(拝啓お母様、お元気ですか。
あなたの息子は、"元"息子は一応元気です。
毎月の仕送りは有意義に使っていますか?
俺は訳合って貴女にお会いすることが出来なくなりました。
貯金はそんなに多くありませんが、どうかご自由にお使いください。
そしてパソコンは電源をつけずに始末してください。そして押し入れにしまってあるDVDは友人の物です。俺知らない。
長くなりましたが、どうかお体をお大事になさってくださいませ。)
そんな言葉を頭の中で吐きつつ"彼"は現実逃避を切り上げた。
閉じた目を開けば、眼前には一面の海。
月の光が降り注ぎ、幻想的な光景が広がる。
こんな事態でなければこの光景で一杯キメたいところだが、生憎そんなことをしている場合ではないだろう。
下を見下ろせば日本人離れしたナイスバディ。そして視界の端にチラチラと灰色の髪が映る。
手に持っているものはメカニカルな弓のような何か。そして腰から伸びるアームに板のようなパーツ、いや、これはどう見ても飛行甲板だ。それに書かれたENの文字。
「…………これ、どう見てもあれだよな。______"エンタープライズ"」
海面を"歩き"覗き込めば、そこに映るのは地味な男の見苦しい面、ではなく凛々しくも美しい顔。
彼、否"エンタープライズ"はそっと目頭を押さえ、天を仰いだ。
(あぁ……我が愚息よ、ネオアーム以下略よ。不甲斐無い主人でごめんよぅ。)
哀れなことに、かつてあった主砲は実践を経験することなく、綺麗サッパリ消えていた。
「って、そんなことは脇に置いといて……話し、聞かせてくれるか?妖精さんよぅ?」
自身がエンタープライズになったのなら、この世界がアズールレーンの世界だと判断できただろう。だが、先程から肩で暴れている小さな存在が、それを否定させた。
頬をペチペチ叩くだけでは飽き足らず、終いには耳に齧りついてくるそれを摘み上げる。
それはエンタープライズをデフォルメにした姿をしていた。
かつて艦これをしていた身からすると馴染み深い、妖精であった。
「で、俺は艦娘のエンタープライズで、深海棲艦と戦うためにいると、そういう訳なんだな?
しっかし、まんま艦これの世界観だな………。」
妖精から語られたのは、この世界の現状、人類と深海棲艦との戦いについてだった。
案の定、俺は艦娘になっていて、深海棲艦と戦う定めにあるとか。それを聞かされたエンタープライズは嫌そうな表情を隠そうともしない。
もとはただの一般人、武術も何も身に着けていないただのモブに過ぎない。そんな自分が戦えるはずはないと。
エンタープライズ自身もそういった憧れがない訳ではない。だがそれはまだ若い学生だった頃の夢想。社会人をある程度経験した身には些かしんどく感じられた。
「_______っ!」
「何?戦うための技術は備わってるだぁ?馬鹿たれ、知識があっても経験がなけりゃ意味ねえよ。」
確かに妖精の言うとおり、エンタープライズの頭には戦闘の技術が入っている。身につけた艤装の使い方も、海の航行の仕方もだ。
普通の艦娘ならそれで十分と言える。だがエンタープライズは普通ではない、中身が違うのだ。
体は出来ると判断しても、心がそれを否定する。
無意識ではそれができても、少しでもエンタープライズが何故と考えた瞬間に生じる齟齬が、艤装の機能を妨害する。現に先程も海岸へと上がるときに、今の自分はどうやって水上に立っているのか考えただけで立ち方が分からなくなり、その結果危うく溺れかける羽目になっていた。
「(この辺は場数こなすしかないか。とはいえ、戦えるようになればそれなりの戦力にはなれそうだよなぁ。戦いたくないけど)」
腰に接続された飛行甲板に目を向ける。そこにいるのはエンタープライズの装備している艦載機に宿る妖精達。
天山一二型(友永隊)
彗星(江草隊)
零式艦戦53型(岩本隊)
彩雲(偵四)
艦これにおいてどれも最上位に当たる艦載機達だ。
海外艦の装備にしてはおかしいのは、中身が日本人故か、それとも純粋に艦これ内で所持していないためなのか、理由は定かではない。
「………なんだかわからんけどお前達とはどこかで会ってた気がするんだよなぁ。まぁ気の所為だとは思うけど」
妖精と話し込む内に夜が明けてくる。まだ少し薄暗くはあるが、艦載機の発着艦には問題ないと判断が出来た。これなら海に出て戦闘になってもなんとか出来るだろう。
妖精たちに出港を伝える。
「さて、と。そろそろ出るか。こんなとこでうだうだしてても何もならんし。とっとと鎮守府を探そう」
「________」
「ん、なんだ彩雲?向こうに艦娘______お!ホントだ」
ふと、水平線に人影のようなものが見えた。思わず手を振り合図を送ってから、深海棲艦である可能性に気付き、内心焦る。
だが幸いにもその人影は艦娘達だった。先頭にはツインテールが特徴の軽巡五十鈴、そして後ろには駆逐艦が5隻。ドラム缶を引いているあたり、遠征の途中だろう。
艦隊はこちらに気づいたらしく、針路を変更してきた。こちらも合流するために航行していく。そして互いの顔を認識出来る位置にまで近づき_______妙な違和感を感じて歩みを止めた。
どうにも嫌な気配。先頭の五十鈴からはひりつく様な何かを向けられる。対して後ろの駆逐艦達からは生気を感じられない。
「(何だこのすごい嫌な感じは。それに五十鈴の目………値踏みされてるのか?)」
「………妖精さん、いつでも逃げられるように準備してくれ。岩本隊は戦闘準備、いけるか?」
「_______っ!!」
これはしくじったかもしれない。自身の迂闊さに腹を立てる。
艤装と岩本隊の妖精に声をかけると、彼らは飛行甲板を駆け出した。
艤装の中が俄に騒がしくなるのを感じる。妖精達が全力で準備を進めてくれているのだろう。
接触まで目測5m、突然止まった俺を怪訝そうにしながらも人好きのする笑顔を浮かべて近づいてくる五十鈴。それでも隠しきれない淀んだ空気を感じつつも声をかけようと口を開いたときだった。
「そこの灰色!頭伏せて!!」
後方からの鋭い声。目前の五十鈴の顔が驚愕に歪み、後ろを振り向こうとしたエンタープライズは伏せ____ようとしてとっさのことに艤装を上手く動かせず、その場に尻餅をついた。
轟音が響く。エンタープライズと五十鈴の間に水柱が立った。それだけにとどまらず、何度も轟音が響き無数の水柱が絶えず立ち続ける。まるで五十鈴達と分断するかのように。
「どぅえええ!?何?何事!?」
「間抜けな声出してる暇があるならとっとと逃げて!!鎮守府には行っちゃダメ!!」
「はぁ!?何言って、それにありゃ艦娘で、仲間なんじゃ」
「仲間じゃない!!いいから早く!!!」
後方から飛び出したのは、駆逐艦"曙"だった。彼女は手に持つA型砲を撃ち続け、焦りを隠さず捲し立てる。
それに対してのエンタープライズの返答は、なんとも間抜けなもの。荒事に慣れていないのもあってか平和ボケを隠せていないそれに苛立ちを覚えたのか、曙が声を更に荒らげようとしたときだった。
「______こ、んのぉ………死にぞこないがぁ!!!」
一瞬の隙だった。
A型砲よりも重く響く砲撃。閃光がまっすぐにエンタープライズを目掛けて放たれた。
思考がまっさらになる。走馬灯を見る暇もなく、咄嗟にできたのは腕を前に構えて衝撃に備えることだけだった。
爆音が至近距離で響く。痛みに備え、歯を食いしばる。
だが、何故か痛みが来ない。恐る恐る目を開くと、そこには射線に飛び込んだのだろう、艤装を崩壊させて立つ曙の姿。
「ば、馬鹿野郎!!なんで庇った!?おい!しっかりしろ!!!」
「_______は、はやく_____逃げ………__」
崩れ落ちる曙。その向こうにはしてやったりと、暗い笑みを浮かべる五十鈴の姿。
自身の迂闊さが、曙を傷つけた。
色々な感情がエンタープライズの頭の中を埋め尽くし、そして、弾けた。
「何晒してんだゴラァァァ!!!」
「は、何しクペっ!!??」
エンタープライズは嘆く事も、逃避することもなかった。
ただ自身の中で燃え上がる何かを晴らすために、己の機関に火を入れ、全速力で五十鈴へと迫る。
驚く五十鈴に対して繰り出したのは、艦載機の発艦、ではない。ただの全身全霊を込めた、渾身のラリアット。
艦娘としての練度が高い五十鈴だったが、まさか艦娘が、それも空母が近接攻撃を仕掛けてくるなど予想することもできなかった。
直撃箇所を支点に回転して背中から海面に叩き付けられる五十鈴を横目に入れつつ、エンタープライズは即反転。沈みかける曙へ向かい強引に引き上げ肩に担ぎ、その場から離脱を測った。
それを安々と許す五十鈴ではない。痛む喉を無理に動かし、随伴の駆逐艦達を怒鳴りつけた。
訳の分からない光景にポカンとしていた駆逐艦達はまごつきながらも主砲を構え、照準を合わせた。
砲撃を放つ瞬間、上空から降り注ぐ弾丸の雨がそれを妨害する。岩本隊の攻撃だ。
主人のトンチンカンな行動に艤装内の妖精が盛り上がる中、岩本隊は主人の指示も無く発艦していたのだ。
彼らは察していた。あ、これ俺ら忘れられてんじゃんと。
事実エンタープライズは頭に血が登った時点で発艦準備をするよう伝えたことを綺麗サッパリ忘れていた。
そして今はやらかしたことを後悔しつつ大急ぎで逃げている。それも直線に。
いくら入れ替わりが頻繁で練度が低い駆逐艦でも集中すれば当てられる単純すぎる機動。そんな主人のポカを尻拭いせんと、岩本隊は動いた。
密な弾幕でエンタープライズ達を隠し、五十鈴達の攻撃手段を狙い撃つ。防戦一方な五十鈴達の武装が一つ残らず破壊される頃にはエンタープライズ達は逃げ切り、呆然とする五十鈴達を眼下に捉えつつ、岩本隊は撹乱しながら帰還していくのだった。
「よっ、ほっと。こっちでいいのか?」
「_____、____」
あれから暫く。五十鈴達遠征艦隊から逃れたエンタープライズ達は、そこかは遠く離れた無人島に向かった__________ように見せかけ、最初の無人島に戻ってきていた。
肩に曙を担いで林を進むエンタープライズ。その頭には特大のたん瘤が。岩本隊の妖精が帰還してきた時に受けたレンチの一撃によるものだ。
曙を担ぐ反対の肩には曙によく似た艤装妖精、彼女が仮拠点へと案内してくれていた。
幸いにも曙の怪我は命に関わるほどのものではなかった。
というのも艦娘の艤装には艦娘が受けたダメージを肩代わりしてくれる機能があり、曙本人へのダメージは精々切り傷と気を失う程度に留まっていた。
ただその代償は重い。曙の艤装はほぼ原型を失っていて、艤装としての機能は全て停止。もともと損傷していた物を無理に直し、それがまた壊れてしまった以上直せるかはわからないと、妖精は語った。
「お、あれが仮拠点か。」
林の中の小さな広場にそれはあった。
枯れ葉を被せたブルーシートを周囲の木々に蔦で縛った屋根に、壁面代わりの枝の束。カモフラージュの為かそのへんで刈り取ったのだろう草が乱雑に固定されている。
中に入ると片側には解体した艤装の残骸が山となっていて、その側にはおそらくベット代わりであろう大きめの葉が数枚重なって置かれている。
流石にそこに怪我人を寝かせるのは忍びないと、コートを脱いで敷き、曙をそっと寝かせる。枕は見当たらなかったため、軍帽に枯れ葉を詰めて代わりとした。
「妖精さん、艦娘の治療方法を教えてくれ。」
「______、___」
「何?ほっといても治る?バカ、傷が残ったらどうすんだ。お、ナイスだ曙の妖精さん。その修復材、少し貰うぞ。
えっと、人と同じ感じでやりゃいいんだな?」
スマン、少し脱がすぞ、と曙に声を掛けてボロボロの上着を慎重に脱がしていく。バリバリの童貞であるエンタープライズだが、流石にこの非常時に発情する訳もない。それに彼だったころの好みは愛宕や高雄だ。曙の事をかわいいと認識しても、そういう対象には入っていなかった。
艤装から簡易的な治療キットを取り出す。妖精に言われるままにガーゼに高速修復材を染み込ませて傷に当て、包帯を巻いていく。
艤装と接していた背中の傷は、当然ながらかなり酷い。
だが艦娘の体と高速修復材なら跡も残さず治せると、妖精からのお墨付きを貰えている。
無事に治療が完了。痛みの為に荒かった呼吸も今は落ち着き、安らかな寝息が聞こえてくる。一先ずは安心してもいいだろうと、エンタープライズは一息ついた。
「これでよしっと。後は曙の艤装だけど………これは俺にはどうすることもできんな。妖精さんはどうだ?」
「____、_______」
「詳しく見ないとわからない、か。分かった。それなら妖精さん………メンツが多いとややこしいな。
俺の艤装妖精はエッちゃん、曙のはボノたん、後は江草と友永と岩本で____いだっ、こら!石投げンな!仕方ないだろ、いいの思いつかないんだから。文句があるなら代案だしな!」
あんまりなネーミングに妖精達が憤る。各々が石や枝やレンチを投擲(レンチだけはエンタープライズが投げる前にぶんどった)した。
艤装の確認にはエッちゃんと艦載機妖精達に任せ、エンタープライズはボノたんを連れて海岸に向かう。資材を確保するためだ。
本来ならボノたんも艤装の確認に残ってもらうべきなのだろうが、彼女にはいくらか聞きたい事があった。
「なぁボノたん、お前達に何があったのか話してくれないか?勿論無理にとは言わないが。現状だと何が何やらで頭が混乱しててな」
「…………、______、_______?」
「何?交換条件?…………いやそんくらいなら当然やるよ。俺のせいで怪我させちまったようなもんだからな。」
ボノたんの要求はエンタープライズが元よりするつもりだった事。無条件にそれを呑む。
それに安心したボノたんはエンタープライズにことのあらましを話した。そしてそれを聞いた結果________。
「うん、海軍滅んだほうがいいな」
そう吐き捨てるのだった。
なぜ艦載機が全て日本の機体なのか。
理由は簡単、サラトガがいなくて任務が進められてないから。