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母の影響か物心ついた時から車に囲まれた生活を送っていた。
正直それが鬱陶しいと思った時期もあったけど、ある時母の車の助手席に座って母の走りを間近で見てからその想いは180度変化したと言ってもいい。
…自分も母の様に速く走りたい。
そんな想いを抱きつつ始まった彼女の高校生活だったが、
母からは体調の心配もされたし友達もだいぶ減ったが自動車免許と自分の車がどうしても欲しかったから仕方がないと割り切った。まぁ友達はそもそも少ない方ではあるけれど(汗)。
そんな訳でついこの間免許を取ったアリス・マーガトロイドは今ディーラーに立ち寄って、その店を切り盛りする知り合いから車を紹介してもらってる所である。
??「はい、これがアンタの車。修復歴は無いけどクセの強い車だからね、精々事故らない様にする事ね」
もっとも、無免で峠を走りまくったアンタに言う事じゃないと思うけど…と当てつけかの様にチクリと付け加える。
アリスが立ち寄った『オートショップ水橋』のオーナーを勤める彼女…水橋パルスィはあまり感情を表に出さず素っ気ない対応をする事が多いからか、一部の走り屋界隈からはよく無愛想な店主だと言われがちである。
確かに初対面の相手に冷めた目付きで塩対応を取られたらそう言われるのも無理は無い。しかし2人は親同士が友人関係であった事もあって子供の頃からお互いの事をよく知っている。いくら店主と客という関係であろうが気心が知れている間柄ならば多少は砕けた口調になるのも頷ける。故に軽口を叩かれてもアリスは気にも留めていない。
それに贔屓にしている客からはサービスが良いとの評判を得ているのもまた事実。そりゃそうだ、パルスィはその道の分野においては群馬県内、ひいては関東エリア内で知らぬ人は居ない腕利きのチューナーなのだ。
…とはいえそんな有能チューナー水橋パルスィであっても結局は人の子、自分のディーラーを気に入って何度も利用してくれる所謂リピーターへのサービスを優先させるのは当然の事。小姑の如くあれこれ注文を付けるくせに「工賃が高い」などと抜かす輩はこちらから願い下げなのだ。
この点に関してはアリスも100%同意。もっと言えば『どの分野においても高い技能を持った技術者にはそれ相応の対価を支払うべきだ』という考えがある。値切り交渉などもはや論外。
2人は同い年。だがパルスィは中学を卒業してすぐに母親の跡を継いでチューナーへの道を歩んだ為高校には通っていない。何故高校に行かなかったのかとアリスが問えば…
パルスィ「だって義務教育は中学で終わりでしょ?そこからどの道に進むかは本人の自由だし。
それに多くの物事を学んだとしても貧乏器用になるだけ、何か突出した能力が1つでもあれば社会人として生きていくには充分よ」
…などと返された。どうもそれが水橋パルスィの人生哲学のようだ。
さてさて、話がかなり脱線してしまったが今アリスの眼前に佇む車はシャープな顔つきをした2シーターの白いオープンカー。カタログでその車を見たその時からこの子のオーナーになるんだと心に誓った存在……つまるところアリスの一目惚れである。
『箱根の山を一番速く下るバイクを作る』という意気込みから産声を上げたメーカーが20世紀末に生み出した本気のFRレイアウトスポーツモデル。一応試乗もしたがどちらにしろアリスの気持ちに変わりは無かった。
NAでありながら1リッター当たり125馬力を絞り出すパワーを持ったエンジン、ダブルウィッシュボーン型サスペンションから生み出される驚愕のコーナリングスピード、乗るべき人が乗ればその性能を遺憾なく発揮してくれる事間違いない。
そう、乗るべき人が乗れば…
余程早く乗りたかったのか支払いを済ませてキーを渡されるや否やコクピットに乗り込みセルを回す。V-TEC特有の甲高いエキゾースト音を奏でる晴れて自身の愛車となったS2000にしばし酔いしれる。周辺に民家があるので間違ってもアクセルを吹かす真似はしないが。
現時点ではまだ先の事だが、これからこの車に色々と手を加えてアップデートしていくつもりだ。無論お金が貯まってからの話である為に当分はつるしのままだが。
「それにガソリン代も含めた維持費の事もあるし、またしばらくはバイト漬けね…」ハァー
パルスィ「…その大袈裟な溜め息が妬ましいわね。まぁ精々体調には気を付ける事よ」
「あら、心配してくれてるの?」
パルスィ「これでも一応友人だからね。
…用が済んだなら早く帰りなさい、私だって忙しいのよ」
「はいはい」
ここまで皮肉交じりな発言を連発した挙げ句にさっさと帰れはあんまりではなかろうか?とはいえ確かにこれ以上長居してもパルスィの邪魔になるのは事実であるので素直に従う。
「…アンタの身に何かあったらアンタの母親が煩いのよ。体調管理はしっかりしなさい」
ゆったりと店を出るS2000の背中を眺めつつボソリと呟いた本音はエキゾーストノートにかき消されてアリスの耳に届く事は無かった。
◇
手に入れた愛車で峠に向かい早速友人達に御披露目…よりも先にアリスが向かった場所は自宅。その理由はついさっき信号待ちの時に何気なく確認したスマホの待受画面を見れば一目瞭然であった。
『アリスちゃーーーーーん♡車買った~?』
『買ったなら早く帰ってきて~』
『アリスちゃんどうしてママの事無視するの~?』
『アリスちゃんがそんなこになってママかなしいなー…』
『ありすちゃんかえったらおしおきね』
アリス「……(汗)」
アリス宛に書き綴られた母親からのSMSは後半に行けば行くほどどす黒い何かに溢れているのは字面を見ればよく分かる。それだけに留まらず母親からの不在着信が7件あった。ここまで来ると愛情を通り越してもはや狂気である。
とりあえず『今帰ってるところ』とだけ返信をしておいた。
ところでこのS2000にマウントされているF20C型エンジンはレッドゾーン近辺まで回して初めてそのパワーを発揮する高回転型のユニットであるが故に低速走行が基本の一般公道では加速はかったるく、それでいてエキゾーストノートはどことなく情けなさを感じる。
早く峠に行ってV-TECサウンドを響かせたいなぁ…という衝動に駆られつつアリスはとある民家の前で車を停めた。洋風な外観で2階建ての戸建住宅というどこにでもありそうなこの住宅こそアリスの自宅である。
車を停めて降りるや否や玄関の扉が開き、そこからアリス目掛けて猛ダッシュで駆け寄る1人の女性。アリスはこれからこの女性が自分に対して何を仕出かすか想像が付いているのか気持ち顔を引きつらせながら相対する。
外見は一言で言えば金髪白眼、どことなくアリスと同じ雰囲気を纏ったこの女性こそがアリスの母親で先程彼女宛に狂気染みたメッセージを送り付けた張本人。名をアリシア・神綺・マーガトロイドと言う。
ズダダダダという擬音でも発していそうな程の全力疾走でアリスの眼前までやって来た。そしてもはや諦めの境地に達した娘に対して神綺ママがとった行動というのが…
アリシア「おっ……かえりなさーーーーーい!!」ギュムーーー
アリス「ぐえっ」
渾身の力を込めた羽交い締めもとい、抱擁である。
アリスを抱きかかえた状態でまるで子供かの如くピョンピョン跳びはね、喜びを全身で表現する神綺ママ。一方のアリスは対照的に締め上げられる苦しさと、この姿を公衆の面前に晒される恥ずかしさで死んだ魚の様な目をしていた。
幸いにもここは閑静な住宅街である為、人通りは少なくたまにチャリンコを漕ぐマダムに温かい眼差しを向けられる程度。だがしかし、アリスは思春期真っ只中の高校生。家の中でやられるならまだしも外でコレをやられたら恥ずかしさのあまり息が絶えそう。
アリス「ママぁ、お願いだからもう離して…」
アリシア「やだ。これはママの着信を無視したばーつ♡」
…と、この様に愛情表現だけでなく時に娘の粗探しをしては落ち度を見付け、理不尽にもお仕置きという名目で発動する神綺ママの抱擁。本人曰く『アリスちゃん成分』なる物を補給しているとの事。はてさて何を言っているのかサッパリ分からない。
??「…神綺さん、そろそろ離してあげたらいかがですか?」
アリシア「えぇー嫌よ…って、誰かと思えば夢子じゃないの」
このまま続くと思われた神綺ママの全力抱擁は第三者からの呼び掛けで強制的に終わりを迎えた。あからさまに不服そうにしながらも夢子に言われた通りアリスを離す。ようやく解放されたアリスはというと、目を白黒させながら口から泡を吹いて瀕死の状態であった。まだまだ人生これからというのに母の抱擁という情けない原因でのお陀仏は御免被りたい。
夢子は神綺ママの高校時代の後輩にあたる人物で、当然アリスとも知り合い。というかアリスが赤ん坊の頃から知っている。
大学の頃にはサークル活動の一環として走り屋をやっており、度々神綺ママから指導されていた。残念ながら夢子本人の走り屋としての実力は中の上留まりであったが、特に本人に何かしらの野望があった訳ではなかったのでまぁいいやと思っている。
夢子「本当、神綺さんは昔から変わりませんね…
アリスちゃんも年頃ですから少しは控えたらどうですか?」
アリシア「やだやだ絶対に嫌だぁ!」プンスカ
夢子「……」
夢子から見て神綺ママの愛娘への溺愛っぷりは少々…イヤかなり常軌を逸しており、目はおろか鼻や十二指腸に入れても痛くないと豪語する程である。その愛情は娘のアリスですら重く、そしてしつこく感じる程に…
ふとガレージに目をやる夢子。そこには現在のアリスに対するソレと同等とも言うべき愛情を20年以上注いできた神綺の愛車がある。色こそアリスのS2000と同じ白だが年式は神綺の愛車の方が古く、そしてこの車もまたマニアの間では日本の自動車業界に新しい風を吹き込んだ『名車』として知られている1台。
高度経済成長期に伴い自動車開発競争が激化してきた1960年代、マツダ自動車は従来のレシプロエンジンとは異なる内燃機関であるロータリーエンジンの実用・量産化を世界で初めて成功させた。その功績を引っ提げて登場した車というのが神綺の愛車『コスモスポーツ』である。ちなみに型式はL10Bで後期型にあたる。
かつて神綺はこのコスモスポーツを駆り、秋名山最速の走り屋として君臨していた。当時は今以上に女性の走り屋の存在は少なくそれだけでも注目の的であったが、それでいて速いときたら神綺の株が右肩上がりになるのはある意味必然とも言えた。
ナンパ目的で近付いてきた男達をその走りでもって蹴散らす様は瞬く間に群馬県内…もっと言えば関東圏内の走り屋の間で有名になり、その姿から人は彼女を『秋名の山賊狩り』又は『秋名マイスター』と称した。
神綺は自身が現役で走り屋をやっていた頃は基本的に自分と同等かそれ以上のドライビングテクニック(以下ドラテク)を持つ者としかバトルしなかった。その為か、今の若い走り屋は神綺の伝説はおろか神綺という走り屋が居たという事実すら知らない人も多い。それは秋名を地元とする走り屋であっも例外は無い。
その伝説を知る数少ない生き証人の1人である夢子の証言をざっと紹介すると、神綺は峠を攻める時には決まって鼻歌を口ずさむ。しかし優雅な鼻歌とは対照的に見える景色はジェットコースターよりも恐ろしかったという。
また同乗者の怖がる顔を見るとサービス精神が煽られるのか、過激な走行は益々エスカレートしていき同乗者の意識を深淵へと旅立たせていたと言う。その為、夢子を始めとした神綺の知り合いは尊敬と畏怖の念を込めて彼女を『クレイジーアリシア』と呼んだ。
そんな幾つもの二つ名で呼ばれ秋名山を席巻した神綺も現在では一人娘にメロメロな神綺ママとして幸せな毎日を過ごしている。
さて、立ち話が長くなってしまったがアリスはまだ正式に帰宅を告げた訳ではない。これからかつて神綺が自身の腕を磨いた秋名山へ赴き、そこに居る友人達とS2000をお披露目するという予定があるのだ。
アリス「…ママ、私そろそろ山に行かなきゃ」
アリシア「…あらそう?じゃあアリスちゃんが無事に帰ってくる様に行ってらっしゃいの『ハグ』をしなきゃ♡」
アリス「ええ!?ハグならさっきやったじゃん!」
アリシア「あれはお仕置きであってハグではありませーん」
アリス「(横暴だ…)」
結局神綺ママが納得するまで抱擁され、出発が許されなかったアリスであった。
◇
― 秋名山 ―
高崎市の北東部に位置するここ秋名山は昔から走り屋がよく集う場所として有名だったが、近年走り屋達から群馬エリア内で高い評価を得ている峠として知られている。
確かに温泉地が程近い事や名物の5連ヘアピンがある事など有名になる要素は幾らかあるが、ここで言う評価というのはこの秋名を地元とする走り屋のレベルの事を指す。
その理由の1つに『プロジェクトD』の存在が挙げられる。プロジェクトDとは赤城山を本拠地としていた走り屋チーム赤城レッドサンズのメンバーが中心となって結成し、僅か1年間の活動期間でありながら関東圏内各地の峠のコースレコードを塗り替えるという伝説を残して解散した謂わばドリームチームである。
チームのリーダーは高橋涼介。ドライバーはヒルクライム担当が涼介の弟である高橋啓介。そしてダウンヒルの担当を務めたのが藤原拓海。
この内の1人、藤原拓海こそかつて秋名山で無敵のダウンヒラーとして名を馳せたドライバーなのだ。元々営業車であったAE86トレノを駆り高橋兄弟のRX-7を始め、GT-Rやランエボといったハイパワーなマシンを相手に次々と勝利を収め、いつしか『秋名のハチロク』という異名を与えられた。
拓海の出現から秋名山の株は一気に上がりレベルの高い走り屋達がひしめく場所として位置付けられたが、実際のところは特別遅くもなければ速くもないといった走り屋ばかりで勝手に番付を上げられてオロオロしている人が多いという…
拓海の友人兼ライバル(自称)でこの秋名を本拠地とする走り屋チームの1つ『秋名スピードスターズ』のメンバー武内樹は毎夜1人で秋名に赴いてはコーナーを攻めて自身のレベルアップを図っている。今回は上りを攻めているようだ。
樹「は~あ~。いくらターボ付けたとはいえ俺の85上りだと全然パワー出ないよなぁ…」
彼の愛車はAE85。見てくれこそハチロクと瓜二つなのだが、性能はハチロクが煌びやかさを満天下に知らしめる月ならばハチゴーは泥に埋まったすっぽんと例えた方が良いだろう。余談だが樹本人もハチロクだと思い込んで購入したらしい。
腕の方はというと、始めの方はヒール&トゥすら出来ないという目も当てられないレベルであったが拓海のコーチングによりメキメキと上達していき今ではチーム内で1、2を争う実力にまで昇華してみせた。チーム全体のレベルはさほど高くないという事は黙っておこう。
秋名の峠は5連ヘアピンが名物とされている様に低速コーナーがメインのコースと思われがちだが、意外にもパワーセクションもそれなりにあってエンジンパワーと足回りのトータルバランスが特に求められる。樹のハチゴーはパワー不足を解消するべく後付けターボ仕様となっており馬力は上がったのだが、ターボ化への費用が掛かり過ぎたのか足回りや駆動系には手が付けられていない。
ぶっちゃけて言うとこれは非常に宜しくないパターンである。何故ならパワーが上がる=スピードが出る(特に下り)=ヤワな足では曲がらない=ブレーキは貧弱で止まらない=事故る…というリスクが高まるからだ。秋名の様なトータルバランスが求められるステージでは馬力に見合った足回りのセットアップも繊細に行わなければならない。
そんな逆三角形の様な感じに仕上がった車を走らせいつの日か拓海に追い付くんだと気持ちを抱きつつ峠を攻める樹のハチゴーの背後にいつの間にかピタリとくっ付いてパッシングする1台の車。
アリス「…あのー、早く頂上に行きたいんですけど。どいてくれませんか?」
正体はアリスのS2000であった。アリスにしてみれば挑発したつもりは全くなく、ただ単に道を譲って欲しいという意味でパッシングしたのだが……樹の反応は真逆であった。
樹「なにおう、受けて立ってやるよ!!」
吠える樹、アクセル全開で加速するハチゴー。どうやらバトルの挑戦と受け取ったようだ。
アリス「(イヤ、そういう意味じゃないんだけど…)」(汗)
思っていたのと違った反応に一瞬戸惑うも、すぐに思考を切り替えて少しだけ付き合ってみる事にした。アリスの目は少しばかり真剣な物になりハチゴーの動きを観察する。
アリス「(相手はハチロク……違う、この排気音はハチゴーかしら。その割にはパワー出てるし直線も意外と伸びてる。
でも足元はお留守な様ね)」
樹には失礼な話だが、アリスにとってみれば遊び同然であるが故にドリフトも控えめである。不安定な挙動で走るハチゴーを見て無理に仕掛けるのは危険と判断したアリスは安全に追い抜く方法を探る。
アリス「(…車の性能はこっちの方が明らかに上、前の車は挙動が危なっかしいし無理に行くのは危ないわね…
この先のヘアピンを抜けたら一時的に3車線になる区間があるからそこで行きましょうか)」
ガチなバトルなら5連ヘアピンを抜けた先、左右に3回続く中速コーナーでも行こうと思えば行けたがこの場合はそうではない(あくまでアリスサイドでの話)。やがて右のヘアピンカーブに差し掛かり両者共にブレーキング、充分に車速を落とした状態でコーナーを曲がる。
この時アリスは念には念をという事でややワイドなラインを描き、クリッピングポイントを奥に取る走り方をした。クリップというのは車をコーナーの内側に近付ける事であり、クリッピングポイントとは内側に最も近付いた瞬間の事を指す。ただしこのポイントはドライバーの走らせ方次第で変化する物である事を覚えておこう。
アリスの走らせ方を例に挙げて説明する。ヘアピンの入り口から真ん中近辺までアウト側からアプローチする事で相手の車のテールが一瞬離れる。しかし出口では車を直線的に走らせる事が出来る為、コーナーの立ち上がり速度を稼ぐ事が出来る。すなわちクリップを奥に取るという事は立ち上がりの加速に重きを置いた走法なのだ。
ヘアピンを立ち上がりRの緩いS字を抜けた先にアリスの言っていた3車線の全開区間が姿を現す。この区間は現在の進行方向の反対車線側が登板車線を備えた2車線道路となっている為、ここだけ一気に見晴らしが良くなる。アリスのS2000はハチゴーの右サイドにマシンを振り両者はたちまち並走状態となった。
しかしそれも束の間、S2000はハチゴーとの加速の差を見せ付けるかの様に一気に追い抜き前に出た。
樹「え…S2000、しかも女の子!?」
アリス「ごめんなさい、今は貴方と付き合ってる暇は無いの」
S2000がハチゴーを抜き去る一瞬…ほんの一瞬だけ両者の目が合った。アリスは特にこれといったリアクションは無かったが樹は非常に驚いた顔をしていた。
樹「……!まだ、ここを抜けたら次は連続S字の区間。もう一度前に出てやるぞ!!」
3車線道路の先は大小2つのRを結んだ複合コーナーがあり、更にその後に連続S字区間が待ち受けている。アクセルを床まで踏み込む時間は無いに等しく、人によってはフラストレーションの溜まる区間とも言えよう。
樹にとっては反撃のチャンス。逆にここを逃せばその先にあるスケートリンク前の直線で突き放されていよいよ勝負権を失ってしまう。仮に勝てないにしろ、なんとか最後まで食らい付いて見せ場を作りたい。
そんな僅かな望みに賭けてアリスを追う樹だったが、その希望は早くも絶望へと様変わりした。
左の複合コーナーの1つ目は先にも述べた通りRが大きい為グリップ走行で抜けるのが普通とされている。ここでドリフトをしたところでタイヤと路面の摩擦抵抗により返ってスピードが落ちてしまう上に、出来たとしても2つ目のヘアピンへのアプローチが格段に難しくなる。
しかしアリスの場合は一味違った。確かに1つ目の入り口こそグリップで入ったが繋ぎの僅かな直線に入る手前で車は横滑りし始め、その状態を維持したまま2つ目のヘアピンを抜けていったのだ。いわゆる慣性ドリフトである。
もちろんドリフト自体がそもそも慣性によって起こる現象なのだが、ここでの慣性ドリフトとは車をドリフト状態に持ち込む為のアクションを特に必要とせずタイヤのグリップが限界を超える、もしくは路面のギャップを拾う等が起因となって車が勝手にドリフト状態になる事を言う。当然ながら車速が速くなければこの現象は起きない。
樹「なんだあのドリフトは!?拓海と同じくらい速い!!」
走り屋の間で究極のドリフトと呼ばれる慣性ドリフトを事も無くサラリと披露するアリスの走りを目の当たりにした樹は戦意を喪失した。本来なら頂上まで上った後に下りを1本攻める予定であったが、完全にモチベーションを無くしてしまった樹はアリスが超速で抜けていった複合コーナーの手前でUターンをして山を降りた。
帰りの道中、アリスを自身の親友の姿と重ねながら「明日になったら先輩達に報告しよう」と思う樹なのであった。
ちなみにアリスはまだ慣らし運転の段階であったという事を最後に付け加えておこう。
【完】
まず最初にリメイク前の作品との変更点を言える範囲で言うと…
・アリスが拓海とタッグを組まない
・上海と蓬莱の年齢
今のところこの2点です。
後執筆サボってた間にTwitter始めました。活動報告にリンク載っけてるから良かったら飛んでみて。
ではまただ!