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吾輩は人形師の知り合い(不本意)にしてORTのマスターである。名前など無い。
現在、私はORTを抱えたまま、三咲町に在る教会に訪れていた。
合田教会―――三咲町に古くから有る教会であり、私によく依頼をしてくれるお得意様でもある。
まぁ、大体が神父による殺し合いなのだが…それ以外の依頼も勿論有るが、実に少ない。
だが、今のところは此処に匿ってもらう他ない。
「マスター、此処は?」
「此処は合田教会。一応、私によく依頼をしてくれるお得意様だ。」
確かにお得意様だが、一応という言葉は付けておく。
だって神父がおっかないんだもの…
正直に言えば、あまり此処を頼りたくない。何故なら、絶対に借りとして戦いを申し込まれるからである。
とはいえ、このまま野宿をする訳にはいかないのだ。彼女は兎も角、私は風邪を引いてしまう。
いや、彼女もダメか。流石に真冬の中、少女と共に野宿する男の図など怪しい以外の何者でもない。
私は決心を付け、教会の扉を開いた。
「おや、いらっしゃい。まさか貴方が自主的に訪れてくれるとは思ってもいませんでしたよ。」
そう言って、祭壇から此方に振り向くのは、司祭の衣服を身に纏った教会の神父。
司祭代理にして神父。
蒼崎橙子の兄弟子にして、常に刀を隠し持ち、そして常に口火を切る瞬間を持つ生粋の戦闘狂。
文柄詠梨―――この町の中で、私が最も苦手とする人間である。
「そちらのお嬢様は何方ですか?」
「あ、あぁ、この子は私のしんせ」
親戚、と言おうとした瞬間、ぎゅい、と頬を引っ張られた。
誰に? そんなの決まっている―――彼女、ORTだ。
私はORTに、その小さな手で頬を引っ張られていたのだ。…何故?
「ちょ、いふぁい。いふぁいっへ、ふぉると」
「…あ、すみません。」
私の言葉を聞いてくれたのか、彼女はすぐさま私の頬から手を離した。
しかし、私の言葉を聞いた彼女の反応はなんだ。
私から見たら、まるで無意識下の行動であったかのような反応の仕方だったぞ。
もしかして、何か不快になる事でも言ってしまったのだろうか?
私は考えた末――自分、何も言ってなくね? という結論に至った。
だって別に悪いことは言ってないし。
「心情認識、開始。情報整理―――完了。微小な不快感を確認。理由、不明。…何故なのでしょうか?」
「いや、それは私に聞かれても困るんだが…」
「随分と仲がよろしい事で。まさか…娘さんですか?」
微笑みながらなんて事を言うんだ、この戦闘狂神父は。
「いや、私のじゃない。親戚の娘だよ。」
「初めまして。ORTと申します。」
「ほうほう、
(良き友人は斬り掛かってこないだろ…)
私は内心で毒を吐きながら、文柄さんに一通りの事情を説明した。
蒼崎橙子が襲撃しに来た(別に嘘ではない)事。
蒼崎橙子に家を占領された為、少しの間だけ此処に泊めてほしい事。
「ふむふむ…ちなみに、報酬などは…」
「言うと思ったよ…なら、一週間、タダで合田教会からの依頼を受けるっていうのはどうだ? 勿論、内容は問わない。」
「分かりました、ではそれで。布団などは此方から貸し出しますので。」
「ありがとう。助かる。」
「いえいえ。これくらい、お安い御用ですよ。」
良い笑顔を浮かべる文柄さん。殴りたくなる程の笑顔だ。
「あの、ます…いえ、叔父様。」
「ん? どうした?」
「そろそろ、降ろしてもらっても良いでしょうか?」
「あ、あぁ、すまん。」
私は腰を中くらいまで降ろして片膝を着き、ゆっくりと彼女を降ろす。
やけに軽いなと思ってはいたが、そういえば身体能力強化の魔術は掛けたままだったな、と私は思い出す。
そして、それと同時に―――危機を覚えた。
「…文柄さん。唯架さんは、居ますか?」
「いいえ? 彼女は今、買い物に出掛けていますよ。まぁ、そろそろ帰ってくるでしょうが…」
「ORT。隠れ」
「ただいま帰りました」
がちゃ…と、扉が開く。
即座に振り向き、彼女の姿を、シスター服に身を包んだ女性―――周瀬唯架の姿を目視する。
視界に入れた瞬間、私は教会の床を砕き割る勢いで蹴り、直ぐに彼女の方に駆け出した。
彼女は先天的弱視であり、もはや盲目同然だ。
だが、その分として他の感覚が研ぎ澄まされており、基本的に“人の脅威”を感じ取って人を認識している。
で、あるならば―――
“個人ではなく、人類という枠そのものの脅威であるORTを認識してしまえば、どうなるだろうか?”
答えなぞ、決まったも同然だ―――!
周瀬唯架は、もう何もかもが霞んで視える、もはや使い物にならないであろうその眼を見開いた。
同時に、本来ならば受け容れるべきでない現実を、もはや視えない眼で直視した。
其処には――――――
あまりにも大きく、あまりにも恐ろしく、あまりにも神々しい、“どうしようもない絶望”の影が、金髪の少女の背後に立っていた。
だが、その瞬間、彼女の意識は暗闇へと落とされた。同時に、その絶望は彼女の視界から去って行った。
名も無きマスターによって、彼女の命は救われたのだ。
□ □
その日は、取り敢えず休む事になった。
何故、彼女を気絶させたのか、という質問は明日から説明すると言って、何とか納得してもらった。
私も長くこの町に住んでいるし、長く色んな人と関わっている。
文柄さんも、私を一応は信頼してくれている。
事情は明日だ。取り敢えず、今日は寝るとしよう。
瞼を降ろし、
――――――――――――違和感を覚えて、目を開いた。
眩ゆい虹彩が、あの広い、何処までも続く広い空を埋め尽くしている。
群青のようで、蒼穹のようで、翡翠のようで、薄紅のようで、深紅のようで、紫紺のようで、漆黒のようで、琥珀のよう。
まるで銀河を思わせる虹彩の川は、しかし人々を魅了させるものなどではなく、寧ろその真逆の立ち位置に立つ“恐怖”と、その隣に立つ“絶望”という感情で支配していた。
銀河の空、その真下には一匹の蜘蛛が居た。
一匹の蜘蛛が、その巨体で以て街を、否、世界を横断し、その瞬間に人工物を―――否、『世界の表面』を次々と結晶に変化させて、そして喰らっていた。
一歩によって道路と住宅は綺麗な翡翠色の結晶と成って、箸で持たれた食物のように呆気なく大蜘蛛の口へと運ばれていく。
人々が逃げ惑う。絶望と恐怖に浸りながらも、無謀な逃亡を試みる。
群れを成し、互いに互いを押し退けながら、自分だけでも助かろうと、大蜘蛛から逃げようと、命からがらに、必死に走っている。
「――」
男は、ただそれを眺めていた。
男に肉体は無い。だが意識は有る。
だが、結局はただ見ることしか出来ない。
街が壊される様を、人が死んでいく様を、世界が喰らわれていく様を、ただ呆然と眺める事しか出来ない。
男はただ、“其処に居る”だけの存在であり、ただ眼の前の事柄を認識する事しか出来ないのだ。
「――」
踏み荒らされる。
ただ無様に、ただ無残に。住んでいた町が、悉く塗り替えられて、食い尽くされて、まっさらになっていく。
どうしてこうなったのか。何が起きてしまったのか。なんて、考えるまでもないか。
あれは―――“自分が育てた”結果だ。
この世界の事を教えた。
この世界の常識を教えた。
この世界の、色々な事を教えた。
その結果が、コレなのだ。こんな結果を、招いてしまったのだ。
『―――ウ』
声が聞こえる。
『―――ガウ』
何か喋っている。
『―――チガウ』
何かが、違う。
『―――ワタシ ノ マスター 』
『ダレガ マスター ヲ ■シ■ 』
『ユル――サナイ 』
『ミツケル クラウ 』
『マスター マスター ワタシ ノ タイセツ ナ タイセツ ナ ―――マスター』
前提が間違っていた。そもそもが誤っていた。
大蜘蛛は、ただ探しているだけだった。
自分の主を。自分の人を。自分の宝を。自分の大切な存在を、ただ探していた。
同時に、自分の敵も。
自分の主が居なくなった原因を。自分の宝を奪った誰かを。自分の大切な存在を壊した人間を。
これは夢であると、男は気付いた。そして、“いつか現実になるかもしれない未来”でもあると、理解した。
次の瞬間、虹彩の空が縦に裂けた。
青空が見えた。黒鉄の鎧が立っていた。
光が振り上げられ―――
「っ…!」
体を起こした。
名も無きマスター(夢見る者)
ORTと共に合田教会に泊まる事にした。
だが、泊まろうとした瞬間にトラブルが発生しそうになった為、身体能力強化の魔術を駆使して何とか阻止した。
この日、有り得るかもしれない未来の夢を見た。
ORT(無自覚な最強)
家の中では不機嫌だったが、マスターにお姫様抱っこされて無意識に御満足した最強の生物。今回、ただ居ただけなのに人を殺しそうになった。
有り得るかもしれない未来では、大蜘蛛として世界を荒らす。理由はマスターが何者かに■■■■から。
文柄詠梨(神父)
合田教会の神父にして戦闘狂神父。斬れるものが有ればいつでも斬る準備をしてるやべー奴。というか型月作品にマトモな神父なぞ居ただろうか。
依頼でマスターと何度か殺し合ってる、かなり実力者。でもだいたい気絶させられてる。
周瀬唯架(被害者)
今回の被害者。人類種そのものにとっての脅威であるORTを直視した為に心臓が停止するところだったが、マスターによって気絶させられた為に一命を取り留めた。
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夢の中に出てきた、本来なら存在しない筈のサーヴァント。一人のマスターに勝手にORTを押し付けた座がORTの危機性を学習し、根源が勝手に座に登録させた、未来から来た一人の“人間”。
もしもORTが自身の特性を利用してサーヴァントとしての常識を再び覆したら現れる。
世界にただ一人、■■■■■■・■■を殺す事が出来る人物。