戦闘準備を刹那で整える。

 

無意識に表情から感情を消し、身内をも戦慄させる冷酷な目で言った。

 

 

「ぶっ殺す」

 

 

 これより始まるのは、戦闘ではない。

 

 

「ええ。——そのつもりよ」

 

 

 一方的な虐殺だ。

 

 

 

 

▲▽▲▽▲▽▲

 

 

 

 

「急に抱き上げて悪いな。びっくりしたか?」

 

「お前の強引さに振り回されるのは今に始まったことじゃないのよ。もう慣れたかしら。慣れるのも腹立たしい話なのよ」

 

 

超級のウルガルムを二人に任せ、ベアトリスを連れて村へと急ぐハヤト。逞しい両腕でしっかり抱き抱える幼女に胸元から嫌味を言われる彼は今、森の中を一筋の光となって疾走していた。

 

夜の闇を切り裂きながら木々の隙間を縫うようにして進む一本の細い線——それ即ち、アクラ。テンとラムのペースに合わせる必要のなくなった彼が、身体能力強化の魔法を解放したのだ。

 

ハヤトの代名詞と言っても過言ではない魔法を使用した瞬間、彼は超人的な力を一時的に発揮する。体の輪郭に黄金色のヴェールを纏い、魔法の力が上乗せされ、人外の域へと手をかける。

 

その彼が本気で走れば、世界は彼の姿を一筋の光として誤認するのだ。

 

 

「いいのかしら?」

 

「なにがだ?」

 

「あの二人に任せていいのかしら、って聞いてるのよ」

 

「おう。構わねぇよ」

 

 

走っているはずなのに飛んでいる感覚に近しいものを味わいながら、ベアトリスがふと思ったように聞くと、ハヤトが余裕のある声で返した。

 

人外じみた速度。エルザにも引けを取らない速度で走っているにも関わらず普段と様子が変わらないのは、彼がそれを使いこなしていることに他ならない。

 

体を前に倒し、空気抵抗を極力減らす体勢で走るハヤトにとってこの感覚は慣れ親しんだもの。戦闘時はこの状態が常な彼は、木と衝突しないよう前方に注意を払いながら、

 

 

「俺がいなくたって、アイツらなら余裕でぶっ倒せるだろうし。テンの言った通り、村に早く行った方がいいのは絶対だからな」

 

「ベティーはてっきり、お前が一人で倒すとでも言い出すと思ったかしら」

 

「それも考えた」

 

 

思考を読んでいたベアトリスに頷き、地面から飛び出す木の根を見て跳躍。水溜りをひょいと飛び越えるような軽い動きで斜め上に高く飛び上がり、手近な幹の上に足裏を合わせる。

 

刹那も止まりはしない、駆ける勢いを殺さず前に跳ぶ。跳躍に蹴られた太い幹がバキッと大きな音を立てて根本からへし折れ、地面に叩きつけられた。

 

滑り込むように地に着地し、疾走。闇の中でもその機動力の高さを遺憾無く発揮しながら、

 

 

「だが、俺たちの目的はウルガルムと戦うことじゃねぇ。村に向かうことだ。ラムの提案を跳ね除けてまで、俺が戦う! だなんて悠長に言ってられる場合でもねぇだろ」

 

 

「当たり前の話だ」と声だけを向け、集中した顔つきで淡々と言い切る。今の自分に与えられた役目も、優先順位も、絶対に間違えない。

 

正直、残りたかったと思わない自分がいないわけではない。戦いに飢えた心をひどくくすぐる大物、どうせなら一対一(サシ)でやりたいと純粋に思った。

 

それでも背を向けたのは、ラムとテンに「行け」と託されたから。こんな犬は自分たちに任せてお前はさっさと村に行け——そう、言われたから。

 

状況を冷静に俯瞰し、自分の役目を判断したハヤト。落ち着いた様子の彼に抱かれるベアトリスは、胸元から見上げて「ふん」と安心したように鼻を鳴らし、

 

 

「頭は冷えてるようなのよ」

 

「ついさっき冷やされたんでな」

 

 

今は私情よりも優先すべきことがあるのだと、テンに教えられた。自分の行動一つで人が死ぬ、相棒の口から言われるとそれなりに衝撃があって、肝に銘じさせられた。

 

本来、それくらい自分で理解しなければならないのだが、こうも昂るとどうしても気持ちばかりが先行してしまう。毎度毎度、テンには迷惑をかけてしまっている。悪い癖だ。

 

今ここに彼はいない。相棒はいない。暴走した自分を抑えられる人間はいない。だから彼の言葉を常に意識して立ち回る。

 

 けど、

 

 

「頼りにしてるぜ、ベアトリス。お前のこと、テンと同じくらい頼りにしてるからな」

 

 

 相棒と同等の存在は、いる。

 

文脈もなしに頼られていると口にされ、ベアトリスの表情にぱっと光が差す。正面を向くハヤトの真剣な顔に言われた瞬間、何度やられても耐性のつかないそれに息が詰まる。

 

無自覚な発言にいつも通り撃沈し、俯くベアトリス。ぐつぐつと煮え沸る感情の紛糾に歯を食いしばり、胸元に添えた両手でハヤトの服を握り潰すと、喉元まで迫り上がった羞恥心をぐっと飲み込み、

 

 

「……頼りにされてやるかしら。その代わり、お前もちゃんと働くのよ」

 

「任せとけ」

 

 

奇しくも、同時刻に、別の場所で似たようなやりとりを交わす友人二人組がいる中、頼りにされたハヤトが軽快に笑い、ベアトリスの頰が緩む。

 

互いに全幅の信を置く者同士。かつて、共にドラゴンという絶対的な力を持つ魔獣を打ち倒した二人。彼らの目に恐れはなく、村で待ち受ける悲劇に立ち向かう気概は十全に見えている。

 

ならば、あとは真っ直ぐ突き進むだけだった。託された役目を果たすため、彼らは悲劇の中心地に足を進めた。そして、

 

 そして———、

 

 

「…………は?」

 

 

 地獄に、辿り着いたのだ。

 

 希望を絶望にひっくり返す、地獄に。

 

 

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