愛歌(ORT)さん喚んじゃった。   作:全智一皆

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第三話「何でも屋」

 

■  ■

 吾輩は三咲町に住むマスターである。名前など無い。

 我がサーヴァントにして同居人の彗星最強の生物ORTを家に置き、三咲町の市内へと出た私は、現在、自分の仕事場へと向かっていた。

 私は魔術使いであるが、別に魔術を使って仕事をするという訳ではないし、何なら“仕事”というのは別に裏稼業的な危ないものであるという訳でもない。

 私としては、本当に極々一般的な仕事をしているつもりである。いや、他の人からしても普通の仕事である筈だ。

 まぁ、珍しい仕事と言われればそれまでではあるのだが。自分でも、やっている仕事が世間一般的な視点からすれば珍しい仕事である事は理解している。

 では、私がしている仕事とは何か?

 私がしている仕事、それは―――

「今日も来てくれてありがとうね。それじゃ、さっそく手伝ってくれるかい?」

「はい。」

 『何でも屋』―――である。

 そう、何でも屋。文字通り、『依頼を請ければ、どんな事でも致しますよ』という仕事である。

 引っ越し業者や荷物が詰まっている人の手伝い、はたまたコンビニやスーパーの荷物の解きや移動、運搬など。

 文字通り、なんでも。兎に角、なんでもやる。

 それが、私が営む仕事である。

 今回の仕事は、引っ越し業者の手伝いとコンビニの商品の運搬、ある山奥に有る屋敷の電球交換と修理の三つである。

「しかし、何でも屋さんは凄いね。今日は三つも仕事があるんだろう?」

 荷物が詰め込まれたダンボールの箱を持ち上げ、家内へと運びながら、依頼主の業者さんが私に話し掛けてくる。

 凄い、と言われる程の事でもないのだが、まぁ、褒められるのは悪い事ではない。

「ありがとうございます。でも、今日は少ない方ですよ。多い時は五つですから。」

 数字的には二つ増えただけのものだろうが、しかし、それが仕事であるならばと考えてみれば、どうだろうか。

 仕事が五つだ、五つ。

 基本的に、一個するだけで疲れるだろう労働が五つも有った時に比べれば、三つなど少なく、安いものである。

 無駄に体力が有る私としては、五つ程度ならばそこまで苦ではないが、一般人からすれば、五つの仕事をこなすというそれは、凄いと賞賛される程の事なのだろう。

 賞賛は良い。褒められて嫌な事など、滅多に無い事だと私は思う。

「よいしょっ、と。」

 腰を降ろし、荷物が詰め込まれた重たいダンボールを一階のリビングに置く。

 体力は有るが、しかし力が有るという訳ではない私にとって、やはり引っ越しの荷物というのは実に重たいものだ。

 いったい何を詰め込めば、こんなにまで重たくなるのだろうか…?

 まぁ、勝手にダンボールの中身を拝見するのは犯罪に成りかねないのでしないが。

「ごめーん、タンス運ぶのも手伝ってくれるかい?」

「勿論。右持ちます」

 トラックから出されたタンスを業者さんと二人で、タイミングを合わせて持ち上げる。

 ずしっ、と、重力に押し潰される感覚と似たような感覚が腕に襲い掛かってくる。

 木材の直角が手に食い込む。あぁ、懐かしい感覚だ…教科書ばかりが入った机を運ぶ時も、こんな感じだったような気がする。

 重荷を持ちながら玄関を越え、廊下を渡って右側の個室へと入っていく。

 此処は自室になるのだろう。でなければ、タンスなんて持ってこないだろうし。

「じゃ、降ろすよ。」

「はい。」

 ゆっくりと腰を降ろし、タンスと床で指を挟まぬように慎重に降ろしていく。

 このタンスで指を挟まれてしまえば、それはもう痛いのレベルでは済みそうにない激痛になるだろう。

 最悪、潰れる。

 それこそミンチになる。

 潰れたソーセージのようなグロテスクになるかもしれない。

 そう思うと、そう考えると、私はそれだけで顔を青くした。

 それだけは御免被る。私、治癒魔術は習得していないので。そういった怪我は専門外なのだ。

 というか、専門外でなかったとしても、そんな怪我だけは負いたくないものである。絶対に。

 そんな怪我を負えば、どれだけ苦労するか。

 両手が使えなくなったら、私はどうやって、我が家に住み着く可愛げな本体と依代共に最強のサーヴァントの腹を満たせと言うのだ。

「よし、あらかた片付いたかな。お疲れ様。じゃ、これ報酬ね。」

 タンスを置き終え、その他の荷物も置き終えた私は、業者さんから二万円札を渡される。

 …あれ、なんか多くない?

「今日はいつもより手伝ってもらったからね。それに、この後も立て込むんだろ? サービスさ、サービス。」

 笑いながらそう言ってくれる業者さんに、私は頭を下げて感謝した。

 何と素晴らしい…! これだけで、今日の食費が賄える…!

「そんな嬉しそうにしちゃって。そんなに金欠だったかい?」

「いえ、一応、それなりに残ってはいるのですが…」

 さて、どう答えたものか、と私は頭を悩ませる。

 彼女の事を何と言えば良いだろうか。妹? いや、駄目だな。あまりにも似ていない。

 であれば、何だ。子供か? 孤児とでも言うべきか?

 …それはそれで、彼女に失礼なような気もするな。

 私は悩みに悩み、そして―――

「親戚が泊まっていまして。その子がまぁ大食いで…」

 親戚という、曖昧な表現にした。

 うん、まぁ、妹とか孤児よりはマシだろう。うん、そうだ。そう思う。そして彼女に文句を言われたら謝ろう。

 大食いなのは事実なので、別に訂正する必要は無いだろう。だって本当の事なのだし。冗談抜きで。

 もしかすれば、あの騎士王よりも腹ペコだ。

 

 私は業者さんと別れ、次の仕事場所に向かいながら、彼女は大丈夫だろうか、と心配を抱いた。

 …訂正、正確には家の冷蔵庫や食料が食べられていないか、だ。

 

□  □

 時刻は夕頃になり、私は現在、最後の仕事である、ある洋館の電球交換と修理を終える為に、その洋館が有る山、その森の中を歩いていた。

 魔女が住んでいるとも噂されているその洋館を、私は知っていたりもする。

 何せ―――それは、その噂は、本当の事であるからだ。

 魔女が住んでいるという根も葉も無い噂は、真実なのだから。

 私は、魔術使い。

 ただ己の道具が如く、魔術を扱うだけの人間。

 魔術回路がたった13本しかない、強化魔術や変化魔術といった、魔術師が努力すればすぐに習得する事が出来る魔術しか使う事が出来ない、ただの魔術使いだ。

 しかし、それでも、そのような魔術師ですらない人間であろうとも、私は魔術を知る者だ。

 魔術。古き神秘、現代社会において腐りかけた大いなる術、人が扱える薄れた神秘。

 魔法などとは比べるべきではない、人の限界。人が人であるが故に成す事が出来る事象の到達点。

 魔法は、もはや人には絶対に再現不可能な真の神秘にして奇蹟そのもの。

 対して魔術とは、人の手によって再現する事が出来てしまうもの。

 例えば火を起こす魔術があったとしよう。これも、昔は魔法と呼ばれていた。

 だが今となっては、人間はマッチやライターやらで魔法なぞ使わずとも火を起こせるようになった。

 次第に、これは魔法とは呼ばれなくなった。

 まぁ、そんな長い話を今から続けても意味など無いので、ここまで。

「さて、着いたな。」

 森を抜けた先、私は小綺麗な洋館へと辿り着いた。

 いつ見ても、大きな屋敷だ。同時に今でも思う。

 “これ、絶対に三人だけで住むような規模の屋敷じゃない…”と。

 さて、それでは屋敷にお邪魔しよう。

 そう思い、扉の前へと歩み、ノックをしようと手を上げようとする。

「こんにちは。」

 そうしようと思ったが、背後からした挨拶の声を聞き、それを止める。

 振り返ると、其処には学生服姿の、首に包帯を巻いた青年が立っていた。

「“静希”くんか。こんにちは。まぁ、今は夕方だから、どちらかと言えばこんばんはが正しいけど。」

「む、そうでしたか。では、こんばんは。」

 間違いを正し、改めて挨拶の言葉を投げる彼の名前は、「静希草十郎」。

 この屋敷の住人の一人にして、型月世界において『YAMA育ち』という分類に当てはまる“逸般人”の一人である。

「もしかして、電球の交換ですか? 態々、すみません。」

「良いさ、仕事だからな。まぁ…一々こんな事を頼む必要あるか? とは思うがな…」

「蒼崎ですから。」

「だよなぁ…」

 依頼主の愚痴を呟きながら、私は静希くんと共に屋敷へとお邪魔する。

 まぁ、静希くんにとっては此処が家なのだけれども。

 屋敷の中身は、やはり綺麗。清掃が行き届いているのは、実に素晴らしい。杜撰な私も見習いたいものだ。

 靴を脱ぎ、スリッパを履いて少し歩けば、階段から淑やかな足音が聞こえた。

 足音すらも淑やかな、教育された歩き方。

「…いらっしゃい。」

 この屋敷の主にして、この世界における“最後の魔女”―――「久遠寺有珠」の登場だ。




名も無きマスター(何でも屋)
職業が何でも屋である事が発覚した、ORTのマスター。
今回は三つの仕事を請け負った。
その仕事柄、三咲町のほぼ全員と知り合いである。

静希草十郎(YAMA育ち)
型月が誇るYAMA育ちの一人。というか時系列にYAMA育ちの初代みたいなもん。
彼や同居人も名も無きマスターに依頼した事がある為、顔見知り。

久遠寺有珠(最後の魔女)
最後の魔女と呼ばれる凄い人。第一魔法の使い手を祖先に持ってるマジで凄い人。
魔術使いとしての名も無きマスターの事を知っている数少ない人物であり、名も無きマスターがどのような人物なのかも知っている。

蒼崎青子(魔法使い)
現存する魔法使いの一人。だが魔法を使おうとはしない。
こと破壊と魔力の使い方に関しては優秀である。彼女もまた、魔術使いとしての名も無きマスターの事を知っている人物の一人。

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