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吾輩は無銘のサーヴァントである。名前など無い。
ORTとの食事を終えた後、彼女と話し合って“とある作戦”を建てた私は、彼女と別れて藤丸の目覚めを待っていた。
作戦と言っても、結論から言ってしまえば別に裏切りの計画という訳ではない。寧ろ、その作戦は藤丸達を手助けする為のものであり、この特異点攻略に欠かせないものだ。
危険でないという訳でもないのだが…そこに関しては、その時に納得してもらう他無い。そうでもしないと、そうでもしてくれないと、この特異点の攻略は不可能だ。
まぁ、その特異点を生む原因となった私が、今更何を言っているんだと言われてしまえば、それまでの事ではあるのだが。
「んん……あれ、無銘さん…」
「起きたか。おはよう、藤丸。よく眠れたか?」
そうこう色々と考えていると、遂に我がマスターが目を覚ました。もう一日が経ったぞ、マイマスター。
まぁ、空が空なので朝なのか夜なのかは全く分からないし、何なら時計も正確に動いているのかどうか確証を持てていないのだが。
自分用に淹れた珈琲のカップをテーブルに置き、降ろしていた腰をゆっくりと上げて立ち上がり、私は軽い足取りで台所へと向かう。
「ココアを淹れるから、少し待っていてくれ。」
「ありがとうございます…」
あぁ…やはり、彼女は普通の女の子なのだなと、未だ眠たそうな彼女の声に、私はこう思わずにはいられなかった。
世界を救った英雄なんて、荷が重い。世界を壊す悪役なんて、荷が重い。彼女はどこまでも普通な、ただの女子高生だ。そうだった筈なんだ。
ただの子供が背負うには、あまりにも重た過ぎるその在り方。普通から逸脱していく異常な生き方をせざるを得なかった状況に陥った結果から成った在り方。
そう考えると―――駄目だと分かっていても、彼女をこのまま此処に置いた方が良いのではないか、とも思ってしまう。不躾にも救いたいと、思ってしまう。
「ミルクココアだ。残念ながら、私はエミヤの様に料理の腕は高くないのでインスタントだが、我慢してくれ。」
「いえいえ、出してくれるだけでもありがたいですよ!」
「なら良かった。…思い返せば、ココアに関しては、ORTにも出した事がなかったな。」
「えッ……それ、私、大丈夫? また嫉妬で殺されたりしない?」
「……まぁ、食べ物の恨みは恐ろしいと言うしな。いや、この場合は逆恨みか?」
「怖いよ!」
そうは言われても、仕方ない事なので私から何とも言えない。残念な事に。
というか、ココアのみならず、私はORTにインスタント系の食料を振る舞った事がないのではないだろうか?
基本的に料理は全て私が作っていた訳だし、合田教会に居候させてもらっていた時も私や唯架さんが共に作業して作っていたのだ。
全てが手作りで、インスタント系の料理を出した事は無かった。
「偶にはインスタント系の料理も出した方が良かったのか…?」
「驚きはするけど、『マスターのご飯の方が美味しいです。』って言いそう。」
「ほぼ初見であるにも関わらず解像度が高いな。」
「なんか、無銘さん全肯定な気がして。」
「いや、そんな事はないぞ? 彼女だって、私に意見する時は意見していたよ。過去にゼルレッチの爺さんと戦った時がそうだな。」
「へぇ…そのゼルレッチ?って人は凄い魔術師なの?」
「……………………そうだな。良くも悪くも、凄い人だよ。」
「凄い間があったね…」
長く考えた末、私はそう答えた。長く、ながーく間を開けて、悩みながら答えた。
確かに彼は凄い。それこそ、魔術世界における偉人と呼んでも良いくらいに偉く素晴らしい功績を持った男だ。
だが、現実における偉人と同じ様に、彼もまたある種の変人だった。
善を嗤い、しかし悪に義憤するという不思議な性格の翁だ。時を止める事が出来る霊的存在を操る高校生の様な性格をした老耄だ。
そんな彼は、やはり良くも悪くもと言うべき存在である。
まぁ、名前的にも存在的にも『無銘』でしかない私が、あれだこうだと偉そうに言える立場ではないのだが。
「…まぁ、取り敢えず。今は現状況の再確認だ。
「レイシフトした私達は、本来の場所からズレた所に転移した。恐らく、マシュとカドックの二人は正しい場所にレイシフト出来た筈だ。
「しかし、安全であろう二人とは真逆に、私達は特異点のボスとも呼べるORTと接触した。それも、私達の想像を遥かに上回る存在となっていた。それこそ、総力戦を挑んだとしても絶対に敵わないと理解してしまう程の絶望だった。
「私は強化魔術を使い、ORTから逃げ出して、此処へと逃げ込んだ。そして、それが今という訳だが…問題なのは、此処からどうするかという、これからの展開についてだ。
「ジンによる通信阻害で連絡が取れない以上、私達が動かなければ、彼等も私達の事を見付けられない筈だ。仮に見付けられたとしても、それはかなり先の話しになるだろう。
「いや、寧ろ私達が探さなければならない状況にあるのかもしれないな。ジンの存在があるのだから、彼等も自由に動く事は出来ていない筈だ。ダ・ヴィンチならば恐らく、ジンが危険なものである事をすぐに理解して指示を出してくれてるだろう。
「だが、危険なのは私達も同じ事だ。ORTに存在を知られてしまった以上、私よりも君の方が危険だ。それに、ジンの事もある。私の強化魔術があっても、正直に言ってジンに完全なる耐性を得られるかどうかは分からない。
「まぁ、長々と説明はしたものこ…簡単に言ってしまえば――――――かなり詰みの状態という事だ。」
あぁ、なんて分かりやすい状況だ。
私にとっても、“彼女”にとっても――――――詰みだ。
□ □
時間は少し前へと遡る。
まだ藤丸が起きておらず、そして私とORTが久々の食事を終えた後の事だ。
久しい再会を遂げた元マスターの私と元サーヴァントの彼女の間に有ったのは―――
「…」
「……」
互いに、沈黙だった。静寂のままだった。
私としても、正直に言って気不味く感じている。だって逃げたし…彼女の前で、別の少女を抱いて逃げちゃったし。
面目ないというか、申し訳ないというか…何と言うべきか。
しかし―――
「…大きくなったなぁ」
そんな感想が、出てきてしまった。
「…そうでしょうか?」
「あぁ。本当に大きくなった。そうだな…女子高生ぐらいか? 子供っぽさが無くなって、大人っぽくなった。」
「―――はい。私も、大きくなりました。でも、マスターは変わらずですね。」
「まぁ、私はもう大人だからな。それに、英霊になってしまった以上、私は全盛期の姿にしかなれないから、変わる事はないんだ。まぁ、霊基再臨をすれば、もしかしたら変わるかもだが…正直、想像がつかん。」
「私も、マスターが変わる様は想像出来ません。霊基再臨をしても、衣服が変わるだけ…という可能性が高いと予想します。」
「あぁ…確かに、そうだな。しかし、私はこの服以外を着ていた事はあまりないぞ?」
「そうなのですか?」
「あぁ。私は幼少期から、まんまこの服装だったよ。大人になってから、自分のサイズに合った同じものを買い直したというだけだ。」
「…そうなのですか。少し残念です。衣装の違うマスターも見たかったのですが…」
「あはは…私なんかが衣装を変えても、別に何の見栄えも得もないだろ?」
「あります。私にはあります。いえ、私“にしか”得はありません。」
「うーん…ありがたいと言うべきか、それとも悲しいと言うべきか…どうせ格好良いと思われるなら、多くの人に思われたいがな。」
困った風に笑いながら。しかし、とても楽しそうに…いや、実際に楽しかった。
私は、ORTとの雑談が楽しかった。元従者との久しぶりの雑談が、会話が、とても楽しかったのだ。
だが―――
「さて…ORT。此処から、別の話し合いをしよう。」
「……マスター、私は」
「平和的に終われるなら、どれだけ良かったかな。でも、残念ながらそうはいかない。しかしね、ORT。私は――――――」
君だけを死なせるなんて事は、君を孤独に追いやるなんて事は、絶対にしない。
同じ主犯なら、今度こそ最期まで――――――
無銘(自■■願■)
唯一人の少女を最期まで苦しめた。共に逝く事を許さず、孤独で生きる事を強要させた。
決して許されない/自分が許さない。
許してはいけない/自分が許さない。
その手で償うべき/償わなければ。
今度こそ―――残さずに、共に。
ORT(普通の少女)
私はただ、貴方と幸せになれるなら、それで良いのに。