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吾輩は家無きマスターである。名前など無い。
…説明がこれだけど、まるで私が貧乏であるかのようだ。
訂正しておくが、私は別に貧乏などではないし、決して家が無くなったという訳ではない。ただ、住めなくなったというだけだ。
どこぞの冠位の人形師によって住処を乗っ取られたからだ。私は決して悪くない。何ならORTも悪くない。
悪いのは全て、あの女だ。蒼崎橙子なのだ。絶対にそうなのだ。
奴に、世界の機微を感じ取る事が出来る五感などというチートが無ければ、私は今頃、あのアパートで彼女と共に普段のような生活を送っていただろう。
まぁ、そんな、今更言ったところでどうにもならない愚痴は、兎も角として。
私は現在、彼女を連れて三咲町の商店街にやって来ていた。
元々、彼女は教会にお留守番で、私が一人で買い出しに行くつもりだったのだが、彼女が「私も連れて行ってください。」と言われたので、連れて行く事にした。
思えば、彼女と一緒に何処かに出掛けるというのは、これが初めての事だったと、私は思った。
基本的に、彼女は家で食う寝るの両方してしていなかった訳だし。まぁ、そうさせたのは私なのだが。
彼女はサーヴァントだから太る事は無い…なんて事はないな。本来、サーヴァントでも太りはする。
だが、彼女はあくまでもアルテミット・ワンだ。消化は早いし、何より普段からエネルギーを消耗しているも等しい。
肉体こそ少女のそれだが、しかしその根底に有るのは星すら喰らって尚も腹が収まらぬ究極の侵略生物だ。
歩行、呼吸、鼓動によってエネルギーは大きく消耗してしまう。何故なら、大きな蜘蛛の魂が少女の体に完全に馴染んでいないから。
…とは言っても、少女の体と言っても、その体は―――『根源』と繋がっているという、途轍もない地雷そのものなんだけれども。
「ます…いえ、叔父様。今日は何を買うのですか?」
「そうだな…住ませてもらう以上、合田教会の人達にも作る訳だから、かなり多くなるな。今日作るのはグラタンだから…」
「ぐら、たん?」
聞き慣れない単語に、彼女はこてんと首を傾げる。
あぁ、そうか。すっかり忘れていたが、彼女はそういった知識が有る訳ではなかったな。
聖杯戦争じゃないから、聖杯から知識を覗く事も出来ない訳だし。
「グラタンっていうのは、フランスって国の食べ物でな。ホワイトソースや、マカロニ、きのこや肉といった、様々なものを詰めて、オーブンで表面を少し焦がすように調理した食べ物の事だ。」
「焦がすのですか? それは…本当に美味しいのですか?」
「美味しいぞ。暖かいし、色んな具材が楽しめる。ORTも気に入るさ。」
「…そうですか。それは――楽しみ、ですね。」
ふわり――と、彼女が小さな笑みを浮かべた。
私は、彼女が浮かべたその笑顔を見て、きっと間抜けな面を晒しただろう。
今まで、殆ど無表情でいた彼女が、小さいものではあるが笑みを浮かべたのだ。
私はそれが―――嬉しかった。
元はと言えば、私が彼女に料理を出したは、結局のところは自己保身だった。
自分の身を守る為、この町を守る為、彼女に料理を与えた。そんな、下賤な理由だった。
だが―――今は、そんな事を忘れてしまうくらいに。
彼女に料理を振る舞う事、彼女が私の料理を楽しんでくれる事に、確かな喜びを感じている。
彼女だけでなく、私も…少なからず、変わったのだろう。
正直に言って、これがまだ数日程度のものでしかない事が不思議でならない。
一週間が経った程度のものなのに、私にはその一週間が数年を過ごしたかのような感じだ。
「――」
「っ…マスター? どうかしましたか?」
気付けば、私は彼女の頭を撫でていた。
艶が有り、そして絹のように柔らかい透き通るような金髪に、普通の手を置いて、優しく撫でていた。
彼女は少し驚いていた。だが、私の手を跳ね除ける事はしなかった。
昨日の夜―――悪夢に魘されていた私の頭に、柔らかく、そして暖かい感覚が有ったのを覚えている。
これは、ある意味では…いや、確かな意味での感謝だ。ただ、ありがとうという―――感謝の気持ちだ。
「いや――ありがとう」
「…?」
「さぁ、買い出しを始めよう。まずはホワイトソースからだ。」
私は名残惜しく思いながらも、彼女の頭から手を離し、商店街に有る店の一つへと入って行った。
彼女は少し呆然とした後、はっとして私の隣に並び立った。
これが―――父親という感覚なのだろうか。親心、というものなのか。
中々―――良い感情だ。
両親も親戚も居るが、しかし起源の所為で一度も名を呼ばれず、この魔術回路と起源の神秘のみに執着されていた為、こんな感情は抱かなかった。
まさか、子供としての感情よりも親としての感情が上回ってしまうとはな…私も歳なのだろうか。
二十歳後半って、歳に当てはまるのかな…でも、二十八や九くらいから、おじさんやらおばさん言われるらしいからなぁ。
となると、私が彼女から叔父さんと呼ばれるのはあながち間違いではないという事なのか…?
まぁ、どちらにせよ、彼女に対して娘のような感覚を抱いているのは確かだ。私は自分が親になったようなつもりでいる。
うん、微笑ましいね。
そう思ったら、げし、と彼女から蹴られた。
何故…?
□ □
彼女との買い物を終わらせた後、私達は合田教会に戻り、そのまま二人で料理をした。
まさか料理まで手伝ってもらえるとは思っていなかったし、料理が出来るのかという不安も有った。
…というか、実際にその不安は的中し、色々とやらかし掛けました、はい。
気持ちだけ受け取り、私はそのまま料理を始めんとした時、
「では私が手伝いましょう。作ってもらうのですから、それぐらいは。」
そう言って、文柄さんが手伝いを名乗り上げてくれたのだ。
だが―――本題は、恐らくそうではないと、私は理解していた。
「それで――彼女は、いったい何者なのですか?」
マカロニを茹でている私に、文柄さんは真剣な表情で問い掛ける。
まぁ、そりゃ聞かれるよな…
「…私が召喚したサーヴァントだ。」
「………貴方、自分が何をやらかしたのか、分かってます?」
「……私自身、召喚出来るとは思ってもいなかったんだよ。ただ、出来るのかなーと思ってやってみたら…」
「呼んでしまった、と…」
はぁ…と、文柄さんはため息を吐きながら頭を抱えた。
だが、それも当然だ。
英霊召喚―――久遠寺有珠が持つ、魔術世界の中に存在する神秘の一つである『童話の怪物』、その中でも特に強力な三体をも越える神秘の御業だ。
と言っても、英霊召喚は万能の願望機とも言われる聖杯からのバックアップがあってこそ可能なものであり、本来であれば人間一人がバックアップ無しに召喚など絶対に出来ない。
聖杯戦争が無いこの世界で、英霊の存在は圧倒的だ。
過去の英雄を現代に喚び出す技術―――それによって喚び出された『英霊』は、現代の魔術などで倒せるような楽な相手ではない。
あの最弱英霊の“復讐者”ですら、人間にならば必ず勝てる。
それ程までに、英霊という存在は凄まじく、奇蹟に等しい神秘なのだ。
「…それで、何の英霊なのですか? 正直、あのような少女の英雄は見た事も聞いた事もないのですが…」
(……な、何て答えれば良いんだ――!?)
フォーリナーって答えるか? いや、答えられる訳がない。そんな事は絶対にできない。
フォーリナー、降臨者だぞ。そんなクラス名を聞けば絶対に斬り捨てようとする。
というか、そうした場合はこの合田教会が潰れてしまう…! それだけは絶対に避けたい。
ただでさえエクストラクラスという異端も良いところのクラスなのに、そのエクストラクラスの中でもムーンキャンサーに並ぶか、それ以上のヤバいクラスとも言えるクラスだぞ、フォーリナーは。
何せ外宇宙に蔓延る邪神、この世界の宇宙とは全く別の宇宙に存在している最悪にして究極の支配者達と接触、もしくは恩恵や声を預かった者のみが成る事が出来るクラスだ。
特にORTの場合、彼女自身が宇宙に在る仮想の惑星雲から飛来してきたアルテミット・ワンだ。
この時代にもORTの存在は確認されている。フォーリナーの事を話せば絶対に細かく問い詰められるだろう。
……ちょっと、アレ試してみようかな。
(ORT。聞こえるか?)
そう―――念話だ。
ORTが霊体化してくれたなら良かっただが、生憎、今は律架さんも唯架さんも居る状態だ。
というか、二人共ORTの事を結構、いやかなり強く警戒しているので、霊体化させる隙なぞ作らせてはくれない。
ので、念話だ。
(はい、聞こえています、マスター。どうしたのですか?)
(えっと…ORTのスキルについてなんだが)
彼女は汎人類史のORTではなく、あくまでも異聞帯のORTだ。
そんな異聞帯のORTには―――ある強力なスキルが有る。
(『パルセイティング・ヴァリアブル』は使えるか?)
パルセイティング・ヴァリアブル―――最悪の異聞帯、『空想樹海紀行オルト・シバルバー』におけるORT総力戦の終盤にて使われるスキル。
クラスを自在に変える事が出来るスキルで、七騎+フォーリナーという、ターン事にそれぞれ八クラスのどれかに変化するという厄介なスキルだ。
要するに、“役を羽織る者”の特性をスキルにした感じ。
パルセイティングは拍動という意味を持ち、ヴァリアブルは変わりやすい、もしくは変動出来る、可変的な、という意味を持つ。
拍動とは心臓がポンプのように収縮と拡張を繰り返す事。
つまり、この二つを言い換ええてORTに当てはめると、『常に霊基が変動する』という事になる訳だ。
(生体情報確認。能力使用の可能・不可を再確認―――『パルセイティング・ヴァリアブル』の使用、可能です。マスター)
(なら、今から使用してくれ。クラスは…セイバーで頼む。)
(了解しました。パルセイティング・ヴァリアブル―――使用)
さて…かの幼き王様には悪いが、嘘を吐かせてもらおう。
「…―――です」
「はい?」
「幼少期の、アーサー・ペンドラゴンです…」
ごめんね、アルトリア・リリィ。
名も無きマスター(叔父様)
最近、ORTの事を心を開いてくれた娘のように思っている。というか父性が開花し始めている。
ORTの事をそのまま明かす訳にはいかないので、パルセイティング・ヴァリアブルを使用させてクラスをセイバーに変化させ、彼女の正体をORTではなくアルトリア・リリィと偽った。
ORT(幼き騎士王)
マスターに子供扱いされる事に複雑な気持ちを抱いているが、今の扱いも別に悪い気がしている訳ではない。それ故に複雑。
今回、幼い騎士王であると偽られた。まぁ、容姿的に騙せなくはない。アホ毛はないけど。
文柄詠梨(神父)
ORTが幼い騎士王であると嘘をつかれた神父。言われた後、嘘でしょと言って倒れそうになった。
流石の神父も、幼いとは言えど英霊の騎士王に斬り掛かろうとは考えなかった。