烏丸はまさに悪魔としか言いようが無い形相で、動揺の色を見せる末安へ笑ってみせる。
「……なら喋ってないで、さっさと打ったらどうだ?」
さらに続けてそのダーツの矢を決して迷わず、自分の方向へ投げ飛ばす様に宣言(アドバイス)。
「は、はははは……。今更、オレが日和って打てない奴だとでも思ってるのかな? ……オレの事、舐めすぎだってこの野郎」
しかしそう言ってみたものの、末安は彼のただならぬ言動を冷静に分析しようと必死に試みる。
・案その1。ダーツの矢を素手でキャッチする。
はっきり言ってどんなに予測出来ていようが、それを取れる超人的身体能力があるかどうかは別問題。烏丸は着痩せする筋骨隆々細マッチョタイプで無い限り、この可能性は極限まで捨てていいだろう。よって無し。
・案その2。この場からの逃亡、或いは降参。
ダーツの矢に刺されたくないがために、この場から尻尾を巻いて逃げてしまうかもしれない。何ならみっともなく、白旗を振る恐れすらある。無論、迷路の悪魔である烏丸がそんな事をしないと信じているが。よって無し。
・案その3。骨を断って肉を切る相打ち戦法。
要はせめて末安と道連れにするべく、ダーツを互いに心臓を突き立てると言う案だ。これは心中狙いである彼にとってこの上なく嬉しい魂胆なのだが、それをわざわざ烏丸が乗る理由は皆無。よって無し。
・案その4。単なるハッタリ。
正直言って、これが一番可能性が高い。もしかして何かこの場を切り抜ける大胆な秘策があるのか、と惑わせる作戦だ。だがいかにハンサムだろうがイケメンだろうが、突如反撃のアイデアが沸く事は現実的にあり得ない。よってあり。大ありだ。
そして最後に思い浮かんだ提案を真っ先に採用した彼は、躊躇なくそれを投げこもうと考える。
「残念、時間切れだな。てか、いくら考えても無駄だっつーの。この迷路に抜け道はねぇよ」
すると彼はわざわざ、ダーツの矢を構える所作すらすっかり取りやめてしまう。
「はあ……。何か言ってるよ、【あれ】」
しかし逆にこの瞬間、末安は間違いなく十中八九、いや十中十十ハッタリだと確信。どんなにズブの素人が横から上からひっくり返って眺めても、明らかに挙動が不自然過ぎる。
要は自分には何か秘策がありますよって言うアピールがしつこ過ぎて、逆にこいつ何も策を用意してないなって言うのが透けて見えてしまった。
【あれ】【あれ】【あれ】
ゴミクズを見る様な冷めた目線で、彼は烏丸達三人を眺める。
だがこの場面は、ハッタリを切り通すしかないのもまた事実。
心臓を避ける為に腕を差し出しても、恥を忍んで逃げ出しても、末安はそれを予測して的へ投げられる。そして逆も然り、烏丸もそれを披露する技術を持ち合わせている。
ダーツプレイヤーはそう言うものなのだから。
「そ、そうなんですか……?」
「ええ、そうですよ。そう言うものです」
【殺せ】【殺せ】【殺せ】
【烏丸様】【美作様】【絹守様】
「……ああ、オレの回りに犇めく死霊様達が喚いてる。殺せ、殺せ、殺せって。鬱陶しいなあ……」
しかし同時にあの烏丸がこの程度で本当に終わってしまうのか、と言う疑問と失望がぐるぐると丸を描いて渦巻く。
さらにその渦巻へ、殺意も好意もごちゃ混ぜに入れ込むもんだからさあ大変。
「随分、長ったらしく考えてくれてるんだな。じゃあ、オレが正解出してやろうか。ふっ、このゲームの正攻法はこうやるんだよ」
引き延ばしと見間違うほどに熟考を重ねる末安の思考回路に、彼は言葉に冷笑的な含みを持たせて話の流れを斬り捨てる。
そして烏丸がこの場で実行した案は、末安が想像したどれでも無い。
・案その5。自傷。
あたかも注射でもキメる様に、自身の右腕の血管が浮き出た二の腕部分へダーツの矢を容赦なく突きつける。
「……はあ? な、何してんの」
しかし絹守と美作の二人は末安と違って、大量の血液が飛び散る烏丸の腕に目を向ける事は無かった。
「ガ、ガラス盤に血が付着して……」
なぜなら、誰にも見えないはずのガラス盤は真っ赤な血しぶきで染められていたのだから。
「え、何? どう言う事? は、は……何これ? 意味分かんないなあ、ええ……変な事しないでくれるかなあ……めんどくさっ」
しかしそんな単純な事実にも関わらず、末安は烏丸に対して酷く動揺してしまう。
「はあ……。何で、オレの方のダーツ台に血……飛ばしてんの? オレに見せてもしょうがないでしょ。ああああ……解釈違うなあ。何で、意味分かんない事すんのかなあ」
末安は自分の思い通りにならないから烏丸に対して、明らかな苛立ちを覚えていた。
それもそのはず。彼が実行した案その5は、自傷にまで飽き足らず【対戦相手のガラス盤を血で汚す。】だったのだから。
そして肝心の烏丸は腕から滴る大量の血を、口を開けては思う存分舌なめずり。これではラッパ食いならぬ、ラッパ飲みだ。
「……死霊の正体見たり枯れ尾花、ってか」
するとそれだけ言い残して彼は、今まで己の腕を抉っていたダーツの矢を血のガラス盤へ思いっきり投げ飛ばす。
「あっ……」
「……お見事」
「は、はあ……?」
――パリンッ。
ため息の音だけが聞こえる中、響くのは軽々しくガラスが割れる効果音。
此処まで来てようやく、この場に居る全員が悪魔の真意に気付く。
「はあ……ハあ……はア……割れてる。オレの盤があ……」
胸には何も突き立てられていないのに、末安はどうしようもない息苦しさを感じる。
それもそのはず、烏丸の案は【自傷】【対戦相手のガラス盤を血で汚す】だけでは無く、【血で炙り出した対戦相手のガラス盤を自分のダーツで割る】事も含まれていたのだから。
「ふっ……あっさり、一投で終わったか。毎回、こう楽だといーんだがな」
と言う訳で、烏丸の盤が不慮のアクシデントにより割れてしまった為、絹守はその場で立ち上がり宣言する。
「残念ですが末安さんのダーツ台は割れてしまったので、得点は無効になります。ルール説明の通り、どのようなアクシデントも受け付けません。さらに一枚だけのパネルも割れてしまった為……ゲームは強制終了させて頂きます。こちらの方もクレーム等は……」
「はあ……違う、違う、違う。このオレがこんな簡単に負ける訳無いから。そんな訳無いから。はあ……はあ……思ってたのと……違うんだよなああああ……」
今の彼はまるでけいどろに意気揚々と参加したが、直ぐに捕まって出番を終えた哀れな子供の様。
あまりに簡単な決着に、末安は実感すら沸いていなかった。まるで自分が斬られている事に未だ気付いていない、やられ役(モブ)の様。つまり、誰がどう見ても哀れで惨めで滑稽であった。
「ケッ……何が死霊だ。あんだけ期待させといて、生き恥晒しに来ただけじゃねーか。神谷の方が明らかに強かったぜ」
「はあああああああああ……殺せ、殺せ、殺せ……」
「負けたアンタはオレを殺せない。そして、オレも……アンタを殺さない。てかオレ、人殺しになりたくねーし。……だからずっと、そのままみっともなく生き恥晒してこれからの人生過ごすんだな」
「殺せ、殺せ、殺せ……」
「お前が居るそこ、其処が行き止まり(デッドエンド)――
「殺せ、殺せ、殺せ……はは」
しかし末安は、このどう足掻いても逆転すら不可能な状況で――少しだけ笑う。