少しでも望む未来へ   作:ノラン

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リアルが忙しすぎて前回の更新からずっと、ハーメルンそのものから離れてました。ごめんなさい。

ちょっと見ないうちに新しい二次創作が爆増しててびっくりです。アニメ効果ってすごいんだなぁ。
あと、次回の更新も遅いです。が、流石に数ヶ月先になることはないと思います。

今回のお話は次回のための前置きなので、ボリュームは少なめ。久しぶりの一万文字以下。






真実の代償

 

 

 ——時は悲劇の瞬間より数日前、二周目の開始直後まで巻き戻る。

 

 

「落ち着けよ。ソラノ・テン」

 

 

誰も死なせない、降りかかる厄災から全ての人間を助けるのだ。そう決意を新たにハヤトが動き始めたのと同時刻、ロズワール邸から遠く離れた場所でも一人、行動を起こそうとしている者がいた。

 

自らの名を口にし、己に呼びかけたテンだ。水滴が垂れるほど髪をびしょびしょにした彼は、全開にした窓から早朝の青空を見上げ、真剣な表情で深呼吸を繰り返している。

 

髪がずぶ濡れなのは、死に戻った反動で狂いかけた精神を冷水によって鎮火したから。洗面台の中に頭から突っ込み、支給された寝巻きも巻き込んでという粗治療。

 

そうでもしないと、頭がおかしくなりそうだった。

 

これまでの経験で、精神的にも肉体的にも鍛えられた自覚はある。だが、許容値を遥かに超えてくることが直前——そう、直前にあったのだ。

 

 

 ーー死んだんだもんな、俺

 

 

禁忌の存在に触れぬよう口を閉じ、心の中で呟く。肩にかけたハンドタオルで毛先から滴り落ちる水滴を乱雑に拭き取り、深々と息をついて感情を吐き出す。

 

 ——死。

 

それがテンに齎した衝撃は、本人すらも推し量りかねない。

 

死を思わせる経験は何十回、何百回もしたし、九割死亡と言っても過言ではない状態になったこともあったけれど、それら全てが比較対象にならないのだ。

 

 死んだのだから。

 

 

「落ち着け。とりあえず落ち着け。冷静だ。冷静になれ。冷静になって考えろ」

 

 

二度と味わいたくないトラウマ級の記憶、思い出そうとするだけで心拍数が上がる。途端にうるさく騒ぎ出した心臓に手を当て、テンは呪文のように復唱する。

 

冷静、冷静だ。冷静であるべきだ。何事も冷静でいることが第一、下手にパニックを起こして状況を悪化させた経験など腐るほどしてきた。

 

以前の自分とは違う。ちょっと風に吹かれただけで動揺し後ろ向きな思考が加速した結果、なにもできずに立ち止まるような、惨めな自分とは。

 

 

「……ふぅ」

 

 

吐息一つ、胸に溜まる負感情を吐き切る。恐れ、動揺、焦り、思考を遮る余計なものを外へ出し、テンは窓枠に両腕をついて窓の外に顔を出す。

 

クルシュ邸の中庭を一望できる場所で周囲を確認、人気の無さを把握する。

 

視界情報を遮断するために静かに目を閉じ、心の声が外に漏れないよう口を閉じ、そうしてテンは熟考するべく思考の海に潜っていった。

 

 

 ーーまず、なにがあって死んだ?

 

 

真っ先に考えなくてはならないこと、自分の死因について。考えるのも嫌になるけれど、甘ったれたことを言ってられるほど優しい世界ではないから。

 

死因についてだが、正直なところよく分からない。自分が死ぬまでの数秒間、その記憶がまるで無いのだ。なのに死んだという事実だけが心に残っていて、ループした瞬間、体に知らせてくる。

 

それが紛れもない事実であるという根拠も確証もないのに、不思議と自分が死んだのだと分かった。だからこそ、心の底から取り乱した。

 

 

 ーー意味分かんねーよ

 

 

理解できない事態に舌打ちし、悪態を吐いて拳を握りしめる。

 

死んだ記憶が無いのに死んだと分かる——ループ直前の世界から心が連れてきた身に覚えのない死の感覚に、悪寒の走る体が尋常でないくらいに震えた。

 

けれどそれがこの世界。剣と魔法が日常に溶け込んだ世界、死んだら世界が巻き戻る現象に巻き込まれた時点で、この身になにが起きても不思議じゃないと考えた方がいいだろう。

 

それに、なにも分からないわけじゃない。まるで電源をプツンと切られたように失われた記憶、その電源を切られる寸前までは鮮明に覚えていた。

 

 

『スバルが、死んじゃってるんだよ?』

 

『俺がなに言いたいか分かんない!? スバルが死んでんだよ!? この状況がどれだけ異常なことかお前、分かんないの!?』

 

『なんで、なんで死』

 

 

スバルが死んだにも関わらず世界が戻っていないことに焦り、状況を理解していないハヤトに苛つき、感情に任せて叫ぼうとした———そこまでは覚えていて、以降から先が無い。

 

思い出せないのではなく、無い。あるのは今この瞬間にも刻まれつつける、現在の記憶だけ。

 

記憶を無くす寸前の記憶、無くした記憶、現在の記憶。三つのうち真ん中だけが消え、空いた空白を詰めて残る二つを無理やり繋げられたような感覚だ。

 

違和感しかない。恐らく、そこが命の電源を切られる前と後の境界線。だとすると死因は、

 

 

 ーー死に戻りについて口にしようとしたこと、かな

 

 

死因が死の直前にあるとするならば、そう判断するのが妥当だと思う。無い記憶に死因の手がかりがあるとも考えられるが、無いもので考えても仕方ないので今は考えないでおく。

 

死に戻る者(ナツキ・スバル)が作中で背負わされたルール——決してそれを口にしてはならないこと。具体的には、他者に漏らしてはならないこと。

 

ルールを破った場合、静止した世界で嫉妬の魔女によるペナルティーが与えられる。心臓を握られるという罰、死ぬことこそないが、死んだ方がマシだと思うほどの恐怖と激痛が。

 

 

 ーーだから俺も死んだのか?

 

 

 少し違う気がする。

 

本意にしろ不本意にしろ、作中では幾度となくスバルが死に戻りを他言しかけ、ペナルティーを受けるタイミングはあった。が、死ぬことは一度もなかった。

 

ならどうして自分は死んだ。スバルは死なずに、自分は死ぬ。違いはどこにある。まさか嫉妬の魔女に愛されているか、いないかか。

 

嫉妬の魔女の寵愛を受けているから、ルールを破っても死なない。ならば、逆に受けていなければ死ぬという認識でいいのか、どうなのか。

 

死に戻りは当人と嫉妬の魔女以外が知ってはいけないことだから、知らない者、知るはずのない者が知っているとバレた瞬間、問答無用で嫉妬の魔女が殺しにかかるとでも。

 

 

「はっ」

 

 

浮上した仮説に、馬鹿げていると乾いた笑いを溢す。積み木を積み上げるようにとんとん拍子で組み立てられたそれは、あまりにも理不尽すぎた。

 

死に戻りをしている時点で、スバルと同様の扱いにならないのだろうか。あくまでスバルが主体で、こっちは巻き込まれている立場だから、別ルールが適応されるのだろうか。

 

 

「破った瞬間に即死のルールね。っざけんな、マジで意味分かんねーよ」

 

 

うんざりしそうになり、普段は(なり)を顰める荒い口調が、閉じた口を小さく開いて愚痴を吐く。考えること全てが不確かな疑問や仮説ばかりで、雲を掴むような話とはこのことかと思った。

 

死に戻りを口にして死んだ事例は原作にもない。エミリアが一度だけ殺されたことはあったが、彼女自身が禁忌に触れたわけではないので事例に含まないとすると、ないことになる。

 

忘れているだけで、知らないだけで、実はあるのかもしれないけれど。

 

 

 ーーこうなるなら、もっと原作の知識つけておくべきだったかな

 

 

原作の設定を網羅しているかと聞かれたら答えは「いいえ」だ。していたとしても記憶というのは時間と共に薄れていくものであり、復習しなければ確実に欠けていく。

 

だから人は、繰り返し同じ内容を学ぶ。忘れる度に学び、予習と復習を重ねて記憶に定着させていく。テスト勉強と似たようなものだ。その点で言えば、テンは最悪の環境にあると言える。

 

知識をつけようにも、つけようがない。

 

こちらの世界に来てしまった以上、向こうの世界の情報を得るのは不可能。今ある知識を最大限に活用し、全身全霊をもって死ぬ気で切り抜けるしかないのだ。

 

深い傷を負う覚悟で前に歩む——それが、テンが学んだこの世界での生き方。何度も死にかけて、大切な人たちの涙を見て痛感した、生き残る術。

 

 

「んなこと、もう分かってるよ」

 

 

閉じた視界、陽光に当てられて白く染まる瞼の裏側に映る、優しく微笑むレムとエミリアの姿。不意に映ったそれを見ると、なんでもできそうな活力が無限に湧いてきた。

 

自分の中で二人の存在が支えとなっていくのを実感しつつ、テンは瞼を開く。長時間閉じていたこともあってか、若干の眩みに目を細める。眩しさに顔を下に向けそうになるのを我慢し、上を向いて、

 

 

「頑張れ、頑張れ、頑張れ」

 

 

俯いている時間はない。そんな風に思いながら、自分を鼓舞した。これまで言霊の力にはたくさん助けられてきたから、口にする言葉は前向きなものでありたかった。

 

熟考から抜け、思考の海から上がるテン。意識を外の世界に向ける彼は、熱が溜まった頭を冷やすように「はぁ」と息を吐き、

 

 

「とりあえず、向こうに帰ってやることは分かった」

 

 

自分が死んだ理由を、突き止める。ついでにハヤトがループしているかどうかも、確かめる。

 

屋敷に帰ったら一番にやることを心に決め、テンは折れ曲がった背筋を正す。気合いを入れるつもりでパチンと頰を叩き、「よしっ!」と声を上げた。

 

かなりの博打ではある。死のトリガーが不透明すぎる上に、自分で言って死ぬのか、相手に言われて死ぬのかも分からない状態だ。そもそも、仮定の話だから前提から間違ってる可能性だって。

 

だからこそ、ルールを確かめる必要がある。否、確かめなければならない。原作初期の段階で明確にしておかないと、この底知れない恐怖に一生怯えながら生きることになる。

 

 

「下手したら、もっかい死ぬかもな」

 

 

「ははは」と。

 

九割冗談、一割本気で言い、テンは肩を跳ねさせてへらへら笑う。笑い方に反して声には感情がなく、表情には色がなく、目は死んでいて。

 

 

「ははは」

 

 

 そのまま笑って、

 

 

「はは、は」

 

 

 笑って、

 

 

「は……は」

 

 

 笑って、

 

 

「………はぁ」

 

 

 笑い切って。

 

無感情な笑声を出し尽くし、最後に疲労たっぷりにため息するテン。

 

この数分間だけでも十を越えるため息を重ねた彼は、心の隙間からひょこっと顔を出した弱い自分に、壁を伝いながらよれよれと崩れ落ち、

 

 

「泣きそう」

 

 

この世界において最初で最後の弱音を、孤独に溢したのだった。

 

 

 

 

▲▽▲▽▲▽▲

 

 

 

 

 ——それは、きっと世界からすれば刹那にも満たない出来事だった。

 

 

自らの死因を突き止めるべく文字通り命懸けで奮闘したテンと、親友の命を背負ってでも理不尽な死因を突き止めようとしたハヤト。二人の努力をたった一言で無に帰したスバル。

 

スバルの一言によって禁忌に触れ、三人は音と色が失われた、時間の停止した世界に閉じ込められた。そして、その世界の番人とも言える存在——人ならざるモノの怒りに触れた者に、罰が降った。

 

誰にも、どうすることができなかった。その世界は番人以外の意志を受け付けない世界で、ただ無情にも揺れ動くソレを見ていることしかできなかった。

 

 そして、

 

 

 

『———消えて』

 

 

 

嫉妬に塗れた声が響いた、次の瞬間——ハヤトとスバルを閉じ込めていた世界は一瞬で崩壊する。見える景色が色彩豊かに色づき、鼓膜から遠く離れていた音がうるさく飛び込んでくる。

 

何が起きたのか分からず、呆然と立ち尽くすスバル。全てを悟ったように絶望する顔つきで、一点を見つめるハヤト。二人には、これより、この場で起こる全ての情報が入ってくる。

 

 

「ぅ……!」

 

 

突如として喉に手を当てたテンの体が、苦鳴を低く鳴らして崩れ落ちる。二人の足元、ちょうど真ん中に鈍い音を立ててうつ伏せに倒れ、足をバタバタと暴れさせてもがき苦しみ始めた。

 

それも数秒のことで、変化は直後に起きる。

 

 

「ごっ! ふ……ッ」

 

 

爆発でも起きたような勢いで口から血を吹き出し、眼前の床板に激しく飛び散る。液体の流れる音が連鎖し、それが合図であったと言わんばかりにテンは滝のように吐血した。

 

体を動かすこともまともに叶わないのか、ピクピクと痙攣しながら、それでも顔を横に向け、テンは横目で二人を見る。

 

何かを伝えたいのか、何かをしたいのか、分からない。涙を流し、否応なく命を流し続けるその表情は、業火に焼かれる罪人のように恐ろしかった。

 

常軌を逸したそれを眼下にした二人に、反応する気配はない。スバルは夢心地であるようにぼんやりとしていて、ハヤトは人形のように表情がぴくりとも動かず。

 

彼らを他所に吐き出され続ける鮮血は時間の経過とともに勢いを増して、増して。ある地点を越えた途端から増した勢いが徐々に弱まって、弱まって。

 

同時にテンから漏れる苦鳴も、体の動きも、世界から消えていって。

 

 

「————」

 

 

やがて全ての音が消えたとき、テンは死んだ。

 

液体の流れる音が世界に薄く木霊し、力無く垂れ下がった肢体が血の海に沈む。二人の足元を赤黒く染め上げるそれが、じんわりと床板に染み込んでいく。

 

時間にして、十秒もなかった。たったそれだけの時間で、命が簡単に散った。

 

生気が抜け落ちた顔、命の輝きを失った目、開いたまま閉じない口、一ミリも動かない四肢、テンを形作っていた全てが彼の死を告げている。

 

 

「—————は?」

 

 

それら全てを一瞥したとき、スバルの意識はようやく眼下の現実に向けられた。

 

意志を持ってテンと向き合った瞬間、五感を通じて得た情報が、思考の停止で渋滞していたそれらが、次々と頭の中に叩き込まれる。

 

 

「は、ぇ、ぁっ……?」

 

 

目の前で展開される光景に、理解不能としか答えが出せず、スバルは焦点の合わない目でテンの亡骸を見ながら、声にならない声を溢して狼狽える。

 

先程の現象も重なって理解を拒みたくなるほどの衝撃を一身に浴び、数歩、無意識に後ろに下がる。真後ろにあった寝台に足が当たり、よろけて寝台の上に尻をついた。

 

 

「——そういう、ことかよ」

 

 

完全に考える力を奪われたスバル。狼狽える以外に選択肢が消えた彼女の鼓膜を、唸るような低い声が刺激する。

 

テンの傍らに膝をつき、亡骸を見下ろすハヤトの声だった。通りのいい声には一切の力が込められておらず、日頃から満ち溢れる生気が滲み出ている彼の、一欠片も覇気のない声。

 

 

「ーーーー」

 

 

背に受けるスバルの視線も気にかけず、ハヤトはテンの死と真正面から向き合う。二度、親友を失ったことによる感情に揉まれながらも、親友の死に顔を直視できるだけの余裕はあった。

 

違う、振り切っているのだ。想像した通りの結末を招いた現実に感情が一回転してさかしまになり、激情に駆られるよりも先に、かえって冷静さを取り戻しているのだ。

 

怒っている。悲しんでだっている。絶望もしている。しかしハヤトの頭を埋め尽くし、感情に任せて叫ぶことを封じているのは———。

 

 

「なんで……だよ」

 

 

口から落ちた問いかけ、親友を殺した存在に対するそれは、前にも一度した。けれど、今回のは全く意味が異なるものだった。

 

たった今、前回のループでテンの死んだ理由が分かった。そして、テンが話していたルールについても。

 

前回、テンは死に戻りを口にしたから死んだのではない、それを知っていると嫉妬の魔女に知られたから死んだ。殺された。だから今回も、スバルの口からそれを聞かされて、殺された。

 

死に戻っている者が、同じく死に戻っている者に、死に戻りの事実を共有して、死んだ。

 

 

 テンだけに与えられた禁忌(ルール)——決して『死に戻り』のことを口にしても、聞いてもいけない。

 能動的あるいは受動的に、『死に戻り』に一切触れてはならない。

 

 破った場合、即死する。

 

 

ルールを破ることが、一時的に嫉妬の魔女をこの世に解き放つ条件だとしたら、前回のタイミングで殺されたのにも、今のタイミングで殺されたのにも辻褄が合う。

 

嫉妬の魔女がいつでもテンを殺せるなら、ループが始まっていようがいまいが速攻で殺しに来るはずで。それが正しいなら、下手をすればこの世界に来た瞬間に殺されていたはずだから。

 

だからこそ、だからこその疑問だった。

 

 

「なんでコイツだけ……」

 

 

このルールが適応されるのはテンだけで、どうして自分は適応されない。どうしてテンは許されなくて、自分だけが許される。

 

 

「コイツが、お前になにしたんだよ。前にも同じこと言ったじゃねぇか。奪うな、ってよ……!」

 

 

同じように世界に飛ばされて、同じように鍛錬して、同じように強くなって、同じようにループに巻き込まれて、なにもかもが同じはずなのに、どうしてそこだけが違う。

 

一体、テンが、嫉妬の魔女に、なにをした。

 

 

「なぁ、答えろよ。——嫉妬の魔女。俺とスバルは死に戻りをしてる……………言ったぞ、テンと同じように殺せよ。なんで、なんで殺さねぇんだよ」

 

 

回答者のいない疑問を虚空に投げかけ、ハヤトが掠れた声で嫉妬の魔女に呼びかける。返ってきたのは沈黙だけで、望んだ現象が起きることはない。

 

原作では絶対に起こり得ない現象、その答え合わせは終わり、真実は明るみになった。だが、払った代償が重すぎた。二度と帰ってこないものを、払ってしまった。

 

そしてそれがなにを意味するか、ハヤトの頭は自然と理解していた。

 

 

「ハヤト」

 

 

呼ばれ、ハヤトは声の方向に目を向ける。振り返った先で、いつの間にか寝台に腰掛けていたスバルと目があった。疑問、不安、困惑、心配、こちらを見る双眸には様々な感情が渦巻いている。

 

それが現状が理解できないからであったり、自分を気にかけてくれてのものだと分かっていても、彼女を見た瞬間のハヤトは()()思わずにはいられなかった。

 

 ——スバルが忠告を守っていれば。

   

ナツキ・スバルの性格を理解していたテンは、予防策を入念に張っていた。黙っていろと、口を開くなと。他者が死に戻りを口にするリスクを避けるために、念を押していた。

 

結果はどうだろうか。テンの努力の甲斐なくスバルは約束を守ることができず、会話に割り込んで禁忌を口にし、彼は嫉妬の魔女に殺された。皮肉にも、それがルールを確かめる決め手となった。

 

スバルが忠告を守っていればこんなことにはならなかったはず。もう少しだけ静かにしていてくれれば、話が着地しそうだったんだ。人の話も真面目に聞かないで自我ばかり先行して自分勝手に身勝手に動いて、前にも咎めたはずのことを繰り返し学ばない、同じ過ちを重ねた果てついに親友を殺すに至り———、

 

 

「ーーっ!」

 

 

噴火するように喉元まで込み上げてくる感情、忠告を破ったスバルに対する灼熱のそれに耐えるため、ハヤトは下唇を思い切り噛み締める。加減を知らない力に噛み切れ、血が吹き出た。

 

落ち着け、爆発してどうなる。ここで彼女に怒りをぶつけても、テンは帰ってこない。状況が悪化するだけだ。怒りを抑えろ、感情を制御しろ、お前のやるべきことをやれ。

 

悠長にしていられる時間は無いぞ。

 

多分、()()()()()()()

 

 

「ーーーー」

 

 

痛みで感情という感情を瞬時に押し殺し、ハヤトはごくりと生唾を飲み込む。切り替えることのできない気持ちを無理矢理に切り替え、床に拳を打ちつけた反動で重い腰を上げて立ち上がった。

 

下唇を噛み切ったことで驚くスバルを見下ろし、「スバル」と真剣に名を呼ぶ。息を詰める小さな反応を示した彼女のことを真っ直ぐ見つめて、

 

 

「説明はあとでする。まずは今すぐこっから出るぞ。ここにいたら絶対にレムが」

 

 

 くる、と。

 

確信を持ったハヤトが行動を起こそうとした、そのときだった。

 

 

「ーーーッッ!!」

 

 

なんの予兆もなく扉を突き破った鉄球が、スバルめがけて一直線に飛んできたのは。

 

 

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