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吾輩は依頼を受けれでば何でもする『何でも屋』である。名前など無い。
引っ越し業者の手伝いとコンビニの荷物運搬の仕事の手伝いを終え、今日の最後の仕事である洋館の電球修理と交換を終える為に、私は件の洋館へと辿り着き、お邪魔していた。
「…久しぶり。」
「あぁ、久しぶりだね、久遠寺さん。電球を変えなきゃいけない場所は、静希くんと蒼崎さんの部屋だったね?」
「えぇ。宜しく」
「了解。」
会話を済ませ、私は仕事を終える為に静希くんの部屋が有る場所へと上がっていく。
澄んだ階段の音は、驚く程に綺麗に耳の中に入り込む。全く、本当に素晴らしい洋館だよ、此処は。
アインツベルンの屋敷はどちらかと言えば城だから、この久遠寺邸が最も屋敷らしい屋敷と言えるだろう。
何せ、この屋敷の主人である久遠寺有珠は保守的に「変わる」事を嫌っているのだから。
自分の所有物に対しては強い思い入れがある彼女にとって、母親の形見である『童話の怪物』と同じくらいに、この屋敷は大切なものなのだ。
両親の形見である洋館に危害を加える相手には容赦のない怒りを向け、また洋館にそぐわない生活様式を改めさせるなど、格別の執着心を見せている。
シャンデリアの電球の交換じゃなくて良かった…あれは本当に疲れるし、壊しでもすれば彼女に殺されかねない。
「そう言えば、気になった事が。」
「ん? なんだい?」
静希くんの部屋の電球を変える為、脚立に乗って電灯を調べている私に、静希くんが気になった事があると問い掛けてきた。
仕事の事だろうか?
「何でも屋さんの名前を聞いていなかった。」
思い出した、といった表情を浮かべながら、静希くんは、私には良い答えが出ないその言葉を、私に放つ。
名前。物や人物に与えられた言葉のことで、対象を呼んだりする際に使われるもの。魔術的な意味でも重要視される概念だ。
名前…名前か。
「…名前、ね。」
さて、どう答えたものだろうか。
名前は無い、と答えれば良いのだろうが、恐らくその後には、
「? 何故、名前が無いんですか?」という、純粋故の疑問が返ってくる事だろう。
私には名前など無い。それが何故なのかと問われても、“それが私という存在であるから”としか答える事が出来ない。
静希くんが魔術師であるならば別に細かく話しても良いのだが、残念ながら静希くんは魔術師ではない。YAMA育ちである。
私は悩み、そして―――
「私には“名前”なんて無いよ。生まれた時から、ずっと名前は無い。」
少し強めの口調で、名前など無いと言い放つ。
私の口調が強めである事、また名前が無いという部分の強調で、私がその話しをしたくないという意思を受け取ってくれたのか、静希くんは「そ、そうですか。」と、少し戸惑いながら納得してくれた。
ごめんね静希くん。でも、こうでもしないと君、質問止めないから…YAMA育ちだから。いや、この際にはYAMA育ちは別に関係無いか。
久遠寺さんに聞くよう促しても良いのだけど…まぁ、別に私が促さなくとも自然とそういう話しの流れになるだろうし、別にしなくても良いか。
取り敢えず、私はさっさと仕事を終わらなせなければならない。何故なら、家では彼女が待っているのだから。
腹を空かせているだろうか。それとも、眠っているだろうか。…最悪、勝手にどっか行ってるかもしれない。
そう考えると、私は自然と電球を回す速度を早めた。
早く帰らなければ、何かやばい気がしたから。
「よし」
静希くんの部屋の電球を交換し終えた後、私は少し早歩きで蒼崎さんの部屋に入り込む。
無人。部屋の主は、何処にも居ない。
実に好都合。もし居たとすれば絶対に話し掛けられる。正直、会話をしている暇すら見いだせない程に、私は結構、いやかなり、焦っていた。
ORTだぞ? 一つの惑星の最強生物だぞ? 幾ら少女の体を依代にしているとは言えども、サーヴァントなのだぞ?
腹を空かせているだけならば、まだ良い。
ただ眠っているというだけならば、それの方が良い。
だが、もしも外に出ていたとしたら?
街に繰り出していたら? もしも不審者が居たとしたら?
あぁ、そんな事になれば―――“不審者が絶命してしまう…!”
そう、私は彼女の事を心配している訳ではない。
私が心配しているのは、もしも彼女が外に出ていた場合、彼女を少女と見て襲い掛からんとする不審者の方だ。
「あら、来てたのね。いらっしゃい。」
「うわぁ…」
「ちょっと、うわぁって何よ!?」
おっと失礼、本音が漏れた。
私がいざ電球を素早く交換しようとした瞬間、扉が開かれ、この部屋の主人が姿を現した。
現存する魔法使いが一人、されど決して魔法を使おうとはしない魔法使い。
こと破壊と魔力の使い方に関しては優秀な半人前の魔術師―――「蒼崎青子」である。
「悪い。だが、急ぎでな。」
「急ぎ? なんか用事でもある訳?」
「親戚が家で待ってるんだ。子供のな。」
「ふーん…“無銘”のアンタに親戚ねぇ?」
此方を訝しむような視線を送る蒼崎。
まぁ、そうするのも無理はない。だが、事実として付き通らせてもらおう。
「確かに俺は“無銘”だが、それでも血族が居ない訳じゃないぞ。」
「血族って言い方は誇張し過ぎよ。私だって、あんたに家族が居るくらい知ってるわよ。」
まるで私がそういう事を貴公にしないような言い方じゃない…と、若干不機嫌そうにしながら蒼崎はそっぽを向く。
機嫌を損ねてしまったのは悪いとは思うが、しかしそれを気にしていられる程の余裕など、今の私には無かった。
電球がちゃんと機能しているかを確認し、私は脚立から降り、脚立を畳んで治す。
「ふぅ…これで、仕事は終了だ。」
「そ。ありがと。じゃ、はいこれ。」
そうして、私は蒼崎さんから三千円を渡された。
まぁ、ただの電球交換なのでこれぐらいだ。というか依頼料は設定されている訳なのだし。
その料金を設定したのは、社長的立場に立つ私なのだけど。
まぁ、閑話休題。
私は脚立を外に直した後、三人を別れを告げて、家への路を歩み始める。
時刻は、七時。夜に当てはまる時間だ。
「…このまま普通に帰っていたら間に合わない、か。」
此処から普通に歩いて、自分が住むアパートに帰るとした場合、掛かる時間は五十分程度。かなり長い。
その間にも、彼女は腹を空かしている筈だ。もしくは外に出ている。
と、なれば―――
「……
―――
魔術を使って、颯爽と帰る。
ゴゥンッッッッ―――――――――――――――
鐘の音が、暗い夜に煩く、そして劈くように、鳴り響いた。
□ □
「なぁ、蒼崎。何でも屋さんには名前が無いのか?」
何でも屋と呼ばれる男が帰った後、草十郎はソファに腰を降ろし背中を預けている青子に彼の名前について質問した。
自分が質問した時、妙に強い口調で名前は無いと言われた事が、やはり草十郎は気になったのだ。
「無いわよ、本当に。どんなに調べても、何処にも名前なんて載ってないわ。」
生まれた時に、殆どの人間に与えられるであろう常識的なモノは彼には無い。
青子は、そう断言した。
その青子の答えに、やはり草十郎は疑問を抱いた。
「何故なんだ? 普通、名前は付けられるものだろう?」
未知が多い(草十郎にとっては)都会では育たず、山の中で育った草十郎ですら、名前を持っている。
なのにも関わらず、都会で住んでいる筈なのに名前を持っていないとは、どういう事なのか。
それが、草十郎には分からなかった。
「…まぁ、言っても分かんないし、何だったら忘れるんだしいっか。」
少し考えるようにした後、青子は口を開いた。
「あいつの“起源”が、『無銘』だからよ。」
「……起源? 無銘?」
更に首を傾げる草十郎。
まぁ、でしょうねと、青子は彼の反応に分かりきった反応を示しながら続けた。
「その人が生きる道理、存在価値、存在意義、そういった『当人の在りかた』を決める、その人の在り方の根源に繋がるもの―――それが起源よ。」
「…ふむ?」
「例えば、起源が“激情”だったら、その人は激情家になる。もうすっごい感情豊かな人になるって事よ。」
「あぁ、なるほど。つまり、その人の生き方を決めてくれるものか。」
納得したようにする草十郎。
少し意味合いが違うような気もするが、まぁ概ね合っている為、良しとしよう。
「そ。で、あいつの起源は“無銘”。誰にも名前を付けられないし、だから誰にも名前を呼ばれない。そして、何かに名前を付ける事も出来ない。だから、あいつには名前が無いのよ。」
誰かに名前を与えられる事は無く、それ故に誰かに名前で呼ばれる事が無く。
そして、自分で何かに名前を付ける事も出来ず。
名を与えられず、名で呼ばれず、名を付けれず。
ただただ無銘に、『彼』や『貴方』や『あの人』や『何でも屋さん』といった言葉でしか呼ばれない男。
それこそが―――あの、名も無きマスターなのだ。
名も無きマスター(無銘)
今回で起源が判明した、ORTの名も無きマスター。
起源は『無銘』。誰にも名を付けられず、故に名を呼ばれず、自分が誰かや何か名を付ける事も出来ないという、『誰からも名称で呼ばれない』生き方を辿る。
魔術回路は13で、魔術属性は今後明かされる。
ORT(腹ペコ最強)
その圧倒的な強さ故に、マスターから心配されない可哀想な少女。
名も無きマスターの詮索を終了した後は、彼のベッドで静かに眠っていた。マスターは安堵してご飯を作りました。
蒼崎青子(魔法使い)
草十郎に名も無きマスターに名前が無い理由を説明した。この頃は忘却の魔術をまだ探している為、話して良いかなーぐらいの感じで話した。