愛歌(ORT)さん喚んじゃった。   作:全智一皆

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第十一話「無銘と蜘蛛と魔法使い」

 

 

■  ■

 視点は個人ではなく、天(もしくは第三者)へと移り変わる。

 場所も変わり、つい此間、蜘蛛が冠位の人形師が作り出し、送り出してきた刺客を蹂躙した舞台である合田教会ではなく、三咲町で人が集まる事のない開けた場所へと、二人の人間と一匹の大蜘蛛は移動した。

 冷たい風が、名も無きマスターの頬を撫でる。緊張から溢れる冷や汗が、余計に冷たい風を強く感じさせる。

 マスターとサーヴァントとしての初戦闘。しかし、その相手となるのは根源に届き、魔法を得るに至った老練の魔法使い。

 魔術王ソロモンの弟子の一人にして、長き歴史を紡ぐ魔法使い。

 あらゆる可能性を見届け、あらゆる可能性を見分け、あらゆる可能性を目視し、過去に月の王すら撃退した偉人。

 キシュア・ゼルレッチ・シュバインオーグ―――宝石魔術の祖であり、真祖の王を討った男である。

 対して―――それに立ち向かうは、強化やら変化やらといった一般的な魔術しか扱えない名も無きマスターと、全力を出してはいけない事を強いられる大蜘蛛の少女だ。

 これが、彼女だけであるならば十分、いや十二分に釣り合った勝負になる事だろう。

 水星のアルテミット・ワン。ある意味、月より地球に来訪した真祖の王と同類に当てはまる、その星における最強の生物だ。弱体化してはいるが。

 だが…名も無きマスターは、無銘の魔術使いだけは、やはりどうやっても翁と蜘蛛には釣り合わない。

 片や魔法使い。片や英霊。それに対して、彼はただの魔術使いである。

 戦力の差など、あまりにも掛け離れている。正しく天と地の差と言えるだろう。

 初歩的な魔術のみしか扱えず、しかも魔術の精度も決して高いとは言い難い。

 そもそも戦闘すら碌に経験した事がない、ただの魔術使いだ。

 そんな彼に、特筆すべき点は何かと問われれば、答えられる点は一つだけ。

 現代で尚も色褪せぬ神秘を内包した、超高密度且つ膨大な魔力を生み出す魔術回路だ。

「―――回路鳴動」

 ゴゥンッッッ!!!!!!!

 誰もを祝わぬ無情の鐘が煩く鳴り、晴天と草原全体へと響き渡る。

 起動するは、僅か一本の魔術回路。心臓に七本と、両腕・両足・両目の部位にそれぞれ刻まれている六本の魔術回路の内、心臓に刻まれている七本の魔術回路の内の一本。

 使用するのは強化の魔術。身体能力・身体強度を高めるだけの平凡的で一般的な、質素な魔術。

 心臓に刻まれている七本の内の一本を起動しただけで、身体全体に超越的な強化の魔術が行き渡る。

 回路は皮膚に浮かばず。変化も見られず。一見すれば、何かが起こったなど簡単に理解は出来ない。

 ただ派手な鐘の音を鳴らしただけだと思うだろう。

 彼と対峙したのが凡人か、それともただの魔術師であれば油断を極めるだろう。

 が、しかし。

「まさか、お主から先に来るか―――!」

 彼をよく知る者達にとっては、それだけで警戒を最大に高める。

 宝石翁は、彼の愚策を大いに笑った。まさか、サーヴァントではなくマスターである自らを特攻させようなど、誰が思うか。

 だが―――愚策は愚策でも、決して嘲笑う事の出来ない恐ろしい愚策だ。

 バゴッッッ!!!! と、彼のスタートダッシユによって鈍い音と共に、地面に大きな罅が刻まれる。

 大気を揺るがし、風が一気に吹き荒れる。

 台風が近付いてきているかのような、そんな強い風が、白銀の大鎌を持った少女の髪と服を揺らした。

「直線的だが――恐ろしいな。」

 音速と呼ぶに相応しい速度で突撃をかましてきた魔術使いの攻撃を、翁は彼の背後を取る事で躱した。

 空間転移の魔術。ある種、魔法に近しいともされる魔術だ。

 猪突猛進の一撃は回避で終わった―――

「ッ!」

 と、思われた。

 ブォンッッッ!!!

 空を切り裂き、刀が振るわれたのではないかと錯覚してしまう程の鋭い音と共に、翁の眼前へと蹴りが襲い掛かる。

 左足を強く地面に叩き付けて自らに急ブレーキを掛け、そのまま左足を軸にして右足を大きく上げ、翁の顔面を蹴り飛ばしてやろうと回し蹴りを行ったのだ。

「ほぅ」

 だが、意を突こうとしたそれすらも空振りで終わる。

 翁は既に彼の背後ではなく、元いた位置に立っていたのだ。戻っていたのだ。

「魔術回路の一本でそれか。つくづく恐ろしいな。」

「お褒めに頂き恐縮ですよ。当たりませんでしたけど―――俺のは。」

 直後、翁の視界の外から刃が襲い掛かった。

 白銀の大鎌。蜘蛛の内部から出現した疑似触覚が、武器へと形を変化させたもの。もしくは、彼女自身。

 自らの肉体の一部を武器として扱ってはいるが、それは決して重くはない。

 腕を上げる、足を上げるのに苦労する人間がそう居ないように、彼女にとっても大鎌を振るう事は手を振るう事に等しい簡単な事だ。

 元の俊敏性も相まって、背後を取るなど造作もない。

Leerer Rohstein(空にして無)

 ガキィンッッ!!!

 火花は散った。だが、翁の首が大鎌によって宙に舞う事はなく、また綺麗な鮮血が地面に飛び散る事もなかった。

 宝石翁―――宝石魔術の祖であるゼルレッチが扱ったその宝石は、この世に存在するどの原石よりも輝く古の宝石に当てはまる。

 『原石』の『原石』。即ち、『原石』における『原典』となる宝石だ。

「ダイヤモンドっ…!」

 無銘のマスターは苦虫を噛み潰したような表情で、その原石の名を吐き捨てる。

 ダイヤモンド。または金剛石。天然に存在する物質の中で三番目に硬いとされ、そして宝石の中でも特に有名な宝石である。

 ゼルレッチが使ったのは、ダイヤモンドの中のダイヤモンドにして、太古のダイヤモンド。

 それに込められた魔力が生み出す属性は、四元素に当てはまらぬ『空』の属性。

 物質化した“ソレ”は、弱体化したアルテミット・ワンの攻撃を容易く防いでみせた。

roter Rohstein(火にして血)

 深紅の宝石が砕け散ると共に、ゼルレッチとORTを中心に間欠泉の如き勢いで爆炎が吹き出す。

 ルビー。または紅玉。ダイヤモンドに次いで硬いとされる宝石であり、灼熱を思わせる深紅が特徴の宝石だ。

 それは、原石となるものでなかろうと魔術として使用すれば、正しく爆弾の一言に尽きる威力を発揮する恐ろしい代物だ。

 例えサーヴァントであれ、そんなものを至近距離で喰らえばただでは済まない。

 それが―――通常のサーヴァントであればの話しだが。

「殺ります」

 臆せずに、蜘蛛は握り締めた鎌を容赦なく振るう。

 爆炎は蜘蛛を焼き払う筈だった。だが、爆炎はそのような役目を果たす事など一切なく、呆気ないままに蜘蛛に喰らい尽くされたのだ。

「強化魔術…大蜘蛛にも掛けていたか。」

 翁は焦る事もなく、再び笑った。

 ブンッ!! と、振るわれた鎌はまたも翁を捉える事はなく、翁は今度は上空に浮いていた。

「空まで飛ぶか…これだから魔法使いは面倒臭い。」

 上空に浮いたゼルレッチを見上げながら、遂に砕けた口調でORTのマスターは愚痴を吐き捨てる。

 ORTはマスターの隣に並び、「どうしますか、マスター?」と、彼に選択を問う。

「…あくまで模擬戦のようなものだから、宝具は使用しない。とはいえ、舐められたままなのも釈然としないから、全力で行く。」

「了解。」

「作戦は――――――」

 

□  □

「響け、響け、響け。我が鳴らすは終わりの音、世界を滅ぼす鐘の音。」

 詠唱と共に、男の体内に眠る回路が目を開く。

 ゴゥン……

 一本。鐘の音が響く。

 ゴゥン……

 二本。鐘の音が響く。

 ゴゥン……

 三本。鐘の音が響く。

「我が身こそ終末の時計。十三の鐘を鳴らす、忌避されし終端。」

 ゴゥン……ゴゥン……

 五本。鐘の音が二度、鳴り響く。

 ゴゥン……ゴゥン……

 七本。鐘の音が二度、鳴り響く。

 ゴゥン……ゴゥン……ゴゥン……

 十本。静かな鐘の音が三度、鳴り響く。

 

 大気が震える。地面が恐れる。惑星が―――唸り声に似た大きな悲鳴を上げる。

 溢れ出し、地面を伝って世界を縦横無尽に奔っているのは蛇に取り憑かれてしまった代行者をも越える、超弩級の質を誇る莫大かつ濃厚な魔力。

 根源というエンジンに繋がっていないにも関わらず、唸りを上げて走り出さんとする暴走車の如きその魔術使いの“魔力”に、抑止力が驚愕している。

 滂沱するのは魔力の涙。その一滴一滴が、津波を引き起こす程の大きな涙を誇る、恐怖の権化。

 それが引き起こすのは、決して完成度の高くない、ただの“見様見真似”の大魔術―――!

「滅びの時は来た。滅びの子は墜ちた。

 現在は終わった。未来は朽ちた。此処が、世界の死時だ。」

 心臓が嫌に速く高鳴る。顔から血の気が引いていく。冷や汗が滝のように流れてくる。

 それも当然だ。何せ、これまで一般的な魔術しか使った事がない魔術使いが、一度足りとも使った事がない上に、ただの見様見真似でしかないだけの『大魔術』を行使しようとしているのだから。

 しかも、普段なら使っていない筈の魔術回路すら無理矢理に開き、酷使しているのだ。

 身体的な負荷は、想像を絶するものだろう。

「まさか、見様見真似とはいえ大魔術まで使用してくるとはな。本気、という事か―――」

 ゼルレッチは笑い―――そして、四つの宝石を背に現した。

 一つは無色透明の宝石―――ダイヤモンド。

 一つは深紅色の宝石―――ルビー。

 一つは群青色の宝石―――サファイア。

 一つは翡翠色の宝石―――エメラルド。

 空のダイヤモンド、爆炎のルビー、大海のサファイア、大地のエメラルド。

 世界四大宝石とも言われるそれらには、第二魔法『並行世界の運営』によって開かれた『孔』から、無限の魔力が込められており、常に流転し続けている。

「さて、お前はどこまで耐えられるか―――見物だな。」

 廻る、廻る、廻る。

 背に浮かぶ宝石が、何度も何度も回転し、眩い光を放っている。

 空・火・水・地という、本来の四元素ではない組み合わせの宝石魔術。

 無限の魔力供給と流転に耐える事が出来るというその時点で、その宝石達が規格外である事を物語っている。

 宝石が砕け散り、混ざらぬモノが放たれる―――

 空は燃え上がり、火は静まり、水は震え出し、地は動かず。

 不可解な事象。理解不能の現象。本来ならば混ざらぬ筈だが、しかし『元を正せば同じモノ』という理論の元に発生する仮想の質量。

 虚構ではなく“現在”より導き出された、本来ならば絶対に起こり得ないし発生しない『不可思議の嵐』―――!

 

 

「エーテル・ドランカー」

 だが、“ソレ”はあくまでも現代の魔力によって作られたモノである。

 故に、彼女がそれを吸収する事が出来るのは、何ら可笑しいことではない。

「―――」

 ほんの一瞬。本当に僅かな、刹那の一時。

 ―――――――――“彼女”は、“蜘蛛”の腕を、現して、振り下ろした。




名も無きマスター(瀕死)
自らを囮にした作戦で注意と警戒を引き、ゼルレッチに攻撃的な魔力を使わせる為に即席かつ見様見真似の大魔術を使用しようとした大馬鹿者。結果、外傷こそ無いが、体の内部はズタズタになってしまった。

ORT(大蜘蛛)
第五架空要素を吸収するスキル『エーテル・ドランカー』を用いて、一部分のみを本来の姿にしてゼルレッチに振り下ろした。これが全体だったら■■・■■■が召喚されるところだった。

ゼルレッチ(生きてます)
寸でのところで並行世界への転移が間に合った。久しぶりに焦った。
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