愛歌(ORT)さん喚んじゃった。   作:全智一皆

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第十二話「学習/経験者」

 

 

■  ■

 吾輩は死にかけのマスターである。名前など無い。

 先日、私とORTは第二魔法「並行世界の運営」を操る宝石魔術の祖にして魔道元帥「キシュア・ゼルレッチ・シュバインオーグ」を相手取った。

 マスターである私自身を囮にし、ゼルレッチの爺さんが魔術を使った瞬間にORTのエーテル・ドランカーを使用して攻め込むという、聖杯戦争や実戦では普通なら絶対に行わない愚か極まる作戦で、魔法使いを相手取った。

 結果としては、勝利を手にする事が出来た。勝利と言っても、とても歪で曖昧な勝利ではあるけれど。

「―――ッ、ァ…く、そ…」

 上手く声が出せない。何とか絞り出した僅かな言葉も、片言で聞き取りにくい。

 体が熱い。血管が暴れている。

 心臓が破裂してしまいそうな程に、内側から激しく殴り続けている。

 見様見真似の大魔術行使の代償。ただでさえ扱いが難しい大魔術を、完璧な形ではなく見様見真似の直感で作動させようとした結果がこれだ。

 普段なら使う事のない魔術回路を無理矢理にこじ開け、しかも全力で動かし続けたのだ。そんな馬鹿げた行為をしたのだから、代償が無い訳が無かった。

 人で例えるならば、体力が無い上に運動も碌にした事が無い素人を準備運動も無しに走らせるようなものだ。

 そんな無理を、私はした。死にかけて仕方ない事を、自分の体に強要させたのだ。

 結果として、私の体はズタボロだ。外側こそ怪我は無いが、体の内側はくしゃくしゃになった紙くずのようにボロボロで、起き上がる事すらままならない。

「マスター、マスター」

 彼女の声が聞こえる。感情の起伏など無かった筈の声が、僅かに揺れているのが分かった。

 慌てているのか、それとも驚いているのか。どちらにせよ、ほぼ無感情だった彼女が感情を顕にしている。

 こんな為体、こんな瀕死体ではあるが、私はそれに驚かざるをえなかった。

「ぁぁ……」

 大丈夫だと言う事も出来ない。いやそもそも、喋ることすら出来ない。

 乾いた言葉が、僅かに溢れるだけだ。

「マスター、生きていますか。生きているなら、頷いてください。何か、喋ってください。」

(はは…それは、随分と難しいな。今は全身ボロボロだ。)

 私は、何とか念話を試みた。正直、これ以外に彼女と言葉を交わす方法が無い。

 体は思うように動かないし、声も上手く出せない。つまり、今の私は彼女の要望に答える事が出来ないのだ。

 彼女は私の念話を受け取ったのだろう。私が生きている事を知り、彼女は安堵したように息を吐いた。

「念話は出来るのですね…良かった。」

(何とかな。だが、体は動かせないし、声も出せない…文字通り、瀕死の状態だ。面目ない。

「全くです。」

 容赦ない批判が、私に突き刺さる。まぁ、そうだろうなぁ…

「マスターを囮にする作戦など、マスターにあるまじき作戦です。馬鹿なのですか?」

(おう…厳しいな。まぁ、君の言う通りだから、何も言えないが…)

 マスターが死ねば、サーヴァントは消滅する。これは受肉しない限り絶対に変える事の出来ない現実であり、事実だ。

 マスターからの魔力供給を絶たれれば、サーヴァントは現世に存在する事が出来なくなり、消滅して座に戻る事になる。

 正直、彼女にもそれが当てはまるのかは分からないが。

 何せ、彼女は異聞帯でカルデアと戦った際、英霊の座に干渉して侵食を始めていたのだ。

 そんな彼女に、座の常識が通じるのかは定かではない。仮に消滅したとしても、何らの理由付けで復活するかもしれない。

 …だが、その場合は最悪の事態になってしまう。

 この世界が終わってしまう。この世界が彼女に喰われてしまう。そして―――彼女が殺されてしまう。

 何としても、それは避けねばならない。

 まぁ、今回私は自らその愚行を選んだ訳なのだが。馬鹿と罵られても仕方ないだろう。

「…あのような作戦は、二度と考えないでください。」

(あぁ、そうだな。君にそんな顔をさせるのは忍びない。二度としないと誓うよ。)

「…はい。マスターを、信じます。」

(ありがとう、ORT。君の信頼に答えるよう、努力するよ。)

 未だ数週間という短い期間ではあるが、私と彼女はそれなりの信頼関係を築く事が出来ているようだ。

 そうでなければ、彼女から私を信じる、などという嬉しい言葉は出てこない筈だ。

 私としても、それは実に嬉しい事だ。

(あー…それで、ORT。少しお願いがあるんだが…)

「? 何ですか?」

(体が動かないから、合田教会まで運んでほしいんだ。)

「了解しました。では、マスター。少々、失礼します。」

 仰向けで地に伏せる私の首の後ろと膝の後ろを彼女の細い手で抱えられ、私は軽々と持ち上げられた。

 流石はサーヴァントか。分かってはいたが、彼女のステータスはかなり高いようだ。

「早く帰りましょう。マスターの回復をしなければなりません。」

(うーん…どうだろうな。外側なら兎も角、体の内側の回復となれば、相当な治癒魔術の使い手が居ないと難しいかもしれないな。)

「……吸収した魔術情報の確認を開始。宝石魔術・強化魔術の二つを確認。強化魔術の情報の統括を完了。逆算解析を開始。」

 強化魔術は、魔術回路から発生する魔力を用いて身体能力と身体強度の両方を強化する魔術である。それ以外にも武器に使う事も出来るが、終点は全て“元から備わっている特性を強くする”というものだ。

 身体能力と身体強度の強化とは、即ち魔力による内臓の強化である。

 魔力によって筋肉を強化する事で腕力や脚力を上げる。それが、強化魔術が至る答えだ。

 では、治癒魔術とは一体何か?

 治癒魔術とは文字通り、傷を癒やす魔術の事である。

 傷口から出血を止める程度のものから、欠損した肉体を再生させるという高度なものなど幅広い。

 その治癒魔術を解析したら、それが何を使い、どうやって傷を治しているのだろうか。

 強化魔術が魔力を用いて特徴を強化する魔術であるならば、治癒魔術は魔力を用いて細胞に干渉し、傷を治す魔術である。

 強化魔術と治癒魔術。そのどちらもが、“魔力で肉体に干渉する”という共通点を持っている。

 ここで、ある考えを浮かべてみよう。

 “どちらも魔力で肉体に干渉するという共通点があるならば、片方の魔術を解析すればもう片方の魔術の知識を得られ、最終的にはその魔術を習得する事が出来るのではないか?”―――と。

 傍から見れば、あまりにも無理矢理な思考、論理と言えるだろう。

 だが、今からそれを行おうとしている者は、その外野の認識を壊す存在だ。

 解明されぬ暗黒物質の微生物を用いてサーヴァントを苦しめた彼女は、その点から肉体に対する知識を持っている。

 それに、逆算解析を重ねてしまえば。

 答えから問題に至ろうとする解析方法で、出自と共通点を確認する事が出来れば。

「―――解析完了。治癒魔術の習得を確認しました。」

 別の魔術の習得なぞ、造作もない。

 だが、それは決して楽な方法などではない。

 しかし、悲しきかな。それを行ったのは魔術使いでも、魔術師でもなく―――たった一人の、化け物だ。

 

(―――はは、マジか。本当にすごいな、君は。)

 だが、しかし。

 無銘の男は、決して怪物を恐れる事など無く。

 ただただ、その常軌を逸する行動を凄いと、思っただけだった。

 

□  □

「良いんじゃないか、別に。そんなカタチが有っても。」

 場所と視点は大きく変わる。

 其処は、荒れ果てた大地。

 澄み渡る青空に似合わない濁った空気と、色を失った荒れ地。

 そして、その世界に建てられた一つの小さな家の中で。

 後ろを結んだボサボサの黒髪と色を灯していない灰色の瞳、顎に生えている無精髭が特徴的な男が、独りで呟いた。

 最初から言っておくが、この男の出番は今回が最後だ。決して、無銘の男と彗星の少女の物語には関わらない。

「おれも似たようなもんだったからな。まぁ、おれとしてはストレスばっかりの日々だったが。」

 その男は、遥か先の未来を生きていた『生き残り』だった。

 その未来においては旧い人間だが、現代においては未来の人間と呼ぶ事が出来る程の未来で生きていた人間だった。

 男もまた、あの無銘の男と同じような人間だった。

「名前が無いのもそうだな。おれも本名は無くなってた。まぁ、あいつみたいに名前が付けられなかった訳でもなかったけど。」

 男は、荒廃した世界で天使のような少女と暮らしていた。

 無銘の男が、少女の姿をした蜘蛛と暮らしているように、かつて男は天使のような少女と暮らしていたのだ。

「おれとあいつの生活に比べたら、まだ良い方ではある。いや、寧ろあっちの方が幸せなのかもしれないな。」

 でも、まだ波乱が有る。

「おれが出張る事じゃないし、あの子がデカくなったら騎士様が出る。そうなる前に、あいつが何とかしなければならない。」

「難しい事だ。おれも一応は経験者だが、こっちは元から世界が壊れてた。だから何も言えない。」

「おれからは、ただ頑張ってくれ、て事と、死なないように生きろって事ぐらいの言葉しか送れないが…まぁ、なるようになるだろ。」

 煙草を吸いながら、男は自虐的に笑う。

 天使のような少女を幸せにする事が出来なかった男は、己を嘲笑った。




名も無きマスター(瀕死)
瀕死だったのでORTにお姫様抱っこをされて合田教会まで運ばれた。途中からORTが強化魔術を学習し、それを逆算解析して治癒魔術を習得した為に動けたのだが、ORTの要望でそのまま運ばれた。意外と恥ずかしくはなかったらしい。

ORT(御満足)
蒼崎橙子の時の恩返しとしてマスターをお姫様抱っこした。マスターの怪我を治す為に、マスターの強化魔術を学習し、その強化魔術から逆輸入する形で治癒魔術を習得し、ダークマター・プランクトンによる攻撃を回復に転用する事でマスターのズタボロの内臓を完璧の治癒した凄い子。マスターにも褒められて満足してる。

■■■(経験者)
遥か先の世界で、マスターとORTのような関係を築いていた、名も無きマスターにとっての先輩みないな人。■■■■■■が座に登録される事となったが、一応の保険として彼もまた座に登録される事とになった。
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