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吾輩は人形師の知り合いでありORTのマスターである。名前など無い。
さて、此処でいきなりですが問題です。
私は今現在、何をしているでしょーか?
ちくちくちくちくち…はい、時間切れ。
正解は―――
「蒼崎橙子。マスターは、何者なのですか?」
ソファで寝たフリをしながら、私のサーヴァントであるORTと知り合いと言いたくない知り合いである蒼崎橙子との会話を盗み聞きしてましたー。
多分バレてないと、私は勝手に思っている。
何故? そんなの簡単だ。今、蒼崎橙子が眼の前にしているのはこの世界のおける最強の生物だからだ。
遥か先の先、星が壊死して尚も人類が生き残り続けている世界であれば最強の限りではないが、今の星が生きている時代において、彼女は最強だ。
例えサーヴァントになってステータスが弱体化していようとも、眼の前の魔術師一人を殺す程度ならどうという事もないだろう。
そんな彼女を、蒼崎橙子が警戒しない訳がない。それこそ、私に意識を割いている暇など無いと断言出来る程に警戒している筈だ。
だからバレない。何せ意識が向けられてないから。
「彼が何者、か…そうだね。正直に言って、私にもそれは分からない。けど、分からない理由は分かる。」
「マスターの事が分からない理由…?」
「彼は、『無銘』の起源を持っているんだ。」
蒼崎橙子は、私の起源を彼女に伝える。
私の起源―――『無銘』。
それは、この世界に存在するあらゆる生物に名を与えられず、また、あらゆる生物やあらゆる物に名を与える事が出来ない生き方を辿る起源。
私に名前が無い理由。それは、私が『名前を与えられない』という事が運命であるからだ。
無銘の起源によって、私は絶対に名前が与えられない。それ故に、私は絶対に誰にも名前で呼ばれない。
何せ、呼ぶ名前が無いのだから。
「起源の事は知っているかな?」
「情報の追憶を開始―――完了。いいえ、登録されていません。」
「なら、まず起源からだね。
起源っていうのは、あらゆる存在が持っているとされる原初の方向性。核となる絶対命令だ。
根源の渦という混沌から生じた、『こうしなければならない』という衝動だ。」
何らかの始まりの因、物事を決定づける何らかの方向性。
前世よりも更に前、人でもなければ物でもない、脈々と繋がる存在の糸であり、魂の原点、存在が始まった場所。
Aという存在をAたらしめる、核となる絶対命令とも言えるモノ。
それこそが、魔術世界において『起源』と呼ばれる概念である。
「彼の起源は無銘。
本来、生まれ落ちた時から名を付けられる、もしくは後々から幾らでも名を付ける事が出来る『生き物』であるにも関わらず、名前を与えられないどころか、名前を与える事すらも出来ないモノだ。
それが、私達が彼の事を真に理解する事が出来ない理由だ。
『何もない』ものに対して、『何もない』という事以外に分かる事なんてないだろう?」
蒼崎橙子は、そう片付ける。
だが事実、その通りなのだ。
名前とは、その存在の証明書だ。
名前が無いという事は、即ち存在を表す証明書が無いという事であり、ならばそれは真の意味で何者でもない。
「彼の本性、人間性なんて私にも分からないよ。でも―――彼が君を喚ぶ事が出来た理由は分かる。」
「あぁ、それもです。聖杯のみならず、抑止力からのバックアップを受けている訳でもない筈のマスターが、何故、召喚術を行えたのですか?」
「理由は単純。本当に単純で、質素な答えさ。ただ単に―――彼が作り出す魔力が、英霊を召喚するに足りる量と濃さを持っていた。一言で纏めれば、彼の持つ魔術回路が特殊だったからだ。」
私が持つ魔術回路は、たった13本。
魔術回路の平均的数は20本程度。
それに比べれば、私の魔術回路は余りにも少ない。
だが、その数が数故に、異質だった。
「13―――そもそも、魔術の世界において、数字っていうのはかなり重要なものでね。その数字が持つ意味を魔術として扱う魔術師も居るくらいだ。」
「…」
「13という数字は、不吉な数字として恐れられる忌み数でね。それこそ、その知名度は獣の数字とも言われる666と同じくらい。」
13という数字は、西洋において最も忌避される忌み数。
だが、それと同時に。
忌避されているが故に、魔術世界において13という数字が生み出す意味、価値は大きく、神秘の薄れたこの世界に現存する数少ない『古くから薄れぬ神秘』である。
獣の数字と呼ばれる666と同じか、もしくはそれ以上の知名度補正を有する不吉な神秘。
忌避される忌み数と呼ばれる理由となる説は多く、中でもイエス・キリストを裏切った弟子であるユダが、最後の晩餐で13番目の席に着いていたからという説が最も有力なものであるとされている。
だが、その他にも説はあり、北欧神話に基づく説においては、12人の神が祝宴を催していた時に、招かれざる13人目の客として乱入したロキがずる賢いなどの性格とされ、ロキのせいでラグナロクを迎えたことにも由来しているとされる。
キリスト教神話では、サタンは13番目の天使ということになっているなど、神話が由来なのではないか、という説も数多く存在する。
その数字の不吉さを信じて疑わず、それ故に神秘を未だ色褪せぬ、数少ない偉大なる神秘の一つ。
神秘は人が知り、解明する事で神秘から遠ざかる。
されど、この13という数字は忌避される理由が殆ど判明しているにも関わらず人間に恐れられ、幾数年という長い年月が経った今も忌避されているが故に神秘としての在り方を保っているのだ。
「魔術回路の一本を起動するだけで鐘の音の如き轟音を響かせ、それが生み出す魔力量は大魔術や儀式呪法を一人で補う程に多く、それでいて現代にしてはとても濃い。それが、彼が君を召喚させた理由だ。」
魔力が高まる時間やらを無視して、私が何のバックアップも無くたった一人でサーヴァントを召喚出来たのは、それが理由だ。
神秘の数と同列の魔術回路から生み出される魔力の量は凄まじく、一本を起動するだけで大魔術を一人で補う。
「…よく知っているのですね。」
彼女は少し不機嫌そうに、そう言う。何故に不機嫌?
「まぁ、それなりに長い付き合いだからね。」
蒼崎橙子は、平然とそう答える。いや、別に長い付き合いではないが。
あと、見間違いでなければORTの眼が翡翠色になっている気がするのだが。
もう一度言おう。何故?
「まぁ、実際に見た方が早いかな。」
そう言うと、彼女が私の方を振り向いた。
バレてないと思っていたのに、まさかバレているとは。流石に、彼女を舐め過ぎていたか。
しかし、実際に見せる、という事は…あれか。なんか模擬戦みたいな事をしなければならないのだろうか。
はっきり言って―――めっちゃ嫌だ。
ともなれば。
「先手必勝ならぬ、先手必逃。」
□ □
バンッ! と、体のバネを強制的に発動させて全体を空中へと跳ね上げる。
にやりと口角を上げる蒼崎橙子。予想通りだった、という事か?
だが―――甘い。あまり自惚れるなよ。
「ちょっと失礼するぞ、ORT。」
「はい?」
脚部の回路を開く。
ゴゥンッッッッッッッッッ!!!!!!! と、鐘の音が響き渡る。
近くの壁を踏み台にし、脚と爪先が着いた壁の一部分へと強化の魔術を施して―――
壊す勢いで、壁を蹴った。当然、私は弾丸が如く飛ぶ。
体は砲弾。速度は音速。如何に蒼崎橙子とて、ほぼ近距離からの砲弾を防ぐルーン文字の術式など、秒では展開出来ないだろう。
だが―――私は別に、君を狙ってなどいない。
「なっ…!?」
彼女が振り向いた、その時には既に私はORTを抱えていた。所謂、お姫様抱っこだ。
唖然とした表情で、抱え込むORTが私を見る。まさか無表情が崩れるとは思わなかったな。
突然ですまないが、こうでもしないと逃げられそうにないのでね。
私は直ぐに窓側へと駆け出し、窓を突き破って部屋から外へと飛び出した。
落下の風圧が私と彼女の体を駆け抜ける。
眼の前には素早く近付いてくる黒い地面。普通ならばぺしゃんこになって終わるだろう。
だが、身体強化の魔術を施した私であれば問題はない。まぁ、衝撃は伝わってくるのだが。
綺麗な態勢を取り、出来る限り彼女に衝撃が行かないようにして地面に着地し、颯爽と道を駆け抜ける。
さて、此後はどうするかな…
「あの、マスター。」
走りは止めない。足は止めない。
風に仰がれながら、彼女は非常に珍しく、困ったような声色で私に話し掛ける。
「どうした?」
私は視線を彼女に移さず、前を向いたまま走り続ける。
速度は緩めない。相手は冠位。少しでも速度を緩めれば、その隙に魔術が起動され、攻撃が行われるだろう。
「重くは、ないでしょうか」
「――――――?」
その言葉を聞いた瞬間、私の頭の中には宇宙と一匹の猫が広がった。
オモクナイデショウカ? アノ、オルトガ、タイジュウヲキニシタ…?
いいや、違う。きっと違う。これは、そう。
別にそんな、女性が気にするような事を気にしても言葉ではないのだ。
恐らく私と比べて、自分が食べ過ぎなのを理解しているから出る言葉だろう。
そうだ、そうに違いない。
「い、いや、重くないが。」
故に私は平然と…いや、若干戸惑いながらも、重くないと答えた。
重い、なんて答える訳がない。出来る訳がない。多分、いや絶対、そんな事を言えば殴られる。
「…そうですか。」
私は決して、見ていない。
少し安心したような顔をした彼女の事など、見ていない。
……たった数日で、私のような人間に、そこまで心を許すものだろうか?
失礼ながら、私は訝しんでしまった。
名も無きマスター(逃走者)
魔術回路も判明した、無銘の起源を持った名も無きマスター。魔術回路の編成で言えば量がEで質がEX++という、魔術回路の編成だけで言えば沙条愛歌の上位互換(沙条愛歌が量Eで質EX)。
だが、あくまで魔術使いなので、使える魔術の精度は決して高くない。つまるところ、ちゃんと対策すれば倒される。
ORT(お姫様)
蒼崎橙子からマスターについて色々と聞いた。ちなみに、彼女としては聞いた後に蒼崎橙子を殺すつもりで居た。理由はサーヴァントである自分よりマスターの事を知っているから(ORTとして、というよりは沙条愛歌としての一面)。
マスターから始めてお姫様抱っこをされた。最初から言うが、懐いた理由の半分は餌付けである。
蒼崎橙子(死にかけるところだった)
マジで危なかった人。マスターが起きている事に気付かなければ結晶化されて食い殺されるところだった。