愛歌(ORT)さん喚んじゃった。   作:全智一皆

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第十四話「絶対防衛抗戦」

 

 

■  ■

 投げられた手鞠の様に軽々と、二色の子豚は一人の男を優しく()みながら誰も居ない夜の町を駆け回る。

 男は抗わない。否、正確には“抗う事が出来ない”。

 『童謡の怪物』―――第一魔法の使い手である魔女ユミナの子孫である久遠寺有珠と、その母親が使っていた童話をモチーフにした使い魔。

 神秘がより薄くなってしまっているこの現代において、魔法以上に魔法に近いと謳われる力を顕現する強き神秘。

 内の一つ、おしゃべり双子。

 ホッチキスの口に噛み付かれれば、その対象は決して動く事が出来なくなる。

 それはこの世界におけるどの戒めにも当てはまらない、この世界のルールから乖離した拘束である。

 故に、根源に繋がっている訳でもなければ星に対する力を持っている訳でもない、ただ無銘なだけの彼が抗う事が出来ないのも仕方ない。

「有珠…いや、これは青子だな。大方、青子がORTを倒すなんて無茶苦茶な事を言い出したんだろ。」

 だが、無銘の男は決して慌ててなどいなかった。

 寧ろ酷く冷静で、まるで最初からこうなる事を分かっていたかのように落ち着いていた。

『冷静沈着!』

『冷酷無情!』

「ルディー、意味が違うぞ。それだと俺は悪い奴になる。」

 さわがしい方の双子、トゥイードルディーの間違った言葉を、無銘の男は苦笑しながら意味が違うと訂正する。

 この双子は決して、無銘の男が冷静である事に、酷く落ち着いている事に、平常心である事に違和感など覚えていない。

 そもそも彼らに、人間が普通ならこうする、とか、普通の人間ならこんな感情を抱く、とか、そんな事を理解する事は出来ない。

 寧ろ、双子は安心しているのだ。自分達が攫った男が、特に何か暴れる訳でもないまま、いつもの様に話しかけてくれる事に。

(青子は恐らく『魔法』を使ってくるな…有珠は三大プロイを一気に使ってくるだろう。『橋の巨人』に『薔薇の猟犬』…『月の油』は既に無くなったが、この二つだけでも十分に厄介か。)

 だが、勘違いしてはならない。

 無銘の男は抗ってこそいないが、しかし対策を考えていないという訳ではないのだ。

 彼は自らの手で誰かを殺す事もしなければ、彼女の手で誰かを殺す事もしたくない。そんな到底無理な話しを、遂行するという強い意思が有る。

 その為にも、彼は内心で対策を講じているのだ。

 誰も殺さないし誰も殺させない、そんな無茶な対策を。

(ORTのお陰で、身体も魔術回路も回復している。だが、ダムとルディーに挟まれていては、どんなに強化の魔術を使っても私が動く事は出来ないか…そうなれば、私に出来るのは念話によるサポートだけか。)

 おしゃべり双子の拘束性は、童話の怪物の中でも随一だ。

 この世界から乖離した力―――まるで、自分が本の紙に刻まれた文字のように動けなくなる拘束力を持っている。

 例え彼が規格外の身体能力強化を施したとしても、そもそもこの世界の力が通用しないのであれば、全く意味が無い。

 振り払おうとしても、そもそもの前提として体を動かす事が出来なくなるのである。

 故に彼が彼女にする事が出来るのは、念話による戦闘指示やサポートのみ。

(だが、それでも十分だ。何もできないよりはマシだろう…まぁ、ORTが私の声を聞いてくれるかどうかは、正直言って分からないが。)

 一抹の不安を抱きながら、しかし彼はどうにかして対策を考え続ける。

 脳裏に過るのは、やはりあの夜に見た悪夢。彼女が蜘蛛と成って、町一つどころか地球そのものを喰らおうと前進し続ける最悪の未来。

 もしも、そうなってしまったら。もしも、あの夢が現実になってしまったら。

 そんな最悪な事態を想定しながら、彼は丁寧に、そして慎重に、そうならない為に考えを練り続けているのだ。

 

 そんな時―――彼の脳裏に、末恐ろしい情報が流れ込んだ。

《現霊基における強化上限への到達を確認。霊基への直接干渉を確認。》

《英霊名:沙条愛歌改めワン・ラディアンス・シング―――ORT 霊基再臨・第二段階への移行を開始します》

 

(…………マジか。)

 絶望が、捕食への一歩を踏み出した瞬間を知った。

 

□  □

 月は青白く、空は暗く、地は冷たく。

 町は、静寂そのものと成り果てていた。

 だが、決して住民全員が死んでしまっているという訳ではない。

 ただ、住民全員が普段なら触れる事のない神秘に触れて気を失ってしまっているというだけの事だ。

 たった一人の―――否、たった一匹の蜘蛛が放つ神秘によって、町全体に気絶の被害が襲い掛かったという、それだけの話しだ。

「……」

 夜の町に吹く風が、蜘蛛が持つ綺麗な金髪を僅かに揺らす。

 月光に照らされながら、肩まで伸びている艶の有る金髪が揺れるその姿は、正しく天使の様で。

 だが―――その右手に持つモノは、決して天使が持つような可愛らしいモノなどではなかった。

 少女の身の丈を優に越える大鎌。成人男性の身長を軽く越えているであろう程の、大きな死神の鎌。

 いや、この場合は蜘蛛の牙とでも言い表した方が適切だろう。

 あらゆる肉に突き刺さり、毒を入れ込み、弱らせ、喰らう蜘蛛の武器だ。

「コレが、かの有名な大蜘蛛か。かつて無い程の上物だな。」

「……」

 こつ、こつ、と――ブーツの音が夜を揺らす。

 

 白銀の刃が、月光に照らされてその素肌を恥ずかしげもなく曝け出す。

 好戦的な眼を持ったハンターが、蜘蛛が放つ神秘にものともせずに戦意を内から膨らませる。

 その者は、この世界において数少ない規格外の狂人。

「初めまして、御令嬢。今宵、お前を狩りに来た―――」

 聖堂教会の最高位異端審問機関「埋葬機関」のトップ。

 元の世界において、死徒二十七祖という最強の吸血鬼集団の三体を単独で封印、もしくは討伐した最強の代行者が一人。

「ナルバレックだ。」

 埋葬機関機関長―――殺人狂ナルバレックである。

「……」

 無、無、無。

 狂人の謳い文句に対して、しかし蜘蛛は何も示す事は無い。

 ただただ静かに、ただただ冷たく、蜘蛛は獲物を視界に入れる。

 蜘蛛の翠眼が、狂人の体を刺し貫く。

 ぞくり―――と、狂人の背筋に冷水が注がれたような怖気が走る。

 たった一瞬。僅かではあったが、狂人の体が震え出した。

 ―――恐怖。もしくは、緊張。そのどちらかが、それまで何かを恐れた事のない殺人狂の体に流れ込んだのだ。

 狂人は、目を見開いて喜々とした表情を満遍なく顕にする。

 人生初の恐怖。自分史上初の緊張。今まで一度も味わった事のない感情が、一気に訪れてきたのだ。

「いいな―――最高だ。」

 短く、しかし重たい意味が込められた賛美を、狂人はじりじりと歩み寄って来る蜘蛛へと放つ。

 されど、蜘蛛は一切として反応しない。

 今の蜘蛛には、制御も自制も欠片一つとして有りはしない。

 元の姿に戻ってはいないものの。

 地球を喰らおうとしてはいないものの。

 しかし、蜘蛛には加減も容赦も決して有りはしない。

 今はただ―――己が主人を救う為の行く手を阻む小さな虫を、喰らう事しか考えていない。

「…」

 大きな鎌が、ゆらりと動く。

 小さな手で握り締められた大鎌の刃が、狂人の首元を狙いを定め構えられる。

 夜が蠢く。神秘が震える。

 誰もが見る事のない現象。決して敵対してはならない、最悪にして最凶の絶望。

 霊基再臨―――依代の霊基から、より元の状態に近づいた霊基状態。

 水色の瞳は深淵の如き闇が続く深い翡翠色に。

 神秘を纏う事が無かった肉体は、常に海色の神秘が纏われて蠢いている。

 手にする大鎌は前よりも大きく、そして―――この世界のあらゆる物質よりも堅く、柔らかく、気温差に耐え、鋭い性質へと変貌した。

 

 結論から、先に述べておこう。

 これは、決して戦闘などではない。

 これから先に起こるのは、決して戦闘などという立派な事象などではない。そんな名誉なものなどでは、断じてない。

 これから、一匹の蜘蛛が引き起こすのは、ただの―――――――――圧倒的な力による、絶対的な蹂躪だ。




無銘の男(マスター)
連れ去られながらも対策を練ってたらORTが勝手に霊基再臨しちゃった。かなり焦ってる。

ORT(第二霊基)
マスターを取り返すべく、更に強くなる為に自らの霊基に干渉して霊基再臨したワン・ラディアンス・シング。
肉体の性質がORT本来のものへと近付き、強固かつ柔軟かつ鋭利なモノへと性質が変化している。

ナルバレック(機関長)
埋葬機関の機関長にして殺人狂。死徒二十七祖を一人で三体も封印、もしくは討伐したヤベー奴。
しかし今回は相手が最悪である。
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