少しでも望む未来へ   作:ノラン

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話が進みません。必要な会話だけを入れるつもりが余談に余談が重なっていつの間にか本筋から話が逸れる、いつもの悪い癖が出やがりました。

ただでさえ本編に入るまでに話数が重なってるので、さくさく進めたい気はあるんですよ。その気は、あるんですよ。展開が遅いとせっかく読んでくださってる方々に申し訳ないですし。





バケツ系ヒロイン

 

 

思い思いに過ごした夜が明け、スバルが屋敷に来てから三日目の午後。今夜の悲劇に渦巻く緊張と不安を感じつつ、ハヤトは執事服に身を包んで屋敷の仕事に勤しんでいた。

 

時刻は冥日の二時。広く澄んだ青空には大小様々な雲は自由気ままに泳ぎ、ぽかぽかした温かさを与える太陽が元気よく地上を見下ろしている。

 

昨晩のどんよりとした夜空とは一転、曇りのない晴れ模様。見ているだけで気持ちが塞ぎ込んでしまいそうな空は一夜で姿を変え、非常に晴々としたものに様変わりだ。

 

 

「………ふわ」

 

 

不規則に頬に当たるそよ風が心地よく、空から降り注ぐ太陽の光が温かく、万人が外にいるだけで眠けを誘われる陽気。

 

日向ぼっこに最適な気候に睡魔が呼び起こされ、庭園で庭仕事をしているハヤトに欠伸が浮かぶ。釣られて顔が上を向き、青空を仰ぐ目端に涙がじんわり滲んだ。

 

 

「仕事中にあくび? 感心しないわね。ロズワール様に仕える使用人たるもの、常に毅然とした態度であるべき。いつ誰がどこで見ているか分からないのよ。それが客人だとしたら、脳筋はその痴態をどう弁解するのかしら」

 

 

人目を憚らず大口を開けて眠さを全面的に押し出していると、背中から慣れ親しんだ少女の声が飛んでくる。こちらを咎める声色に首だけ振り返ると、観葉植物の剪定をしているラムと目が合い、

 

 

「一回だけでそこまで言うかよ。お前だって、仕事中に眠くなって欠伸くらいするときあるだろ」

 

「勿論、当然の生理現象ね。でも、このメイド服に身を包んでいるとなれば話は別。人前に出さない程度に抑え込むくらいはするわ。腑抜けた顔して欠伸してる脳筋と違って」

 

「へいへい。悪かったよ」

 

 

お決まりの嫌味ったらしい毒舌をおざなりに流し、ハヤトは手元に視線を戻す。ジョウロを持つ手を左右に動かして、からからに乾いた土に水をやった。

 

花壇にジョウロで水を与える単純作業、配分の感覚さえ身につけば特に考えずともできる退屈なそれ。水を汲んだ大きめなバケツを足元に用意しているから水汲みに動くこともなく、心身共に暇が出る。

 

その状態の睡魔はやはり強力で、振り払っても振り払えない欠伸を気合いで噛み殺すと、

 

 

「この時間になると、どうにも眠くなってしょうがねぇ。それにこの陽気だしな。日向ぼっことかしたら確実に寝るぜ、これ」

 

「次、欠伸したらそこに汲まれた水を全てぶちまけるから」

 

「花壇に?」

 

「脳筋に。寝不足で朝からずっとその調子なんだし、いい眠気覚ましになるでしょう。ついでに頭も冷やしなさい」

 

「絶対にやるなよ。かなりの量だぞ。運んでくんのも大変なんだぞ。………おい、聞いてんのか?」

 

 

本気でやりかねないラムの忠告に苦笑。水がいっぱいに入った足元のバケツを見ると、その苦笑は一層のこと深まった。

 

当の本人はいけしゃあしゃあと剪定作業に手を動かしている。己の発言で苦笑したハヤトに興味なんてないのだろう。であれば水をかける宣言も、冗談でもなんでもないはずだ。

 

あくび、絶対しない。ハヤト、心に刻む。

 

 

「引っ越し作業の進捗だけど、今日中には終わりそうなの?」

 

 

意識した途端、あくびしたがる本能を殴って黙らせるハヤト。閉じた口の中で奥歯を噛み締める彼にしっかり気づきながら、ラムは心の中で微笑して問いかける。

 

剪定して落ちた枝葉を箒で一箇所に集める彼女に「おうよ」とハヤトは力強く頷くと、

 

 

「粗方の作業は昨日で終わらせてきたからな。夕方頃には完了すると思うぜ。村の人たちも協力してくれてるし、スバルも頑張ってるしな。勿論、俺も」

 

「その頑張りを本業に向けない脳筋のせいで、ラムとレムに負担がかかっていることを知っていて? このラムに自分の仕事を押し付けるなんていい度胸してる」

 

「うぐ……」

 

 

背中に突き刺さる鋭い視線に苦鳴を鳴らし、ばつが悪そうな表情になるハヤトの肩がビクッと跳ねた。その背後、剪定バサミを握りしめるラムが薄紅の目を細めて睨みつけている。

 

昨日の朝から今日の午前中の終わり。それがハヤトが引っ越し作業に加担していた時間。正午を過ぎたあたりでハヤトの力は不要だと言って屋敷に帰らされ、少しの間だけ本来の役目に戻っていた。

 

その理由がこれだ。本来、ハヤトは屋敷で働く使用人。日中は仕事に励むのが当たり前で、他所へ行って油を売っている時間など一秒もないのだから。

 

 

「テンテンの不在。ただでさえ人手不足なのに脳筋の我儘に付き合うラムとレムの苦労も知らないで、よく平然とラムの前で仕事ができるわ。冗談のつもりだったけど、脳みそまで筋肉なのは本当だったようね」

 

「申し訳ないと思ってねぇわけじゃねぇし、なにも思ってねぇわけじゃねぇからな!? 色々と落ち着いたらちゃんと礼は言うつもりだったぞ! ちゃんと!」

 

「礼を言うだけで許されると思ってるところがまさに脳筋。薄々勘付いてはいたけど、ここまでひどいと手の施しようが………」

 

「おいその顔やめろ!? その諦めた顔を引っ込めやがれ!」

 

 

ゴミを見下ろす顔をしていると思ったら憐れむような顔をされて、顔を赤くするハヤトがやかましくがなって振り返る。絶望しきったラムが力無く俯き、ふらふらと首を揺らしているのが見えた。

 

いちいち芸の細かいラム。一芝居を終えた彼女は「はっ」と嘲笑し、剪定バサミの先をハヤトに向けて、

 

 

「許されたければ誠意を見せなさい。脳筋の誠実さに免じて我慢してあげたけど、許すとは言ってないもの。昨日の分と今日の分、仕事を引き受けてあげたラムとレムになにをしてくれるのか……楽しみにしてるから」

 

「いやでも、その大半はレムが引き受けて」

 

「なにか?」

 

「なんでもねぇ。任せときな!」

 

 

突き向けられた刃先に風が纏われて、普通に振り回しても凶器になるそれが武器になった瞬間、さっと血の気が引く予感にハヤトは発言を撤回。実力でねじ伏せられる前に手を引き、胸を張って誤魔化した。

 

わざとらしい男の様子に満足そうに鼻を鳴らし、作業に戻るラム。一つの会話が閉じられたのだと感じたハヤトもまた作業に戻り、水をやりながら我儘の礼を考え始めた。

 

言い方に難はあるが、ラムの言い分は最もだ。

 

この二日間、自分勝手な理由で引っ越し作業に専念したのは事実で、そのとばっちりを受けたのは他でもないラムとレム。ハヤトが担当するはずだった仕事を、代わりに引き受けてくれた二人。

 

無駄に広いのがロズワール邸、一人欠けただけでも甚大な被害が齎されるに違いない。渋々といった具合だったレムにも、殺意を向けてきたラムにも、迷惑をかけているのは確実だろう。

 

そう思うと、自分とテンが屋敷にくる前はどうしていたのかと思う。が、レムという存在一人で屋敷の家事が回っていることを思い出し、彼女のありがたさに感謝と申し訳なさが溢れ出てきてしまった。

 

今、一番辛い思いをしているのはレム。彼女に必要のない負担をかけてしまっているから、真っ先に感謝を伝えるべき相手は彼女だ。問題はその感謝の形だが、

 

 

「ま、それは追々。今は今のことに集中しなきゃだしな。これ終わらせてとっとと村に戻らねぇと」

 

 

考えが深くまで突き進む前に止め、ハヤトは後日談になるであろう話を頭の片隅に押し込む。

 

目の前の壁を突破しなければ考えても無駄だと思い至り、然るべきときまで保管しておくことにした。

 

 

「テンテンのことだけど……。今日帰ってくると思う?」

 

 

思考の焦点を未来から現在に戻していると、ラムが会話の種を撒く音がした。反応という名の水をやると即刻開花し、見事な花が咲き誇る種だ。

 

絶えず聞こえる枝葉を切る音から作業片手間に話しかけているのだと思うハヤトは、ジョウロに水を汲みながら「さぁな」と首を横に傾け、

 

 

「早くて今日だから。帰ってくるかもだし、帰ってこねぇかもだし。俺としちゃ、帰ってきてほしいけど」

 

「ラムとしても帰ってきてほしい」

 

「なんでだ? まさか、レムと同じで寂しかったか?」

 

「共感覚」

 

「なるほどな」

 

 

たった一言で全てが伝わって、ラムの心中を察したハヤトが不意な一撃に息を吹き出して笑う。その反応に恨めしそうな目を向け、ラムは拾った小枝を投げつけた。

 

共感覚——ラムとレムが生まれつき持った才と言うべきか、二人はお互いが感じていることを共有することができる。簡単に言えば感情の共有、以心伝心。

 

普段は意図的に制御しているそれは、しかし感情が昂ってしまうと無意識に伝わってしまうことがある。片方が感情のコントロールを失うと、もう片方に想いがだだ漏れとなるのだ。

 

 つまり、

 

 

「テン不足で干からびそうなレムの感情が伝わって、お前の頭ン中はアイツで埋め尽くされていると」

 

「姉としてこれ以上ないくらい複雑よ」

 

「お前もそのうちレムに触発されてアイツのこと好きになるんじゃね?」

 

「死になさい」

 

 

からから笑うハヤトのデリカシーのない冗談に激昂したラムが、手に持った箒をフルスイング。藁の柔らかい方ではなく持ち手の硬い方で、ふざけた男の脳天を叩き割った。

 

一切の躊躇がない一閃。一線を越えたのだと教えてやった一撃はクリティカルヒットし、ジョウロを落として「頭がぁあああ!」と悶絶するハヤトが激痛に芝生の上を転がり周る。

 

 

「てめぇ、ラム、この野郎! いきなりなにすんだ! クソ痛かったぞ!」

 

 

起き上がったハヤトが目に涙を浮かべながら吠える。軽口の仕返しにしてはあんまりな対応に抗議するが、ラムはどこ吹く風と受け流し、

 

 

「言って良い事と悪い事の区別もつかないの? そんなんだから脳筋は脳筋なのよ。いつまで経っても進歩しない。あの子の恋心とラムの恋心は別物、共感覚で揺れるものじゃないわ」

 

「だとしても今のはやりすぎだろ! ちょっとからかっただけじゃねぇか!」

 

「親しき中にも礼儀あり。——いつかのテンテンがそう言っていたけど、正しくそうだと痛感した。脳筋は偶に無礼な戯言をほざくからこの痛みを心に刻んで、今の言葉を肝に銘じておくことね」

 

「コイツ……」

 

 

清々したと言わんばかりのラムがそう言い、箒を肩にかついで「はっ」と嘲笑。ぐうの音も出ないハヤトのせめてもの抵抗の睨みつけには付き合わず、前髪を揺らしてそっぽを向いた。

 

 と、

 

 

「——ん?」

 

「あ?」

 

 

ちょうどそのとき、小さく喉を鳴らしたラムの視界に一つの変化が起きる。僅かに遅れて、ハヤトの耳に扉が勢いよく開く音が飛び込んできた。

 

寸前までの小競り合いを中止する二人の視線が、音の方向に集まる。何事かと思って顔を向け——音の正体と、その理由を瞬時に理解する。

 

理解したのは光景が全てを物語っていたからで、

 

 

「帰ってきたな」

 

「帰ってきたわね」

 

 

視界に映る光景——屋敷から飛び出してきたレムが、一心不乱に正門まで駆け抜けていく。そんな恋焦がれる乙女の一場面を見た二人が同じ考えを共有し、頷き合う。

 

レムがあそこまで必死になって外へ出ていく理由など、一つしかない。そしてその一つが一人であることなど、考えずとも容易に分かる。

 

噂をすれば影がさすと言う。が、流石にタイミングが良すぎるのではないか。それ以前に、

 

 

「……アイツ、こんな早くなかったよな?」

 

 

ラムに聞こえない声量で言い、ハヤトは顔を顰めながら首を捻らせる。考えるときの仕草で無意識に腕を組み、前回とは違う展開に疑問を抱き、喉の奥で低く唸った。

 

前回のループにて、テンが帰ってきたのは三日目の夕方。パックの活動限界が過ぎた後だったから冥日の五時を越えていたはずで、空もかなり暗かった覚えがある。

 

対して今回。見上げた空は青く、世界はまだ明るい。時刻も冥日の二時と、三時間以上も早い帰宅。前回とは打って変わって早すぎる。

 

 

「ロズワール様とエミリア様にお伝えしてくる。脳筋も出迎える準備くらいしておきなさい」

 

「おお」

 

 

切り替えの早いラムが要点だけを言い残し、軽く返事したハヤトの反応を受けてその場から去った。

 

その後ろ姿を横目に、ハヤトはレムが通り抜けていった正門を見つめて難しく悩む。明らかな展開の変化があったのはこれが初めてで、純粋に困惑。

 

昨晩、夜遅くまで村にいた自分を探しにベアトリスが来たように。自分が何か働きかけた結果の変化ならまだしも、今回の場合はなにもしていないにも関わらずの変化。

 

向こうでなにかあったのかもしれない。あるいは、

 

 

「実はアイツも死に戻ってて、俺たちと話し合うために少しでも早く帰ってきてくれた。とか」

 

 

願望だけど、そうだとしたら嬉しい。

 

ハヤトの中では『テン死に戻ってない説』も立てられていて、情報を共有できないとなると精神的にかなり厳しいものがあるのだ。

 

襲撃まで半日もない。講じるべき対策は既に講じている。控えめに言ってゴリ押し戦法で、上手くいくかは微妙なところだが、四の五の言ってられる状況でもないから押し通す。

 

その対策にテンの力が加わってくれれば百人力だ。あの男と一緒ならなんだってやれる。どんな困難だって笑って乗り越えられる。これまでだって、そうしてきたから。

 

 ならば、

 

 

「スバルのやつを呼んでこねぇと。アイツが帰ってくんなら状況説明と作戦会議だ」

 

 

作業を放棄したハヤトが、地を蹴り上げて射出されたような勢いで駆け出す。

 

いよいよ間近に迫った決戦の時に緊張の糸を張り、期待と希望に胸を膨らませながら正門を駆け抜けて村へ向かった。

 

 

 

 

▲▽▲▽▲▽▲

 

 

 

 

「ただいまです。無事、元気になって帰ってきました」

 

 

村に到着したハヤトがスバルを連れて急ぎ足で屋敷へと帰ってきている最中、入院期間を終えたテンは一足早く屋敷に帰ってきていた。

 

玄関前で住人たちに出迎えられた彼の左腕には感動の再会を果たしたレムが抱きついており、離れる気配はない。腕を絡め、恋人繋ぎで繋いだ手を宝物のようににぎにぎしている。

 

活気を帯びたレム。「んむぅぅ」と甘ったるい声を弾いてテンに甘える乙女を視界に入れながら、出迎え組の一人であるベアトリスは細めた目でテンを見据えて、

 

 

「ゲートは治ったかしら」

 

「ん。治ったよ。……診る?」

 

「確認させるのよ」

 

 

察しのいいテンに小さく頷き、澄ました顔のベアトリスが三段しかない階段をひょいと飛び降りる。身軽に着地すると目の前の男に歩み寄り、伸ばした手の平でその胸にそっと触れた。

 

沈黙の間を挟み、数秒。「うん」と一人で納得すると、表情豊かな愛らしい顔立ちに驚愕の色を薄く浮かべて、

 

 

「ものの数日間でここまで……。『青』の肩書き通りの仕事ぶりかしら。正直、驚いたのよ。その状態なら魔法を使っても血を吐くことはないかしら」

 

「死ぬことはない、ってことね。身内からそれが聞けてやっと安心した。わざわざ診てくれてありがと、ベアトリス」

 

「一度でも診たら最後まで診てやるのが治癒術師の常識、それだけかしら。ベティーに同じことを言わせんじゃないのよ」

 

「それでも嬉しい。ありがとう」

 

 

礼を重ねてくるテンの反応に手をふりふりしながら、ベアトリスは適当に受け流す。義理堅い男に背を向けると階段を登り、出迎え組の真横を通り過ぎて玄関扉を開けた。

 

その行動に「え?」と意外そうな声を溢すテン。立ち止まって耳を傾けてくれたベアトリスに「まさかだけど」と、

 

 

「俺の体を診るためだけに出迎えてくれたの?」

 

「それ以外にないかしら。用が済んだからベティーは戻るのよ」

 

「ハヤトがいない空間にいる価値はないと」

 

「せっかく治った体を壊されたくなかったらその口を閉じやがるかしら」

 

 

その言葉を最後に開いた玄関扉が音を立てて閉じられ、ベアトリスの姿が屋敷の中に消える。世界の静けさに彼女の足音だけが木霊し、やがて聞こえなくなった。

 

ツンデレ幼女とのやりとりが落ち着くと、テンの意識はこの場に残った者たちに向く。その中でも一際目立つピエロに視線を合わせて、

 

 

「というわけで、帰ってきました。今日からは平常運転なので、もう大丈夫です。ご心配とご迷惑をおかけしてしまい、申し訳ございませんでした」

 

「謝ることではないとも。心配こそしたが、迷惑だーぁと思ったことなど一度もないし。元気になった姿を見れて喜ばしく思うよ。君の瀕死の姿を思えば思うほど、心が痛むってーぇもんだからね」

 

「白々しくて寒気がするのでやめてください」

 

「うんっ。平常運転」

 

 

鍛錬時に最低でも一度は気絶させてくる男に心配されてドン引いたテンにくつくつと笑い、ロズワールは望んだ答えが返ってきたとばかりに口角を不気味に釣り上げる。

 

実際に白々しいかどうかと問われれば心外だと抗議したいところだが、彼がはっきり物を言える人は今のところ片手で数えられる人数しかいないので、深くは突っ込まない。

 

 

「ラムにも迷惑かけちゃったでしょ。俺がいない分の仕事とか引き受けてくれてたんだろうし。まぁ、その大半はレムがやってくれてたんだろうけど」

 

「そう思うのなら、それ相応の感謝の意を示しなさい。後輩の分際で先輩に仕事を引き受けさせたのだから、並の感謝じゃ納得しないわよ」

 

 

テンの辛辣さも親しまれている証だと受け取るロズワールが一人静かに笑む中、一人一人と順番に言葉を交わすテンが今度はラムに水を向ける。

 

ほぼ十割負担をしてくれたであろうレムの頭をポンポンしながら、遠慮の欠片もないラムの言葉に「はいはい」と仕方なさそうに頰を緩ませ、

 

 

「分かった。なんか考えておく」

 

「楽しみにしてる」

 

「期待しないで待ってて」

 

 

頭ポンポンにご満悦なレムが身を寄せた左腕に頬擦りしてくるのを感じつつ、課せられた期待を一太刀で断ち切る。そこで「任せときな!」と胸を張らないところがテンらしいなと、ラムは思った。

 

ベアトリス、ロズワール、ラム。出迎え組と丁寧に言葉を交わしていくテン。彼は最後であるエミリアとパックに話しかけようと視線を流し、

 

 

「………………えへへ」

 

「ーーーー」

 

「ーーーー」

 

 

てへぺろ、と。頭に肉球を当ててその場しのぎの作り笑いをする、いつもと姿の違うパック。

 

その背後に縮こまって隠れる、ちょっと異様な姿をした無言のエミリア。

 

どこからツッコんだらいいのか分からない親子に絶句し、かける言葉を失ったテン。

 

一人と一匹によって描かれる絵面の異質さになんとも言えない表情になったテンは、流れた微妙な空気から逃げるように周囲を見渡して、

 

 

ハヤト(アイツ)は?」

 

「逃げたねぇ」

 

「ア イ ツ は?」

 

 

問題を先送りしたことを見逃してくれないロズワールに圧を掛け、感情を殺した真顔でぶつ切りの問いをぶん投げる。

 

狼のように鋭く冷たい目つきを嘲笑で優しく受け止める長身は「さぁ?」と、知らぬ存ぜぬ顔で手を広げて大げさに戯け、

 

 

「少なくとも私は知らない。テン君が帰ってきたとラムから伝えられたとき、執務室で雑務と格闘していたからねーぇ」

 

「数分前に出迎える準備くらいはしろと伝えたきりよ。ラムはロズワール様とエミリア様、エミリア様と一緒にいられた大精霊様にこのことを伝えていたから」

 

「誰もハヤトがどこにいるかは知らないと。アイツのことだから、出迎えくらいはしてくれると思ってたんだけど……」

 

 

話を聞ける状態の二人が所在を知らないと知ると、唇を結んで悩み顔。予想が外れて驚いたような顔をするテンは困惑の吐息を漏らし、堂々と鎮座するロズワール邸を見上げる。

 

屋敷にいないとなると村にいるはず。だが、ラムの発言からして少し前まで屋敷にいたようだから、始めから村にいたわけでもなさそう。

 

テン帰宅の知らせを聞いて、急いで屋敷から出て行ったか。理由は色々と思い当たるけど、それっぽいのは誰かを呼びに行ったとか。

 

そしてその誰かは恐らく、スバル。

 

 

「……まぁ、十分くらいで帰ってくるでしょ。俺が帰ってきたって知ってんなら顔出さないわけがないし」

 

 

数分前のハヤトの動きを推測して一つの結論に至り、問題ないと判断したテンが考えをまとめる。今現在、こちらに向かって来ていると予想し、待ちの姿勢に入った。

 

ハヤトの考えそうなことくらいなんとなく分かるテンがそう言うと、ロズワールとラムも同調の意を込めて頷く。三人で意見を共有し、所在不明な男の話題は完結した。

 

 完結、してしまった。

 

 

「それで……うん。それで……なんだけど」

 

 

後回しにしたことが爆速で訪れ、一人と一匹に話を振ることになったテンが歯切れの悪い言葉を溢す。

 

真顔が歪んでなんとも言えない表情が再来し、気まずそうにしながらも視線を向け、

 

 

「さっきからずっと気になってて、敢えて指摘しなかった……わざと後回しにしてたんだけど……」

 

 

愛の爆発したレム以外の視線——ロズワールとラムの視線がテンに釣られて揺れ動き、ある一点に止まった。直後、ロズワールが顔を背けて失笑し、ラムが堪えきれずに半笑い。

 

テンもまた、二人と同じように口元が笑みを描く。しかしその笑みは、とびきりの苦笑が極限まで引き攣ったもので、

 

 

「エミリア」

 

「ーーっ!! な、な、なに? どどっ、どどど、どーしたの?」

 

 

名を呼ばれたエミリアの背筋が脇腹でも突かれたように一直線に伸び、裏返った声から作られた言葉は動揺に辿々しい。パックの肩にがっちりしがみついた姿勢のまま、怯えた小動物がごとく震えていた。

 

声をかけたテンに罪悪感を抱かせる怯え度合い。なにか悪い事をしたのではないかと思わされるテンは、おっかなびっくりするエミリアに「いやいやいや」と待ったをかけ、

 

 

「どーしたのはコッチの台詞なんだよ。なにが、どーなって、そーなるんだよ」

 

 

世の理を超越した事態に直面し、エミリアの姿をまじまじと見つめるテンが「はぁ?」とでも言いたげな表情。目の前の超常現象に理解と感情が追いつかず、笑うことしかできない。

 

他二人も同様だ。顔を背けた以降から肩を震わせて笑いを堪えるロズワールも、気丈夫を保とうとする頬が僅かにぴくぴく跳ねるラムも、テンと同じ思いをしているに違いない。なぜなら———、

 

 

「エミリア、君、なんで頭からバケツ被ってんの? パックもさ、いつもはもっと()っちゃいよね? その姿、初めて見たんだけど」

 

 

異質な点を口にするテンにパックは「えへへー」と尚も笑みを作り、エミリアは外からでも分かるくらいひどく震えた様子で身を縮める。

 

そのパックは人間の大人サイズにまで巨大化しており、二本の足で地に立っている。エミリアは自身の身長を越えた猫の背に隠れ、頭からバケツをすっぽり被っていた。

 

明らかに異常、違和感の塊。パックの背後を覗き込むテンは「んー」と困ったように眉間に皺を寄せ、

 

 

「できれば顔を見ながら話したいんだけど……。それ、取ってもらうことってできない?」

 

「ーー! ダメ! 絶対の絶対にダメ! 取ったら怒る! 取ろうとしても怒る!」

 

「ごめんね、テン。今ちょっと、リアの中で革命が起きちゃってるからさ」

 

「かくめい……?」

 

 

必死な声で首を横に振るエミリアが強く拒み、いついかなる時もエミリアを優先するパックが両腕を広げて背中の娘を庇う。当然、道を塞がれたテンはエミリアに辿り着けず立ち往生。

 

この構図こそ、恋心に目覚めたばかりのエミリアが「どーしよう、どーしよう」と悩んだ末に導き出した苦肉の策。

 

恥ずかしくてテンと目を合わせられない——そんな乙女な理由からバケツで顔を隠し、巨大化したパックの背に隠れるという暴挙である。

 

 







ここ最近、色んな登場人物の視点から物語を書いているせいか、この物語の主人公が誰なのか分からなくなってきました。

視点を一つに絞ったら、もっとお話もコンパクトにまとまるんですかね。まぁ、いつまでもほのぼのさせてるわけにもいかないので、そろそろ地獄に突き落とします。

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