愛歌(ORT)さん喚んじゃった。   作:全智一皆

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今回、ようやっとORTが戦います。


第八話「蹂躙と捕食」

 

■  ■

「…」

 時間は深夜。詳しく時刻を表すならば、午後12時の30分である。

 合田教会の、誰も使っていない空白だった一室に、布団やヒーターといった、必要最低限な生活用品のみを置いた、名も無きマスターと彼女の部屋で、彼女は目を覚ました。

 彼女の隣には、苦しそうな表情を浮かべている、悪夢に魘されている、名も無きマスターが居た。

 彼女には、何故、眠っている筈の自分のマスターが、酷く魘されているのかが、苦しんでいるのかが、分からない。

 彼女は究極の生命だ。サーヴァントという弱体化を受けようとも、その事実は、その根底は、決して揺るぐ事などない。

 だが、それはあくまでも“力”のみの結果であり、思考能力や感受性といった感情も究極なのかと問われれば、そうではない。

 究極の単一個体―――アルテミット・ワン。その名称は、結局のところ、ただ力が有るが為に得た名誉であって、それ以外の意味など持たない。

 人間の肉体で今を生きている彼女は、本来の自分が持たなかったモノを幾つも持っている。

 五感は勿論、目で捉えたもの、もしくは話しを聞いたものを考える事が出来る思考能力。

 そして―――彼女の“依代”が秘める、“恋”と呼ばれる、彼女にとって理解不能の感情。

 未だ人間の体によく慣れていない彼女にとって、名も無きマスターは自分のマスターであり、それでいて、よく分からないモノであった。

 食事を作ってくれる。知らない事を教えてくれる。

 何かと気遣ってくれる。心配をしてくれる。

 究極の単一個体である自分を―――あらゆる全ての存在に、ただ恐怖されるだけだった筈の大きな蜘蛛を、受け入れようとしてくれる。

 恐怖せず、ただ柔らかく。

 絶望せず、ただ暖かく。

 人間の“感情”というものを、世界の“常識”というものを、“人間”でない筈の自分に“人間に教える”様に教えてくれる不可解な存在。

 人ではないどころか、“生物”という領域からすらも逸脱した化け物を人間として扱う者―――そんな人物を、理解出来る訳もない。

 だが、彼女はその扱い方を―――人間としての扱いを、無意識ながら快く思っていた。

 時折、世間一般からして“親子のよう”と称されるような扱い―――所謂、“子供扱い”は少々不快に思うところではあるが、しかし、一人の人間として扱われる事は、良い事であると認識していた。

 故に―――自分を人間として扱ってくれる人が苦しむ姿を見るのは、“心無き”モノであった筈の彼女にとっては、“心苦しかった”。

「マスター…」

 名も無きマスター。名前を呼ぶ事も出来ない、名前を付ける事も出来ない、無銘の人間。

 名前が無い故に名を呼ばれず、名を与える事も出来ない彼を、彼女はただマスターと呼び呟く事しか出来ない。

 するり…と、悪夢に苦しんでいる彼の顔、その頬へと、細い手を伸ばす。

 ほんのりとした人肌の体温。冷たかった掌が、少しずつ熱を帯びていくのを感じる。

 苦しむ顔は緩まない。だが、呻きは少しだけ止んだ。

「…不安や痛みに苦しむ人間は、頭を撫でられると落ち着く、でしたか…確か。」

 確証など皆無の固定概念に疑念を持ちながらも、しかしそれでマスターの心が少しでも和らぐならばと、彼女は右手を彼の頭へと持っていく。

 ふさっ…と、彼女の細い掌が、彼の黒い髪に触れる。

 さらさらとしている訳ではなく、しかし汚い訳でもなく、ただただ普通の髪質だ。

 だが、初めて人の髪を触る彼女にとって、それは新鮮な感覚だった。

「…」

 撫でる、撫でる。

 出来るだけ優しく、出来るだけ丁寧に。

 少しずつ、彼の顔からは苦しみが消えていき―――遂に、安からな顔となり、静かな寝息を立てた。

「これが、落ち着く…というものですか。」

 安堵と呼ばれる感情。

 人が特定の動作をする、もしくは誰かに動作を行われる事で、不安や高ぶりといった精神の抑制という効果を及ぼす。

 それはその当人のみならず、そうした人間にも様々な感情を呼び起こす。

 彼が安らかな眠りにつく事は、彼女にとっての安堵となった。

 体が苦しまなくなった途端、彼女の胸の内で蠢いていた何かが静まったのは、そういう事なのだろう。

 だが――

「…」

 彼女は直ぐに、その安堵を消し去られる事となった。

 かちゃ、かちゃ…と、遠くから響く、小さな足音らしきものを拾ったからだ。

 彼女は安眠したマスターを起こさぬよう、工夫に工夫を重ね、音も振動も起こさぬように布団から抜け出し、音も立てずに部屋から出て行く。

 

 冷たい床を、少女の姿をした絶望は裸足で歩く。

 彼との同衾によって得ていた温もりは、未だ冷めない。否、そもそも冷ますつもりはない。

 冷める前に、無粋なる侵入者を消してしまえば、それで良い。それだけで、事は十分以上の結果で解決される。

 澄み渡る空の如き目の色を、何処までも続く深淵のような、深い森のような翡翠に変えて少女は時間との勝負に挑みに掛かる。

 広い廊下を渡り、眼の前の扉を開いて、意匠が刻まれた色鮮やか窓を越え、月光が彩る祭壇側へと我が身を現す。

 その姿は、誰がどう見ようとも天使のそれ。

 圧巻される神秘の具現。万人の目を釘付けにする麗しき令嬢の姿。

 されど、此処には人など居ない。居るのは、少女の幸せを邪魔する不届き者と、その不届き者を罰する一匹の蜘蛛のみ。

 がちゃ…と、教会の入口が開かれ、かちゃ、かちゃ、と不気味な足音を立てて、お呼びでない侵入者が無作法に、教会へと入場してくる。

“――――――”

 深夜であろうとも目立つ丈のある黒衣。それでも隠し切れない…いや、隠すつもりなどさらさら無い“刃を持った両腕”と、深紅の単眼。

 あまりに太く、そして長い出刃包丁―――右腕左腕それぞれに取り付けられた折れず曲がらずよく切れる二振り。

 声も上げない、鼓動も鳴らない、冷酷で無情な完璧たる殺し屋人形。

 ただ眼の前の儚げな少女を斬り殺そうとする―――本当の“馬鹿者”共。

「―――神秘の拡張を開始。第五架空要素の流出を確認、吸引開始。神秘の内部増殖、神秘の漏洩防止を開始。」

 少女の口から溢れる単語を、人形が理解する事はない。

 それらはサーヴァントであるが故に発せられるものではなく、彼女が『究極の単一個体』―――“彗星の原型”であるが故に発せられるものである。

 一つの惑星における最強の生物。たった一体で一つの惑星を滅ぼし、喰らう事が出来る究極の捕食者。

 この世界に存在するあらゆる物質よりも硬く、柔らかく、そして鋭いという外殻と、あらゆる温度、環境、状況に適応する事が出来るという驚異の適応能力。

 サーヴァントになっても、その力だけは変わらない。

 その身体の中に有る神秘は、発せられただけでその場を汚染する。

 故に、漏洩は出来ない。だが、それを逆に利用する事は出来る。

 身体の内側で神秘を増殖させ、表面には出さず固定させる。

 そうする事で、自身の能力を高めれば良い。

「神秘の固定、完了。侵食固有結界『水晶渓谷』の発動は不可。宝具『惑星浸食・星屑天嵐』の使用も不可。

戦法確定。疑似触覚発露・構造改変を開始。」

 祭壇から人形を見下ろす少女。さながら、獲物を喰らおうと近付いてくる蜘蛛。

 ずるり、ずるり―――と、彼女の細い腕、その掌から、長く、太い銀色の何かが這い出て来る。

 それは触覚。少女―――もとい、ORTという生物の本体、円盤から生える銀色の触手。

 エネルギーを溜め込み爆散させる事もあれば、その触手でそのまま敵を喰らう事もある、彼女にとっての武器の一つ。

 だが、此処は教会。暫しの間、自分とマスターが共に住む場所だ。汚す訳にはいかない。

 その為に、どのようにして扱えば良いのか―――彼女はそれを、瞬時に思考し、そして答えを導き出した。

「構造を『大鎌』に確定。戦闘、開始します。」

 白銀の触覚はその形を大きく変え―――湾曲の刃を持った大鎌へと生まれ変わった。

 

 人形共は、確信した。

 たった今、そしてこれから、背筋を凍らせる神秘が、自分達をグチャグチャに喰らう―――

 

□  □

 二人の人形の内―――二人が揃いも揃って、背を振り向いて逃げ出した。

 殺し屋にあるまじきその行動に、しかし誰も文句は言わない。言うことなど出来る筈もない。

 相手は、人ではない。動物どころか、生命の枠からすらも逸脱している究極無二の存在。

 星を喰らう大蜘蛛。万物を己と同化させる絶望の山岳。山が生きて動いていると表現しようと何ら変わりない。

 そんな相手を前にして、どう戦えと言うのか。

「逃走…ですか。逃しませんよ、お人形さん。」

 だが、残念ながら逃走なぞ叶わない。

 蜘蛛が一度でも捕らえた獲物を逃がす事など、そうそうない。

 蜘蛛の巣というのは非常に強固なモノであり、種類によっては、ハサミを使おうとも切れない程。

 その巣に掛かったのが例え仲間であろうと、蜘蛛は喰らう。

 時には大型の爬虫類や両生類、魚や鳥すらも蜘蛛の巣という罠に掛かり、抗えども虚しく、そのまま捕食されてしまうのだ。

「獲物を逃すなど…あってはならない事ですから。」

 少女は身の丈に合わない大鎌を右手に握ったまま、背を向けて教会から逃げようとする人形の方へと駆け出した。

 少女は身軽。例え鎌を持っていようとも、それは変わらない。

 いや、そもそも。

 その鎌は少女の一部、もはや体も同然の代物。

 障害など持たない正常な肉体を持つ少女にとって、手足を動かす事に微かな不備などない。

「大人しく狩られてください。私の食事になりますから。」

 バタンッ! と、大きな音と共に、開いていた筈の扉が固く閉ざされる。

 一方の人形は焦り、右側の窓へと駆け出す。

 一方の人形は直ぐ様、その持ち前の刃を持った両腕を振り上げ、扉を切り刻まんとする。

 だが、

 すぱっ―――と、振り上げた両方の腕が、まるで紙を切るかのように呆気なく、切り落とされて地面に落ちた。

“――――――?”

 痛み、などという無駄なものは無い。

 だが、それ故に人形は自らに引き起こった現象に理解など及ばず、ただ疑問符を浮かべることしか出来なかった。

「…痛覚が無いのですね。何とも羨ましい…あぁ、それは私も同じでしたね。」

 機械的で、感情など籠っていない声色で、少女は唖然とする人形の黒衣の襟を引っ張り、後ろへと押し倒す。

 単眼が、改めて少女を捉えた。

“――――――――――――!!!!!!!!!!!!!!”

 ガタガタと、人形の体が突如と震え出す。

 少女をその目で捉え、人形が抱いたのは―――本来ならば持たない筈、“感情”だった。

 恐怖という―――人間のみならず、動物も抱く―――一般的で、それでいて原始的な感情を、人形は抱いたのだ。

 人形の目が捉えたのは、決して儚げな少女などという、とても可愛らしいものなどではなく―――あまりにも巨大な、巨大な、一匹の蜘蛛だった。

「綺麗な赤い目…まるで、トマトのようですね。

首から上は綺麗に残しておきますね。」

 しゃきん…と、大鎌の刃が、未だ震えの止まない人形の首筋へと近付き、

 ざくっ――と、首を切り落とした。

 切り離された首と体。本体ならば、それで終わる。

 だが―――肉体は、それでは終わらなかった。

 大鎌によって切り離された肉体は、肉体を保ったまま翡翠の結晶となって少女の体へと吸い込まれて行ったのだ。

「人形なだけあって、深くない味わいですね。」

 少女は、質素な味だという感想を残して、右側へと体を向ける。

 人形は、既に窓との距離を縮めていた。

 後は腕と化した刃を振るって窓を壊せば、少女から逃げる事が出来る。

「逃さない―――そう、言いましたよ。」

 ひゅっ―――と、何か小さなものが空を裂いて飛び出した。

 気が付けば、少女の右手には身の丈に合わない大鎌は無くなっていて、

 その代わりに、掌より少し大きい程度の、先に穴が空いた歪な形をした鉄が握り締められていた。

“――――――!?”

 人形は、その時から既に動けなくなっていた。

 否、正確には―――体の中に埋め込まれた小さな弾によって、体が結晶と化してしまっていた。

 パリン―――と。

 結晶は呆気なく砕け、その全てが欠片も残されず少女の体に吸い取られていく。

 ごろごろと、首だけが地面に転がった。

 

「さて、デザートと行きましょう。」

 少女は、地面に転がった二つの首を抱え込み―――

 あーん、と小さな口を開いて、その綺麗な深紅の単眼へと…齧り付いた。




名も無きマスター(今回出番無し)
一度起きたが、何とか寝れた。けれど悪夢(起きる原因となった夢とは別の、あり得るかもしれない未来)に魘される事になったが、ORTが頭を撫でてくれた為に安眠した。羨ましい奴。

ORT(活躍者)
マスターが何の夢を見ているのか知らないが、苦しんでいたので頭を撫でたら安眠して安心した可愛い少女。
侵入してきた人形を圧倒し、食べてからマスターの布団に潜って一緒に寝た。

人形(蒼崎橙子の刺客)
久遠寺有珠と戦った人形とは別の人形。だが、相手が相手だったので呆気なく蹂躙された。
目をそのまま食べられた可哀想な敵。

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