■ ■
吾輩は紅茶を嗜むサーヴァントである。名前など無い。
私は藤丸、アルクェイドと共にティータイムを楽しんだ後に、ようやくマシュ達の探索へと赴いた。
本来なら私達も転移するべきだった場所―――魔女の家。それ即ち、旧久遠寺邸だ。
蒼崎青子、久遠寺有珠、静希草十郎の三人が住んでいた場所であり、三人の帰るべき場所だ。
ストーム・ボーダーからこの三咲町全体を観測した結果、侵食濃度が最も低い場所である久遠寺邸へと転移する手筈となった。
まぁ、私と藤丸は失敗してしまったのだが…しかし、あの二人は成功している筈だ。
マシュ一人だけでなく、魔術師であるカドックも居るのならば、安心も出来るだろう。
とはいえ、完全に安心出来るという訳でもない。何故なら、あくまでも侵食濃度が低いというだけであって、決してゼロではないのだから。
低くとも、少なくとも、ジンはジンだ。
微量であろうとも、人間の体に莫大な被害をもたらす危険物質に変わりはない。
「ほんっと、此処って静かねー」
「まぁ、人が居ないからな。当然だ」
「だとしても静か過ぎでしょ。敵すら居ないじゃない」
退屈ー、と言わんばかりの不満げな顔を浮かべるアルクェイドだが、こちらとしてはその方がありがたい。
私は別に強いサーヴァントという訳でもない。無数の敵が現れれば、マスターである藤丸を護りながら戦える自信は無いに等しい。
強化魔術を使用してギリギリ…といったところか。いや、この特異点の敵なら私の手に負える強さなんてしていないか。
ORTの侵食が行き届いている上にジンが漂う世界だ。そんな世界で生きている生物など、“亜麗”に他ならない。
亜麗―――その正式名称を、亜麗百種。鋼の大地に登場する、ジンによって新たに誕生した霊長類達の事だ。
ジンが漂う環境に適応し、荒廃した惑星での生存能力を獲得した霊長類。即ち、最新の系統樹。
ジンを含む彼らの戦闘能力は凄まじく、その強さは藤丸もよく知っている。
亜麗とは似て異なる者―――亜鈴。第六の異聞帯で、彼女はそれと対立しているのだ。
「敵が居ないに越した事はないんだ。アルクェイドならば兎も角、私や藤丸では亜麗には勝てそうにない」
「亜麗…? 亜鈴百種とは違うの?」
「まぁ、違うと言えば違うが…強い事に関しては大して変わらないよ。どちらも人の手に負える相手ではない…それこそ、アルクェイドの様な真祖にしか相手取れない存在だ」
「まぁ、間違ってはいないかもね。でも、幾ら私でも鋼の大地じゃ相手取れないわよ? 星が死んじゃってる訳だし」
…あ、確かに。そう言われてみればそうだ。
真祖とは星の触覚。アルクェイドが夜に無敵となるのは、星からのバックアップがあるからこその話しだ。
だが、鋼の大地はそうならない。バックアップしてくれる星が、既に壊死してしまっているのだから。
…あれ、もしかしてこの特異点でもアルクェイドって危ない?
「まぁ、バックアップは期待出来そうにないわね。そうなったら貴方に頼るしかないわね、丁度良い魔術回路持ってるし」
「……まぁ、そうだな。私の魔術回路なら、アルクェイドのサポートくらいなら出来るだろう」
といっても、使えるのは強化魔術と変化魔術だけなのだが。
何なら変化魔術は碌に扱いこなせていないから、実質的には使えるのは強化魔術だけである。
何とも情けない話しだ。
「私は?」
「無理ね」
「無理だ」
「二人から即答された…」
だって事実だし。
そもそもとして、彼女は真祖の事についても詳しく知らないのだ。
そんな素人がアルクェイドのサポートをしたら、すぐに魔力切れを起こして気絶するに決まっている。
もしくは―――死ぬかもしれない。
「真祖のバックアップが出来る人間なんて、そう居ないんだからね? 十全なバックアップが出来るのなんて、この人かゼルレッチのお爺ちゃんぐらいなんだから」
「無銘さんってさ、本当に現代を生きる人間だった? 最初からサーヴァントだった訳じゃない?」
「まさか自分のマスターから疑われる事になるとは思わなかったな…人間だったよ、私はちゃんと。ただ少し魔術回路と起源が特殊だった、というだけの事だ」
「アルテミット・ワンと過ごせてる時点で普通じゃないのよ。この人はそういう所の自覚が足りてないんだから」
「それは私に限らず、藤丸や遠野くんにも言える事じゃないか?」
「志貴は良いの!」
「相変わらずの甘い意見をありがとう」
アルクェイドの遠野くんに関する話しは、いつ聞いたって砂糖の味がします、はい。
だが―――同時に、複雑な感情を抱いてしまう事もある。
こんな甘い関係ではなくとも…私とORTも、私が間違っていなければ、それなりの関係になれていたのではないか、と。
要するに、後悔だ。自分が選択が間違っていなければ、とか。もっと別の事を考えていれば、とか。
変えられない、変わる訳もない過去の事を、どうしても考えてしまう。
情けないのは分かっている。選択をしたのは自分だ、私自らを生贄にしてORTを生き永らえさせようという答えを選んだのは私自身だ。
だからこそ…自己犠牲が間違っていると理解してしまったからこそ、悔やみが止まらない。
「…でも、だからと言って、今更止まれない」
かつて間違えてしまったなら、次こそは。
私と彼女の両方が、共に道を歩める選択を―――
無銘(解答者)
彼女を助けた事に悔いはない。けれど、彼女を助ける手段が自己犠牲であった事は、悔いるべきだ。
私が自らを捧げる様な答えを選ばなければ、きっと―――