過ちの刃   作:千年坂

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N14-1 京極澪のようななにか

 

 

 

【十月二日木曜日午後十時四十五分 学生寮 勘解由ななの自室】

 

「ねー、明日からどうする?」

 

 後ろから掛けられた声に反応し、シャーペンを動かしていた手を止める。振り向いてみれば、私のルームメイト────眺夢ノ原ながめのはらエナえなが、二段ベッドの上段から身を乗り出し、こちらをじんまりと見下ろしていた。

 

「ん? どうするって?」

 

「明日からずっと暇になるよね。外にも出れないし、あ〜どうしよ〜……」

 

 いつも思うが、彼女の声は随分と気が抜けている。

 

「それなら勉強しなよ。エナだって進学するつもりなんだよね?」

 

「そんなコト言ったっけ〜、覚えてないや。勉強だけはしたくない〜」

 

「まったく……まあたっぷり時間はできたけどね」

 

 

 

 ────『時間ができた』。そう、久々の休暇だ。といっても、例の事件のせいで休講になっちゃっただけなんだけど。

 

 

 

「そうそう、せっかくの休みなのに、勉強ばっかりだと疲れるよ〜。ななだって、もっと休んだらどう?」

 

「私はしっかり休んでるよ。エナはちょっと休みすぎじゃない?」

 

「あたしだって、いっつも動き回ってるよ〜。なんなら休み足りないくらいだよ」

 

 休む時間が出来るのは嬉しいことだ。でも、休講といっても完全な休みになるワケじゃない。私たちにはリリィとしての責務────ヒュージの討伐の当番がある。

 

 ヒュージが出現したとあらば、当番のリリィが出動しなければいけない。

 

「そういえばさ、エナの当番はいつだっけ?」

 

「あたしは金曜日だよ〜。うーん、ななは大変だよね。メイゾールのメンバーだからいっつも出動してて」

 

「そんな事ないよ。まあ、ちょっと大変な先輩はいるけど……」

 

 

 

 そんな会話をしていると、携帯がピピッピピッ────と鳴り出した。

 

 

 

「ななの携帯〜?」

 

「うん、ちょっと外出てくるね」

 

「はーい」

 

 着信は────ちょっと大変な先輩からだった。

 

(澪様の方から電話だなんて珍しい……)

 

 いつも通りさっと移動してサンダルを履き、扉を開けて外に出る。手に持った携帯は細かく震えている。

 

「はい、勘解由ななです」

 

 そして、電話を耳にあてたまま談話室へと移動する。

 

『────ん─────────て───い』

 

「はい? あれ、澪様?」

 

 澪様の声が微かに聞こえる────が、それ以上に大きいノイズが声を邪魔してくる。

 

『───です───て──さい』

 

「澪様、なんか声が聞き取りにくいです」

 

 

 

 

 

『──────お願いです、助けてください』

 

 

 

 

 

(────っ!!)

 

 ノイズが晴れ、聞こえてきたのは助けを求める澪様の声だった。

 

「どうしたんですか!?」

 

『すみません、電波のいい所に移動しました』

 

「助けてくださいって……」

 

『勘解由さん、お願いがあります。どうか、私を助けてください。厚かましいということは分かってます。でも、今の私は勘解由さんに頼るしかありません』

 

 澪様の声は落ち着いている……ように思えるが、いつもより口調が走っている。相当に焦っているのかもしれない。

 

「助けてくださいだけじゃ分かりません! 何があったんですか!?」

 

『少しだけ説明が長くなります。一から説明するので、聞いてください』

 

 

 

 ────こうして、澪様は語り始めた。

 

 

 

『事情があって、茅ノ間唯姫さんの自室付近にいます。なので、私がそちらへ向かうことが出来ないことを前置きしておきます』

 

「まだ海岸の方にいるんですか!?」

 

『落ち着いて聞いてください。そして今、私は殺人事件の容疑者として第一候補に挙げられているそうです』

 

「えっ…………」

 

 殺人事件の────容疑者。すなわち、殺人者。本当に澪様が疑われているのだろうか?

 

『これは茅ノ間さんからの情報です。確証はありません』

 

 どうしてここで、茅ノ間唯姫の名前が出てきているのだろうか?

 

『────彼女の話によれば、頓宮教導官が私を疑っているとのことでした。茅ノ間さんは私を助けてくれる────と言ってはいましたが、正直信用なりません。しかし、茅ノ間さんを頼るしかないというのもまた事実です』

 

「澪様、待ってください」

 

『何でしょうか?』

 

「さっきから茅ノ間さん茅ノ間さんって言ってますけど、どうしてそこまで唯姫さんのことを信じてるんです?」

 

『どうして……?』

 

「冷静に考えてみてください。そんな突飛な話、まず信用出来なくて当然じゃないですか」

 

『信用はしていません。ただ、有り得ない話ではありませんし、仮に本当だった場合の危険が…………』

 

 ────一体何を馬鹿げたことを言っているのだろうか、澪様は。現実的に考えたら有り得ない話だろう。

 

「だって、考えてみてください。ただの一生徒に過ぎない唯姫さんに、そんな行動力があると思いますか? しかも、私たちも知らない事件に関する話を知ってるなんて。明らかにおかしいですよ」

 

『…………茅ノ間さんとのやり取りについては後で会って話します。電話口で話しても明確に伝わりませんから』

 

 話を聞いてみれば聞いてみるほど、変な違和感だけが積もっていく。

 

「私も百パーセント否定するワケじゃないですけど、唯姫さんの戯言かもしれませんよね?」

 

『ええ、そうですね』

 

(なにか、おかしい気がする。いつもの澪様じゃないというか────そうだ、言ってることと行動が乖離してるような感じ)

 

 いつもの澪様なら、他人の言うことに耳を貸すことなんて、無い。

 

「……まあいいです。それで、私は何をすればいいんですか?」

 

『そうですね、ここからが私のお願いです。勘解由さんには茅ノ間さんの“尾行”を頼みたいのです』

 

「えっ…………」

 

『ちょうど今、茅ノ間さんが英ヶ野の敷地へと向かっている筈です。多分2年棟へと向かうでしょう、そこでバレないように隠れながら彼女の動向を見ていてください』

 

 なんとも不確定な指示だ。澪様らしくもない────なんて思ってしまうのは、果たして私の感覚がおかしいからなのだろうか?

 

「来なかったらどうするんですか?」

 

『絶対に来ます。私を信じてください』

 

(今、世界で一番信用できないのが澪様────貴女なんですけど)

 

「自信満々に言われても困ります。まずは自分の行いを振り返ってみてください」

 

『振り返りました。私を信じてください』

 

「今のはどう考えても振り返ってる間の長さじゃないです! ちゃんと振り返ってください!」

 

『…………』

 

「…………」

 

『…………振り返りました』

 

「本当ですか?」

 

『本当です』

 

「はあ……今回だけですよ? もうこんな頼み事なんて聞きませんからね?」

 

『それは困ります』

 

「じゃあ今回も聞かないです!!」

 

『やっぱり困りません』

 

 まったく澪様は────やれやれと思いつつも、いつもの澪様の調子が戻ってきていることに、少しだけホッとする。

 

「はあ……それで、私は今から唯姫さんを監視しに行けばいいんですよね?」

 

『はい。念の為携帯を持って、いつでも連絡を取れる体制でお願いします。時間的にはもう茅ノ間さんが到着する頃でしょう、そろそろ通話を切ります』

 

「なんでこんなことになったのかは後で詳しく聞きますからね!」

 

『はい。それでは切りますね』

 

 プチッ────ツー、ツー……

 

 

 

 澪様に問い質したいことは沢山ある。納得いかないことも沢山ある。でも────

 

(もう、なるようになれ……か)

 

 携帯をパジャマのポケットにしまい、そのまま自分の部屋へと戻る。廊下に人気は一切なく、今が夜中であることを嫌でも認識させられてしまう。

 

 ゆっくりと自室の扉を開ければ、エナが眠たそうに声を掛けてきた。

 

「おかえり〜。誰から?」

 

「澪様から。ちょっと用事が出来ちゃったから、もっかい外出てくるね」

 

「大変だねぇ、いつも」

 

「あはは……それじゃ、行ってくるね」

 

「はーい気をつけて〜。あっ……」

 

「ん? どうしたの?」

 

「……いや、何でもないよ〜」

 

「そう……」

 

 なんとも締まらない挨拶をし、サンダルからスニーカーに履き替えそのまま自室を後にした。

 

 ふと廊下の窓を見ると、蛍光灯の光で自分の顔が鏡のように映し出されている。それは、いつも通りのようで、どこか寂しげな表情だ。

 

(澪様…………)

 

 大丈夫、何事も無いハズだ。そう頭の中で繰り返しながらも、拭いきれない不安は大きくなっていく一方だった────

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