エンバンメイズROUND・EX   作:しじみ酢

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死霊編
ROUND00 冷血~cold blood~


「何で、勝手に動いてんだお前。的(マト)は普通動かないだろ?」

 

とあるオフィスの一室、一寸先すら黒に溶ける真夜中、頼りになるのは薄い月明かり。

 

「はあ……はあ……」

 

真夜中のオフィスと言う気味の悪い状況下で、人々が想像するのは何か。

 

そう、ガムテープでぐるぐるに巻かれた状態で椅子に座る青年の姿だろう。

 

見た目は今にも死にそうなほど病弱な顔付き、服装は今にも死にそうなほど血の柄で染まった黒Yシャツ、瞳ですら今にも死にそうなほど輝きは皆無だ。

 

とにもかくにもこの状況が、今にも死にそうなほど危険と言う事が分かる。

 

 

――ザクッ。

 

 

さらによく耳を澄ましてみると、何かを刺す様な鈍い音だけが聞こえる。

 

 

「オレは興味があるんだよ。人間ってのは何本、ダーツの矢が刺されたら死ぬのか」

 

 

青年の胸部には、八本ほどのダーツの矢が全てど真ん中に命中していた。何も見えない真っ暗闇だと言うのに。

 

「あぁ……神谷……。何で、俺の事……労わってくれないのかなあ? 何でだ、何でだ、何でだ、何でだあああああ……」

 

胸から血と共に溢れる激痛に悶えながら、青年は酷く頭を垂れる。

 

神谷と呼ばれる強面のスーツ男へ許しを請う様に。

 

「次、呼び捨てにしたら目玉一つ潰すから」

 

おおよそにして1,5mほど離れた距離感のまま、彼は月光に反射したダーツの矢を構える。

 

 

 

 

「グフッ、ゲホゲホ……。はあ……何でだ、何でだ、何でだ、神谷さん――。

 

しかし神谷は彼の弱音を無かった事にして、またダーツの矢を正確に心臓へ一投。

 

「安心したよ。やっぱり、お前はオレに逆らわない。死霊(レギオン)って二つ名の通り、死にたがりって訳だ」

 

 

 

 

 

 

それを聞いた青年は、この状況が予想通りとでも言う様に少しだけ笑みを浮かべる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

裏社会で物言う相場は金、暴力、女。

 

しかしこのエンバンメイズと言う世界では、それにもう一つ付け加えられる。

 

それは――賭けダーツ。

 

今日も元気にダーツの矢は大金、血しぶき、人の欲と共に飛び交う。

 

多くの者の人生を行き止まり(デッドエンド)まで導きながら。

 

 

 

 

 

 

「はあ……」

 

此処は、とある地下鉄に置かれた小さな扉の先に煌めく裏世界。

 

もう少し分かりやすく言えば、賭けダーツの為だけに反社会勢力(ヤクザ)が密かに用意した特製の巨大試合会場。

 

観客席は満員御礼、人と言う人、欲と言う欲、金と言う金が犇めく様に埋め尽くす。

 

そして彼等は、今日も淡々と飛び交うダーツの矢の行方を追っていた。

 

 

第782ラウンド目の矢を。

 

 

と言うのも現在行われているこの試合。少々特異な状況が故、あまり盛り上がってはいない。漏れるのは感嘆の声では無くため息だ。

 

これまた分かりやすく時間に換算すると、14時間52分。

 

「第……ええと、782ラウンド!! ゴホゴホ、失礼致しました……。またもや、同点。延長戦(サドンデス)はまだまだ続きます……!」

 

数多の時が過ぎても職務を一切放棄しない実況は、何百回目かの死亡遊戯(エンドレス)続行宣言を行う。

 

 

 

「……やれやれ、こんな事なら目でも潰しておくんだったな」

 

そしてこのゲームの参加者こそ、はっぴいファイナンス社長兼ダーツプレイヤー神谷総一郎(かみやそういちろう)。この試合前日に一人の青年を早朝まで、たっぷり拷問していた人物でもある。先述の過激発言の数々から、通り名は冷血(コールドブラッド)。

 

見た目は台風直撃レベルで逆立った髪、極限までひん剥いた瞳孔、一目見れば狂気的な人物だと言う事が本能で理解出来る。

 

「アホか! そうされねえように大騒ぎしたんだよ」

 

一方、黒スーツを着込む対戦相手は軽口で対抗。

 

 

 

「あー……誰だっけ。神谷、さんの対戦相手。まあ、いっか」

 

 

 

この賭けダーツのルールは、至ってシンプル。3投×8ラウンドのカウントアップ(0点からスタートして、ダーツに当たった的の通算点数が高い方が勝ち)だ。

 

問題はこの試合のみに限定した、特殊ルールにある。

 

それは全ての勝負の終了時“同点”だった場合のみ、サドンデス方式で追加の1ラウンドをプレイするというルール。

 

「こんなに長い時間働いたのは久しぶりだ。まったく、何でどいつもこいつも根性あるんだろうね」

 

「へっ、根性じゃなくて才能があるって言ってほしいもんだね」

 

そして強面の方も青年の方も、彼等(ダーツプレイヤー)は絶対にマトを最高得点から外さない。

 

彼等にとって狙いを外すと言う事は、デカい隕石が降って来るのと同じくらいの「非日常」なのだから。

 

つまりこの世界のダーツプレイヤーは、拷問された相手の心臓を平気で打ち抜ける。技術的な意味でも、狂気的な意味でも。

 

そんなイカれた奴等が集うこのダーツで物言うのは、ただ一つ。

 

金でも、暴力でも、女でも無い。

 

 

 

 

何があっても揺るがない――“迷わぬ心”に他ならない。

 

 

 

 

そしてそれを証明するのが、この782ラウンド14時間52分と言うとんでもない馬鹿試合。

 

二人は少々のトイレ休憩を挟みながらも、ステージ上で何食わぬ顔しながら延々とダーツの矢を今なお飛び交わせ続けている。

 

そしてこの事実から察する通り、この勝負において二人は一切ミスを起こしていない。

 

では、果たしてこれは「完全試合」なのか。

 

 

 

 

「はあ……堕ちたな。神谷も」

 

答えは圧倒的に否。完全試合では無い事を証明するのが豪華な関係者席でグミを頬張る男、末安正輝(すえやすまさき)。この試合前日に、神谷から人間ダーツなる拷問を受けていた人物でもある。

 

その結果、彼の見た目は全身包帯コーデと言う、誰よりもある意味狂気的な見た目をしていた。

 

ちなみに神谷との関係性を挙げるならば、表向きは患者(神谷)とかかりつけ闇医(末安)。

 

と言うのも神谷は、とある病気を患っている。それも、五時間ごとに薬を打たなければ危篤状態に陥るほど重度の病だ。

 

そしてその治療の為、闇医者である末安を頼っている。

 

しかし裏向きの関係は、ボクサー(神谷)とサンドバック(末安)。この例えの通り、神谷は末安の事をストレス発散の道具程度にしか思っていない。一言でいうと典型的なDVだ。

 

逆に末安は末安で“死にたがり”と言う非常に困った性格をしており、神谷のお相手を全面的に受け入れている。それからついた通り名は死霊(レギオン)。

 

この歪みがまた、二人の救いようのない狂気を表している。

 

「あー……あの野郎が、駄目ならどうしよっかな。はあ……」

 

しかし末安は、そんな神谷の負けを予想。だからと言って、焦る様な素振りは一つも見せない。

 

未だ呑気にジューシー感重視のグミ(ブドウ味)を口へ運び込む。

 

「はあ……」

 

彼の視線は、黒スーツに身を包んだ紳士チックな男性に向けられる。

 

 

 

 

 

 

 

さて、試合は第783ラウンド目に突入。

 

しかし、今までの戦局とは大きく状況が変わっていた。

 

先述した通り、神谷は病の影響で五時間おきに薬を打たなければならない。

 

そしてサドンデスルールの影響により、その薬が全て切れてしまったのだ。

 

「だが部下に取りに行かせればいいだけの話だ」

 

神谷が吐き捨てる通り、状況が変わったからと言って負けに直結する訳でも無い。

 

そう、問題は――。

 

「なんだその目は?」

 

「あっ、いえ……。ス……スミマセン……。すぐに……薬、取ってきますんで」

 

ロングヘアーが特徴的な部下は、卑屈な笑みを浮かべながら神谷の元を去る。

 

 

 

そう問題は彼が自分以外の人間全員に対して、末安と同じ様な対応をしていたという事だ。

 

 

 

つまり残念ながら、神谷の要望に応えられる人間がこの世に存在しないと言う事も意味していた。

 

まあ、人間のフリをした死霊は別かもしれないが。

 

 

 

「……オイ、末安。闇医者のお前なら確実に薬を調達できるよな?」

 

 

 

流石に人望と縁が皆無と言うことは、彼も十分理解している。

 

と言う訳で、関係者席で試合を眺めていた末安に向かって尋ねてみる。

 

「はあ……無くなったよ、グミ。買うのだる」

 

しかし、彼は大量に買い込んだグミが全て無くなってしまったことにため息を付くだけ。

 

ちなみに観客はプレイヤーと違って会場から自由に出入り可能なので、グミ自体は思う存分買い込める。

 

「あー……そうか。お前は死にたがりだったな。だったら、安心しろ。この試合が終わったら、ちゃんと今度は殺してやる」

 

「なんか、吠えてるよ。あれ」

 

だが彼は神谷さん→神谷→あの野郎からさらにグレードが落ちた【あれ】なんかよりも、別の者に興味を向けていた。

 

そう、黒スーツに身を包んだ紳士チックで実に狂気的な笑みを浮かべる一人の男性に。

 

まさにあの殺したいほどに“憎き”神谷に圧倒的な屈辱を与える、名も知らぬ彼に。

 

 

 

「はああああああ……。グミ無いから、頭回んない。あの方の名前なんだっけ。はあああああ……」

 

 

 

もはや末安の視線は【あの方】に釘付けだ。二度とその釘が刺さったまま、ずっと抜けないほどに。

 

しかし思い返せば試合の最初の方で、対戦相手の説明を実況が丁寧にしてくれていた記憶がある。

 

だが残念ながらその時は彼に興味が無かった故、名前をすっかり聞きそびれてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして小骨ならぬ釘が喉に刺さったような違和感を抱えたまま、なんと4時間30分999ラウンドが経過。

 

――とうとう、部下が来る事は無かった。

 

「まぁ、いいさ。賭けの負け分は部下の生命保険で賄うとしよう。それに……割りの合わない仕事だったからな。末安の生命保険はボーナス分だ」

 

 

 

結果、神谷が出した結論はあえてマトを外す事。

 

当然ながらこのままゲームを続けるのは死活問題。故に、あえて賭けに負ける事を選択した。

 

 

 

 

「神谷! 遂に白旗を上げた! これは事実上、烏丸の勝利に……!?」

 

 

 

 

されど――勝負は終わらない。いや、終わらせない。

 

 

 

 

末安のすぐ隣の席で、触覚を生やした様な髪型、且つ眼鏡を付けている成人男性と一人の可愛らしい女子高生が話し合っているのが聞こえる。

 

「これが彼が……迷路の悪魔と呼ばれる所以です」

 

「め、迷路の……」

 

 

 

 

 

――悪魔。死霊の俺と似てるなあ。

 

 

 

 

 

お洒落な黒スーツに身を包んだ上品漂う紳士チックで美しさすら垣間見える実に狂気的な笑みを浮かべるただ一人の青年男性、改め“迷路の悪魔”は――絶対に、外さない的(マト)を外す。

 

ご丁寧にも神谷と“同点“に揃えて。

 

「まてまてまて待てまてまて!! 何やってんだテメェ!!?」

 

 

 

 

神谷の慌てふためいた質問に悪魔は笑顔を見せた後、最大限の狂気を持ってお返しする。

 

「何って……見たら、分かるだろ? アンタに負ける権利は無い。「だ、だっ……誰かオレに薬を持ってこい!誰でも良い!払うぞっ!金ならいくらでも払ってやる!」

 

しかし烏丸の言葉を呑み切る前に、己の危機からか必死な命乞いを観客全員にお見せする。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……グミ、そろそろキメないと。はあ……」

 

末安はこのゲームの結末を見届ける間も無く、お腹を擦りながらこの会場を立ち去る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

十何時間ぶりに見た野外の空は、どこまでも青く見えた。

 

拷問が似合う黒でも、鮮血に染まる赤でも無い。

 

 

清々しいまでの青。

 

 

――ドンッ。

 

 

さらによく耳を澄ましてみると、何かを轢く様な鈍い音だけが聞こえる。

 

決して、【あれ】から狙いを外さない様に。

 

「あ……あ……」

 

 

 

 

 

末安は途中で帰ってしまったが、このまま冷血戦の結末から説明するとしよう。

 

結論から言えば、神谷が負ける権利を迷路の悪魔が一億で買った。

 

神谷はその後、真っ先に薬を取りに行く為に外へ向かった。

 

「……この人を生かしておいても、オレ達に良い事なんて一つも無いよ」

 

しかしその道中、彼を恨んでいたロングヘアーの部下がご丁寧に車でひき逃げしたのだ。

 

自業自得。因果応報。成るべくして成った行き止まり(デッドエンド)と言えよう。

 

 

 

 

 

そんな訳でどこかの道端にて、ゴミクズの様に仰向けで打ち捨てられる神谷。

 

「だめだ……。オレは……死んじゃ……だめなんだよ……。クズ共を、殺して……やらなきゃ……」

 

 

 

 

 

 

しかし彼の目の前、丁度約1,5mほどの距離に“死霊”は立っていた。

 

「末安……」

 

「……」

 

死霊は立ち尽くしたまま、スマイルマークがデザインされたダーツの矢を神谷の方へ構える。

 

しかしその表情は、神谷と同じ様に瞳孔が開き切っていた。

 

「……」

 

「や、止めろ、止めろ……! お前は、オレに、逆らわないはずだろ。どうして……」

 

「……」

 

「どうして、どうして、どうして、オレはこんなところで末安――

 

「……」

 

問答無用。電光石火。彼が放った一投は、神谷の右目へ寸分狂わず刺さっていく。

 

 

 

「……」

 

「……」

 

 

 

 

「オレは死にたがり。でも、それは……敬える人と心中したいから。分かるかな?」

 

「……たす、助けて……金なら、払うから……」

 

「うげえ……嫌だ」

 

死霊はニヒルに口角を上げて、少しずつ血が冷たくなる神谷を見下す。

 

「……死んだか。死んだ、死んだ、ゴミみたいに死んだ。はは……」

 

すると急にだらけきった末安の瞳は、春の青さを思い出したかの様な輝きを取り戻し始める。

 

「神谷様。オレは、死者を敬うから死霊(レギオン)って呼ばれてる。嫌いな奴を死者にすれば良い。そしたら、そいつはもうオレを殴らないから。好きな奴も死者にすれば良い。そしたら、そいつはもうオレから逃げないから。まあ……たまたまオレにとっての理想の相手が死者ってだけだ」

 

 

 

……そして、生きてる時から敬えるヤツも、死者にすればいい。

 

 

 

「死の花形は何だと思う、神谷様。事故死刺殺他殺、色々あるけどオレは心中だと思う。だから……最初から敬える奴はオレと死んで貰う事にしてる。クズの様にお亡くなりになった神谷様と違って、【あの方】は派手に逝って欲しいからな」

 

「……」

 

「あ……悪魔の名前、聞くの忘れた。だるっ」

 

 

 

 

 

こうして迷路の悪魔の魅力に憑り付かれた者がまた一人、迷い込むこととなる。

 

 

 

出口がどこにも無い、行き止まりだけの迷路へ――。

 

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