愛歌(ORT)さん喚んじゃった。   作:全智一皆

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第十七話「選択」

 

 

■  ■

 強い風が、体を通り抜けて過ぎ去っていく。

 冷や汗が止まらない。緊張が体を叩きつけている。

「最悪も良いところだ……これはどっちだ、アラヤの嫌がらせか? それともガイアの嫌がらせか? もしくは両方か?」

「さぁ、どっちでしょうね〜?」

 本気で焦っている彼に対し、その原因である蒼崎青子は余裕綽々の笑みで悪戯っぽく返す。

 魔法使い・蒼崎青子。

 魔術師という枠組みを越え、魔法使いという領域に至った未来の蒼崎青子。

 魔法使いの夜の終盤において、姉である蒼崎橙子との戦いで見せた、『一人前の魔術師』としての姿よりも更に先の姿。

 魔術師としてではなく、魔法使いとして完成した蒼崎青子。

 完全に魔法使いとして仕事をこなす第五魔法の使い手としての、本来在るべき姿の蒼崎青子である。

(最悪だ…本当に最悪だ。月姫の時間まで経験を積んでる青子なら、『逆行銀河・創世光年』も使用出来る…!)

 

 ソロモン王の亡骸を贄に、この世界に生を受けた憐憫の獣は“それ”を目指した。

 逆行運河・創世光年。

 それは人類史3000年の歴史を魔力として変換し、46億年の過去に遡ろうとするという、ある種の魔法に近い行為。

 だが、彼女が行うのは逆行運河ではなく、逆行銀河。

 運河とは、排水や給水の為に人工的に作られた川の事であり、逆行運河とは即ち『人類史3000年という、人類が作り上げた巨大な川を燃料に変換する』という行為であった。

 が―――彼女の場合、行うのは銀河の範囲である。

 魔法使い。根源に繋がっている人間である彼女が行うそれは、人類史という歴史そのものではなく『銀河そのものの時間』を魔力にするもの。

 相手を一空間に閉じ込め、其処に、この地球を含む銀河が発生して今日に至るまでの時間を魔力に変換して砲撃として放つという超弩級の攻撃方法だ。

(正直、蜘蛛としての肉体ではなく人間としての肉体で活動しているORTでも耐えられるか分からない……そして、それは俺もだ。銀河級の攻撃なんて俺には耐えられない…!)

「回路起動―――完全装填。」

 ゴゥンッッッ―――!!!!!!!!!!!

 13本の魔術回路が開き、全てが籠もった鐘の音が夜に轟く。

 大魔術を使う余裕は無い。ここからは、彼女と共に連携して徹底的な抗戦に入る他ない……!

「ORT、前線を任せる! 情けないが、俺は出来る限り君のサポートに徹する!」

「了解しました。サポート、お願いします」

 大鎌は濃霧の怪物を拘束している為、使用する事は出来ない。

 だが、武器など幾らでも作り出せる―――本人である彼女が生きている限り。

 白銀の太い触覚が、彼女の掌から吐き出される。

 ただ太く、鋭い触覚は骨が軋むような音を上げて直ぐにその姿形を武器として正しい形へと変えていく。

 いや―――進化させていく。

 出来上がったのは、大鎌よりやや小さく、しかし少女が持つにはあまりにも不格好な白銀の武骨な大剣。

「そっちがその気なら、こっちも最初から本気で行くわよ!」

 ギラギラと目を輝かせ、蒼崎青子もまた戦闘態勢を取って構える。

 

 夜風と共に、戦いの場に静寂が訪れる。

 互いに静止。だが、一瞬足りとも気は抜けない修羅の場。

 片や笑う者。片や無の者。片や焦る者。

 二対一。マスターとサーヴァントに敵対するは、たった一人の魔法使い。

 だが―――その戦力は、十分以上に恐ろしい。

「―――」

 最初に動き出したのは、ORTだった。

 白銀の大剣を握り締め、力強く地面を蹴って加速する。

 速い。疾い。

 それは正しく砲弾のように、灼熱の意思を込めて魔法使いの体へと大剣を振り下ろす。

「速いけど、甘い!」

 音速で振り下ろされた大剣は、しかし彼女の目的に反して蒼崎青子を切り裂く事はなかった。

 右足を軸にし、体を横に回転させる事で蒼崎青子は愚直なまでに正直な太刀筋で振り下ろされた大剣を回避したのだ。

 そして―――次は、蒼崎青子が拳を握り締める。

「態々そっちから距離を詰めてくれるなんてね!」

 不敵に笑い、蒼崎青子は全身の魔術回路を、使い切る勢いで駆動させる。

 ブォンッ、ブォンッッッ!!!!!!!!!

 まるでスーパーカーに搭載されたエンジンのような激しい快音を轟かせ、蒼崎青子とORTの周囲に魔力が迸る。

 魔法使いとしての蒼崎青子は、サーヴァントを相手取る事が出来る数少ない純粋な人間の一人。

 あくまでも並の宝具を持ったサーヴァントという説明がつくが、しかし宝具を使う事の出来ないサーヴァントともなれば、その話しもまた変わる。

「彼方の彼方まで吹き飛ばす!」

 先手必勝。

 切り札は最初から使い、他に使えるものがあるならば全て使い切る……!

 そうすれば、解析されて対応される前に倒してしまえば、それで十分。

 だが―――

「させるかよ。」

 そうさせない為に、彼女が倒されない為に、サポーターが居るのだ。

 規格外の脚力で以て、彼は音速で蒼崎青子とORTの間に割って入り、蒼崎青子の足元へと拳を振り下ろす。

 ドゴッッッ!!!!!!!

 地面が抉れ、凹み、そして地震の如き衝撃と煙幕の如き土煙が、蒼崎青子へと襲い掛かる。

「うわっ」

 衝撃は意にも返さないが、しかし煙幕の如き土煙は予想外にも効いたらしい。

 蒼崎青子は僅かに目を閉じ、そして彼はその隙にORTを抱えて大きく距離を取った。

「無闇に近付くな、ORT。適切に距離を保つように振る舞え。蒼崎を相手取るなら、接近戦より中距離戦がメインだ。」

「中距離戦、ですか。」

「あぁ。正直、『逆行銀河・創世光年』は未知数だ。例えお前でもタダで済む威力のものじゃないのは確かだ。」

「……」

 物理の外側。銀河の歴史を弾丸とした超電磁砲。もしくは弩。

 何よりの脅威はそれだが、その他にも蒼崎青子の恐れる点など幾つもある。

 魔法使いは皆等しく危険物。何を仕出かすか、何を引き起こすのか分かったものではないのだ。

「距離を取るなら、ご自由にどうぞ? 取れるものならね!」

 破壊の魔弾が空の浮かぶ。

 弾丸そのものが、標準を二人に定めて身を落とす。

 計二十の弾丸。それら全てが、蒼崎橙子のルーン魔術と礼装を破壊する程の威力を持った破壊の権化。

「あー―――クソッ! 本当に、本っ当に! 魔法使いっていうのは面倒な奴しか居ないな!」

 今日初めて、彼は怒鳴った。

 怒鳴るように、他者への愚痴を吐き捨てた。

 同時に、彼もまた同じく弾丸を装填する。

 翡翠の弾丸。童話の怪物すら葬った最速の砲弾。

「魔弾は私が全て落とす! 頼むぞ、ORT!」

「了解。」

 迫真の気魄と信頼を言葉にされ、蜘蛛は鎌を構えて魔弾飛び交う戦場を駆け抜ける。

 蒼崎青子の魔弾は全てが蜘蛛へと飛んで行く。

 まるで意思を持っているかのように。狙っていると分かっているのにそれが不自然だと思ってしまう程に、弾丸は全て蜘蛛を狙っている。

 が、それら全てが悉く撃ち落とされる。群青が、翡翠によって塗り潰されて壊される。

「私の魔弾を凌ぐとか、相変わらずの馬鹿火力ね!」

「そんなこと知るか、さっさと倒されろ! こっちは晩飯も食べてないんだよ! “俺”もORTも空腹なんだ!」

 私情を叫びながら、男は何度も魔弾を放ち、撃ち落とす。

 だが、全てが完璧ではない。魔法使いの放った魔弾の幾つかは、彼女にこそ当たらなかったものの彼の体を掠って彼方へと飛んで行く。

「マスター」

「問題無い! 構わず行け! さっさと終わらせて、ご飯食べるんだからな!」

 そう。男と少女には、世界の命運などという大義は存在しないし持ってもいない。

 この二人は、ただ自分達の家に帰るという、世界の命運に比べれば実に小さくてしょうもない目的の為だけに戦っているのだ。

 家に帰って、夜食を作って、食べて、眠って、明日を迎える。二人が求めるのは、ただそれだけの事なのだ。

 だが、世界はそれすら受け入れてくれない。魔法使いはそんな事すら許してくれない。

 故に、抗う。一人の無銘と一匹の蜘蛛は抗っている。

 些細でも、とても大切な日常の為に足掻いている。

「――狩る」

 蜘蛛が間合いに入る。大剣を構え、鋭い眼光を放つ。

 真横に構えた大剣を、魔法使いの体を両断する勢いで振り払う。

 白銀の大剣は空を裂き、そして一寸のズレも無く水平線を描いて魔法使いの上半身と下半身の間を駆け抜ける。

「甘い!」

 だが、大剣は魔法使いを両断しなかった。

 大剣は魔法使いを“通り抜け”、そしてその時、既に魔法使いの拳は蜘蛛の顔面へと振り下ろされていた。

「――」

 躱す。真正面から振り下ろされた音速の拳を、体の軸を回してひらりと躱す。

 そして分析する。何故、攻撃が当たらなかったのかを。

 解析する。何故、攻撃が魔法使いをすり抜けたのかを。

「―――成程。」

 理解する。何故、攻撃が当たらず、魔法使いをすり抜けたのか。

 第五魔法。攻撃の飽和。時空間のズレ。時間の前借り。債権の書き換え。

 あらゆる特性への対応力と、環境ヘの適応力。そして、それらを可能にする分析力。

 それこそが、ORTの―――否。

 ワン・ラディアンス・シングという種族の特性だ。

 何より――――――

 彼女の依代も、魔法使いの同類だ。

「アナライズ」

「――!?」

 ぞわり、と。

 魔法使いの背筋が凍る。

 そして予感が走る。

「デコード」

 自分の何かが失われるような。

 自分の何かが壊されるような。

 自分の何かが消されるような。

 そんな、嫌な予感が。

「ディセーブル」

 直後―――

 蒼崎青子の力の一つが、失われた。

 

□  □

 第五魔法を使用する事により、蒼崎青子は無制限の魔力と負傷の飽和という副産物を生み出す。

 負傷の飽和というよりも、それは秒単位の時間旅行。

 その時間軸ではない別の時間軸へと秒単位で移動する事によって、数秒間だけ『其処に自分は居ない』という現実を作り出して攻撃を回避するという無茶な御業だ。

 其処に自分が居ないなら、当然自分は怪我しない。そんな状況を、無理矢理に作り出す事が出来るのが副産物だ。

 だが―――

「解析し、排斥し、無効にする。いつだって恐ろしいな、あのスキルは。」

 それは今、蜘蛛の力によって無くなった。

 アナライズ/デコード/ディセーブル。ORTという強敵が使用した、数多のプレイヤーを絶望に陥れたスキル。

 相手のバフを解析し、学習し、無効化させてデバフを課すという最悪のスキルである。

 究極のデバフスキルとも呼べるその力によって、蒼崎青子は副産物の一つを失った―――!

「時間旅行は使えなくなった。これで攻撃の無効化は出来ないな?」

「…本当ね。うわ、これは酷い。最悪も良いところだわ。」

「ORTの攻撃を喰らえばお前もタダでは済まないだろ。……もう諦めろ、蒼崎青子。ORTについてはマスターである俺が責任を取る。それで文句無いだろ。」

「……そうね。でも、アンタが無事でいられる保障はどこにも無いわ。」

 代行者と執行者。敵に回すと面倒極まりない二匹のハンター。

 ORTという極限の単独種が居るとしても、それが必ず彼の安全を保障出来る事には繋がらない。

 執行者と代行者がどれだけ多く居るか。彼女が果たして大勢を一気に相手出来るのか。

 蒼崎青子は、それを知らない。

 対して、彼はそれが出来る方法を知っている。だが、それを使う事は彼女が世界から排除される要因を作る事になる事も知っている。

「アンタや私が良くても、世界はそうじゃない。それにね、私はそいつ一人の所為で私の大事なもの全部が壊されるのは御免なのよ。」

「……」

「……どうしますか、マスター。」

 大剣を構えたままの少女が隣に立つ。

 彼は手で遮るようにし、これ以上は何もしなくて良い、と意思を示した。

「なら、令呪で証明しよう。ORT、良いか?」

「…それがマスターの為になるなら。」

 右手を水平線に掲げ、高らかに。

「令呪を以て、我が星に命じる」

 言い切る前に。

 視界に――――――靄が掛かった。

 体が動かなくなる。自由が“喰らわれる”。

 すぐに理解する。状況を、現状を、絶望を、すぐに頭が理解する。

 濃霧の怪物―――薔薇の猟犬。三個しかない最古クラスの神秘。

 それを解き放ったのは―――

(青子の魔弾か……! ORTの銀糸すら取っ払ったのか……!?)

 彼を掠り、通り抜けた彼女の魔弾である。

 

「猟犬の解除感謝します、最新の魔法使い。お陰で準備が整いました。

セット―――コード・ガルガリン」

 死徒二十七祖の一角、剣僧ベ・ゼの『剣』の原理血戒を利用した大魔術。人類が扱える最大級の神秘。

 星の断頭代。成層圏から振り下ろされる最速最大の神秘の刃。

 地球の分身体であるアルクェイド、その外殻をも破壊した武器の一角。

 成層圏からの贈り物―――罪頸を断つ星の首切り包丁、ガルヴァリア・ガルガリン。

 人の形をしたORT。少女の殻を持った蜘蛛。タダでは済まない。最悪、死んでしまうかもしれない。

 

 ―――動け。

 彼女を助けるんだ。

 彼女だけでも助けるんだ。彼女を信頼しているならば―――早く、動け……!

ぁぁ――――――――――――あ゛ぁ゛ぁ゛ァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」

 雄叫びを上げる。同時に、全体の回路を一気に抉じ開ける。

 ゴゥンッッッッッッ!!!!!!!!!

 隅の隅、端の端まで。有り余る魔力の全てを、体を動かす為だけに稼働させる。

 靄を取っ払って、音速を越える神速で動き出す。

 彼女の背中を押して、前へと突き飛ばす。

 驚愕に染まった彼女の顔が、目に映った。

「マスター!」

 彼女が、手を差し伸べた。

 私は、それを―――

ルート分岐

  • 彼女の手を取る
  • 彼女の手を取らない

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