【十月一日木曜日午前六時三十五分 英ヶ野女學校 第三訓練場】
「あっ、心葵先輩! おはようございます!」
「ええ、おはよう」
「こんなに早い時間からどうしたんですか?」
「少し動きの確認をしようと思ってね、貴女も一緒にどう?」
笑顔でそう返事をしてくれたのは同じレギオンの先輩────『LGイシュタム』隊長、頓宮心葵。私がこのレギオンに所属してから何かと、面倒をよく見てくれている。
「いいんですか! あっ、でも……私、今日は射撃の練習にと思って来てたんでした……」
「そういうことなら、私の訓練が終わってからで良ければ少し見に行くわ」
「やった〜! それじゃあ先に射撃場に行ってますね!」
心葵先輩は、英ヶ野トップの実力を持ちながら、私にいつも優しく接してくれる。心葵先輩みたいなリリィを目指してるっていう友達はとっても多い。
(今日の心葵先輩も優しいなぁ〜)
一度床に置いた荷物を背負い直し、心葵先輩の姿を名残惜しく目で追いながら、第三訓練場内の射撃場へと向かう。
よいしょと背負ったバッグの中には、愛用CHARM『フンアフプー』が眠っている。これは、私立英ヶ野女學校に入学したリリィが誂えてもらえる、選べる二本の量産型CHARMのうちの片方だ。
もう一方は『イシュバランケー』というCHARMである。フンアフプーが射撃に重きを置いたCHARMであるのに対し、イシュバランケーは射撃機能は搭載しておらず、斬撃のみで戦うこととなる。
中等部時代から後衛でサポートを働いていた私は、迷わずフンアフプーを選択した。
(はやく上手くなったところを見てもらいたいな!)
毎朝射撃場に赴いてはただ一人、淡々と的を射抜く。入学当初からのルーティーンだ。そこに偶に顔を出してれるのが、心葵先輩である。
そうして、期待感で浮かれながら射撃場に足を踏み込む。すると、またもや見覚えのある姿が目に映った。
「────あれ、叶愛先輩ですか? おはようございます!」
腰をかがめ、どうやらバッグの中を漁っているようだ。
「あっ……おはよう……」
なんとも弱々しい挨拶が帰ってきた。
頓宮叶愛先輩────今しがた第三訓練場にて会った心葵先輩の、双子の妹。
容姿は黒髪ロングの華奢な姿で、心葵先輩と全く同じと言っていい程にそっくりだ。服装まで同じとなると、いよいよ判別がつかなくなる。唯一見分ける方法といったら────それは、姿勢だろう。
「えっと、なんかあったんです?」
「いえっ……ちょっと、探し物を……」
「無くし物ですか?」
「うん……あの、携帯を無くしちゃって……」
「あら、それは大変ですね。探すの手伝いましょうか?」
「ううん、大丈夫だから! えっと……部屋に戻って探してみる……」
叶愛先輩はそう言うと、そそくさと反対側の出口から出ていってしまった。その後ろ姿はどうにも頼りない。
「あっ、それじゃあまた後でー!」
去っていく叶愛先輩に、別れの挨拶をかけてみる。聞こえているかは怪しい距離だ。
(よし、それじゃあ練習はじめようかな)
背負っていたバッグを置き、中からフンアフプーを取り出す。すっかり手に馴染んだCHARMの感触は、自らがリリィであることを毎度思い出させてくれる。
定位置につくと、奥にある的が自動的に新しいものに入れ替わる。これまた便利な装置だと常々思う。
(ふう────)
呼吸を整えCHARMにマギを通わす。この瞬間、CHARMの重さが一時的に消え、手から浮かぶような感覚を得る。
いつか教えてもらった通りにCHARMを構え、落ち着いて的を見据える。そして────
「────っん!」
ポスッ────という軽い音が聞こえ、的から少しハズれた場所に穴が空いていた。
「う〜ん……」
気を取り直しもう一度、先程と同じ構えをとる。
(今度こそ……っ!)
再び的を見据え、そして────射る。
弾けるような音とともに、的には一つの穴が空いていた。一発目を外してしまったことは心に残るが、射撃の威力は入学時よりも少し上がっていることを実感している。
(悪くない……んじゃない?)
適当に自分の射撃の評価をしつつ、また次の射撃へと移ろうとする。一発打てばすぐ次へ────気がつけば、時間を忘れるくらいにまで熱中し、打ち続けていたようだ。
一通り打ちきり、的には沢山の穴が空いていた。集中力が切れ、手に抱えていたCHARMを台へと降ろそうとした。
そのとき────
「────うーん……まあまあ、かな!」
射撃場の入り口の方から、待ちわびていた声が聞こえてきた。振り向かずとも、心葵先輩が来てくれたのだとすぐに確信する。
「心葵先輩! 来てくれたんですね!」
「当たり前じゃない、可愛い後輩ちゃんとの約束よ? 破るワケないでしょう」
可愛い後輩ちゃん────なんていい響きだろう。顔を綻ばせながら、頭の中で何度も反芻する。
「いつから見てたんですか? 恥ずかしいなあ……」
「ついさっき入ったばかりよ。貴女、随分と熱中してたみたいだったから、邪魔したら悪いと思って」
「いえいえ! 邪魔だなんてそんな!」
「ふふ、それにしても上手くなったわね」
「やった、ありがとうございます!」
人は褒められると成長するものだ。私も例に違わず成長する────と、嬉しいかな。
「ところで……」
「はい、何でしょう?」
「そろそろ行かないと、一限目が始まっちゃうわよ?」
「えっ!? もうそんな時間……!」
焦って携帯を取り出し時間を確認する。そして、ハッと驚く。訓練場に入った時刻から、実に一時間も経過したところだった。
「すいません! 私はこれでっ!」
頭を思いっきり下げ、手早く荷物を纏める。せっかく来ていただいたのに、勿体なさと申し訳なさとでいっぱいだ。しかし、講義に遅れてしまうワケにはいかない。
「頑張ってきてね」
心葵先輩が、にこやかな顔で手を振ってくれた。私にはとても眩しい。
「あっ、ちょっと待って!」
射撃場を飛び出そうとしたところで、心葵先輩から声を掛けられた。
「えっと……なんでしょう?」
「私から一つアドバイス。そんなに焦らずとも、ゆっくり余裕を持つといいわ。最近の貴女、何か焦っているようだったから」
焦っている────その言葉に、思い当たることは沢山ある。練習しても上手くならない日々と、どんどん成長していく周りの友達。そんな環境の中、意識しながらも焦っている自分が確かにいた。
「……心葵先輩にはお見通しなんですね。ちょっと焦ってたかもしれません。もっと余裕を持つように心掛けてみます!」
「あっ、でも」
「でも……?」
「講義には遅れちゃダメよ」
「はい!」
そうして、心葵先輩の言葉を一つ一つ思い返しながら講義がある教室へと駆けていった────