愛歌(ORT)さん喚んじゃった。   作:全智一皆

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Happy End√
何気ない平和な日常


 

 

■  ■

「……久々に、平和な朝だな。」

 見慣れた白い天井と空気、聞き慣れた時計の音で、私は暗闇に落としていた意識を引っ張り上げ、覚醒させる。

 吾輩は、同居人にしてサーヴァントである彗星のアルテミット・ワンにして根源接続者である「ORT」のお陰で、封印指定から難を逃れた名も無きマスターである。

 起源は無銘。魔術回路は13本。魔術師などという高等な熟考者ではなく、魔術という神秘をただの道具として扱うだけの平凡普通な魔術使いだ。

「…さて、と。」

 ある事情により塞がってしまった右手は動かさず、左手を上手く使って、掛けられた布団を大きく退かす。

 曝け出された体を、冷たい風が撫でる。やはり、とても寒い。季節がまだ冬なのだから、当然と言えば当然ではあるのだけれど。

 だが、それを入れたとしても…やはり、寒いものは寒い。

 しかし、私は朝食を作らなければならない。

 私の同居人の数少ない楽しみの一つである、ご飯を作らなければならないのだ。

 その為にも、今から起きて下準備をしなければならない。

 ので、私の右腕を抱き締めてぐっすりと眠っている同居人を今から起こします。

「ORT、ORT。起きろ、朝だぞ。」

 肩まで伸ばした艶のあるサラッとした金髪の髪と、細くもハリのある体を持った少女。

 私の同居人にした、私が喚び出したサーヴァント。

 

 遥か先の未来、破滅して荒廃しても尚、人類が生き延びた地球に飛来した各惑星における最強の生物達の集団である『アリストテレス』の一体。

 本来の時間よりも早く来てしまったドジっ子にして、型月世界における物理最強の生命体。

 彗星より飛来した極限の単独種。究極の単一個体。輝ける一つの存在―――その別個体。

 本来の存在よりも更に早く南米に墜落し、そして勇者王によって心臓を抉られた星を喰らう大きな蜘蛛。

 一年の時と異星の神、その分霊の心臓を得て復活し、長い戦いの果てに倒されてしまった絶望の象徴。

 ソレが、別の世界において開催された聖杯戦争の勝者にして『』に繋がった、少女の形をした全能を依代とした英霊。

 ワン・ラディアンス・シング――――――ORTである。

「んっ……もう、朝なのですか……」

 目を擦りながらも、しかし彼女が私の右手を離す事はない。いや、離してほしいんだけど……。

 抜こうとしても、力が強くなって抜けられないのでどうしようまないのである。

「おはようございます、ますたぁ……」

 まだ眠気が抜けていないのだろう。柔らかく小さな声で、ORTはおはようと言う。

 可愛いな、と思いながらも、しかし私は彼女の為に、台所に行かねばならないのだ。

「おはよう、ORT。そろそろ朝食を作るから、手を離してくれないか?」

「……イヤです」

「えぇ……?」

「今日は…まだ寝ましょう。」

「そうは言ってもな…私は仕事があるんだが…」

 困った様に頭をかきながら、私は悩む。

 

 私はORTの手を取り、奇跡に等しく何とか『ガルガリンの星』を避ける事が出来た。

 それからは色々と危うかった。彼女が真名開放し掛けてしまった時は本気で焦った。

 恐らく、アラヤとガイアの狙いはそこにあったのだろう。

 彼女が自身の力を使い、蜘蛛へと戻る事。そうすれば、ORTを確実に殺す事が出来る唯一無二の人間である「騎士」を呼ぶ事が出来るのだから。

 だが、そうしなかった。そうさせないように尽力した。その結果、平和を手にする事が出来た。

 ORTに秘められた危険性の進化が続く事、そのトリガーが私の死である事を理解した魔術協会と埋葬機関は、苦渋の決断として封印指定執行は取り消してくれた。

 蒼崎青子には私の令呪が如何に大きな力であるかを認識させた、その絶対性を教えた。また、私が見た夢の事についても教えた。

 マスターがサーヴァントの夢を見る事は、別に珍しい事ではない。だが、そのサーヴァントが異次元の存在であるならば話しは全く別だ。

 クラスがフォーリナーであるなら、尚更。これがアビゲイル・ウィリアムズだったならSAN値激減で発狂ものだ。

 その信憑性が確かである事は、私自身がよく知っているのだから。

 …まぁ、閑話休題。

 私とORTは平和を掴んだ。確かな日常を、この手に掴み取ったのだ。

 私は仕事がある身だが……

「――そうだな。今日くらい、良いかな。」

 やっと手に入れた、平和なのだから。

「あと少しだけだぞ?」

「はい…おやすみなさい、マスター。」

「あぁ。おやすみ、ORT。」

 

□  □

 青色の綺麗な花々が咲き誇る花園が、大きく幻想的な神秘の城を強調させるように彩っている。

「……」

 花園に倒れている体に力を込め、体を起こす。

 視界は良好。意識も、一変の濁り無く清々しい。

 此処が何処であるか。自分が何故、此処に居るのか。そんな事は、無銘の男は既に分かり切っていた。

「千年城―――ブリュンスタッド。」

 千年城ブリュンスタッド。

 真祖の姫、吸血鬼の原型となった月の王の新たな形となる地球の分身体―――アルクェイド・ブリュンスタッドの空想具現化によって顕現される彼女の居所。

 空想具現化。マーブル・ファンタズム。

 固有結界の対極。生まれながらの吸血鬼・真祖が『星の触覚』というある種の精霊のような存在であるが故に、自らの意思と星を直結させて思うままに世界を変化させる事が出来るという、神秘の御業。

 それによって作り出された世界、或いは夢の中における中心に、男は居たのだ。

「あ、起きました? 良かった、もしかしたら起きないんじゃないかって心配しましたよ。」

 背後から、生前から聞き覚えがある声がした。

 何故、彼が此処に居る? という疑問は浮かんだが、しかしそんな疑問よりも彼をこの目で見たいという欲求に駆られ、男はすぐに後ろを振り返った。

 

 青色の制服を身に纏い、眼鏡を掛けた“外見普通”の男子高校生。

 しかし、その実態は万物の綻びを直視する事が出来る特殊な瞳である「直死の魔眼」を持った、退魔四家の内の一つである七夜の当主であった「七夜黄理」の息子である。

 魔を殺す者―――アルクェイド・ブリュンスタッドを殺害した張本人。

「遠野志貴……」

「やっぱり知ってるんですね。はい、遠野志貴です。こうして会うのは初めてですね、無銘さん。」

 月姫の主人公―――遠野志貴である。

「どうして、君が……まだ、時系列的に月姫は始まっていない筈なのに…」

「まぁ、これはあくまで『一時の夢』ですから。本来なら居ない俺も、此処に居るんです。……まぁ、居るというよりは連れて来られたの方が正しいんですけど」

 呆れた様な顔をして、はぁ…と、遠野志貴はため息を吐く。

 あぁ、なるほど。と、男は察した。どうやら、彼もまたお転婆なお姫様に連れて来られてしまったらしい。

「あ、起きてる! おーい、こっちこっちー!」

「マスター、こちらです。」

 お転婆な真祖とドジっ子な最強が、此方に手を振っている。

 片方は笑顔で。片方は無表情で。その容姿も相まって、その姿は何処となく姉妹のようだった。

「ORTまで…」

「あいつ曰く、『似た者同士、恋バナってのをしましょう!』らしいです。」

「恋バナ……恋バナか。アルクェイドらしいな。」

「でしょ?」

「あぁ…まぁ、私は君や彼女と比べれば、特に進展も無いし、何なら付き合ってすらいないがな。」

「え、そうだったんですか?」

「まぁ…今はまだ、な。とりあえず、先輩として、色々と話しを聞かせてくれ。」

「波乱ばっかりですど…それでも良いのなら。」

 笑いながら、少年はそう保険を掛けて言う。

 それに対し、男もまた笑って返した。

「波乱なんて、『型月(この世界)』じゃお約束だ。もう慣れたさ。」

 

 二人の男と二人の乙女は、その日、互いの話しをした。

 色々な、日常の話しを。


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