愛歌(ORT)さん喚んじゃった。   作:全智一皆

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第十三話「相談/誘拐」

 

 

■  ■

「戻ってくるだけでなく、私や有珠まで含めて話したい事が有るなんて…どんな厄介事を持ってきたのよ―――橙子」

 三咲町に在る山の奥地に建てられた、魔女の家―――またの名を、「久遠寺邸」。

 その久遠寺邸のリビングルームにて、三人の女性が、三人の魔術師達が集っていた。

 一人は久遠寺邸の主人にして蒼崎青子の魔術師としての師である久遠寺有珠。

 一人は久遠寺邸に住まう者の一人にして久遠寺有珠の弟子である蒼崎青子。

 一人は封印指定の魔術師にして冠位の人形師、そして蒼崎青子の実姉である蒼崎橙子。

 一人は無表情。一人は不満げ。一人は含みの有る笑顔。

 その空間の雰囲気は、正しく殺伐としたものだった。

「察しが良くて助かるよ。そうだな…うん、単刀直入に結論から言ってしまおうか。

 

君たちの知る無銘の彼が、遂に封印指定にされた。」

 やや楽しげに。しかし、焦燥も込められた笑みを、引き攣った笑み浮かべながら、蒼崎橙子は彼女達に衝撃の事実を告げた。

「…!」

「な、なんですって!?」

 有珠は閉じていた目を開き、青子は大袈裟な程に驚いた。

 身を乗り出す様な勢いで、青子は「ちょっと、どういう事よ!?」と橙子に問い詰める。

「落ち着け、青子。今から順を追って説明していく。」

 橙子は実に珍しく、青子に対して攻撃的な態度を取らなかった。

 酷く冷静に、青子に対して落ち着くように宥める。その姿は、彼女達の関係を知っている者が目を見開く程の事である。

 何せこの蒼崎姉妹、喧嘩をすれば殺し合いに発展してしまう程に最悪の仲なのだ。

 冗談抜きで仲が悪い。嫌悪というよりは憎悪の領域を達してしまう程に仲が悪い。もしくは凶悪。

 そんな姉が、特に青子に対して攻撃的な橙子が、今や皮肉の言葉も吐かずに青子を宥めている。

 天変地変が起きたのではないかと思ってしまう程の現象である。

「な、なによ…今日はえらく落ち着いてるじゃない。」

「言い争っている暇もあまり無いからな。事は急を要する。」

 青子は嫌に冷静な橙子の言葉を聞き入れ、意外だという表情を包み隠さず顕にしながらソファへと腰を降ろす。

「それじゃあ、説明を始めよう。」

 そうして、事は伝えられる。

 

「まず、彼が封印指定にされてしまった原因だが…魔術協会としての理由はこうだ。『英霊と化した大蜘蛛を呼び出し、付き従わせている』から。」

「あぁ、二人は知らなかったな。そうだ、彼は英霊…サーヴァントを召喚した。本来ならば喚び出せない筈の英霊を、彼は喚び出し、そして従わせている。しかも、それが都市伝説の蜘蛛と来た。」

「久遠寺有珠、君は知っているかい? あぁ、噂程度でも知ってはいるんだな。なら十分だ。そう、かつて時計塔のお偉い様方が向かい、結果として返り討ちになったと言われる、あの蜘蛛だ。」

「南米に住み着いているとされる大きな蜘蛛。あらゆる全てを結晶にして喰らい、培い、目覚めた時には地球を喰らう最強の生命―――極限の単独種。あの宝石翁から、そう聞かされたよ。」

「彼が喚び出したのは、IFの世界線における蜘蛛らしいが、それでもサーヴァント。その力は脅威的であり、本来ならば存在しない筈の存在だ。」

「私の五感が機微を察知したので、私は彼の元に訪れ、そしてその蜘蛛と出会ったが…アレは、化け物だ。神秘の塊と言っても良い。正直に言って、原初のルーンやら人形やらをどれだけ掻き集めても勝てる気がしない。」

「そんな存在を付き従せている彼が封印指定を受けるのも納得という話しだ。いったい、何処から情報が漏れたやら…まぁ、此処まではあくまで副題。此処からが本題なんだ。」

「結論から言おう―――私は、彼を消すべきだと考えている。…そう声を荒げるな、青子。何も考え無しにこう言ってるんじゃない。」

「彼が生きている限り、あのサーヴァントは現界し続ける。知っての通り、彼の魔術回路が生み出す魔力量と濃度は異常だ。聖杯とやらも上回る。」

「もしも蜘蛛が成長し、この世界を喰らう事になればどうなる? 答えは簡単。この世界は終わるよ。呆気なく終わる。この世界に有るモノ全てが壊されて滅びるだけだ。」

「そうなる前にどうにかしなければならない。その為には、まずマスターである彼を殺さなければならない。マスターが消えれば、サーヴァントは魔力を供給出来なくなり、現界も出来なくなって消滅する。」

「時間が経って知識を吸収し過ぎる前に、あの蜘蛛には消えて貰わなければならないんだよ。そうしなければ、全て終わる。」

「この世界が消えるのと、彼の命。どっちが大切なんだ?…答えは、明白だろ。」

「それを知った上で、私は問いに来た。

お前達は、世界を守る為に味方になるのか。それとも、一人の為に世界を敵に回すのか。どっちを選ぶんだ?」

 

「私は…」

 俯く。

「私は……」

 拳を握り締める。

「私は………」

 血が滲み出る。

「私は…………」

 ぎりっ、と歯が軋む。

「私は――――――!」

 バッ! と顔を上げ、立ち上がる。

「アイツを殺すなんて御免だわ! それに、それ以外にも解決策は有るじゃない! バッカじゃないの!?」

 はっきりと、答えを出した。

「……その解決策とは?」

 

「そのサーヴァントを、ぶちのめす!」

 彼女の回答に、二人の魔術師は破顔し、呆れてしまった。

 

□  □

 吾輩は封印指定されてしまったマスターである。名前など無い。

 えぇ、はい。見ての通り…遂に、魔術協会から封印指定を受ける事になってしまいました。

 平原でのゼルレッチの爺さんとの戦闘を見られていたのか、それともずっと前に蒼崎橙子が協会に連絡を入れていたのかは知らないが、恐らくどちらかが原因だろう。

 巫山戯るな全く。分かり切ってはいたが、やはり魔術師には碌なのが居ないな。

「しかし、どうしたものか。」

 私は思い悩む。

 封印指定執行者のみならず、恐らく代行者も襲い掛かるだろう。

 幸いにも、この時代には現存する宝具『斬り抉る戦神の剣』を持つ、封印指定執行者にして伝承保菌者であるバゼットが居ない。

 シエル先輩は…どうなんだろうか。もうこの時代には埋葬機関に入っているんだろうか。

 もし入っていたとするなら…どうしたものか。べ・ゼやアインナッシュの原理血戒を取り込んでいたとしたら、流石のORTでもキツイ相手になるぞ。

 何せ、月姫において暴走したアルクェイドを追い詰める事が出来る唯一の人だ。相手取るのはかなり難しい。

 そもそも埋葬機関が全員で襲撃しに来たなら、それは正しく絶望だ。そうなると宝具を開放せざるを得なくなってくる。

「……」

 悩み、悩み、悩み、悩む。

 襲撃者を迎え撃つ? 確かにそれは実に単純だ。だが…私個人としては、そんな事などしたくない。

 合田教会に居座る? いや、それはダメだ。

 合田教会が私を匿っているとなれば、この合田教会ごと焼き払われる。文柄さん達も皆殺しだ。

 考える。考える。考える。考える。

 そして―――

「逃げるか。」

 私は、長く住んでいたこの三咲町からORTと共に逃げる事を選んだ。

 そうと決めれば早く行動しよう。留まり続けて、彼らに迷惑を掛ける訳にはいかない。

 私は立ち上がり、必要なものを頭の中に思い浮かべる。

 財布は必須。携帯電話は…必要無い。

 包丁も必要。本は…必要無い。

 意外にも必須な物は少ないな。だが、それはそれで中々に悲しいものだと、私は悲観する。

 好都合ではあるが、持っていくべき物が少ないのは悲しい。

 携帯電話を使って、町の人達にお別れを言いたくはあるが…それは出来ない。全く、残念だ。

「ORT。」

「はい。」

 私が名を呼べば、彼女は返事をして私の方を向く。

「突然だが、此処から離れる事にした。」

「…合田教会から、ですか?」

「いや、この三咲町からだ。私と君が狙われる事となった今、私達が居ると三咲町にも被害が及ぶ。」

「……迎撃は?」

「考えた。けどダメだ。私は人を殺したくないし、君にも人を殺してほしくない。」

「……」

 彼女は押し黙る。

 私とて、此処を離れたくはない。けれど、私達が居ては三咲町とて無事では済まないのだ。

 苦渋の決断なのだ。それを、私は彼女に攻めている。

 本当に、申し訳無い。

「……いつか、帰って来れますか?」

「…勿論だ。いつか、私と君はもう一度、此処に帰ってくる。帰って来れるように、努力する。」

「…分かりました。」

「ありがとう、ORT。」

 この日から。

 私とORTの逃亡劇を始めようとした―――そう、したかった。

 

『ごめんねごめんね、本当にごめん!』

『でもでも許して! これも君の為なんだ!』

 二匹の童話が、私を連れ去った。




名も無きマスター(誘拐)
ゼルレッチとの戦いを運悪く名も無い魔術師に見られてしまった為に封印指定を受ける事になった。
三咲町とその人々が殺される事を恐れ、ORTと共に逃げようとしたがおしゃべり双子によって連れ去られた。

ORT(被害者)
マスターが思っているよりも三咲町を気に入っており、またその人々も気に入っていた。この町とこの人達だけは食べないであげようと思うくらいには気に入っていた。
故に離れる事になると言われた際には悲しんだ。が、もう一度帰って来れるという言葉を聞いて共に遠くへ逃げる事を決めたが、童話の怪物というこの世界から乖離した存在によってマスターを連れ去られた。

蒼崎青子(馬鹿)
世界には終わってほしくない。でも彼を殺したくはない。サーヴァントが危ないなら、サーヴァントを殺してしまえば良いじゃない! という無理矢理な解決策を叩き出した。

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