【十月二日木曜日午前七時十五分 ショッピングモール内バス待合室】
結局、受付窓口が開くまで待つことにしたのだった。確かに、あんな時間に空いているはずは無かったな、と、今更ながら思い返す。
その後は一旦誰も居ないレギオン控室に行き、レギオンメンバーに宛てた手紙を置き、少しだけ時間を潰して受付窓口へ向かったのだった。
そこからはこのショッピングモールまで歩き、そして今、湯野浜を通るバスを待っているところだ。
本日の空は日本晴れ、朝から少し汗をかく程度には暑かったが、待合室は冷房がバリバリ働いているせいで、少しばかり肌寒い。
私が座っているところから見て右奥の壁には、大きな薄型テレビがついていた。そこでは朝の子供向け番組『リリィとあそぼ』が放送されていた。
誰に見られるということなくただ垂れ流されているだけのそれを見て、寂しそうだな────と心の中で呟いた。
「何が寂しそうなんですか?」
突然、真後ろから声がした。聞いたことのある、不自然に明るい声だった。
「茅ノ間さん、何故ここにいるのですか?」
茅ノ間唯姫────同じレギオンの一年生である。代替わりの四月から、約六ヶ月ぐらいの付き合いだ。突然話しかけられたことには少し驚いたが、いつも通り口先だけで応える。
「あれ? 言ってませんでしたっけ? 私、バス通なんですよ。澪様こそ、なんで此処にいるんですか? で、何が寂しそうなんですか?」
言われてみて思い出す。確か彼女は、学生寮ではなく自宅からの登校だった。何でも両親の面倒をみなければいけないらしい。学生寮に部屋を借りてはいるものの、物置きにしか使っていないとか。
「そうでしたか。控室にも書き置きしましたが、今日の訓練は無しにします。思う存分休みなさい」
そう応えると同時に、今から乗る予定のバスが到着したのが目に入った。
「えっ、やった〜、嬉しいです! ところで、澪様は何で学校に居ないんですか? 何処に行くんですか? 何が寂しそうなんですか?」
唯姫の言葉を聞き流し、スっと椅子から立ち上がり────
「では、私はこれで。皆さんによろしくお願いしますね、茅ノ間さん」
「…………」
────一切の見向きもしないまま、待合室を後にした。
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「これで」
私が左手に持っているのはリリィパスポート────通称『リリパス』である。
リリパスとは国が発行している、リリィであることを証明するカードだ。リリパスには『白のリリパス』『赤のリリパス』『金のリリパス』の三種類があり、一定以上の功績に応じた色のリリパスの発行申請権を得られる仕組みだ。
私が所有しているのは『金のリリパス』である。すなわち、最上級のリリパスだ。
金のリリパスともなると、鎌倉府五大ガーデンクラスのリリィが持つようなもので、英ヶ野女學校でこれを所有しているのは私、京極澪ただ一人だ。
リリパスをバスの運転手に手渡し、運転席の左側についている機械にピッとしてもらう。
すると、料金なんと十割引。
(ああ、なんて便利なんだろう)
すました顔でリリパスを受け取り、一礼して奥の座席へと足を進める。そして窓側の席に腰を下ろし、そのままふうっと一息ついた。
(やっぱり唯姫さん、苦手だな……)
席につき、ふと先程の会話を思い返す。彼女と会話をしていても、どうもこちらのペースに持ち込めている気がしない。
自分自身、会話の主導権を握る方法は心得ているつもりではあるし、感情を読み取る能力にも自信がある。
それなのに────
(話していて違和感しか感じない……これは絶対に気の所為じゃない。何か唯姫さんにおかしい点があるはず)
違和感の正体は全くの不明だし、周りから見れば何もおかしいところなんて無いのかもしれない。
(まあ、気の所為ならばそれが一番いいのだけれど)
気にしていても仕方ない……と、これ以上のことは振り返らなかった。
幾人かを乗せたバスは街道を進んで行く。
ここらの街並みは、昔からずっと変わっていないらしい。ヒュージによる被害は殆ど無いものの、過疎化が進み、現在では空き家もかなり増えているという。
その空き家も、今は引き取り手が無く、冷たい雨と雪に晒されて風化していくのをただ待つだけ。
バスが進むにつれて田んぼが多くなり、やがて集落がポツポツと生えているだけとなってくる。
そんな風景を感傷に浸りながら────なんてことは全く無く、はやくもっと栄えて欲しい……などと考えながらぼんやり眺めていた。
「────っ!」
突如、バス中にけたたましく警報が鳴り響いた。擬音で表現するならば、ジリリリッ……といったところだろうか。
(これは……ヒュージが出てきちゃったかな)
そう考えているところに車内放送が入る。
『この先にヒュージが出現したとの情報が入りましたので、お客様にはご迷惑をお掛けしますが、しばらくの間停車いたします』
心の中で大きく舌打ちした。
私は舌が器用ではなく掠れた音しか出ないため、実際に舌を打つことは無かった。
(三日前と同じ場所……撃ち漏らしがいた?)
何にせよ、ヒュージが出現したとあらば倒さなければならない。
すると、中老くらいであろう車掌がこちらに向かってきた。
「すみません、確かぁリリィの方でしたか? さきのヒュージ、どけて頂いても、よろしぃでしょうか」
汗ポリポリ────といったような表情で、ヒュージの討伐をお願いされた。
あくまでお願いという形であるが、これは義務である。
リリパスを使用するということは、つまりはこういうことだ。
様々な場所でサービスを受けることのできる代わりに、相応の対価────つまりはヒュージが出現した際の討伐義務が発生する。CHARMも常に持ち歩かなければならない。これを破ればリリパスは剥奪、もちろん再発行することも出来ない。リリパスを所持することは信頼関係の証なのだ。
「勿論です。京極澪、ただ今ヒュージの討伐任務に当たらせていただきます」
そう応え、バスから降りる。そして討伐へ向かう前に、車掌から耳打ちされる。
「スモール級が一体、この道の数百メートル先とのことでしたよ」
詳しい情報を放送で言わないのは、他の乗客に対する配慮だろう。小さく頷き、全速力で地を駆けていく。
両手に抱えるCHARMは『シバルバー』────英ヶ野女學校の工廠科と提携チャームメーカーが総力を挙げて制作にあたった、一本限りの超高級品である。
最近流行りの変形機構がついていない大剣型で、主に斬撃をメインとして戦うこととなる。
一見すると何の変哲もない第1世代CHARMのようであるが、これは学校の一大プロジェクトとして開発されたものだ。それなりの『機能』というものが備わっている。
その『機能』というのが、いわゆるオートムーヴだ。このCHARMは精神と連携して動き、半ば自動で敵を屠ることが可能となっている。
ちなみにこの機能を維持するために、毎月中古車が買える程度のメンテナンス費用が掛かっていると聞かされたことがある。
しかし、これを扱うにも多くのハードルがあった。
このCHARMを一度起動してしまえば、その後は精神と同調して自動で動いてしまうため、マギ制御が非常に難しいのである。
しかも、第4世代CHARMでの事故によって意識不明の重体となってしまった前例が他地域の有名なガーデンで起こったという噂もあった。これも相まって、莫大な費用をかけながらも使用者のなり手がいないこのプロジェクトを批判する声も多かったという。
代替わり前の三月、一年生ながらにしてこの扱いが難しいCHARMの使い手として選定され、それを承諾したのが私なのだ。
(……さっさと片付けなくちゃ)
全速力で駆けながら、前方右手側の田んぼにヒュージの姿を認識すると同時に、CHARMに引っ張られるようにヒュージ目掛けて静かに突撃していった────