■ ■
吾輩は教会に居候中のORTのマスターである。名前など無い。
昨日、私は合田教会の司祭代理人にして神父である文柄詠梨さんに、彼女―――ORTの事を、『幼少期のアーサー・ペンドラゴン』―――所謂、アルトリア・リリィであるという虚偽の事実を伝えた。
我ながら無理矢理な嘘だと理解しているが、しかし彼女はORTですと、馬鹿正直にこの真実を伝える訳にもいかない。
ORTはこの世界にも存在している。都市伝説的な話しとして認知されてはいるが、その恐ろしさは決して偽りなどではない。
それなりの信頼と信用を持たれている私から伝えられた言葉を嘘ではないと信じてくれる者達からすれば、私はアルテミット・ワンを従僕にしている危険人物になる訳だ。
そして、もしもそれが魔術協会に知れ渡れば、恐らく私と彼女は魔術協会のみならず、埋葬機関からすらも狙われる事になるだろう。
良くて暗殺、悪くてORT共々ホルマリン漬け。まぁ、彼女に限ってそのような失態は犯さないだろうが。当然、私とて簡単に死ぬつもりなどないが。
だが、もしも私が死んでしまったらという事を考えると―――やはり、あの夢が頭の中に浮かんでくるのだ。
…もし、あの夢が正しければ、私が死ねば彼女は暴走し、本来の姿を取り戻してこの世界を喰らい尽くそうと動き回る。
そして、その果てに―――あの、とんでもないサーヴァントが召喚される。
恐らく、クラスはセイバーだ。真名も何となく予想がつく。あの裂かれた銀河の空から出た青空が、銀河の空を裂いた“剣”が、何よりの証拠だろう。
そもそも、アルテミット・ワンを殺す事が出来る存在など―――型月の世界に四人しか居らぬのだ。
一人は黒い銃身を持つ、最古にして最新の人類。
一人は万物の綻びを見据える根源接続者の本体。
一人は万象従える奇跡にして少女になった全能。
一人は世界を滅ぼすが、万物を切断出来る剣士。
四人の内の二人は根源接続者、後の二人は今より遥か先の未来における英雄達だ。
彼らでなければ、アルテミット・ワンを倒す事は出来ない。寧ろ彼ら以外には、どうやっても倒す事など叶わない。
例え魔法使いが居ようとも、決して倒す事は出来ない。これも絶対だ。
アルテミット・ワンという存在は、それだけ強大で、最悪な存在なのだから。
まぁ、今はそれについてはさておいて。
私は今―――
「こうして君と対面するのは何年振りか。」
第二魔法「並行世界の運営」の使い手にして時計塔創設の加担者が一人―――「キシュア・ゼルレッチ・シュバインオーグ」と、久しぶりに対面していた。
「何年振りと言う程、時間は経ってませんよ。言うて二年程度です。」
「二年か。随分と短かったな。私も歳という事か。」
「…否定はしませんよ。事実、貴方はマジでお年寄りだ。動けるし戦えるお年寄りではありますが。」
「全盛期より衰えはしたがな。だが、最近の若者に負ける程、落ちてはいない。」
「言っときますけど、戦いませんからね。魔法の後継者候補になるなぞ、御免被る。」
「あぁ、分かっているとも。君はそういう人間だからな。」
現存する五つの魔法の一つ、『並行世界の運営』を操る魔法使いにして、何処にでも現れる爺さんことゼルレッチ。
魔導元帥や宝石翁、はたまた万華鏡など。様々な異名を持っており、かつて地球に現れた月のアルテミット・ワンである『朱い月のブリュンスタッド』を単独で仕留めた偉大なる人物だ。
人理の肯定が主のFate時空、人理の否定が主の月姫時空の両方に出てくる彼は、月姫時空においては死徒二十七祖の第三位に位置している。
月姫時空では、朱い月との戦闘で吸血され、死徒になってしまったらしい。
しかし眼の前の彼は死徒二十七祖ではなく、魔法使いとしてのゼルレッチだ。
まぁ、爺さんが死徒でもそうでなくても、どっちでも大して変わらないが。
一応、私と彼は何でか分からないが交友がある。本当に何でか分からないが。
「それで―――大蜘蛛の様子はどうかね?」
愉快愉悦。そんな感情が見え見えの、完全にこっちの状況を楽しんでいる笑みを浮かべながら、ゼルレッチの爺さんは私に彼女について問を投げてきた。
貴方なら、そのくらいは視えるだろうに。何故、わざわざ私に聞いてくるのやら。
「普通ですよ。普通にご飯を食べて、普通に寝て、普通に話し合って、普通に暮らしている。最近では、笑ってくれる事が多くなった。」
「くくっ…そうか、普通か。あの大蜘蛛が、普通の生活をしているのか」
心底面白い、といった風にゼルレッチの爺さんは笑う。
だがまぁ、それもそうか。
オールトの雲から飛来してきた彗星のアルテミット・ワンが、少女の姿で人間と同じ生活をしているのだから。
数多の並行世界、即ち様々な世界の未来を見ているゼルレッチの爺さんからしてみれば、それはとても面白い『未来』なのだろう。
「仮、などの分類には当てはまらん。この世界線は、正しく特異点に当てはまるぞ。」
「えぇ…特異点って、マジですか?」
「本来ならば存在しない過去。それが魔術世界における特異点。ならば、別段おかしな話しではなかろう? 何せ、本来ならばお主も大蜘蛛も存在せぬのだからな。」
「あー…そういう事か。」
本来とは違う過去。
確定されていた筈の歴史が改竄された過去―――魔術の世界において、その世界の事を『特異点』と称す。
ゼルレッチの爺さんが曰く、この世界は私とORTが存在する事によって微弱な特異点と化しているようだ。
まぁ、恐らくは俺というよりもORTの存在の方が大きいだろうが…
「抜かしおる。お主も原因の一つだ、馬鹿者。」
「えぇ…?」
「太古より存在する忌み数がもたらす膨大かつ濃厚な魔術回路の質に加え、前代未聞の『無銘』の起源。『其処に在るのに其処に無い』という矛盾状態を体現しているお主が、イレギュラーに当てはまらない訳がなかろうよ。」
「え、俺の起源ってそんな凄いんですか?」
「ある種、『虚無』に通ずる起源だからな。」
ゼルレッチの爺さんから告げられた衝撃の事実に、私は驚愕せざるをえなかった。
ただ名前を付けられず、与える事も出来ないだけの起源だとばかり思っていたが、まさか『虚無』の起源に通ずるものだったとは。
『虚無』の起源―――それは、両儀式・巫条霧絵・浅上藤乃の三人が持っている起源。
そのどれもが、『何らかの特定行動を取らなければ生の実感を得る事が出来ない』というものだ。
両儀式は、迫る死に抗う事で生の実感を得る。
巫条霧絵は、自ら死ぬ事で生の実感を得た。
浅上藤乃は、人を殺す事で生の実感を得る。
それら全てが、そうする事でしか『生の実感』を得る事が出来ない。そうしなければ、自分が生きているという実感を持つ事が出来ないのだ。
……俺の起源との関係性、有る?
「お主には生死の区別など要らんだろ。存在している証が無いにも関わらず存在しているという、矛盾が服を着て歩いている様な人間なのだから。」
まさか矛盾呼ばわりされるとは。心外である。
「マスター。唯架さんが呼んでいます。」
そんな事を思っていると、彼女が部屋に入り、ゼルレッチの爺さんを目を合わせる。
その瞬間、
「触覚発露。物体構成を鎌に確定。」
彼女の掌から出現した白銀の触手が、即座に銀色の大鎌へと形を変えた。
戦闘態勢―――明らかに、殺す気だ。
「若いな。だが、それも良い。人として生きるなら、これも必要だ。」
ゼルレッチの爺さん―――否、『魔法使い』キシュア・ゼルレッチ・シュバインオーグは椅子から腰を上げて立ち上がった。
「来るといい、小さな蜘蛛と名も無き主。」
魔法使いは、笑みを崩さずまま、私と彼女に挑戦を叩きつけた。
「勘弁してくれよ…」
私は、そう言葉を零さずにはいられなかった。
名も無きマスター(久しぶりに被害者)
一応の知り合いである魔法使いと久しぶりに会話してたら、いつの間にかサーヴァントであるORTと共にゼルレッチの爺さんと戦う事になった名も無きマスター。勝てる気しねぇ。
ORT(サーヴァント)
アルトリアとして生活する事になったアルテミット・ワン。今回、魔法使いに戦いを吹っ掛けた。理由は、ずっと自分とマスターを覗いていたのが気持ち悪いと思ったから。
キシュア・ゼルレッチ・シュバインオーグ(魔法使い)
第二魔法の使い手にして何処にでも現れる最古の魔術師の一人。彼と初めて出会った頃は、彼を魔法使いとして弟子にしようと考えていた。
彼が魔術師として成長しているのか、そして大蜘蛛がサーヴァントとしてどれ程の実力なのかを計る為、戦う事にした。