「ふう……人気者ってのも困ったもんだねぇ」
此処はつい先日、神谷と壮絶なダーツ合戦を繰り広げたはずの試合会場。
其処の派手なお立ち台らしき場所にて、かの“迷路の悪魔”は迷い子の様に大人しく一人で立ち尽くしていた。
しかし前回の冷血戦と違って、野次馬や実況は一切存在しない。
それ故、場の雰囲気はため息も歓声も無いただの虚空が広がる。
ステージを懸命に照らすスポットライトの数々も、どこか悲しげだ。
「まさか本当に、この会場を貸し切るとは思いませんでしたよ」
「……あ、あの絹守さん。どうなるんでしょうか、私達」
そんな訳で烏丸から少し離れた観客席に居座っているのは、眼鏡の男性と可愛らしい美少女の二人だけ。
前回とはまた違う空気感に、二人はただ烏丸を見守る事しか出来ない。
「確か男が絹守(きぬもり)。女が美作(みまさか)。……名前覚えるのめんどくせっ」
しかし、かの悪魔の領域へ堂々と切り込んでいくのは末安。
それも何故かジップロップに入れたグミを、ラッパ飲みならぬラッパ食いしながら。
「ふっ、俺の事も覚えなくて良いぞ。何故か、もう会わないからよ。……ってそれはもう分かってるよな? この前のあれで」
こんなイカれた出演シーンにも、彼は慣れた様子で平然と対応してみせる。
「はあ……だるいから拗ねないで。オレ……死ぬ奴だけは覚えるタイプだから。烏丸(からすま)君」
「それじゃあ一生、人の名前覚えられねえじゃねぇか」
「はは……。じゃあ、どうしても覚えて貰いたいんだったらこのグミ一緒に食べよ? キマるから」
ちなみに末安の手に持つグミはジップロップからして、市販で売られているモノとは明らかに違っていた。
グミとは違う独特な甘い匂い。グミとは違う毒々しい色味。グミとは違う特別な依存性。
「うげっ……何だ、グミってそう言う隠語かよ」
烏丸は納得した様に謎めいたグミを見つめるものの、手に持つのは迷路がデザインされたダーツの矢。
「……いささか考えが小賢しいんじゃないか? 麻薬グミで動揺誘うなんてよ。麻薬でイキるのは中学生で卒業しとけって」
「あー……そうか。ああ、そう受け取るか。……はあ、解釈違うなあ。うーん……やっぱ、あれだ。死体にした方が話合うな」
ただし相手の反応が思っていたのと違ったらしく、末安は試合直前にしてテンションがだだ下がってしまう。
もう全てに嫌気が刺したのか、持っていたグミも全部床に叩きつける。
「じゃ、始めて胴元さん。はああああああああああ……」
そして彼のため息を合図に、ステージ下からせり上がるのは二台のダーツ台。
だが今宵の円盤は、とても透明に澄んでいた。
「今回行うゲームは……【一投ダーツ】です」
――時は数日前。空の色はまだ透明に近いブルーな頃。
迷路の悪魔改め烏丸と眼鏡の男性改め絹守の二人は、どこか歩道をのんびり散歩しながら雑談を繰り広げていた。
「最近、様子が少々おかしい気がしますね」
「……いきなり何の話だ? と言うか……何がおかしいって?」
「おや……意外ですね。自分で気付いていらっしゃらないご様子で」
雑談テーマは、烏丸の様子に違和感を感じること。
「……いや、全然普段と変わらないだろ?」
烏丸徨(からすまこう)。通り名は迷路の悪魔のダーツプレイヤー。賭けダーツの世界でも、名前だけなら聞いた事があるほどに有名人でダーツの腕前は超一流の天才、さらに心理的な揺さぶりにかけては唯一無二。ただし自宅の場所も見失うと言う、極度の方向音痴が玉に瑕。……って感じで言ってみましたけど。こ、これで良いすかね。
上出来。グミあげる。
「紙の地図を上やら横やらひっくり返してやら、眺めてるじゃないですか」
「いつもの事だろ」
「未だにタブレットの操作が出来なくて、四苦八苦してるじゃないですか」
「いつもの事だろ」
絹守一馬(きぬもりかずま)。講談組と言うヤクザの若頭。烏丸とは長年付き合いのあるビジネスパートナー。一見、触覚を生やした様な髪型の変人。だがその正体は……冷血戦で催した試合会場を取り仕切っている胴元。つまり……彼も彼で狂気に満ちているという事になる。……以上です。
あっそ。
「それでは……」
「だぁああ! さっきからどう言うつもりだよ! 様子がおかしいのはお前の方じゃねぇか!」
烏丸は大声ツッコミに近い声量で、絹守の方が盛大に変人染みている事を指摘する。
「いえ……もしかして、“あの子”の事をまだ気にしているのかと思いまして」
一方の絹守は動じることなく、烏丸の様子がおかしい原因であろう“あの子“について直球を投げかける。
あの子。俺や末安さんと同じ、神谷被害者の会の一員である女子高生。神谷との因縁から烏丸へ引き合わせてくれた救世主でもある。そ、そして……。
そしてこのオレ末安にたった今、脅迫されている哀れな被害者。……と、そんなところかな。ねえ、美作美琴(みまさかみこと)さん。
「……あ、烏丸さん! 絹守さん!」
すると二人の前に、可愛らしいあの子がスマホ片手に忙しない表情で登場する。
「おや、噂をすればと言う奴ですね」
「……ったく、悪い奴には関わるなって言ったんだけどな」
しかし二人の発言も意に介さず、美作は応答無用でスマホに写った画面を見せる。
「ああああのっ……! 私、神谷の関係者から変な動画が送られてきて……! あの、えーと……このままだと、殺されちゃいます! 烏丸さんが!」
彼女の画面には、骨と皮だけ出来た不気味な顔面が浮かんでいた。
さらにその顔は美作達の反応を見ては、にたにたと気色悪い笑みもついでに浮かべる。
「それで……合点が行ったな」
だが烏丸絹守コンビはその恐怖映像を見ても一切、驚愕することは無かった。
「え……?」
「ハハハ、あそこを見れば答えは直ぐに分かりますよ。美作さん」
二人は中々に呆れた表情を見せながら、自分たちが居る歩道とは反対車線に属する向かい側を指差す。
其処にはスマートフォンのカメラ機能で自撮りする末安、そして隣でグミをもぐもぐ食べて佇むもう一人の男性が居た。
ちなみに隣の男性は、神谷を轢き殺したロングヘアーの部下だ。
――はあ……良いよ、お前等出て。
するとその掛け声を狼煙代わりに、ガスマスクを装着した謎の集団が十数人規模で烏丸達を取り囲む。
「オレは末安正輝(すえやすまさき)。通り名は死霊(レギオン)。神谷様のかかりつけ闇医。何故、死霊(レギオン)と呼ばれているかと言うと……」
さらに今度は自分の自己紹介をボソボソ話しながら、車両がまかり通る車道へ意気揚々とジャンプする。
当然の如くクラクション音やブレーキ音が奏でられながらも、一切動じることなく彼は向かい側の烏丸達の元へ歩みを進める。
「嫌いな奴は死者になればいい。好きな奴は死者になればいい。そして一番好きな奴は……オレと一緒に死者になればいい。そう思わない? 烏丸君」
そして神谷が車に負けてボロ雑巾が如く轢かれ死んだと言うのに、なんと末安は無傷で完走を遂げる。
「こっちに来なくても、さっきからその間抜け面は見えてたけどな。それで、この子まで呼び寄せて……アンタ、何の用だ?」
「……ええ、説明だるいなあ。まあ、そこらへんは上手く塚本君がやってくれるでしょ」
彼が雑に手を招く動作を見せると、ロングヘアーの部下改め塚本君も身体を震わせながら車道を渡り始める。
「す、末安さんは……貴方と心中しに来たんす。烏丸さん。えー……心中場所は、“神谷”が居た試合会場。あっ、会場は貸し切りにする予定で絹守さんとの交渉次第ですが、その、あの、日にちは今から数日後で……」
そして何とか渡り切ったはずの塚本は動揺が止まらないのか、何の脈絡もなく心中誘いについての説明を開始してしまう。
「次からは説明上手い奴を起用するんだな。死霊(レギオン)くん」
すると何か事情を知っている美作が、説明下手の塚本に代わってこの状況について教えてくれる。
「私はあの末安さんって人に言われたんです。……『殺し合いのダーツで一緒に遊んで欲しい』って頼んでくれ、って。それも、わざわざ烏丸さんの場所をリアルタイムの動画で送りつけて。でも……」
「成程、それで烏丸さんの元まで来て警告したかった訳ですか。私達を彼等から逃がす為に。……しかし、感心しませんね。直接、私どもに言えば良かったのでは? どこに堅気である彼女を利用する理由が……?」
絹守は随分と回りくどい策を練る末安に、心底理解が出来ない様子で居た。
「はあ……理解度が低いなあ。烏丸君は巨乳の頼みに弱い。常識でしょ? だから彼女を通した。あと人質になるから」
烏丸はそれを聞いて、美作の実りに実ったたわわ胸を凝視しながら妙に納得した表情を緩める。
「それじゃ、話戻そっか。……オレが住んでた家?地域?って言うのかな、まあめんどいから良いか。オレの住んでた“地域”で催されてたダーツって、人が普通に死ぬもんだと思っててさ。だから、君とダーツで心中誘いしてみたけど……どうかな? 受けて来るかな?」
「ふーん……誘い文句のセンスは壊滅的だな。ただ、その地域って……」
しかしそのお誘いは烏丸が答えを出す前に、残念ながら遮られてしまう。
口角が不自然に吊り上がる笑顔が張り付いた絹守に。
「まあ、烏丸さんは有名ですからね。こういう依頼もあるでしょう。しかし、会場の貸し切りについては……」
「あ、忘れてた。出すもん出しちゃって」
すると塚本がいきなり何処から用意してきたのか、手に持つアタッシュケースを三人に向けて手際よく開ける。
「これは……お金?」
そのケースの中身は、中の中までぎっしり詰まった札束達だった。
「オレは闇医者。儲け良い。これで伝わる? 伝わらないなら、もっとあげるけど」
その声色は、烏丸以外がこれ以上首を突っ込んでくれるなと言う威圧を込めている様に思えた。
「ええ、それはもう。確かにこの金額なら貸し切りは可能です。ただし……ルールに例外はありません。大金を払おうが死霊であろうが私どもに従って貰いますよ?」
「あっそ。まぁ、いいや。オレは烏丸君と試合したいだけだから。賭け金は……1億2800万で」
さてようやく烏丸との試合がマッチングされる様で、末安は夢見る乙女が如く鼻歌を軽やかに奏でる。
「と言う訳で、後は烏丸さんが受けるのみですね」
「あ、あの……私、試合を止めるつもりで此処まで走って来たんですけど。なんで、こんな事に……?」
美作は裏社会特有のノリに付いてこれず、普通に素で引いてしまうほどに動揺する。
「……オイオイ、なんでオレがそんなヤバい依頼受けなきゃいけねーんだ? こんなの受ける訳無いだろ。
「そ、そうですよね! 何だ、私の考えがおかしいのかなって思っちゃいました。やっぱり、烏丸さんは私が思ったより――」
オレが……普通のダーツプレイヤーならの話だけどな」
「あの、もしかしてこの中でまともなのって私だけなんじゃ……」
するとその返答を聞いた途端、上機嫌だった末安は一瞬で死霊が宿った様な恐ろしい表情へ変わる。
「良かった。可愛いこの子を風俗漬けにして脅すだなんて真似しなくて済んだ」
「え、え……?」
彼は瞳孔が120%開眼した顔付きで、美作の艶やかな頬をガリガリの手でいやらしく撫でる。
「気が変わって……逃げるなよ、悪魔。言っとくけど、オレはいつまでもお前達に憑りつくから」
「……舐められたもんだな。そんな脅迫無しても、受けてやるよ。それにアンタが居た“地域”についても知りたいしな」
その堂々たる烏丸の返答を聞いて、ようやく末安は少しだけ笑みを含める。
◇ ◇ ◇
「はあ……」
「あ……す、すみません! あの、頭がパニクってて……説明が上手く行かなくなって……」
そのあとガスマスク集団はどこへやら末安と塚本の二人だけで、狭っちい路地裏にて反省会を行っていた。
「はあ……“神谷”ってどういう意味?」
「は、は……?」
「もう一度だけ聞くんだけどさ……“神谷”ってどういう意味?」
「いや、あの……質問の意味が」
烏丸との試合が決まってさぞウキウキしていると思われていた末安であったが、どうやら何かに気に食わないで怒っている様子だ。
「塚本君は教えられなかったのかな。死者は敬うべきだって」
「そ、そりゃその……」
「だったら“神谷様”って敬うべきだよね。なあ、塚本」
「な、何の話なのか……。あ、あああああ……! 嫌だ、助けて、たすっ……」
彼は随分と慣れた手付きで、塚本の舌を右手で無理やり引っこ抜く様に掴みかかる。
さらに余った左手で、胸のポケットに仕舞っていたスマイル印のダーツの矢を取り出す。
「助、けて、助け、て、助けてくだっ……さ……」
末安は顔全体が歪んだのかと錯覚する様な恐ろしい顔色で、大量の血しぶきを浴びる。
「……汚っ」
◇ ◇ ◇
「今回行うゲームは……【一投ダーツ】です」
時は戻り、数日後に位置する現代。其処には澄んだ青空など、どこにも無い。
こうして絹守の言葉で、血や闇が似合う死霊戦は静かに開幕を迎える。